大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8040号 判決 2000年2月28日
原告
粟畑武熊
被告
山本正毅
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金九九二万四二九二円及びこれに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金一億〇九八〇万九三七八円及びこれに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告運転の普通乗用自動車に、被告山本正毅運転・被告関西石油輸送株式会社保有の大型貨物自動車が追突し、原告が負傷した事故に関し、原告が、被告山本正毅に対しては民法七〇九条に基づき、被告関西石油輸送株式会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七一五条に基づき、それぞれ損害賠償請求をした事案である。
一 争いのない事実等(証拠によって認定する場合には証拠を示す。)
(一) 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
<1> 発生日時 平成三年一一月一九日午後一時五分ころ
<2> 発生場所 京都府長岡京市勝竜寺町三番地先路上(以下「本件事故現場」という。)
<3> 加害車両 大型貨物自動車(タンクローリー・なにわ一一あ七七二二。以下「被告車」という。)
運転者 被告山本正毅(以下「被告山本」という。)
所有者 被告関西石油輸送株式会社(以下「被告関西石油」という。)
<4> 被害車両 普通乗用自動車(神戸五四ね六三一。以下「原告車」という。)
運転者 原告(昭和一八年八月五日生、本件事故当時四八歳。)
<5> 事故態様 原告車に被告車が追突した。
(二) 被告らの責任原因
<1> 被告山本
本件事故は、被告山本の過失によって発生した。
<2> 被告関西石油
被告関西石油は、本件事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していた運行供用者であり、自賠法三条により、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき義務がある。
(三) 原告は、本件事故により、右肩捻挫、頸椎捻挫、右示指捻挫の傷害を負った(甲二〇の三)。
(四) 自賠責保険における認定(乙五)
自賠責保険においては、原告の後遺障害は、等級表上の後遺障害に該当しないと判断された。
(五) 損害のてん補(乙七ないし九) 合計三一万五一〇〇円
被告車に付されていた保険の保険会社(安田火災海上保険株式会社)から合計三一万五一〇〇円が支払われた。
<1> 関西医科大学附属洛西ニュータウン病院(以下「洛西ニュータウン病院」という。)に対し 二万四六六〇円
<2> 奥村診療所に対し 一五万六四四〇円
<3> 原告に対し 一三万四〇〇〇円
二 争点
(一) 原告の後遺障害(内容、程度及び因果関係、症状固定時期、素因減額)
<1> 原告の主張
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、C(頸椎)四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアの傷害を負い、上記ヘルニア及びヘルニアによる頸髄損傷により、頸部の運動障害、両手指痛及びしびれ感、左右足部しびれ感、睡眠時無呼吸症、一過性虚血発作症状(TIA)、両下肢痛み及びしびれ感、左右手指運動障害、膀胱直腸障害並びに陰茎部及び下腹部痛の後遺障害を残して、平成八年一二月六日、症状固定し、上記後遺障害によりその労働能力を七九%喪失した。
原告の上記各症状は、本件事故後、相当期間が経過した後に上記各症状が発症しているが、原告の症状は、徐々に悪化しているから、本件事故と因果関係がないとはいえないし、原告の頸椎捻挫は、いわゆるバレ・リュー型であり、症状固定までに長期間を要する。
<2> 被告の主張
原告の椎間板ヘルニアは、本件事故によって生じたものではない。原告には、本件事故当時から椎間板ヘルニアと骨棘が存在しており、それらの影響で脊柱管が狭い状態であったところ、本件事故による頸椎捻挫によって、頸椎症様の症状が出現した。しかし、それらの症状は平成四年一〇月ころにはほとんど軽快しており、原告の症状固定時期は、平成四年一〇月ころと考えられる。そして、それ以降に原告に生じた症状については、本件事故後、相当期間経過後に発生したものであり、本件事故とは因果関係がない。
また、原告の頸椎外傷は、他覚的所見が乏しく、等級表に該当するような後遺障害は残っていないし、上記のヘルニアや骨棘による影響を考慮し、少なくとも二割の限度で素因減額するべきである。
(二) 原告の損害
(原告の主張)
<1> 治療費 合計一七五万七八一八円
(ア) 洛西ニュータウン病院(整形外科)分 四〇万六六一〇円
(イ) 洛西ニュータウン病院(内科)分 一五万九二二〇円
(ウ) 洛西ニュータウン病院(麻酔科)分 一万〇八一〇円
(エ) 洛西ニュータウン病院(泌尿器科)分 八八八〇円
(オ) 大阪医科大学附属病院(整形外科)分 一万四三一〇円
(カ) 大阪医科大学附属病院(耳鼻科)分 三万四九七〇円
(キ) 宝塚市立病院分 一万四〇〇〇円
(ク) 洛西ニュータウン病院追加分 三万一四〇一円
(ケ) 宝塚市立病院、洛西ニュータウン病院、奥村診療所追加分 八万〇二九八円
(コ) 奥村診療所追加分 一一万四七六八円
(サ) 洛西ニュータウン病院追加分 七五万一九一一円
(シ) 奥村診療所分 五万八八〇〇円
(ス) 済生会兵庫病院分 七万一八四〇円
<2> 治療器具代 合計六〇六万三二七〇円
(ア) ホットマジック・マッサージ機 九八万七〇五〇円
(イ) ジェットバス・多機能シャワーセット 二七六万七九二〇円
(ウ) イス式牽引接続機・電動ベッド 二三〇万八三〇〇円
<3> 入院雑費 一〇万五三〇〇円
入院雑費としては一日につき一三〇〇円が相当である。
(計算式)一、三〇〇×八一=一〇五、三〇〇
<4> 通院交通費(洛西ニュータウン病院分) 二五万〇〇〇〇円
原告は、本件事故日から、症状固定日である平成八年一二月六日まで、合計一二五日間、自家用車を運転して洛西ニュータウン病院に通院し、上記交通費として、往復二〇〇〇円を要した。
(計算式)二、〇〇〇×一二五=二五〇、〇〇〇
<5> 通院付添費 六二万五〇〇〇円
原告の上記<4>の通院に当たっては、原告の妻が自家用車を運転して付き添った。上記付添費としては、一日あたり五〇〇〇円が相当である。
(計算式)五、〇〇〇×一二五=六二五、〇〇〇
<6> 休業損害 七〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件事故当時、株式会社宝塚リビングセンター、株式会社向陽ガスリビングセンター及び株式会社ハウジングサービスの各代表取締役として稼働しており、上記三社から年間約一四〇〇万円の収入を得ていたが、本件事故により、八一日間の入院と三〇三日間の通院を余儀なくされ、合計三八四日間休業せざるを得なかった。そして、上記一四〇〇万円のうち少なくともその半分である七〇〇万円は労働の対価部分であるから、上記三八四日間の休業損害は七〇〇万円を下らない。
<7> 逸失利益 七四〇〇万七九九〇円
