大阪地方裁判所 平成9年(ワ)13221号 判決 2001年2月22日
原告
巽たか子
被告
坂本多平
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金三二二万〇六三〇円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その六を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金七八〇万円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車を運転中、普通乗用自動車に衝突されて負傷した原告が、自動車運転者に対しては民法七〇九条に基づき、自動車所有者に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、生じた損害及びこれに対する事故の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
(一) 原告と被告坂本貫巨(以下「被告貫巨」という。)との間で、下記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
日時 平成五年二月二七日午前一一時二〇分ころ
場所 大阪府柏原市法善寺三丁目八二八番地先路上
加害車両 普通乗用自動車 泉五八ぬ四二〇八
運転者 被告貫巨
被害者 原告(昭和二二年四月二一日生、当時四五歳)
態様 原告が自転車に乗って、前記場所に所在する信号機により交通整理の行われていない交差点に進入したところ、東から西に向かって走行してきた加害車両に衝突されたもの。
(二) 被告坂本多平(以下「被告多平」という。)は、加害車両の所有者であり、加害車両を自己の運行の用に供していた者である。
(三) 原告は、被告らから、本件事故による損害の填補として四四万八五八七円の支払いを受けた。
二 争点
被告は、本件事故により原告が受傷した傷害につき、遅くとも平成六年三月一六日ころには症状固定したものと考えられるとして、損害賠償請求権の時効消滅を主張する。また、仮に、時効消滅していないとしても、原告に後遺障害が発生した事実を争うほか、原告の主張する損害には本件事故と因果関係のないものが含まれているとして、損害額を争う。さらに、本件事故の発生につき原告にも五割以上の過失があるとして、過失相殺を主張する。
第三争点に対する判断
一 証拠(甲第二号証ないし第六号証、第一三号証ないし第二一号証、第二二号証の一及び二、第二三号証、第二四号証、第二七号証、乙第三号証の一ないし五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、市街地を東西に走る幅員約四・五五メートルの直線道路(以下「東西道路」という。)に、南方から幅員約六・〇メートルの直線道路(以下「南北道路」という。)が垂直に合流する、信号機による交通整理の行われていない三叉路交差点(以下「本件交差点」という。)であり、南北道路の側に一時停止の規制がなされている。本件交差点の南東角及び南西角には隅切りが施されているが、交差道路方面の見通しは不良である。本件交差点の北側にはマンションがあり、南北道路のほぼ延長線上に、同マンションの出入口がある。本件事故当時の天候は晴れで、いずれの道路もアスファルト舗装され、平坦で、路面は乾燥していた。
(二) 原告は、自転車をゆっくりとした速度で運転し、南北道路のほぼ中央付近を南方から北方に向かい上記マンション出入口を目指して進行してきて、本件交差点手前で一時停止することなく本件交差点内に進入したところ、同交差点のほぼ中央付近において、右方(東方)から本件交差点に進入してきた加害車両の左前側部に出合い頭に衝突し、転倒した際、路面で頭部等を強打した。被告貫巨は、衝突直前に原告の自転車に気付いて急制動の措置を講じたものの、上記のとおり衝突を避けられず、加害車両は被告貫巨が自転車に気付いた地点から約一〇・七メートル進行した地点付近で停止した。
