大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11699号 判決 1998年12月15日
原告
橋本昇
被告
畠山進也
主文
一 被告は、原告に対し、二八万円及びこれに対する平成四年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成四年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が自動車を運転中、被告が運転する自動車に追突されて負傷したとして、民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
以下は当事者間に争いがない(但し、登録番号は甲一による。)。
1 被告は、平成四年一月一九日午後八時三〇分ころ、普通貨物自動車(京都九六せ七〇〇〇、以下「被告車両」という。)を運転して、京都府宇治市槇島町一ノ坪三三―二先道路(府道城島宇治線)を進行中、前方に停止していた原告運転の普通乗用自動車(京都五七つ二四三八、以下「原告車両」という。)に被告車両を追突させた(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故は、被告の過失によって発生した。
二 (争点)
1 原告の損害
原告は、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、事故日から平成五年三月二四日まで、奈良県立奈良病院(以下「奈良病院」という。)で治療を受け、二か月間、原告経営の学習塾の教師活動も十分できず、そのため、余計に講師等を二六四時間分使って、一時間あたり二〇〇〇円の支払いをしていたし、また営業活動は全くできなかった(特に入塾説明会、例年に一二回しているが、一回で平均二名は入塾していた。)。原告の本件事故当時の年収は一二〇〇万円を下らない。
(被告の主張)
原告が平成四年一月二九日から同年六月一二日まで奈良病院に通院していた事実(ただし、実通院日数一八日である。)は認め、原告の傷害は知らない。その余の原告の主張は争う。原告の確定申告書によるのが妥当である。それによると、原告は平成三年の所得は二二八万五四〇二円で、本件事故後の平成四年が二二〇万九二一〇円で、わずか七万六一九二円の減収に過ぎない。しかも原告の職業は変動性が大きいから右減収をもって損害があったとはいえない。講師の給与も本件事故前は三九四万であったが、本件事故後は三〇五万円であった。
2 消滅時効
(被告の主張)
原告の本訴提起は本件事故日から三年が経過しているから、原告の被告に対する損害賠償請求権は時効により消滅しているから、被告は、右時効を援用する。少なくとも、被告は、原告に対し、平成四年一月三一日、一〇万円、同年一一月一六日に二万〇四四〇円、奈良病院に対し、同日、六万九七五〇円を支払ったので、右一六日から三年が経過した平成七年一一月一六日に消滅時効は完成している。被告は右時効を援用する。
(原告の主張)
原告の時効の主張は争う。被告は、平成七年三月三〇日、原告に対し、書面(以下「本件書面」という。)で、被告の原告に対する損害賠償請求権が存することを認めており、右時点で債務を承認したものとして時効中断となるから、時効はまだ完成していない。
(被告の反論)
本件書面は、被告において円満解決を試みて損害計算を試みたもので、なんら確定的な債務承認ではなく、右をもって債務の承認であるとする原告の主張は失当である。仮に債務承認となっても慰藉料に限定される。
第三争点に対する判断
一 原告の損害について
1 前記第二の一の事実、証拠(甲三5、四ないし一〇、乙一1、2、二1、2、三1、2、四1、2、五1、2、六1、2、七ないし一〇、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右事実に反する部分は採用できない。
(一) 原告は、本件事故当時はひとりで学習塾を経営し、自ら教鞭を取り、また、五、六名の講師を使っていて、生徒は平成三年で小学四年生から中学三年生まで七〇名くらいいた。
(二) 原告車両後部は本件事故により相当程度つぶれた。原告は、本件事故により、頸部捻挫、腰部捻挫等の傷害を負い、救急車で医療法人徳洲会宇治徳洲会病院に搬送され、同病院で吐き気、頸部痛、腰痛、食欲不振、めまい感を訴え、頸椎のレントゲン検査や脳のCT検査を受けたが、右検査では特別な異常はなかった。原告は、同病院に、平成四年一月二八日まで通院した(実通院日四日間)。
(三) 原告は、平成四年一月二九日、奈良病院を受診し、めまい、吐き気、頸部痛、腰痛などを訴え、総合病院高の原中央病院(以下「高の原中央病院」という。)で頸椎MRI検査を受けたが、軽度変形性頸椎症という経年変化が認められただけで、他覚所見として格別な異常もなく、治療も痛みに対する投薬や理化学的治療を受ける程度に止まった。原告は、奈良病院には平成四年六月一二日まで通院した(実通院日一八日間、一月が一日、二月が六日、三月が四日、四月が四日、五月が二日、六月一日)。また、原告は、高の原中央病院には右検査のため、平成四年二月二〇日に通院したほか、平成四年一〇月二一日、済生会奈良病院に通院した。