原告は、症状固定日である平成八年一二月六日当時、五三歳であり、原告の後遺障害は、等級表五級に該当するから、原告は、その労働能力を六七歳までの一四年間にわたり七九パーセント喪失した。原告の年収は一八〇〇万円であり、少なくともその半分である年間九〇〇万円は労働の対価部分であったから、上記年額九〇〇万円を基礎として、新ホフマン方式により一四年間の年五分の割合による中間利息を控除して原告の後遺障害による逸失利益を計算すると、その額は、七四〇〇万七九九〇円となる。
(計算式)
一八、〇〇〇、〇〇〇×〇・五×〇・七九×一〇・四〇九=七四、〇〇七、九九〇
<8> 慰謝料 合計一七〇〇万〇〇〇〇円
(一) 入通院慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
(二) 後遺障害慰謝料 一二〇〇万〇〇〇〇円
<9> 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
<10> てん補済み治療費 三一万五一〇〇円
安田火災海上株式会社から洛西ニュータウン病院及び奥村診療所の治療費として、上記各病院及び原告に対して支払われた治療費であり、前記争いのない事実等(五)に対応するものである。
第三当裁判所の判断
一 原告の後遺障害(内容、程度及び因果関係)について
(一) 本件事故の態様
<1> 証拠(甲一の六、乙一、四、被告山本)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、原告車を運転して本件事故現場付近に至り、対面信号が赤であったため、停止した。一方、被告山本は、被告車を五〇km/hで運転して本件事故現場付近に至ったが、本件事故現場の先に信号があったことから、三〇km/hくらいに速度を落とした。被告山本は、対面信号が赤であり、原告車が見えたことから、原告車の手前約二〇mのところでブレーキをかけて減速を開始した。しかし、思ったように速度が落ちなかったことから、原告車の手前約四・九mのところでさらにブレーキを踏み直したが、間に合わず、被告車前部が原告車後部に追突した。衝突後、原告車、被告車共に約一・八m進んで停止した。
本件事故により、被告車には前輪バンパーに打痕、前ナンバーブレート曲損等の損傷が生じ、原告車には、後部バンパー、トランクに多少の凹損の損傷が生じた。
なお、原告は、本件事故により原告車は五m以上も前に押し出された旨主張し、原告本人もその旨供述するが、証拠(乙一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故直後、実況見分に立ち会い、上記認定のとおり指示説明していることが認められるから、原告の上記供述は採用することができない。
<2> 以上に認定の事故態様に照らせば、本件事故による衝撃は、極めて軽微であるとまではいえないものの、重大なものではなかったと認められる。
(二) 原告の症状の経過等
前記争いのない事実等、証拠(甲一の一ないし五、甲二の一ないし五、甲三の一、二、甲四の一ないし三、甲五の一ないし五、甲六の一ないし三、六ないし一〇、甲七の一ないし四、甲八の一ないし七、甲九の一ないし四、甲一〇の一ないし四、甲二〇の一ないし三、甲二一の一、二、甲二二の一ないし三、甲二三、二五ないし二七、甲二八の一ないし三、甲二九の一ないし五、甲三〇の一ないし七、甲三二、三四、五七、六八、甲七四の一、二、甲八〇、乙二、三、五、六、証人神部賢一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
<1> 原告の本件事故前の症状等(甲二九の一)
(ア) 原告は、本件事故前である平成三年三月二五日、肩こりと左上腕痛を訴えて奥村診療所を受診し、同日から平成三年六月二八日まで通院した。
(イ) 原告は、上記通院中、睡眠状態があまり良好でなく、運転中の眠気が強いこと、全身倦怠感、肩のしびれ感等を訴えていた。なお、診療録には、既往症として、慢性胃炎、高血圧症、糖尿病の記載がある。
<2> 洛西ニュータウン病院整形外科への通院一
(ア) 原告は、本件事故当日、実況見分に立ち会った後、自ら自動車を運転し、洛西ニュータウン病院整形外科を受診した。
原告は、右手しびれ感、右肩鈍麻を訴えたが、頸椎の可動域は正常で、圧痛はなく、反射は異常がなく、ホフマン反射、ジャクソンテスト、スパーリングテストはいずれも異常がなく、X線上も異常は見られなかった。
また、右肩は、関節可動域は正常で、圧痛もなく、X線上も異常は見られなかった。
(イ) 原告は、その後も右人示指痛、右肩痛、頸部痛等を訴えて、平成三年一二月一八日まで通院(通院実日数六日)したが、その後は、平成五年四月二一日まで洛西ニュータウン病院整形外科には通院していない。なお、洛西ニュータウン病院の医師は、平成三年一二月九日に頸椎MRIを撮影し、C四―C五椎間板ヘルニアと診断した。
<3> 洛西ニュータウン病院内科への通院
原告は、平成三年一一月二〇日、吐き気と腹部の圧痛を訴えて、洛西ニュータウン病院内科を受診し、平成三年一二月六日まで通院したが、胃カメラにより慢性胃炎と診断され、その後は平成六年一〇月三一日まで通院していない。
<4> 奥村診療所への通院
(ア) 原告は、平成三年一二月一二日、奥村診療所を受診し、その後、頸椎の牽引、理学療法(超短波)及び抗炎症剤等の投薬療法を受けながら、平成六年八月二三日まで通院した。
(イ) 原告は、奥村診療所では、当初、左肩関節の運動痛(運動制限)、頸部痛及び右手のしびれを訴えたが、平成四年の六月には、左肩の挙上時痛と、右肩の頸部付近の痛みしか訴えておらず、平成四年九月には左肩の挙上時痛を訴えたのみであった。
その後、平成四年一〇月三〇日には、左肩関節痛は消失し、左上肢の挙上時痛を訴えたほか、両臀部及び両足のしびれ感を訴えるようになり、また、平成五年五月には両膝と両足のしびれ、平成五年七月には手足のしびれも訴えた(なお、握力障害はなかった。)。
また、その後の経過は、診療録が存在しないため、不明である。
(ウ) なお、原告は、平成六年八月二三日の通院以降、平成六年一二月二六日まで奥村診療所には通院していない。
<5> 済生会兵庫病院への通院
(ア) 原告は、検査のため、平成四年三月一〇日、一三日、一七日に済生会兵庫病院整形外科に通院した。
検査の結果、頸椎の可動域は異常がなく、握力は右三七kg、左三五kgであり、MRI上では、C四―C五及びC五―C六椎間板の突出が認められた。
(イ) また、原告は、同時期頃に排便障害を訴えて済生会兵庫病院の内科を受診したが、過敏性大腸と診断された。なお、その後原告は、排便障害は訴えていない。
(ウ) なお、過敏性大腸は、副交感神経系の緊張亢進状態によって生じるものであり、青壮年層にかなり高頻度に見られる疾病である。
<6> 宝塚市立病院内科への入通院
(ア) 原告は、平成五年二月二日、睡眠時の無呼吸を訴えて、宝塚市立病院を受診し、平成五年二月四日から平成五年二月一九日まで入院した。なお、原告は、初診時、平成元年ころから夜間に無呼吸症状がある旨申告している。
(イ) 原告は、睡眠時無呼吸症候群と診断されたが、原告の症状は、入院中も特に変わらず、退院時に減量を指示されたのみであった。
(ウ) 原告は、退院後、平成三年三月三日に宝塚市立病院の内科を受診したが、その後は、平成六年五月二六日まで通院していない。
(エ) なお、原告の上記入院中の排便回数は一日一回ないし二回、排尿回数は、五回ないし一〇回程度であり、排便排尿障害は見られていない。
<7> 洛西ニュータウン病院整形外科への通院二
