大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9789号 判決 1998年3月18日
原告
柚紡産業株式会社
右代表者代表取締役
柚岡一禎
右訴訟代理人弁護士
松丸正
同
井上洋子
同
池田直樹
同
井上善雄
同
竹橋正明
同
阪口徳雄
同
辻公雄
同
吉田之計
同
中世古裕之
同
岩本朗
同
徳井義幸
同
木村達也
同
津田浩克
同
小田耕平
同
住川和夫
右訴訟復代理人弁護士
白井皓喜
被告
住友商事株式会社
右代表者代表取締役
津浦嵩
右訴訟代理人弁護士
熊谷尚之
同
高島照夫
同
石井教文
同
池口毅
右訴訟復代理人弁護士
佐藤吉浩
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告の平成八年六月二七日開催の第一二八期定時株主総会における別紙総会決議目録一記載の決議を取消す。
二1 主位的請求
被告の平成八年六月二七日開催の第一二八期定時株主総会における別紙総会決議目録二記載の決議が無効であることを確認する。
2 予備的請求
被告の右株主総会における右決議を取消す。
第二 事案の概要
被告が平成八年六月二七日に開催した株主総会(以下「本件総会」という。)において、別紙総会決議目録一記載の決議(以下「本件決議1」という。)について、原告の質問権を侵害するなど決議の方法が著しく不公正であるとして、右決議の取消を求めるとともに、同目録二記載の決議(以下「本件決議2」という。)について、主位的に、決議の内容が商法二六九条に違反するなどとして右決議の無効確認を、予備的に、決議の方法が著しく不公正であるなどとして右決議の取消を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 被告は、物資の輸入、販売などを目的とする資本金一六九四億二九一三万五五五四円(平成八年六月現在)の株式会社である。
原告は、被告の株式二〇〇〇株を有する株主で、原告代表者柚岡一禎(以下「原告代表者」という。)は、本件総会に出席した。
2 被告は、平成八年六月一一日、同年六月二七日開催予定の本件総会の招集通知を各株主に発送し、右招集通知には、会議の目的たる事項として、第一二八期営業報告書、貸借対照表及び損益計算書についての報告事項のほか、第一号議案「第一二八期利益処分案承認の件」、第二号議案「定款一部変更の件」、第三号議案「利益による株式消却のための自己株式取得の件」、第四号議案「取締役全員(四三名)任期満了につき四三名選任の件」及び第五号議案「退任取締役に退職慰労金贈呈の件」の各議案を決議事項として記載していた。
また、被告は、本件総会の会場として、大阪市中央区北浜四丁目五番三三号住友ビル一二階を準備し、右招集通知にその旨を記載していた。
3 被告が、右招集通知を株主に発送した後、被告の従業員である浜中泰男(当時非鉄金属部長)が銅地金取引により被告に約一八億米ドルの損害を発生させたこと(以下「損失問題」という。)が明らかになったことから、被告は、多数の株主が本件総会に出席することを予定して、本件総会の会場として当初予定した住友ビル一二階の会場を第一会場とし、第一会場に隣接して第二会場を設けるなどして、それに対処した。
二 原告の主張
1 本件決議1の取消事由
(一)(1) 本件総会の会場は、第一会場と第二会場に分かれていたのであるから、被告は、第二会場にいる株主に、株主の質問権(商法二三七条ノ三)行使の機会を与えるため、決議を行うに際して、以下のような配慮をすべきである。
ア 株主が会場に入場する前に、質問権を行使する場合、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書、口頭で説明すべきである。
イ 第二会場の株主から質問がなされた場合、直ちに第一会場へ誘導できるよう配慮し、その間議事を一時中断するなどして、第二会場の株主が発言できるよう両会場の一体性を確保すべきである。
ウ 各議案の審議に入った後も、各議案ごとに第一会場の株主のみならず、第二会場の株主にも質問がないかどうかを促し、発言の機会を与えるため相当の猶予をおくなどして、株主の質問権を確保するような方法を講じるべきである。
(2) しかるに、被告は、本件総会において、右のような配慮を怠り、株主である原告の質問権を侵害して、本件決議1を可決したのであるから、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法が著シク不公正ナルトキ」に該当する。
(3) また、株主総会決議は、株主の質問権が保障されていることを前提とするから、それが保障されていない場合、株主総会決議の前提となる審議状態が違法となり、審議の結果としての株主総会決議も違法となる。
(4) 被告は、前記のような株主の質問権行使に対する配慮を怠り、株主の質問権を侵害したのであるから、本件決議1は、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ法令ニ違反スル場合」に該当する。
