大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)96号 判決 2000年11月30日
原告
甲
被告
国
右代理者法務大臣
保岡興治
被告
大阪国税局長 森田好則
被告
芦屋税務署長 小越政直
被告ら指定代理人
近藤幸康
同
上谷美佐夫
被告国・同大阪国税局長指定代理人
山根百馬
同
松谷幸三
被告国・同芦屋税務署長指定代理人
同
時光敏夫
同
水野俊生
同
宮田恭裕
被告大阪国税局長指定代理人
辻浩司
主文
一 原告の別紙滞納国税の明細記載の所得税について被告大阪国税局長が行った債権差押処分の取消しを求める訴えを却下する。
二 原告が被告国に対して別紙株券目録記載の株券の引渡しを求める訴えを却下する。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 請求の趣旨
1 平成四年三月一六日付け平成元年分の所得税の修正申告による被告国に対する五一五万〇〇〇二円の納税債務の存在しないことを確認する。
2 平成四年三月一六日付け平成二年分の所得税の修正申告による被告国に対する三六一六万三七二六円の納税債務の存在しないことを確認する。
3 原告の平成四年分の所得税について葛城税務署長が平成五年八月九日付けでした更正処分(異議決定により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
4 原告の別紙滞納国税の明細記載の所得税について、被告大阪国税局長が行った別紙本件差押処分(1)ないし(9)、(11)、(13)記載の債権差押処分及び同(12)記載の有価証券差押処分を取り消す。
5 被告国は、原告に対し、一一五六万二〇一四円及び内八二万九五三四円に対する平成六年一二月一〇日から、内七七九万六三一二円に対する同月一三日から、内二九三万六一六八円に対する同月一六日から、それぞれ支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
6 被告国は、原告に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。
7 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文第一、二項同旨
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、
1 原告の平成元年分及び二年分の所得税につき、修正申告をした乙が原告の代理権を有していなかったから右修正申告が無効であることを理由に、右修正申告による被告国に対する納税義務の不存在の確認(請求の趣旨第一、二項)
2 平成四年分の所得税につき、原告は居住者又は恒久的施設を有する非居住者であるから総合課税をすべきなのに分離課税をしたのが違法であること、更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたことを理由に、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消し(請求の趣旨第三項)
3 平成元年分及び二年分の修正申告が無効であるから、右修正申告を前提にした差押処分は違法であるとして、その取消し(請求の趣旨第四項)
4 右差押処分により取り立てられた金員が過誤納金であるとして、その返還及び充当の日の翌日から支払済みまで国税通則法五八条所定の還付加算金の支払(請求の趣旨第五項)
5 右差押処分により被告国が占有を取得した株券の返還(請求の趣旨第六項)
を求めるものである。
二 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び容易に認定できる事実)
1 原告は、平成二年三月一五日、葛城税務署長に対し、平成元年分の所得税につき、申告還付金額を九二三万二四六〇円とする旨の確定申告をした(別表1A)。
2 原告は、平成三年三月一五日、葛城税務署長に対し、平成二年分の所得税につき、申告還付金額を一六五六万八八二円とする旨の確定申告をした(別表2A)。
3 乙税理士は、平成四年三月九日、当時の原告の所得税についての所轄税務署長であった葛城税務署長に対し、乙を原告の所得税の納税管理人とする旨の納税管理人届出書(乙一)を提出した。
4 乙は、平成四年三月一六日、原告の平成元年分の所得税につき、修正申告により納付すべき税額を五一五万〇〇〇二円、平成二年分の所得税につき、修正申告により納付すべき税額を三六一六万三七二六円とする旨の修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした(別表1、2の各B)。
本件修正申告の内容は、次のとおりである。
(一) 平成元年分
