大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)2639号 決定 1998年1月05日

債権者

堀正義

右代理人弁護士

在間秀和

平方かおる

債務者

興和株式会社

右代表者代表取締役

今日友郎

右代理人弁護士

曽我乙彦

中澤洋央兒

安元義博

荒川雄次

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年一一月六日以降本案訴訟の第一審判決の言渡しに至るまで、毎月二四日限り、月額金二五万〇六〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は、これを四分し、その一は債権者の負担とし、その余は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

(債権者)

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年九月一八日以降本案訴訟の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二四日限り月額金二八万六九九九円の割合による金員及び毎年六月末日限り金四八万七〇〇〇円、毎年一二月末日限り金四七万五〇〇〇円を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

(債務者)

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

第二事案の概要

本件は、債務者の従業員である債権者が、整理解雇されたことから、解雇は無効であるとして、地位保全及び賃金仮払いの仮処分命令を申し立てた事案である。

1  基本となる事実

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  債務者は、労働者派遣事業、車両運行管理請負業務、損害保険代理業務、生命保険募集業務、不動産賃貸管理業務及び債務保証業務等を目的とする会社であり、債権者は平成元年四月三日債務者に雇用され、車両運行部に配属され、信用組合関西興銀(以下「関西興銀」という。)に派遣されて支店長車の運転手として勤務してきた者であり、本件解雇の予告を受けた当時は関西興銀寝屋川支店の支店長車を担当していた。

(二)  債務者は、平成九年八月一八日、債権者に対し、車両運行部の業務縮小のため必要であるから、一ヶ月後には運転業務を中止して有給休暇三二日を消化し、退職してほしいと述べて、有給休暇満了の日である同年一一月五日をもって解雇する旨通告した。

2  争点

本件の争点は、本件解雇に合理的な理由があるかどうか、すなわち本件解雇は就業規則第三四条第三号に定める「事業の都合による」ものとしてなされたものであるが、これが整理解雇として有効であるかどうかである(就業規則第三四条第三号の事由に基づく解雇についても、整理解雇としての要件の充足が必要であるとするのが相当であり、この点は当事者間で異論がない。)。

3  争点についての当事者の主張

仮処分命令申立書、答弁書及び各主張書面記載のとおりであるから、これらを引用する。

第三当裁判所の判断

一  整理解雇の要件

整理解雇が有効であるためには、解雇の必要性、解雇回避の努力、被解雇者の選定の合理性及び被解雇者に対する説明の四要件を充足していることが必要であると解され、債権者はその全ての点について争っているので、以下、本件解雇について右各要件が具備しているかどうかを検討する。

二  解雇の必要性

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者の車両運行部門は、その業務の大半が関西興銀との業務請負契約による運転手の派遣であったこと、平成八年七月二九日、関西興銀から右契約を同年八月をもって解約する旨の申入れがあったこと、直ちに解約された場合、債務者は、他の部門も業務縮小中で派遣していた運転手に就かせるべき業務もなく、余剰人員として抱えねばならなくなるので、関西興銀と協議して、解約の時期を平成九年七月末日まで延期してもらうとともに、その間の定年、嘱託期間満了及び自己都合による退職者をまち、同月末現在における派遣運転者(ママ)についても協議により一部運転手については派遣を継続してもらうなどしたが、結果として債務者(ママ)外七名の派遣運転手を車両運行部門で余剰人員として抱えねばならない状況となったこと及び同部門で債務(ママ)者外七名を余剰人員として抱えていくことは経営上困難であることが認められる。

したがって、本件解雇は、業務縮小の結果引き続き雇用していくことが経営上困難となったために行われたものであって、解雇の必要性は認められる。

三  解雇回避の努力

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、車両運行部の業務縮小に対応して、派遣打ち切りによって余剰人員となる者について他の事業部門への配置転換も検討したものの、他の事業部門においても業務縮小が行われており、また保険関係の業務のように資格や知識経験を要する事業部門もあるため、配置転換により解雇を回避することはできなかったことが認められる。

しかし、後記五のとおり、債務者が被解雇者に対して解雇に至った経過を説明したのは解雇予告の際が初めてであると認められるから、希望退職者を募集したことはないと推認されるところ、関西興銀の解約申入れから本件解雇に至るまでには相当の期間があったことは前記二のとおりであり、この間後記四のとおり担当支店を異動させたうえで派遣運転手として残留させた場合もあることからすれば、異動に伴う通勤の便宜から退職を希望する者があった可能性もあり、また、関西興銀への派遣運転手で残留した者は一〇名(役員車担当四名及び支店長車担当六名)であるのに対し、解雇予告を行った者が八名であることを考慮すれば、債務者は解雇に先立って希望退職者を募集すべきであったと解される。

したがって、この点において、債務者は解雇回避の努力を尽くさなかったということができる。

なお、債務者は解雇回避のため再就職先も打診したが受け入れ先がなかったと主張するが、前記のとおり債務者が解雇予告の際に初めて解雇に至った経過を説明していることと(証拠略)をあわせると、債務者が右のような措置をとったとは認められない。

四  被解雇者の選定基準

1  債務者は、被解雇者の選定基準について、当初、平成九年一〇月三〇日付準備書面第二の一の3において、解雇対象となった従業員は、余剰人員となった支店長車の運転手全員であり、このうち定年を迎えた者や嘱託期間が満了した者を除く一〇名のうち、大型免許を有する者一名及び成績優秀の者一名を除いた八名全員を解雇した旨主張していたが、解雇されないで残留した者については右基準によって説明することができないことが明らかとなり、平成九年一二月八日付準備書面第一(添付の経過表を含む。)において、被解雇者は、原則として廃止される車の運転手であると主張を訂正するに至った。