(三) 原告は、平成五年二月二七日、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫、外傷性頸椎症、腰部打撲等の傷害を負い、同年四月一八日まで、医真会八尾病院に入院して治療を受けた(入院日数五一日間)。入院当初、意識障害があり、左前頭葉、右側頭葉に軽微な挫傷性出血、右側前頭部に薄い硬膜下血腫が認められたが、間もなく意識は清明に回復し、事故後一か月ほどして撮影されたCT所見では出血や血腫はほとんど消失し、異常は認められなくなった。原告に神経学的な異常は認められなかったが、入院期間中、頭痛、ふらつき、腰部痛、頸部痛などの症状が続いたため、保存的治療が行われた。退院時には、以後一年間を目処に、抗てんかん剤の投与が必要と判断された。
(四) 原告は、平成五年四月一九日から平成六年三月一六日まで、医療法人藤江クリニックに通院して治療を受けた(実診療日数八二日間)。平成五年五月二八日に頭部CTが撮影されたが、脳挫傷、硬膜下血腫は完全に消失していることが確認された。他覚的所見は認められなかったものの、通院期間中、頭痛、ふらつき、腰部痛、頸部痛などの症状が続き、また、左肩の疼痛、左手のしびれ感などの訴えもあり、これに対して理学療法を中心とする治療が行われた。なお、抗てんかん剤の投与は、原告が、胃部の不快感を訴えたため、平成五年一〇月ころには中止された。
原告は、平成六年三月一六日ころ、同病院の藤江博医師(以下「藤江医師」という。)から、保険会社との間に入って煩わしい、もう交通事故の患者は診ないようにするなどと突然治療打ち切りを告げられ、他の病院を紹介してくれるよう頼んだがそれも断られた。藤江医師は、平成六年五月一一日付で「頭痛、頸部痛は続いているが、症状については固定していると考えられる。」旨の診断書、平成九年四月一四日付で「左頸部、左肩の疼痛、左手尖部のしびれ感、頸がまわりにくいの訴えに変化なく、他覚的に神経学的所見では異常を認めず、平成六年三月一六日の段階で症状的には固定したと判断した。」旨の診断書をそれぞれ発行したが、平成九年八月二三日ころ、原告訴訟代理人宛に、平成九年四月一四日付診断書については無効とする旨の書面を送付した上、平成九年八月二一日付で、四月一四日付診断書の内容を「・・・平成六年三月一六日で中止となる。」と変更した診断書を発行した。
(五) 原告は、その後も頭痛が治まらなかったことから、平成六年三月二九日、全南病院を受診して脳波検査を受け、その後、同年八月五日及び同年一二月七日の二日間同病院に通院し、投薬治療を受けた。
(六) 原告は、平成七年には全く病院に通院していないが、頸部痛等について、数か所の整骨院で合計五回程度の施術を受けた。
(七) 原告は、平成八年三月二五日、二週間ほど前から左足首内側に痛みが出たと訴え、医療法人永広会島田病院で診察を受け、左後脛骨筋腱炎と診断された。また、同年五月二九日には、頸部痛を訴えて同病院を受診し、外傷性頸部症候群等の診断を受け、同年七月八日には、頸椎症の診断を受け、理学療法による治療を受けた。
(八) 原告は、平成八年四月終わりころから右後頭部に激しい痛みが出現したとして、同年五月一四日、医療法人春秋会城山病院を受診し、同年六月一一日まで通院して、高血圧、糖尿病、高脂血症等の検査・治療を受けたが、同月一五日、前夜から激しい頸部痛が発現したため同病院を受診し、頸部椎間板ヘルニアと診断され、同月二三日まで同病院に入院して治療を受けた(通院日数七日間、入院日数九日間)。
(九) 原告は、平成七年二月二三日ころ、被告ら訴訟代理人から、本件交通事故に関し、損害賠償残金は五〇万三五五六円となる旨の通知書を受け取った。
原告は、平成九年三月二六日付け内容証明郵便により、被告らに対し、本件事故による損害賠償請求の意思表示をし、同書面は、そのころ被告らに到達した。原告は、同年八月一二日ころ、大阪簡易裁判所に損害賠償請求の調停を申し立てたが、同年一二月一二日に調停不成立となったことから、同年一二月二五日、本件訴訟を提起した。
二 上記原告の受傷内容及び治療経過(一の(三)ないし(八))並びに乙第一号証、第二号証を総合して判断すると、原告の頭部外傷に由来する症状及び腰部打撲、外傷性頸部症候群については、遅くとも平成六年三月末日ころには症状固定に至ったものと判断するのが相当である。