確定申告では、不動産所得の計算上、不動産の取得費とする仲介手数料(京都市太秦桂ケ原町物件取得の支払手数料)一〇三〇万円が必要経費に計上されていたことから、別表1<4>欄記載のとおり、右金額相当分を加えた。
(二) 平成二年分
(1) 不動産所得金額について、収入金額の計上漏れ及び必要経費の過大計上があったので、別表2<4>欄記載のとおり、四九五五万七二四四円を加えた。
(2) 給与所得金額について、原告は、居住者に適用される特定支出控除の特例(所得税法(以下「法」という。)五七条の二)を適用していたが、これを適用しないものとして、別表2<7>欄記載のとおり。四四三三万八六二一円を加えた。
(3) 雑所得金額について、国税還付加算金の申告漏れがあったので、別表2<8>欄記載のとおり、七万九三〇〇円を加えた。
5 葛城税務署長は、平成四年三月三一日、本件修正申告に基づき、平成元年分の所得税につき、過少申告加算税を五一万五〇〇〇円、平成二年分の所得税につき、過少申告加算税を五三九万九〇〇〇円とする旨の賦課決定処分(以下「平成元年、二年分の賦課決定処分」という。)をした。
6 原告は、平成五年二月一八日、葛城税務署長に対し、平成四年分の所得税につき、申告還付金額を八一四五万八七〇〇円とする旨の確定申告をした(別表3A)。
7 葛城税務署長は、平成五年八月九日、平成四年分の所得税につき、別表3「更正決定処分」欄記載のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を一二一九万二五〇〇円とする旨の賦課決定処分(以下「平成四年分の賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした。
8 原告は、平成五年九月一四日、本件更正処分及び平成四年分の賦課決定処分に対し、異議申立てをしたところ、同年一二月九日付けで原処分を一部取り消す旨の異議決定がされた。原告は、平成六年一月一〇日に国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成八年三月四日付けで審査請求は棄却された。
異議決定により一部取り消された後の本件更正処分の内容(別表3B記載)は、確定申告においては、原告が取得している給与所得、並びに、A株式会社、B有限会社及び有限会社Cが金融機関に対して負う債務の代物弁済等についての金融機関との交渉(以下「本件交渉」という。)を原告が行い、Aが原告に対して報酬を支払う旨の契約(乙一〇、以下「本件契約」という。)に基づく報酬四億〇五五六万五〇〇〇円(以下「本件報酬」という。)について、法一六四条一項を適用して総合課税によるものとして計算していたが、原告は同項を適用するいずれの要件も満たしていないとして、同条二項により分離課税によることとしたものである。具体的には、次のとおりである。
(一) 給与所得について、確定申告においては、総合課税を前提にして六四六五万五〇〇〇円を計上しているが、法一六四条二項二号により、分離課税となり、総合課税による申告ができないものとされた。
(二) 原告が零円であるとする本件報酬に係る雑所得についても、分離課税となる。
(三) 生命保険の解約に係る一時所得について、確定申告においては、総合課税を前提にして二二四万一二四〇円を計上しているが、本件更正処分においては、法一六四条二項二号により、分離課税を適用して計算し、零円とされ、異議決定において、法一六四条一項四号イ、所得税法施行令(以下「施行令」という。)二八一条五号に該当するとして、総合課税を適用して計算し、四四八万二四八〇円とされた。
(四) 総所得金額(純損失金額)は、不動産所得の損失金額六二六万九七九八円と右一時所得の金額四四八万二四八〇円を法六九条一項に従って損益通算し、一七八万七三一八円の純損失となる。
(五) 所得控除について、社会保険料控除、生命保険料控除、損害保険料控除、扶養控除を誤って計上しているので、法一六五条に従って計算し、基礎控除の三五万円のみとした。
(六) 源泉徴収税額について、確定申告においては、総合課税を前提にして八一四九万七〇〇〇円を計上しているが、法一六四条二項二号の規定により、分離課税を適用して、零円とした。
9 被告大阪国税局長は、原告に別紙滞納国税の明細記載の滞納があることを理由に、別紙本件差押処分(1)なし(11)及び(13)記載の債権の差押処分(ただし、(10)の差押処分は平成七年二月一五日に解除された。以下、(10)を除く債権差押処分を「本件債権差押処分」という。)並びに(12)記載の有価証券差押処分(以下、「本件有価証券差押処分」といい、本件債権差押処分と併せて「本件差押処分」という。)をした。被告大阪国税局長は、本件債権差押処分に基づいて、第三債務者から、別紙本件差押処分の配当金額欄記載のとおり債権等を取り立て、充当年月日欄記載の日に原告の平成二年分の修正申告に係る所得税に充当するとともに、本件有価証券差押処分に基づき別紙株券目録記載の株券(以下「本件有価証券」という。)の占有を取得してこれを搬出した。
