大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8580号 判決 1997年3月26日
《住所省略》
原告
初見勝
大阪市中央区難波5丁目1番5号
被告
株式会社髙島屋
右代表者代表取締役
田中辰郎
右訴訟代理人弁護士
小坂重吉
同
山﨑克之
同
町田正裕
同
金澤優
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告の平成8年5月23日開催の第130回定時株主総会決議を取消す。
第二事案の概要
原告は,被告の株主で,平成8年5月23日,被告の本店で開催された定時株主総会(以下「本件総会」という。)に出席したが,原告の質問に対する被告の回答が不十分で,取締役に説明義務違反があることなどを理由に,本件総会決議の取消を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠により認定することのできる事実
被告の株主である原告は,本件総会に先立ち,別紙のような質問状を作成して被告に提出し,被告から本件総会の議案に関連する計算書類附属明細書(甲3)の交付を受け,それを持参して本件総会に出席した。
本件総会は,報告事項として第130期(平成7年3月1日から平成8年2月29日まで)営業報告書,貸借対照表及び損益計算書の報告が,また,決議事項として第130期利益処分案の承認があり,被告の代表取締役日高啓(以下「議長」という。)が議長となって,定刻の午前10時に開会した。本件総会開会後,議長による報告事項の報告に先立ち,上西宗之監査役から,「監査役の監査の結果は招集通知書に添付の監査報告書謄本記載のとおりであり,本件総会提出の議案及び書類に関しても,法令・定款に適合していて,特に指摘すべき事項はない。」旨の報告がなされ,次いで,議長が第130期営業報告書・貸借対照表及び損益計算書の内容を招集通知書の添付書類に従って報告した。続いて,議長が,質問を受ける旨を述べたところ,原告を含め4名の株主から質問があり,まず出席票48番の株主が,次に出席票53番の株主が,さらに出席票52番の株主が,それぞれ質問し,その後,出席票143番の株主である原告が,原価計算制度について,寄付金について,使途不明金について,横浜市に対する1億円の寄付金の経理処理について,東京三菱銀行の制服の納入について,棚卸資産について及び所有不動産の評価方法について,質問をした(乙2,3)。
二 原告の主張
1(一) 原告は,すでに提出してあった質問状に従い,被告の資産の算出方法について,標準原価計算制度,実際原価計算制度のどちらを採用して算出しているのかと質問したところ,被告は,一部の商品について個別法を採用し,他の商品については売価還元法によって算出していますと説明したが,このような説明は,棚卸資産の評価についての説明で,原告の質問に対して答えていない。
また,原告は,被告の今決算の資産について,実際原価計算制度による単純総合計算原価,等級別総合計算原価,組別総合計算原価,個別計算原価がそれぞれいくらになるのか,標準原価計算制度による単純総合計算原価,等級別総合計算原価,組別総合計算原価,個別計算原価がそれぞれいくらになるのかと質問したところ,被告は何ら説明しなかった。
(二) 原告は,棚卸資産の評価に原価法と低価法とがあり,さらに,個別法・先入先出法・後入先出法・総平均法・移動平均法・単純平均法・売価還元法・最終仕入原価法という方法があることから,棚卸資産の評価について,これらによる棚卸資産の評価額がそれぞれいくらになるのかを質問したところ,被告は,棚卸資産の一部を個別法で評価し,他は売価還元原価法で評価していると回答しただけで,他の方法による評価額について説明しなかった。
(三) 原告は,減価償却の方法に,定率法,定額法,級数法,比例法,取替法及びこれらを組合わせて償却する方法があることから,被告の資産の減価償却について,これらの方法によると償却額がいくらになるのかを質問したところ,被告は,定率法と定額法による金額について回答しただけで,それ以外の方法は取っていないと回答し,原告の質問に対する回答を拒否した。
2(一) 原告は,税務申告するに当たり,自己否認して使途不明金扱いにして納税した金額について質問したところ,被告は,使途不明金はないと回答しただけで,原告の質問に対して適切な説明をしなかったが,どの企業でも,申告納税に当たり,自己否認して使途不明金扱いにして納税しているのが通常であるから,原告の質問に対し,使途不明金はないと回答したことは,虚偽の説明をしたことになる。