(ア) 原告は、平成五年四月二一日、手のしびれと睡眠時の無呼吸を訴えて、洛西ニュータウン病院整形外科を受診し、平成五年五月一九日まで通院した。
(イ) 洛西ニュータウン病院の請田修一医師は、平成四年四月二六日に頸椎MRI撮影を行ったが、軽いC四―C五椎間板ヘルニアであると判断したため、平成五年五月二〇日、上記症状の精査目的で大阪医科大学附属病院の整形外科と耳鼻科を紹介した。
<8> 大阪医科大学附属病院整形外科への通院
(ア) 原告は、平成五年六月四日、両手、両足のしびれを訴えて大阪医科大学附属病院整形外科を受診した。
(イ) 大阪医科大学附属病院の岩井宏次医師は、検査の結果、BTR(二頭筋反射)、TTR(三頭筋反射)、PTR(膝蓋腱反射)及びATR(アキレス鍵反射)でいずれもやや亢進が見られたものの、ジャクソンテスト、スパーリングテストは異常がなく、頸部、僧帽筋、上肢のいずれも筋萎縮はなく、上肢の筋力低下、握力低下、上下肢の感覚減退もなかったことから、頸椎捻挫と診断した。
(ウ) 原告は、平成五年六月一六日、再び受診し、両手、両足のしびれが持続している旨訴えたが、その後は平成六年六月三〇日に一度通院したのみである。また、平成六年六月三〇日の通院時は、病的な反射は認められていない。
(エ) なお、原告は、平成六年六月三〇日の通院の際、膀胱直腸障害はない旨申告している。
<9> 大阪医科大学附属病院耳鼻科への通院
(ア) 原告は、平成五年七月一九日、睡眠時の無呼吸を訴えて、大阪医科大学附属病院耳鼻科を受診した(なお、原告は、平成四年七月ころより無呼吸症状があると申告している。)。
(イ) 検査の結果、原告の口腔形態が、鼾症、睡眠時無呼吸症候群患者によく見られる特徴的なものであることが判明したため、医師は、原告に対し、本件事故と睡眠時無呼吸の因果関係の証明は多分できない旨説明した。
(ウ) 原告は、さらに精査のため、平成五年九月八日及び平成五年一〇月二七日に通院し、検査入院の予約をした。しかし、医師は、本件事故と原告の睡眠時無呼吸は無関係であると考えていた。なお、予約がいっぱいのため、原告は、それ以降入院した事実はない。
<10> 洛西ニュータウン病院内科への入院(同病院脳外科及び麻酔科への通院)
(ア) 原告は、平成六年一〇月三〇日、車を運転中に突然めまい、眼前暗視感、右上肢のしびれを自覚し、休憩後、やや症状は軽快したものの、吐き気を覚えたことから、翌日、洛西ニュータウン病院内科を受診し、脳梗塞が疑われたため、平成六年一一月一九日まで入院した。
(イ) 洛西ニュータウン病院内科の遠藤さゆり医師は、同病院脳外科で行われた脳CT、頭部MRI、MRAのいずれも異常所見がなく、ニコリン(意識障害治療剤)の点滴により症状が軽減したことから、一過性脳虚血発作(TIA)と診断した。また、遠藤医師は、原告に、さらに精査のため血管造影を勧めたが、原告はこれを拒否した。
なお、その後、現在に至るまで発作は起きていない。
(ウ) 原告は、上記入院中、肩から後頭部にかけて頭痛を訴え、筋緊張性頭痛と診断された。遠藤医師は、原告に投薬療法を試みたが、あまり効果はなく、平成六年一一月一七日、洛西ニュータウン病院の麻酔科で星状神経節ブロックを施行してもらったところ、痛みが軽減したため、以降は、星状神経節ブロックを施行して経過観察をすることとし、原告が、近医での加療を希望したことから宝塚市立病院を紹介した。
(エ) また、原告は、上記入院中、高血圧の治療を受けており、平成六年一一月一一日、洛西ニュータウン病院の耳鼻科外来で舌小帯短縮症の手術を受けた。
(オ) なお、原告は、上記入院期間中から、頸部神経根症状で、同病院の整形外科にも通院しているが、この点については後述する。
(カ) 原告は、平成六年一一月一九日、洛西ニュータウン病院内科を退院し、TIAについては、洛西ニュータウン病院内科で、筋緊張性頭痛については、洛西ニュータウン病院麻酔科及び宝塚市立病院整形外科で、頸部神経根症状については洛西ニュータウン病院整形外科で経過観察することになった。
(キ) 原告は、平成六年一二月一日及び一五日、洛西ニュータウン病院内科に通院したが、その後は、平成七年三月九日まで洛西ニュータウン病院内科には通院していない。
(ク) なお、原告の上記入院中の排便回数は一日に一回、排尿回数は五回から一〇回程度であり、特に排便排尿障害は見られない。
<11> 洛西ニュータウン病院麻酔科及び宝塚市立病院整形外科への通院
(ア) 原告は、洛西ニュータウン病院内科を退院した後、平成六年一一月二四日から平成七年一〇月一二日まで洛西ニュータウン病院麻酔科に通院し(通院実日数二〇日)、星状神経節ブロック治療を受けた。なお、原告は、平成八年六月二七日にも通院しているが、治療内容は不明である。
(イ) 原告は、洛西ニュータウン病院内科を退院した後、平成六年一一月二一日(同日は診察のみ)から平成七年七月三日まで宝塚市立病院整形外科に通院し(通院実日数一六日)、星状神経節ブロック治療を受けた。また、原告は、平成八年六月一〇日、二四日、七月八日にも通院し、星状神経節ブロック治療を受けている。
<12> 洛西ニュータウン病院整形外科への通院三(奥村診療所への通院)
(ア) 原告は、洛西ニュータウン病院内科に入院中の平成六年一一月五日、肩から頸部の筋緊張の精査のため同病院の整形外科を受診した。
(イ) 整形外科では、X線上椎間孔の狭小が認められたが、ジャクソンテスト、ホフマン反射いずれも陰性で、神経症状は乏しかったため、塗布剤を処方し、ホットパックを指示した。
(ウ) 原告は、その後も洛西ニュータウン病院麻酔科及び宝塚市立病院整形外科で星状神経節ブロック治療を受けながら、平成七年七月二七日まで洛西ニュータウン病院整形外科に通院し、消炎剤、鎮痛剤、降圧剤、ビタミンB等の投薬治療を受けた。
また、原告は、平成七年六月二二日には両腕のしびれ、歩行困難(足のもつれ)を訴えたほか、手の微細運動がうまくいかず、箸を落としたりする等の症状を訴えた。
(エ) 一方、原告は、平成六年一二月二六日から奥村診療所に通院し、平成七年六月三〇日まで(通院実日数一〇日)頸椎の牽引等の治療を受けた。
<13> 洛西ニュータウン病院内科への通院二(同病院脳神経外科、奥村診療所への通院)
(ア) 原告は、平成七年三月九日、頭痛を訴えて、洛西ニュータウン病院内科を受診した。
(イ) 洛西ニュータウン病院内科の遠藤医師は、血管造影をするため、原告を、同病院の脳神経外科に紹介し、原告は、同日、脳神経外科を受診したが、脳神経外科の医師は、血管造影の必要性はないと判断しため、血管造影は行われていない。
(ウ) 上記遠藤医師は、原告を、TIA及び高血圧と診断し、平成七年四月二〇日、ニコリン(意識障害治療剤)の点滴のため、奥村診療所に原告を紹介した(原告は、平成七年五月一一日、六月三〇日、七月七日及び七月三一日、奥村診療所に通院し、ニコリンの点滴を受けている。)。なお、原告は、その後も平成七年九月一四日まで洛西ニュータウン病院内科に通院したが、降圧剤を処方されたのみである。
(エ) さらに、原告は、平成七年一〇月一二日、上腹部痛も訴え、平成八年一〇月三一日まで通院したが、慢性胃炎、胃潰瘍と診断され、降圧剤と潰瘍薬の処方を受けたのみであった。
<14> 洛西ニュータウン病院整形外科への入院(同病院泌尿器科、奥村診療所への通院)
(ア) 原告は、平成七年七月一日撮影のMRIで、C四―C五椎間板ヘルニアが認められ、精査のため、平成七年八月四日から平成七年九月一七日まで(四五日間)、洛西ニュータウン病院整形外科に入院した。
