大阪地方裁判所 平成9年(ワ)5880号 判決 1998年3月26日
原告
藤本鶴子
被告
稲垣武
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八二三万九三三四円及びこれに対する平成七年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、自転車に乗って横断歩道を横断中、被告の運転する自動車に衝突されて負傷したとして、被告に対し、人身損害については自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて、物的損害については民法七〇九条に基いて、損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
以下のうち、1、4は当事者間に争いがない。2は検甲第一ないし第一五号証、乙第一、第二号証により、3は甲第二、第三号証及び弁論の全趣旨によりそれぞれ認めることができる。
1 平成七年四月二一日午後一時一五分ころ、大阪市淀川区三国本町二丁目一三番先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)において、自転車に乗って同所を東から西へ横断中の原告と、南から北へ向けて進行中であった被告の運転する普通貨物自動車(大阪四一さ五二六一、以下「被告車両」という。)とが衝突する事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
2 本件交差点は、東西に通ずる道路と南北に通ずる道路とが交差する交差点で、いずれの道路も歩車道の区別があり、南北道路は片側各一車線、東西道路は片側各二車線となっている(本件事故現場の状況は別紙図面のとおりである。)。
3 原告は、本件事故により左大腿打撲、左腓腹筋部分断裂、右第四中足骨骨折等の傷害を受け、平成七年四月二一日から同年九月二二日まで貴生病院に入院し、同月二三日から平成八年二月二九日まで同病院に通院して治療を受け、同日左膝部痛、右下腿しびれ感、左下腿部脱力感を残して症状固定の診断を受け、そのころ、自動車保険料率算定会調査事務所により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級に該当する後遺障害が存するとの認定を受けた。
4 原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一九五万円の支払を受けた。
二 争点
1 被告の責任
(原告の主張)
本件事故は、被告の信号無視ないし前方不注視の過失によって発生したものである。
(被告の主張)
本件事故の原因は、原告の赤信号無視の横断に起因するもので、被告には責任はない。仮に、本件事故の発生について被告に責任があるとしても、適切な過失相殺がされるべきである。
2 原告の損害
第三当裁判所の判断
一 争点1(被告の責任)について
1 本件事故について、原告は、「自転車に乗って東西道路の南側歩道を西進してきて、本件交差点の東詰横断歩道脇の自転車通行帯を対面の歩行者用信号に従って南から北へ横断した。右横断中に対面信号が青点滅となったので急いで渡り、本件交差点北東角に達した。本件交差点の北詰を東から西へ横断するため、同所で足を地面に着けて停止し、対面の歩行者用信号が青に変わるのを待った。信号が青になったので、横断を開始したところ、被告車両に衝突された。」と供述する。
2 これに対し、被告は、「本件交差点の一つ手前の信号機で信号待ちのため停止した後、同信号機が青色に変わったので発進した。別紙図面<1>の地点で対面信号が青色であるのを認め、本件交差点に進入したところ、<2>の地点で本件交差点南西角にあるレストランから本件交差点内に進入してくる車両をの地点に認め、<3>の地点まで進むと同車両もの地点まで進んできていたので、アクセルを緩めて同車両に注意していた。<3>の地点で再度前方を見ると、<甲>の地点に右折車両があり、更に進んで<4>の地点で原告を発見した。急ブレーキをかけたが間に合わず、<5>の地点で原告に衝突した。」と供述する。また、乙第一号証によれば、被告は、本件事故直後に実施された実況見分の際、警察官に対し、右と同旨の指示説明をしたことが認められる。
3 被告の供述は本件交差点南西角のレストランから本件交差点に向かって出てきた車両や右折車両等についても言及していて具体的であり、被告の供述するようにレストランから出てくる車両や対向右折車両があったとすれば、被告の対面信号は当然青色であったこととなりその供述には矛盾もなく、更に、被告の供述は被告が本件事故直後警察官に対してした指示説明とも合致しており一貫性も認められる。これに対し、原告の供述は信号表示に関してのみのものであり、当時の他の交通の状況についてはなんら触れておらず、かえって、原告は、一生懸命横断歩道を渡っていたので、<甲>の地点に右折車が停まっていたかどうか気づかなかったと、やや弁解的な不自然な供述をするなど、原告の供述は信用性に乏しいといわざるをえない。右によると、本件事故当時の信号機の表示は、被告側が青色、原告側が赤色であったと認めるのが相当である。
