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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2221号 判決 1998年11月30日

住所<省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

荒井俊且

大阪市<以下省略>

被告

髙木証券株式会社

右代表者代表取締役

大阪府高槻市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

島本信彦

上條博幸

主文

一  原告の被告髙木証券株式会社に対する別紙建株一覧表(二)記載の取引に基づく四一二万三五九四円の債務が存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告Y1に生じた費用とを原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告髙木証券株式会社に生じた費用とにつき、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告髙木証券株式会社の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

一  被告らは、原告に対し、連帯して二八七万五二九八円及びこれに対する平成六年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(附帯請求の始期は不法行為後の日)。

二  主文一項と同旨。

(予備的請求)

被告らは、原告に対し、連帯して七〇〇万円及びこれに対する平成六年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(附帯請求の始期は不法行為後の日)。

第二事案の概要

一  本件は、主位的に、原告が被告髙木証券株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)の合理的根拠のない、かつ、断定的判断を示した勧誘により別紙建株一覧表(一)記載のとおり購入した阪和興業株式会社(以下「阪和興業」という。)の株式の株価急落による損失二五七万五二九八円と弁護士費用三〇万円との合計二八七万五二九八円につき民法七〇九条、七一五条により被告らに対し損害賠償を求め、さらに、被告Y1のした別紙建株一覧表(二)記載の株式取引が原告に無断でされた等として、被告会社に対し、右株式取引に基づく四一二万三五九四円の損金支払債務が存在しないことの確認を求め、予備的に、前記阪和興業買付勧誘の不法行為による二八七万五二九八円の損害賠償のほか、被告Y1のした別紙建株一覧表(二)記載の株式取引に関し、①ないし⑧の無断買付の不法行為による一四二万五三五七円の損失と損失補填・損失保証の約束を伴う一任勘定取引の勧誘という不法行為に基づく平成六年四月九日以降の取引による二六九万八二三七円の損失との合計四一二万三五九四円と弁護士費用四二万円との合計七四一万八八九二円の内金七〇〇万円につき被告らに対し不法行為による損害賠償を求めるという事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、原告は、昭和一六年○月○日生まれの男性で、自ら歯科医院を経営しながら歯科診療に従事している(原告本人、弁論の全趣旨)。

被告会社は、大蔵大臣の免許を受けて大阪市北区梅田で証券業を営む証券会社である(争いがない)。

被告Y1は、昭和三九年○月○日生まれの男性で(弁論の全趣旨)、被告会社の従業員である(争いがない)。

2  原告は、平成元年五月ころから被告会社との間で株式の取引を開始し、平成三年ころから被告Y1が原告の担当者となった(争いがない)。

3  平成五年一一月ころから阪和興業について経営不安が噂されその株価が従前の約四分の一にまで急落し、同年一二月二九日には最安値の三八七円を付けたが、平成六年一月からは一転して反騰に転じた(争いがない)。

4  被告Y1は、阪和興業株を推奨し、原告は、平成六年一月一三日、阪和興業五〇〇〇株を一株七七三円で、同月二一日同五〇〇〇株を一株六六六円で、同日同五〇〇〇株を六四〇円で、いずれも信用取引により買い付けた(争いがない)。

5  被告Y1は、同年三月二三日、同年一月一三日に買い付けた阪和興業株五〇〇〇株と同月二一日に六四〇円で買い付けた同五〇〇〇株の合計一万株を一株五三二円で、原告に無断で売却した(争いがない)。

6  被告Y1は、同年三月二四日から同年四月八日まで、原告に無断で信用取引により別紙建株一覧表(二)①ないし⑧記載のとおり買い付けた(争いがない)。

7  原告は、同年四月八日、右無断売買の事実を知り、被告Y1に抗議したところ、同人は謝罪した。被告Y1は、同月一三日、原告に対し、阪和興業株につき損失が出た場合被告Y1の責任で損金を補償すること及び一〇〇〇万円の範囲内で被告Y1に取引を一任する旨の念書(甲第四号証)を差し入れ、同年七月二九日にも再度損失を保証する旨の念書(甲第五号証)を差し入れた(争いがない)。

