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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)2306号 判決 1998年10月27日

原告

尾良將

ほか一名

被告

丸恵貨物株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告尾良將に対し、各自金三一四万八四三四円及びこれに対する平成七年四月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告尾イツ子に対し、各自金三一四万八四三四円及びこれに対する平成七年四月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを七分し、その六を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告尾良將に対し、各自金二三四四万六九二九円及びこれに対する平成七年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告尾イツ子に対し、各自金二三四四万六九二九円及びこれに対する平成七年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(以下「尾」を「荒尾」と表記する。)

本件は、被告西坂利幸運転の普通貨物自動車(被告丸恵貨物株式会社保有)と亡荒尾和正運転の原動機付自転車とが関係する事故によって亡荒尾和正が死亡したとして、同人の相続人である原告らが、被告西坂利幸に対しては、民法七〇九条に基づき、被告丸恵貨物株式会社に対しては、自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年四月一〇日午前七時一〇分頃

場所 大阪府南河内郡美原町丹上二四八番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通貨物自動車(なにわ四四か五四九七)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告西坂利幸(以下「被告西坂」という。)

右保有者 被告丸恵貨物株式会社(以下「被告会社」という。)

事故車両二 原動機付自転車(藤井寺市く二九五七)(以下「亡荒尾車両」という。)

右運転者 亡荒尾和正(以下「亡荒尾」という。)

2  被告会社の責任原因

被告会社は、本件事故当時、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

3  亡荒尾の死亡及び相続

(一) 亡荒尾は、平成七年八月二九日、死亡した。

(二) 亡荒尾の死亡当時、原告らはその父母であった。

4  損害の填補

原告らは、本件事故に関し、被告らから治療費四一万四一四〇円の支払を受け、自賠責保険から三〇四〇万円の支払を受けた(自賠責保険からの支払の内、四〇万円は仮渡金であるが、これについても既払いとして取り扱うことに当事者間に争いはない。)。

二  争点

1  本件事故の態様(被告西坂の過失、亡荒尾の過失)

(原告らの主張)

被告西坂は、並進する亡荒尾車両を追い抜こうとした。このような追い抜きをする際には、被告西坂は、亡荒尾車両が風圧等でよろめいて接触しないよう十分な間隔をとり、適度な速度で進行するか、十分な間隔がとれるまで追い抜きを中止する義務があったにもかかわらず、これを怠った。そのため、被告車両と亡荒尾車両とが接触し、亡荒尾が転倒して傷害を負った。

亡荒尾は、羽曵野方面への道路に入るために右へ車線変更しながら走行しているのであり、さしたる過失はない。

(被告らの主張)

被告西坂は、左側から二番目の車線(第二車線)を時速四〇ないし五〇キロメートルで走っており、左カーブになっている車線を、そのまま道なりに進行して池田方面への道路に入っていこうとした。これに対し、亡荒尾は、被告車両の後方から亡荒尾車両に乗って進行してきたところ、被告車両を左側から追い越して被告車両の前に出た上で、カーブする第二車線を横切りながら直進し、羽曵野方面への道路へ入っていこうとした。ところが、被告西坂は、亡荒尾車両が近づいてくるのをサイドミラーで認めると、同車両から離れようと速度を上げたため、亡荒尾は、羽曵野方面への道路の分岐点の手前で被告車両を追い越し切れず、その結果、羽曵野方面への道路へ入ろうとする亡荒尾車両と池田方面への道路へそのまま道なりに進行しようとする被告車両とが交差しかかる形になり、亡荒尾車両は行く手を塞がれるようになったためにバランスを失って転倒した。

亡荒尾車両が転倒したのは、亡荒尾自身の強引かつ無謀な運転行為が原因であるから、本件事故の責任は亡荒尾にある。仮に被告西坂に何らかの過失があったとしても、亡荒尾には、道路の左端を走行すべき義務を怠り、原動機付自転車の制限速度を超え、時速四〇ないし五〇キロメートルで走行中の被告車両を追い越そうとし、かつ、追い越してから被告車両の進路を妨害した過失が存し、少なくとも七ないし八割の過失がある。