(二) 被告は,本件総会開催時に株式会社三和銀行などの株式を所有していたが,有価証券の評価について規定する商法285条ノ6,同条ノ2と法人税基本通達9-1-7とによれば,株価が回復するか否かが不明な場合,商法では評価損の計上が強制されるのに対し,法人税の取扱いでは評価損の計上が禁止されることから,このような場合,商法上の利益と税法上の所得とは別のものとならざるをえず,会社は,その所有する有価証券の評価について,評価損の自己否認を避けられないことになる。
したがって,この点からも,右回答は虚偽の説明をしたことになる。
3(一) 原告は,今期の計算書類附属明細書の販売費及び一般管理費の脚注に,「その他に含まれる寄付金(1076百万円)については無償でした財産上の利益の供与が含まれております。」と書いてあったことから,この表現によると,有償の寄付金があるかのように解釈されるので,有償の寄付金について説明を求めたところ,これは間違いであると回答した。
右書類は,監査を経て法令・定款に違反することなく公正・妥当とされている文書であるから,その誤りは,監査そのものの誤りを意味する。
(二) 被告の今期の営業費用中には,寄付金以外に無償でした利益の供与があったにもかかわらず,被告は,会社が無償でした財産上の利益の供与の記載について,「販売費及び一般管理費の明細」の脚注に「上記のうち,その他に含まれる寄付金(1076百万円)については無償でした財産上の利益の供与が含まれております。」として,寄付金に含むことのできない無償の利益の供与以外には,無償の利益の供与はない意味の記載をしているが,すでにマスコミなどで明らかなように,被告は,暴力団会長西浦勲に対し,8000万円の利益供与があったのにその点についての記載せず,また,前記2(一)で述べたように,使途不明金があるにもかかわらずその点の記載がないから,計算書類の作成につき,法令で要求された記載義務を果たしていない。
4 本件株主総会が開催された平成8年5月23日は,被告と同業の株式会社大丸,株式会社そごう,株式会社三越,株式会社松坂屋などを初めとして,同年2月決算の上場企業のほとんどが株主総会を開催しているが,他社の株主総会へ出席した場合,被告の株主総会に出席することが不可能となるのであるから,本件総会は,株主の出席が不可能な日時に開催している。
5 原告が,本件総会において,原価計算制度について質問しているとき,総会屋の田村守(以下「田村」という。)が,原告のそばにきて,原告に対し「初見さん,むずかしい質問をしてもだめだよ。この連中には,初見さんの質問には答えられないよ。止めた方がいいよ。」と言って原告の質問を妨害したが,議長は,このような田村の行動を制止せず,放置して原告の質問を妨害した。
また,議長は,原告の質問が終了していないのに,「他にも質問者がいますので,質問は後1つで終わってください。」と言って,原告の質問を封じるとともに,原告の質問に答えないまま,決議を強行採決して,本件総会を終わらせているから,議長の本件総会運営は,著しく法令に違反する。
6 以上,本件総会において,取締役は原告の質問に答えなかったり,虚偽の回答をしたりして,説明義務に違反し,また,監査に誤りがあって,計算書類の記載に不備があり,さらに,本件総会の開催が著しく不合理で,議長の本件総会の運営にも違法がある。
したがって,本件総会決議は取り消されるべきである。
三 被告の主張
1 原告の主張1に対する反論
(一) 同1(一)について
原告は,標準原価制度と実際原価制度のどちらを採用して算出しているかと質問しているが,そもそも原価計算制度は,製造業における製品の製造原価を計算するための制度であって,デパートのように商品の販売を行う企業においては,製品の製造自体が存在しないので,被告にとって原価計算は問題とならず,仕入れた商品の当期(売上原価)と次期以降(棚卸資産)の原価配分(棚卸手続)が問題となるだけである。実際原価や標準原価は,いずれも製品の製造に関する原価計算制度における区分で,もっぱら販売のみを業とする被告には全く関係のない質問であり,見当はずれもはなはだしく,嫌がらせ質問でないとするならば,企業会計につき全く無知な質問である。被告が,このような見当はずれの質問に対し,棚卸資産の評価方法について回答したのは,正しい企業会計に関する質問に引き戻そうとする回答であって正当である。
