大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)54号 判決 1999年10月28日
原告
村山泰弘外八名
原告
株式会社岩崎経営センター
右代表者代表取締役
岩崎善四郎
原告
高木理子
外二名
原告ら訴訟代理人弁護士
井上善雄
同
市瀬義文
同
宇田隆史
同
小田耕平
同
大久保康弘
同
川村哲二
同
吉川法生
同
小山操子
同
阪口徳雄
同
辻公雄
同
乕田喜代隆
同
長野真一郎
同
中嶋弘
同
早川光俊
同
松村信夫
同
三木俊博
同
三木憲明
同
村山眞
被告
日本下水道事業団
右代表者理事長
定道成美
右訴訟代理人弁護士
川上英一
右訴訟復代理人弁護士
飯島康博
被告
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
金井務
右訴訟代理人弁護士
古曳正夫
同
田淵智久
同
今村誠
同
清水真
同
緒方延泰
被告
株式会社東芝
右代表者代表取締役
佐藤文夫
右訴訟代理人弁護士
西迪雄
同
向井千杉
同
富田美栄子
被告
三菱電機株式会社
右代表者代表取締役
北岡隆
右訴訟代理人弁護士
海老原元彦
同
廣田寿徳
同
島田邦雄
同
田路至弘
同
半場秀
同
田子真也
同
谷健太郎
同
本村健
被告
富士電機株式会社
右代表者代表取締役
沢邦彦
右訴訟代理人弁護士
成毛由和
同
成田茂
同
狐塚鉄世
同
石田英遠
同
藤田直介
同
日下部真治
同
戸谷博史
同
大串淳子
被告
株式会社明電舎
右代表者代表取締役
小島啓示
右訴訟代理人弁護士
奥原喜三郎
同
田中圭助
同
河合信義
同
奥村裕二
同
馬越節郎
同
河合敏男
同
水谷彌生
同
本藤光隆
同
喜多村勝徳
被告
株式会社安川電機
右代表者代表取締役
橋本伸一
右訴訟代理人弁護士
朝比奈新
右訴訟復代理人弁護士
渡辺法之
被告
日新電機株式会社
右代表者代表取締役
安井貞三
右訴訟代理人弁護士
田村公一
同
榎本哲也
同
小原健
同
水上洋
被告
神鋼電機株式会社
右代表者代表取締役
鈴木昭男
右訴訟代理人弁護士
入澤洋一
同
藤井文夫
同
池田健司
被告
株式会社高岳製作所
右代表者代表取締役
松永一市
右訴訟代理人弁護士
山近道宣
同
矢作健太郎
同
内田智
同
和田一雄
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、大阪府に対し、連帯して二億四六三八万六一五九円及びこれに対する平成八年三月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 本案前の答弁
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 本案の答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは大阪府(以下「府」ということがある。)の住民及び府内に住所を有する会社である。
被告日本下水道事業団(以下「被告事業団」という。)は、日本下水道事業団法に基づいて政府及び地方公共団体の出資により設立され、地方公共団体等の要請に基づき、下水道の根幹的施設の建設及び維持管理を行うこと等を目的とする法人である。
その余の被告ら(以下「被告九社」ということがある。)は、被告事業団発注に係る電気設備工事の請負等の事業を営む会社である。
2(一) 府は、平成三年七月一〇日、被告事業団に対し、同日付けの各協定(以下「本件委託協定」という。)によって左記の下水道施設の建設工事(以下「本件各工事」という。)を委託した。
(1) 田尻・泉南沿岸都市下水路吉見ポンプ場の電気設備工事(以下「吉見ポンプ場工事」という。)
(2) 泉南沿岸都市下水路中部ポンプ場の電気設備工事(以下「中部ポンプ場工事」という。)
(二) 被告事業団は、吉見ポンプ場工事については、平成三年八月八日までに指名競争入札を実施し、その結果に基づいて、同日付けで、被告日新電機との間で代金総額を五億四一七八万円とする請負契約を締結した。なお、このうち、汚水工事分は田尻町の負担となり、府の負担額は雨水負担分の四億九四四〇万円である。
(三) 被告事業団は、中部ポンプ場工事について、平成三年八月六日までに指名競争入札を実施し、同日付けで、被告明電舎との間で、代金を四億一五六〇万五〇〇〇円とする請負契約(以下、右(二)の契約とともに「本件各契約」という。)を締結した。ただし、平成五年三月九日付け契約で請負代金総額は、四億一一〇三万三〇〇〇円に変更された。
(四) 府は、被告事業団の請求に基づき、右代金(直接費)に加えて、被告事業団の管理諸費(間接費)を加算した金額を、被告事業団に対し、別紙のとおり、委託料として支払った。
