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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6254号 判決 1998年7月21日

主文

一  被告は、原告甲野一郎に対し、金五二万一二一二円及び内金二九万二六六二円に対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告乙川花子に対し、金八六万八六八七円及び内金四八万七七七〇円に対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  被告は、原告丁山次郎に対し、金八六万八六八七円及び内金四八万七七七〇円に対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

四  被告は、原告丙田秋子に対し、金八六万八六八七円及び内金四八万七七七〇円に対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告甲野一郎に対し、金五二万一二一二円及びこれに対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告乙川花子に対し、金八六万八六八七円及びこれに対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  被告は、原告丁山次郎に対し、金八六万八六八七円及びこれに対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

四  被告は、原告丙田秋子に対し、金八六万八六八七円及びこれに対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実及び証拠により認められる事実

1  訴外甲田ハナ(以下「ハナ」という。)は、被告との間で、別紙預金目録<略>の定額郵便貯金契約を締結した(以下この預金債権を更新後も含め適宜「本件貯金」という。)。

2  ハナは、一〇年経過後の昭和五九年九月二四日、右貯金契約を更新したが、その預入元金額は別紙預金元利金目録の元金<略>のとおりであった。

3  訴外春山夏子(以下「春山」という。)は、平成六年九月一二日、出雲郷郵便局に出向き、同郵便局の窓口職員のKに対し、「郵便貯金名義人甲田ハナの郵便貯金が満期になっているという知らせがあったが、甲田は入院中であるので、姉妹である私が来た。前に江津郵便局に行ったが、本人ではないので何か書類がいると言われた。その書類をそろえればどこの局でも手続ができると聞いたので、来たものである。確かめてもらえばすぐ分かるが、私は妹ですから。」と申し入れた。

これに対し、K職員は、春山が同郵便局をよく利用しているものの、ふだんから話の仕方が分かりにくく、このときも春山の口調がはっきりとせず、申出内容が分かりにくかったので、「どういう書類がいると言われたのか、江津郵便局に確かめます。」と言って、その場で江津郵便局に電話をした。その結果、江津郵便局においては、春山に対し、満期の郵便貯金の払戻しに関し、本人でないときは本人の委任状がいること、貯金証書を持参していないことから払戻手続は直ちにはできないことを伝えたことが判明した。

そこで、K職員は、春山に対し、払戻に必要な委任状の用紙及び貯金証書に代えて払戻手続をするための全部払戻請求書の用紙を手交し、委任状についてはハナ本人の署名及び押印が必要である旨説明した。春山は、「ハナは入院中なのにわざわざ委任状まで書かせる必要があるのか。」と聞くので、K職員は、「郵便貯金の名義人の署名でないと委任状にはなりません。」と言って、署名の必要性を伝えた。

4  春山は、二日後の平成六年九月一四日、出雲郷郵便局に来局し、本件貯金の払戻しのための右委任状(乙第一号証)及び全部払戻請求書(乙第三号証の一ないし四)を提出したので、K職員は、それらの書類を受理した。また、その際、本件貯金預け入れ当初のハナの印章を変更する旨の印章変更の請求、当初「甲田ハナ子」との通称を使用していたことからその氏名を訂正する旨の氏名正誤の請求及びハナの住所が変更された旨の転居の請求を受けたので、これを受理し、全部払戻請求書にその旨を記載して届書に代えた(乙第四号証。郵便貯金法二三条三項、郵便貯金規則二三条、九七条、六六条の二)。

5  春山の右払戻請求を受けた出雲郷郵便局は、貯金証書が存在しなかったため、貯金原簿所管庁である松江貯金事務センターに対し、貯金証書に代わる払戻証書の作成手続を進めるよう全部払戻請求書を送付した。

これを受けて、松江貯金事務センターは、平成六年九月一九日、全部払戻請求書に基づき本件貯金の払戻証書を発行し、名義人であるハナあてに送付した。

6  春山は、平成六年九月二八日、出雲郷郵便局に赴き、K職員に対し、右払戻証書を提示して本件貯金の払戻請求をした。これに対し、K職員は、払戻証書と引換えに、同証書記載の金額金四九四万七八二五円の払渡をした。つまり、同郵便局は、春山をハナの代理人として本件貯金の払渡をした。

7  ハナは、平成二年四月一〇日以来くも膜下出血で入院していたところ、平成七年三月七日、死亡した。

8  別紙甲田ハナ相続図<略>のとおり、原告らを含む八名がハナを代襲相続し、原告甲野一郎が一〇分の一、その余の原告らがそれぞれ六分の一の各相続分で本件貯金を相続した。

9  原告らは、平成七年一一月二四日、本件貯金の払戻を請求したが、本件貯金は前記春山に対する払渡により消滅しているとして、支払を拒絶された。

二  争点

1  春山はハナから本件貯金払渡の代理権を得ていたか。

2  本件貯金の払渡手続は郵便貯金法二六条所定の適法な払渡か否か。

3  本件貯金の平成七年一一月二四日時点の元利金額

第三  争点に対する判断

一  争点1

乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四のハナ作成部分の真正な成立を認めるに足りる証拠はなく、春山がハナから本件貯金払渡の代理権を得ていたことを認めるに足りる証拠はない。

