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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4593号 判決 1998年6月15日

原告

デジョー・ベネデック

右訴訟代理人弁護士

戸谷茂樹

被告

学校法人関西外国語大学

右代表者理事

谷本貞人

右訴訟代理人弁護士

杉山博夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成八年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の設置する関西外国語大学(以下「被告大学」という)に教員として雇用されていた原告が、被告から兼職を理由に解雇されたのに対し、右解雇が解雇権を濫用した不法行為であるとして、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び甲一、二により明らかに認められる事実)

1  原告は、平成四年七月一五日、被告との間で、同日付け雇用契約書により、雇用期間を平成五年四月一日から平成六年三月三一日とする雇用契約を締結し(以下「当初契約」という)、同年四月一日付けで被告大学の「教授(招聘)」として任命する旨の辞令を受けた。右雇用契約書には、契約の更新は三年を限度とする旨の条項が存在した。

2  原告は、平成六年三月三一日、被告との間で、同日付け雇用契約書により、新たに雇用契約を締結し(以下「本件契約」という)、同年四月一日付けで、「招聘」の文字が消えた被告大学の「教授」として任命する旨の辞令を受けた。なお、右雇用契約書には、契約期間を同年四月一日から平成七年三月三一日までとする旨の条項があったが、当初契約と異なり、更新年数の限度は記載されておらず、退職金の定めがあった。

なお、当初契約及び本件契約のいずれの契約書にも、「本学以外での仕事にはつけない」旨の条項(以下「兼職禁止条項」という)があり、右条項に違反した場合には契約を当然に解除できる旨の条項(以下「本件解除条項」という)があった。

3  被告は、原告に対し、平成七年三月四日付け文書により、原告がジョージア大学に以前から雇用され、また現在も雇用関係にあることが判明し、これが本件契約の兼職禁止条項に違反するとして、雇用契約を破棄(解雇)した(以下「本件解雇」という)。

二  原告の主張(解雇権の濫用、不法行為)

1  被告は、当初契約の締結時に、原告がジョージア大学に在籍していることを知っており、当初契約にも兼職禁止条項があったが、これを何ら問題にしていなかった。そして、被告は、本件契約締結後も、原告がジョージア大学に在籍していることを知りながら本件解雇まで問題にせず、むしろこれを了解していたにもかかわらず、突然、原告の弁明を聞くこともなく本件解雇に及んだものである。

被告が原告のジョージア大学在籍を知っていたことは、次の事実から明らかである。

(一) 被告が平成四年七月に原告を雇用したのは、被告大学とジョージア大学の留学生の交換のためであり、被告大学の学生の英語力を高めるためにジョージア大学で原告の講義を受けさせることが当然に予定されていた。ジョージア大学は、同大学の教員が被告大学で講座を持つ場合に、その履修をジョージア大学の単位として認める措置をとっていたが、原告の同大学での講座にはその資格がある旨表明しており、被告大学も、これに応じて、原告に対し、ジョージア大学との連携プログラムの企画、実行を委ねた。

(二) 平成六年春にフルブライト派遣団が被告大学を訪れたとき、被告大学の山本甫国際交流部長(以下「山本部長」という)は、原告を被告大学とジョージア大学の両大学の教授として紹介した。

(三) 山本部長の平成六年一一月一四日付け原告宛て書簡には、原告が「まだジョージア大学を休職中なのかどうか」との質問があり、同部長は、原告がジョージア大学に籍を置いていることを知っていた。

(四) 平成七年一月から三月まで、被告大学の三名の大学院生をジョージア大学大学院のクラスに派遣することとなったが、このジョージア大学大学院のクラスの指導を原告が担当することは、原告が被告に提出した計画書に明記されており、被告はこのことを十分に認識しながら、原告の渡米を許可した。

(五) 原告は、山本部長に対し、本件解雇前、ジョージア大学で賃金を得た場合の税金の申告について相談した。

2  原告の兼職が本件契約の兼職禁止条項に違反するとしても、それは、次のとおり被告の雇用契約に関する不明朗な対応に起因するもので、かつ、その兼職も短期間であって被告に損害を及ぼすようなものではなかったのであるから、原告には、雇用関係を解消しなければならないような背信性は存在しない。