もっとも、乙第一号証によれば、南北道路の車道の幅は南行、北行をあわせて一一メートルであり、車両が途切れれば必ずしも対面信号に従わずに横断歩道を横断しようとする歩行者、自転車等があることは予想できたと認められるうえ、被告は、本件交差点進入時には進路左方からの車両に気を奪われ前方の注視が不十分な状態になっていたと認められるから、本件事故は、被告の前方不注視の過失によって発生したものというべきである。しかし、原告には、前記のとおり、対面信号に従わずに自転車で横断歩道を横断した重大な過失が認められ、原告と被告との過失割合は、原告八割、被告二割とするのが相当である。
二 争点2(原告の損害)について
1 治療費・文書料 一四七万一八八六円(請求どおり)
甲第四号証の一ないし六、第五号証によれば、原告は、貴生病院における治療費及び文書料として一四七万一八八六円を負担したことが認められる。
2 付添看護費用 三〇万円(請求どおり)
甲第二号証、第七号証によれば、原告は、本件事故による受傷のため歩行及び独自での日常生活が困難となり、貴生病院に入院した平成七年四月二一日から二か月間の付添看護を要し、近親者がこれに付き添ったことが認められるところ、右を金銭に換算すれば一日当たり五〇〇〇円とするのが相当であるから、右合計は三〇万円となる。
3 入院雑費 二〇万一五〇〇円(請求どおり)
弁論の全趣旨によれば、原告は貴生病院入院中の一五五日間に一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるところ、右合計は二〇万一五〇〇円となる。
4 通院交通費 三万一五六〇円(請求七万一八三〇円)
甲第一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、貴生病院への通院のためタクシーを利用し、そのための費用として合計三万一五六〇円を支出したことが認められる。
なお、甲第一〇号証には、原告の夫である藤本征治郎(以下「征治郎」という。)が貴生病院に入院している原告の付添のためにタクシーを利用し、そのために四万〇二七〇円を要したとの記載があるが、付添看護のための交通費は前記付添看護費用の算定にあたり既に考慮済みであるから、右をもって独立した損害と認めることはできない。
5 休業損害 二四九万三九七五円(請求どおり)
原告は、昭和一三年七月一九日生まれで本件事故当時五六歳の女性であり、本件事故当時、征治郎の営む寿司屋を手伝う傍ら、主婦として家事労働に従事していたことが認められるから、原告の休業損害及び逸失利益は、平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・五五ないし五九歳の女子労働者の平均賃金である三三〇万〇五〇〇円を基礎に算定するのが相当である。
そして、甲第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、貴生病院退院後も両足が不自由だったため平成七年一二月中ころまでは全く家事はできず、その後松葉杖なしでゆっくりながら歩けるようになり、家事ができるようになったものの、本件事故前の半分くらいの仕事しかできなかったことが認められるから、右によれば、原告は、本件事故の日である平成七年四月二一日から同年一二月一五日までは就労ができず、同月一六日から症状の固定した平成八年二月二九日までは労働能力の五〇パーセントを喪失していたものと認めるのが相当であり、右収入を基礎に原告の休業損害を算定すれば、次のとおり二四九万三九七五円を下回ることはないと認められる。
計算式 3,300,500÷365×(239+76×0.5)=2,504,763
6 逸失利益 一五二万〇七〇五円(請求一五二万五一二九円)
原告は、前記後遺障害により一二年間にわたり労働能力の五パーセントを喪失したものと認められるから、原告の前記収入を基礎とし、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり一五二万〇七〇五円となる。
計算式 3,300,500×0.05×9.215=1,520,705
7 物損 〇円(請求二万五〇一四円)
原告は、本件事故により自転車が破損し二万五〇一四円の損害を受けたと主張するが、原告の自転車の購入価格及び本件事故当時の残存価格または再調達価格は不明であるうえ、乙第一号証によれば、本件事故当時原告が乗っていた自転車は、本件事故により前かご左側擦過及び左ペダル先端部にわずかな接触痕が生じたことが認められるものの、右によって原告がどの程度の損害を受けたものかも確定できないから、原告の右主張は採用できない。
8 慰藉料 二七五万円(請求三三五万円(入通院分二五〇万円、後遺障害分八五万円))
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰謝するためには、二七五万円の慰藉料をもってするのが相当である。
三 結論
前記二による原告の損害は八七六万九六二六円となるところ、これより前記一のとおり過失相殺として八割を控除すると、残額は一七五万三九二五円となる。そうすると、原告は自賠責保険から一九五万円の支払を受けているから、これにより原告の損害はすべててん補されたこととなり、もはや被告に対し損害の賠償を求めることはできないというべきである。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)
別紙図面