(二) 同1(二)について
商品(棚卸資産)の評価方法について,被告が売価還元原価法と個別法によっていることは本件総会において答弁しているとおりで,これらの方法は,百貨店の会計方法としてもっとも一般的で,この評価方法を採用していることは貸借対照表及び損益計算書の注記で開示し,監査役会及び監査法人も適法意見を提出している。
したがって,これのみで開示は十分で,その適否の理由まで開示又は説明する義務はない。この点に関する原告の主張は,計算書類の作成方法について,原告独自の異論を展開しようとしているにすぎない。
(三) 同1(三)について
被告が採用している有形固定資産の減価償却方法は,税法基準による定率法であって,いずれも監査役会及び会計監査人が適法意見を提出し,これのみでその開示は必要十分である。その妥当性についてまで理由を開示又は説明する義務はない。
この点に関する原告の主張も,計算書類の作成方法について原告独自の異論を展開するものである。
2 原告の主張2に対する反論
(一) 同2(一)について
被告は,原告の使途不明金についての質問に対し,「使途不明金はない。自己否認して申告したものはある。たとえば貸倒引当金がその例である。」と回答したのであり,原告の主張は不正確である。また,原告は,租税特別措置法上の「使途秘匿金」を使途不明金扱いした費用と曲解した上で,被告の回答を虚偽であると主張している。
(二) 同2(二)について
原告は,有価証券の評価損の計上などにおいても自己否認して納税して済ませた費用は避けられないと曲解した主張をしている。
(三) 原告は,被告で通用しない標準原価と実際原価の違いから使途不明金扱いにして納税しているものがあるかと質問しているが,そもそも無茶苦茶な質問であり,これに対し,被告が使途不明金はないと回答したのは正当である。
商法計算書類上も簿記会計上も使途不明金という概念はないのであるから,商法計算書類の説明上,使途不明金はないという被告の回答は正確であり,虚偽の説明をしたものではない。そもそも使途不明金なる概念は税務申告上の問題であるところ,税務申告書は,計算書類ではないし,会計帳簿ですらないのであるから,税務申告書中の記載事項である寄付金などの申告調整自体に関して,株主総会に報告する義務も説明する義務もない。
3 原告の主張3に対する反論
(一) 同3(一)について
附属明細書の「販売費及び一般管理費の明細」と題する項目の記載に,「その他に含まれる寄付金(1076百万円)については無償でした財産上の利益の供与が含まれております。」との記載があるが,この記載は,正確には「その他については,無償でした財産上の利益の供与として寄付金(1076百万円)が含まれております。」と記載すべきところを,多少紛らわしい表現をしたことから,紛らわしい表現であるとの指摘に対し,「はい,わかりました」と答弁したにすぎず,原告が主張するように「これは間違いです」と誤りを認めた回答をした事実はない。
原告は,誤って記載した旨の回答をしたから,監査そのものが誤りで,決算全体が否定されると主張しているが,このような主張は全く論理のすり替えである。「販売費及び一般管理費」の計算自体は,監査役及び監査法人の監査を受けた適法なもので,この程度の紛らわしい表現が,附属明細書の「注記」に記載されたことをもって,「販売費及び一般管理費」の計上に違法性があるとの主張には全く理由がない。
(二) 同3(二)について
この点に関する原告の主張は,平成8年11月28日受付の準備書面で初めて主張され,すでに本件総会決議から3か月を経過した後になされた主張であるから,商法248条1項により,追加主張することは許されない。また,原告の主張自体趣旨が不明であり,西浦勲への8000万円の支出があったとして,その経理上の処理を問うものであれば,会社における具体的な経理処理方法を問うものであるから,これに答える必要は全くない。
4 原告の主張4に対する反論
原告は,被告の株主総会が他の同業者と同時に開催されたことが違法であると主張するが,これはいずれの百貨店も決算期が毎年2月末であるために生じる事象であって,何ら違法なものではない。また,この点に関する原告の主張は,平成8年11月28日受付の準備書面で初めて主張され,すでに本件総会決議から3か月を経過した後になされた主張であるから,商法248条1項により,追加主張することは許されない。