(イ) 原告は、頸部の疼痛、手、足部のしびれを訴えており、ミエロCT、MRI撮影の結果、C四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアが認められたため、頸椎の牽引等の保存的治療を受けた。
(ウ) 原告の上記入院中の排便回数は一回ないし二回(一日だけ四回のことがある。)、排尿回数は一〇回ないし二〇回であり、排便障害は見られないが、排尿障害が見られる。
(エ) また、原告は、残尿感、頻尿を訴えたことから、洛西ニュータウン病院整形外科の川北医師は、上記症状が、前立腺肥大等による症状か、頸髄症による膀胱障害かの判別ができなかったため、同病院の泌尿器科に検査を依頼し、原告は、平成七年八月二五日、泌尿器科を受診した。
泌尿器科で検査を行ったところ、前立腺の大きさは、極軽度肥大であり、膀胱内圧測定の結果、低緊張性傍胱を呈していたことから、排尿困難治療剤を処方した。
(オ) 上記川北医師は、原告の手足のしびれ等からすると、C四―C五椎間板ヘルニアが責任病巣であり、軽度の膀胱直腸障害が出ていることからすると、手術適応と考えて、原告に手術を勧めたが、原告は、入院治療によって症状が軽快したことから、手術を拒否し、平成七年九月一七日に退院することになった。
(カ) 上記川北医師は、原告が、退院後は近医での治療を希望したことから、宝塚市立病院と奥村診療所宛てに紹介状を作成したが、原告は、宝塚市立病院には通院せず、平成七年一〇月二日から平成八年七月六日まで奥村診療所に通院し、投薬等の治療を受けた。
<15> 洛西ニュータウン病院泌尿器科への通院
(ア) 原告は、洛西ニュータウン病院整形外科退院後の平成七年一〇月四日から平成八年一二月一二日まで、洛西ニュータウン病院泌尿器科に通院した。
(イ) 原告は、はじめ残尿感を訴えており、排尿困難治療剤及び排尿障害治療剤の投薬療法を受けた。しかし、平成八年六月二六日から排尿時の尿道痛を訴えはじめたため、医師は、前立腺肥大症の治療薬を投与して様子を見たが、症状は変化がなく、結局、排尿困難治療剤及び排尿障害治療剤の投薬療法を継続した。
(ウ) 洛西ニュータウン病院泌尿器科の雨堤賢一医師は、平成八年七月二日、傷病名は前立腺肥大症であり、発病の原因については不詳とする診断書を作成したが、平成八年一一月六日の時点では、原告の尿道痛は、交通事故による頸椎症が原因である可能性があると考えていた。
<16> 洛西ニュータウン病院整形外科への通院四(奥村診療所への通院)
(ア) 原告は、洛西ニュータウン病院整形外科退院後も、平成七年一〇月三〇日から平成八年一一月六日まで、洛西ニュータウン病院整形外科に通院し、抗炎症薬の投薬療法と理学療法(ホットパック)を受けた。
(イ) 原告は、両手のしびれや、若干の歩行困難(足のもつれ)等を訴えていたが、平成八年八月一二日及び一〇月二一日にホフマン反射が陽性に出た以外は、ホフマン反射は陰性であり、反射も正常範囲内であった。また、平成八年一月二二日の時点では、微細運動も良好であった。
(ウ) また、原告は、リハビリのため、洛西ニュータウン病院の紹介で、平成八年七月一二日から平成八年一一月二五日まで奥村診療所にも通院し(通院実日数一二日)、頸椎の牽引及び投薬等の治療を受けた。
(エ) なお、洛西ニュータウン病院整形外科の神部賢一医師が作成した紹介状の内容は以下のとおりである。
診断名は、C四―C五、C五―C六椎間板ヘルニアであり、平成三年一一月一九日、交通事故にて発症した。原告は、洛西ニュータウン病院に平成三年一二月一八日に来院し、精査を受けたところ上記病名が判明した。原告の症状は、その後、保存的加療(理学療法、投薬)により、改善傾向にあるが、症状は続いている。神経学的には特に問題はなく、頸部の周囲筋と圧痛があるのみである。引き続きリハビリテーション等をお願いします。
(オ) 神部医師及び雨堤医師は、平成八年一二月六日、以下の内容の診断書を作成した。
(あ) 傷病名
頸椎椎間板ヘルニア
(い) 自覚症状
頸部痛、頭痛、両手のしびれ感、陰茎部の痛み、両手の放散痛、両足趾足部への放散痛。
(う) 他覚症状及び検査結果
両手指の巧緻運動障害及び両上肢に病的反射(ホフマン反射)が出現する。
MRI上、C四―C五及びC五―C六椎間板の頸髄の圧迫所見がある。
(え) 泌尿器の障害
尿道から下腹部痛がある。整形外科的には慢性前立腺炎を思わせる症状があり(ただし、尿所見は異常がない。)、前立腺肥大症に準じて対処療法中である。
(お) 頸椎の可動域
前屈
四〇度
後屈
四〇度
右屈
二〇度
左屈
二〇度
右回旋
四五度
左回旋
四五度
(か) 障害内容の増悪緩解の見通し、症状固定日
症状は軽快の見込みがなく、症状固定日は平成八年一二月六日である。
<17> その他の検査結果(甲三〇の二)
(ア) 原告は、平成九年八月一六日、関西医科大学附属病院の泌尿器科において膀胱計検査を受け、同病院の川喜田医師は、上記検査の結果から、原告の膀胱障害は神経因性膀胱であり、陰茎部の痛みも同一の原因であると思われるとの意見を述べた。
(イ) 原告は、平成九年八月ころ、関西医科大学附属病院においてSEP(体性感覚誘発電位)検査において、頸髄での異常が疑われた。
(三) 神部医師の見解等
<1> 神部医師は概略以下のとおり供述した(なお、同医師は、平成八年六月以降、原告を洛西ニュータウン病院整形外科において診察した。)。
(ア) 原告の病名はC四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアである。圧迫の程度はC四―C五椎間板ヘルニアは軽く、C五―C六椎間板ヘルニアが主なものであり、上記ヘルニアは本件事故によるものと思われる。なお、原告の場合、頸椎の亜脱臼は発生していないが、亜脱臼がなくとも外傷性椎間板ヘルニアは起こりうる。
原告の各症状は、上記椎間板ヘルニアによる頸髄症(頸髄の圧迫による症状)であるが、むしろ頸髄を圧迫しているのは骨棘である。
(イ) 骨棘は、経年性の変化によって発生するものであり、本件事故当時も骨棘はあったが、平成七年当時と比べるとその程度は軽微であるし、C四ないしC六の骨棘が、他の骨棘と比べて特段程度が進んでいるとは思われない。ただ、事故による損傷があれば骨棘の形成が起こるのは当然であり、事故から四年後の平成七年に骨棘があるからといって、その骨棘による症状が事故と無関係であると考えるのはおかしい。
(ウ) しびれや痛みが事故後大分たってから生じることも有り得るし、原告の椎間板ヘルニアはいわゆるバレ・リュータイプであるから、経過観察を長くする必要があり、症状固定時期が遅くなるのはやむを得ない。症状固定時期は平成八年一二月六日である。
(エ) 睡眠時無呼吸症状については、本人の素因は否定できないが、本件事故前にはそのような症状がなかったことからすると頸髄の圧迫が原因である可能性が高い。また、頸髄損傷によって睡眠時無呼吸症状が発生することは割と良くある話である。
(オ) TIAは、経年性の病気なので、事故が原因である可能性はないが、TIA様の症状は一般的には頸髄症によっておこりうる。原告の場合は、本件事故が原因かどうか分からないが、その可能性は有り得る。
(カ) 膀胱直腸障害は、頸髄症にはしばしばある症状である。脳の制御が頸髄の圧迫によってうまくいかなくなることが原因である。
(キ) 陰茎部の痛みは、一般的に頸髄症によっておこることはないが、陰茎部に行く神経も頸髄を通っているので、その可能性はある。
(ク) 下腹部痛も頸髄の症状によっておこらないとは限らない。
(ケ) 前立腺肥大、高血圧、糖尿病、慢性胃炎は本件事故とは関係がない。
