大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11557号 判決 1998年7月16日
原告
株式会社整理回収銀行
右代表者代表取締役
水野繁
右代理人支配人
池上彌六
右訴訟代理人弁護士
矢島正孝
同
平井康博
被告
三優実業株式会社
右代表者代表取締役
福川拓一
右訴訟代理人弁護士
荒川雄次
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
大阪地方裁判所平成六年(ケ)第八一八号及び同裁判所平成七年(ケ)第二七三八号不動産競売事件について、同裁判所が平成九年一一月一二日に作成した配当表中、被告に対する剰余金分配額一億〇六三八万六〇一七円とあるのを九四一五万二六七三円に、原告に対する配当額五二二〇万〇二五九円とあるのを六四四三万三六〇三円に、それぞれ変更する。
第二 事案の概要
一 争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実
1 訴外木津信用組合(以下、「木津信」という。)は、訴外三福観光株式会社(以下、「訴外会社」という。)に対し、平成元年一二月一八日に、二億七〇〇〇万円を貸し付け、右債権ほか訴外会社に対する信用組合取引上の債権等を担保するため、訴外会社が所有していた別紙物件目録一(1)記載の土地(以下、「本件土地」という。)及び同土地上に存した別紙物件目録記載二の建物(以下、「本件旧建物」という。)につき、右同日に、別紙担保目録記載の共同根抵当権設定契約を締結し、同月二〇日付けでいずれも順位一番の根抵当権設定登記を了した(甲一、七、八、九、一〇)。
2 訴外会社は、右根抵当権(以下、「本件根抵当権」という。)設定後、本件旧建物を取り壊した(争いがない。)。
3 被告は、平成三年三月八日、訴外会社から本件土地を買受け、同月一一日付けで所有権移転登記を了した(争いがない。)。
4 被告は、平成三年七月二七日に、本件土地上に別紙物件目録一(2)記載の建物(以下、「本件新建物」という。)を新築して、同年八月二〇日付けで保存登記を了した(争いがない)。なお、本件新建物には抵当権は設定されていない(甲一一)。
5 木津信は、本件土地につき大阪地方裁判所平成六年(ケ)第八一八号不動産競売事件により競売の申立てをなし、その後、本件新建物につき大阪地方裁判所平成七年(ケ)第二七三八号不動産競売事件により民法三八九条による一括競売の追加申立てをした。その結果、右両事件は併合され、本件土地及び本件新建物が一括競売(以下、「本件競売」という。)に付され、本件土地及び本件新建物の最低売却価額が一億五八〇〇万円と定められ、平成九年一一月一二日が配当期日に指定された(争いがない。)。
6 本件競売に補充評価書によれば、本件土地については、土地価格を一平方メートル当たり一九万九〇〇〇円、建付地価格としてその九〇パーセントに当たる一七万九〇〇〇円と評価し、それに地積を乗じた額である五七七八万五〇〇〇円が本件土地の評価額とされ、本件新建物については、再調達原価を一平方メートル当たり一五万円と評価し、それに延床面積を乗じ、現在価値率六〇パーセントとして算出した一億一七七六万七〇〇〇円が本件新建物の評価額とされ、右評価額の合計から、対応調整としてその一〇パーセント減価した一億五七九九万七〇〇〇円が本件土地及び本件新建物の評価額とされている(乙一の二)。
7 原告は、平成九年二月二四日事業譲渡により本件根抵当権の移転を受け、木津信より5記載の各競売事件の債権者たる地位を承継した(弁論の全趣旨)。
8 被告は平成六年四月一三日付けで本店住所を現住所に変更登記し、平成八年三月一日付けで現商号への変更登記をした。
9 5記載の配当期日に執行裁判所から示された配当表は、本件土地及び本件新建物の売却代金一億六一五〇万円について、五二二〇万〇二五九円を原告に配当し、剰余金一億〇六三八万六〇一七円を被告に分配することを内容とするものであったため、原告は、右配当期日に民事執行法八九条に基き執行裁判所に配当異議の申し出をした(争いがない。)。
二 原告の主張
1 本件のように、同一所有者に属する本件土地及び本件旧建物に共同根抵当権が設定された後、本件旧建物が取り壊されて本件新建物が建築された場合には、共同根抵当権者の合理的な意思としては、本件土地について法定地上権の制約のない更地の担保価値を把握しようとするものであると解されるから、本件新建物に法定地上権は成立しない。
2 その結果、本件新建物は、土地利用権を伴わないものとなり、本来取り壊される運命にあるから、敷地である本件土地の根抵当権との関係では経済的に無価値なものとして取り扱うべきである。