(二)(1) 本件総会の議長は、当時、被告の代表取締役であった秋山富一(その後退任。以下「秋山議長」という。)が務めたが、秋山議長は、本件総会に先立ち、従業員株主及びあらかじめ気脈を通じた株主(以下「従業員株主ら」という。)とともに、被告から、株主総会の議事進行について指導、教育を受け、あらかじめリハーサルをした上で、本件総会に臨んだ。本件総会当日、従業員株主らは、第一会場の前半分の座席に着席し、秋山議長と共謀して、リハーサルどおり、秋山議長の提案に対し、瞬時に「議事進行」「異議なし」「了解」などと大きな声を上げ、他の株主に質問する余裕を与えないで議事を進めた。
(2) 一般に、会議は、参加者が自由意思に基づいて発言できる状態を確保した上で決議を行うものであるから、このような議事の進行は、株主の発言の機会を事実上奪い、自由に発言できる雰囲気もない。また、秋山議長は、従業員株主らとリハーサルをし、それ以外の一般株主と取扱を異にしている点でも不公正といわざるを得ない。
(3) したがって、本件総会における議事進行及び決議方法は、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ著シク不公正ナルトキ」に該当する。
2 本件決議2の無効事由
(一) 本件決議2は、被告の定款二〇条に違反する無効な決議である。
(二) 本件決議2は、商法二六九条に違反する無効な決議である。
すなわち、判例によれば、株主総会において、退任取締役の退職慰労金につき、明示的もしくは黙示的にその支給に関する基準を示し、具体的な金額、支給期日、支払方法などを右基準によって定めるべきものとし、その決定を取締役会に任せることを決議しても差し支えないとされている。
しかし、お手盛りを防止するという商法二六九条の趣旨からすれば、株主総会で具体的な支給額を個別に決議することが望ましいし、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などからすれば、右判例の立場は時代の要請に合致しない。
また、右判例は、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提としているところ、本件は、被告の株主総会において、損失問題が明らかになり、被告の取締役の責任なども問題となっている最中に行われたものであって、会社の業績が良好で、取締役がその責任を果たしていると推測される状態とは全く異なる。被告に巨額の損失が発生しているという事実は、取締役の責任に疑義を生ぜしめるものであり、業績良好な一般的な場合を想定して作成されている退職慰労金の算定基準が当てはめられるべき場合ではない。取締役の責任問題が浮上している以上、株主総会においても、その責任の所在を明らかにし、退職慰労金についても、具体的な議論をするべきである。そうでなくては、一方で取締役としての任務懈怠から損失を発生させつつ、一方では基準どおりの退職慰労金を受領するという不当な事態を取締役会が後押しすることになり、お手盛りの危険が一層大きいからである。
したがって、本件総会当時の状況において、退任取締役の退職慰労金を取締役会に一任する旨を決議することは、商法二六九条に違反する。
3 本件決議2の取消事由
(一) 前記1(一)、(二)に同じ。
(二) また、本件決議2の具体的状況をみると、秋山議長は、第五号議案を付議した後、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視し、顔を上げて、会場に質問者がいるかどうかを確認することもなく、従業員株主らがリハーサルどおり瞬時に行った「異議なし」の声に乗じて、右議案が可決されたものとみなしている。
仮に、原告の声が秋山議長に聞こえていなかったとしても、それは、秋山議長が従業員株主らと共謀して、第五号議案を付議した後、瞬時に「異議なし」の大声が出されることにより、一般株主の声がかき消されることを予定してのことである。
(三) したがって、本件決議2は、株主の質問権を侵害している点で、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ法令ニ違反スル場合」に該当し、かつ、前記のような決議方法がとられた点で、同条項にいう「決議ノ方法ガ著シク不公正ナルトキ」に該当する。
三 被告の認否・反論
1 原告の主張1について
(一)(1) 同(一)(1)のうち、本件総会の会場が、第一会場と第二会場に分かれていたことは認め、その余は否認ないし争う。
同(一)(2)のうち、本件決議1を可決したことは認め、その余は争う。
同(一)(3)、(4)は争う。
