大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6304号 判決 1997年4月14日
東京都板橋区富士見町五番四号
原告
株式会社昭和コーポレーション
右代表者代表取締役
高橋存
右訴訟代理人弁護士
赤井文彌
船崎隆夫
清水保彦
小林茂和
舟久保賢一
宮﨑万壽夫
渡邊洋
岡崎秀也
右輔佐人弁理士
田中正治
大阪市西区立売堀五丁目五番二三号
被告
南電機株式会社
右代表者代表取締役
億田伸一
右訴訟代理人弁護士
岩田喜好
杉本啓二
主文
一 被告は、別紙イ号意匠図及びロ号意匠図記載の吊具を製造し、販売し、販売のため展示してはならない。
二 被告は、その占有する前項記載の吊具及び同吊具の製造に用いる金型を廃棄せよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 主文第一ないし第三項同旨
二 仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 事実関係
1 原告の権利
原告は、次の意匠権(以下、「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という。)を有している(争いがない。)。
登録番号 第八八六〇三七号
出願日 平成元年九月一五日(意願平一-三三八九七)
登録日 平成五年九月一〇日
意匠に係る物品 吊具
登録意匠 別添「意匠公報」記載のとおり
2 被告の行為
被告は、別紙イ号意匠図記載の吊具(以下、「イ号物件」といい、その意匠を「イ号意匠」という。)及び別紙ロ号意匠図記載の吊具(以下「ロ号物件」といい、その意匠を「ロ号意匠」という。)を製造し、販売し、販売のため展示している(争いがない。)。
二 原告の請求
原告は、イ号意匠及びロ号意匠(以下、総称するときは「被告意匠」という。)は本件登録意匠に類似するから、被告がイ号物件及びロ号物件(以下、総称するときは「被告製品」という。)を製造し、販売し、販売のため展示することは本件意匠権を侵害するものであると主張して、意匠法三七条一項に基づき被告製品の製造、販売、販売のための展示の停止を、同条二項に基づき被告製品及び被告製品の製造に用いる金型の廃棄を求めるものである。
三 争点
被告意匠は本件登録意匠に類似するものであるか。
第三 争点に関する当事者双方の主張
【原告の主張】
以下のとおり、被告意匠は本件登録意匠に類似するものである。
一 本件登録意匠の構成及び要部
1 本件登録意匠は、別添「本件登録意匠参考図」記載のとおり、被吊下物Mを固定部(固定物Wに取り付けられたアングルA)に吊り下げるのに用いる吊具に係るものであり、吊具本体1上に、上板部1aにおいて締付用ボルト2を配するとともに、下板部1bにおいて吊下用ナット3を配しており、使用に当たっては、吊具本体1の上板部1aと下板部1bとの間にアングルAの遊端部Aaが位置するようにし、締付用ボルト2を下方へ締め付けることにより吊具をアングルAに固定し、その状態で被吊下物Mから延長しているボルトBを吊下用ナット3に下方から螺入させることによって被吊下物MをアングルAに吊り下げるものであって、その構成は次のとおりである。
A 吊具本体上に締付用ボルトと吊下用ナットを配している。
B 吊具本体は、側方から見て横U字状である。
C 締付用ボルトは、吊具本体の上板部の母螺に上方から螺入されている。
D 吊下用ナットは、ナット本体を吊具本体の下板部の軸孔内に緩挿させ、ナット本体の上端部に設けられている鍔板と咬え片とで下板部を咬えさせている。
2 本件登録意匠の要部は、
吊具本体上に、その下板部において吊下用ナットを配し、その吊下用ナットが、ナット本体を吊具本体の下板部の軸孔内に緩挿させ、鍔板と咬え片とで吊具本体の下板部を咬えさせている
点にある。
二 被告意匠の構成及び本件登録意匠との対比
被告意匠は、別添「被告意匠参考図」記載のとおり、本件登録意匠と同様、被吊下物MをアングルAに吊り下げるのに用いる吊具に係るものであり、吊具本体1上に締付用ボルト2及び吊下用ナット3を配しているものであって、その構成は次のとおりである。
a 吊具本体上に締付用ボルトと吊下用ナットを配している。
b 吊具本体は、側方から見て横U字状である。
c 締付用ボルトは、吊具本体の上板部の母螺に上方から螺入されている。
d 吊下用ナットは、ナット本体を吊具本体の下板部の軸孔内に緩挿させ、ナット本体の上端部に設けられている鍔板と咬え片とで下板部を咬えさせている。
したがって、被告意匠は前記本件登録意匠と同じ構成を有し、その意匠の要部を備えているから、本件登録意匠に類似するものである。
三 被告の主張に対する反論
1 本件登録意匠の要部についての後記【被告の主張】一2の主張は、以下のとおり失当である。
(一) 吊下用ナットが吊具本体と一体に固定されている形状は、本件登録意匠の出願前公知ではない。
(1) 一般に、「公知意匠」とは、新規性のない意匠であり、広い意味では意匠登録出願前に「日本国内又は外国において公然知られた意匠」(意匠法三条一項一号)及び「日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠」(同項二号)をいい、右の「公然知られた」とは、不特定又は多数人に知られうる状態にあるだけでは足りず、現実に知られている状態にあることを要するというべきである。被告主張の平成元年九月一五日付実用新案登録出願の願書添付の明細書(乙第一一号証)には、原告は、単に、登録を受けようとする吊具の考案を説明する必要から、これとの対比において従来品ないしその実施例として、「従来の技術」の見出しの項に被告主張のような記載をしているに止まるのであって、従来の状況をあくまで社内における技術開発のレベルにおいて「提案」として説明しているだけであり、「公知」という説明は一切していない。そして、右「従来の技術」が公知であると証明する証拠はない。
また、右明細書の「従来の技術」の記載は、吊具本体に締付用ボルトが配設されている構成を有することで一つの物品と認められる、その一つの物品と、吊下用ナットから成る他の一つの物品との二つの物品を用いて、被吊下物を吊り下げようとしているときの状態を示しているものであるから、これを意匠の観点から考察すると、吊具本体に締付用ボルトが配設されている一つの物品にかかる意匠と、吊下用ナットから成る他の一つの物品にかかる意匠を示しているとしても、吊具本体に締付用ボルトと吊下用ナットが配設されている不可分な物品にかかる意匠を示しているものではない。意匠法では、一物品につき一意匠が成立することを前提としているから、右「従来の技術」記載の吊具の意匠が本件登録意匠と異なることは明らかである。このことは、吊具本体に締付用ボルトが配設されている物品と、吊下用ナットのみから成る物品とが、各別の物品として取り引きされている事情からも裏付けられる。
(2) 右明細書の記載を根拠に出願人たる原告の認識について述べる被告の主張は、本件登録意匠の意匠登録出願における認定解釈の問題を、実用新案登録出願におけるそれと混同して、出願人の認識について根拠のない推測を重ねるものにすぎない。
(3) 昭和五二年五月(乙第一号証)又は昭和五三年九月(乙第二号証)に被告が頒布したというカタログ記載の長ナット付Uラック(以下「被告製長ナット付Uラック」という。)では、有頭ボルトに吊下用長ナットを螺着させることによって、吊下用長ナットが吊具本体の下板部に取り外し自在に配設されているに止まり、もとより「吊具本体と一体として固定」されているものではない。意匠はあくまで一物品につき一意匠であるところ、被告製長ナット付Uラックは、吊具本体、吊下用長ナット及び有頭ボルトの三物品から構成されているから、一物品についての意匠ではない。これに対し、本件登録意匠は、その下板部において吊下用ナットが取り外し不可能の状態に一体に配設されているから、一物品の意匠である。