(一) 山本部長は、本件契約を締結した際、本件契約が定年まで在職し得る期間の定めのない雇用契約である旨説明したが、原告は、契約書に期間が一年である旨明記されていたことから、本件契約が期間の定めのない雇用契約であるとは信じられず、期間を一年とする雇用契約であると理解せざるを得なかった。また、前記山本部長の平成六年一一月一四日付け原告宛て書簡では、原告の地位をtenure track professorと標記しているが、これは終身雇用ではなく、終身雇用が予定されている教授の意であって、両者はアメリカでは明確に区別されている。したがって、原告がジョージア大学を退職すべきであると考えなかったのも無理のないことであり、被告からもジョージア大学を退職したかどうかの確認は全くされなかった。

(二) 原告は、被告大学において講義すべき内容を平成六年一二月中に終えて、翌年一月からのジョージア大学での講義に臨んだもので、ジョージア大学での講義は三ヶ月間の短期であり、同年四月からは被告大学のみにおいて教鞭を執ることを予定していたのであるから、原告の行為は被告との信頼関係を破壊したり、学内秩序を乱すものではない。

3  以上のとおり、被告は、原告がジョージア大学にも在籍していることを知りながら当初契約及び本件契約を締結し、しかも、原告がジョージア大学において講義を行うことを許可しておきながら、突如原告の弁明も聴くことなく本件解雇に及んだもので、また、原告による兼職は、短期間のもので、被告との信頼関係を破壊したり学内秩序を乱すものではないのであるから、本件解雇は、著しく手続的正義に悖るのみならず、内容的にも合理性を欠くので、解雇権を濫用したものとして、原告に対する不法行為を構成する。

4  損害

原告は、被告から年俸一〇〇〇万円の給与を得ていたが、解雇されたことにより、ジョージア大学に復職したものの、同大学における年俸は五〇〇万円であり、差額五〇〇万円が年間の損害として発生する。

そこで、その三年分の一五〇〇万円と慰謝料二〇〇万円の合計一七〇〇万円の損害のうち、一〇〇〇万円及び弁護士費用一〇〇万円を請求する。

三  被告の主張(本件解雇の理由)

1  被告は、平成四年七月一五日、原告の強い希望により、原告を期間を平成五年四月一日から一年間(ただし、三年を最長として更新することができる)とする招聘教授として雇用した(当初契約)。なお、被告は、間もなく、原告がジョージア大学にも在籍し休職中であることを知ったが、招聘教授については、二重在籍にとどまる場合にはこれを容認していたことから、特に異は唱えなかった。

2  その後、原告は、平成五年九月中旬頃から一〇月初旬頃にかけて、ジョージア大学を退職するのと引き換えに被告における終身雇用契約への変更を強く希望した。被告もこれを了承し、ジョージア大学を退職するという原告の申出を信頼し、平成六年三月三一日、同年四月一日付けで終身雇用の専任教授としての雇用契約である本件契約を締結した。本件契約は、契約書上は期間一年の契約となっているが、これは、主として給与を一年ごとに改訂することによる形式的なものであって、実際には定年まで在職し得る期間の定めのない雇用契約であり、原告もその点は十分に了解していた。

なお、山本部長が原告に送った書簡では、原告の地位をtenure track professorと標記しているが、これは、招聘教授との対比で用いたものであり、終身雇用の教授と理解できないものではない。

3  しかしながら、その後、原告はジョージア大学を退職しておらず、平成七年一月から三月まで同大学で就労し、給与を取得していることが判明した。右事実が判明した経緯は次のとおりである。

(一) 被告大学とジョージア大学の間では、従来から交換的に学生を留学させていたところ、原告は、平成六年一一月一四日付けで被告に宛てた書簡において、自らの肩書を「ジョージア大学人文科学部東洋言語コーディネイター」「ジョージア大学-関西外大交換プログラムディレクター」と称し、今後の被告大学とジョージア大学の留学生交換に関する交渉は原告及びその部下に任せるよう要求してきた。