(2) 被告は、銅地金取引による損失問題が報道されたことから、例年より多数の株主が本件総会に出席すると考え、その対応を検討したが、すでに本件総会の招集通知を発送していたため、この時点で別の会場を確保して、株主の会場変更の通知を行うことは全く不可能であった。そこで、被告は、可能な限り多数の株主を収容するため、第一会場の株主の座席を例年よりも小さな椅子に変更して収用人員を増やす努力をし、第一会場の隣室を第二会場に充てることにするとともに、第二会場の入口に「株主総会会場」と表示し、第一会場の様子が画像、音声で遂一分かるようにするため、第二会場に大型モニターテレビ三台を配備し、さらに、第二会場の状況を把握するため、同会場内にテレビカメラを設置し、右カメラから第二会場の様子を映し出すモニターテレビを、第一会場の議長席の直ぐ後ろにある事務局席に設置した。
また、第二会場に質問者がいる場合を想定し、質問者を第一会場に誘導する係員三名を配置し、これらの係員に「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用させ、大二会場に質問者などがある場合、速やかに第一会場に誘導するとともに、質問者があることを議長席の直ぐ背後の事務局席に内線電話で連絡する手はずを整えた。
このように、被告は、第二会場内の出席株主の質問権行使に備えて可能な限りの配慮をしているし、本件総会において、第二会場にいた原告代表者は、被告の準備したところに従って質問権を行使しているから、会場が分かれたことによって株主の質問権が侵害されていないことは明らかである。
(二)(1) 同(二)(1)のうち、当時、被告の代表取締役であった秋山議長が、本件総会の議長を務めたことは認め、その余は否認する。
同(2)は否認し、同(3)は争う。
(2) 本件総会の出席株主数は、役員株主などを含め四七五名であり、出席者については、到着順序に従って、まず第一会場に、次いで第一会場満席後第二会場に入場させていて、何ら株主によって区別していない。
また、定時株主総会は、株式会社にとって一年に一回開催される一大行事であり、株主総会が円滑に運営されることは、すべての株主のため、また、会社に関わりのある経済社会のため、極めて大切なことである。したがって、株主総会当日の不測の事態に備えて株主総会のリハーサルを行うことは、株主総会開催の準備として非常に重要であり、何ら問題となるものではない。
2 原告の主張2について
(一) 同(一)、(二)は争う。
(二) 取締役の退職慰労金も、在職中の職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二六九条の規制に服し、退職慰労金の支給について、無条件に取締役会に一任することはできないが、一定の基準に従って金額などの具体的決定を取締役会に委ねることができるとするのが確定した判例理論であり、本件決議2は、確立した判例理論から見て何ら問題とする余地のないものである。原告は、独自の立場から、商法二六九条違反を主張するにすぎず、確立された判例理論やこれに従う実務の現状を無視するもので、その実質は立法論的主張を展開するものにほかならない。
3 原告の主張3について
(一) 同(一)は、前記三1(一)、(二)に同じ。
同(二)は否認し、同(三)は争う。
(二) 仮に、本件決議2に原告が主張する取消事由があるとしても、瑕疵の程度はきわめて低く、決議に影響を及ぼすものでないことは明らかであるから、裁量棄却の事由(商法二五一条)があるというべきである。
四 争点
1 本件決議1に決議取消事由があるか。
(一) 本件決議1において、被告は、株主である原告の質問権を侵害したか。
(二) 本件決議1における議事進行及び決議方法は、著しく不公正といえるか。
2(一) 本件決議2に決議無効事由があるか。
(1) 本件決議2は、被告の定款に違反するか。
(2) 本件決議2は、商法二六九条に違反するか。
(二) 本件決議2に決議取消事由があるか。
(1) 本件決議2において、被告は、株主である原告の質問権を侵害したか。
(2) 本件決議2における決議方法は、著しく不公正といえるか。
第三 証拠
本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一、二ないし六、八の1、2、九、検乙二、三、検証、証人松枝、同楠及び原告代表者)によれば、次の事実を認めることができる。
1(一) 被告は、平成八年五月二〇日、取締役会を開催して本件総会の招集を決定し、同月一一日、株主に対してその旨の通知を発送した。ところが、その後、銅地金取引による損失問題が明らかになったことから、被告は、同年六月一四日、損失問題を関係当局やマスコミなどに公表した。また、被告は、損失問題に伴い、一億二〇〇〇万円の取締役賞与金及び二五〇億円の株式消却積立金の計上を取り止めるとともに、新たに一五〇〇億円の特別損失積立金を計上することにし、同月一九日、取締役会を開催して、第一号議案(第一二八期利益処分案承認の件)を修正し、第三号議案(利益による株式消却のための自己株式取得の件)を撤回する旨の提案を本件総会で行うことを決定した。
被告は、株主に、右の提案を事前に知ってもらうため、個別に通知を発することを検討したが、日程や株主数などの関係から個別の通知が不可能であったため、同月二〇日、右取締役会の決定事項を朝日新聞及び日本経済新聞の全国版に掲載し、本件総会に出席した株主には、会場において、第一号議案の修正と第三号議案の撤回の趣旨を説明した資料を配付した。