10 原告の納税地を所轄する税務署長の権限は、原告の平成七年分の所得税の確定申告に記載された住所により、平成八年四月二日に葛城税務署長から奈良税務署長に承継され、更に原告の住所が平成一〇年四月六日付けで肩書住所に移転したことにより、芦屋税務署長に承継された。
三 争点及び当事者の主張
1 原告の滞納国税の明細記載の所得税について被告大阪国税局長が行った本件債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第四項に係る訴えの一部)に訴えの利益はあるか。
(一) 被告大阪国税局長の主張
本件債権差押処分は、差押えに係る債権の取立手続が終了しているから、目的を完了してその効力が消滅している。したがって、原告は、本件債権差押処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有しない。なお、原告は、請求の趣旨第五項において、本件債権差押処分に基づいて徴収し平成二年分の修正申告に係る所得税に充当された金員の還付を求めているが、このような還付請求権は本件債権差押処分が取り消されて初めて発生するものではなく、原告が主張するように平成二年分の修正申告が無効であれば国税通則法五六条一項に基づく過誤納金として当然還付されるものであるから、右還付請求との関係でも本件債権差押処分を取り消す利益はない。
(二) 原告の主張
本件債務差押処分は差押えに係る債権の取立手続が終了していることは認め、その余は争う。
2 原告が被告国に対して本件有価証券の引渡しを求める訴え(請求の趣旨第六項に係る訴え)は将来給付の必要性があるか。
(一) 被告国の主張
原告が請求の趣旨第四項で求めている本件有価証券差押処分の取消請求が認容され、その判決が確定すれば、徴収職員は、国税徴収法八〇条四項によって当然に本件有価証券の引渡義務を負う。逆に、本件有価証券差押処分の取消しがされるまでは、同処分の公定力により右引渡義務が発生しないのであり、原告のする本件有価証券の引渡請求は、将来の条件付の請求にほかならない。しかし、本件においては、このような将来の訴えについてあらかじめ請求する必要はなく、右請求は訴えの利益を欠く。
(二) 原告の主張
争う
3 乙に本件修正申告についての代理権があったか。
(一) 被告国の主張
原告は、平成四年三月九日、当時の所轄税務署長であった葛城税務署長に対し、本件修正申告当時、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)に居住していることを理由に、乙を原告の所得税の納税管理人とする旨の納税管理人届出書(乙一)を提出しており、乙は、本件修正申告についての代理権を有していた。
(二) 原告の主張
乙には本件修正申告につき原告を代理する権限はなかった。したがって、乙のした本件修正申告は無効である。
乙が納税管理人届出書を提出しても、葛城税務署長は乙の代理権の有無を確認する義務があったのに、これを怠った。
4 原告が居住者に該当するか。
(一) 原告の主張
原告は法二条一項三号にいう居住者に該当するから、平成四年分所得税について総合課税がされるべきであり、分離課税をした本件更正処分等は違法である。
法三条二項を受けた施行令一四条において、その者が国内において継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合は、その者は国内に住所を有する者と推定する旨定められている。原告は、平成四年においては、有限会社Cの役職員として雇用され、その対価(給与)として年四二〇万円の所得を得ていた。Cには平成四年以前から現在まで勤務している。不動産事業なども別途個人で同様の期間営んでいた。そうすると、施行令一四条により、居住者となる。
また、日米租税条約三条三項においては、「双方の締約国の居住者となる個人は、その保有する恒久的住居が存在する締結国の居住者とみなす。その恒久的住居を双方の締約国に有する場合又はこれをいずれの締約国内にも有しない場合には、当該個人は、その人的及び経済的関係が最も密接な締約国(重要な利害関係の中心がある国)の居住者とみなす。その重要な利害関係の中心のある締約国の決定ができない場合には、当該個人は、その有する常用の住居が存在する締約国の居住者とみなす。その常用の住居を双方の締約国に有する場合又はこれをいずれの締約国にも有しない場合には、当該個人は、自己が国民である締約国の居住者とみなす。」と定める。原告は、日米両国において恒久的住居を有していたし、人的及び経済的関係においては我が国と米国の双方において経済活動を行っていたため、利害関係の中心となる国をどちらか一つに決めることは不可能である。したがって、最終的には、原告の国籍が我が国であることにより、原告は我が国の居住者とみなされる。
