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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)1496号 判決 1998年5月26日

原告

森實洋三

被告

山下信幸

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇三万四三一二円及びこれに対する平成六年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一七四九万円及びこれに対する平成六年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車が原告運転の普通乗用自動車に追突して原告が負傷したとして、原告が被告に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成六年八月四日午後六時五分頃

場所 大阪府豊中市服部西町五番一七号先路上(府道大阪池田線)(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通乗用自動車(神戸七七ぬ九七二二)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 普通乗用自動車(大阪七九な七三七〇)(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告

態様 前記道路を北から南に進行中の被告車両が、信号待ちで停止中の原告車両に追突し、原告車両を前方に停止中の車両に衝突させた。

2  被告の責任原因

被告には、前方不注視の過失がある。

3  損害の填補

(一) 原告は、労災から休業補償給付等として四三二万七五七五円の支払を受けた(原告自認)。

(二) 被告は、原告に対し、合計三四一万三六三三円支払った。

二  争点

1  後遺障害

(原告の主張)

原告は、本件事故により、頸椎捻挫、左下腿筋挫傷を負い、その結果、平成八年三月三一日症状固定とされる頸部から右肩部、さらに上腕にかけての強い疼痛、頸椎運動制限、右肩関節運動障害等を内容とする後遺障害を負った。右後遺障害は、一二級を下回ることはありえない。ところが、自算会では、一四級しか認定しない。

(被告の主張)

原告には、X線上、外傷に起因する器質的損傷が認められず、有意な神経学的所見に乏しく、右肩関節可動域制限に関しては、右肩部への受傷の事実が認められず、自賠責の関節機能障害と捉えることはできない。したがって、原告の後遺障害は一四級にとどまる。

2  原告の損害額(一部争いのない事実も含む)

(原告の主張)

(一) 休業損害(一部逸失利益を含む) 一四三二万一六三〇円

平成七年一月一日以降同一〇年二月二三日(定年退職)までの分

(二) 逸失利益(定年退職後の分) 二七六万四三七〇円

(三) 傷害慰謝料 一五〇万円

(四) 後遺障害慰藉料 二五〇万円

(五) リハビリ費、交通費(将来分) 一六三万八〇〇〇円

(六) 被告の既払分(争いがない) 三四一万三六三三円

(七) 弁護士費用 一〇〇万円

(被告の主張)

否認する。

症状固定後のリハビリ関係費用は、本件事故と相当因果関係があるとはいえない。

3  素因減額

(被告の主張)

原告にみられる第五・第六頸椎間の狭小化は、原告の体質的素因である。仮に、原告の症状と本件事故との間に相当因果関係が認められる場合には、二〇パーセント程度の素因減額がなされるべきである。

また、原告が神経学的に説明のつかない症状を訴えていることからすると、右症状は心因性のものであると推定される。したがって、この点でも、一〇パーセント程度素因減額がなされるべきである。

(原告の主張)

争う。

4  寄与度減額

(被告の主張)

原告の右肩の可動域制限と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、治療が長期化した原因及び右可動域制限の原因の過半は、原告において医師に対して右肩の可動域制限について申告することが遅れたため、これに対する適切な処置が遅れたことにある。したがって、原告の損害の四〇パーセント程度の減額がなされるべきである。

(原告の主張)

争う。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1、3及び4について

1  原告の治療経過等

証拠(甲一八、乙一1ないし3、二1ないし5、三、四、証人峠憲二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和八年二月二三日生)は、本件事故当時、株式会社大和商会に勤務し、搬送部の部長をしていた。本件事故は、争いのない事実記載のとおりのいわゆる玉突き衝突事故である。原告は、本件事故当日の平成六年八月四日、林病院に搬送され、頸部捻挫、腹部打撲、左下腿打撲の傷病名で診察を受けた。初診時には、頸部痛、左下腿痛、腹部の打撲を訴えていたことから、X線検査が施行されたところ、第五・第六頸椎間に加齢によると思われる椎間狭小化が認められた。その後も、頸部痛、両肩痛を訴え、同月一六日の診断時には、頸部の関節可動域を調べると、あらゆる方向に痛みを伴い、大後頭神経痛があるとされた。