(二)(1) 被告は、損失問題がマスコミを通じて報道されたことにより、例年より多数の株主が本件総会に出席すると予想したが、既に招集通知を発送し終わっていたことから、この時点で会場を変更し、そのことを株主に通知することは不可能であった。
そこで、被告は、当初予定していた会場を「第一会場」とし、その西側の隣室を「第二会場」、第一会場の東側の部屋を「第三会場」として準備し、第一会場の座席を例年よりも小さな椅子に変更するなどしてこれに備えた。そして、第二会場には、大型モニターテレビ三台を配備するとともに、第一会場株主席の後方に二台(内一台は予備)及び議長席の後方に一台それぞれビデオカメラを設置し、株主席後方のビデオカメラは広報室の職員がそのそばで操作して株主席後方から議長席側を、また、議長席後方のビデオカメラはシステム統括部の職員が事務局席の隣室に設置されたモニターテレビの映像とマイクを通した音声を見聞きしながら操作して議長席後方から株主席側を撮影し、第二会場に設置されたモニターテレビを通じて、第一会場の状況を放映するようにした。また、議長が第二会場の状況を把握するため、第二会場内にテレビカメラを設置するとともに、第一会場の議長席背後の事務局席にモニターテレビを設置し、右モニターテレビに第二会場のテレビカメラの映像を映し出し、さらに、第一会場及び第二会場の直ぐ近くの議決権集計室と議長席後方の事務局席に、直通の電話回線を設置し、第二会場内の動きなどが電話で事務局に伝わるようにした。
第一会場及び第二会場などの位置関係、形状、議長席や役員席などの配置、モニターテレビやビデオカメラなどの配置状況は、別紙株主総会会場見取図のとおりである。
なお、被告は、本件総会をマスコミに公開するため、本件総会の会場と同じ建物の一〇階に一〇〇名程度収容できる部屋を用意し、第一会場の状況を映し出すため、モニターテレビを設置した。
(2) 被告は、会場の警備、警戒に当たるため、第一会場に警備員五名を配置するとともに、議場の広さから質問者にマイクを使用して発言してもらうため、議長が指名した株主にマイクを渡すために係員二名を配置し、これら二名の係員を含む案内係四名を配置した。また、第二会場には、案内係三名と警備員一名を配置し、第二会場の案内係三名は、株主に対する一般的な場内案内のほか、第二会場に質問者などがある場合に、速やかに第一会場に誘導するとともに、議長席の背後の事務局席に直通電話で連絡することになっていた。そして、これらの係員は、「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用していた。
(三) 被告は、本件総会に先立ち、東京で二回、大阪で一回、株主総会のリハーサルを実施し、東京でのリハーサルは、被告の役員が多数であることから、出席役員を二組に分けて二回実施され、いずれのリハーサルも、想定問答に従って、被告の従業員が質問をし、議長をはじめ役員がこれに回答するという形で行われた。また、大阪でのリハーサルは、本件総会の前日の午後五時から、被告の全役員と四、五〇名の従業員株主が出席して行われ、役員の入場、議長の報告、被告の従業員による想定問答に従った質問とそれに対する議長又は役員による回答など、本件総会の手順に従って実施され、その際、議長の報告の終了や付議などの議事進行の節目で、従業員株主から一斉に「異議なし」「了解」との発言がなされていた。
被告は、全議案について株主から一括して質問を受けた後、各議案を付議するという議事進行を予定していたが、各議案を付議した段階で株主からの質問があれば、適宜受け付けることとしていた。
2 本件総会の会場は、午前八時に開場し、被告の係員は、到着した株主から順次第一会場に入場させ、第一会場が満席となった時点で第一会場の扉を閉め、その後に到着した株主を第二会場に入場させた。被告は多数の株主が出席することを予想していたが、出席した株主はすべて第一会場及び第二会場に収容され、結局、第三会場を使用するには至らなかった。そして、第一会場の前半分に、一般の株主とともに、従業員株主が四、五〇名着席していた。
原告代表者は、午前九時四〇分ころ、本件総会の会場に到着し、受付を済ませると、被告の係員から、第二会場に誘導された。この時、係員から原告代表者に、それが第二会場であることについて特に説明はなく、第二会場に入場した後も、係員からそこが第二会場であることや質問の仕方などについて特に説明はなかった。