3 本件においては、木津信と訴外会社の間で、本件旧建物を取り壊した新たな建物を建築したときは、当該再築建物につき、速やかに共同根抵当権を設定することを合意していたにもかかわらず、訴外会社によって新たな建物は建築されず、訴外会社と共謀した被告によって本件新建物が建築されたという事情があり、被告による新建物の建築は、本件根抵当権の正常な行使を妨害し本件根抵当権を侵害するものといえる。
4 したがって、本件競売において、売却代金の総額を各不動産の個別の最低売却価額(個別価額)に応じて按分して各不動産ごとの売却代金として配当表を作成する際には、本件土地については更地価格を基準とすべきであり、建付地としての減価は行われるべきではない。
5 ところで、本件競売における補充評価書によれば、本件土地の更地価格は六四二〇万五三六〇円と評価されており、右更地価格は、本件競売における本件土地及び本件新建物の最低売却価額一億五八〇〇万円の40.63パーセントの割合を占める。
6 それゆえ、本件競売の売却代金一億六一五〇万円については、共益費用を控除した残額一億五八五八万六二七六円のうち本件土地の更地価格割合の範囲(1億5858万6276円×40.63パーセント=6443万3603円)について、原告は本件根抵当権による優先弁債権を有していることになる。
三 被告の主張
1 建物が敷地上に存する場合には、土地利用権がないとしても、土地の価額に一定の減価が生じるものと解される。
2 本件競売の配当表では、補充評価書の評価に基いて、本件土地の評価額を全体の32.916パーセント、新建物の評価額を67.084パーセントとして、売却代金を按分している。
3 右按分は、補充評価書によって、本件土地の評価額を新建物が存在することを理由に一〇パーセント減価して五七七八万五〇〇〇円と評価されたことを理由とするものであり、正当である。
4 それゆえ、本件競売の売却代金一億六一五〇万円については、共益費用を控除した残額一億五八五八万六二七六円のうち本件土地の更地価格割合の範囲(1億5858万6276円×32.916パーセント=5220万0259円)について、原告は本件根抵当権による優先弁債権を有しているにすぎず、その余は剰余金として被告に分配されるべきである。
5 本件土地の個別評価額が五七七八万五〇〇〇円と決定されていた以上、配当の段階ではそれを前提に配当せざるを得ないのであるから、原告の主張は、結局のところ最低競売価額の不当性をいうにすぎず、売却許可決定の確定後は配当異議では争えないというべきである。
四 争点
民法三八九条による土地及び建物の一括競売がされた場合に、建物が土地利用権のないものである以上、土地については更地価格を最低売却価額として定めるべきであると主張して、土地について建付地として減価された価格によって定められた個別の最低売却価額(個別価額)を不服として、配当額の変更を配当異議の訴えによって求めうるか。
第三 当裁判所の判断
一 本件における原告の主張は、要するに、本件新建物には法定地上権など土地利用権がないのであるから、本件競売において、売却代金の総額を各不動産の個別の最低売却価額(個別価額)に応じて按分して各不動産ごとの売却代金として配当表を作成する際には、本件土地については更地価格を基準とすべきということにある。
二 証拠(乙一の二)によれば、本件競売における補充評価書は、次のとおり、本件土地及び本件新建物を評価している。
(一) 本件土地 更地価格を一平方メートル当たり一九万九〇〇〇円とし、建付地価格としてその九〇パーセントに当たる一七万九〇〇〇円と評価し、それに地積を乗じた額である五七七八万五〇〇〇円を本件土地の評価額とする。
(二) 本件新建物 再調達原価を一平方メートル当たり一五万円と評価し、それに延床面積を乗じ、現在価値率六〇パーセントとして算出した一億一七七六万七〇〇〇円を本件新建物の評価額とする。
(三) 本件土地及び本件新建物
右評価額の合計から、対応調整としてその一〇パーセント減価した一億五七九九万七〇〇〇円を本件土地及び本件新建物の評価額とする。
そして、右補充評価書に基き、本件競売の執行裁判所は、一括競売の最低売却価額を一億五八〇〇万円と定めた(争いがない。)。
三 右事実によれば、本件競売においては、本件新建物について法定地上権が成立せず、その他の土地利用権も存しないとの評価を行い、右評価を前提として、本件土地及び本件新建物の最低売却価額を決定していることが明らかであって、原告は、本件配当異議の訴えにおいて、法定地上権の成否を理由に売却代金の割付けの変更を求めるものではなく、本件土地の個別の最低売却価額(個別価額)につき、本件土地を建付地として更地価格から一〇パーセント減価したことが不当であり本件土地の個別の最低売却価額(個別価額)を更地価格に変更すべきと主張して、右最低売却価額の変更を前提に本件土地と本件新建物の按分割付け率を変更することにより、売却代金の割付けの変更を求めるものと解さざるを得ない。