3(一) 被告事業団は、電気設備工事を受注する資格のある業者として、かねてから、被告九社と、松下電器産業株式会社、横河電気株式会社、東洋電機株式会社、株式会社日昇製作所の四社をあわせた一三社を指名対象業者に選定してきた。しかし、被告九社以外の四社は、社団法人日本下水道施設業協会に所属していないため、アウトサイダーと呼ばれ、従前から、被告事業団発注の電気設備工事のほとんどすべてを被告九社が受注してきた。
(二) 被告九社による談合は、被告事業団設立以来、平成元年度までは、個別の契約ごとに行われていたが、平成二年度からは、同一年度内に被告事業団が発注を予定しているすべての電気設備工事の受注予定者を一括して決定するという方式の談合が行われるようになり、この方式は公正取引委員会が立入検査を行った平成五年度末まで継続して行われた。
(三) 平成二年度から五年度までの間の談合は、(1) 毎年三月の会合における「談合ルール」の確認、(2) 毎年六月の会合(被告らは平成三年度からはこれを「ドラフト会議」と呼んでいた。)における新件工事受注予定者の決定、(3) その後、各工事の発注までの間に(1)(2)の会合における決定事項を遵守するために行われる各種の措置(受注予定者から相指名者に対する入札価格の指示など)に大別される。
右「談合ルール」は、いわゆる継続工事については、被告事業団が従前の受注業者と随意契約を締結することに他社は干渉しないこと、及び被告九社の受注比率と、右比率計算の前提となる工事の範囲(新規工事の全部と継続工事の一部)についての合意等を主な内容としている。
(四) 被告事業団の工務部次長は、右の談合システムに関し、被告事業団が当年度において発注する予定の電気設備工事全部のリストを、各工事の予定金額とともに被告九社が構成する九社会の幹事に教示し、九社会における一括談合の成立を促進したばかりでなく、その後正式な予定価格が決定すると、その金額をも教示し、これによって受注予定者が予定価格一杯の価格で落札することを可能にした。
(五) 被告事業団発注の電気設備工事に関しては、右の組織的談合により受注競争が全く排除される結果、事実上、受注予定者一社だけが被告事業団の契約の相手方となり、しかも、この受注予定者に対しては予定価格が教示される結果、本来は競争によって形成されるべき価格の上限を意味する予定価格がほぼそのまま落札価格となってしまう結果が生じた。
これらの実態は、被告九社及びその担当者らに対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反被告事件(以下「刑事事件」という。)につき、東京高等裁判所が平成八年五月三一日した判決により明らかになった。
4(一) 本件各工事についても、被告九社は、平成三年度のいわゆるドラフト会議において、共同して本件各工事の締結に関わる自由競争を排除し、被告明電舎及び同日新電機を受注予定者とすることを合意し、その後、被告事業団の工務部次長が各予定価格を被告九社に教示し、被告らは、本件各工事の入札に際し、落札者を決定するとともに、契約価格を予定価格の限度一杯まで誘導して自由競争を排除するという不法行為を行った。
(二) 被告九社及び被告事業団は、被告九社の各担当者ないし被告事業団の工務部次長の不法行為につき、府に対し、民法七一五条に基づく使用者としての責任を負う。
5(一) 仮に、被告らによる右不法行為が存在せず、本件各工事の入札が公正な競争に基づいて行われていたならば、本件各契約の契約価格は少なくとも二〇パーセントは低下した筈であり、委託者たる府が被告事業団に支払うべき委託料も、その分だけ低下した筈である。
したがって、第一に、府は、吉見ポンプ場工事についての請負代金中、府負担分の四億九四四〇万円、中部ポンプ場工事についての請負代金中、府負担分の四億一一〇七万三〇〇〇円、総額九億〇五四七万三〇〇〇円の二〇パーセントに当たる一億八一〇九万四六〇〇円の損害を被った。
(二) 第二に、府が被告事業団に平成三、四年度に管理諸費として支払った金額を他の建設工事等と比例按分すると、吉見ポンプ場工事に関する部分は二六七〇万九一七三円、中部ポンプ場工事に関する部分は一八五八万二三八六円で、合計四五二九万一五五九円となり、これらは府の被った損害となる。
(三) 府は、本件住民訴訟を通じて被告らから右損害の補填を受けた場合には、原告ら訴訟代理人たる弁護士らに対し報酬を支払う義務を負担しているところ、その報酬額は二〇〇〇万円をもって相当とする。
(四) したがって、府は、右(一)、(二)、(三)を加算した二億四六三八万六一五九円の損害賠償請求権を被告らに対して有している。