そこで、原告が二重就労しているのではないかとの疑問を抱いた被告は、原告に対し、右役職につき、それに就いた時期及び具体的業務内容等を質問したところ、原告は、これに激怒し、正確な回答もせず、ボランティア(無給)で行っている旨強弁するのみであった。

(二) 原告は、平成七年一月から三月まで、被告大学の大学院生をジョージア大学に留学させ、これを個人的に指導するとの口実の下に渡米した。これについて、原告は、被告に対し、三名の被告大学の留学生の勉学を円滑に行わせるため個人的に指導すると説明していたのであり、これを信じた被告は、やむを得ず原告の渡米を許可したものであるが、実際には、原告は、ジョージア大学における通常の冬学期の授業を担当し、給与を得ていた。

(三) 平成七年二月二三日、原告のジョージア大学での直属の上司であるボーグ教授から、原告がジョージア大学フランクリン人文科学部における東洋言語コーディネイターであり、日本語プログラムのディレクターであり、ジョージア大学-関西外大交換プログラムのディレクターである旨の書簡が届いた。

(四) 被告は、右事実を確認するため、ジョージア大学に対し、同月二四日、原告のジョージア大学における雇用、身分関係を照会した。そして、同年三月三日、同大学のアンダーソン人文科学部長(以下「アンダーソン」という)から、原告はジョージア大学に終身被雇用権を有する準教授であり、現在も就労し給与を受け取っている旨の回答を得た。また、同月一三日、同大学から被告に対し、原告は他大学で給与を受領することはできないはずであるが、被告において給与を受領しているのかどうかの照会があった。

4  以上の経緯から、原告がジョージア大学でも就労しており、かつ、被告大学とジョージア大学の双方から給与を取得していることが判明したため、被告は、これが本件契約における兼職禁止条項に違反し、かつ、その程度及び態様からして被告大学の経営秩序に悪影響を与え、また、労務提供にも支障を生ぜしめるものであると判断して、本件解雇に及んだものである。

なお、後に、原告は、ジョージア大学に対し、被告大学での就労の事実を秘し、平成五年の春学期には、研究活動のための勤務地変更と称して同大学からも給与を得たうえに、その後は、教材開発及び研究活動のためと偽って同大学から休職の許可を得ていたことが判明した。このように、原告は、被告及びジョージア大学の双方を騙して給与の二重取得を企てるという悪質な行為を行っていたのである。ちなみに、原告の二重就労の件はジョージア大学でも問題となり、同大学は、平成七年二月から三月にかけて、原告に対し、原告が被告大学でどのような雇用、身分関係にあるのか質問調査したが、その際、原告は、被告との雇用関係は短期間雇用であるなどと虚偽の弁解をしている。

したがって、本件解雇は正当な理由に基づくもので、不法行為を構成する余地はない。

四  争点

本件解雇が不法行為となるか。

なお、右争点を判断するための間接事実に関しては、次の点が主たる争点となっている。

1  原告がジョージア大学にも在籍し、講義を担当することを被告が知っていたかどうか。

2  原告の兼職(二重就労)を理由とする解雇が、解雇権の濫用となるか。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和六三年(一九八八年)から、ジョージア大学の教員であったが、平成三年八月下旬から同年一二月中旬までの間、被告大学において、客員教授(無給)として東アジア文化概論を担当した。そして、原告が、被告に雇用されることを希望したため、平成四年七月一五日、原告、被告間で、原告を、被告大学の人類学の講座及び大学院の課題研究コースを担当する招聘教授として雇用する旨の契約が締結された(当初契約)。

