大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)66号 判決 1997年7月29日
大阪市北区堂島二丁目一番一八号
原告
西谷観光開発株式会社
右代表者代表取締役
前田榮熙
右訴訟代理人弁護士
榊原正峰
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
塚原聡
同
石井洋一
同
奥光明
同
内藤元子
大阪市中央区大手前二丁目一番二二号
被告
大阪府
右代表者知事
山田勇
右指定代理人
尾崎眞理
同
森口昌彦
同
香川幸一
同
浅倉静司
同
新道英樹
同
今野聡
同
花谷秀樹
大阪市中央区中之島一丁目三番二〇号
被告
大阪市
右代表者市長
磯村隆文
右訴訟代理人弁護士
千保一廣
同
江里口龍輔
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告国は、原告に対し、金一億二七一八万五二〇〇円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告大阪府は、原告に対し、金四五〇六万五五〇〇円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告大阪市は、原告に対し、金一三九七万八七〇〇円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、後記基本協定書にかかる収益が第三者に帰属しており、北税務署長が右事実を知っているにもかかわらず、あるいはこれを過失により知らずに、原告に帰属しているものとしてした法人税にかかる更正決定等は無効であり、また、右北税務署長の誤った判断を前提になされた大阪府北府税事務所長及び北区長の法人府(市)民税等にかかる更正決定等も無効であるとして、納付した税金相当額の返還を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、ゴルフ場の開発経営等を目的として昭和五九年九月二二日設立された株式会社であり、青色申告の承認を受けて法人税の申告をしていた。
2 原告と訴外株式会社大林組(以下「大林組」という。)との間で、昭和六三年一二月一二日付けで「基本協定書」と題する契約書(その要旨は、兵庫県川辺郡猪川町内所在のゴルフ場(以下「猪名川ゴルフ場」という。)予定地のうち約一四万三〇〇〇平方メートルの土地について、地権者らとの間で得た所有権及び売買予約上の地位等一切の権利を原告が大林組に精算金一〇億円で譲渡するというもの。以下「本件基本協定書」という。)が作成され、大林組は、右協定書に基づき、次のとおり合計一〇億円を支払った。
昭和六三年一二月二六日 六億二〇〇〇万円
平成元年一月二三日 五〇〇〇万円
同年二月二八日 三億円
同年三月二七日 三〇〇〇万円
3 原告は、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)について、平成元年五月三一日、北税務署長に対し、所得金額を欠損金三三一三万五一〇六円、差引所得に対する法人税額〇円などとする確定申告をし、北府税事務所長(大阪府税条例第二の二、大阪府税規則第二条により知事から権限の委任を受けている。)に対し、所得金額を欠損金三三一三万五一〇六円、法人の府民税法人割額〇円、均等割額三万円、法人の事業税額〇円などとする確定申告をした。なお、大阪市北区長は、大阪市市税条例一四二条、大阪市市税条例施行規則第二条により、大阪市長から、市税にかかる徴収金の賦課徴収に関する事務の権限の委任を受けている。
4 本件各処分
(一) 本件基本協定書にかかる収益は二億五〇〇〇万円(以下「本件収益」という。)であるところ、北税務署長は、原告に対し、本件収益が計上漏れとなっているなどとして、平成二年一〇月三〇日、次のとおり、本件事業年度の法人税について更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした。
法人税本税 八四五九万八四〇〇円
重加算税 二九六〇万六五〇〇円
(二) 大阪府北府税事務署長は、原告に対し、右更正決定が確定したことから、平成三年一月二五日、次のとおり原告の本件事業年度の法人府民税及び法人事業税の更正決定及び賦課決定をした。
法人府民税本税 五〇八万四三〇〇円
法人事業税本税 二六二二万五三〇〇円
重加算金 九一七万八七〇〇円
(三) 大阪市北区長は、原告に対し、(一)の更正決定が確定したことから、同年三年二月二八日、次のとおり原告の当該事業年度の法人市民税の更正決定をした。
法人市民税の法人税割額 一二四五万六七〇〇円
