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大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)2107号 決定 1997年10月08日

債権者

井上陽介

債権者代理人弁護士

森博行

永嶋靖久

債務者

大﨑組運輸株式会社

右代表者代表取締役

大崎康男

債務者代理人弁護士

増井俊雄

主文

一  債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年八月一五日以降、平成一〇年五月末日(但し、それ以前に本案の第一審判決の言渡しがあった場合はそのとき)まで、毎月一〇日限り一ヶ月金三八万六〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用はこれを三分し、その二を債務者の、その余を債権者の負担とする。

事実及び理由

第一債権者の申立て

一  債務者が債権者に対してなした平成九年八月一四日をもって解雇する旨の、同年七月一五日付け意思表示の効力を仮に停止する。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年八月一五日以降本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月一〇日限り一ヶ月四九万三一四五円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者に雇用されている債権者が、債務者の専務取締役に対し、暴行を加え傷害を負わせたとして解雇する旨告げられたが、解雇に相当するほどの暴行は加えていないとして、解雇の意思表示の効力停止・賃金仮払の仮処分を求めた事案である。

第三前提となる事実(争いがない)

一  債務者は、一般区域貨物自動車運送事業を事業目的とする株式会社であり、主としてトレーラーによる運送業を営んでいる。保有車両はトレーラー二〇台前後、四トン車一、二台で、従業員は二六人程度である。

二  債権者

1  債権者は、平成六年四月頃、債務者に運転手として採用され、以来トレーラー運転手の業務に従事してきた。

債権者は、平成七年八月三日、債務者で働く他の一六名の運転手と共に、労働条件の改善を求めて、全日本港湾労働組合関西地方大阪支部に加入し、同支部大崎組分会(以下、支部と分会を併せて「組合」とも言う)を結成し、副分会長などとして活動している。

組合員と債務者側の間には、嫌がらせ問題など確執があった。

2  債権者は、債務者から得る賃金を唯一の収入としているところ、平成九年四月分ないし六月分の平均額は四九万三一四五円(通勤手当を除く。毎月末締めの翌月一〇日払)である。また、債権者は、債務者との労働契約上の地位に基づき、大阪府貨物運送健康保険組合の保険証を利用して自らと家族の健康を保持している。

債権者の扶養家族は、妻(専業主婦・二五歳)、長女四歳、長男八ヶ月の三名である。

三  解雇理由の暴力行為について

平成九年六月一八日午後六時から、債務者会社付近の新北島会館において、夏期一時金に関する団体交渉が、債務者側は専務取締役大崎勝彦(以下「大崎専務」)一人、組合側は債権者を含め九名が出席して行われた。

団体交渉が終わりに近付いた頃、債権者が大崎専務に声を掛けたが無視されたことなどから、債権者は、自分の座っていた前の机を倒し、出入口のドアを蹴って「表に出ろ」などと言ったうえ、大崎専務に近付き、両手で同人の作業服の襟や袖を掴んだ。

その際、債権者が、大崎専務にどのような行為を行ったかにつき、<1>同人の前の長机をひっくり返したか、<2>同人を引きずり上げたうえ、机の天板の角に同人の腹部を打ち付けるようにしたか(その結果、同人が傷害を負ったか)の点で、双方の言い分が食い違っている。

債権者は、すぐに同僚に羽交い締めにされ制止された。

大崎専務は、「ただで済むと思うなよ」などと言いながら部屋を出て行った。

債務者は、債権者に対し、平成九年七月一五日、「あなたは平成九年六月一八日、当社の専務取締役大崎勝彦に対して暴力を振るい、加療約二週間を要する傷害を与えました。これは従業員にあるまじき行為ですので、一ヶ月の予告期間をおいて平成九年八月一四日をもって解雇することを通告します」と記載した文書を交付した(以下「本件解雇」)。

第四判断

一  解雇の相当性について

1  本件解雇は、債権者が、大崎専務に暴行を加え傷害を負わせたことを理由とするところ、債権者が加えた暴行の程度・態様については争いがあり、確かに、疎明(書証略)によると、大崎専務に対しては頸部捻挫傷、腹部挫傷で約二週間の加療を要す見込との医師の診断がなされていて、大崎専務は、暴行を加えられた翌日から一二日間仕事を休んだこと、債権者が大崎専務の襟や袖を掴んだことで同人の作業服のボタンが一つちぎれて飛び散ったこと、本件暴行に至る前、両者間には言葉のやりとりなどで若干険悪な雰囲気が生じており、債権者は、自分の座っていた机を倒し、ドアを蹴って「表へ出ろ」などと言いながら大崎専務に接近し本件暴行に至ったことなどが一応認められ、これらに照らすと、債権者の振るった暴行は、債権者が主張するような、単に「衣服の襟に手を掛け」た程度ではないと考えられる。

しかし、(書証略)(医師の回答書)によるも、大崎専務の身体に客観的に分かる外傷などはなく、痛みなどは全て自己申告によるものと一応認められること、その場にいた組合員らは、揃って債権者が大崎専務の前の机を倒したこと及びその机に同人の身体を打ち付けたことを否定していること(書証略)などに照らすと、債権者が大崎専務を机に打ち付け、一二日間も仕事ができない状態に陥らせたとするには疑問が残り、結局、債権者は、座っていた大崎専務に対し、両手で同人の作業服の襟や袖を掴んで強く引きずり上げたものと一応認めることができる。

2  そこで、右を前提に、債権者の行為が解雇に相当するものと言えるかを検討するに、本件解雇は、債務者の就業規則(書証略)八条一号「第四〇条に定める懲戒解雇の基準に該当したとき」(四〇条一一号「刑事上の罪に問われた者で懲戒解雇するのを適当と認めたとき」)に基づき行われたものと一応認められるところ、債権者の行った暴行は、組合交渉の中で、大崎専務の使用車両を「売れ」「リースだから売れない」などの話などで双方気持がいらだっていたことなどがあって発生したものであること、従前から債務者側と組合側ではお互いをこころよく思っておらず、種々の嫌がらせ行為もあったこと、債権者自身、自分のトレーラーヘッド内に何者かよりいたずらをされていて、債権者はそれが債務者側の行為によるものではないかと内心思っていたと窺われること、現に相手の身体に手を掛けるか否かはかなりの違いがあるが、債権者の従事する職種にはある程度気性の荒い者が少なからずいると考えられることなどに照らすと、債権者の暴行が、解雇という最も重い処分に相当するほどの行為であったと一応認めるには足りないと言うべきである。よって、本件解雇は無効であると一応認めることができる。

二  保全の必要性について

債権者の生活状況については前記第三の二2のとおりであるところ、その一ヶ月間の平均支出額は約三八万六〇〇〇円であり(書証略)、また、債権者には、今後他から収入を得ることができる可能性があることなどに照らし、保全の必要性は、毎月右金額を概ね九ヶ月間支払を受ける限度で一応認めることができる。

三  結論

よって、本件仮処分申立ては、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める趣旨の申立ての点及び平成九年八月一五日から平成一〇年五月末日(但し、それ以前に本案の第一審判決の言渡しがあった場合はそのとき)まで毎月一〇日限り一ヶ月三八万六〇〇〇円の賃金仮払を求める限度で理由があるから認容し、その余は却下し、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 久我泰博)

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