整理解雇の重要な要件である被解雇者の選定基準について、右のように大きな主張の訂正が行われるということは、選定基準の存在に疑義を生じさせるものである。

2  のみならず、右訂正後の被解雇者の選定基準を検討するに、右基準に従ったといえるのか明らかでない点が認められる。

(一) 債務者は、関西興銀に派遣されていた従業員が平成八年八月当時、役員車七名、支店長車二六名の合計三三名であり、平成九年一一月末日現在では役員車四名、支店長車六名の合計一〇名であると主張するが、(証拠略)を総合して検討しても、債務者が関西興銀から解約申入れを受けたと主張する平成八年八月当時及び平成九年七月末日現在のそれぞれの派遣運転者(ママ)数、担当する役員車・支店長車の別及び配置本支店の別並びに両時点間の変動の内容・経緯が明らかでなく、その結果、最終的に債務(ママ)者を含む被解雇者の数が八名になった経緯は明らかでない。

また、役員車の運転手の派遣についても三名減員となっているが、債務者の平成九年一二月八日付主張書面添付経過表によれば、関西興銀の本店、堺支店、神戸支店、大津支店の役員車について運転手を残留させたとのことであるが、従前の七名の役員車担当の運転手がどこに配置され、どこの役員車が廃止されたのか明らかではなく、債務者主張の選定基準が支店長車についてのものか、役員車についても同じ選定基準が適用されたのか明らかでない。

(二) (証拠略)によれば、平政利については従前は泉州支店の支店長車担当であったが橿原支店の支店長車担当として、焼田茂正についても従前は東大阪支店の支店長車担当であったが奈良支店長車担当兼用務員として、北長進(<証拠略>添付の別紙(1)の記載から漏れており、従前の担当も明らかでない。)についても和歌山支店(従前の担当者は辻重美であるが、平成九年二月二六日に定年退職。)の支店長車担当として、それぞれ残留させている。

しかし、なぜ他の者ではなく、平政利、焼田茂正及び北長進の三名を、しかも異動させてまで残留させたのか、債務者主張の選定基準では説明がつかず、その根拠が明らかでない。

(三) 債務者は原田幸裕については大型免許を持っていることから関西興銀本店に異動させて残留させたと主張するが、同じく大型免許を持っている北光夫は解雇しており、その理由として、北光夫に退職意向があったから打診しなかったと主張し、その旨の疎明資料(<証拠略>)を提出する。しかし、(証拠略)の別紙(1)によれば、原田幸裕が本店へ配属されたのは平成九年八月八日であり、(証拠略)によれば、債務者が北光夫に解雇に至った経過を説明したのは平成八年八月一二日であるから、北光夫に退職意向があったとしても債務者がそれを知ったのは同日以降と推認され、北光夫ではなく、原田幸裕を残留させたことについても、債務者主張の選定基準では説明がつかず、その根拠が明らかでない。

3  以上によれば、債務者が被解雇者の選定基準を設けていたとは認められない。

五  被解雇者に対する説明

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、債権者を含む各被解雇者に対して解雇予告の際に解雇に至った経過を説明しており、債務(ママ)者に対しては、平成九年八月一八日に説明したことが認められるが、説明は解雇予告に重点があり、説明の内容が十分であったとは認められない。

また、整理解雇せざるを得ない状況にあることが解雇予告より相当期間前から明らかである場合には、再就職先の確保等の必要からできるだけ早期に説明すべきであり、本件では、解雇予告の以前から解雇予定者及びその者に対する解雇予告の日が予定されていたことが窺われるから、解雇予告の以前に被解雇者に経過を説明すべき義務があったが、それが適時にされたとはいえない。

すなわち、債務者は、関西興銀から解約申入れを受けた後も、定年退職予定者、嘱託期間満了予定者を見込んだうえで数次にわたって解雇予定者及各解雇予定者別の業務終了日のリストを作成して関西興銀に提出しており(<証拠略>及びその添付リスト(1)乃至(4))、右各リストの各解雇予定者別の業務終了日は債務者が設定したものであると推認されることから、特段の事情(一応解雇予定者に含まれているが、その後の経過で残留の可能性が高い等の事情。しかし、本件ではその点の主張及び疎明はない。)がない限り、遅くとも大量の解雇予定者のリスト(3)の作成日である平成九年六月一一日には債務(ママ)者に対して説明すべき義務があった(なお、債務(ママ)者を含む解雇予定者のリスト(4)が作成されたのは平成九年八月四日であるが、リスト作成日がその日になったのは、債務者が設定した業務終了日を基準にリストを作成した結果と推認され、平成九年六月一一日当時においても債務(ママ)者の解雇は予定されていたと認められる。)が、右時点で説明がされたとは認められない。

したがって、債務者が債権者に対し説明義務を尽くしたということはできない。

六  本件解雇の効力

以上の次第で、本件解雇は整理解雇の要件を充足しておらず、就業規則第三四条第三号に該当するとはいえないから、本件解雇は無効である。

七  保全の必要性

債務(ママ)者は健康保険及び厚生年金に加入していることが認められるから、その資格継続のため債務者の従業員としての地位を保全する必要性が認められる。

また、賃金仮払いについては、債務(ママ)者の妻の給与収入、住宅ローンの支払い等を総合考慮して、本件解雇により賃金の支払いがされていないと推認される平成九年一一月六日の翌日以降、月額金二五万〇六〇〇円(解雇予告前三ヶ月の基本給)の限度で仮払いの必要性が認められるが、右日時以前の部分並びに通勤手当等の諸手当及び賞与については仮払いの必要性は認められない。

八  結論

よって、主文のとおり決定する(主文第一、二項については、事案の性質上債権者に担保を立てさせない。)。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 田中義則 裁判官 池下朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例