3(一) 本件総会は、定刻の午前一〇時に開会し、まず、事務局から出席株主数及び株式数などの報告がなされ、秋山議長が、銅地金取引による損失問題に関する経過、現状及び見通しについて説明し、役員全員が起立して、株主に対し陳謝したところ、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回についての趣旨説明をし、引き続いて、監査役から監査報告がなされたが、この時点で、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長が、第一二八期営業報告書、貸借対照表及び損益計算書の内容について報告すると、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがり、さらに、秋山議長が、損失問題についての管理体制を強化する旨を説明すると、一部の株主から「責任を取れ」という不規則発言があったものの、従業員株主を中心に一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、あらかじめ株主から提出されていた質問書に対して、一括して回答するため、橋本副社長を指名し、橋本副社長は、質問書に対して回答していったが、回答の節目で、一部の株主から不規則発言はあったものの、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。次いで、秋山議長は、松岡常任監査役を指名し、松岡常任監査役は、損失問題を発見できなかったことについて回答したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「了解」との声があがった。
秋山議長は、第一号議案の修正及び第三号議案の撤回を提案したところ、株主からも会社側の提案と同旨の動議が提出され、従業員株主を中心に「異議なし」「賛成」といった声があがり、これらを議案とすることが承認された。
(二) 秋山議長は、報告書、報告事項及び修正案を含む全議案について議場に質問、意見を促し、暫時株主からの質問を待ったが、第一会場及び第二会場の株主からは質問や意見は出なかった。そこで、秋山議長は、議案の審議に入り、第一号議案の修正議案を付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、第一号議案を修正案どおり承認可決した。秋山議長は、第二号議案、次いで、第三号議案の撤回を付議したところ、同様に、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがったので、これらについて承認可決された。
(三) 原告代表者は、第二会場で、同所に設置されたモニターテレビを通じて第一会場の様子を見ていて、秋山議長が全議案について議場に質問、意見を促したときも、誰かが質問すると思い、自ら質問することを考えていなかった。しかし、秋山議長が第一号議案について付議し、これが承認可決された時も、何ら株主からの質問がなされなかったことから、自ら質問をしようと思い、第二会場を見渡したところ、第二会場にいた係員がそれを見つけた。その係員は、原告代表者に質問をするのかどうかを確認した上、原告代表者を第一会場に誘導するとともに、直通電話で、議長席の背後の事務局へ連絡した。この間、第一会場では、第一号議案の修正議案、第二号議案及び第三号議案の撤回が付議され、いずれも株主の賛成多数により承認可決されていた。
秋山議長は、第四号議案を付議したところで、第二会場に質問者がいることを知り、議事の進行を止め、原告代表者が第一会場に入ってくるのを待って、原告代表者にマイクを渡すよう係員に指示した。
(四) 原告代表者は、第一会場の議長席から見て左手後方の左端に誘導され、被告の係員が原告代表者のために補助椅子を用意した。秋山議長から原告代表者に対し、質問者の名前の確認がなされた後、原告代表者は、第四号議案について質問し、損失問題について取締役の責任を明らかにするため、取締役の退任を求めたところ、秋山議長は、原告代表者を含めた株主らに謝罪した上、会社の信用を回復することが現在の責務であると回答した。
原告代表者は、秋山議長の回答の途中から、「あなたにはできない。」とか、「新しい方が追求したらいい。」などと発言し、他の株主からも不規則発言がなされたが、別の株主から「了解」との発言があり、さらに、「議事進行」との発言もあったことから、秋山議長は、第四号議案について付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「了解」との声があがり、第四号議案は承認可決された。原告代表者は、第四号議案についてさらに質問したいと考えていたが、秋山議長からの指名はなく、第四号議案が承認可決された後も、その場に腰掛けて第一会場にいた。
(五) 続いて、秋山議長は、第五号議案について議場に付議したところ、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」との声があがり、第五号議案は承認可決された。
原告代表者は、秋山議長が第五号議案を付議するや、右の「異議なし」「賛成」との発言とほぼ同時に、「できない、できない。」と発言し、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言って、秋山議長に発言を求めたが、この時議場は、「異議なし」「賛成」の声とともに、株主からの不規則発言もあって、やや混乱していたことから、原告代表者の発言は、秋山議長の席にまでは届いていなかった。また、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認したが、質問者がいるかどうかを確認するため、議場を見渡すということはせず、第五号議案の付議とともに、「異議なし」「賛成」との声があったことから、第五号議案の承認可決を確認し、株主総会の閉会を宣言した。
