大阪地方裁判所 平成9年(ワ)12421号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 矢倉昌子
同 阪井千鶴子
被告 医療法人小国会あさひ美容外科
右代表者理事長 小國英昭
右訴訟代理人弁護士 宮岡寛
同 竹橋正明
同 李義
主文
一 被告は、原告に対し、四〇一万二二七六円及びこれに対する平成九年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、七一六万九四一〇円及びこれに対する平成九年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の代表者である医師により豊胸術、双瞼術、しわとり等の美容外科手術を受けた原告が、不適切な施術により外貌に傷痕等を残され、また施術の危険性等につき事前の説明義務を尽くされていなかったとして、債務不履行又は不法行為(民法四四条)に基づく損害賠償請求権の内金として七一六万九四一〇円及び訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を請求している事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、「あさひ美容外科」の名称で診療所を開設している医療法人であり(旧名称「小国クリ二ツク」、以下「被告診療所」という。)、小國英昭(以下「小國医師」という。)はその理事長兼院長である。
2 原告は、平成八年一一月二八日、被告が姫路市内に設置したカウンセリングルームを訪れた(その際、誰が応対したか、またいかなる説明を受けたかについては、当事者間に争いがある。)。
その後、被告は原告に対し、原告の求めにより、小國医師の著書である「バストじまん」及び「フェイスリフトクリ二ツク」を送付した。
3(一) 原告は、同年一二月一七日、被告診療所で小國医師の診察を受け、豊胸、二重(ただし、右目のみ)、顔のしわとり(フェイスリフト、額の部分についてはパーツリフト)及び目の下のたるみ取りの美容外科手術(以下「本件手術」という。)を受ける旨の診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。
(二) 小國医師は、原告に対し、シリコンバッグを挿入するだけでは左右対称の胸を実現することはできないこと、二重の手術について腫瘤ができる可能性、パーツリフトの方法として頭髪の生え際で切除する方法(以下「生え際法」という。)の他、髪の中で切除する方法(以下「頭髪法」という。)等の手術方法があることについて、いずれも説明していない。
4 原告は、同月二〇日、小國医師の執刀により本件手術を受けた。なお、右同日、小國医師は原告に対し、手術内容の説明をしていない。他方、手術に先立って、原告は小國医師に対し、垂れている胸を持ち上げてほしい旨要望したが、左右が非対称である点を調整してほしいとは特に訴えていない。
5 原告は被告に対し、右手術の医療費として、合計三二〇万三三〇〇円を支払った。
6 原告は、本件手術後、胸の位置が左右非対称であることに気づき、その旨小國医師に連絡した。小國医師は原告に対し、平成九年一月七日、左胸のシリコンバッグを取り出して入れ直す手術(以下「本件再手術」という。)を行った。
7 現在、原告の乳房の下縁及び乳首の位置は、左右で異なっている。また、本件手術及び本件再手術における乳房の切開部、本件手術におけるしわとり術の切開部には、それぞれ手術痕が残存している(なお、原告の右胸に挿入されたシリコンバッグから液漏れが起きたか、二重の手術の縫合部に腫瘤ができているか、しわとり術の縫合箇所から約四〇本の中糸が出たかについては、当事者間に争いがある。)。
二 争点
1 小國医師の適正手術義務違反の有無
(一) 豊胸術
(原告の主張)
(1) 豊胸手術において、乳房の下縁のしわに沿って切開してプロテーゼを入れる場合には、座位と横臥位により乳房の下縁を的確に確定して手術痕を目立たない位置にすべき義務があるのに、乳房の下縁を横臥位のみで確定したため、手術痕が目立ってしまった。
(2) シリコンバッグは大胸筋の上ないし下に対称に入れるべき義務があるのに、左胸については大胸筋の下に、右胸については大胸筋の上に挿入したため、原告の左胸は運動等により変型するようになった。