(コ) 原告が購入したホットマジック・マッサージ機、ジェットバス・多機能シャワーセット及びイス式牽引接続機・電動ベッドは、原告の症状改善に効果があるかどうかは不明である
<2> 神部医師は意見書(甲三二)において、次のような内容の見解を述べている。
頸椎椎間板ヘルニアの発症時期を推定する方法として、MRI所見がある。頸椎椎間板ヘルニアは、その発症初期には、MRIのT一強調画像において脱出椎間板が高信号なこと、周囲が低信号部に囲まれていないこと、脱出椎間板の狭小化を伴っていないこと等の特徴がある。そして、平成三年一二月九日のMRI所見では、まさにこの所見が見られることからすると、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故により発生したものと思われる。
また、原告の椎間板ヘルニアが本件事故により発生したと考える方が統計的にも合致する。
<3> 神部医師は、意見書(甲三四)において、次のような見解を述べている。
膀胱直腸障害の膀胱障害である神経因性膀胱と、直腸障害である排便障害を分離して本件事故との因果関係を論ずることは無理があり、膀胱直腸障害を一つの障害として本件事故との因果関係を論ずるべきである。そして、本件事故と神経因性膀胱との因果関係がある以上、直腸障害は本件事故と因果関係があると考えられる。
<4> 神部医師は、意見書(甲八〇)において、次のような見解を述べている。
(ア) 椎間板ヘルニアについて
骨棘があったからといってそこに椎間板ヘルニアがあることにはならない。実際、平成三年一一月一九日のX線フィルム上、C二、C三、C六及びC七にも骨棘が認められるが、椎間板ヘルニアはない。また、平成三年一一月一九日と平成八年一二月六日のX線フィルムを比べると、後者の方が明らかに経年変化が進んでいる。
また、椎間板ヘルニアは、出現時に必ず症状が現れるとは限らないから、受傷直後に症状が現れなかったからといって、本件事故により椎間板ヘルニアが発生しなかったことにはならない。
(イ) 頸髄損傷の他覚所見について
原告の頸髄の異常については、これを示す他覚的所見としては両側の病的反射(ホフマン反射)、MRI上の異常(C四―C五及びC五―C六椎間板の頸髄レベルにおいて前方からの圧迫が認められる。)、SEP検査(体性感覚誘発電位)における頸髄での異常があり、頸髄損傷はある。
(四) 長谷川友紀講師及び谷島健夫医師の見解
帝京大学医学部の長谷川友紀講師及び東京厚生年金病院の谷島健夫医師の意見の概略は、以下のとおりである(乙二、三、六)。
<1> 頸椎捻挫及び外傷性頸部症候群について
原告が、本件事故によって頸部捻挫及び外傷性頸部症候群の傷害を負ったことは間違いはない。しかし、本件事故による受傷は比較的軽い頸部外傷であり、そのような頸部外傷が症状固定まで五年間を要するのは医学的に見て一般的ではない。原告は、本件事故後、頸部痛、右上肢の放散痛、右手のしびれなどを来したが、これらは平成四年一〇月にはほとんど軽快していることからすると、原告の症状固定時期は、平成四年一〇月ころとするのが適切である(以上、谷島医師)。
<2> 頸椎椎間板ヘルニアについて
椎間板ヘルニアの発症初期のMRI画像の特徴は、脱出椎間板が高信号なこと、周囲を低信号部で囲まれていないこと、椎間板の狭小化を伴っていないことがあげられるが、平成三年一二月九日に撮影されたMRIの写しは紙焼写真のため、画像が不鮮明であり、椎間板ヘルニアの発生時期について判断することはできない(以上、長谷川講師。)。
平成三年一一月一九日撮影の頸椎X線フィルムと平成八年一二月六日撮影の頸椎X線フィルムの画像を比べると、いずれにもC四―C五及びC五―C六に中程度の後方への骨棘が認められ、ほとんど同じ所見であり、本件事故以前から骨棘は存在したことが分かる。
また、骨棘形成と椎間板ヘルニアは密接な関係にあり、骨棘があるときは多くの場合、変性した椎間板組織の後方への脱出(ヘルニア)、突出を伴っていることが多い。
そうすると、原告には、本件事故当時、既に中程度の椎間板ヘルニアがあったと推定してもよく、受傷時にヘルニアが生じたとするならばそのときにもっと激烈な症状を呈するはずであることからすると、本件事故により椎間板ヘルニアが発生したとは考えにくい(以上、谷島医師。)。
<3> 原告の素因について
原告は、本件事故以前から、骨棘及び椎間板ヘルニアがあったことから脊柱管が比較的狭い状態であり、症状が発現する直前の状態であった。そこに本件事故による外傷が加わり頸椎症様の症状が出現したと考えるのが自然であり、もし、原告に上記のような素因がなければ同程度の外傷を受けていても現在のような症状は出現しなかったものと思われる(以上、谷島医師。)。
<4> 頸髄損傷の程度について
外傷による頸髄損傷がある場合、下肢腱反射亢進、異常反射及び運動麻痺があるのが普通であるが、原告の診療録を検討しても、原告の訴えは痛み、しびれ、めまい感等の自覚的なものが中心であり、一貫して徒手筋力テストは正常であり、下肢腱反射の亢進もなく、異常反射も常時出現しているわけではない。したがって、原告の本格的な頸髄損傷はないといってよい(以上、谷島医師。)。
<5> 症状経過について
脳、脊髄など神経組織の外傷による障害の程度は、一般的には受傷時の外力の大きさによって決定され、受傷直後が最も悪く、その後は徐々に回復するか、回復せずにそのままの状態であるかのどちらかである。外傷から遅れて神経症状が出現することは、よほど特殊なことがない限り医学的にはあり得ない(以上、谷島医師。)。
<6> 睡眠時無呼吸症候群について
睡眠時無呼吸は、呼吸中枢に原因がある中枢型と、上気道の閉塞による閉塞型とに分かれる。仮に中枢型であるとしても、一般に頸髄損傷で呼吸障害が生じるのは、横隔膜を支配する神経レベルより高位で頸髄が障害された場合(C二より高位)であるが、本件で問題となっている椎間板ヘルニアの発生部位は、C四―C五以下であるし、臨床的にも四肢麻痺が見られないような場合に、呼吸障害が生じることとは考えられない。かえって、原告を直接診察した耳鼻科医も典型的な閉塞型であることを示唆している。
また、呼吸障害は脊髄の損傷で起こりうるが、原告のような軽い外傷で起こることはない(以上、長谷川講師、谷島医師。)。
<7> 一過性脳虚血発作(TIA)について
TIAは、脳の血液循環障害によって神経症状が一時的に生じるものの二四時間以内に神経症状が消失するものをいう。脳梗塞の危険因子として知られており、脳の動脈硬化を基礎病変として生じることが多い。本件においても、原告は発症当時五一歳と動脈硬化症の好発年齢であること、高血圧症を伴いかつ喫煙者であること、高血圧症の患者も喫煙者も動脈硬化性疾患の発症頻度が高いこと等からすると、原告のTIAは動脈硬化性変化により生じた可能性が高い(以上、長谷川講師。)。
また、TIAは、脳血管障害であり、頸髄外傷とは一般的には無関係である。非常に大きな外力が加わり、頸動脈、椎骨動脈の解離性動脈瘤を来せば有り得るが、原告の頸部外傷のように軽微な外傷では起こり得ないし、時間的にも直後から起こらなければおかしい(以上、谷島医師。)。
<8> 両下肢のしびれ、膀胱直腸障害について
膀胱直腸障害は脊髄の損傷で起こりうるが、原告のような軽い外傷で起こることはない。
また、頸髄症で症状が出現する順番は、一般的には上肢症状、次いで下肢症状、最後に膀胱直腸障害であり、原告のように上下肢に運動麻痺がなく膀胱直腸障害が出現するのは脊髄が原因とは考えにくいし、時間的経過からも外傷に起因するとは考えにくい。