この間、原告代表者は、前記の発言に続けて、「秋山さん、発言させてくださいよ。」と言い、さらに、近くにいた係員に「マイク、マイク」などと言って、マイクを渡すよう求めたが、係員は原告代表者にマイクを渡さなかったので、原告代表者は、「秋山さん、発言ささんか、株主に。」などと言って発言を求め、さらに、「何でそんな人らに慰労金渡すんや。」「功労がないやろが。」などと言っていた。そして、秋山議長が、株主総会の閉会を宣言し、新任の取締役の紹介をしていたときも、原告代表者は、「取締役もやめろ。」「秋山さん、あなたねぇ。株主無視するんですか。」などと発言していた。
二 争点1(一)について
1 原告は、本件総会の開催に当たり、①株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書、口頭で説明していなかった、②第二会場の株主から質問がなされた場合、直ちに第一会場へ誘導できるよう配慮し、その間議事を一時中断するなどして、第二会場の株主が発言できるよう両会場の一体性を確保しなかった、③各議案の審議に入った後も、各議案ごとに第一会場の株主のみならず、第二会場の株主にも質問がないかどうかを促し、発言の機会を与えるため相当の猶予をおかなかったとして、株主である原告の質問権を侵害したと主張する。
2(一) 右①の主張について
一の事実によると、被告は、本件総会において、株主が会場に入場する前に、第一会場に出席して質問できることをあらかじめ文書ないし口頭で説明していないことを認めることができる。
しかし、原告代表者を含め本件総会に出席した株主は、被告の株主総会であることを認識して出席しているのであるから、会社としては、株主から質問の要求があれば、直ちにそれに対応できるような態勢を整えておけば足りるというべきところ、一1(二)(2)の事実によると、被告は、第二会場の株主についても、質問の要求があれば、第一会場に誘導して質問ができるような態勢を整え、原告代表者もそれに従って実際に質問をしているのであるから、原告主張の説明等ないことをもって直ちに株主である原告の質問権が侵害されたということはできない。
(二) 右②の主張について
一の事実によると、被告は、第二会場に事務局係員であることが分かるように「株主総会事務局」と表示した名刺大のプレートを左胸に着用した係員三名を配置し、同会場の株主から質問の要求があった場合、直ちに第一会場の事務局席に直通電話でその旨を連絡するとともに、質問のある株主を同会場に誘導して質問ができるよう配慮し、原告代表者もそれに従って第一会場に案内されて質問をしたこと、秋山議長は、第二会場に質問者がいるとの連絡を受けるや直ちに議事を中断して、原告代表者が第一会場に入場するのを待って、原告代表者に質問の機会を与えたことを認めることができるから、第一会場と第二会場が分断され、質問の機会を逸するような一体性に欠けていたとまで認めることはできない。
もっとも、原告代表者が第一会場に移動する間、第一会場では、第二号議案及び第三号議案の審議が進められ終了するに至っていたが、秋山議長は、本件総会において、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して株主に質問の機会を与えているし、原告代表者が第一会場に移動する時間もごくわずかで、第二会場の係員から議長への連絡にも多少の時間を要することも考慮すれば、この間、第一会場で議事が進行したとしても、これをもって、第一会場と第二会場の一体性が損なわれているとは到底いえない。
(三) 右③について
一の事実によると、本件総会において、秋山議長は、各議案の審議に入った後、各議案ごとに第一会場及び第二会場の株主に質問がないかどうかを促していないが、議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを、第一会場又は第二会場と議場を区別することなく議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたし、議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、質問を求めた原告代表者に質問の機会を与えていることが認められるから、被告は、第一会場のみならず第二会場の株主にも質問する機会を与えたものということができる。
3 したがって、被告は、本件総会において、株主の質問権に対する配慮を怠っていたとはいえず、原告の質問権を侵害したとも認め難いので、この点に関する原告の主張は理由がない。
三 争点1(二)について