(3) 豊胸術においては、見た目の美しさを追求する原告の意思に沿い、左右対称に近い整ったバストを作り出す義務があったのに、漫然左右同量の生理食塩水を注入したため、左右対称の乳房にならなかった。
(4) 不適切な手技により、右側に挿入したシリコンバッグに液漏れを生じさせた。
(被告の主張)
(1) 原告の主張(1) のうち、小國医師が横臥位で乳房の下縁を確定したことについては認めるが、法的義務違反については争う。また、手術痕は時間とともに白くなって目立たなくなるものである。
(2) 同(2) は否認ないし争う。シリコンバッグばいずれも大胸筋の上に入っている。もっとも、大胸筋は幾重にも重なっており、剥離の際にごく一部がシリコンバックの上に残る可能性はある。
(3) 同(3) は争う。手術前から原告の乳房、乳首のいずれも左右非対称であり、手術前後で左右の高低差は大差ない。また、左右の高さの差は、本件再手術により改善した。
(4) 同(4) のうち、液漏れが生じたことは否認し、法的義務違反は争う。なお、液漏れが生じる可能性は皆無ではない。
(二) 双瞼術
(原告の主張)
(1) 手術後に縫合箇所が目立たないようにして見た目に美しい二重瞼を実現すべく、事前に予想される事態をチェックして縫合方法を選択して適切な手技で手術をすべきだったのに、漫然本件手術を行い、原告の縫合箇所に米粒大の腫瘤を生じさせた。
(2) 仮に腫瘤が原告の体質的問題が原因で生じたとしても、事前に原告の体質をチェックして最適な手術方法を選択すべきだったのに、これを怠った。
(被告の主張)
(1) 原告の主張(1) は争う。腫瘤ができたとしても、原告の異物反応によるものであり、ミスではない。
(2) 同(2) は争う。手術前に、異物反応のテストをするまでの注意義務はない。
(三) しわとり術(フェイスリフト、パーツリフト)
(原告の主張)
(1) 切除部位の選択については、しわの広さ、量及び黄色人種としての特性を加味して、頭髪法を採るべきだったのに、漫然と生え際法を選択し、その結果原告の生え際に傷跡が残り、額を露出する髪型をすることができなくなった。
(2) 縫合の際、糸が皮膚表面に出ないよう、皮膚に針を通す深さに細心の注意を払うべきであったのに、これを怠ったため、手術後に約四〇本もの中糸が出た。
(被告の主張)
(1) 原告の主張(1) は争う。確かに頭髪法の説明はしていないが、生え際法の方が適切であるし、原告も事前に了解していた。
(2) 同(二)は否認する。中糸は出ていないし、仮に出ていたとしても、原告の体質による異物反応によるものである。
2 小國医師の説明義務違反
(一) 豊胸術について
(原告の主張)
原告が仮性下垂乳房か否か、左右対称か否かを的確に判断し、単にシリコンバッグを埋め込むだけでは原告の望む左右対称の胸を実現することはできないことを説明し、原告にあえて右手術を受けるのかについての意思確認をすべきであったのに、これを怠った。
(被告の主張)
争う。原告の下垂の程度は、下垂とされる程度に至っていなかったところ、原告は乳房の左右の高さ調整を希望していなかった。高さ調整は大きな手術痕を生じる高額の手術であり、この手術の希望を確認するまでの義務はない。
(二) 双瞼術について
(原告の主張)
縫合箇所に腫瘤が生じる可能性についても説明すべきであったにもかかわらず、これを怠った。
(被告の主張)
腫瘤が生じることがありうることについての説明はしていないが、通常の術後経過ではない不測の事態であり、そこまで事前に説明すべき義務はない。また、事前に不測の事態が生じる可能性については説明している。
(三) しわとり術(フェイスリフト、パーツリフト)
(原告の主張)
しわとり手術の術式にはどのようなものがあるか、本件術式では額に傷痕が残ること、起こり得べき合併症、後遺症(特に中糸が出てくること)について説明して原告に選択の機会を与えるべきであったのに、被告は、原告に対し、小國医師の著書を送ったのみで、何ら具体的説明をしなかった。
(被告の主張)
争う。切開手術である以上、傷痕ができる可能性があること、通常は時間の経過により目立たなくなること等を説明し、中縫いの糸が出てくる可能性があることについても説明している。効果が乏しい他の術式(頭髪法)まで説明すべき義務はない。
(四) 目の下のたるみ取りについて
(原告の主張)
施術方法(まつ毛を抜く点についても説明すべきである。)、傷跡がどの位置にどの程度の長さ及び太さで残るのかを説明すべきであったのに、これを怠った。