すなわち、脳挫傷に伴う出血及び硬膜下血腫については、良好な経過を辿り、平成五年五月二八日に撮影されたCTにより消失していることが藤江医師により確認されており、神経学的な異常所見は当初から存在せず、八尾病院の退院後一年間を目処とされた抗てんかん剤の投与は、同年一〇月ころには行われなくなったが、その後、原告がてんかん発作を発症した事実は認められない。藤江クリニックの診療録によれば、同クリニックにおける診察・治療は、時折ある頭痛の訴えに対し経過観察を続けながらも、症状に著明な変化がないまま、頸部及び腰部に対する理学療法、温熱療法が中心に行われたことが認められる。そして、前記のとおり、原告は、平成六年三月一六日の時点で、未だ頭痛、頸部痛、左肩の疼痛、左手尖部のしびれ感、頸がまわりにくいといった症状を訴えてはいたが、藤江医師は、神経学的には異常所見を認めず、相当期間治療を継続してきたにもかかわらず改善が認められなかったことから、治療を中止する旨原告に告げたものと考えられる。原告は、平成六年三月二九日、全南病院を受診して脳波検査を受けているが、脳波に特段の異常は認められておらず、その後平成六年中に二度同病院を受診しているが、頭痛の訴えに対し投薬が行われただけで、特段の所見は認められない。そして、平成八年三月までの間、接骨院で五回程度施術を受けたことはあったものの、全く病院には通院していない。
原告は、平成八年五月一四日には後頭部痛を訴えて城山病院を受診し、同年五月二九日には頸部痛を訴えて島田病院を受診していたところ、同年六月一五日ころ激しい頸部痛を起こし、城山病院で入院治療を受けている。城山病院の医師はこれを頸部椎間板ヘルニアと診断しているが、交通事故外傷に基づくものであると診断しているわけではない。五十嵐裕医師(乙第二号証)は、レントゲン及びMRI画像所見から、椎間板ヘルニアとの診断に疑問を呈し、原告の病態を加齢変性による変形性頸椎症と判断している。
上記のとおり、原告は、藤江クリニックにおける治療が中止されたのち、同月中に全南病院を一度受診しているが、特段の異常所見は認められておらず、その後は通院の間隔が大きく空いており、整骨院にも一年以上の間に数回通った程度であったところ、平成八年五月ころになって後頭部痛や頸部痛を訴えるようになったものの、これらについては、通院経過や診断内容に鑑みると、本件事故による外傷との因果関係は認めがたいというべきである。したがって、原告の頭部外傷に由来する症状及び腰部打撲、外傷性頸部症候群については、藤江クリニックにおける治療中止の経緯にかかわらず、遅くとも平成六年三月末ころ(全南病院を初めて受診したころ)には、頭痛や頸部痛の訴えを残しながらも、それ以上治療による症状の改善が見込めない症状固定の段階にあったと判断するのが相当である。
三 そこで、次に被告らの消滅時効の主張について判断する。
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は被害者が損害の発生を知ったときから進行する(民法七二四条前段)が、そこで言う損害の発生を知ったときとは、治癒の見通しが立つか、またはその症状が固定し、後遺障害の発生の有無が確定したことを被害者が知ったときという意味に解するのが相当である。
本件においては、原告の症状が平成六年三月末ころ症状固定に至ったものと解すべきことは前記のとおりであるが、前記のとおり認定した藤江クリニックにおける治療中止の経緯(一の(四))や、その後も原告は頭痛や頸部痛が治まらず、他院に通院して診察・治療を受けたり、整骨院での施術を継続していたこと、原告が平成六年の時点で医師に後遺症診断書の発行を依頼したような事実も認められないことなどに照らせば、原告は、平成六年三月一六日あるいは同月末日の時点において、自己の症状が後遺障害を残して症状固定の段階にあることを確定的に認識していたものと認めることはできないというべきである。
したがって、原告の損害賠償請求権が時効により消滅したとの被告らの主張は採用し得ない。
被告貫巨は民法七〇九条により、被告多平は自賠法三条により、連帯して原告の損害を賠償すべき義務がある。
四 原告の損害(括弧内は原告請求額)
(一) 治療費(三四万二四一七円) 三〇万〇五四七円
上記のとおり認定したところによれば、八尾病院、藤江クリニックの治療費全額と全南病院の第一回目の治療費が、本件事故と相当因果関係のある損害というべきことになるところ、証拠(甲第七号証、第一四号証、第二四号証)及び弁論の全趣旨によれば、八尾病院及び藤江クリニックの治療費合計が二九万八五八七円であること、全南病院の第一回目の治療費が一九六〇円であることが認められているから、その合計額三〇万〇五四七円が治療費相当の損害額となる。
(二) 付添看護費(二七万円) 二二万九五〇〇円