1 原告は、被告が、本件総会に先立ち、従業員株主らと株主総会の議事進行について、あらかじめリハーサルをし、本件総会当日、従業員株主らを、第一会場の前半分の座席に着席させ、秋山議長と共謀の上、リハーサルどおり、秋山議長の提案に対し、瞬時に「議事進行」「異議なし」「了解」などと大きな声をあげさせて、他の株主に質問する余裕を与えないで議事を進めたとして、このような議事進行及び決議方法が著しく不公正であると主張する。
2(一) 被告が本件総会の前日に行った大阪でのリハーサルに、従業員株主も出席し、議長の報告や付議に対し、「議事進行」「異議なし」「了解」などと一斉に発言していたこと(この点について、証人松枝は、このようなことをさせていない旨の供述をしているが、右供述は、証人楠の供述に徴し採用し難い。)、本件総会の当日、従業員株主四、五〇名が第一会場の前半分に着席していたこと、本件総会において、これら従業員株主が、秋山議長らの報告や付議に対し、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などの声をあげていたことからすれば、このような従業員株主の発言は、被告が予定した株主総会の議事進行の一環と見ることができる。
(二) ところで、一般に、多数の株主が出席する大企業の株主総会において、円滑な議事進行が行われることは、会社ひいては株主にとって重要なことであり、特に、大企業の場合、いわゆる総会屋などによって株主総会の円滑な進行が阻害されることがあるなどの事情からすれば、会社が円滑な議事進行の確保のため、株主総会の開催に先立ってリハーサルを行うことは、会社ひいては株主の利益に合致することであり、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権(商法二六〇条一項)の範囲内に属する行為であるということができる。
しかし、リハーサルにおいて、従業員株主ら会社側の株主を出席させ、その株主らに議長の報告や付議に対し、「異議なし」、「了解」、「議事進行」などと発言することを準備させ、これを株主総会において実行して一方的に議事を進行させた場合は、株主の提案権(商法二三二条ノ二)や取締役・監査役の説明義務(同法二三七条ノ三)などの規定を設けて、株主総会の活性化を図ろうとした法の趣旨を損ない、本来法が予定した株主総会とは異なるものになる危険性を有するばかりか、一般の株主から質問する機会を奪うことになりかねないところがあるなど、株主総会を形骸化させるおそれが大きいともいえる。
したがって、従業員株主らの協力を得て株主総会の議事を進行させる場合、一般の株主の利益について配慮することが不可欠であり、右従業員株主らの協力を得て一方的に株主総会の議事を進行させ、これにより株主の質問の機会などが全く奪われてしまうような場合には、取締役ないし取締役会に認められた業務執行権の範囲を越え、決議の方法が著しく不公正であるという場合もあり得るということができる。
(三) 前記事実によると、本件総会において、従業員株主四、五〇名が、第一会場の前半分に着席し、秋山議長の報告や付議に対して、一斉に「賛成」「異議なし」「了解」などと声をあげて、議事を進行していることが認められるが、他方、秋山議長は、各議案の審議に入る前に、全議案について一括して質問を受け付けることを議場に示し、暫時株主からの質問を待っていたのであり、また、各議案の審議に入った後も、株主からの質問があれば、質問を受け付ける態勢をとり、現に、原告代表者に質問の機会を与えたように、一般の株主に質問の機会を与えていることが認められる。
右の事実によると、本件総会の議事進行及び決議方法は、議場の雰囲気とも相まって、一般の株主の質問の機会を事実上奪うおそれがあるなど、法が本来予定した株主総会のあり方に徴し、いささか疑問のあるところもないではないものの、右認定のような質問の受け付け方等の事実からすると、本件総会における決議の方法が著しく不公正であるとはいえない。
なお、原告は、従業員株主をリハーサルに参加させたことをもって、それ以外の一般株主と取扱を異にするもので不公正であると主張するが、従業員株主がリハーサルに参加したことにより株主として何らかの利益を受けたわけでもないから、株主平等の原則を損なうものではない。
よって、原告の主張はいずれにしても理由がない。
四 争点2(一)(1)について
原告は、本件決議2が被告の定款二〇条に違反することをもって、無効な決議である旨主張するが、決議の内容が、定款に違反したとしても、決議取消事由となるにすぎず(商法二四七条一項二号)、決議無効事由となるものではない。
よって、本件決議2が被告の定款に違反するかどうかについて判断するまでもなく、原告の右主張は失当である。
五 争点2(一)(2)について
1 退任取締役の退職慰労金も、それが報酬の後払いとしての性格を有する限り、商法二六九条にいう「報酬」に該当するが、退任取締役の退職慰労金について、明示もしくは黙示的にその支給に関する基準が存在し、株主総会が、右基準によって具体的な金額、支給時期、支給方法などを定めるべきものとして、その決定を取締役会に委任する決議をしても、取締役によるお手盛りの弊害は生じないから、このような株主総会決議は、商法二六九条に違反するものではない。