8  被告Y1は、同年四月九日以降、別紙建株一覧表(二)とおりの取引を行い、合計四一二万三五九四円の損失が発生した(争いがない)。

阪和興業株五〇〇〇株は、同年七月二一日、信用取引の決済期日の到来により売却された(争いがない)。

三  争点

(主位的請求)

1 別紙建株一覧表(一)記載阪和興業株買建について

(一) 原告の主張

(1) 証券取引法五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則に関する省令二条三号によれば、証券会社及びその使用人は、実勢を反映しない作為的相場が形成されることとなることを知りながら一連の有価証券の受託をする行為をすることを禁じられており、このように、株式取引は、株価の変動により顧客に多額の損失を与える危険性があるから、証券会社の従業員は、株取引の専門家として、顧客の能力、経験、取引銘柄、取引額、株価の変動状況などを考慮して、右危険について顧客の判断を誤らせないようにすべきである。顧客に右危険についての判断を誤らせるような態様により株式取引の勧誘奨励を行った場合、その行為は直ちに不法行為に当たる。

阪和興業株は、依然として市場で信用不安が根強く、仕手株的な様相を呈し、需給関係だけによる極めて作為的な相場が作り出されていたから、阪和興業株を勧めることは、原告の判断を誤らせる不法行為に該当するというべきところ、被告Y1は、右のことを知りながら買付を勧めたのであるから、不法行為が成立する。

(2) 被告Y1は、阪和興業株が需給関係だけによる極めて作為的な相場になっていることを知りながら、「危なくありません。大丈夫です。」などと、阪和興業株が下落することなく安全であるかのように強調して、何ら具体的根拠に基づくことなく、利益が確実に得られるかのような断定的判断を提供して買付を勧め、もって原告に損害を生ぜしめたものであり、これは不法行為に当たる。

(二) 被告らの主張

阪和興業株は、平成六年一月から一転して反騰に転じ、出来高も膨らむ一方にあり、また、原告は、株式取引について十分に経験を積んで習熟し、株式取引特に信用取引に伴うリスクについて十分認識したうえ、阪和興業株の買建をした。

したがって、被告Y1が阪和興業株式会社を推奨したことには十分な根拠があった。

また、被告Y1の勧誘は断定的判断の提供には当たらない。

2 別紙建株一覧表(二)の取引について

(一) 被告らの主張

(1) 被告Y1は、同年三月二四日から同年四月八日まで、原告に無断で信用取引により別紙建株一覧表(二)①ないし⑧記載のとおり買い付け、原告は、平成六年四月八日、右取引を追認した。

(2) 原告は、平成六年四月八日、被告Y1との間で、同被告に株式取引を一任する旨の委託勘定取引の合意をし、同被告は別紙建株一覧表(二)記載の取引のうち、平成六年四月九日以降の取引をした。

(3) したがって、原告は別紙建株一覧表(二)の株式取引に基づく四一二万三五九四円の損金支払債務を負う。

(二) 原告の主張

(1) 原告と被告Y1は、平成六年四月八日、損失補てん・損失保証の合意を伴う一任勘定取引の合意をしたが、原告は別紙建株一覧表(二)①ないし⑧記載の買付を追認していない。

(2) 別紙建株一覧表(二)記載の取引のうち平成六年四月九日以降の取引が一任勘定取引の合意に基づくものであったとしても、右一任勘定取引の合意は、損失補てん・損失保証の合意に伴うものであり、損失補てん・損失保証の合意が一任勘定取引に必ず付随してされるものであり、平成三年に行われた罰則付の損失補てん禁止という証券取引法の改正の趣旨を考慮すると、一任勘定取引の合意も含め全体として公序良俗違反で無効であると解すべきである。