(二) 被告芦屋税務署長の主張
原告が居住者に該当しないことについて、自白が成立していた。被告芦屋税務署長は、右自白の撤回に異議がある。
平成四年当時、原告は我が国に恒久的住居を有していなかったし、同年中に我が国に居住するようになったものでないから、施行令一四条一項の「国内に居住することとなった」という要件を満たさず、同項の適用もない。
5 原告が恒久的施設を有する非居住者に該当するか。
(一) 原告の主張
原告は、法一六四条一項一号又は三号所定の恒久的施設を有する非居住者に該当するから、平成四年分所得税について総合課税がされるべきであり、分離課税をした本件更正処分等は違法である。
原告は平成四年においては米国カリフォルニア州に居住していた。しかし、業務のために毎月三回は日米間を往復しており、滞在日数は約一六〇日に及んだ。その間、原告は給与所得を得ていた会社に勤務し、かつ、また本件報酬に係る業務及び不動産事業に従事していた。このような日常生活のため、原告はホテルF内の一室(以下「本件ホテル」という。)を借り受けて住居兼事務所として使用していた。したがって、原告は、法一六四条一項一号に該当する。
原告は、A等と金融機関との本件交渉を請け負い、金融機関に対して金利の減免、債務の免除等々の交渉をした。原告の代理人として丙及び丁を定め、契約締結等の権限を与えていた。原告は日本に滞在しているときは自ら本件交渉の陣頭指揮をとり、日本に滞在していないときは代理人らに対して事細かな指示を与えて金融機関との交渉を原告になりかわってしてもらっていた。したがって、原告は、法一六四条一項三号に該当する。
(二) 被告芦屋税務署長の主張
原告は、恒久的施設を有しない。
本件交渉は、「自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済的活動」に当たらず、事業とはいえない。原告が本件ホテルを賃借していたかも疑わしい。原告はA等の内国法人を通じて事業を行っていたのであるから、個人として日本国内で恒久的施設を置いて事業活動を行う必要があったとは認め難く、また、当時原告は行方不明となっていたのであるから、本件ホテルが事業活動の拠点となっていたとはいえない。したがって、原告は法一六四条一項一号に該当しない。
本件交渉は、事業としての営利性、継続性、計画性等の社会的実態を有していない。原告と丙らの代理権授与契約締結の事実はなく、丙らが原告の代理人として契約を締結したとか、契約の履行、締結のための重要な行為を行ったという事実もない。仮に代理権授与の事実があったとしても、その内容は不自然であり、原告が源泉徴収税額相当額の不正な還付を受ける目的で仮装されたものであるから、無効である。したがって、原告は法一六四条一項三号に該当しない。
6 本件契約は虚偽表示又は公序良俗違反により無効であるか。
(一) 原告の主張
本件契約は虚偽表示でもなく、公序良俗に反するものでもない。
(二) 被告芦屋税務署長の主張
仮に原告が居住者であり、又は法一六四条一項一号若しくは三号の非居住者に該当し、本件契約に係る所得が総合課税となるとしても、本件契約は、原告に架空の本件報酬を創出することにより、原告が本件報酬の源泉徴収額相当額について不正な還付を受ける目的のもとに仮装されたものと考えざるをえないから、虚偽表示又は公序良俗違反により無効であるから、本件更正処分は適法である。
7 平成四年分所得税は本件更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたか(請求の趣旨第三項)。
(一) 原告の主張
平成四年分所得税は、別表3の<23>欄に記載のとおり、確定申告によれば、所得税額が三万八三〇〇円となっていたところ、本件更正処分の結果、零円となっている。更正通知書(甲一九)の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄に「八一四五万八七〇〇円」と記載されているのは誤りであり、右本税の額を基準に過少申告加算税を課した平成四年分の賦課決定処分は違法である。
(二) 被告芦屋税務署長の主張