また、本件登録意匠と被告製長ナット付Uラックの意匠とでは、<1>本件登録意匠では吊下用ナットの鍔(フランジ)が下板部にその上方から当接し、下板部軸孔が開放されているのに対し、被告製長ナット付Uラックでは有頭ボルトの頭(外面六角形)が下板部にその上方から当接し、下板部軸孔は閉塞されている、<2>本件登録意匠では咬え片(係止突起部)が存在するのに対し、被告製長ナット付Uラックではこれと同一又は類似の構成が存在しない、<3>本件登録意匠では吊下用ナットが下板部から下方に短く突出し、かつ、その外径は軸孔外径の範囲内に止まるのに対し、被告製長ナット付Uラックでは吊下用長ナットが下板部から格段に長く下方に突出し、かつ、その外径は軸孔外径の範囲を超えている、という構成の大きな相違があり、取引者、需要者の注意を惹くところである。
(二)(1) 昭和五四年一二月七日出願公開にかかる公開実用新案公報(乙第四号証)記載のターンバックルは、作用効果の面では本件登録意匠の実施品と類似しているとしても、意匠上は、<1>吊下用ナットの天地が逆であり、<2>吊下用ナットを上下方向にボルトが貫通する構成であるから、本件登録意匠と全く異なる意匠であることは明らかである。被告は、結局、右相違点を前提に、右公開実用新案公報記載のターンバックルとの作用効果の類似を主張するにすぎず、意匠上の観点からした構成の同一、類否の議論ではなく、考案ないし技術思想の議論をするものであるから失当である。
(2) また、右ターンバックルの形状が本件登録意匠とは基本的構成を異にする別異なものである以上、公開実用新案公報などに掲載されたとしても、技術ないし考案のレベルでは格別、意匠的に右形状を利用したり転用したりすることはありえないから、本件登録意匠に創作性がないとすることはできない。
2 被告は、被告意匠と本件登録意匠との相違点として後記【被告の主張】二2記載の<1>ないし<3>の点を挙げて、被告意匠は本件登録意匠に類似しない旨主張する。
(一) しかしながら、そもそも意匠の類否判断は、需要者が両意匠を見て物品の誤認、混同を来すおそれがあるほど似ていると感じるか否かを全体的観察の方法により決すべきものであるから、意匠の要部を特定するについても同様の考え方によるべきである。したがって、仮に意匠の構成の一部に周知部分があるとしても、当該意匠を全体的に観察した場合に、右周知部分が意匠全体の支配的部分を占め意匠的なまとまりを形成し、最も需要者の注意を惹くときには、周知部分も当然に意匠の要部と認められるのであって、意匠のうちの周知部分は意匠の要部にはなりえないというわけではない。本件登録意匠と被告意匠とを全体的に見た場合、「横U字状の吊具本体に、その下板部において、吊下用ナットが取り外し不可能の状態に一体に配設され、しかも、吊下用ナットのナット本体が吊具本体の下板部の軸孔内に挿通して配され、鍔が下板部にその上方から当接し、ナット本体が下板部から下方に突出している構成」が、本件登録意匠の意匠登録出願前には存在しなかったものとして、両意匠において共通に意匠全体の支配的部分を占め意匠的なまとまりを形成し、最も需要者の注意を惹くのである。これに対して、被告が挙げる被告意匠と本件登録意匠との相違点<1>ないし<3>は、次の(1)ないし(3)のとおりいずれも需要者の注意を惹くものではない。したがって、需要者が両意匠を見て誤認、混同を来すことは明らかであるから、被告意匠が本件登録意匠と類似していることは明らかである。
(1) <1>の締付用ボルトの先端部の形状の相違点について、被告意匠の締付用ボルトの先端部に設けられている凹部は、端面から内側に設けられているため、吊具の底面側のみから、吊下用ナットの孔を通じてしか看取しえないものであり、また、先端部に凹部が設けられている締付用ボルトは「JIS規格B1003」として規定され、いわゆる「カットボルト」として一般に広く市販されているから、需要者が締付用ボルトの先端部の形状における被告意匠と本件登録意匠との相違点を認識できるものではない。
(2) <2>の締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線の位置関係の相違点について、本件登録意匠における締付用ボルトの軸線は、吊下用ナットの軸線を上方に延長した位置よりもわずかに背板部側にあるところ(被告主張のように「吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にある」のではない。)、この相違点は、左右側面からと底面側の吊下用ナットの孔を通じてしか看取しえないものであり、また、本件登録意匠における軸線の不一致は、微細に観察し、採寸しなければ看取することができない程度であり、加えて、吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入される締付用ボルトの螺入の程度が短ければ看取できなくなるのであるから、需要者が被告意匠と本件登録意匠との右相違点を認識することはできない。
(3) <3>の吊具本体の下板部の軸孔の形状の相違点について、被告主張のとおりロ号意匠における軸孔が凹部を有しているとしても、そのことは吊具の底面側からしか看取しえないものであり、しかも、その凹部はなだらかにわずかに膨出しているだけであるので、微細に観察しない限りこれを看取することはできない。
(二) 被告は、被告意匠と本件登録意匠との相違点<1>ないし<3>について、支持固定の安定性の観点から需要者の注意を強く惹く旨主張する。確かに、被告意匠及び本件登録意匠にかかる物品である吊具は、支持金具として特定工事業者を主たる需要者とするものであり、これら需要者による商品選択の基準の中で最大のものはその支持固定の安定性にあると考えられるが、この観点からしても、被告意匠と本件登録意匠との間で混同を来すことが明らかである。
すなわち、<1>の相違点について、被告意匠における締付用ボルトの先端部の形状は、前記のとおり既にJIS規格で規定されているので新規性、創作性はなく、自ずから注目度は低い。
<2>の相違点について、吊具の上部におけるアングル材への安定固定と下部における吊下物の安定固定とは全く別異のものであり、機能面からして関連性がないのみならず、意匠上も、締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線のずれが著しい場合は別として、本件登録意匠では目視でも困難なほどの微細な範囲に止まるものであり、しかも、被告意匠のように両軸線が一致しているものは従前公知であり、新規性、創作性を有しないごくありふれた構成にすぎない。
<3>の相違点について、吊下用ナットの固定が十分で空回り現象を生じないか否かは、需要者の注目するところではあるが、回るか否かは機能、効果の問題であって、意匠の観点からは、せいぜい外部から観察できる係止突起部の存在、形状に止まるのであり、軸孔の形状はそもそも外部から認識できないから、看者の注意を惹くものではない。
【被告の主張】
以下のとおり、被告意匠は本件登録意匠に類似していない。
一 本件登録意匠の構成及び要部
1 本件登録意匠は、その概括的形状として、横U字状に屈曲させ、更にその両端を内側に屈曲させ、上板部、下板部及び背板部にそれぞれ軸孔を設けた吊具本体と、本体の上板部の軸孔の上方から螺入された締付用ボルトと、本体の下板部の軸孔から挿通された吊下用ナットにより構成されており、その個別的形状は次のとおりである。
A 吊具本体の上板部は下板部よりも短く、設けられた軸孔は雌螺となっており、
B 吊具本体の下板部には、真円形の軸孔が設けられ、
C 下板部の両側の側板の上部に四個の突起があり、
D 吊具本体の背板部には、真円形の軸孔が設けられ、
E 締付用ボルトは、吊具本体の上板部に設けられた軸孔に上方から螺入し、