(被告の主張)
争う。
3 本件手術内容の説明は小国医師本人が行うべきであったか。
(被告の主張)
原告が姫路のカウンセリングルームを訪れた際、被告診療所の看護婦である川上一美が原告の希望を聞き取って、豊胸手術については乳房下を三ないし四センチメートルほど切開して生食バッグを入れる方法によって行うこと、術後マッサージが必要で半年はブラジャーを着用できないこと、口の横及び首もとのしわは、フェイスリフトを行い、具体的には耳の前から首元まで切り表皮及び表情筋膜を引っ張る方法(スマッス法)によること及び術後経過、目の下のたるみの除去及びおでこのしわとりについてはパーツリフトにより頭髪の生え際を切除する旨説明した。川上は小國医師より教育され、希望予定手術に併せて手術方法及び術後経過等の説明内容を理解して原告に対して説明を行ったのであるから、右説明により説明義務は尽くされている。
(原告の主張)
姫路のカウンセリングルームで応対したのは川上ではないし、同所で原告は医療行為についての説明は受けていない。また、本来医療行為における説明は医師が行うべきものであり、何ら資格のない者が説明を行ったからといって、説明義務を尽くしたことにはならない。
4 損害
(原告の主張)
(一) 手術費用相当額 三二〇万三三〇〇円
小國医師の行った手術は、いずれも適正なものとはいえず、原告が委任した手術の目的及び結果を達成していないから、被告には原状回復義務がある。しかしながら、原状に回復することは困難であるので、原告の被った損害を金銭に評価すれば、手術費用相当額である三二〇万三三〇〇円となる。
(二) 再手術費用 一二〇万円
原告の身体は被告の不適正な手術により積極的損害を受けており、豊胸術については、中に入れたシリコンバッグを両方とも取り出す必要があり、右二重瞼については中糸を取り出さなければならない。また、フェイスリフト、パーツリフトによる傷跡は、削り取るなどの手術を受ける必要がある。被告の手術料金を前提にすれば、シリコンバッグ除去に六〇万円、右瞼の埋没糸除去に一〇万円、傷跡を削り取る手術に約五〇万円の合計一二〇万円が必要となる。
(三) 休業損害金 三〇万円
小國医師が、本件手術後の平成九年一月六日から原告は仕事ができると言ったので、原告は平成八年一二月二一日に本件手術を受けた。原告の一か月あたりの給与は三〇万円であるところ、被告の手術の失敗等のため、少なくとも一か月間は全く仕事ができなかった。
(四) 治療費及び交通費 一一万二二七六円
原告は、本件手術後に被告診療所及び他病院へ通院し、診療を受けたが、その交通費及び治療費の合計額は、一一万二二七六円である。
(五) 慰謝料 三〇〇万円
原告は美しくなりたいがために美容外科手術をうけたにもかかわらず、結果的に外貌に傷跡や腫瘤が残ったほか、乳房が左右非対称になるなどの重大な後遺症が生じており、これにより精神的・肉体的に多大な苦痛を被った。手術後における小國医師の不誠実な対応をも考慮すれば、原告の右苦痛を慰謝するためには、少なくとも三〇〇万円は必要である。
(六) 弁護士費用 八〇万円
(被告の主張)
いずれも争う。
第三争点に対する判断
一 小國医師の適正手術義務違反の有無について(争点1)
1 豊胸術
(一) 手術痕の位置について(争点1(一)・(1) )
証拠(甲一〇の5、一四)によれば、原告には立って両腕を上に挙げた状態で、右は乳頭から八五ミリメートル下方のところに、全長三〇ミリメートルの手術痕があり、その最大幅は五・五ミリメートルであること、左は乳頭から八五ミリメートル下方のところに全長三〇ミリメートルの手術痕があり、最大幅は三ミリメートルであることが認められる。ところで、本件手術において、横臥位により切開部位を確定したことは当事者間に争いがないところ、医学文献(甲一九)によれば、豊胸術に際し皮膚切開の位置を決めるためには、患者を術前に立位又は座位にした状態で乳房下縁の位置を確かめておく必要があること、また臥位の状態では位置を見失うことがあることが認められ、右事実によれば、小國医師は立位又は座位で切開位置を決定すべき義務があったというべきである。とすれば、右手順を踏まずになされた本件手術は債務の本旨に従ったものとはいえず、右債務不履行により、ブラジャーの形状又は挙手等の際において、手術痕を乳房の下縁で隠すことのできない位置に生じさせたというべきである。小国医師は、乳房下縁の位置を確認するのに座らせる必要はなく、乳房の下縁と切開部位が離れているのは、カプセル拘縮が原因ではないかと供述するが、根拠が明らかでなく、採用できない。