原告の平成四年分所得税に係る確定申告は八一四五万八七〇〇円の還付を求める内容であったが、本件更正処分は還付金額を右金額から零円に減少させることを内容とするものである。すなわち、還付を求める内容の確定申告に対して更正処分が行われる場合においては、<1>既に申告者に対して申告に係る還付金額を還付済みのときには、更正処分によって新たに納税義務が課され、その金額について納付が求められることになり、<2>本件のようにいまだ申告に係る還付金額が還付されていないときにも、法律上は右金額に係る還付請求権が存在していることを前提として、更正処分によって新たに納税義務が課されるが、実際上は前者から後者を控除した残額についてのみ還付に応じることとなるのである。したがって、<2>の場合においても、更正通知書の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄には、申告に係る還付金額の還付請求権が存在することを前提として、更正処分によって新たに課される納付業務の金額が記載されることとされている。よって、甲一九号証の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄に「八一四五万八七〇〇円」と記載されているのは何ら誤りではない。
8 徴収の引継手続の瑕疵(請求の趣旨第四ないし六項)。
(一) 原告の主張
本件差押処分は、平成元年分及び二年分の本税並びに過少申告加算税及び延滞税、平成四年分の過少申告加算税が滞納されていることを理由にされたものであるが、被告大阪国税局長は、平成元年分及び二年分の所得税の修正申告(本件修正申告)に係る所得税の本税及び過少申告加算税の徴収については原告に対して引継ぎの通知をしていない。これは国税通則法四三条四項に違反するものであり、このような違法な手続により行われた本件差押処分も違法である。
(二) 被告国、同大阪国税局長の主張
被告大阪国税局長は、平成元年分及び二年分の所得税の修正申告(本件修正申告)に係る本税三六〇二万八一五七円については、平成四年五月二五日に、本件修正申告に係る過少申告加算税五九一万四〇〇〇円については、同年六月一五日に、それぞれ葛城税務署長から徴収の引継ぎを受け、本税に関しては同年五月二七日ころ、過少申告加算税に関しては同年六月一九日ころ、乙に対して徴収の引受通知書を送付した(なお、原告からは、同年三月九日に、葛城税務署長に対し、乙を納税管理人とする旨の届出書(乙一)が提出されていた。)。乙は右本税に関する引受通知書の送付の直後である同年六月九日に、大阪国税局徴収部に出頭し、原告の意向として、賃貸不動産が売却できるまでの間、毎月五〇万円ずつ納付していく旨、及び毎年確定申告で五〇〇万円ほどの還付金が発生するので、これを滞納国税の納付に充てる旨を申し出ているから、乙が引受通知書を受領し、原告がそれを知っていたことは明らかである。
なお、徴収の引継ぎとは、引継ぎをする税務署長と引継ぎを受ける国税局長との間における国家機関内部での法律関係であり、納税者としては、徴収事務を行う主体が変わることについて、特段の利害関係を有するものではないから、徴収を引き継ぐ旨の書面が国税局長に到達した時にその効力が発生するものとされており、国税通則法四三条四項による通知は便宜上行われる手続にすぎず、仮に右通知を欠いたとしても、徴収の引継ぎの適法性に影響を及ぼすものではない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(被告大阪国税局長に対して本件債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第四項に係る訴えの一部)の訴えの利益)について
本件債権差押処分に係る債権の取立手続が終了していることは当事者間に争いがない。そうすると、本件債権差押処分は、その目的を完了してその効力が消滅しているものというべきであり、原告には他に本件債権差押処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するものとは認められないから、右訴えは却下を免れない。
二 争点2(被告国に対して本件有価証券の引渡しを求める訴え(請求の趣旨第六項に係る訴え)は将来給付の可能性があるか)について
この点については、被告国が主張するように、原告が請求の趣旨第四項で求めている本件有価証券差押処分の取消請求が認容され、その判決が確定すれば、徴収職員は、取消判決の効力によって当然に本件有価証券の引渡義務を負うものと解されるから、将来給付の必要性は認められない。したがって、右訴えも却下を免れない。
三 争点3(乙に本件修正申告についての代理権があったか)について