この点につき、甲野太郎は、ハナと春山とが異母姉妹であり、ハナが本件貯金の管理を春山に任せている旨記載したメモを見たことがある、ハナが倒れた平成二年四月、ハナの兄丁山大次郎(原告乙川花子の父)から「一切をおまえに任せる。金は自分で責任を持つから頼む。」と言われ、春山が甲野太郎の妻や太郎の妹と共にハナの世話をしたと述べており、また、春山は、ハナの親族としてハナの死亡届を提出をしている(乙第六、第七号証)が、一方、春山は、本件貯金を含む貯金・預金の証書、通帳を保管し、この預貯金でハナにかかる費用をまかない、甲野太郎の妻や太郎の妹と共にハナの世話をしていたところ、平成二年一〇月五日、丁山大次郎、原告乙川花子、原告丙田秋子らの求めにより、同原告らに右貯金証書・通帳を預け、以来、同原告らが右貯金証書・通帳を保管し、この預貯金からハナにかかる費用を出捐・管理していた(甲第六ないし九号証、原告乙川花子本人尋問の結果)のであって、春山がハナから本件貯金払渡の代理権を得ていたとはいえない。

二  争点2

1  定額郵便貯金の払渡手続について

郵便貯金法二六条は、この法律又はこの法律に基づく省令に規定する手続を経て郵便貯金を払い渡したときは、正当の払渡をしたものとみなすと規定する。同法五五条は、定額郵便貯金の払戻しにつき、貯金証書との引換えによる方法を定めているが、そのほかに、貯金原簿所管庁の発行する払戻証書との引換えによる方法も認めている。郵便貯金規則九七条、五四条一項ないし三項は、貯金原簿所管庁は、預金者が貯金証書を亡失したため提出することができないときに貯金証書に代えて貯金の全部払戻請求書を提出した場合に払戻証書を発行するとしている。

2  本件貯金が出雲郷郵便局で払い戻されるに至った経緯前記争いのない事実及び乙第五号証の一ないし五、証人Mの証言を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件貯金はもともとハナが渡津簡易郵便局に預入したものであるところ、本件貯金が満期となったことから、貯金原簿所管庁である松江貯金事務センターは、平成五年一〇月二一日、再預入勧奨通知を本件貯金の預入局である渡津簡易郵便局に送付した。そこで、渡津簡易郵便局は、ハナに対して本件貯金の再預入勧奨を行おうとしたが、ハナの所在が分からなかったため、調査した結果、ハナは病院に入院中であり、出雲郷に居住している甲野太郎(ハナの甥であり、相続人の一人である。)と春山がその世話人という調査結果を得た。

(二) 平成六年八月下旬ころ、ハナの妹と称する女性(春山と推認される。)が松江貯金事務センターを訪れ、本件貯金の払戻を請求したが、松江貯金事務センターは、その女性が本件貯金の貯金証書も、ハナとの関係を証明するものも所持していなかったため、これに応じなかった。そして、松江郵政監察室は、右払戻請求については、簡易局の受持局で対応するのが適切であると判断し、渡津簡易郵便局に対し、再預入勧奨通知を簡易局の受持局である江津郵便局に送付し、ハナの関係者が判明した場合にはその氏名、住所、電話番号等を江津郵便局に通知するように指示した。そこで、右指示を受けた渡津簡易郵便局は、平成六年八月二六日、江津郵便局に再預入勧奨通知を転送するとともに、当時判明していたハナの入院先、前記甲野及び春山の氏名、住所、電話番号を記載した渡津簡易郵便局長作成の「再預入勧奨通知書送付」と題する書面を併せて通知した。

(三) その直後、春山らが江津郵便局を訪れ、本件貯金の払戻方法を問い合わせてきたので、江津郵便局は、本人の委任状が必要であること、払戻しに必要な書類がそろっていれば、どの郵便局でも払戻しができる旨回答し、平成六年九月、渡津簡易郵便局から送付されてきた再預入勧奨通知と本件送付書を出雲郷郵便局に転送した。出雲郷郵便局は甲野及び春山と面識があったので、とりあえず甲野に本件貯金について照会したところ、甲野から、「貯金証書は私のところにはありません。おそらく春山のところにあるのではないか。」との回答を得た。

(四) 春山は、平成六年九月一二日、出雲郷郵便局に出向き、同郵便局の窓口職員のKに対し、「郵便貯金名義人甲田ハナの郵便貯金が満期になっているという知らせがあったが、ハナは入院中であるので、姉妹である私が来た。前に江津郵便局に行ったが、本人ではないので何か書類がいると言われた。その書類をそろえればどこの局でも手続ができると聞いたので、来たものである。確かめてもらえばすぐ分かるが、私は妹ですから。」と申し入れた。