(二) 原告は、平成六年八月一七日、峠整形外科に転医し、頸部から肩にかけての痛み、左下腿痛等を訴え、頸椎捻挫、左下腿筋挫傷の傷病名で治療が開始された。通院初日、頸の伸展・回旋の際さすような痛みがあるとされ、X線検査では、第五・第六頸椎間に変形性関節症が認められ、牽引療法を中心とする治療を受けた。その後も、ほぼ一貫して、頸部から右肩部にかけての痛みや右上腕までの放散痛を訴えていた。そして、平成七年三月三一日の診断時には、平成六年の一〇月頃から右肩の可動域が非常に低下していたと申告したので、同外科の峠憲二医師(以下「峠医師」という。)は、ホットパックを行った上で交互滑車を使用して肩関節の拘縮を取る療法を追加した。しばらくこれらの治療が続けられていたが、平成七年八月三〇日の時点でもあまり改善していなかったことから、峠医師は理学療法士によって関節拘縮を取る療法を追加した。その後、右肩の関節可動域は少しは改善したが、大きな改善はなかった。途中、平成七年一一月一八日の時点で症状固定という判断もないではなかったが、もう少し改善する見込みがあったので、症状固定時を一回延ばすことにした。

(三) 峠医師は、平成八年三月三一日の診断で、同日をもって頸椎捻挫・左下腿筋挫傷の傷病名につき、原告の症状が固定した旨の診断書(以下「第一次後遺障害診断書」という。)を作成した。同診断書によれば、自覚的には、頸部ないし右肩部痛、頸椎運動制限、右肩関節運動制限があり、他覚症状及び検査結果としては、<1>右肩関節部周辺に軽い筋萎縮を認める、<2>神経学的には右手の知覚異常を認める、<3>頸椎の運動制限(なお、具体的な可動域については記されていない。)があり、これは疼痛による運動障害であり、局部の神経症状と判断する、<4>頸部から右肩への疼痛に由来する右肩関節運動障害があり、関節の機能に著しい傷害を残すものと判断する(可動域制限は左記のとおりである。)、<5>頸椎X線検査にて第五・第六椎間板に狭小化を認めるとされ、緩解の見通しについては改善の見込みはないとされている。

肩関節の可動域制限(自動)

前挙(屈曲)

八〇度

一八〇度

後挙(伸展)

三〇度

七〇度

内転

〇度

〇度

外転

八〇度

一八〇度

(四) 自算会大阪第三調査事務所は、平成八年五月一七日、原告の後遺障害につき一四級一〇号に該当すると判断した。

(五) 原告は、右認定に不満であったため、再度、平成八年七月二四日に峠医師の診断を受け、後遺障害診断書(以下「第二次後遺障害診断書」という。)を発行してもらい、異議申立てを行った。

第二次後遺障害診断書の内容は、第一次後遺障害診断書の内容とほとんど変わらないが、他覚症状及び検査結果として、前記の外、右上肢全体に弱力を認めると付加され、右肩関節運動障害につき、頸部から右肩への頑固な神経症状である疼痛に由来する右肩関節運動制限があるとし、表現に若干の差異がみられる。なお、右上肢の弱力は、筋力テストの数値で示すと、四ないし五マイナス相当である。

(六) 自算会近畿地区本部は、既認定どおり原告の後遺障害は一四級一〇号であると判断した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  後遺障害

右のとおり、X線検査上原告には加齢による第五・第六頸椎間の狭小化が認められること、原告が痛みを訴える部位が頸部から右肩部、右上腕であること(なお、第四ないし第八頸髄神経が肩部・上腕部の皮膚知覚や肩関節の運動に関わる骨格筋をその支配領域に含むことは当裁判所に顕著である。)、右肩部に前記のような運動制限があること、右肩部に筋萎縮があること等の認定事実を総合すると、原告には本件事故前から加齢による第五・第六頸椎間の狭小化があったところ、右脆弱な部位に本件事故による衝撃が加わったことにより、右部位付近(第四/第五、第五/第六、第六/第七)の神経根に圧迫ないし刺激が加わり、このため、頸部から右肩部にわたる疼痛を来たし、頸部の疼痛を原因として頸部の運動制限を生じ、また、右肩部の疼痛に由来する廃用性の関節拘縮による右肩の運動制限が生じたものと認められる。そして、原告の症状の程度(特に右肩関節の運動制限の程度)や治療経過を併せ考えると、原告の症状は、平成八年三月三一日に固定したものであり、その後遺障害は、一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するものというべきである。

3  素因減額

被告は、原告の症状は第五・第六頸椎間の狭小化という体質的素因及び原告の心因が作用して生じたものであるとして、いわゆる素因減額を主張するが、第五・第六頸椎間の狭小化は年齢相当のものであり(証人峠憲二)、加齢に通常伴う程度の変性は当然にその存在が予定されているものであるから、これを損害賠償の額を定めるにつき斟酌することは相当ではない。また、原告の症状に心因が作用しているとうかがわせる事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告の右主張を採用することはできない。

4  寄与度減額

被告は、原告の治療が長期化した原因及び右肩の可動域制限の原因の過半は、原告において医師に対して右肩の可動域制限について申告することが遅れたため、これに対する適切な処置が遅れたことにあるとして、いわゆる寄与度減額を主張する。しかしながら、原告が通院初期の頃から右肩の痛みを訴えていたことにかんがみると、右肩の可動域制限について申告することが遅れたからといって、これをもって寄与度減額の理由とすることはできないというべきである。