原告の受傷の内容・程度からして、八尾病院入院期間(五一日間)中は、付添の必要性があったものと推認することができ、甲第二六号証、第二七号証、原告本人によれば、現実に近親者が付き添ったものと認められるから、相当な看護費用を一日当たり四五〇〇円として計算すると、二二万九五〇〇円となる。
(三) 入院雑費(七万八〇〇〇円) 六万六三〇〇円
五一日間の入院期間中、一日当たり一三〇〇円の入院雑費を認めるのが相当であるから、六万六三〇〇円となる。
(四) 休業損害(二一一万二五三四円) 二〇二万八〇三二円
原告は、本件事故当時四五歳で、保険外交員として勤めながら、中学校卒業前の子供二人の生活を支えていた者であることが認められるから、その家事労働をも考慮すると、平成五年賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・四五歳ないし四九歳の平均年収程度の収入があったものと認めることができる。甲第二六号証、第二七号証によれば、原告は、平成五年一〇月ころに仕事に復帰したものと認められるから、休業期間を事故日から同年九月末日までの二一六日間として計算すると、二〇二万八〇三二円(一円未満切り捨て)となる。
(計算式)
三、四二七、〇〇〇÷三六五×二一六=二、〇二八、〇三二
(五) 入通院慰謝料(一九二万円) 一八五万〇〇〇〇円
原告の受傷の程度、八尾病院における入院日数及び藤江クリニック、全南病院への実通院日数等を考慮すると、入通院慰謝料としては一八五万円が相当である。
(六) 後遺障害慰謝料(一一〇万円) 八〇万〇〇〇〇円
前記認定のとおり、平成六年三月末日当時、原告には、頭痛、頸部痛、腰痛等の症状が残存していたことが認められ、これは本件事故による後遺障害と見ることができる。後遺障害の程度としては、神経学的所見を伴わないことや、その後の治療経過等から判断して、局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級一四級一〇号に相当するものと解すべきであるから、慰謝料としては八〇万円が相当である。
(七) 後遺障害逸失利益(二四九万八二八三円) 三一万八六〇八円
上記後遺障害の内容・程度に鑑みれば、原告は、症状固定後2年間にわたり、労働能力を五パーセント喪失したものと見るのが相当であるから、前記基礎収入額をもとにライプニッツ方式により年五パーセントの割合で中間利息を控除すると、三一万八六〇八円となる。
(計算式)
三、四二七、〇〇〇×〇・〇五×一・八五九四=三一八、六〇八
(八) 物損(二万円) 一万〇〇〇〇円
弁論の全趣旨により、原告の自転車は、約2年前に二万円を超える金額で購入したものであったが、本件事故により全損となったことを認める。その損害額は一万円が相当である。
(九) 文書費用(一万二三七五円) 一万二三七五円
甲第九号証ないし第一二号証、第二五号証及び弁論の全趣旨により、上記金額は、診断書その他の文書費用としていずれも本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。
上記損害額合計 五六一万五三六二円
五 過失相殺
前記認定の本件事故現場の状況及び事故態様に鑑みれば、本件事故の発生については、被告貫巨に、加害車両を運転して見通しの悪い交差点に進入するに際し、交差道路に対する安全確認が不十分であった過失が認められるが、他方、原告にも自転車を運転して一時停止することなく本件交差点に進入した落ち度が認められる。両者の過失内容を比較衡量すれば、原告の過失を四割、被告貫巨の過失を六割と見るのが相当である。
過失相殺後金額 三三六万九二一七円
六 損益相殺
原告が、被告らから、本件事故による損害の填補として四四万八五八七円の支払いを受けた事実は争いがないから、これを上記金額から控除する。
損益相殺後金額 二九二万〇六三〇円
七 弁護士費用(八〇万円) 三〇万〇〇〇〇円
上記認容額に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担させるのが相当な弁護士費用は三〇万円である。
弁護士費用加算後 三二二万〇六三〇円
八 結論
以上の次第で、原告の請求は、被告らに対し連帯して金三二二万〇六三〇円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井健太)