F 締付用ボルトの先端部が平坦で、
G 吊下用ナットは、吊具本体の下板部に設けられた軸孔内に挿通され、
H 吊下用ナットに設けられている鍔(フランジ)と半径方向外方に突出する六個の係止突起部とで下板部を挟持し、
I 締付用ボルトの軸線は吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にある。
2 意匠の要部とは、公知意匠がある場合には公知意匠にない新規な部分で見る者の注意を強く惹くと認められる部分をいうところ、原告は、吊具本体上に、その下板部において吊下用ナットを配し、その吊下用ナットが、ナット本体を吊具本体の下板部の軸孔内に緩挿させ、鍔板と咬え片とで吊具本体の下板部を咬えさせている点をもって、本件登録意匠の要部であると主張するが、次の(一)及び(二)のとおり、本件登録意匠の意匠登録出願前の公知意匠の存在に照らし、右原告主張の点は本件登録意匠の要部とはなりえない。
(一) 吊下用ナットが吊具本体と一体に固定されている形状は、本件登録意匠の出願前に公知であってありふれたものである。
(1) 本件登録意匠の出願日(平成元年九月一五日)と同日に原告がした実用新案登録出願の願書に添付された明細書(乙第一一号証)には、「従来の技術」の見出しの項に次のような記載がある。
「 従来、第6図~第10図を伴って次に述べる吊具が提案されている。
すなわち、吊具本体1と、締付用ボルト2と、吊下用ナット3とを有する。」(2頁10行ないし13行)
「 さらに、吊下用ナット3は、上述した吊具本体1の下板部7の軸孔7a内に上方から緩通し且つ被吊下物Mの保持具Hから延長している被吊下物用ボルトBが螺合する母螺13aを有する六角形のナット本体13と、その上端部にそれと一体に輻方向に外方に延長し且つ上述した吊具本体1の下板部7に受けられる例えば円環状の鍔板14とを有する。」(4頁4行ないし11行)
右の「従来の技術」の見出しの項は、実用新案法施行規則様式第3の備考13イ(平成五年通商産業省令第七五号による改正前のもの)の規定に従って記載されているものであるところ、この規定は、考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に理解できるように開示し記載すべきことを求めた実用新案法五条三項(平成二年法律第三〇号による改正前のもの)に基づいているから、「従来の技術」の見出しの項は実用新案登録の要件である考案の新規性、進歩性を理解するために、公知の技術の開示が求められていると解すべきであり、「従来の技術」の見出しの項に開示、記載されている内容は公知のものと解されるべきである。
したがって、前記明細書(乙第一一号証)の「従来の技術」の見出しの項において、吊下用ナットが吊具本体と「一体に」配設されたナット付Uラックが公知であることが示されていることになる。
なお、意匠は物品の外観をいうのであるから、右「従来の技術」の見出しの項に開示されている吊具において、吊下用ナットが吊具本体と固定されているかどうかは問題にならず、せいぜい、吊下用ナットに六個の係止突起部が設けられていないことが本件登録意匠との差にすぎない。
(2) 仮に、右明細書の記載をもって、吊下用ナットが吊具本体と一体に配設されたナット付Uラックが公知であることの証拠たりえないとしても、原告は、本件登録意匠の意匠登録出願と同時にした右実用新案登録出願に当たり、右のようなナット付Uラックは従来の技術であるとして、これを権利範囲から除外しているのであるから、本件登録意匠の意匠登録出願においても吊下用ナットが吊具本体と一体に配設されているとの点は従来の技術として意匠の要部から除外するとの認識に立っていたものと推認される。
(3) 更に、被告自身が、本件登録意匠の出願前から製造、販売している被告製長ナット付Uラックは、吊下用ナットが吊具本体と一体として固定されたものであり、その意匠は、昭和五二年五月(乙第一号証)又は昭和五三年九月(乙第二号証)に被告が頒布したカタログに掲載されて公知のものとなっていた。
被告製長ナット付Uラックは、<1>吊下用ナットの上側が閉塞されている点、<2>係止突起部を有しない点、<3>吊下用ナットが格段に長く下板部から下方に突出している点で、一見本件登録意匠と相違するかのようである。
しかしながら、<1>の点については、実際の使用方法として、被吊下物から延長しているボルトを吊下用ナットに下方から螺入する際、吊下用ナットを突き抜けるまでに螺入させることはないから、吊下用ナットの上側が閉塞されているかどうかは需要者にとって意匠上注意を惹くものではないし、また、前記(1)の明細書(乙第一一号証)の第10図には、本件登録意匠のように、吊下用ナットの上側が閉塞されていないナット付Uラックの形状も、「従来の技術」すなわち公知のものであることが示されている。<2>の点については、係止突起部は底面から吊下用ナットの孔を通じてしか看取できないものであり、用途からみて吊下用ナットの固定の方法についてまで、取引者や需要者が注意を惹かれるものではない。<3>の点については、吊下用ナットの下板部から下方の長さは、本件登録意匠では、その直径の〇・八倍で、吊具本体の全体の大きさと印象づけられる上板部の上面から下板部の下面までの寸法の〇・二四倍であり、被告製長ナット付Uラックでは、それぞれ一・六倍、〇・六倍であって、この程度の差異は、用途からみて取引者や需要者の注意を惹くものではない。
(二)(1) 吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は、本件登録意匠の意匠登録出願前の昭和五四年一二月七日出願公開にかかる公開実用新案公報(実開昭五四-一七三三二五号。乙第四号証)に記載されており、公知のものである。
右公開実用新案公報に記載されているターンバックルの意匠は、<1>吊下用ナットの天地が逆であり、<2>吊下用ナットを上下方向にてボルトが貫通している点で、一見本件登録意匠と相違するかのようである。
しかしながら、<1>の点については、右公開実用新案公報記載のターンバックルは、上方にある配管と下方にあるアングル材とを取り付ける場合にも用いられ(乙第二一号証)、この場合は係止突起部はターンバックル(吊具本体)の下板部を下方から挟持することとなる。<2>の点については、右のような使用方法においては、吊下用ナットを貫通するのは、本件登録意匠における締付用ボルトではなく、被吊下物から延長するボルトである。したがって、右公開実用新案公報に図示されている意匠は、吊下用ナットに設けられている鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持、固定しているという構成に関して本件登録意匠と同一である。