6 原告らは、平成七年一一月二七日、大阪府監査委員に対し、府知事らは、被告らに対する不法行為に基づく右の損害賠償請求権の行使を怠っているとして、右損害補填の措置を講ずべきことを勧告することを求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。監査委員は、平成八年一月二六日、本件監査請求を棄却し、そのころ、これを原告らに通知した。
7 よって、原告らは、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号後段に基づき、府に代位して、怠る事実の相手方である被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として、連帯して、二億四六三八万六一五九円及びこれに対する訴状送達の日の後である平成八年三月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 本案前の主張
1 原告らの本件監査請求における主張は、要するに、被告らの談合という不法行為により、府が被告事業団に支払う委託料に係る支出負担行為、支出命令及び支出という財務会計上の行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権について、その行使を怠っていることを理由とするものである。かような監査請求については、右の財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準に監査請求期間の規定が適用される(最二小判昭和六二年二月二〇日・民集四一巻一号一二二頁、以下「昭和六二年判決」という。)。
そして、右の財務会計上の行為は、遅くとも、本件各契約に基づく最終の委託料が被告事業団に支払われた平成五年九月一〇日には終了しているから、それから一年以上経過した平成七年一一月二七日にされた本件監査請求は、法二四二条二項所定の期間経過後にされたもので、不適法である。
そうすると、本件は、適法な監査請求を経たものではないから、不適法である(法二四二条の二第一項)。
この関係を詳論すると、次のとおりである。
(一) 原告らの主張に従って、委託料が不当に高額であったというのであれば、委託料に係る財務会計上の行為は、普通地方公共団体は必要最小限度の経費しか支出してはならない趣旨を定めた地方財政法四条、法二条一三項、同趣旨と解される法二三四条に違反することになる。また、本件委託協定も、民法九〇条、九一条により違法、無効であるか、又は、詐欺により取り消し得べき瑕疵を有するものとして違法ということになる。府は、本件委託協定について、右取消し又は錯誤無効若しくは公序良俗違反による無効を主張できることになるから、債務が確定していないのにした支出は法二三二条の四第二項に違反するともいえる。これらの違法は、財務会計職員の知不知にかかわらず成立する。
このように、原告らの主張する損害は、結局、右の違法な財務会計上の行為がされて初めて発生するものであるといわざるを得ない。
(二) 法二四二条一項所定の怠る事実の監査請求については、同条二項所定の監査請求期間の規定の適用がない旨判示した最三小判昭和五三年六月二三日・集民一二四号一四五頁、判例時報八九七号五四頁(以下「昭和五三年判決」という。)があるが、右判決と昭和六二年判決を比較すると、結局、実体法上の請求権の行使を怠る事実があるとする監査請求については、特定の財務会計上の行為を違法として監査請求する余地がある限り、昭和六二年判決が妥当し、それ以外の場合にのみ昭和五三年判決が妥当すると考えるべきである。原告らが自らの主張をどのように構成しようと、違法な財務会計上の行為があり、その財務会計上の行為について監査請求することによって是正措置をとる機会があり、同一の目的を達し得た場合には、右財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として監査請求期間の規定の適用があると解すべきである。
(三) なお、最三小判平成九年一月二八日・民集五一巻一号二八七頁(以下「平成九年判決」という。)は、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右財務会計上の行為があった時点ではいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として地方自治法二四二条二項の規定を適用すべきである旨判示する。しかし、本件においては、平成九年判決の事案のような起算点を遅らせる特段の事情はない。