(二) シリコンバッグ埋入による乳房の変型について(同(2) )
証拠(甲二、甲一〇の1ないし3)によれば、本件手術後において、原告の胸には身体の向き如何によって乳房の上に不自然なへこみができること、右原因としてば左側乳房に入れたシリコンバッグがやや高い位置にあり、筋の収縮により形を変えることが考えられることが認められ、証拠(甲三、甲一一)によれば、原告の胸に入れたシリコンバッグは、左は大胸筋と小胸筋の間に埋入されており、右は乳腺下すなわら大胸筋上に埋入されていることが認められる。医学文献(甲四)によれば、一般にシリコンバッグば大胸筋膜上に埋入されること、大胸筋下に埋入した場合には手を挙上したり大胸筋に力を入れたとき、プロテーゼ(シリコンバッグ)がずれ上がったり、上肢の挙上制限が起こることが指摘されている。もっとも、他の文献(甲二〇)には大胸筋下に挿入することについて積極的な側面も指摘されているものの、同時に右のような欠点も指摘されている。また、小國医師自身、その著書において、大胸筋上にシリコンバッグを入れる旨述べている。以上によれば、特段の事情がない限り、シリコンバッグは大胸筋の上ないし下に対称に入れるべき義務があったというべきところ、本件においては前記認定のとおり左右で埋入位置が異なっている上、小國医師も、右結果を生じさせたことについて、特段合理的な理由を供述していないことに照らせば、本件手術においてシリコンバッグの埋入位置が左右で異なった点については、債務の本旨に従った履行がなされたとはいえない。
(三) 左右の乳房が非対称である点について(同(3) )
証拠(乙九の1、2、被告代表者)によれば、原告の本件手術前における左右の乳房の高さの差は、乳頭部で一二ミリメートルであったこと、本件手術及び本件再手術後である平成九年一月三一日時点における差は、同様の基準で一四ミリメートルであったこと、本件手術後再手術前は、その差がさらに大きなものであったことが認められ、術前診療の際、原告が小國医師に対し、垂れている胸を持ち上げてほしいと要望したが、左右が非対称である点を調整してほしいとは特に訴えていないことは当事者間に争いがない。ところで、医学文献(甲四)によれば、下垂傾向のある(真正の下垂に至らない場合も含む。)乳房に対して豊胸術(特に大胸筋下豊胸術)を行うと、ときにバッグによる豊胸部位と乳腺乳頭の位置が離れ、独特な変形をもたらすことについて注意が喚起されていること、左右非対称の場合には挿入バッグの大きさを左右で変えること等によりコントロールすべきであるが、完全な左右対称性を得ることは困難であることが認められ、折登医師の回答書(甲二六)も概ね同旨の記載をしている。以上によれば、通常の豊胸術において、診療契約上左右対称性を得させるべき義務があるとまではいうことができず、他に右義務を認めるに足りる証拠はないから、この点についての原告の主張は理由がない(もっとも、説明義務の点は別問題であるので、後述する)。
(四) シリコンバッグが液漏れを生じた点について(同(4) )
証拠(甲六、一〇の3、4、一一、一四)によれば、原告の右胸に埋入したシリコンバッグから、内容物である生理食塩水が漏れていたこと、右不具合を再手術の直後である平成九年一月一一日の段階で原告が訴えていることがそれぞれ認められる。ところで、医学文献(甲四)によれば、バッグの破損の原因としてはバッグ自体の原因によるものと手術操作によるものがあること、昭和六一年当時にはバッグの品質向上によりバッグ自体の欠陥による破裂や漏れは著しく減少していた旨記載があること、被告が豊胸手術について、原告に対し署名を求めた書類(乙二)には、「生理食塩水は一〇〇人に一人はもれることもあります。三年以内にやぶれてしまった場合、再手術は無料です。」と記載されていることに照らすと、生理食塩水が漏れるという事態は、適正な手術を行ってもあり得ないことではないものの、その可能性は相当低いことが認められる。したがって、本件手術当時において、絶対に液漏れを生じさせてはならない診療契約上の義務があったとまではいえないが、液漏れが生じた場合には、再手術等適切な処置を取る義務を負うと解するべきであるから、不具合が生じているにもかかわらず、右適切な処置等を何ら講じないまま現在に至っている点は、債務の本旨に従った履行があるとはいえない。