二  争点2について(原告の損害額)

1  損害額(損害の填補分控除前)

(一) 休業損害 一八一万四四七六円

原告は、平成六年一二月三一日までの休業損害は填補済みであるとして、平成七年一月一日以降の休業損害を主張するので、これについて判断する。

まず、原告は、予想される昇給額と現実の休業を前提として支給された額との差額を元に計算した休業損害を主張するが、原告につき右昇級があったと認めるに足りる証拠はないし、また、右主張に係る差額全額が本件事故と相当因果関係を有する損害額にあたると認めるに足りる証拠もない。そこで、以下では、原告の本件事故当時における年収を元にし、休業期間中の労働能力の低下した割合を勘案して休業損害を算定することにする。

本件事故当時における原告の月給は、四三万四〇〇〇円であり、その外年に二回各一か月分の給与に相当する賞与を受領していたと認められるから(甲五)、これを年収に換算すると六〇七万六〇〇〇円であると認められる。

次に、原告の要休業状態について判断するに、原告の症状及び治療状況に照らすと、本件事故後の急性期には完全に休業を要する状態であったが、原告の主張する平成七年一月一日以降についてみると、同日から平成七年三月三一日までの九〇日間は平均して四〇パーセント労働能力が低下した状態であり、同年四月一日から症状固定日である平成八年三月三一日までの一年間は平均して二〇パーセント労働能力が制限される状態であったと認められる。

以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。なお、原告は、休業損害の項目において、症状固定後の逸失利益を含めて主張しているが、これについては、次の逸失利益の箇所で判断する。

(計算式) 6,076,000×0.4×90/365+6,076,000×0.2=1,814,476(一円未満切捨て)

(二) 逸失利益 四三四万七四一一円

前認定に係る原告の症状の内容・原因(右肩関節の運動制限は右肩部の疼痛に由来する廃用性の関節拘縮によるものである。)・緩解の見通し及び年齢にかんがみると、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表一二級に該当し、原告は、右後遺障害により、その労働能力の一四パーセントを症状固定時(六三歳)から九年間喪失したものと認められる。

本件事故当時における原告の収入は、前記のとおり六〇七万六〇〇〇円であるところ、原告の勤務先における定年は六五歳であるから(弁論の全趣旨)、同年齢までの二年間の逸失利益は、右金額を基礎に算定することとし、六五歳以後七年間の逸失利益は、基礎収入を原告の主張どおり賃金センサスを参考にして年額三六四万五一〇〇円として計算するのが相当である。

そこで、以上を前提として、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、後遺障害による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 6,076,000×0.14×1.861+3,645,100×0.14×(7.278-1.861)=4,347,411(一円未満切捨て)

(三) 傷害慰謝料 一四〇万円

原告の被った傷害の程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は一四〇万円が相当である。

(四) 後遺障害慰藉料 二三〇万円

前記のとおり、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表一二級に該当するものであり、原告の右後遺障害の内容及び程度を考慮すると、右慰謝料は、二三〇万円が相当である。

(五) リハビリ費、交通費(将来分) 認められない。

症状固定後のリハビリ関係費用につき、本件事故と相当因果関係があると認めるに足りる証拠はない。

(六) 被告の既払分 三四一万三六三三円

被告は、前記素因減額及び寄与度減額を主張する関係で、右減額を行う前の損害額を明らかにする趣旨で既払分(三四一万三六三三円)についても、これを主張したものである。原告は、本件事故の態様が追突であることにかんがみ、過失相殺は考えがたいため、当初、填補済みと考える損害を除いて主張したものであるから、被告が既払分を主張する以上は、これに対応する金額を損害としても主張する趣旨であると解される。

したがって、既払分に係る損害が三四一万三六三三円であることは当事者間に争いがないことになる。

(七) 合計

以上の損害額の合計は、一三二七万五五二〇円である。

2  素因減額、寄与度減額

前記のとおり、被告の主張する素因減額、寄与度減額はいずれも認められない。

3  損害額(損害の填補分控除後) 五五三万四三一二円

原告は、労災から休業補償給付等として四三二万七五七五円の支払を受け、また、被告から、合計三四一万三六三三円の支払を受けているから、これらを前記1(七)の損害額合計一三二七万五五二〇円から控除すると、残額は五五三万四三一二円となる。

4  弁護士費用 五〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は五〇万円をもって相当と認める。

5  まとめ

よって、原告の損害賠償請求権の元本金額は六〇三万四三一二円となる。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、六〇三万四三一二円及びこれに対する本件事故日である平成六年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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