2 公正取引委員会は、平成七年七月一二日、被告九社に対し、被告事業団が発注する平成四年度特定電気設備工事及び平成五年度特定電気設備工事の各入札に際し、原告らが主張するように被告九社が談合して落札者を予め決定していたことが、独占禁止法所定の不当な取引制限に該当するとして、課徴金の納付を命じた。そして、右事実は、同年七月一三日付けの新聞各紙で報道された。そうすると、原告らは、遅くとも、平成七年七月一三日には委託料に係る財務会計上の行為が違法にされたことを知り得たのに、その後四箇月を経た後、本件監査請求をしたことになる。原告らが監査請求期間を徒過したことについて、法二四二条二項ただし書所定の正当な理由(以下「正当な理由」という。)もない。
3 怠る事実についての違法性の存在は訴訟要件と解すべきところ、府には損害賠償請求権は発生し得ないし、府が損害賠償請求権を取得している可能性があっても、それを行使するか否かは裁量に属するから、怠る事実に違法性がない。
三 本案前の主張に対する認否、反論
1(一) 原告らは、委託料に係る財務会計上の行為の違法を問題としているのではなく、右財務会計上の行為とは別個にされた談合の違法を問題としている。本件監査請求は、右談合が違法であることに基づいて発生する損害賠償請求権の行使を怠っていることを問題とするものである。
財務会計上の行為の違法とは、客観的違法では足りず、財務会計職員に対する帰責事由としての違法性を意味するところ、本件において、府の財務会計職員は、被告らが談合していたことを知り得なかったから、違法な財務会計上の行為は存在しない。
不真正怠る事実か真正怠る事実かは、財務会計上の行為の違法、無効を理由とする監査請求と怠る事実を理由とする監査請求とが表裏の関係にあるか否か、あるいは実質的に同一か否かで判断されるべきである。
被告らが主張するような財務会計上の行為(被告事業団との委任契約)の違法、無効を主張する場合は、当該財務会計上の行為の相手方すなわち被告事業団のみが請求の相手方となり、予算執行権限を有する財務会計職員に与えられた裁量を逸脱すること、すなわち、当該事務の目的、効果と関連しない支出であったり、社会通念上目的効果との均衡を欠く場合であることが必要となる。これに対し、原告らが代位して行使している請求権の相手方は、被告事業団のみならず、実際に落札して被告事業団と本件各契約を締結した被告明電舎、被告日新電機、更には、受注調整に協力した他の被告らすべてを含み、その要件は、談合という違法行為、関連共同性、故意、因果関係など、被告らがいう財務会計上の行為の違法、無効を主張する場合と異なる要件が加わる。
このように、被告らがいう財務会計上の行為の違法、無効の主張と原告らの共同不法行為の主張は、要件、効果のいずれの点でも実体的に同一でなく、むしろ異なる請求である。
(二) いわゆる不真正怠る事実について当該行為のあった日又は終わった日から監査請求期間の規定を適用するのは、財務会計上の行為の法的安定性を図るためであるとされるが、監査請求が財務会計上の行為の違法、無効又はこれを前提とする主張をするものでない以上、何ら財務会計上の行為の効力が左右されるものではないから、その法的安定性を害さない。法的安定性は、行為の相手方を保護するものではない。
(三) 仮に監査請求期間の規定を適用するにしても、現実に府が損害賠償請求権を行使できるようになった時点が起算点となるべきである(平成九年判決)。
2 被告らの本案前の主張2は争う。仮に本件監査請求が監査請求期間を徒過したものであるとしても、法二四二条二項ただし書の正当な理由がある。被告らの談合の事実が一般にある程度明らかになったのは、被告事業団が発注する平成四年度及び平成五年度の工事について、公正取引委員会による起訴の後、東京高等裁判所において平成七年一一月二〇日、刑事事件の第一回公判期日において冒頭陳述がされた後である。しかも、右時点においても、談合の概要が充分把握されていたものでもない。
3 被告らの本案前の主張3は争う。
四 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2の事実は、府が被告事業団との間で、平成三年七月一〇日本件委託協定を締結したこと、及び被告事業団が吉見ポンプ場工事について被告日新電機と、中部ポンプ場工事について被告明電舎と、それぞれ請負契約を締結したことは認め、その余は不知。
3 同3ないし5は否認ないし争う。
4 同6については、被告東芝、同高岳製作所、同明電舎、同安川電機、同富士電機、同日新電機は認め、被告三菱電機、同神鋼電機、同事業団、同日立は不知。
理由
一 請求原因2の事実のうち、府が被告事業団との間で、平成三年七月一〇日、本件委託協定を締結したこと、被告事業団が吉見ポンプ場工事について被告日新電機と、中部ポンプ場工事について被告明電舎とそれぞれ請負契約を締結したこと、以上は、当事者間に争いがない。