(3) 仮に、右合意が無効でないとしても、被告会社は原告に対し信義則上平成六年四月九日以降の取引に基づく責任を追及できず、原告は、被告会社に対し、右取引に基づく損金支払債務を負わない。

(予備的請求)

1 別紙建株一覧表(一)記載阪和興業株買建について

主位的請求の原告及び被告らの主張と同じ。

2 別紙建株一覧表(二)の取引について

(一) 原告の主張

(1) 別紙建株一覧表(二)記載の取引のうち同表①ないし⑧の買付は無断買付であり、不法行為が成立し、これにより、原告は、一四二万五三五七円の損失を受け、同額の損害を被った。

(2) 別紙建株一覧表(二)記載の取引のうち平成六年四月九日以降の取引は被告Y1の損失補てん・損失保証の約束を伴う一任勘定取引の勧誘に基づきされたものであるところ、右勧誘は、①右取引は被告Y1がした阪和興業株の違法勧誘及び無断売買に起因していること、②右取引はすべて被告Y1の裁量により行われていること、③損失補てん・損失保証には被告Y1が積極的に申し出、原告はこれをやむを得ず承認したものであること、④先行する違法行為による損害の回復が一任合意の趣旨であってそれ以上の利益を得ることが目的ではなかったことなどからして、不法行為に当たり、これにより、原告は、二六九万八二三七円の損失を受け、同額の損害を被った。

(3) したがって、原告は、右不法行為により、合計四一二万三五九四円の損失を負担して同額の損害を被り、さらに弁護士費用四二万円相当の損害を被った。

(二) 被告らの主張

主位的請求についての被告らの主張と同じ。

第三争点に対する判断

一  主位的請求の争点1について

1  前記争いのない事実、証拠(甲一の1ないし12、二、三、一四、乙一の三、乙一の二、四の1ないし23、六の1ないし3、一〇、原告本人、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、被告会社との関係では、平成二年五月から、現物株式の取引を開始し、平成七年一二月までに合計一〇四五万八三九八円の損失を被った。

原告は、平成三年三月ころから、信用取引口座を開設して信用取引による株式の取引を開始し、平成七年一二月までに合計二九一〇万二一二七円の損失を被った。

個別的に見れば、原告は、現物株式でミドリ十字(平成五年二月二四日買付分)で五三九万円余の、信用取引でミツミ電機(平成三年七月一六日買建玉分)で八八二万円余の、日本ゼオン(平成四年九月一日買建玉分)で五〇七万円余の、日清食品(平成四年九月一〇日買建玉分)で三八三万円余の損失を出し、岩谷産業株については数度にわたり頻繁に建玉を行ったが、そのほとんどが損失に終わっている。

原告は、右ミツミ電機の取引に際し、平成四年二月ころ、被告会社の役員などに証拠金を取りに来ることを要求し、被告Y1を含めて被告会社の役職員三名が原告の下に証拠金を取りに行った。その際、原告は、被告Y1を含め被告会社従業員に厳しくクレームを付けた。

さらに、原告は、右日清食品の取引に際しても、被告Y1らに対し、厳しくクレームを付けた。

(二) 日経平均株価は、平成五年末ころ、全般に急落したが、平成六年当初からは次第に回復する基調にあった。

阪和興業株の株価は、平成五年の中ころまでは、一五〇〇円あたりを推移していたが、同年一〇月に急落し、同年一二月二九日に最安値の三八七円を付けた。

阪和興業株は、平成六年に入り、一月四日に四五三円の安値を付けたが、その後は同月五日には終値五三五円、同月一〇日には終値六一〇円、同月一二日には終値七二八円というように株価が回復する傾向にあり、会社の信用不安の噂を日経新聞が連日報道し始める直前の株価水準にまで戻り、出来高も毎日五〇〇万株を超えていた。

阪和興業株については、平成五年末ころから平成六年年頭にかけて、手形流失や取引停止の噂が市場で流れており、阪和興業はそのような噂を否定していたが、市場では、経営不安の憶測が流れ、不安定な値動きをするという見方がなされていた。