5 原告の主張5に対する反論
原告の本件総会における質問及びそれに対する回答は,午前11時30分から11時55分までの25分間及び午後零時1分から午後零時5分までの4分間の合計29分に及び,株主総会においてなされる通常の株主の質問事項を遥かに超える時間を使っていて,原告に対する説明義務は十分尽くされている。そのため,他の出席株主から議事進行を求める発言が3度にわたってなされ,原告の質問に対する回答が充分尽くされたことは出席した他の株主の多くが認めるところであった。しかも,4名の株主からの質問を受けて,合計約1時間5分にわたって質疑応答し,議案の審議をなすに熟したので,議長は議場に向かって質疑の打ち切りを諮ったところ,大勢の拍手と了解の発言があったので,議長は質疑を打ち切り,決議事項の審議に移ったのであり,原告が主張するような「説明義務を果たすことなく強行採決・違法議決をした」事実は全くない。
四 争点
本件総会決議に原告主張の取消事由があるか。
1 被告に説明義務違反があるか
2 原告の質問に対し虚偽の回答がなされたか。
3 本件総会決議に際し,監査に誤りがあるか。また,計算書類に不備があるか。
4 本件総会の開催日は著しく不合理か。
5 議長の議事進行に違法はあるか。
第三証拠
本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから,これを引用する。
第四争点に対する判断
一 証拠(甲3,乙2,3)によれば,本件総会における原告の行った質疑等に関し次の事実を認めることができる。
1 原告は,議長から指名されて,まず,原価計算制度について,被告において標準原価制度,実際原価制度のどちらを使っているのかと質問し,被告の藤井潔専務取締役(以下「藤井専務」という。)が,売価還元原価法で棚卸資産の評価を行っている旨回答した。この回答に対し,原告が,棚卸資産のことを聞いているのではないとして再度同様の質問をしたので,藤井専務は,被告において扱う商品の種類が多いことから,美術品などについて個別法を採用していると回答した。
続いて,原告は,貸借対照表と税務申告対照表とに違いがあることを確認した上,その違いについてどのように処理しているのかと質問したことから,中谷正司取締役が,商品について原価基準で売価還元法と個別法によっていて,貯蔵品について先入先出法で処理していると回答した。
2 次に,原告は,使途不明金扱いにして納税する場合の税務処理について自ら説明した後,使途不明金扱いにして納税したものがあるかと質問したところ,藤井専務が「使途不明金はない。」と回答した。原告は,再度同様の質問をしたが,藤井専務が「ございません。」としか回答しなかったので,使途不明金扱いにして納税しているものがあるはずだとして,同様の質問を繰り返したところ,藤井専務は,そういったものはないと回答した上,「税務上で期をまたがる場合として,貸倒引当金があり,そうしたものは自己否認しているが,それ以外にはない。」と回答した。
3 原告は,横浜市に対する1億円の寄付金の経理処理について質問した後,附属明細書の販売費及び一般管理費の注に寄付金についての記載があり,そこに「無償でした財産上の利益がある」と記載してあったことから,その点を指摘して,有償でした寄付金がいくらあるのかと質問した。これに対し,藤井専務は,有償でした寄付金はないと回答したが,原告は,右注の記載をとらえて,同様の質問を繰り返し,このような記載は紛らわしい旨を指摘すると,藤井専務は,「はい,わかりました。」と回答した。
4 さらに,原告は,販売費,一般管理費の作成などについて自己の意見を述べた上,別紙質問状が提出されていることを指摘して,東京三菱銀行が合併した際の制服の納入について質問したので,飯田一喜常務取締役が回答し,続いて,別紙質問状の第1ないし第8項について回答するよう求めた。これに対し,藤井専務が,棚卸資産について,売価還元原価法で処理していると回答し,所有不動産の評価方法について,定率法及び定額法による減価償却額を具体的な数字を示して回答するとともに,土地の評価について取得原価で計上していると回答した。さらに,藤井専務が備品について回答しようとすると,原告が減価償却の方法には5通りあるのに,2通りしか答えていないのは自己の質問に答えていないと言って,藤井専務の回答をさえぎった。藤井専務は,右の2通りしかやっていないと回答すると,原告は,なおも5通りすべてによって算出した額を回答するよう求め,藤井専務が計算していないと回答すると,原告は,説明義務の違反で訴訟を提起することを示しながら,質問に答えるよう求めた。