そして、右事実と、甲一、一〇、乙1の一ないし八及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2のその余の事実、同1、6の事実が認められる。
二 被告らの本案前の主張1について
1 監査請求の対象となる怠る事実が何であるか、すなわち、行使を怠る「財産」が何であるかは、当該監査請求において監査請求人が特定すべきものであり、右怠る事実が何であるか、すなわち、右「財産」が何であるかは、監査請求人の意思によってのみ決せられるものである。行使を怠る「財産」が実体法上の請求権である場合でも、それがどのような請求権であるかは、訴訟物の特定と同様、あくまで、監査請求人の意思が何であるかを基準に決すべきであり、請求人の意思と離れて、客観的合理性の観点から決すべきものではないのである。そして、法二四二条一項の規定によれば、違法又は不当な財務会計上の行為があった場合と公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があった場合とが何ら区別されずに監査請求の対象とされているから、監査請求人は、これらの中から自らの意思で監査請求の対象となるものを選択して特定することになり、これは、実体法上の請求権の行使を怠ることを主張する場合でも同様であるといわなければならない。このように、監査請求人は、当該行為の違法又は不当と、怠る事実の違法又は不当のいずれか又は両方を、自らの意思で選択して主張できるものであって、これがあくまでも、原則である。
2 また、同条二項において、財務会計上の行為の違法又は不当を主張する監査請求にあっては、当該行為があった日又は終わった日から一年という監査請求期間の制限に服するのに対し、違法又は不当に怠る事実を主張する監査請求については同項による監査請求期間に服さないことも明文上明らかである。怠る事実に係る監査請求について監査請求期間の制限がないことについては、昭和五三年判決がこれを明らかにしている。
3 ところで、監査請求人が特定の財務会計上の行為の違法を主張した監査請求において、右の財務会計上の行為が違法、無効であることにより地方公共団体が損害賠償請求権、不当利得返還請求権を有するに至る場合には、監査委員において、その是正措置として、右の各請求権を行使するように勧告できるもので、右の対象となる損害賠償請求権や不当利得返還請求権は、違法な財務会計上の行為の直接の相手方に対するものに限られず、財務会計上の行為が違法、無効であることに起因し、あるいはこれに関係するものも広く含まれるものというべきである。そうすると、特定の財務会計上の行為の違法を主張する監査請求は、通常、右の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づく損害賠償請求権や不当利得返還請求権等の実体法上の請求権の行使を怠ることを主張する監査請求と表裏の関係になり、実質的には後者の監査請求も含まれているとみることができる。かような関係を前提とすると、監査請求人の主張の構成の仕方如何で、右の実体法上の請求権の行使を怠る事実のみを監査請求人が主張した監査請求について、前記の原則に従って監査請求期間の制限に服さないとすると、法が二四二条二項によって監査請求の期間の制限を設けた趣旨が没却されることは確かである。昭和六二年判決は、次のとおりの判示をしており、昭和五三年判決が妥当する監査請求を真正怠る事実と称するのに対し、かような場合を不真正怠る事実と称する。
① 「普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為を違法、不当であるとしてその是正措置を求める監査請求をした場合には、特段の事情が認められない限り、右監査請求は当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を当該普通地方公共団体において行使しないことが違法、不当であるという財産の管理を怠る事実についての監査請求をもその対象として含むものと解するのが相当である。」
② 「普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法二四二条一項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。」