なお、原告は、平成四年(一九九二年)九月一六日、ジョージア大学において、終身被雇用権を有する準教授の地位を得た。

2  原告は、平成五年四月一日、被告大学において勤務を開始したが、一方で、ジョージア大学に対しては、同年春学期(同年四月から六月まで)について勤務地変更の申請を行って承認され、なおも給与を得ていた。一方、被告は、原告を雇用して間もなく、原告がジョージア大学において身分を有していることを知るに至ったが、被告においては、招聘教授に関しては、雇用契約書に兼職禁止条項があるにも関わらず、実際に就労していなければ、仮に他の大学で身分を保有していたとしても黙認していたことから、これを特に問題とすることはなかった。

3  原告は、当初契約に基づく招聘教授として在任中である平成五年九月頃から、「招聘教授としての身分では不安がある。ジョージア大学を退職するので、終身雇用の身分に変更して欲しい」旨被告に強く求めるようになり、被告もこれを承諾して、原告を専任教授として雇用する旨決定し、平成六年三月三一日、本件契約を締結し、契約書(書証略)を交わした。なお、右契約書には、雇用期間を一年とする旨の定めがあったが、被告は、これは形式的なもので、定年まで勤務が可能である旨説明し、原告も納得した。

なお、被告は、本件契約を締結するに際し、原告がジョージア大学を退職したものと考えていたが、その点について、ジョージア大学はもとより、原告本人にも確認はしなかった。

一方、原告は、ジョージア大学に対しては、平成五年八月頃、日本語及び韓国語の最新の教材を作成するプロジェクトに携わることを理由に、平成五年九月から平成六年六月までの間の無休休職を申請し、承認された。

4  被告大学は、ジョージア大学との間で、平成三年以来、留学生交換(被告大学の留学生がジョージア大学の単位を取得した場合に、それを被告大学の単位として、ジョージア大学の留学生が被告大学の単位を取得した場合に、それをジョージア大学の単位として、相互に認めること)に関する協定を締結していたが、原告は、平成六年四月頃以降、被告大学とジョージア大学の間で、修士号の二重取得に関する協定を締結するよう積極的に主張するようになり、実質的にジョージア大学側の交渉窓口を務めるようになった。もっとも、右協定に関する交渉は、具体的な進展を見ないまま推移した。

このような中、山本部長は、原告が同部長に宛てた平成六年一一月一四日付け書簡(書証略)において、自らの肩書を「ジョージア大学人文科学部東洋言語コーディネイター」「ジョージア大学-関西外大交換プログラムディレクター」と称していたことから、原告のジョージア大学における身分関係に不審を抱き、同日(平成六年一一月一四日)付け原告宛て書簡(書証略)において、原告が被告大学の専任教授であって、ジョージア大学からの招聘教授ではないにもかかわらず、右のような地位を同大学で有していることはおかしい旨指摘した。

これに対し、原告は、同年一二月二日付け山本部長宛て書簡において、ジョージア大学-関西外大交換プログラムのディレクターは、無償で委託された任務である旨述べた。

5  原告は、平成六年四月以降、山本部長に対し、再三にわたり、被告大学の大学院生三名のジョージア大学への留学を円滑なものとするため、平成七年一月から三月の間、右三名をジョージア大学に引率してその語学力等を個別指導したい旨申し入れたが、被告は、対象となる大学院生が少数であることや、その期間中原告が大学の行事に参加できなくなること等の理由からこれに反対した。しかしながら、原告がなおも強くこれを希望したため、被告は、平成六年一二月一三日、大学院生をジョージア大学で教えることは今回限りとするという条件で、これを許可した。

原告は、右許可を受け、同年一二月二一日からジョージア大学に戻ったが、同大学においては、平成七年の冬学期(同年一月から三月まで)の正規の授業を担当し、その報酬も受け取った。原告は、その間に担当することになっていた被告大学における授業は、平成六年一二月までに補講を行うことで対処し、右出張期間中は休講とした。

なお、原告は、ジョージア大学に対しては、同年六月、同年の秋学期及び平成七年の春学期について無休の休職を申請し、認められていたが、平成七年の冬学期は、正規の授業を担当することになっていた。