(五) 再手術による改善について
本件においては、原告の不具合の訴えをきっかけとして、前記認定のとおり再手術が行われているけれども、右に認定した左右の乳房の高さの調整の点を除いては、何ら有意な改善はなされていないと認められるから、本件再手術を行ったことにより、被告は右債務不履行責任を免れるものではない。
2 双瞼術について(争点2(二))
(一) 証拠(甲九の1、一四、原告本人)によれば、本件手術により、原告の右目の瞼の部分に、以前には存在しなかった米粒大の腫瘤ができていること、その原因としては、二重瞼を作るための埋没糸が考えられることが認められる。しかし、医学文献(甲二〇)では、本件の術式である埋没法の予想される事態として、異物肉芽腫の点が指摘されているが、他の術式である切開法と比較して、手術手技が簡単で手術時間も早く、術後の腫れも少なく、洗顔・化粧も早期から可能で、瘢痕もほとんど分からないといった利点もあるとされている。そうすると、埋没法を採用したことそれ自体が義務違反となるものではない。また、折登医師の回答書(甲二六)によれば、腫瘤ができないか、もしくはできにくくする方法として、糸がついた針を皮膚に刺す場所に点状の小皮膚切開を加え、針や糸で表皮組織が埋入しないようにする方法があるとの指摘があるが、右方法が通常の美容整形手術において一般的に行われていることを裏付ける証拠はなく、右方法を採用すべき義務があったと認めるには足りないので、原告の主張(1) は理由がない。
(二) また、術式の選択に先立ち、原告の体質を事前にチェックすべき義務を基礎づけるに足りる証拠はないので、原告の主張(2) も理由がない。
3 しわとり術(フェイスリフト、パーツリフト)
(一) 切除部位の選択について(争点1(三)・(1) )
証拠(甲九の2ないし5)によれば、原告の額の髪の生え際には本件手術の切開痕が残っていることが認められる。ところで、医学文献(甲二〇)によれば、額のしわとり術においては前述の頭髪法、生え際法等の方法があること、頭髪法は術後の瘢痕が髪に隠れる等の長所がある反面、切除効果が少ないことがあることが指摘されていること、生え際法は効果が大きい反面、切開線が目立つ等の短所が指摘されていること、術式の選択については患者の選択に委ねられていることが認められ、この点については折登医師の意見も同旨である。原告は本件において頭髪法を採用すべきだった旨主張するが、右認定事実に照らしてそのような法的義務があると認めるに足りる証拠はないから、生え際法を選択した点それ自体について、債務不履行ないし不法行為は成立しない。
(二) 縫合の手技について(同(2) )
証拠(甲一四ないし一六、二六、原告本人)によれば、本件手術後に原告の前額部の生え際、耳の前や後ろの縫合部分から合計約四〇本程度の中糸が皮膚表面に出てきたこと、折登医師によれば、想定される原因としては、糸の選択、滅菌使用期限を過ぎた糸を使用したこと、縫合技術の未熟、糸周囲の感染、特異体質が挙げられていること、適切な手術でも数本の中糸が出る可能性がある一方、一度の手術で四〇本もの中糸が出てくることは極めて稀な事態であることが認められるところ、本件において、原告の特異体質を窺わせる事情は何ら認められないのであるから、前記指摘にかかる糸の選択、滅菌使用期限を過ぎた糸を使用したこと、縫合技術の未熟、糸周囲の感染等何らかの手技上の原因により右不具合が生じたものと推認される。したがって、術後に約四〇本程度の中糸が皮膚表面に出る結果となったことは、債務の本旨に従った履行とはいえない。
二 小國医師の説明義務違反について(争点2)
1 前提となる事実関係
前記第二で指摘した争いのない事実等のほか、証拠(甲一四、乙七、被告代表者、原告本人)によれば、小國医師又は被告診療所の職員による原告に対する説明について、次の事実が認められる。
(一) 原告が被告に最初に連絡を取った平成八年一一月当時、被告姫路診療所には常駐の勤務者はおらず、姫路に電話がかかると大阪の被告診療所に電話が転送される仕組みになっていた。転送された電話を受けた大阪の受付事務員が簡単な説明をした上で、カウンセリングの予約を取るシステムであった。