5 このとき,他の出席株主から議事の進行を求める発言があり,また,発言を求めた出席株主もいたことから,議長は,原告の質問を打ち切り,出席票53番の株主を指名した。
右株主の発言が終わり,議長が新宿出店についての決意を述べると,出席株主から,拍手とともに議事進行を求める発言がなされたが,このとき,原告が再度自己の質問に答えるよう要求したので,議長が,すでに説明した旨回答すると,原告はさらに自己の質問に答えるよう求めたので,他の出席株主から議事進行を求める発言があった。そこで,議長は,審議の打ち切りを提案したところ,出席株主から拍手とともに「了解」との発言があったので,議長は,第130期利益処分案承認の件を付議し,これにつき,出席株主から「異議なし」,「了解」という発言とともに拍手がなされたことから,議長は,賛成多数と認め,原案どおり承認,可決されたとして,午後零時6分,本件総会の閉会を宣言した。
二 争点1(原告の主張1)について
1 商法237条ノ3第1項は,株主総会における議案について,取締役・監査役に説明義務を認めることによって,株主が議案について判断するのに必要な具体的情報を提供し,もって株主総会の活性化を図ろうとする趣旨の規定であるから,取締役・監査役の説明義務も,議案の合理的な判断のために必要な事項について説明すれば足り,そのような説明がなされれば,説明義務を尽くしたものということができる。
2 原告は,被告の資産の算出方法について,標準原価計算制度,実際原価計算制度のいずれを採用して算出しているのかと質問したのに,被告は,棚卸資産の評価について説明しただけで,原告の質問に何ら答えていないし,また,被告の今決算の資産について,実際原価計算制度による単純総合計算原価,等級別総合計算原価,組別総合計算原価,個別計算原価がそれぞれいくらになるのか,標準原価計算制度による単純総合計算原価,等級別総合計算原価,組別総合計算原価,個別計算原価がそれぞれいくらになるのかと質問したのに,被告は何ら説明しなかったと主張する。
本件総会は,第130期の営業報告などの報告事項と第130期利益処分案の承認を議案としているところ,原告の質問は,被告が採用していない評価方法について回答を求めるもので,本件総会の議案にかかわるものではないから,取締役には,原告の右質問について説明する義務はないというべきである。また,藤井専務は,被告が採用している評価方法について説明しているのであるから,議案の合理的な判断のために必要な説明をしたというべきである。
したがって,この点について,取締役に説明義務の違反はない。
3 原告は,棚卸資産の評価につき,原価法と低価法の双方について,個別法・先入先出法・後入先出法・総平均法・移動平均法・単純平均法・売価還元法・最終仕入原価法による棚卸資産の評価額がそれぞれいくらになるのかと質問したのに,被告は,棚卸資産の一部を個別法で評価し,他は売価還元原価法で評価していると回答しただけで,原告の質問に対する説明がなかったと主張する。
しかし,棚卸資産の評価は,いずれかの方法によって行えば足りるのであるから,被告が採用している評価方法について説明すれば足り,藤井専務は,右のように回答して適切な説明を行っている。また,本件総会の議案からしても,取締役には原告の右質問すべてについて説明する義務はない。
したがって,この点についても,取締役に説明義務の違反はない。
4 原告は,被告の資産の減価償却について,定率法,定額法,級数法,比例法,取替法及びこれらを組合わせて償却する方法によると償却額がいくらになるのかと質問したのに,被告は,定率法と定額法による償却額についてしか回答せず,原告の質問を拒否したと主張する。
しかし,資産の減価償却についても,棚卸資産の評価と同様,いずれかの方法によって行えば足りるのであるから,藤井専務の右回答は,原告の質問に対する回答として充分であり,本件総会の議案からしても,それ以上に,被告で採用していない方法による減価償却額についてまで説明する義務もない。