(2) 仮に、右ターンバックルにおいて本件登録意匠の吊具本体に対応するハンガーの形状が本件登録意匠における吊具本体とは異なるが故に、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は公知とはいえないとしても、本件登録意匠は、意匠法三条二項により意匠登録の要件として求められる意匠としての創作性の要件を満たしていない。右ターンバックルは、本件登録意匠にかかる吊具と同じく配管用吊具の一種であって鋼材と管とを結合する用途を有するうえ、右ターンバックルを管に取り付け、本件登録意匠にかかる吊具を鋼材に取り付け、両者を一本の長いボルトでそれぞれのナットに螺入するという方法で併用して用いられることが多く、配管用吊具の製造販売業者は、ターンバックルと本件登録意匠にかかる吊具の双方とも取り扱い、カタログに掲載するのが一般であり(乙第二一号証)、現に原告自身、ターンバックルも製造、販売しており、しかも、右公開実用新案公報記載の考案をそのまま取り入れたターンバックルまで製造、販売している(乙第一三号証)。このように、配管用吊具の製造販売業者、すなわちその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)であれば、応用として、ターンバックルの天地を逆にして、上方にある電線管や構造鋼管からターンバックルを下げる使用方法もあることを当然知っているから、右公開実用新案公報における、上面に貫通孔を有するハンガーと貫通孔に嵌入されたフランジを有する調節ナットとから成り、調節ナットの角部に半径方向外方に突出する六個の係止突起が一体に備えられていることを特徴とするターンバックルの形状を見て、これを本件登録意匠にかかる吊具における吊下用ナットにそのまま利用することは容易に考えつくところである。そして、実用新案公報、意匠公報などに掲載されれば広く知られたということができる。仮に、前記公開実用新案公報記載の係止突起部の形状が周知形状といえないとしても、その吊具本体に対応するハンガーと本件登録意匠における吊具本体とは、前記のとおり用途上極めて密接な関係にあり、一方にみられる意匠を他方に転用することは業界の常識に属するところである。
したがって、本件登録意匠における吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は、周知の形状をそのまま利用したものあるいは公知の形状をそのまま転用したものであって、創作性がないから、この点をもって本件登録意匠の要部とみることはできない。
3 以上のとおりであるから、本件登録意匠の要部は、次の(一)及び(二)の点にあるというべきである。
(一) 締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にあること。
意匠公報によれば、本件登録意匠において、締付用ボルトの直径と、締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線のずれの幅との比率は約一対〇・九であり、そのずれの程度は大きい。本件登録意匠の意匠登録出願前公知の吊具(乙第一、二号証のカタログ、乙第八、第一〇号証の各実用新案公報第3図に示されている形状)では、すべて締付用ボルトの軸線と同一軸線上の下方延長方向に吊下物が固定されており、この締付用ボルトの軸線と吊下物の軸線とが同一延長線上にある形状は、需要者に広く慣用され、通常の用途に適するものとして利用されている。本件登録意匠は、締付用ボルトの軸線と吊下物の軸線とが同一延長線上にない点で右公知の形状の吊具と異なっているので、特殊な用途の場合に用いられるものと需要者に理解され、この軸線のずれが吊具の選択に際し需要者の注意を強く惹くところである。
(二) 締付用ボルトの先端の形状が平坦であること。
締付用ボルトの先端部の形状は、本件登録意匠の意匠登録出願前には平坦なものと凹部状のものとが存在していて公知である。ところが、源告は、意識的に右凹部状のものを除外し、平坦なものを選択して意匠登録出願をしたのであるから、除外された形状は本件登録意匠の要部から除外されたものである。
二 被告意匠の構成及び本件登録意匠との対比
1(一) イ号意匠は、その概括的形状として、横U字状に屈曲させ、更にその両端を内側に屈曲させ、上板部、下板部及び背板部にそれぞれ軸孔を設けた吊具本体と、本体の上板部の軸孔の上方から螺入された締付用ボルトと、本体の下板部の軸孔から挿通された吊下用ナットにより構成されており、その個別的形状は次のとおりである。
a 吊具本体の上板部は下板部よりも短く、設けられた軸孔は雌螺となっており、
b 吊具本体の下板部には、真円形の軸孔が設けられ、
c 下板部の両側の側板の上部にそれぞれ四個の突起があり、
d 吊具本体の背板部には、真円形の軸孔が設けられ、
e 締付用ボルトは、吊具本体の上板部に設けられた軸孔に上方から螺入し、
f 締付用ボルトの先端部は円錐状に窪んでいる凹部が設けられ、
g 吊下用ナットは、吊具本体の下板部に設けられた軸孔内に挿通され、
h 吊下用ナットに設けられている鍔(フランジ)と半径方向外方に突出する六個の係止突起部とで下板部を挟持し、
i 締付用ボルトの軸線は吊下用ナットの軸線と同一軸線上の位置にある。
(二) ロ号意匠は、その概括的形状がイ号意匠と同じであり、その個別的形状は、形状bが「吊具本体の下板部には、ナット廻り止め用の二か所の窪みを有する不正円形の軸孔が設けられ」というものである点でイ号意匠と異なる外は、イ号意匠と同じである。
2(一) 被告意匠を本件登録意匠と対比すると、
イ号意匠は、
<1> 締付用ボルトの先端部が、本件登録意匠では平坦であるのに対して、窪んでいる凹部が設けられていること、
<2> 締付用ボルトの軸線が、本件登録意匠では吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にあるのに対して、吊下用ナットの軸線と同一直線上にあること、
の二点において、その要部が本件登録意匠と著しく異なっており、
ロ号意匠は、右<1>及び<2>の点に加えて、
<3> 吊下用ナットを、本件登録意匠では吊具本体の下板部の真円形の軸孔内に挿通しているのに対して、吊下用ナットを吊具本体の下板部の二か所の凹部を有する不正円形の軸孔内に挿通している
点においても、本件登録意匠の構成と著しく異なっている。
(二) 右<1>ないし<3>の構成の相違点は、次の(1)ないし(3)のとおり、取引者や需要者の注意を強く惹く重要な相違点であるから、被告意匠は本件登録意匠に類似していないものである。
(1) <1>の相違点について
締付用ボルトの先端部の形状やアングル材との当接方法は、アングル材に対する締付け固定度において大きな差異を生じるので、これまでにもさまざまな考案がなされており(乙第七ないし第九号証)、現在製造、販売されているUラックにおいても、締付用ボルトの先端部に凹みを設けるなどの工夫を施しているものが多く存在している。本件登録意匠においては、締付用ボルトの先端部が平坦であるため、Uラックを取り扱う業者であれば、Uラックが被吊下物の重力に引っ張られて、アングル材に伝わってくる振動等の影響によって「ずり落ち」が生じないかにつき強く注意を惹かれるものである。
(2) <2>の相違点について
本件登録意匠のように締付用ボルトの直径と、締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線のずれの幅との比率が約一対〇・九であるという大きなずれの存在するUラックと、被告意匠のように締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線と同一直線上にあるUラックとでは、アングル材に締め付けたときの固定強度において大きな差異が生じることは計算上算出でき、右のずれが大きくなるに従って固定強度(引っ張り荷重)が減少する(乙第一七号証)。このことは、引張試験によっても実証されている(乙第一五号証)。Uラックを取り扱う業者(例えば電気配管工事業者)は、建物の構造材等の鋼鉄製アングル材にUラックを締め付け固定し、これに電気配管などを固定するのであるから、Uラックを選択し購入する際最も注目するのはこの固定強度の大きい点であり、固定強度の大きいことによって吊具全体の安定感が増すところ、被告意匠のような形状のUラックは、Uラック全体としての安定感を看者に与えるものである。
(3) <3>の相違点について
Uラックを取り扱う業者は、Uラックをアングル材等に締め付け固定した後、吊下用ナットに被吊下物のボルトを螺入する際に吊下用ナットが同じ方向に回動するいわゆる空回り現象が生じないものを選んで購入するから、空回り現象が生じないような工夫がどのようにされているかが関心事である。したがって、ロ号意匠のように吊具本体の下板部にナット廻り止め用の二か所の凹部を有する不正円形の軸孔が設けられているところの形状は、業者がUラックを購入する際に注目するところである。