6  山本部長は、ジョージア大学のボーグ教授から受け取った平成七年二月二三日付け書簡において、原告が被告大学とジョージア大学の留学生交換プログラム(修士号二重取得の交換協定)の交渉権限を有する旨の記載があったことから、再び原告のジョージア大学における身分関係に疑念を抱き、同月二五日付け書簡で、ジョージア大学のチャールズ・B・ナップ学長に対し、原告とジョージア大学との関係について照会した。

7  山本部長は、右書簡に対する返答が来ないため、被告大学ハワイ校のベン・シールを通じ、アンダーソンに確認したところ、同人は、原告がジョージア大学のフルタイムの終身被雇用権を有している準教授であること、平成五年(一九九三年)秋学期から平成六年(一九九四年)春学期までと平成六年(一九九四年)の秋学期は無給の休職をしていたこと、現在原告はジョージア大学から給与を取得していることを告げた。

8  被告は、ベン・シールの右報告を受け、原告がジョージア大学においても終身被雇用権を有する準教授として雇用され、授業を担当していることが判明したとして、平成七年三月四日付けで、原告を解雇した。

なお、同月九日付けで出された、前記平成七年二月二五日付け書簡に対するジョージア大学からの返答の書簡には、原告がジョージア大学で終身被雇用権を有する準教授であり、平成五年(一九九三年)から平成六年(一九九四年)秋学期までは無給で休職していたが、平成七年の冬学期(同年一月から三月まで)についてはジョージア大学から準教授としての給与を支給されている旨の記載がある。

二  以上の事実に基づいて検討する。

1  本件契約の内容について

以上の事実によれば、本件契約は、原告を被告大学の専任教授として、原則として定年まで雇用する旨の期間の定めのない雇用契約であったことが認められる。原告は、本件契約は期間一年の契約としか理解できないとして、この点を否定するかのようであり、確かに、契約書(書証略)には、期間が一年である旨明記されているけれども、これを、当初契約の契約書(書証略)と比較対照すれば、当初契約では給与が年俸制で賞与、手当の定めはなかったのに対し、本件契約では月給制となり、賞与及び諸手当を支給する旨の定めがあること、当初契約は退職金について言及していないのに対し、本件契約には退職金の定めがあること、本件契約では専任教授という用語が用いられていることなどの違いがあり、当初契約と本件契約とでは、原告の地位に質的な差異があることが窺われること、原告に対して交付された辞令には、当初契約では「招聘」の文字があったが、本件契約では単に「教授」とされていること、(書証略)によれば、原告自身、被告との雇用契約は終身雇用契約であると認識しており、ただ、その点を明示した契約書がまだ作成されていないと考えていたに過ぎないと認められること等の事実に鑑みると、本件契約は、その契約書の文言に関わらず、原告、被告間では、定年まで継続する期間の定めのない雇用契約と認識されていたというべきである(なお、原告も、第三回口頭弁論期日において、本件契約が期間の定めのない雇用契約であることを認めているところであるし、その損害額の算定においても、本件契約が一年を超えて存続することを前提としていることが明らかである)。

なお、原告は、山本部長の平成六年一一月一四日付け書簡(書証略)において、原告の地位につき、tenure track professorとされ、tenure professorとなっていない点を捉え、本件契約が終身雇用契約であるとは考えられないと主張するが、証人山本によれば、米国の大学でいうtenure professorとは、定年もなく終身にわたり教授の地位を保障された教授をいうものであって、被告大学における定年まで在職しうる専任教授に正確に対応する用語ではないことが認められるから、tenure track professorとされていることをもって、山本部長が本件契約が期間の定めのない雇用契約であることを否定したということはできないというべきである。

2  本件解雇の解雇理由の存在について

前記認定のとおり、原告は、本件契約を締結した後もジョージア大学の準教授としての地位を有し、特に平成七年(一九九五年)一月から三月までの間は、同大学において正規の授業を担当し、報酬も受け取っていたのであって、これが、本件契約において禁止された兼職に該当することは明らかであるから、原告には、本件解除条項に定める解除事由(解雇理由)が存在するというべきである。