(以下、以上の(一)ないし(三)の更正決定等を「本件各処分」という。)
5 原告は、前項の各決定に基づき、次のとおり税金を納付した。
(一) 被告国に対し
(1) 平成三年三月二二日
法人税本税 五〇〇〇万〇〇〇〇円
(2) 平成三年五月三一日
法人税本税 三四五九万八四〇〇円
重加算税 二九六〇万六五〇〇円
延滞税 一二九八万〇三〇〇円
(二) 被告大阪府に対し、平成三年五月三一日
(1) 府民税本税 五〇八万四三〇〇円
延滞金 七四万三二〇〇円
(2) 法人事業税本税 二六二二万五三〇〇円
重加算金 九一七万八七〇〇円
延滞金 三八三万四〇〇〇円
(三) 被告大阪市に対し、平成三年五月三一日
法人市民税の法人税割額 一二四五万六七〇〇円
延滞金 一五二万二〇〇〇円
6 原告は、本件各決定について、適法な申し出期間内に異議申立及び審査請求をしなかった。
7(一) 法人の府民税については、法人税割額と均等割額とを合計した額が府民税として課税される(地方税法二三条一廣、二四条一項)。知事は、確定した法人税額又はその課税標準額を基礎として、法人の府民税及び事業税を算定することとされ、法人税額又はその課税標準額が更正された場合に、これを受けて更正すべきものと定められている(地方税法五五条一項、七二条の一二、七二条の一四第一項、七二条の三九第一項)。重加算金を徴収する場合においては(地方税法七二の四七第一項)、課税標準の基礎となるべき事実について仮装隠ぺいが行われたか否かは、原則として法人税において仮装隠ぺいの事実があるものとされたか否かによって判定すべきものとされている。
(二) 法人市民税については、法人均等割額及び法人税割額を合計した額が市民税として課される(地方税法二九二条一項、二九四条一項)。市長は、確定した法人税額又はその課税標準額を基礎として、法人税割額を算出することとされ、法人税額又はその課税標準額が更正された場合に、これを受けて更正すべきものと定められている(地方税法三二一条の一一)。
二 争点
1 課税処分の無効原因
重大な瑕疵があれば無効となるか、それとも、重大かつ明白な違法がある場合に無効なるか。
2 本件各処分には重大かつ明白な瑕疵があるか。
(一) 原告の主張
本件基本協定書にかかる権利の実質的な譲渡人は訴外山崎忠こと高熙蔵(以下「山崎」という。)であり、原告は名義を貸したものにすぎない。したがって、本件収益は山崎あるいは同人が取締役をしている訴外日本都市企画株式会社(以下「日本都市企画」という。)に帰属している。原告代表者は、北税務署の調査に際し、担当者に対して、その旨説明し、被告国において右事実を熟知していたにもかかわらず、あるいは調査をすれば右事実を容易に知りえたにもかかわらず、本件各処分がなされたものである。
(二) 被告らの主張
本件基本協定書、領収書及び原告の帳簿の各記載内容、原告の経理処理状況、山崎と原告の関係からすると、本件収益は原告に帰属しており、また、仮に山崎に帰属しているとしても本件各処分に明白な瑕疵があるとはいえない。
第三争点に対する判断
一 課税処分の無効原因について
課税処分が法定の処分要件を欠く場合には、まず法定期間内に行政上の不服申立てをし、次ぎに法定期間内に取消訴訟を提起すべきであって、期間徒過後は不可争力を生じ、当該処分の内容上の瑕疵を理由にその効力を争うことはできない。右原則は、比較的短期間に大量的になされる課税処分を可及的速やかに確定させることにより、徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとする要請に基づくものである。したがって、国民の権利保護の要請から、行政上の不服申立手続の経由や出訴期間の遵守を要求しないで、当該処分の効力を争うことができる例外的場合を認めるとしても、慎重でなければならず、重大かつ明白な瑕疵がある場合にのみ当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴訟が許されるべきである。
すなわち、課税処分が当然に無効であるというためには、<1>当該処分における内容上の瑕疵が課税要件の根幹にかかるものであって(瑕疵の重大性)、かつ、<2>右瑕疵が、処分関係人の知、不知とは無関係に、また、権限ある国家機関の判定を待つまでもなく、何人の判断によっても、ほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであること(瑕疵の明白性)を要すると解するのが相当である。したがって、課税庁において、より詳細な調査を行ったならば、判明したであろう事情(それが、課税庁の怠慢によって明らかとされなかった場合であると否とを問わず)をも基礎として判断すべきではない。