第三 当裁判所の判断
一 本件登録意匠は、別添「意匠公報」(甲第一号証)及び弁論の全趣旨によれば、被吊下物から延長しているボルトを介して被吊下物を固定部(アングル等)に吊り下げるのに用いる吊具にかかるものであり、その基本的態様は、
(1) それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体と、
(2) 吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトと、
(3) 吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットとで構成され、その個別的態様は、
<1> 上板部は下板部より短く、軸孔は雌螺となっており、
<2> 下板部に設けられた軸孔は真円であり、
<3> 下板部両側の側板の上部は四個の突起がある波形となっており、
<4> 背板部に設けられた軸孔は真円であり、
<5> 締付用ボルトの先端部は平坦であり、
<6> 締付用ボルトの軸線は、吊下用ナットの軸線より背板部寄りに下板部の軸孔の半径の二分の一程度ずれており、
<7> 吊下用ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径と一致する、
というものであることが認められる。
二 しかして、乙第三、第六、第八、第一〇、第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件登録意匠の基本的態様のうち、(1)それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体と、(2)吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトとで構成された態様は、本件登録意匠の出願前に吊具(いわゆる「Uラック」)の態様としてありふれたものであったと認められるが、本件全証拠によるも、右のような吊具本体及び締付用ボルトに、(3)吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットが一体となった態様の吊具が存在したとは認められず、したがって、かかる態様は、新規なものというべく、しかも、基本的態様に関するものであって、下板部の軸孔から被吊下物を吊り下げるという機能の点からして当然必要になる吊下用ナットが当該部分に予め固定されていることは一見して目につくところであるから、看者の注意を惹く部分すなわち意匠の要部というべきである。
この点について、被告が主張するところは、次の1及び2のとおりいずれも採用することができない。
1(一) 被告は、吊下用ナットが吊具本体と一体に固定されている形状は、本件登録意匠の出願前に公知でありふれたものであると主張し、まず、本件登録意匠の出願日(平成元年九月一五日)と同日に原告がした実用新案登録出願の願書に添付された明細書(乙第一一号証)の「従来の技術」の見出しの項に、「従来、第6図~第10図を伴って次に述べる吊具が提案されている。すなわち、吊具本体1と、締付用ボルト2と、吊下用ナット3とを有する。」(2頁10行ないし13行)、「さらに、吊下用ナット3は、上述した吊具本体1の下板部7の軸孔7a内に上方から緩通し且つ被吊下物Mの保持具Hから延長している被吊下物用ボルトBが螺合する母螺13aを有する六角形のナット本体13と、その上端部にそれと一体に輻方向に外方に延長し且つ上述した吊具本体1の下板部7に受けられる例えば円環状の鍔板14とを有する。」(4頁4行ないし11行)と記載されていることを指摘し、吊下用ナットが吊具本体と「一体に」配設されたナット付Uラックが公知であることが示されていると主張するが、右「従来の技術」として記載されたものが本件登録意匠の出願前に公知になっていたと認めるに足りる証拠は存しない。この点について、被告は、「従来の技術」の見出しの項は、実用新案法施行規則様式第3の備考13イ(平成五年通商産業省令第七五号による改正前のもの)、実用新案法五条三項(平成二年法律第三〇号による改正前のもの)に基づいているから、実用新案登録の要件である考案の新規性、進歩性を理解するために公知の技術の開示が求められていると解すべきであり、そこに記載されている内容は公知のものと解されるべきである旨主張するが、採用することができない(なお、右「従来の技術」として記載された吊具は、「第6図~第10図に示す従来の吊具の場合、吊下用ナット3が、その鍔板14を吊具本体1の下板部7上に受けさせているだけで、吊具本体1に設けられる構成しか有しないため、吊下用ナット3の母螺13aに、下方から被吊下物用ボルトBを螺入させるどき、吊下用ナット3を上方から下方に向けて強く押えつけていない限り、吊下用ナット3が、吊具本体1の下板部7上から不必要に浮き上ったり、不必要に回動したりする。」〔6頁末行ないし7頁9行〕と記載されているように、吊下用ナットは、単に吊具本体の下板部の軸孔に上方から緩挿され、鍔板が下板部に載置されているにすぎず、吊具本体の下板部に固定されたものでないことが明らかである。)。
(二) 被告は、仮に右明細書の記載をもって吊下用ナットが吊具本体と一体に配設されたナット付Uラックが公知であることの証拠たりえないとしても、原告は、本件登録意匠の意匠登録出願と同時にした右実用新案登録出願に当たり、右のようなナット付Uラックは従来の技術であるとして、これを権利範囲から除外しているのであるから、本件登録意匠の意匠登録出願においても吊下用ナットが吊具本体と一体に配設されているとの点は従来の技術として意匠の要部から除外するとの認識に立っていたものと推認されると主張するが、本件登録意匠の意匠登録出願と同日の出願であるとはいえ、別件の考案の実用新案登録出願の願書に添付された明細書の記載をもって本件登録意匠の要部認定の資料とすべき根拠がなく、右主張も採用することができない。
(三) 更に、被告は、被告自身が本件登録意匠の出願前から製造、販売している被告製長ナット付Uラックは、吊下用ナットが吊具本体と一体として固定されたものであり、その意匠は昭和五二年五月(乙第一号証)又は昭和五三年九月(乙第二号証)に被告が頒布したカタログに掲載されて公知のものとなっていたと主張する。
しかし、被告製長ナット付Uラックは、右乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、その基本的態様が、
(1) それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体と、
(2) 吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトと、
(3) 吊具本体の下板部の軸孔に上方から挿通された有頭ボルトを螺入することにより下板部の下面に上端面を当接して配設され、側板の高さの二倍程度の長さを有する吊下用長ナット
とで構成され、その個別的態様は、
<1> 上板部は下板部より短く、軸孔は雌螺となっており、
<2> 下板部に設けられた軸孔は真円であり、
<3> 下板部両側の側板の上部は直線状であり、
<4> 背板部に設けられた軸孔は真円であり、
<5> 締付用ボルトの先端部には締付用座金が取り付けられており、
<6> 締付用ボルトの軸線は、吊下用長ナットの軸線と同一直線上にあり、
<7> 吊下用長ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径より大きく、
<8> 有頭ボルトの頭部は、下板部の軸孔より大きく、厚みが側板の高さの半分程度である、
というものであることが認められる。
したがって、被告製長ナット付Uラックは、その基本的態様において、