証拠(甲四ないし一三、一七の2、二五、三七、乙一ないし六、九、一二の1ないし6、一三、一四の1ないし4、証人乙、同戊、同丙)及び弁論の全趣旨によれば、(1) 原告は、A、B、C等の会社を経営し、これら会社の実質的オーナーであったが、米国における事業活動のため、我が国と米国を頻繁に往復する生活をするようになり、平成二年八月一六日には、我が国における住民登録を廃して、米国に住所を移し(乙三二)、平成四年当時には原告が我が国に滞在した日数は一一七日であったこと(甲四)、(2) 平成二年六月五日、原告は、自己がオーナーである有限会社D城山台の税務及び会計について、乙との間で顧問契約を締結したこと(甲一三)、(3) 乙は、原告個人の所得税の申告につき、平成元年の確定申告については税務代理の委任を受けていないが、平成三年三月一五日にされた平成二年分の確定申告については税務代理の委任を受けていたこと(甲七)、(4) 一般に、確定申告について税務代理を委任した場合は、特段の留保のない限り、修正申告についても税務代理を委任しているものと考えられること、(5) 葛城税務署の担当者であった狩野充美は、平成三年八月二〇日ころ、乙に対し、原告の平成元年分及び平成二年分の所得税について調査する旨通知し、同月二一日、乙に対し、原告が国内に住所を有しないので、納税管理人の選任が必要である旨説明したこと、(6) その後、狩野は、乙及びAの従業員である己から原告の所得税について説明を受けるなどしていたが、同年一一月二七日、原告がオーナーである有限会社D三郷において原告と面談し、原告に対し、納税管理人届出書を交付し、その提出を依頼したこと、(7) その後、狩野は、乙に対して修正申告を慫慂し、これに応じなければ更正処分をすると説明したので、乙はAの戊を通じて原告にこれを伝えていたが、戊から原告の押印のされた納税管理人選任届(乙一)を交付され、乙は、平成四年三月九日、これを狩野に対して提出したこと、(8) 戊は、Aの取締役、同じく原告がオーナーであるE株式会社の日本における代表者を務めるなどし(乙一二、一三)、原告と常に連絡をとっていたもので、原告は自己又は関連企業の印鑑も、戊やAの取締役丙に保管及び押印をさせていたこと、(9) 乙は修正申告書に数字を記入して戊に交付し、特に資料がない限り、このような内容になる旨説明していたところ、戊から、原告の押印のされた修正申告書が交付されたので、同月一六日、本件修正申告をしたこと、(10) 被告大阪国税局長は、本件修正申告に係る本税三六〇二万八一五七円については、平成四年五月二五日に、本件修正申告に係る過少申告加算税五九一万四〇〇〇円については、同年六月一五日に、それぞれ葛城税務署長から徴収の引継ぎを受け、本税に関しては同年五月二七日ころ、過少申告加算税に関しては同年六月一九日ころ、乙に対して徴収の引受通知書を送付したところ、乙は右本税に関する引受通知書の送付の直後である同年六月九日に、大阪国税局徴収部に出頭し、原告の意向として、賃貸不動産が売却できるまでの間、毎月五〇万円ずつ納付していく旨、及び毎年確定申告で五〇〇万円ほどの還付金が発生するので、これを滞納国税の納付に充てる旨を申し出たこと、(11) 原告は、乙が本件修正申告をしたことについて、当初異議を述べず、乙は、自ら税務代理の辞退を申し出て平成五年二月一八日に納税管理人解任届出書(乙五)を提出するまで、原告の税務代理業務を行い、その後も原告の妻庚の納税管理人及び原告の関連企業の納税代理人として活動していたこと、以上の事実を認めることができる。
以上の事実を総合すると、原告は、乙を納税管理人として選任し、本件修正申告についても代理権を授与していたものと認められる。原告は葛城税務署長は乙の代理権の有無を確認すべきであった旨主張するが、右認定の事実によれば、葛城税務署長において乙の代理権の存在を疑うべき事情は認められない。
したがって、本件修正申告は有効である。そうすると、本件修正申告によって、原告は、平成元年の所得税につき五一五万〇〇〇二円、平成二年分の所得税につき三六一六万三七二六円の納税義務を負うことが確定している。
よって、請求の趣旨第一、二項に係る請求は理由がない。
四 争点4(原告が居住者に該当するか)について
原告は、本件訴訟において、当初、自らが法二条一項三号にいう居住者に当たらない旨を主張していたにもかかわらず、後に、居住者に当たる旨、主張を変更し、被告芦屋税務署長は、これが自白の撤回に当たるとして、右撤回に異議を述べる。しかし、法二条一項三号にいう居住者に当たるか否かは、一般的な意味における「居住」の事実の問題ではなく、同号所定の要件に該当するかどうかという法的評価を含む問題であるから、自白の対象とはなり得ないものというべきである。
法二条一項三号によれば、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいうものとされている。国内に住所すなわち生活の本拠を有するか否かについては、我が国に現実に滞在した日数、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居住地、資産の所在等の客観的事実から判断すべきである。