(二) 原告は、右システムに基づき、同月二八日に姫路診療所(カウンセリングルーム)で小國医師とテレビ電話で話をする約束をし、右約束どおり、同月二八日に同所へ赴いた。約束の時間から三〇分くらい遅れて若い女性が現れ(これが被告看護婦であった川上和美であるかについては、項を改めて論じる。)、部屋へ案内されたが、当時小國医師は不在とのことで、結局同人と話をすることはできなかった。原告は、右部屋において、右女性から予め用意された用紙(乙六)に、住所、氏名及び「ご自分の身体で特に気づくことがありましたらお書きください。」との欄に、「最近特に顔のしわが目立って気になります。」と記載したが、その余の欄について、右女性が右当時に原告の面前で記載することはしなかった。
(三)(1) 被告から送付された小國医師の著書である、「バストじまん」においては、次の記載がある(甲二三)。
<1> 豊胸術を行うについて、胸にポケットを作る際にドレーンチューブを入れるために翌日再診が必要である。
<2> 生食バッグを正しい位置に固定するために七日間ほど胸部を圧迫すること、マッサージを毎日五分間、一日三ないし四回を六か月続けることが必要である。
<3> バッグが一〇〇人に一人くらいは破れることがあるが、三年以内に破れた場合は再手術をする。
<4> 筋肉の上に生食バッグを入れた方が美しい。
<5> 左右の大きさの違いは豊胸手術を応用すれば直すことができる。
(2) また、同じく小國医師の著書である「フェイスリフト・クリニック」においては、次の記載がある(甲二四)。
<1> 切れば必ずキズは残りますが、まったくわからないほどにしてしまうというのが、やはり私の腕の見せどころといえるでしよう。
<2> 目の下のたるみを取る場合は、下まつげの際を切開するといった具合に、目立たない部分を中心に手術します。
<3> 術後の傷跡については自信を持っていますから、安心していただいて結構です。
<4> 私が心がけていることは、美しく手術するということです。患者さんの心配で最も多いのが、手術の傷跡が残らないかどうかということです。美しく手術するということは、いかに手術の部位を少なくするか、そしてていねいな縫合によって美しく治癒させるということです。(中略)せっかくシワ・夕ルミを取って若返ることに成功しても、傷跡が残るようでは美容整形医としては失格(以下省略)。
(四) 原告が被告診療所において初診を受けた同年一二月一七日には、実際に施行した手術の方法及び手術代金の説明が小國医師からあり、その場で三日後である同月二〇日に手術の予約を入れるよう申し入れ、原告は結局これを承諾した。この間、約一〇分から二〇分であった。被告は診療録(甲六)の記載から、小國医師が当時詳細な説明をしたと主張するが、右記載からは専ら手術の方法及び手術代金の説明がなされたこと以上の事実を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(五) 手術当日である同月二〇日に原告が被告診療所へ赴いた際には、小國医師は他の患者の手術中であり、看護婦を通じて承諾書(乙二ないし五)を渡された。その場で目を通して署名押印等をしたが、書類の内容についての説明はなかった。
(六) 小國医師との術前の会話は、他の患者の手術の合間に「Aさん、心配ですか。」「僕は毎日何人も手術をしています。全部僕に任して信用してください。」と述べたのみであった。
(七) 本件手術後の平成九年一月七日に被告診療所を訪れ、左右の胸に埋入したバッグの高さの差について小國医師に説明を求めたところ、「手術してからどこかへ当てたのではないか。」と原告に申し向け、これに原告が反論すると、結局本件再手術が行われることとなった。
2 美容外科手術における説明義務について
医療行為を行うに際し、医師は患者に対して少なくとも当該疾患の診断、実施する施術の内容及び右施術に伴う危険性を説明すべきであることはいうまでもないが、本件のごとき美容外科手術においては、多分に患者の主観的な目的により行われる緊急性の乏しいものであることに鑑みると、施術を受ける患者の自己決定権を適切に行使させるためには、右説明にとどまらず、他の代替可能な治療行為の存否・内容、その効果及び付随する危険性の有無程度等を説明し、患者が自らその施術を受けるか否かを合理的に決定することができるのに必要な情報を提供すべき義務を負っているというべきである。以下個別に検討を加える。
3 豊胸術について(争点2(一))