(1) それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体と、
(2) 吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルト
とで構成されている点で本件登録意匠と一致するが、
吊下用ナットが、(3)吊具本体の下板部の軸孔に上方から挿通された有頭ボルトを螺入することにより下板部の下面に上端面を当接して配設され、側板の高さの二倍程度の長さを有する吊下用長ナットである点で、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットである本件登録意匠と相違し、
その個別的態様においては、
<1> 上板部は下板部より短く、軸孔は雌螺となっており、
<2> 下板部に設けられた軸孔は真円であり、
<4> 背板部に設けられた軸孔は真円である
点で一致するが、
<3> 下板部両側の側板の上部は直線状であり、
<5> 締付用ボルトの先端部には締付用座金が取り付けられており、
<6> 締付用ボルトの軸線は、吊下用長ナットの軸線と同一直線上にあり、
<7> 吊下用長ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径より大きく、
<8> 有頭ボルトの頭部は、下板部の軸孔より大きく、厚みが側板の高さの半分程度である
点で、
<3> 下板部両側の側板の上部は四個の突起がある波形となっており、
<5> 締付用ボルトの先端部は平坦であり、
<6> 締付用ボルトの軸線は、吊下用ナットの軸線より背板部寄りに下板部の軸孔の半径の二分の一程度ずれており、
<7> 吊下用ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径と一致し、
<8> 被告製長ナット付Uラックにおけるような有頭ボルトは存在せず、吊下用ナットの孔が貫通したままの状態である
本件登録意匠と相違する。
右各相違点のうち、吊下用ナットが、被告製長ナット付Uラックでは、吊具本体の下板部の軸孔に上方から挿通された有頭ボルトを螺入することにより下板部の下面に上端面を当接して配設され、側板の高さの二倍程度の長さを有する吊下用長ナットであるのに対し、本件登録意匠では、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットであるという点、及び、
右のような吊下用ナットの配設の仕方における相違の必然的結果として、吊下用ナットの配設の仕方が取外し可能か(被告製長ナット付Uラック)取外し不可能か(本件登録意匠)という点は別にしても、被告製長ナット付Uラックでは、吊下用ナットはその外周の直径が下板部の軸孔の直径より大きく、有頭ボルトの頭部は、下板部の軸孔より大きく、厚みが側板の高さの半分程度であるのに対し、本件登録意匠では、吊下用ナットはその外周の直径が下板部の軸孔の直径と一致し、被告製長ナット付Uラックにおけるような有頭ボルトは存在せず、吊下用ナットの孔が貫通したままの状態であるという点は、両意匠の際立った相違点といわなければならない。
被告は、この点に関連して、実際の使用方法として、被吊下物から延長しているボルトを吊下用ナットに下方から螺入する際、吊下用ナットを突き抜けるまでに螺入させることはないから、吊下用ナットの上側が閉塞されているかどうかは需要者にとって意匠上注意を惹くものではないと主張するが、被吊下物を取り付けたボルトを吊下用ナットに下方から螺入することにより被吊下物を吊り下げるという使用方法からして当該部分が右ボルトの螺入の程度を容易に確認できるようになっているか(本件登録意匠)否か(被告製長ナット付Uラック)は需要者の注意を惹く重要な点というべきであるから、右主張は採用することができない。被告は、前記(一)の明細書(乙第一一号証)の第10図には、本件登録意匠のように、吊下用ナットの上側が閉塞されていないナット付Uラックの形状も、「従来の技術」すなわち公知のものであることが開示されているとも主張するが、右「従来の技術」として記載されたものが本件登録意匠の出願前に公知になっていたと認めるに足りる証拠が存しないことは前示のとおりである。
また、被告は、被告製長ナット付Uラックと本件登録意匠における吊下用ナットの下板部から下方の長さの差異について、この程度の差異は用途からみて取引者や需要者の注意を惹くものではないと主張するが、前記した大きさ(下板部の下方に現れる長さ及び外周の直径)の差異により、被告製長ナット付Uラックにおける吊下用長ナットは、有頭ボルトにおける下板部の軸孔より大きく厚みが側板の高さの半分程度ある頭部と相俟って、本件登録意匠における吊下用ナットと異なり、どっしりとした重厚感を与えるものであり、美感を異にするから、右主張も採用することができない。
2(一) 被告は、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は、本件登録意匠の意匠登録出願前の昭和五四年一二月七日出願公開にかかる公開実用新案公報(実開昭五四-一七三三二五号。乙第四号証)に記載されており、公知のものであると主張する。
右公開実用新案公報には、上面に貫通孔を有するハンガー(板状部材を二つ折りにして中間部の断面形状を下向きの五角形状にしたもので、下部の二枚重ねの部分に係止孔が設けられたもの)と貫通孔に嵌入されたフランジを有する調節ナットとから成り、調節ナットの角部に半径方向外方に突出する六個の係止突起が一体に備えられていることを特徴とするターンバックルの考案が記載されており、右ターンバックルは、通常、支持金具によって形鋼等に取り付けた吊ボルトを上方から調節ナットに螺入し、ハンガー下部の係止孔に、電線管や構造鋼管の外周に巻き付けた吊バンドをボルトと(蝶)ナットで締め付けることにより、形鋼等から電線管や構造鋼管を吊り下げるのに使用するものであるが(乙第四号証、乙第二一号証一七〇頁の「使用例」)、応用として、被告主張のように、天地を逆にして、上方にある電線管や構造鋼管からターンバックルを下げ隻下方にある形鋼等に取り付ける使用方法もあるところ(乙第二一号証一七〇頁の「応用例」)、右応用例の使用方法においては、なるほど吊具本体(ハンガー)の下板部の軸孔(上面の貫通孔)内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部(調節ナットの角部に半径方向外方に突出する六個の係止突起)とで吊具本体(ハンガー)の下板部(上面)を挟持することにより吊下用ナット(調節ナット)を固定しているという点では本件登録意匠の形状と一致するものの、本件登録意匠における吊具本体に対応するハンガーの形状は、前記のとおり板状部材を二つ折りにして中間部の断面形状を下向きの五角形状にしたもので、下部の二枚重ねの部分に係止孔が設けられたもの(これの天地を逆にしたもの)であって、本件登録意匠における吊具本体の前記形状(それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板としたもの)とは全く異なるものであるから、意匠的には、本件登録意匠における吊具本体と締付用ボルトと吊下用ナットとで構成される形状とは全く異なるものといわなければならない。