なお、原告は、課税処分が当然に無効であるというには、瑕疵の重大性のみで足りる旨主張し、判例(最高裁昭和四八年四月二六日第一小法廷判決)を引用するが、右判例は、当該処分に重大な瑕疵があり、かつ、不可争力を理由に被課税者に対し右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情が存する場合には当然に無効となる旨判示しているのであるから、原告の引用は適切とはいえない。
二 本件各処分の瑕疵の重大かつ明白性について
1 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲二ないし五、乙一ないし九)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、猪名川ゴルフ場を開設するために、山崎によって設立された会社であり、山崎は、原告の株主であり、当社から昭和六二年一二月頃までは代表取締役に、また、平成三年七月九日までは取締役に就任していた。山崎は、猪名川ゴルフ場にかかる土地取得に際し、買主を原告名義として売買契約又は売買予約を締結することがあった。
(二) 本件基本協定書は、前記第二の一2記載のとおり、猪名川ゴルフ場にかかる土地に関し、原告が大林組に対し、右土地の所有権及び売買予約上の地位等を精算金一〇億円で譲渡することなどを内容としていた。そして、原告は、大林組が本件基本協定書に基づく精算金の支払として前記第二の一2の各日時に、同記載の金額の小切手を原告に交付する都度、大林組宛の原告名義の領収書(乙四ないし七)を交付した。
(三) 原告は、猪名川ゴルフ場の開発・経営を行うための費用等を支出したとして、右支出金額を各支出の内容に従って交際費、交通費、従業員給料、土地取得費、支払利息等二二の勘定科目に詳細に分類したうえ、帳簿に記載していた。さらに、原告は、猪名川ゴルフ場が完成していないことから建設仮勘定(建設中の自家用固定資産の新設または増設のために要した支出を記載した勘定科目)に右帳簿から転記していた。
(四) 原告は、本件基本協定書、前記領収書及び帳簿の記載からすれば、本件基本協定書にかかる精算金一〇億円と猪名川ゴルフ場にかかる建設仮勘定残高との差額として生じる剰余金を原告の収益として記載すべきであるのにもかかわらず、右精算金を仮受金として経理したうえ、本件事業年度末において猪名川ゴルフ場にかかる建設仮勘定合計七億五二九四万〇八六八円(土地に関して支出された五億五六八〇万一〇〇〇円、現場経費として支出された一億九六一三万九八六八円)のほか猪名川ゴルフ場以外のゴルフ場にかかる仮払金勘定合計二億五〇〇〇万円をも減額することによって右一〇億円の仮受金を消去するとともに、借方貸方差額分を雑支出二九四万〇八六八円として損金額に算入する経理処理を行い、これに沿った記帳をして(所得の圧縮)、節税措置をした。
2 以上の、原告が猪名川ゴルフ場開設のために山崎によって設立された会社であり、本件基本協定書及びこれに基づく精算金の領収書には原告の名義が使用されていたこと、しかも、原告自ら、会計帳簿上も、本件収益が原告に帰属するとの形式、外観を整えたうえ、所得の圧縮という経理処理まで行っていたことからすると、北税務署長において、本件収益が、原告に帰属するものとして、本件各決定をしたのは当然の成行であり、仮に、原告主張のとおり、本件収益が真実は山崎あるいは日本都市企画に帰属していたとしても、本件各処分当時、本件収益が原告に帰属しておらず、したがってまた、所得の圧縮による仮装隠ぺい行為もないとの結論に達しうる程度に右事実が明らかであった、すなわち瑕疵が明白であったとは到底認められず、本件全証拠によるも本件各処分が無効であると認めるには足りない。
なお、原告と山崎の間において、本件収益が山崎に帰属するとの原告の主張を裏付けるかのような別件判決(当庁平成三年(ワ)第七三三七号。甲三)が存在するところ、原告代表者は、北税務署長の本件各処分当時、被告国の査察官(あるいは調査担当者)に対し、精算金一〇億円あるいは本件収益が山崎あるいはその経営する日本都市企画に帰属する旨説明した、被告国がこれに基づいて調査をすれば本件利益が山崎に帰属していることが明らかとなった旨、滞納処分による差押を恐れて異議等の申立ができなかった旨主張し、これに沿う証拠(甲四、五)も存在するが、仮に右の事実が認められるとしても、前記一で説示したところに照らすと、これらの事実をもってしても瑕疵の明白性を基礎づけるには足りないというべきである。
三 以上のとおりであって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 戸田彰子 裁判官 出口尚子)