医学文献(甲一九)によれば、豊胸術は純美容的に行う手術であるから、術前に患者の希望の形や大きさを十分に聞いた上で、その希望にどれだけ応じられるかを判断し説明しておく必要があるとの指摘があることが認められ、他の医学文献(甲四)においても、患者の動機を選別して、場合によっては合併症等を過大に説明して手術を諦めるよう指導することもある旨の記載がある。これらに照らせば、診療契約上、小國医師において、原告の真の希望を十分に聞き出した上、現状の的確な診断を基にして右希望を実現することはできるのか、できるとしていかなる方法があるか、各方法の長所短所等を具体的に説明して、原告がそもそも豊胸手術を受けるのか、受けるとしていかなる術式でいかなる効果を期待して行うかについて合理的な決定をするに足りる程度の説明をすべき義務を負っているというべきである。本件においては、原告は小國医師に対し、垂れている胸を持ち上げてほしいと要望していた反面、左右が非対称である点を調整してほしいとは特に訴えていないが、だからといって、小國医師は右の点を特に求めていないと即断すべきではなく、原告がいかなる結果を望んでいるかの真意をさらに聞き出して的確にアドバイスをすべきであったのに、これをせず漫然通常の豊胸術を施行したのであるから、この点について説明義務違反が認められる。
4 双瞼術について(同(二))
医学文献(甲二〇)によれば、目瞼の美容外科手術を行うについては、契約上、重瞼の形や術式の種類、各術式の長所と欠点などについて患者とよく話し合うべきこと、術後経過として腫脹に伴う重瞼幅の変化、一過性の睫毛外反、固定箇所のくぼみ、手術結果としての双瞼の消える可能性、左右非対称の可能性、傷跡その他の合併症、場合によっては再手術もあり得る旨、事前に十分な説明を行うべき説明義務を負っているというべきである。本件においては、腫瘤が生じることがありうることが前記認定のとおり予想しうべき合併症の一つであったのであるから、これについての具体的説明をすべきは当然であるのに、これをしなかったというのであるから、この点についても説明義務違反があったと認められる。
5 しわとり術について(同(三))
医学文献(甲二〇)には、頭髪法、生え際法等のいずれの術式を採用するかは術者、患者の選択によるとの記載があり、右各術式には一長一短があることは前記認定のとおりである。これらによれば、診療契約上、しわとり手術の術式にはどのようなものがあるか、本件術式では額に傷痕が残ること、起こり得べき合併症、後遺症(特に中糸が出てくること)について説明して、原告にそもそもしわとり術を行うか、行うとしていかなる術式によるかについて、合理的な選択の機会を与えるに足りる説明義務があるというべきところ、本件では前記認定のとおり、小國医師の著書により、あたかも手術をしても傷跡が残らないかのごとき説明がなされているのであるから、特に傷跡が残ること等については、一層具体的かつ的確な説明をして注意を喚起すべき義務があったというべきである。しかるに、本件では口頭での切除部位の説明、化膿や出血等の一般的な合併症及び再手術の可能性についての説明にとどまり、しわとりのためには他の方法もあり得ること、生え際法の短所等については十分な説明を尽くさなかったのであるから、説明義務違反が認められる。
6 目の下のたるみ取りについて(同(四))
医学文献(乙四)によれば、手術当日の術前において、原告が術後目尻にふくらみができることがあること、目尻を数ミリメートル切開すること、多少のしわ、たるみは残ること、術前に下まつげを切除すること、内出血を伴うことがあることが記載された「目の下のたるみ取り手術をうける方へ」と題する書面の交付を受け、これに署名押印していることが認められる一方、同書面には、目の端から端まで切開を加える旨の記載はなされていないことが認められる。他方、目の下のたるみを取るためには、他の場所の手術方法の説明にも照らせば、目尻を切開することのみではその目的を達し得ないのではないかということは素人でも疑問を持つとも考えられ、また、前記小國医師の著書の「目の下のたるみを取る場合は、下まつげの際を切開するといった具合に、目立たない部分を中心に手術します。」との記載も一応この旨を表しているともみることができる。しかし、そのことによって説明が不要になるとか説明に代替するとは言えず、この点についても説明義務違反が認められる。
三 本件手術内容の説明は小國医師本人が行うべきであったかについて(争点3)。