確かに、当初契約にも兼職禁止条項が存在するにも関わらず、被告は、原告がジョージア大学に在籍していることを問題としていなかったことが認められるけれども、当初契約と本件契約とでは、原告の地位に質的な違いがあることは前記のとおりであるから、右事実は、本件契約において兼職が解雇理由になることを妨げるものではない。

3  本件解雇の解雇権の濫用について

(一) 原告は、原告がジョージア大学の教員であることは、当初契約及び本件契約において、当然の前提とされており、被告は、原告がジョージア大学において準教授としての地位にあり、平成七年一月から三月まで同大学で教鞭を執ることを知りながらこれを容認していたにもかかわらず、突然本件解雇に及んだと主張するので検討する。

(1) まず、原告が主張するように、当初契約及び本件契約において、原告がジョージア大学の教員であることが当然の前提とされていたことを認めるに足りる証拠はない。被告大学とジョージア大学における留学生交換制度は、平成三年頃に結ばれた両大学間の協定に基づくもので、原告の存在を前提とした制度であるとは考えられないし、修士号の二重取得制度は、平成六年四月頃から原告が積極的に主張していたものの、いまだ具体的な制度としては確立されていなかったことは前記認定のとおりである。

(2) また、原告は、被告は、本件契約締結後も、原告がジョージア大学の準教授の地位にあったことを知っていたと主張し、これに沿う証拠として、原告の山本部長宛て書簡(書証略)、ジョージア大学宛ての成績証明書(書証略)、大学院生の陳述書(書証略)、原告の元同僚の陳述書(書証略)、フルブライト派遣団参加者の陳述書(書証略)を提出する。

しかしながら、(書証略)は、山本部長に交付されたのかどうかは不明であり、仮に交付されていたとしても、右は平成五年一二月一〇日付けの書簡であって、この時期には、原告がジョージア大学の教員の地位を兼ねていることを被告も黙認していたことは前記認定のとおりであるし、(書証略)の成績証明書(証人山本によれば、これは平成六年六月頃に作成されたものであることが認められる)も、平成六年三月までの成績について述べているものであると考えられるから、これらの証拠は、被告が本件契約締結後も原告がジョージア大学の準教授の地位にあったことを知っていたことを示すものではない。また、その余の証拠は、いずれも作成された経緯が明らかでないうえに、当時の大学院生や原告の同僚が、原告のジョージア大学における地位とそれを被告が知っていたかどうかについて正確な認識を有していたか疑問であること、フルブライト派遣団の被告大学訪問に関しては、反対の内容の陳述書(書証略)も存在することに照らし、採用できない。

もっとも、被告は、当初契約時には原告がジョージア大学を休職中であることを知っていながら、本件契約締結時に、ジョージア大学を退職したことについてジョージア大学はおろか原告本人にも確認していないこと、山本部長が平成六年一一月一四日付けで原告に宛てた書簡(書証略)には、「現在貴殿は、ジョージア大学とどのような関係にあるのか(例えば、依然休職中なのかどうか)知りませんが(以下略)」との記載があり、原告がジョージア大学を退職したかどうかについて関心を示していないことは、いずれも、被告が本件契約締結後は原告がジョージア大学を退職したものと考えていたにしては、やや不自然であることは否めない。しかしながら、本件契約締結時には、退職したとの原告の言を信じて特に確認しなかったとしても必ずしも不合理とはいえないし、右平成六月一一月一四日付け書簡の記載にしても、当時は原告と被告との関係がまだ円滑であったことを考慮すると、原告に対する配慮から言い回しを穏便なものにしたとも考えられないではないから(右書簡には、随所に原告との人間関係を破壊しないようにとの配慮が窺われるところである)、これらの事実によっても前記認定が覆るものではないというべきである。