(二) 更に、被告は、本件登録意匠は意匠法三条二項により意匠登録の要件として求められる意匠としての創作性の要件を満たしていないと主張し、配管用吊具の製造販売業者、すなわちその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)であれば、応用として、ターンバックルの天地「を逆にして、上方にある電線管や構造鋼管からターンバックルを下げる使用方法もあることを当然知っているから、右公開実用新案公報における、上面に貫通孔を有するハンガーと貫通孔に嵌入されたフランジを有する調節ナットとから成り、調節ナットの角部に半径方向外方に突出する六個の係止突起が一体に備えられていることを特徴とするターンバックルの形状を見て、これを本件登録意匠にかかる吊具における吊下用ナットにそのままま利用することは容易に考えつくところであり、あるいは一方にみられる意匠を他方に転用することは業界の常識に属するところであり、したがって、本件登録意匠における吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は、周知の形状をそのまま利用したものあるいは公知の形状をそのまま転用したものであって、創作性がないから、この点をもって本件登録意匠の要部とみることはできないと主張する。しかし、右ターンバックルは、前示のとおり、通常、支持金具によって形鋼等に取り付けた吊ボルトを上方から調節ナットに螺入し、ハンガー下部の係止孔に、電線管や構造鋼管の外周に巻き付けた吊バンドをボルトと(蝶)ナットで締め付けることにより、形鋼等から電線管や構造鋼管を吊り下げるのに使用するものであって、本件登録意匠にかかる吊具とはその用途を異にするものであり、ターンバックルの天地を逆にして、上方にある電線管や構造鋼管からターンバックルを下げて下方にある形鋼等に取り付けて使用する場合についてみても、本件登録意匠における吊具本体に対応するハンガーの形状は、板状部材を二つ折りにして中間部の断面形状を下向きの五角形状にしたもので、下部の二枚重ねの部分に係止孔が設けられたもの(これの天地を逆にしたもの)であって、本件登録意匠における吊具本体の形状(それぞれ軸孔を設けた、上板部、下板部及び背反部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板としたもの)とは全く異なるものであるのみならず、その用途も、正確には本件登録意匠にかかる吊具のように被吊下物を吊り下げるというのではなく、上方に持ち上げて支持するというものであるから、被告主張のように右ターンバックルの形状を見てこれを本件登録意匠にかかる吊具における吊下用ナットにそのままま利用することは容易に考えつくところであり、あるいはこれを転用することは業界の常識に属するところであるとか、本件登録意匠における吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで吊具本体の下板部を挟持することにより吊下用ナットを固定している吊具の形状は周知の形状をそのまま利用したものあるいは公知の形状をそのまま転用したものであって、創作性がない、ということは到底できない。
したがって、前示のとおり、本件登録意匠の要部は、それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体、及び吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトに、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットが一体となった態様にあるといわなければならない。被告は、本件登録意匠の要部は、締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にあり(前記一の個別的態様<6>に相当)、締付用ボルトの先端の形状が平坦である(同じく個別的態様<5>に相当)との点にあると主張し、前者(個別的態様<6>)の点について、締付用ボルトの直径と、締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線のずれの幅の比率は約一対○・九であり、そのずれの程度は大きく、本件登録意匠は、締付用ボルトの軸線と吊下物の軸線とが同一延長線上にない点で、締付用ボルトの軸線と吊下物の軸線とが同一延長線上にあって通常の用途に適するものとして利用されている公知の吊具と異なっているので、特殊な用途の場合に用いられるものと需要者に理解され、この軸線のずれが吊具の選択に際し需要者の注意を強く惹くところであり、後者(個別的態様<5>)の点について、締付用ボルトの先端部の形状は本件登録意匠の意匠登録出願前には平坦なものと凹部状のものとが存在していて公知であるところ、原告は意識的に右凹部状のものを除外し、平坦なものを選択して意匠登録出願をしたのであるから、除外された形状は本件登録意匠の要部から除外されたものである旨主張するが、これらの態様は、いずれも、前記の本件登録意匠の基本的態様に関する、それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体、及び吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトに、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットが一体となった態様と比べてはるかに細部に関する態様にすぎず、子細に観察しない限り看取しえないものであるから、到底これらをもって本件登録意匠の要部ということはできない(なお、後者の点について、被告主張のように締付用ボルトの先端部の形状は、本件登録意匠の意匠登録出願前には平坦なものと凹部状のものとが存在していて公知であったとしても、原告が意識的に右凹部状のものを除外し、平坦なものを選択して意匠登録出願をしたということはできない。)。
三 そこで、まず、イ号意匠と本件登録意匠との類否を判断するに、イ号意匠は、当事者間に争いのない末尾添付のイ号意匠図によれば、本件登録意匠と同様に被吊下物から延長しているボルトを介して被吊下物を固定部(アングル等)に吊り下げるのに用いる吊具にかかるものであり、その基本的態様は、
(1) それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体と、
(2) 吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトと、
(3) 吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の
下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットとで構成され、その個別的態様は、
<1> 上板部は下板部より短く、軸孔は雌螺となっており、
<2> 下板部に設けられた軸孔は、真円であり、
<3> 下板部両側の側板の上部は四個の突起がある波形となっており、
<4> 背板部に設けられた軸孔は真円であり、
<5> 締付用ボルトの先端部は円錐状に窪んでおり、
<6> 締付用ボルトの軸線は、吊下用ナットの軸線と同一直線上にあり、
<7> 吊下用ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径と一致する、
というものであることが認められる。
イ号意匠を本件登録意匠と対比すると、イ号意匠は、その基本的態様(1)ないし(3)の点において本件登録意匠と完全に一致し、その個別的態様において、
<1> 上板部は下板部より短く、軸孔は雌螺となっており、
<2> 下板部に設けられた軸孔は真円であり、
<3> 下板部両側の側板の上部は四個の突起がある波形となっており、
<4> 背板部に設けられた軸孔は真円であり、
<7> 吊下用ナットは、その外周の直径が下板部の軸孔の直径と一致する
点において一致し、
<5> 締付用ボルトの先端部が、本件登録意匠では平坦であるのに対し、円錐状に窪んでおり、
<6> 締付用ボルトの軸線が、本件登録意匠では吊下用ナットの軸線より背板部寄りに下板部の軸孔の半径の二分の一程度ずれているのに対し、吊下用ナットの軸線と同一直線上にある
点において相違する。