前記のとおり、姫路のカウンセリングルームで説明をしたのかが誰かについては争いがあるものの、いずれにしても医師でない者が対応したことには変わりがない。また、その内容も単に原告の希望を聴取して小國医師との直接面談の約束の日時を入れただけのことであることは前記認定のとおりであるから、姫路でカウンセリングをしたのが誰であるかを検討するまでもなく、右説明により説明義務を尽くしたとは言えないことは前記説示に照らして明らかである。
四 損害について(争点4)
1 手術費用相当額について(主張額三二〇万三三〇〇円)
前記認定のとおり、本件手術及び再手術には債務の本旨に従った履行とは言い難い部分が相当部分含まれている。しかし、被告は不完全であるとはいえ履行自体はしているのであるから、右履行が不十分であるからといって、その対価として被告が受領した金額を原告の損害として直ちに返還を求めることはできない。
2 再手術費用について(主張額一二〇万円)
証拠(甲二六)によれば、本件手術及び再手術により生じた不具合を是正するために、両胸に入れたシリコンバッグをいずれも除去すること、右瞼の埋没糸を除去すること、フェイスリフト、パーツリフトにより生じた傷跡を削り取る等の手術をすることが必要であることが認められ、右各治療のために、被告の手術料金(甲五)を前提に算定すると、シリコンバッグ除去に六〇万円、右瞼の埋没糸除去に一〇万円、傷跡形成手術に五〇万円の合計一二〇万円を要することが認められ、右金額は本件債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。
3 休業損害金について(主張額三〇万円)
証拠(甲一六ないし一八、原告本人)によれば、原告は夫の経営する会社の支店に勤務して月額三〇万円の給与を受けていたこと、本件手術後は被告診療所への通院、再手術や医療相談等により勤務ができなかったことがいずれも認められる。よって、少なくとも原告の請求する一か月分の給与分三〇万円については、本件債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。
4 治療費及び交通費について(主張額一一万二二七六円)
証拠(甲一八)によれば、原告が被告診療所及び他の病院への通院費用及び治療費用として一一万二二七六円を支出したことが認められ、右金額は本件債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。
5 慰謝料について(主張額三〇〇万円)
健康な女性があえて美容外科手術を受けるからには、相当金額の出損に見合う美しさを手に入れることを当然期待しているというべきところ、不適切な本件手術により、逆に外観に少なくない傷跡等が残る結果となったことは前記認定のとおりであり、これによって、当初の期待を大きく裏切られた原告には、相当な精神的苦痛が生じたものと推認される。ところで、前記認定にかかる事実に加え、本件手術当時においては、小國医師が原告以外にも他の患者を同時に手術をしていたことが同医師の供述によっても窺われるのであって、これらに照らすと、右不適切な施術は、いずれも小國医師の美容外科医としての基本的ないし初歩的な手順を怠ったことに起因するものといわなければならない。また、本件手術は前記のような広告をしていた小國医師の著書等を信頼した原告が、小國医師の短時間かつ不十分な説明により決断したという点に照らせば、右決断をしたことについての原告の悔悟の念が大きなものであると推認することができる。さらに、本件手術後の交渉時になって、被告は原告の体質等が不具合の原因である等として責任を転嫁する態度を取っている点も無視することはできず、時の経過により原告の傷跡等が徐々に目立たなくなってきていることを考慮しても、右精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するには、二〇〇万円が相当である。
6 弁護士費用(主張額八〇万円)
本件債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、四〇万円が相当である。
第四結論
よって、原告の本訴請求のうち、債務不履行に基づく損害賠償として四〇一万二二七六円及びこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな平成九年一二月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林圭介 裁判官 森純子 裁判官 高原知明)