2  素因減額

(被告らの主張)

亡荒尾は、本件事故以前からもともと先天性心疾患であるファロー四徴症であった。亡荒尾の直接の死因は敗血症による急性心不全であるが、ファロー四徴症であること自体が心不全を生じやすい病態にある。また、本件では、敗血症の感染病巣として心内膜炎を起こしていた可能性が高く、感染性心内膜炎症は基礎心疾患のない場合に発症することはまれである。したがって、被告らの負担する損害賠償額は、民法七二二条二項を類推適用して、相当な程度に減額されるべきである。

(原告らの主張)

亡荒尾が感染性心内膜炎であったとするのは、被告らの不確かな推測によるものである。仮に感染性心内膜炎であったとしても、これは「感染症」であるから、脳挫傷の治療にかかわる全身管理の際にこの症状が出る可能性も十分に考えられる。本件事故による傷害は、右第三・四・五・六肋骨骨折、両側肺挫傷、右急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折(右側頭部)、脳挫傷(左側頭葉)という重篤なものであり、亡荒尾の死亡にファロー四徴症が寄与したと信ずるに足りる証拠はどこにもない。

以上から、総損害から素因減額をするのは相当でなく、せいぜい逸失利益の二割を控除する程度が相当である。

3  損害額

(原告らの主張)

(一) 治療費 四一万四一四〇円

(二)休業損害 九五万七七二一円

(三) 逸失利益 四五四三万六一三七円

基礎収入 四九五万五三〇〇円(全労働者全年齢平均賃金)

生活費控除率 五割

稼動期間 六七歳まで(新ホフマン係数二二・九二三)

減額 二割(ファロー四徴症による減額)

(四) 入院慰謝料 二一〇万円

(五) 死亡慰謝料 二三〇〇万円

(六) 葬儀費用 一二〇万円

(七) 弁護士費用 四二〇万円

(被告らの主張)

不知ないし争う。

亡荒尾は、先天性心疾患を有していたから、逸失利益算定における基礎収入は控え目に認定すべきである。また、全年齢平均給与額とホフマン方式の組み合わせで逸失利益を算定するのは、過大である。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(乙一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府南河内郡美原町丹上二四八番地先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場の道路は、ほぼ東西方向に伸びる道路(以下「本件道路」という。)であり、中央分離帯をはさんで東行車線と西行車線とに分かれており、制限速度は時速四〇キロメートルに規制されている。東行車線は、同図面記載のとおり、池田方面に向かう二車線(以下「池田線」という。)と羽曳野方面に向かう二車線(以下「羽曳野線」という。)とに分岐されている。

被告西坂は、平成七年四月一〇日午前七時一〇分頃、被告車両を運転し、本件道路の東行の第二車線を西から東に向けて走行していたが、別紙図面<1>地点で左後方<ア>地点を走行中の亡荒尾車両を確認した。同図面<2>地点で同図面<イ>地点に来た亡荒尾車両に抜かれ、抜き返そうとアクセルを踏んで加速したところ、同図面<3>地点を走行中、同図面<×>地点で「トン」という音がするのを聞き、同図面<4>地点に被告車両を停車して降りると、同図面<ウ>地点に亡荒尾が、同図面<エ>地点に亡荒尾車両が転倒していた(なお、亡荒尾車両の速度及び被告車両の速度を認定しうる証拠はない。)。