したがって、イ号意匠は、それぞれ軸孔を設けた上板部、下板部及び背板部から成り、側面から見て横U字状で、正面から見たその左右両端を内側に屈曲させて側板とした吊具本体、及び吊具本体の上板部の軸孔に上方から螺入された締付用ボルトに、吊具本体の下板部の軸孔内に頭部の鍔(フランジ)と半径方向外方に突出した六個の係止突起部とで下板部を挟持することにより固定され、下板部の下方へ側板の高さと同程度の長さだけナット本体を突出させた吊下用ナットとが一体となったという本件登録意匠の要部において完全に一致し、更に右<1><2><3><4><7>という個別的態様までも一致し、ただ<5><6>という個別的態様において本件登録意匠と相違するが、これらの相違点は吊具における細部の差異であって、微差にとどまり、全体として看者に与える美感は本件登録意匠と共通というべきであるから、本件登録意匠に類似するものといわなければならない。
被告は、イ号意匠と本件登録意匠との相違点として、締付用ボルトの先端部が、本件登録意匠では平坦であるのに対して、窪んでいる凹部が設けられていること、及び締付用ボルトの軸線が、本件登録意匠では吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にあるのに対して、吊下用ナットの軸線と同一直線上にあることを挙げ、前者の締付用ボルトの先端部の形状の相違点について、締付用ボルトの先端部の形状やアングル材との当接方法は、アングル材に対する締付け固定度において大きな差異を生じるので、これまでにもさまざまな考案がなされており(乙第七ないし第九号証)、現在製造、販売されているUラックにおいても締付用ボルトの先端部に凹みを設けるなどの工夫を施しているものが多く存在しているところ、本件登録意匠においては、締付用ボルトの先端部が平坦であるため、Uラックを取り扱う業者であれば、Uラックが被吊下物の重力に引っ張られて、アングル材に伝わってくる振動等の影響によって「ずり落ち」が生じないかにつき強く注意を惹かれるものであると主張し、後者の締付用ボルトの軸線の相違点について、本件登録意匠のように締付用ボルトの直径と、締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線のずれの幅との比率が約一対○・九であるという大きなずれの存在するUラックと、イ号意匠のように締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線と同一直線上にあるUラックとでは、アングル材に締め付けたときの固定強度において大きな差異が生じることは計算上算出でき、右のずれが大きくなるに従って固定強度(引っ張り荷重)が減少する(乙第一七号証)から、Uラックを取り扱う業者(例えば電気配管工事業者)がUラックを選択し購入する際最も注目するのはこの固定強度の大きい点であり、固定強度の大きいことによって吊具全体の安定感が増すところ、イ号意匠のような形状のUラックはUラック全体としての安定感を看者に与えるものである旨主張する。しかしながら、前者の締付用ボルトの先端部の形状の相違点については、本件全証拠によるもこの点におけるイ号意匠と本件登録意匠との相違によりアングル材に対する締付け固定度においてどの程度の差異を生じるのか不明であるのみならず、締付用ボルトの先端部の形状は、容易に看取することができず、底面側からのみ、しかも吊下用ナットの孔を通してしか看取しえないものであるから、看者の注意を惹くものとは到底いえない。後者の締付用ボルトの軸線の相違点については、本件登録意匠における締付用ボルトの軸線と吊下用ナットの軸線とのずれは、左右側面からと底面側の吊下用ナットの孔を通してしか看取しえないものであり、その程度も、前記個別的態様<6>認定のとおり締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線より背板部寄りに下板部の軸孔の半径の二分の一程度ずれているという程度である(被告主張のように、本件登録意匠では締付用ボルトの軸線が吊下用ナットの軸線よりも背板部に近い位置にあるというのは、正確でない。)から、前示のような基本的態様におけるイ号意匠と本件登録意匠との一致点(本件登録意匠の要部)がもたらす共通の美感に何ら影響を及ぼすものではないといわなければならない。したがって、右被告主張の点はいずれも、イ号意匠が本件登録意匠に類似するとの前記認定判断を毫も左右するものではない。
四 次に、ロ号意匠は、当事者間に争いのない末尾添付のロ号意匠図によれば、下板部に設けられた軸孔が、イ号意匠では本件登録意匠と同様に真円である(前記イ号意匠の個別態様<2>)のに対し、ナット廻り止め用の二か所の窪みを有する不正円形である点でのみイ号意匠と相違し、その他の点はイ号意匠と全く同一であることが認められるところ、これを本件登録意匠と対比すると、イ号意匠の場合における<2>の下板部に設けられた軸孔の形状の一致点が一致点でなくなり、本件登録意匠では真円であるのに対し、ナット廻り止め用の二か所の窪みを有する不正円形であるという相違点となるほかは、イ号意匠の場合と全く同じであり、右相違点は前記相違点<5><6>と同様吊具における細部の差異であって、微差にとどまるというべきであるから、ロ号意匠は、イ号意匠について説示したと同様の理由により本件登録意匠と類似するものといわなければならない。
被告は、右下板部に設けられた軸孔の形状の相違点について、Uラックを取り扱う業者は、Uラックをアングル材等に締め付け固定した後、吊下用ナットに被吊下物のボルトを螺入する際に吊下用ナットが同じ方向に回動するいわゆる空回り現象が生じないものを選んで購入するから、空回り現象が生じないような工夫がどのようにされているかが関心事であり、したがって、ロ号意匠のように吊具本体の下板部にナット廻り止め用の二か所の凹部を有する不正円形の軸孔が設けられているところの形状は、業者がUラックを購入する際に注目するところであると主張するが、ロ号意匠における軸孔の不正円形の形状は、右軸孔内に吊下用ナットが挟持、固定されていること及び半径方向外方に突出した六個の係止突起部の存在もあって、よほど注意深く観察しない限り看取しえないものであり、前示のような基本的態様におけるイ号意匠と本件登録意匠との一致点(本件登録意匠の要部)のもたらす共通の美感に何ら影響を及ぼすものではなく、ロ号意匠が本件登録意匠に類似するとの前記認定判断を毫も左右するものではない。
五 してみれば、被告が被告製品を製造し、販売し、販売のため展示することは本件意匠権を侵害するものであるから、その停止並びに被告製品及び被告製品の製造に用いる金型の廃棄を求める原告の請求は理由があるというべきである。
よって、主文のとおり判決する(仮執行の宣言は、相当でないから付さないこととする。)。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)
イ号意匠図
<省略>
ロ号意匠図
<省略>
日本国特許庁
平成5年(1993)12月3日発行 意匠公報(S)
M3-00
886037 意願 平1-33897 出願 平1(1989)9月15日
登録 平5(1993)9月10日
創作者 小山照雄 茨城県取手市井野団地3番19-204号
意匠権者 株式会社昭和コーポレーシヨン 東京都板橋区富士見町5番4号
代理人 弁理士 田中正治
審査官 吉山保祐
意匠に係る物品 吊具
<省略>
本件登録意匠参考図
被吊下物を吊具を用いて固定部(アングル)に
吊下すべく、吊具を固定部(アングル)に
固定した状態をき示す図
被吊下物を吊具を用いて固定部(アングル)に
吊下している状態を示す図
<省略>
被告意匠参考図
被吊下物を吊具を用いて固定部(アングル)に
吊下すべく、吊具を固定部(アングル)に
固定した状態を示す図
被吊下物を吊具を用いて固定部(アングル)に
吊下している状態を示す図
<省略>
意匠公報
<省略>