さらに、排尿障害と両下肢の痛み・しびれをきたす疾患で頻度が高いのは腰部脊柱管狭窄症である。原告は会陰部の痛みを訴えており、その症状からは腰部脊柱管狭窄症である可能性が高い(以上、谷島医師。)。
(五) 判断
<1> 本件事故前の原告の頸椎の状態について
前記認定のとおり、平成三年一一月一九日のX線フィルムにおいて、C四ないしC六に骨棘が認められたこと、骨棘は経年性の変化によるものであり、本件事故当時も同程度の骨棘があったと認められること、原告は、本件事故前から奥村診療所に通院し、肩こり、左上腕痛及び肩のしびれを訴えていたこと、C五神経根の知覚支配域は三角筋(肩)付近であること、本件事故による衝撃はさほど重大ではないこと、それにも関わらず、後記<2>認定のとおり本件事故により椎間板ヘルニアが発生したこと等からすると、原告は、本件事故当時、既に骨棘により脊柱管が比較的狭い状態であり、椎間板ヘルニアを発症しやすい状態であったと認められる。
<2> 椎間板ヘルニアの発生原因及びその程度について
(ア) 発生原因について
前記(二)、(三)認定のとおり、本件事故直後の平成三年一二月九日撮影のMRIでは、C四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアが認められること、上記MRIフィルムでは椎間板ヘルニア発症初期に特徴的な所見が認められることからすると、原告のC四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアは、本件事故により発生あるいは少なくとも増強したものと認めることができる。
これに対し、被告らは、頸椎の亜脱臼を伴っていないこと、骨棘が存在すること、事故直後の症状が極めて軽いこと等を理由に、本件事故前から原告に椎間板ヘルニアが存在した旨主張し、谷島医師の意見書も同旨である。
しかし、神部医師が述べるとおり、頸椎の亜脱臼を伴わなくとも外傷によって頸椎椎間板ヘルニアは発生し得るし、前記認定の本件事故態様に照らしても、頸椎椎間板ヘルニアが発生する可能性がないとはいえない。また、前記認定のとおり、原告にはもともと素因があったことを考慮すれば、本件事故によっても十分椎間板ヘルニアは起こりうると思われる。次に、骨棘の存在は、椎間板ヘルニアの存在を疑わせるものではあるが、原告のC四ないしC六以外にも骨棘が見られるにもかかわらず、椎間板ヘルニアが存在しないことからすれば、骨棘があったからといって、本件事故当時から椎間板ヘルニアがあったとまではいえないというべきである。さらに、受傷直後の症状が軽微であるという点も、椎間板ヘルニアは、発生してもすぐに症状が出るとは限らないし、後記認定のとおり帷間板ヘルニアの程度は軽微であったと認められるから、事故直後の症状が軽微であったとしても不思議ではないと思われる。そして、谷島医師の意見書においては、平成三年一二月九日付けのMRI所見については、結局何も述べられていないことも併せ考慮すれば、原告に本件事故前から頸椎椎間板ヘルニアがあったと認定するには足りないというべきである。
(イ) 程度
神部医師の供述によれば、C四―C五椎間板ヘルニアの程度は現在も軽微であると認められるし、前記認定のとおり、事故直後の原告の症状は非常に軽微であること、平成三年一二月九日の時点ではC五―C六椎間板ヘルニアは見逃されていること、その後もC五―C六椎間板ヘルニアは見逃されていることがあることからすると、C五―C六椎間板ヘルニアの程度も軽微であったと認められる。
<3> 本件事故と原告の現在の頸髄損傷の程度について
前記(二)、(三)認定の各事実からすれば、現在、原告には、C四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアがあり、それらが頸髄を圧迫していること、C四―C五及びC五―C六椎間板ヘルニアの程度は軽微であったこと、原告の頸椎には骨棘があり、本件事故当時よりも骨棘の退行変性は進んでおり、頸髄を圧迫しているのは主に骨棘であること、圧迫の程度としては中程度であることがそれぞれ認められる。
<4> 睡眠時無呼吸症状について
原告は、本件事故による頸髄損傷により、睡眠時無呼吸症状が発生した旨主張し、神部医師も、本件事故前にはそのような症状はなかったこと及び頸髄損傷によって睡眠時無呼吸症状が出る可能性があることを根拠に、睡眠時無呼吸症状と本件事故との間の因果関係がある旨供述している。
しかし、前記認定のとおり、原告は、平成五年二月二日、宝塚市立病院を受診した際には、平成元年ころから睡眠時無呼吸症状があった旨申告していること、原告は、睡眠時無呼吸症状のため、昼間眠くなる旨供述しているものの、本件事故前である平成三年六月三日に奥村診療所を受診した際も、睡眠状態が不良で、昼間眠たい旨の申告をしていることからすると、本件事故前から睡眠時無呼吸症状は存在したと認められ、上記神部医師の意見は、そもそもその前提を欠くというべきである。
かえって、前記認定のとおり、原告の口腔形態は、鼾症や睡眠時無呼吸症状に特徴的なものであること、大阪医科大学附属病院耳鼻科の医師も睡眠時無呼吸症状は本件事故と無関係であると考えていたこと、原告は、平成六年一一月一一日洛西ニュータウン病院耳鼻科において舌小帯短縮症の手術を受けているところ、舌小帯短縮症も睡眠時無呼吸症状に影響を与えている可能性があること等からすると、睡眠時無呼吸症状は、本件事故とは無関係な原告の私病であると認められる。
以上のとおりであるから、本件事故と睡眠時無呼吸症状との間の因果関係は認められない。
<5> TIA(あるいはTIA様症状)について
(ア) 後遺障害について
原告は、本件事故によりTIA様症状(めまい、ふらつき)の後遺障害が残った旨主張するが、前記認定のとおり、現在はそのような症状は発生していないから、TIA様症状の後遺障害が残ったとは認められない。
(イ) 平成六年一〇月三〇日の発作について
原告は、本件事故による頸髄損傷によって、平成六年一〇月三〇日の発作が発生したと主張し、神部医師も、頸髄損傷による可能性がある旨供述する。
しかし、神部医師も、平成六年一〇月三〇日の発作が頸髄損傷によるものであることについて積極的な根拠を述べているわけではなく、その可能性があると述べているに過ぎないから、上記発作が本件事故による頸髄損傷によるTIA様症状であると認めるには足りない。
かえって、証拠(乙二、三、六)及び弁論の全趣旨によれば、TIAは経年性の病気であり、脳の動脈硬化を基礎病変として生じることが多いところ、原告の当時の年齢は動脈硬化症の好発年齢であること、高血圧の患者も喫煙者も動脈硬化性疾患の発生頻度が高いことが認められ、以上の各事実に、前記認定のとおり洛西ニュータウン病院の遠藤さゆり医師は、平成六年一〇月三〇日の発作について、TIAと診断し、降圧剤の投与等の治療しか行っていないこと、原告には高血圧の既往症があり喫煙者であること、発作が発生したのは本件事故後約二年が経過していることを併せ考慮すると、平成一〇年六月三〇日の発作はTIAによるもの、すなわち、原告の私病である可能性が高いというべきである。
以上のとおりであるから、本件事故と平成六年一〇月三〇日の発作との間の因果関係は認められない。
<6> 両下肢の痛みとしびれ感、左右手指運動障害について