以上のとおり認められる。この点、被告らは、被告西坂は、亡荒尾車両が近づいてくるのをサイドミラーで認めると、同車両から離れようと速度を上げたため、亡荒尾は、羽曳野方面への道路の分岐点の手前で被告車両を追い越し切れず、その結果、羽曳野線に入ろうとする亡荒尾車両と池田線に入ろうとする被告車両とが交差しかかる形になり、亡荒尾車両は行く手を塞がれるようになったためにバランスを失って転倒したと主張し、乙第四号証(本件事故から五か月以上経過した平成七年九月二八日に実施された実況見分調書)及び被告西坂本人の供述にもこれに沿う部分がある。しかしながら、被告西坂は、本件事故の一〇日後である平成七年四月二〇日に実施された実況見分の際には、前認定事実に沿う内容の指示説明を行っている。被告西坂は、その経緯について、平成七年四月二〇日の実況見分時には気が動転していた上、警察が被告西坂の言い分を聞き入れてくれず、最終的にはその意に反して警察の言うとおり返事をしてしまったと説明するが、指示説明内容の変遷を合理的に説明しうるものとはいえない。他に右認定事実を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告西坂としては、進路前方がカーブなのであるから、わざわざ加速する理由はないと解されるが、それでもあえて加速しようとする以上は、左前方に亡荒尾車両が走行していることを認めていたのであるから、同車両に対する危険を生じさせないようその動向について一層注意する義務が存したというべきである。本件事故は、被告西坂が、右注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったために起きたものであると認められる。しかしながら、他方において、亡荒尾としても、分岐点手前で被告車両を追い抜いた上、その直前を斜めに横切っていく形で車線変更することなく、これよりも緩やかな形で羽曳野線に入れるように走行することが期待されたところである。したがって、本件において亡荒尾に生じた損害の全てを被告らの負担とすることは公平に失するから、前認定にかかる一切の事情を斟酌し、一割五分の限度で過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(素因減額)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二、三1ないし3、四ないし六、八1、3、乙五4、六2、七、八、一一、一二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

亡荒尾(昭和四七年四月九日生、本件事故当時二三歳)は、本件事故後、直ちに意識昏睡状態で明治橋病院に救急搬送された。初診時より不整脈が認められ、脳挫傷、急性硬膜下血腫等の傷病名で入院となり、緊急手術(急性硬膜下血腫除去術、外減圧術)が施行された。その後も不穏状態が持続したが、徐々に改善傾向にあり、同年五月に入って見当識障害あるも発語はみられるようになり、同年六月からは右不全麻痺にてリハビリテーションが開始された。同年七月からは歩行器にて若干の歩行が可能となったが(最高で五ないし六メートル程度)、入院中微熱が続いた外、頭痛、易疲労感、全身倦怠があり、入院期間のほとんどが臥床状態であった。外傷後髄液循環障害があり、同年八月四日水頭症に対する脳室・腹腔短絡術が施行され、その後、頭蓋形成術が予定されていたが、同月二四日頃から高熱が持続し、心不全状態となり、同年八月二九日に死亡した。

明治橋病院は、亡荒尾の死因につき、直接的には感染性心内膜炎による心不全であり、ファロー四徴症もこれに影響したものと考えたが、感染性心内膜炎であると断定するには至らず、原告らに対しては、死因について敗血症による心不全と考えられると説明し、確定的な死因を調べることを希望されるのであれば、解剖の上、調査すると伝えたところ、原告らは解剖を断ることにした。

亡荒尾は、ファロー四徴症(左肺動脈大動脈起始)により、過去三歳時と一四歳時の二度にわたり、大阪大学医学部附属病院で手術を受ていた。手術の結果、右室流出路に生体弁が移植されていたため、本件事故から数年以内に再手術(右室流出路再建術)の予定になっていたが、同附属病院の医師によれば、生命予後は必ずしも不良ではなかったということである。

ファロー四徴症とは、先天性心疾患の一つで、大きい心室中隔欠損、肺動脈狭窄、大動脈の心室中隔への騎乗、右室肥大の組合せがみられるものであり、手術なしには二〇歳を越すのは一〇ないし二〇パーセント、手術により八〇パーセント以上が成人に至るという報告もある。右死亡の原因は、心不全、感染性心内膜症等であり、ファロー四徴症であること自体、心不全を生じさせやすい病態にある。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、亡荒尾は、本件事故による長期臥床及び手術侵襲に基づく体力消耗・抵抗力低下、細菌等の混入による敗血症(細菌等の混入ルートは判然としない。)並びに先天性心疾患(ファロー四徴症)が相まって、心不全状態となり、死亡したものであって、本件事故と亡荒尾の死亡との間には相当因果関係があると認められる。