このころ、原告は、日本経済新聞を購読し、阪和興業株に関する記事を読み、同株に関する右のような風評は認識していた。

(三) 被告Y1は、原告に対し、平成六年一月一〇日ころ、阪和興業株について、悪い材料は出尽くし、株価も年末で一応底は打ったと考えられることや一株当たりの純資産倍率が当時九〇〇円くらいであったので場合によっては九〇〇円くらいまで値を戻すことがある旨伝え、阪和興業株の買付を推奨した。

原告は、平成六年一月一三日に、被告Y1に阪和興業株五〇〇〇株を成行注文を指示し、信用取引により七七三円で買い付けた。

被告Y1は、原告に対し、平成六年一月一九日「阪和興業株は継続するのがよいと思います。」という文面のファックスを送信した。

阪和興業は、平成六年一月一九日、グループ企業を通じた有価証券投資などで被った損失一二〇〇億円を平成六年三月期に特別損失として計上することを発表した。これを受け、同社の株価は同日激しい値動きをし、余りに株価の変動が激しいため市場での売買を停止し、翌日の同月二〇日、売り注文が殺到し、一〇〇円安の六七七円でストップ安をつけた。

原告は、この阪和興業株の値動きを受け、被告Y1を呼び出して、「失敗ではないか。どうするのか。」とクレームをつけた。

これに対し、被告Y1は、原告に対し、「まだ株価は乱高下しているだけで、再び上昇する可能性があるので、コストを下げるためにナンピン買いをしませんか。」と勧めたところ、原告は、被告Y1を通じ、阪和興業株五〇〇〇株を成行注文で六六六円で、同株五〇〇〇株を六四〇円の指値注文で信用取引により買い付けた。

被告Y1は、原告に対し、平成六年一月二一日「阪和興業株はもう心配ありません。」という文面のファックスを送信した。

(四) しかし、阪和興業株は、その後徐々に値を下げていき、株価は回復せず、損失(計算上の損失、含み損)は拡大していった。

2  不法行為の成否につき検討する。

(一) 原告の主張(1)について

前記認定事実によれば、阪和興業株は、当時値動きが不安定で、高値の三分の一くらいへの暴落後、信用不安の噂のもと、需給関係から値が戻ったと考えられる投機的な相場状況にあったということができる。

しかしながら、被告Y1が阪和興業株を推奨したのは、当時、日経平均株価が回復基調にある中で、阪和興業株が回復傾向にあったことなどの情勢を踏まえ、悪い材料は出尽くして株価も年末で一応底は打ったと考えられることや阪和興業株の一株当たりの純資産倍率が九〇〇円くらいであったことなどを根拠に、いったん暴落した株式の株価がリバウンドにより回復するという経験則に基づいたものであり、一応の根拠があったというべきであるから、勧誘すること自体が不法行為に当たるということはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

(二) 原告の主張(2)について

前記のとおり、被告Y1が阪和興業株を推奨したのは、当時、日経平均株価が回復基調にある中で、阪和興業株が回復傾向にあったことや阪和興業株の一株当たりの純資産倍率が九〇〇円位であったことなどの情勢を踏まえ、いったん暴落した株式の株価がリバウンドにより回復するという経験則を根拠にしたのであり、被告Y1がその際、「絶対」であるとか、「一〇〇パーセント」であるといった断定的な表現を使ったとの点については、原告本人の供述がこれに沿うかの如きであるが、十分でなく、右の点を認めるに足りる的確な証拠はない。

のみならず、原告は、自ら歯科医院を経営する歯科医師であって、その知識、理解力は通常人以上であると考えられ、さらに、従前の現物株式の取引によって合計一〇四五万八三九八円の損害を、信用取引によって合計二九一〇万二一二七円の損害を被っており、株式取引、特に信用取引に伴うリスクについては十分な認識があったと推認され、さらに、日本経済新聞を購読し、阪和興業株に関する記事を読むなど自ら株式取引に関する情報を積極的に収集し、同社に関する市場の風評について認識し、被告Y1から送信される甲第二号証、第七号証ないし第一六号証などにより株式取引についての情報を得、内容を理解していたものと考えられ、信用取引に関して相当程度の経験と知識を有していたということができる。