そこで、そのような場合に、配当異議の訴えにより、個別の最低売却価額(個別価額)の変更を前提に土地と建物の按分割付け率を変更することにより、売却代金の割付けの変更を求めることができるかについて検討する。
四 配当異議の申出及び配当異議の訴えは、配当表中の債権又は配当額に対する実体上の不服について、争いのある当事者間で、個別的相対的に解決するための手続であると解されるところ、不動産執行ないし不動産競売において、最低売却価額に対する不服を配当異議の理由とすることは、配当手続の予想しないところであり、原則として許されないと解すべきである。最低売却価額の決定が、その内容において違法な場合は、違法な最低売却価額により利益を害される者(配当に与る債権者等)は、売却の実施が終了する前は執行異議の申立て(民執法一一条)、並びに、売却の実施が終了した後は、最低売却価格の決定に重大な誤りがある場合に限り、売却期日において売却許可に対する異議(民執法七〇条、七一条六号)及び売却許可決定に対する執行抗告(民執法七四条二項、七一条六号)といった不服申立ての手段が民事執行法上定められており、原則としてそれらの不服申立てによって解決されるべきと考えられるからである。しかし、最低売却価額をめぐる争いが常に配当異議の訴えの中で解決され得ないわけではなく、例えば、土地と建物を一括売却した場合において、土地及び建物についての合計の最低売却価額に不服はないが、当該建物について法定地上権が成立するかどうかの執行裁判所の認定について不服があり、これを理由として配当表に異議を申し立てる場合のように、土地及び建物についての合計の最低売却価額の認定の適否自体を問題とするものではないが、法定地上権の成否という実体法上の問題により、土地について定められた個別の最低売却価額(個別価額)のうち、法定地上権相当額を、土地又は建物のいずれの個別の最低売却価額(個別価額)に帰属させるのかといった、実体法上の権利関係の争いを問題とし当事者間で不当利得返還請求権が生じ得る場合に限って、例外的に、配当異議の訴えにおいて、正しい実体法上の権利関係に従って個別の最低売却価額(個別価額)を変更することができると解するのが相当である。右例外に該当するような場合に配当異議の訴えを許さないとすると、不服のある債権者は、実体法上の権利を超えて有利な配当を受けた債権者に対して不当利得返還請求を行うことによって自己の実体法上の権利の実現を求めざるを得ないが、代金の配当された後の不当利得返還請求訴訟によるよりは、配当異議の訴えにおいて解決される方が訴訟経済に資するし、当事者の利益にもかなうものと解されるからである。
五 これを本件についてみるに、前示のとおり、最低売却価額の決定の前提となる評価において建付地として減価したことの適否をめぐって割付け方法の適否を争われている事案である。
一般に建付地とは、建物等の用に供されている敷地で建物等及びその敷地が同一所有者に属し、かつ、当該所有者により使用され、その敷地の使用収益を制約する権利の付着していない宅地と理解され、不動産の鑑定評価実務においては、敷地上に物理的に建物が存在していることにより土地が最有効使用されていないことを考慮し、更地化のため費用、難易度等を勘案して、建付地価格として更地価格より数パーセントから一〇パーセント程度の範囲内で減価評価することが多いものと思われる。このように、建付土地としての減価は、実体法上の権利の存否による減価ではなく、およそ、土地上に建物があることが土地の最有効使用をどれだけ妨げているかという価格評価の問題といわざるを得ない。また、前示のとおり、本件競売における補充評価書によれば、本件土地についての建付地減価分は、本件新建物の評価額に加えられておらず、建付地減価によって本件新建物の評価額が増加している関係になく、被告が売却代金の総額より本件新建物の個別の最低売却価額(個別価額)に応じて按分された剰余金の分配を受けたことにより法律上の原因なく利得し、そのため原告が損失を被ったものとはいい難く、原告と被告の間で不当利得返還請求権が生じるとは考えられない。
このように、本件は、本件土地の個別の最低売却価額(個別価額)の決定に関し何ら実体法の権利関係の争いはなく専ら価格評価の適否が問題とされているにすぎないし、当事者間で不当利得返還請求権が生じ得る場合でもないのであるから、最低売却価額の決定に関して例外的に配当異議の訴えによって解決することが許される場合には該当しないというべきである。
第四 結語
以上の次第で、原告の本件訴えはこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官中村愼)
別紙物件目録<省略>
別紙担保目録<省略>