他方、右事実によれば、亡荒尾の先天性心疾患(ファロー四徴症)がその死亡という結果に相当程度影響していたと認められるから、後記損害のうち、死亡に関する損害である逸失利益、死亡慰謝料及び葬儀費については、民法七二二条二項の類推適用により二割の素因減額を行うのが相当である。

三  争点3について(損害額)

1  損害額(素因減額及び過失相殺前)

(一) 治療費 四一万四一四〇円(原告ら主張のとおり)

亡荒尾は、本件事故による傷病の治療費として、四一万四一四〇円を要したと認められる(甲八2、4、弁論の全趣旨)。

(二) 休業損害 九五万七七二一円(原告ら主張のとおり)

亡荒尾は、本件事故当時、年額二四六万一七四九円の収入が見込まれ(弁論の全趣旨による。なお、亡荒尾に前記先天性心疾患があることを考慮に入れても、平成七年度男子労働者賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計二〇ないし二四歳の平均給与額である三二五万六〇〇〇円と比較すれば、相当な基礎収入額ということができる。)、本件事故日である平成七年四月一〇日から死亡日である同年八月二九日まで一四二日間完全に休業を要した。

以上を前提として、亡荒尾の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 2,461,749×142/365=957,721(一円未満切捨て)

(三) 逸失利益 二八二一万五三三六円

前認定事実、証拠(原告荒尾イツ子本人)及び弁論の全趣旨によれば、<1>亡荒尾は、本件事故当時、二三歳の独身であったこと、<2>本件事故当時に見込まれていた年収は二四六万一七四九円であることが認められる。

そこで、逸失利益算定上の基礎収入を二四六万一七四九円とし、生活費控除率を五割として、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、稼働期間(本件事故後四四年間)内の逸失利益を算出するのが相当である。そうすると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 2,461,749×(1-0.5)×22.923=28,215,336(一円未満切捨て)

(四) 入院慰謝料 二〇五万円

亡荒尾の被った傷害の程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は二〇五万円が相当である。

(五) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様、本件事故当時における亡荒尾の年齢・家族構成その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、亡荒尾の死亡慰謝料は二〇〇〇万円であると認められる。

(六) 葬儀費用 一二〇万円

葬儀費用は、原告らの主張するとおり、一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係にあると認められる。

2  損害額(素因減額及び過失相殺後) 三六五一万一〇〇九円

以上掲げた亡荒尾の損害額の合計は、五二八三万七一九七円(その内訳は、逸失利益、死亡慰謝料及び葬儀費の合計額が四九四一万五三三六円であり、その他が三四二万一八六一円である。)である。

前記の次第で逸失利益、死亡慰謝料及び葬儀費の合計額である四九四一万五三三六円からその二割を素因減額として控除すると、三九五三万二二六八円(一円未満切捨て)となる。

そして、逸失利益、死亡慰謝料及び葬儀費を除く損害の合計額である三四二万一八六一円に右素因減額後の金額である三九五三万二二六八円を加えると四二九五万四一二九円となるから、これから過失相殺として一割五分を控除すると、三六五一万一〇〇九円(一円未満切捨て)となる。

3  損害額(損害の填補分を控除後) 五六九万六八六九円

原告らは、本件事故にに関し、被告から治療費四一万四一四〇円の支払を受け、また自賠責保険から三〇四〇万円の支払を受けているから、これらを前記過失相殺後の金額三六五一万一〇〇九円から控除すると、残額は五六九万六八六九円となる。

4  弁護士費用 六〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告らの弁護士費用は六〇万円をもって相当と認める。

5  相続

以上のとおり、亡荒尾の損害賠償請求権(元本)の額は六二九万六八六九円となるところ、これを原告らが各二分の一の割合(三一四万八四三四円)で承継したことになる(一円未満切捨て)。

四  結論

以上の次第で、各原告の請求は、被告らに対して連帯して三一四万八四三四円及びこれに対する本件事故の後である平成七年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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