4 ただし、不真正怠る事実の監査請求であっても、財務会計上の行為が違法、無効であることによる実体法上の請求権が財務会計上の行為がされた時点では未だ発生していない場合、又はこれを行使することができない場合には、財務会計上の行為がされた時点を基準にして監査請求期間の制限に服するとするのは明らかに不合理であるから、かような場合には、やはり不真正怠る事実であって監査請求期間の制限に服するのではあるが、その起算点は、右の実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準とすべきことになると解される。この理を明らかにしたのが、平成九年判決である。
5 このようにみてくると、まず、地方公共団体の有する実体法上の請求権の中には、様々のものがあるが、例えば、公有財産の窃盗、横領、及び無断使用等による損害賠償請求権のように、契約その他の支出負担行為、支出命令及び支出等の財務会計上の行為が介在しない事実的侵害に基づくものについては、監査請求人は、右請求権の行使を怠っていることを主張する監査請求を、真正怠る事実に該当するものとして、法二四二条二項の期間の制限に服さずに消滅時効が完成するまですることができるのであり、この点については、ほぼ異論のないところと考えられる。
6 次に、右の昭和六二年判決の前記判示②が妥当する不真正怠る事実の監査請求の範囲については、検討を要する。まず、前記判示②の説示のみに照らすと、監査請求人が怠る事実の対象として主張する実体法上の請求権が、監査請求人の具体的な主張の有無にかかわらず、法律的に財務会計上の行為が違法、無効であることを前提とする場合、すなわち、右実体法上の請求権の請求原因事実として、法律的に、何らかの違法な財務会計上の行為の存在を観念せざるを得ない場合には、すべて、不真正怠る事実の監査請求として、監査請求期間について、その財務会計上の行為を基準に法二四二条二項の期間制限に服するとの考え方もあり得るのではないかと考えられる。
しかしながら、期間制限に服する不真正怠る事実の監査請求とは、結局、特定の財務会計上の行為の違法、不当を主張する監査請求と表裏の関係にある監査請求に限られるものというべきであり、昭和六二年判決にいう「当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権」に該当するか否かの判断も、かような観点から決すべきものと考えられる。そして、少なくとも、具体的な欺罔行為による詐欺に基づいて地方公共団体が違法に高額の支出の原因となる契約を締結し、これにより地方公共団体が被った損害賠償請求権の行使を怠っていると監査請求において主張されるような場合には、確かに、地方公共団体が被った損害との関係で、契約代金が適正価格よりも高額であって、その代金を支出した事実が右損害賠償請求権の請求原因事実となる関係にあり、違法に高い金額で契約を締結したという財務会計上の行為が地方財政法四条等に違反して違法というべきであるけれども(違法判断には財務会計職員の主観的要素は考慮されない。なお、支出命令や支出の違法性は、後記のとおり契約の有効性に係る。最三小判昭和六二年五月一九日・民集四一巻四号六八七頁参照)、なお、真正怠る事実の監査請求として、監査請求期間の制限はないものと解すべきである。
けだし、昭和六二年判決は、前記のとおり、監査請求の対象は、監査請求人が自らの意思で決すべきものであるとの原則を前提とした上、特定の財務会計上の行為が違法であるとする監査請求をすれば、それには、通常、右の違法に基づく実体法上の請求権の行使を怠る事実の監査請求も実質的に含まれており、監査請求人としてはそれにより右の請求権の行使を怠ることによる監査請求の目的も達成する筈であること、にもかかわらず、後者の監査請求のみをした場合には監査請求期間の制限がないとすると右制限の趣旨を没却することになるとの観点から判示したものであると解される。ところが、前記のように詐欺に基づいて地方公共団体が違法に高額の契約を締結したことによる損害賠償請求権の行使を怠っていることを理由とする監査請求においては、そこで問題とされている監査請求の具体的対象は、具体的な欺罔行為の事実の有無とそれと因果関係を有する損害の有無、程度であって、かような監査請求が、単に財務会計職員が違法に高額の契約を締結したことのみを理由とする監査請求と表裏の関係にあるとは、言い難い。後者の監査請求において、法律上はともかく、実際に、前者の監査請求に係る損害賠償請求権の存在やその行使の勧告があることが果たして期待できるであろうか。監査委員が詐欺の存在の可能性に思い至ることが仮にあったとしても、監査期間には六〇日以内との制限があり(法二四二条四項)、監査委員には強制捜査権限はないのである。また、かような監査請求の対象である実体法上の請求権は、そもそも、違法に高額の契約を締結したことに基づくものではなく、地方公共団体に対する詐欺行為に基づく詐欺の行為者に対する損害賠償請求権にほかならないというべきであり、それ故、賠償責任の主体も要件も異なる。このような監査請求においては、単に契約を締結した者が適正価格でしたか否かを問題にするのではなく、欺罔行為の存在やそれによる損害を審査すべきもので、監査請求としては、実際に、かような是正措置が期待されているのである。このような監査請求は、むしろ、窃盗や横領により公有財産を侵害されたことに基づく損害賠償請求権の行使を怠っていることを理由とする監査請求と実質的にも同視できるのであって、このように解しても、財務会計上の行為の法的安定性を害することにはならないから、法が監査請求期間を設けた趣旨を没却することにはならないと考えられる。