(ア) 前記認定のとおり、原告が初めて足のしびれ等を訴えたのは、平成四年一〇月三〇日に奥村診療所を受診した際であり(手のしびれについては平成五年七月であり、握力障害はなく、巧緻運動障害もなかった。)、本件事故から一年以上経過した後である。そして、その後は、平成五年六月四日に大阪医科大学附属病院整形外科を受診した際に両手、両足のしびれを訴えているものの、神経学的には特に異常は認められておらず、平成七年六月二二日に洛西ニュータウン病院整形外科を受診した際に歩行困難を訴えるまでは、診療録上は特に両下肢のしびれ、手のしびれ等に関する記載は見られない。そして、それ以降は、洛西ニュータウン病院整形外科への入通院中に歩行困難、手の微細運動障害等の症状を継続して訴えている(なお、平成八年一月二二日の時点では、手の微細運動障害はないと記載されている。)。
以上のとおり、原告の両下肢の痛みとしびれ感、左右手指運動障害は、受傷直後は見られておらず、本件事故後約一年ないし二年の間に症状が出現したものの、いったん消滅ないし軽減し、事故から約三年半後に程度が若干悪化している(なお、その程度は、神部医師の奥村診療所に宛てた紹介状からすると重篤なものではなかったと思われる。)。
(イ) 本件事故と下肢症状との間の因果関係
そして、前記認定のとおり、事故直後の椎間板ヘルニアによる頸髄圧迫の程度が軽微であったこと、原告は頸部以下の広範囲の部位について麻痺症状等を起こしているわけではないことを考慮すれば、原告の両下肢の痛みとしびれ感は、椎間板ヘルニアによる頸髄の圧迫というよりも、腰部脊柱管狭窄症による可能性が多分にあり、本件事故と原告の下肢症状との間に相当因果関係を認めることはできない。
(ウ) 本件事故と手指の運動障害との間の因果関係
以上に認定の事実からすれば、原告の手指の運動障害は、頸髄ないし神経根の圧迫によるものと認められる。
ただ、前記認定のとおり、本件事故直後の椎間板ヘルニアによる頸髄圧迫の程度は軽微であり、その後の骨棘の経年変化によって頸髄圧迫の程度が増していることに、原告の手指運動障害が本件事故後相当期間経過してから発生していること、しかしながら、手指の運動障害はいったん消滅するなどの経過をたどっていることを併せ考慮すれば、原告の手指の運動障害は、専ら骨棘の経年変化による頸髄ないし神経根の圧迫によって生じたものと認めるのが相当である。
そして、骨棘の変化は、経年性のものであり、本件事故当時から原告の頸椎に骨棘が存在したことからすれば、原告の各症状は、頸椎の経年変化による症状であり、本件事故との因果関係は認められないというべきである。
なお、神部医師は、事故によって損傷が起これば、骨棘が生じるのは当然であり、骨棘による頸髄症であるからといって事故と因果関係がないとはいえない旨供述するが、前記認定のとおり、原告には、本件事故前から骨棘は存在したこと、本件事故による椎間板ヘルニアの程度も軽微であったことを考慮すれば、原告の頸髄を圧迫している骨棘は、本件事故によるものというよりは、専ら経年性のものであると認めるのが相当であるから、神部医師の供述は前記認定を左右するものではない。
<7> 膀胱直腸障害について
(ア) 膀胱障害、陰茎痛について
前記認定のとおり、原告が膀胱障害を訴えるようになったのは、事故から約三年九か月後である、平成七年八月の洛西ニュータウン病院整形外科入院中からであり、その後も現在に至るまで、排尿障害は存在している。排尿障害の原因としては、勁髄損傷のほか、腰部脊柱管狭窄症、自律神経系の異常、脳血管障害が考えられるところ、原告にはこれらの異常等が存した可能性が多分にあり(前記<5>、<6>、後記<7>(イ))、陰茎痛も排尿障害に基づくものである可能性が高いから、本件事故と膀胱障害及び陰茎痛との間に相当因果関係を認めるには足りない。
(イ) 直腸障害について
前記認定のとおり、原告は、平成四年三月に済生会兵庫病院を受診した際に、排便障害(朝、少量しか排便がない。)を訴えたものの、過敏性大腸と診断され、過敏性大腸治療剤と整腸剤を処方されたのみで、その後は済生会兵庫病院には通院していないし、その後の宝塚市立病院、洛西ニュータウン病院内科及び洛西ニュータウン病院整形外科の入院中の排便回数も一日一回ないし二回であり、特に排便障害は見られておらず、診療録上も排便障害の記載はない。
したがって、原告に排便障害の後遺障害が生じていると認めるに足りない。また、前記認定のとおり、済生会兵庫病院で見られた排便障害も、過敏性大腸(過敏性腸症候群)と診断されていること、過敏性大腸は、副交感神経系の持続的緊張亢進状態によって生ずるものであり、青壮年層にかなり高頻度に見られる疾病であること、その後、排便障害が見られないことからすると、本件事故との因果関係は認められないというべきである。
<8> 下腹部痛について
下腹部痛については、診療録上ほとんど記載がなく、そもそもそのような症状があったとの事実及び後遺障害が残ったとの事実のいずれも認めるに足りる証拠はない。また、仮に認められるとしても頸髄損傷との因果関係を認めるに足りる証拠はないから、本件事故との因果関係は認められない。
<9> 原告の後遺障害の内容、程度、症状固定時期について
以上のとおり、本件事故と相当因果関係がある原告の症状は、右手しびれ感、右肩鈍麻、右人示指痛、頸部痛のみであり、前記(二)<2>及び<4>認定の原告の症状経過に照らせば、上記各症状のうち、右肩及び右手の痛み等については平成四年九月前こうには治癒しており、頸部痛も平成四年九月頃にはほとんど症状に変化はなく、牽引、理学療法(超短波)及び抗炎症剤等の投薬療法を受けていたに過ぎないことが認められるから、原告は、平成四年九月三〇、頸部痛の後遺障害を残して症状固定したと認めるのが相当であり、前記(二)<2>及び<4>認定の原告の症状の程度・経過からすると、原告の後遺障害は、等級表一二級一二号に該当すると認められる。
なお、平成四年一〇月当時、左肩関節の運動痛は残存していたものの、原告は、本件事故前から、肩こりや左上腕痛を訴えていたから、本件事故と上記症状の間の因果関係は認められない。
<10> 素因減額について
前記認定のとおり、原告は、本件事故当時、椎間板ヘルニアを発症しやすい状態であったから、これが本件事故による原告の症状悪化、拡大に寄与したと認めるのが相当であり、本件事故前の原告の身体状態を考慮すれば、本件事故により原告に発生した損害から素因減額として二割を控除するのが相当である。
二 原告の損害
(一) 治療費 七万〇四二〇円
<1> 原告の主張(ア)ないし(サ)の治療費 認められない。
原告の主張する(ア)ないし(サ)の治療費は、症状固定後の治療費であるか、あるいは本件事故と相当因果関係のない原告の私病の治療費であるから、これらを本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
<2> 奥村診療所分 認められない。
奥村診療所の治療費のうち、平成四年九月三〇日までの治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められるが、その額は、本件全証拠によっても不明であるし、前記争いのない事実等(五)記載のとおり、安田火災海上保険株式会社から奥村診療所及び原告に対し、奥村診療所の治療費として一五万七三〇〇円支払われており、それを超える部分についてまで本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
<3> 済生会兵庫病院分 七万〇四二〇円
前記認定の事実及び証拠(甲一〇の二ないし四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成四年三月一〇日、一三日及び一七日に済生会兵庫病院に通院し、治療費として七万一八四〇円支払った事実が認められる。