以上のような事実に照らせば、原告は、被告Y1がもたらした株価予測も、結局のところ不確定な要素を含んだ予測や見通しの域を超えるものではないことを知りながら、自己の責任と判断において買付をしたものであると認められる。

したがって、原告は被告Y1による勧誘によって本件の阪和興業株式会社の買付に伴う危険性について正当な認識を形成することを妨げられたということはできず、被告Y1の行為は原告との関係で断定的判断の提供に当たるということはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

二  同争点2について

1  前記争いのない事実と証拠(甲四、五、乙三、一〇、原告本人、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 阪和興業株は、その後徐々に値を下げていき、原告は、株価が回復しないため、被告に対し、帰宅途中や出社前にも原告のもとへ立ち寄るよう要請したり、何度も原告のもとに呼び付け、その都度「これまでの取引で一切いい思いをさせてもらっていない。」などと厳しく詰問し、「病気になったのも全て髙木証券のせいだ。」などと言って被告Y1に圧力を加え、「損が出たらおまえがかぶれ。」などと厳しく詰問し、これに対し、被告Y1は阪和興業株に生じる損失の責任を取る旨述べた。

被告Y1は、阪和興業株がその後も下げ止まらず、同年三月二三日、ストップ安を付け、さらに損失が拡大する情勢となったため、このうえは、同株を原告に無断で売却してその資金で値動きの良い別の株を買い付けて利益を上げ、損失をカバーするしかないと考え、同年一月一三日に一株七七三円で買い付けた阪和興業株五〇〇〇株と同月二一日に一株六四〇円で買い付けた同五〇〇〇株の合計一万株を一株五三二円で原告に無断で売却し、同年三月二四日から同年四月八日まで、原告に無断で信用取引により別紙建株一覧表(二)①ないし⑧記載のとおり買い付けた。

原告は、同年四月八日、右無断買付の事実を知り、被告Y1に抗議したところ、被告Y1は、直ちに原告方を訪れ、右事情を正直に述べて説明し、一部利益を挙げて損を取り戻した旨を言い、土下座して平謝りに謝り、原告からやってはいけないことをやったと指摘されると、会社に言うと首になり、離婚にも至る、助けて欲しい、一切自分が責任を取る、阪和興業株の損を取り返すからとにかく取引を続けてやらせて欲しい、会社に内密にしてくれと懇願した。原告は、おまえの首を取ったって一銭の得にもならん、しょうがない、おまえに下駄を預けるしかないだろうと言って、頼みを聞き入れ、念書を一筆書くように要望した。被告Y1は、同月一三日、原告の要求に基づき、原告に対し、念書を差し入れ、阪和興業株につき損失が出た場合被告Y1の責任で損金を補てんすること、そのため阪和興業株の建株金額一〇〇〇万円の範囲内で被告Y1に取引を一任する旨の念書を差し入れ、同年七月二九日にも同様の念書を差し入れた。

被告Y1は、右合意に基づき、別紙建株一覧表(二)の同年四月九日以降の取引を行い、合計四一二万三五九四円の損失が発生した

(二) 原告は、被告Y1に一〇〇〇万円の範囲内で取引を一任した後も、被告Y1を通じて、別紙建株一覧表(二)の取引とは別に、自己の計算で、平成六年四月一四日に昭和海運株一万株を二七三円で、同年五月三一日に富士電機株六〇〇〇株を五四六円で、同年六月八日に岩谷産業株三〇〇〇株を六四〇円で、いずれも信用取引により買い付けるなどした。