(3) さらに、原告は、被告は、平成七年一月から三月にかけて原告がジョージア大学で教鞭を執ることを認識しつつこれを許可したと主張する。

確かに、原告が平成七年一月から三月までの間ジョージア大学に出張することを被告が許可したことは、前記認定のとおりであるが、(書証略)によれば、これは被告大学の大学院生を指導するための出張として許可されたものであることが明らかであり、被告が、原告がジョージア大学において、その正規の教員として授業を担当することを前提に右出張を許可したものとは認め難い。むしろ、前記認定の原告が平成七年一月から三月までの出張に至る経緯に、原告が右出張の直前に自らがどれほど多忙であるかを強調するために書いた書簡であると考えられる(書証略)にもジョージア大学で授業を担当することには何ら触れられていないこと、原告が、ジョージア大学における交換留学に関するディレクターの職務はボランティアで行っている旨主張していること等をあわせ考慮すると、原告は、被告に対しては、ジョージア大学で正規の授業を行うことをことさらに秘し、被告から出張の許可を得たことが推認されるというべきである。

これに対し、原告は、(書証略)を作成して被告側の関係者に配布したと主張するが、それを認めるに足りる証拠はなく、仮にこれを作成して渡していたとしても、その内容から見て、右認定を覆すものではない。また、原告は、原告が被告大学の藤井健夫教授に依頼して作成し、被告大学の学長に提出した指導計画書(書証略)に、原告がジョージア大学において平成七年の冬学期に授業を担当することが記載されている旨主張するが、右(書証略)には、原告がジョージア大学において正規の授業を担当するとの記載は存在しない。さらに、原告は、山本部長から、平成六年一一月一四日付け書簡(書証略)において、ジョージア大学における身分等について紹介されたのに対し、同月一五日付けの書簡(書証略)で、ジョージア大学における終身雇用の準教授である旨回答した旨主張し、原告本人がこれに沿う供述をするが、山本部長はこれを否定しており、当時、山本部長は原告のジョージア大学における地位に疑念を有しており、仮に右のような書簡を受け取っていれば、当然これを問題としたはずであるのに、当時そのようなことが問題となった形跡がないことに鑑みると、右原告本人の供述はたやすく信用できない。なお、原告は、山本部長に対し、ジョージア大学で報酬を得た場合の税金の申告について相談したとも主張するが、証人山本はこれを否定し、原告本人の供述以外にこれを裏付ける客観的な証拠もなく、採用できない。

ところで、山本部長が平成七年三月六日付けでアンダーソンに宛てた書簡(書証略)には、被告が、原告が平成七年の冬学期の間ジョージア大学で教えることを承諾した旨の記載があるが、前後の文脈に照らせば、右記載が、原告が同大学で正規の授業を担当することを承諾したとの趣旨ではないことが明らかであるから、これによって前記認定が左右されるものではない。

(二) 原告は、また、原告の兼職は、短期間のもので、背信性は高くなく、被告にも損害が生じていないにもかかわらず、被告が本件解雇に及んだと主張するので検討する。

本件契約が、原則として定年まで継続することの予定された期間の定めのない雇用契約であったことを考慮すると、その待遇に見合った職務専念義務を確保するため、兼職を禁止し、これに違反したことを解雇理由とすることには、十分な合理性があるものと考えられる。そして、前記認定のとおり、原告は、ジョージア大学に籍を有していたのみならず、現実に一学期間授業を担当していたのであって、その間は被告大学における講義を休講にするなど、被告大学における就労に実際に支障が出たものといわざるを得ないこと、原告は、平成七年の冬学期にジョージア大学の正規の授業を担当して報酬を得ることを被告に秘しながら、兼職に及んでいたことを考慮すると、原告が兼職に及んだ意図がどこにあったかはともかくとして、その背信性が低いとは決していえない。

(三) 以上によれば、原告が解雇権の濫用として主張する事情は、いずれも認め難いので、被告が、本件解雇前に原告の弁明を聴かなかったとしても、本件解雇が解雇権の濫用に当たるとはいえない。この点の原告の主張は、理由がない。

三  結論

以上の次第であるから、被告による本件解雇は有効であり、不法行為を構成するものではないから、原告の請求は理由がなく、棄却することとする。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官仙波啓孝は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 中路義彦)

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