したがって,この点についても,取締役に説明義務の違反はない。
5 以上のとおり,本件総会において,取締役に説明義務の違反はないから,原告主張の右事由をもって本件総会決議の取消事由とすることはできない。
三 争点2(原告の主張2)について
原告は,税務申告するに当たり,自己否認して使途不明金扱いにして納税した金額について質問したのに,被告が使途不明金はないと回答したことをもって,虚偽の説明であると主張する。
しかし,このような被告の税務処理に関する質問は,本件総会の議案と何ら関係がないから,取締役に説明義務が生じるものではないし,藤井専務の「使途不明金はない。」との回答も,商法の計算書類上「使途不明金」という概念がないことからすれば,適切な回答であって,他に右回答が虚偽であると認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告の質問に対して被告が虚偽の説明をした事実はなく,原告の右主張をもって,本件総会決議の取消事由とすることはできない。
四 争点3(原告の主張3)について
1 原告は,被告が決算附属明細書の記載の誤りを認めたのであるから,監査そのものが誤りであると主張する。
しかし,前記一で認定したように,藤井専務は,原告から附属明細書の販売費及び一般管理費の注の記載が紛らわしいといわれて,「はい,わかりました。」と回答しただけで,右記載が誤りであることを認めたわけではないし,仮に原告が主張するように,この点の記載が誤りであったとしても,その記載内容からして,監査そのものが誤りとなるわけでもない。
したがって,原告主張の右事由をもって,本件総会決議の取消事由とすることはできない。
2 また,原告は,西浦勲に対する8000万円の利益供与について記載がないこと,使途不明金の記載がないことをもって,計算書類の作成について法令で要求された記載義務を果たしていないと主張するが,原告の右主張は,本件総会決議の取消事由となるものでなく,しかも,本件総会決議がなされた平成8年5月23日から3か月を経過した後になされているから,商法248条1項により追加して主張することができない。
したがって,原告主張の右事由をもって,本件総会決議の取消事由とすることはできない。
五 争点4(原告の主張4)について
原告は,本件総会が開催された平成8年5月23日に,被告と同業の会社の株主総会も開催されていることをもって,本件総会の開催日時が著しく不合理であると主張する。
しかし,決算期との関係で他の会社と株主総会の開催日が重なることはありうることであるが,これをもって本件総会の開催日時が著しく不合理であるとは到底いえないし,また,右の主張も,本件総会決議がなされた平成8年5月23日から3か月を経過した後になされているから,商法248条1項により追加して主張することができない。
したがって,原告主張の右事由をもって,本件総会決議の取消事由とすることはできない。
六 争点5(原告の主張5)について
1 原告は,議長が田村の行動を放置して原告の質問を妨害したと主張するが,田村の行動内容やそれによって原告の質問が妨害されたと認めるに足りる証拠はなく,議長が田村の行動を放置していたと認めるに足りる証拠もない。仮に,田村が原告が主張するような行動をとったとしても,それによって原告の質問が妨害されたと認めるに足りる証拠もない。
2 また,原告は,議長が原告の質問を封じ,原告の質問に答えないまま決議を強行採決していると主張する。
しかし,議長は,相当の時間をかけて質疑がなされ,合理的な平均的株主において報告事項の合理的な理解のために必要な程度の説明がなされたと客観的に判断することができる場合には,商法237条ノ4第2項所定の議事整理権に基づいて質疑を打ち切ることができるところ,右認定の事実によると,本件総会の議案について,充分質疑がなされ,議案の理解のため必要な説明も充分なされているから,議長が原告の質問を制限し,決議事項について採決したことは,議事の進行上妥当な措置であったということができる。
3 したがって,議長の本件総会運営に何ら違法はないから,原告主張の右事由をもって本件総会決議の取消事由とすることはできない。
七 以上の次第で,本件総会決議には何ら取消事由はなく,原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 末吉幹和 裁判官 小林邦夫)
<以下省略>