そして、被告には、役員退職慰労金算定基準が存在し(乙七)、本件決議2は、右の基準によって退職慰労金を支給することを取締役会に一任しているから、本件決議2は何ら商法二六九条に違反しない。
2 これに対し、原告は、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などからすると、右のような判例の見解は、時代の要請に合致しないし、また、この見解は、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提とし、本件総会のように、巨額の損失が発生している状況の下ではこの判例によることはできないとして、本件決議2が商法二六九条に違反すると主張する。
しかし、原告が主張するような、会社経営が安定し、従来の黙示的・明示的な支給基準を当てはめることが当期においても相当と考えられる状況を前提としているかどうかは、株主総会の決議により、退任取締役の退職慰労金の支給決定を取締役会に委任することが、商法二六九条に違反するかどうかということと関連を有するものではなく、また、一般個人が株式を保有する機会が増えている状況や、株式会社の所有者である株主に情報を公開すべきであるとの理念などによって、株主総会の右決議が影響を受けるものでもない。
よって、原告の右主張は、商法二六九条の解釈を誤った独自の見解といわざるを得ず、理由がない。
六 争点2(二)(1)について
原告は、前記二1と同様、株主の質問権が侵害されているから、本件総会決議2は、商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ法令ニ違反スル場合」に該当する旨主張する。
しかし、右主張に理由のないことは、前記二2判示のとおりである。
よって、原告の右主張は理由がない。
七 争点2(二)(2)について
1 原告は、秋山議長が、第五号議案を付議した後、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視し、顔を上げて、会場に質問者がいるかどうかを確認することもなく、從業員株主らがリハーサルどおり瞬時に行った「異議なし」の声に乗じて、右議案が可決されたものとみなしていること、仮に、原告代表者の声が秋山議長に聞こえていなかったとしても、それは、秋山議長が従業員株主らと共謀して、第五号議案を付議した後、瞬時に「異議なし」の大声が出されることにより、一般株主の声がかき消されることを予定しているとして、本件決議2が商法二四七条一項一号にいう「決議ノ方法ガ著シク不公正ナルトキ」に該当する旨主張する。
2(一) 前記一3(五)の事実によると、秋山議長は、第五号議案を付議した後、手元の進行表を確認していたため、視線を議場にやって、質問者がいるかどうかの確認をしていない。
この時、原告代表者は、第五号議案が付議されるや、「異議なし」「賛成」の声とほぼ同時に、「できない、できない。」と言い、株主票をあげて中腰の姿勢で「発言」「発言」と言っているが、原告代表者の発言は秋山議長にまで届いていないし(証人羽生は、原告の発言は秋山議長にまで届いていた旨供述しているが、同証人は、原告代表者のすぐ近くに着席し、秋山議長の近くに着席していたわけではないから、右供述の信用性には疑問がある。)、仮に秋山議長が原告代表者の発言を聞いたとしても、この時の原告代表者の発言内容や態度、他の株主からの発言などにより議場がやや混乱していたことからすれば、この時の原告代表者の発言は、客観的には不規則発言とみるべきもので、質問を求めていると認めることはできない。
したがって、秋山議長が、原告代表者が質問を求めていることを知りながらこれを無視したとは認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(二) また、秋山議長が第五号議案を付議すると、従業員株主を中心として一斉に「異議なし」「賛成」の声があがり、これは、被告が予定した議事進行によるものであるが、前記判示のように、秋山議長は、各議案を付議する前に、全議案について一括して株主の質問の機会を与えていたし、被告は、本件総会をマスコミに公開していたことなど前記事実に徴すると、秋山議長が従業員株主と共謀して、一般株主の声がかき消されることを予定していたとは認めるには至らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) もっとも、株主に対し質問の機会を広く与えるという見地からすれば、第五号議案を付議した際、質問者がいるかどうかを確認しなかった秋山議長の議事進行は、やや問題があったことは否めないが、前記三で判示したように、本件総会の議事進行をもって、「決議ノ方法ガ著シク不公正」であるとは認めることはできず、この点に関する原告の右主張は理由がない。
八 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官末吉幹和 裁判官小林邦夫)
別図<省略>