2  前記認定事実によれば、被告らの主張(1)のうち、被告Y1が主張の無断買付をしたことが認められるが、原告が平成六年四月八日に右取引を追認したとの点は、これを認めるに足りる十分な証拠がない。

なるほど、前記認定事実によれば、原告は、被告Y1から無断買付を告白され同被告の願いを聞き入れたのであるが、別紙建株一覧表(二)①ないし⑧記載の買付を承認すると明言したわけではなく、被告Y1が右買付にかかる株式を上手に運用して利益を出し阪和興業株に生じている損失(決済期日の損失の発生はほぼ予想されていた。)を補てんしてくれれば、右無断買付を不問に付すという意思であったというべきである。

したがって、確定的に当該売買の損益が自己に帰属することを承認したということはできず、追認があったと認めることはできない。

また、乙第二号証の一の承認書は、平成六年三月二三日時点の残高が記載されたもので無断売却にかかる阪和興業株の残高が記載がされているし、乙第二号証の二ないし四の承認書は、被告Y1から署名・送付してもらわなければばれてしまうと言われてこれに従っただけであるから、これによって、追認があったということはできない。

したがって、被告らの主張を採用することはできない。

3(一)  次に、前記認定事実によれば、被告らの主張(2)のとおり、原告は、平成六年四月八日、被告Y1との間で、阪和興業株につき原告に損失が生じた場合には同被告がその損失を補てんする、そのために、一〇〇〇万円を限度として同被告に株式取引を一任する旨の委託勘定取引の合意をし、同被告は別紙建株一覧表(二)記載の取引のうち、平成六年四月九日以降の取引をしたことが認められる。

すなわち、被告Y1は、阪和興業株に生じる損失をカバーするための資金を獲得すべく、無断売却、無断買付けという違法行為に至り、その発覚後、原告の了解の下、阪和興業株に生じる損失補てん・損失保証を約束すると同時に、これを現実のものとするため、右無断売却に始まり無断買付けに至った行為をそのまま継続して、別紙建株一覧表(二)記載の平成六年四月九日以降の取引をし、この間、これとは別に被告Y1を通じて原告の計算に基づく通常の信用取引がされていたのであるから、別紙建株一覧表(二)記載の平成六年四月九日以降の取引は、阪和興業株によって生じる損失を補てん・保証するために、被告Y1の計算でされることになった特別の取引ということができる。

したがって、原告は、右損失補てん・損失保証のために被告Y1が利益を挙げるという目的の限りにおいて、原告名義での取引の継続を了解したといえ、単に通常の一任勘定取引を承諾したとはいえない。

少なくとも、右合意は、損失補てん・損失保証を目的としてされた特別の一任勘定取引の合意というべきであり、損失補てん・損失保証の合意と一体となって、損失補てん・損失保証の合意そのものといえる程度に密接不可分になったものといわざるを得ない。

(二)  そして、損失補てん・損失保証は、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって、反社会性の強い行為といわなければならず、また平成三年の証券取引法の改正後当時の同法五〇条の三第一項二号三号、同条第二項二号三号、第一九九条一号の六及び二〇〇条三号の三により、刑罰をもって損失補てん・損失保証を禁止し、さらに顧客が受けた利益を没収・追徴すべきものと定めていることから、損失補てん・損失保証の合意は、公序良俗に反して無効であると解すべきである。

そうすると、右合意に一任勘定取引の合意があるとしても、損失補てん・損失保証の合意と一体のものであって、公序良俗に反し、無効であると解すべきである。

4  したがって、別紙建株一覧表(二)記載の取引の効果は、原告には帰属しないことになる。

三  結論

よって、原告の主位的請求は、被告会社に対し別紙建株一覧表(二)記載の取引に基づく四一二万三五九四円の債務が存在しないことの確認を求める限度において理由があり、その余は理由がないし、右棄却された主位的請求部分にかかわる予備的請求部分も同一の原因に基づく請求であるから、理由がない。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 松井英隆 裁判官 上村考由)

<以下省略>

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