これに対し、K職員は、春山が同郵便局をよく利用しているものの、ふだんから話の仕方が分かりにくく、このときも春山の口調がはっきりとせず、申出内容が分かりにくかったので、「どういう書類がいると言われたのか、江津郵便局に確かめます。」と言って、その場で江津郵便局に電話をした。その結果、江津郵便局においては、春山に対し、満期の郵便貯金の払戻しに関し、本人でないときは本人の委任状がいること、貯金証書を持参していないことから払戻手続は直ちにはできないことを伝えたことが判明した。そこで、K職員は、春山に対し、払戻に必要な委任状の用紙及び貯金証書に代えて払戻手続をするための全部払戻請求書の用紙を手交し、委任状についてはハナ本人の署名及び押印が必要である旨説明した。すると、春山は「ハナは入院中なのにわざわざ委任状まで書かせる必要があるのか。」と聞くので、K職員は、「郵便貯金の名義人の署名でないと委任状にはなりません。」と言って、署名の必要性を伝えた。

(五) 春山は、平成六年九月一四日、出雲郷郵便局に来局し、本件貯金の払戻のための委任状(乙第一号証)及び全部払戻請求書(乙第三号証の一ないし四)を提出したので、K職員は、それらの書類を受理した。また、その際、本件貯金預け入れ当初のハナの印章を変更する旨の印章変更の請求、当初「甲田ハナ子」との通称を使用していたことからその氏名を訂正する旨の氏名正誤の請求及びハナの住所が変更された旨の転居の請求を受けたので、これを受理し、全部払戻請求書にその旨を記載して届書に代えた。

(六) 春山の右払戻請求を受けた出雲郷郵便局は、貯金証書が存在しなかったため、貯金原簿所管庁である松江貯金事務センターに対し、貯金証書に代わる払戻証書の作成手続を進めるよう全部払戻請求書を送付した。

これを受けて、松江貯金事務センターは、平成六年九月一九日、全部払戻請求書に基づき本件貯金の払戻証書を発行し、名義人である甲田あてに送付した。

(七) 春山は、平成六年九月二八日、出雲郷郵便局に赴き、K職員に対し、右払戻証書を提示して本件貯金の払戻請求をした。これに対し、K職員は、払戻証書と引換えに、同証書記載の金額金四九四万七八二五円の払渡をした。つまり、同郵便局は、春山をハナの代理人として本件貯金の払渡をしたものである。

3  そこで、本件貯金の払渡が適法かを検討するに、本件貯金証書は前記のとおり原告乙川らにより保管されており、亡失されたわけでないから、貯金原簿所管庁は、郵便貯金規則九七条、五四条一項ないし三項所定の亡失という事由がないのに払戻証書を発行したのであって、右払戻証書の発行は違法であり、これに基づきされた本件払渡は、郵便貯金法又は同法に基づく省令に規定する手続に違背する違法なもので、正当な払渡とはいえず、有効な弁済とならない。

4  なお、正確かつ迅速な事務処理に資するため郵便貯金取扱手続(郵便局編。平成四年三月三〇日郵貯業第四八号通達。乙第八号証)が定められており、同通達第七条一項は、郵便貯金の払戻しその他の請求等がなされた際、一定の場合には、質問又は証明資料の提示若しくは委任状の提出により、右請求等をする者が正当な権利者であるかどうか確認することを要すると規定し、その具体的な確認手続については、まず、請求等を受けたときの状況に応じて適切な質問をし、右質問によっても正当な権利者であることの確認ができないときは証明書類の提示を求め、右請求人等が代理人である場合には委任状の提出も併せて求めることを要求しているところ、被告は、本件払渡が右正確かつ迅速な事務処理に資するため郵便貯金取扱手続所定の正当な権利者の確認をしたうえでされた有効・適法な払渡であるとの主張をするごとくでもあるが、右主張は、有効・適法な払渡といえる根拠としてどのような法条を基礎にしているか明らかでない。

郵便貯金法二六条は、同法又は同法に基づく省令に規定する手続を経てされた払渡を正当としているのであって、通達に従ってされた払渡が直ちに同法所定の正当な払渡になるわけではない。

また、右通達に従って正当な権利者の確認をしたとしても、正当な権利者でない者に払渡がされた以上、有効・適法な払渡といえない。

のみならず、仮に右通達に従った場合に何らかの免責があり得るとしても、被告は、出雲郷郵便局において、春山が甲野とともにハナの身の回りの世話をしている者である旨の通知を江津郵便局から受けており、また、春山及び甲野とも面識があったこと、ハナの甥であって相続人でもある甲野から春山が本件貯金を管理している旨の回答を得ていたことから、通達に従って春山が正当な権利者であるとの確認をしたといえると主張するごとくであるが、右通達の定める除外事由に該当するか疑問であり、通達に従った確認がされたと直ちにいえない。

三  争点3

平成七年一〇月二日時点の本件貯金の元利金額は別紙預金元利金目録<略>のとおりであり、元金合計は二九二万六六二〇円、利息金合計は二二八万五五〇二円、元利金合計は五二一万二一二二円である(甲第一号証)。

原告らは、右利息金が元金に組み入れられていると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない(なお、郵便貯金法五七条一項参照)。

四  結語

よって、原告らの請求を主文第一ないし第四項の限度で認容し、仮執行宣言は必要があると認められないからこれを付さない。

(別紙)預金目録<略>

預金元利金目録<略>

甲田ハナ相続図<略>

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