7 かような観点から、本件監査請求及び原告らの主張を検討すると、次のとおりである。
本件監査請求の請求書(甲一〇)によれば、本件監査請求は、被告九社が被告事業団から工事の件名及び発注予定金額の提示を受けた上で受注予定者を決定し、入札価格を調整するという談合をしていたこと、仮に受注業者間の公正な競争が確保されていたとすれば落札価格は二〇パーセント以上は安くなっていた筈であること、被告らは談合という共同不法行為を通じて契約金額を不当につり上げることにより工事委託者として最終的にこの契約代金を負担した府に対して損害を与えたものであるから、府は不法行為者らに対して損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)を行使すべきである、ところが、府はその行使を怠っているということを理由としてされたものであることが明らかである。
このように、本件監査請求の対象である本件請求権は、結局のところ、被告らが府を欺罔して、公正な競争により契約金額が決定されたものと府を誤信させて高い委託料を支出させたことを内容とする不法行為に基づく損害賠償請求権であるから(原告らの主張する事実関係からすれば詐欺が成立することは、被告日立及び同安川電機も主張するところである。)、前判示したところに従えば、本件監査請求は、いわゆる真正怠る事実についてのものであって、法二四二条二項所定の監査請求期間は、その適用がないというべきである。
8 確かに、本件請求権は、府が結果的に違法に高い委託料を支払ったことによる損害賠償を求めるものであり、原告らの主張を前提とすると、府が被告事業団に特定の額の委託料を支払うことについての何らかの支出負担行為が観念できる筈であり(それが府と被告事業団との間の本件委託協定の締結を指すのか、それともそれ以外の代金を決定する何らかの支出負担行為があるのかは問題であり、後記のとおり、むしろ、証拠上は、被告事業団が実施した入札結果を府との間で反映させる行為が存在するとはいえないのであるが、ここでは、あくまでも原告らの主張を前提にする。)、結局、右の支出負担行為は違法であるということになるが、既に判示したとおり、この点があるからといって、本件請求権が右支出負担行為が違法であることに基づく実体法上の請求権ということにはならないと解される。
なお、本件委託協定の委託料の支払についての支出命令及び支出は、本件委託協定が無効である場合に初めて違法となるものであるところ(前掲最三小判昭和六二年五月一九日)、本件請求権の請求原因事実として、本件委託協定が無効であること、すなわち、本件委託協定に無効事由があることは必ずしも必要ではないから、本件請求権が右の支出命令や支出の違法、無効に基づくものではないというべきである。
三 被告らの本案前の主張3について
既にみたとおり、原告らは、本件監査請求においても、本件訴訟においても、本件請求権の行使を怠る事実が違法であることを主張しており、その違法性の有無は、本案において判断される事柄であるから、被告らの本案前の主張3は理由がない。
四 本案について
1 前記一の争いのない事実に、証拠(甲一一、一二、乙1の一ないし八、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨(なお、被告事業団は、その主張において、同被告が実施する入札結果如何によって、府が同被告に支払う委託料の額には影響がないことを自認している。)を総合すると、府の被告事業団に対する本件委託協定に基づく委託料の支払について、次のとおり認められる。
(一) 府は、平成三年七月一〇日、被告事業団との間で、本件委託協定を締結し、これによって、吉見ポンプ場工事及び中部ポンプ場工事を被告事業団に委託した。本件委託協定は、基本協定を締結した後に各年度の実施協定を締結するという方式ではなく、単年度協定方式によっている。