(四) 原告は本件事故後も休むことなく自己の経営する塾に行った。原告の確定申告書によれば、本件事故前の平成三年分の所得が二二八万五四〇二円で、本件事故後の平成四年分の所得が二二〇万九二一〇円であって、その差はわずか七万六一九二円であったし、平成三年分の講師等の給料賃金は三九四万円で、平成四年分の給料賃金は三〇五万円で、むしろ減っていた。原告は、例年この時期に月四回程度、入塾説明会を開いていたが、できなかった。
2 右によると、本件事故によって原告が受けた衝撃はまったく軽微とまではいえなかったが、治療経過からすると、幸い原告が受けた頸椎捻挫や腰部捻挫等の傷害の程度は、比較的軽微であったと認められ、しかし、右認定程度の右通院による治療は必要であったと認めるのが相当である。
原告は、確定申告以上の収入があったとし、甲三1ないし4、一二を提出するが、原告の確定申告書を覆すに足りるものではない。また、原告には住宅ローンの支払が月三〇万円あったといえるが、これが塾による収入だけで返済していたのか不明である。したがって、原告は前記認定のとおり、平成三年分の所得が二二八万五四〇二円で、本件事故後の平成四年分の所得が二二〇万九二一〇円であったことを基礎にして検討すべきであり、そうすると、本件事故前と事故後の年収差はわずか七万六一九二円であって、原告がひとりで塾を経営していたことなどからすると、各年度で右程度の年収差があっても不自然でないこと、原告は本件事故で余計に塾の講師を使用したと主張するが、右使用料を含む平成三年分の給料賃金は三九四万円で、平成四年分の給料賃金は三〇五万円で、むしろ減っていたこと、入塾説明会ができなかったとしても、入塾説明会で必ず生徒が増えると認めるに足りる的確な証拠もないことからして、原告には、本件事故による減収はなく、休業損害はなかったというほかない。
3 原告の損害
右を前提にすると、原告は、本件事故により次のとおりの損害賠償請求権を取得したと認められる。
(一) 休業損害 〇円(原告の主張 二〇〇万円)
(二) 慰藉料 二五万円(原告の主張 一〇〇万円)
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、被害者が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二五万円をもってするのが相当である。
二 消滅時効について
被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上、その損害と牽連一体をなす損害であって当時においてその発生を予見することができることが可能であったものについては、すべて被害者においてその認識があったものとして、民法七二四条所定の時効は右損害の発生を知った時から進行を始めるものと解されるところ、本件においては、前記認定の事実から、原告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰部捻挫等の傷害を被告から受けたことを知ったといえること、原告主張の損害は、いずれも本件事故により原告が身体傷害を受けたことと牽連一体をなす損害であって、原告が本件事故当時予見することが可能であったことが認められるから、本件事故日の翌日から消滅時効の進行を開始し、本件事故が平成四年一月一九日に発生したことは当事者間に争いがなく、他方、原告が本訴を提起したのが平成九年一一月一七日であることは当裁判所に顕著であるから、原告の右損害賠償請求権は本件事故の翌日である平成四年一月二〇日から進行し、平成七年一月一九日の経過により時効は完成することとなるといえる。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、平成四年一一月一六日までに、一二万〇四四〇円の支払をした事実が認められるから、右支払によって、債務承認があったものとして、消滅時効は中断したものと解される。したがって、同月一七日から新たな時効が進行したといえる。
甲二及び弁論の全趣旨によれば、被告は、代理人を通じ、平成七年三月三〇日、原告に対し、書面で、「慰藉料だけのご請求であれば、治療日数により当職において金額を提示出来ますが、それ以外の損害をご請求されるのであれば、矢張り、その損害額と根拠となる証拠書類の提出が必要です。」と告げ、損害額は争うものの、債務を認め、支払うべきものは支払うことを前提にしていたといえるから、右は被告の自認行為と評価できる。また、右は明示的な慰藉料に限定した債務承認とは認められない。
したがって、時効完成日(平成七年一一月一六日)より前の平成七年三月三〇日に債務承認により時効が中断し、前記のとおり、同月三一日から三年が経過しない平成九年一一月一七日本訴提起があったから、消滅時効は完成していない。
よって、被告の消滅時効の抗弁は理由がない。
三 結論
以上によると、原告の損害は二五万円となる。
本件の性格及び認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は三万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告に対し、二八万円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩崎敏郎)