前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成四年当時、米国と我が国を頻繁に往来し、我が国においては、ホテルの一室に寝泊まりしていたものと認められ、我が国において住民登録をしておらず、自らが代表取締役を勤め、オーナーであるEについても、戊を日本における代表者としていたこと、前記のとおり、乙を納税管理人として選任していたこと、配偶者及び二人の子は米国に居住していた事実が認められる。
これらの事実に照らせば、原告は、国内に住所を有していたものということはできない。また、国内に引き続いて一年以上居所を有していたということもできない。したがって、原告は平成四年当時、居住者であったということはできない。
原告は、平成四年当時Cの役職員として雇用されており、別途不動産業等をも営んでいたから、施行令一四条一項一号にいう「継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合」に当たる旨主張する。しかし、施行令一四条一項、国内に居住することとなった個人につき同項各号のいずれかに該当する場合には、国内に住所を有するものと推定する旨の規定であり、原告が平成四年中に国内に居住することとなった事実は認められないから、右規定の適用の前提を欠く。なお、原告とC等との間で締結された契約(乙一〇)においては、原告が米国に居住していることを前提に所得税を源泉徴収することが合意されている。
また、原告は日米租税条約三条三項により居住者とされる旨の主張もするが、同項は、双方居住者に関する調整規定であり、国内法(所得税法)上非居住者となる者が同条約の規定により居住者となることはないから、この点に関する原告の主張は採用できない。
五 争点5(原告が恒久的施設を有する非居住者に該当するか)について
法二条一項五号によれば、居住者以外の個人を非居住者というものとされており、前記認定事実によれば、原告は平成四年当時、非居住者であったと認められる。
原告は、A等から金融機関に対する債務の返済交渉を請け負う旨の本件契約を締結し、本件報酬を得たと主張する。本件報酬は、法一六一条八号イにいう「給与その他人的役務の提供に対する報酬」に該当すると解されるから、非居住者が国内に法一六四条一項一号ないし三号に規定する恒久的施設を有していれば総合課税の方法により課税されることとなり、恒久的施設を有していなければ分離課税となる(法一六四条一、二項)。
1 まず、法一六四条一項一号の恒久的施設を有するか否か、すなわち、国内に支店その他事業を行う一定の場所で政令(施行令二八九条一項三号)で定めるものを有するか否かについて検討する。
原告は、平成四年において、本件ホテルを借り受け、住居兼事務所として、本件交渉及び不動産事業等のために使用していた旨主張する。また、京都市太秦のマンションをも事務所として使用していた旨主張する。
乙一〇によれば、本件契約は、A等の実質的オーナーである原告が、同社の従業員であるとして本件交渉を請け負い、従業員の給与とは別に四億円を超える報酬を、その仕事の完成、未完成を問わず受領できるというものであり、通常考え難い内容の契約といわざるを得ない。そして、本件報酬による所得が総合課税の対象になるとすると、本件報酬支払後、同社が源泉税を納付していない場合であっても、原告がその還付を受けられることになるから、自らの支配する企業を利用して、その企業には源泉税を納付させずに原告がその還付を受けるという事態を生じさせるものである。このような内容の本件契約に基づく業務が、総合課税を認めるための法一六四条一項一号にいう事業に該当するとすることは、所得税法の趣旨に反するものではないかとの疑問の生じるところである。
右の点をしばらく措くとしても、原告が本件ホテルを本件交渉その他の原告の事業のために恒常的に使用していた事実を認めることはできない。すなわち、原告は、本件ホテルを賃借していた証拠として賃貸借契約書(甲二)を提出しており、右契約書は、原告が有限会社CからホテルFの七階スイートルーム及び会議室を平成四年一月一日から一年間賃借することを内容とするものである。しかし、<1>原告は、当初は法一六四条一項三号該当性のみを主張し、同項一号該当性の主張をしていなかったところ、平成九年一二月一九日に右主張を付加するとともに右契約書を提出したこと、<2>賃貸人である有限会社Cは原告が実質的なオーナーの会社であること、<3>ホテルの部屋につき一年間(合意により更新可能)という長期間にわたる賃貸借であり、通常の家屋の賃貸借契約と同様の契約書が作成されていること、<4>賃料は一泊合計一二万円で、長期契約により三〇パーセント割引と定められており、一月(三〇日)当たり二五二万円にも及ぶこと、<5>右賃料の領収証であるとして提出された甲五〇は、貼付されている印紙が平成五年以後に発行されたものであること(乙三五の1ないし 5)に照らして、平成四年当時に作成されたとは認められないこと、以上の点に鑑みると、甲二は本件ホテルの賃貸借の外形を作出するために作成された疑いが極めて強く、賃貸借の事実を裏付ける証拠とは認めがたいというべきである。他に原告が本件ホテルを原告の事業のために恒常的に使用していた事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件ホテルは、法一六四条一項一号の恒久的施設に当たるとはいえない。