日本下水道事業団業務方法書(乙1の一)及び受託業務費用負担細則(乙1の二)によれば、被告事業団は、下水道施設の建設を行うときは、これに要する費用を委託地方公共団体に負担させるものとし、その費用の範囲は、① 工事の施行に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費、② 工事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費、③ 建設業務の処理上必要とする一般管理費、④ その他建設業務の処理に伴い必要を生じた費用となっている。また、下水道施設の建設に係る受託費は、右①の合計額と金額により区分された一定の率(管理諸費率)を乗じて得た金額の合計額とされている(乙1の二の三条)。
また、本件委託協定の協定書(乙1の四、五)においては、本件各工事についての施行に要する費用の金額とその内訳(七条一項)、賃金又は物価の変動等により右金額では建設工事を完成させることが困難であると認めるときは、府と被告事業団が協議して、右金額を変更し、又は委託の対象若しくはその内容を変更するため、協定を変更するものとすること(七条二項)、施行に要する費用のうち平成三年度国庫補助対象額及び平成三年度府単独事業費に係る資金計画については、府と被告事業団とが協議してこれを定め、所要金額を決定すること(八条一項)、府は右の資金計画に基づき、被告事業団の請求により、所要金額を被告事業団に前金払いすること(八条二項)、施行に要する費用のうち債務負担行為額に係る資金計画及び支払方法等については、別に府と被告事業団が協議して定めること(八条三項)、被告事業団は、工事が完成したときには、費用の精算を行うこと(一一条)等が定められている。
(二) 被告事業団は、吉見ポンプ場工事について、平成三年八月八日までに、指名競争入札を実施し、被告九社らがこれに参加して、被告日新電機が落札した。被告事業団は、同日付けで、被告日新電機との間で、代金五億四一七八万円で工事請負契約を締結した(乙1の六)。
被告事業団は、中部ポンプ場工事について、同月六日までに、指名競争入札を実施し、同じく、被告九社らがこれに参加し、被告明電舎が落札した。被告事業団は、同日付けで、被告明電舎との間で、代金四億一五六〇万五〇〇〇円で工事請負契約を締結した(乙1の七)。
(三) その後、本件各工事はいずれも完成し、府は、被告事業団に対し、委託料として、別紙のとおり、吉見ポンプ場工事について平成五年三月三一日までに合計四億九四四〇万円を、中部ポンプ場工事について平成五年九月一〇日までに合計四億一一〇七万三〇〇〇円を支払い、いずれも本件委託協定及び日本下水道事業団受託業務精算事務処理要領(乙1の三)に基づく精算も終了済みとして処理されている。
(四) ところで、被告事業団と府との間においては、本件委託協定に基づく各委託料は、建設省(都市局)下水道機械・電気設備請負工事・工事費積算要領及び同積算基準等の所定の積算方法により、予定価格(直接費)と管理諸費(管理諸費率を乗じた金額)の合計額として、本件委託協定の締結時に既に具体的に決定されており、その後、予定されている精算とは、単に、右のとおり決定された金額と実際の支払額との過不足が精算されるだけで、被告事業団が工事業者(被告明電舎、同日新電機)に支払った各請負契約に基づく代金額の如何により、府が被告事業団に対して支払うべき委託料、又は府が被告事業団から支払を受ける精算金の額が変動するものとはされていない。
2 右1の認定事実によっても、被告事業団が実施する入札結果、すなわち、その落札金額が、府が被告事業団へ支払う委託料の額に反映される関係にあるとは認め難く、他に、右入札結果が委託料の額に反映する関係にあることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、既にみたように、原告らは、被告事業団の行う入札結果が府が被告事業団に支払う委託料の総額に反映されるものであることを前提とした主張をしているのであるが(請求原因2の(四)、5の(一))、このように、被告事業団が行う入札は、専ら被告事業団の受ける利益の額を左右するものにすぎず、その当否は別にして、結局、原告らの主張する談合による入札における競争の阻害によって府に損害が発生する関係にはないといわざるを得ない。したがって、原告らが主張するような談合があったとしても、府は、それによって損害を被ることはあり得ないということになる。
3 以上のとおりであるから、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
五 よって、原告らの本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官八木良一 裁判官青木亮 裁判官谷口哲也)
別紙<省略>