しかしながら、済生会兵庫病院については頸椎捻挫の治療のほか、排便障害の治療を受けており、前記認定のとおり、本件事故と排便障害との間の因果関係は認められないから、排便障害についての治療費については、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
そして、前掲各証拠によれば、治療費の大部分を占めるのは平成三年三月一〇日分と平成三年三月一三日分であるところ、前記認定のとおり、過敏性大腸の治療は平成三年三月一七日からしか受けていないから、平成三年三月一〇日分と平成三年三月一三日分の治療費合計七万〇四二〇円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認める(原告主張額七万一八四〇円)。
(二) 治療器具代 認められない。
証拠(甲一三、甲一四の一ないし五、甲一五の一ないし五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、ホットマジック、マッサージ機、ジェットバス、多機能シャワーセット、イス式牽引接続機、電動ベッドを購入した事実が認められるが、本件全証拠によっても、上記器具が原告の症状緩和に必要であったとは認められないし、医師の指示があった事実も認められない。
したがって、上記器具の購入費用は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない(原告主張額六〇六万三二七〇円)。
(三) 入院雑費 認められない。
前記認定のとおり、原告は、睡眠時無呼吸症状の治療のために宝塚市立病院に一六日間、TIAの治療のために洛西ニュータウン病院内科に二〇日間、平成七年七月以降の症状悪化のために洛西ニュータウン病院整形外科に四五日間それぞれ入院した事実が認められる。しかしながら、本件事故と睡眠時無呼吸症状、TIA及び平成七年七月以降の症状悪化との間の因果関係が認められないことは前記認定のとおりであるから、これらの各症状の治療のための入院に要した雑費は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められない(原告主張額一〇万五三〇〇円)。
(四) 通院交通費 六〇〇〇円
前記認定のとおり、原告の症状固定日は、平成四年九月三〇日であるところ、同日までに原告が洛西ニュータウン病院整形外科に通院したのは、合計六日間である。
そして、原告本人によれば、洛西ニュータウン病院への通院には自家用車を利用していたことが認められるところ、上記通院交通費としては、一日につき一〇〇〇円をもって相当と認める(原告主張額二万八八三〇円)。
(計算式) 一、〇〇〇×六=六、〇〇〇
(五) 通院付添費 認められない。
前記認定の原告の症状経過に照らせば、原告の通院のために付添が必要であったとは認められないし、原告の妻が通院に付き添ったことを認めるに足りる証拠もない(原告主張額六二万五〇〇〇円)。
(六) 休業損害 認められない。
前記争いのない事実等、証拠(甲四六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後も減収を生じていないことが認められる。
したがって、本件事故により、原告に休業損害が発生したとは認められない(原告主張額七〇〇万円)。
(七) 逸失利益 八一八万二七二〇円
前記認定のとおり、原告は、本件事故のため、平成四年九月三〇日、等級表一二級一二号に該当する後遺障害を残して症状固定し、症状固定当時、原告は四九歳であったことが認められ、一方、証拠(甲七三の一から四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、株式会社宝塚リビングセンター、株式会社向陽ガスリビングセンター及び株式会社ハウジングサービスの各代表取締役として稼働しており、申告所得額は、平成八年度・一七五九万九七五〇円、平成九年度・一七九七万九五〇〇円、平成一〇年度・一五六〇万六五〇〇円であり、減収がなく、むしろ事故時よりも収入が増えていることが認められる。
しかし、減収がないからといって逸失利益を一切認めないとすることは相当ではなく、生活上の不便、将来の減収の可能性等を考慮して、就労可能な六七歳までの一八年間にわたり、労働能力を一〇%喪失したと認めるのが相当である。
そして、逸失利益の基礎収入については、平成四年の賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均賃金が五四四万一四〇〇円であることも考慮して、年間七〇〇万円をもって労働の対価部分であると認めるのが相当である。
したがって、年間七〇〇万円を基礎に、上記一八年間の年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式によって控除して計算すると、原告の後遺障害逸失利益は、次の計算式のとおり八一八万二七二〇円となる(原告主張額七四〇〇万七九九〇円)
(計算式)
七、〇〇〇、〇〇〇×〇・一×一一・六八九六=八、一八二、七二〇
(八) 慰謝料 合計三一〇万〇〇〇〇円
<1> 入通院慰謝料 九〇万〇〇〇〇円
原告の傷害の内容、程度、入通院の期間、治療の内容、その他本件に現れた一切の事情を考慮するとき、入通院慰謝料は、上記金額をもって相当と認める(原告主張額五〇〇万円)。
<2> 後遺障害慰謝料 二二〇万〇〇〇〇円
原告の後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮するとき、後遺障害慰謝料は上記金額をもって相当と認める(原告主張額一二〇〇万円)。
(九) てん補済み治療費 三一万五一〇〇円
前記争いのない事実等(五)記載のとおり、被告車の付保会社である安田火災海上保険株式会社から、治療費として、洛西ニュータウン病院に二万四六六〇円、奥村診療所に一五万六四四〇円、原告に一三万四〇〇〇円がそれぞれ支払われているところ、前記認定の症状経過に照らせば、症状固定までの洛西ニュータウン病院整形外科及び奥村診療所の治療費は本件事故と相当因果関係のある損害と認められ、これに被告車の付保会社が治療費として既に支払っていることを併せ考慮して、上記合計三一万五一〇〇円については、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
(一〇) 素因減額後の損害額 九二三万二一九二円
以上を合計すると、一一六七万四二四〇円となり、素因減額として、二割を控除すると九三三万九三九二円となる。
(一一) 損益相殺後の損害額 八九一万七〇九二円
上記九三三万九三九二円から、前記争いのない事実等(五)記載の三一万五一〇〇円を損益相殺として控除すると、残額は九〇二万四二九二円となる。
(一二) 弁護士費用 九〇万〇〇〇〇円
本件の事案の内容、難易度、本件審理経過、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては九〇万円をもって相当と認める(原告主張額三〇〇万円)。
(一三) 合計
上記(一一)に(一二)を加えると、九九二万四二九二円となる。
第四結論
以上のとおり、原告の請求は、金九九二万四二九二円及びこれに対する本件事故日以降である平成九年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 中路義彦 山口浩司 三村憲吾)