原告は、京都市太秦のマンションについても同号にいう恒久的施設に当たると主張するが、右マンションの使用の実態についても原告の主張を裏付ける的確な証拠はない。
2 次に、法一六四条一項三号の恒久的施設を有するか否か、すなわち、国内に自己のために契約を締結する権限のある者その他これに準ずる者で政令(施行令二九〇条)で定めるもの(代理人等)を置いているか否かについて検討する。
原告は、丙、丁に対し、本件交渉に係る日本国内の代理人として契約締結権限を授与した旨主張し、証人丙は右主張に沿う証言をする。
しかし、ここにいう代理人に当たるというには、常習的にその事業に関し契約を締結するための重要な行為をすることが必要であると解されるところ、証人丙の証言によっても、同人が原告の事業に関して契約締結のための重要な行為をしていたとは認められず、かえって、本件交渉における重要な行為は原告が自ら行い、丙らは補助的行為するにとどまっていたものと認められるから、ここにいう恒久的施設を有するとはいえない。
六 争点7(平成四年分所得税は本件更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたか)について
原告は、本件更正処分によれば、所得税額が当初三万八三〇〇円となっていたところ、本件更正処分の結果、零円となったから、過少申告加算税は課されない旨主張する。しかし、甲一九(別表<35>欄、<39>欄、<42>欄)及び別表3<26>欄によれば、原告の平成四年分所得税に係る確定申告は八一四五万八七〇〇円の還付を求める内容であったが、本件更正処分は還付金額を右金額から零円に減少させることを内容とするものであると認められ、更正通知書の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄の記載に誤りはなく、右の本税の額を基準にされた平成四年分の賦課決定処分は適法である。
七 争点8(徴収の引継手続の瑕疵)について
原告は、平成元年分及び二年分の所得税の修正申告(本件修正申告)に係る所得税の本税及び過少申告加算税の徴収については原告に対して引継ぎの通知をしていないから本件差押処分も違法である旨主張する。しかし、徴収の引継ぎとは、引継ぎをする税務署長と引継ぎを受ける国税局長との間における国家機関内部での法律関係であり、国税通則法四三条四項による通知は、徴収の引継ぎの事実を納税者に知らせることにより、その後の徴収手続を円滑に進めるために行われるものにすぎないから、右通知を欠いたとしても、徴収の引継ぎの適法性に影響を及ぼすものではないと解される。したがって、原告の主張は失当である。
なお、前記のとおり、乙は本件修正申告について納税管理人として原告から代理権を授与されていたこと、被告大阪国税局長は、本件修正申告に係る本税三六〇二万八一五七円については、平成四年五月二五日に、本件修正申告に係る過少申告加算税五九一万四〇〇〇円については、同法六月一五日に、それぞれ葛城税務署長から徴収の引継ぎを受け、本税に関しては同年五月二七日ころ、過少申告加算税に関しては同年六月一九日ころ、乙に対して徴収の引受通知書を送付したことが認められるから、いずれにせよ、原告の主張は採用できない。
第四結論
以上によれば、原告の請求のうち、被告大阪国税局長が行った債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第四項に係る訴えの一部)及び被告国に対して別紙目録記載の株券の引渡しを求める訴え(請求の趣旨第六項に係る訴え)は、不適法であるから却下すべきである。また、本件修正申告は有効であり、本件更正処分等及び本件有価証券差押処分は適法であるから、原告のその余の請求は理由がなく、棄却すべきである。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 青木亮 裁判官 山田真依子)
別紙
滞納国税の明細
<省略>
株券目録
銘柄 数量 記号番号
日本航空株券 一、〇〇〇株券 一枚 1H第0014192号
日本航空株券 一、〇〇〇株券 一枚 1H第0013744号
以上
別紙(本件差押処分)
<省略>
別表1 平成元年分課税の経緯等
<省略>
別表2 平成2年分課税の経緯等
<省略>
別表3 平成4年分課税の経緯等
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