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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)597号 判決 1998年12月25日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億二二六三万五三九八円及びこれに対する平成七年一〇月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、保険会社である被告との間で別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)等について保険金総額一億九〇〇〇万円の火災保険契約を締結し、平成七年一〇月一六日に本件建物等が火災により焼損した(以下「本件火災」という。)ことから、被告に対し、右保険契約による保険金の支払を請求したところ、被告が、本件火災は原告代表者が放火して生じたものであると主張して支払を拒んだため、保険金及び弁護士費用合計一億二二六三万五三九八円及びこれに対する本件火災発生日の翌日である同月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  基礎となる事実(証拠を付さない事実は当事者間に争いがない。)

1 原告は、本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)を丁川竹夫らから賃借し、本件土地上に本件建物を建築して所有している。

2 原告は、平成元年五月一二日、本件建物一階部分において、「丙川」という名称のスーパーマーケット形式の共同店舗(以下「丙川」という。)を開設した。

3 テナントの経営者らとの対立

(一) 原告は、丙川において、自ら直営店を営むほか、丁原松夫(以下「丁原」という。)らとの間で賃貸借契約を締結し、本件建物の一階部分をテナントとして提供した。

しかし、原告は、丙川の開店後まもなく、テナントに対する対応などを巡って丁原ら各テナントの経営者と対立するようになり、丁原らは、平成二年二月ころ、「丙川商業協同組合」を結成し、原告に対し、徹底して抗争する意思を示した。

(二) 原告代表者は、丁原らに対し、右対立の過程において、暴力団関係者を投入して圧力を加えたほか、平成四年六月一八日、丁原に対し、その顔面に催涙スプレーを吹き付けて負傷させ、さらに、同年一二月三〇日、丁原の腰部を出刃包丁で斬りつけて負傷させた。

(三) その後も、原告は、丁原らテナントの経営者らと深刻な対立を続け、訴訟にまで至っている(保証金返還請求訴訟、賃貸借契約確認請求訴訟(本訴)、建物退去請求訴訟(反訴)。

4 他方、原告は、平成七年一月二四日、被告との間で、次の約定で火災保険契約を締結した。

(一) 保険金額 総額一億六〇〇〇万円

(1) 本件建物分 一億二〇〇〇万円

(2) 本件建物内の什器・設備・機械等 三〇〇〇万円

(3) 本件建物内の商品一式 一〇〇〇万円

(二) 保険金 四四万五四〇〇円

(三) 保険期間 平成七年一月三〇日から平成八年一月三〇日までの一年間

(四) その他 そのほか、詳細は、平成二年四月一日改定の「火災保険普通保険約款(一般物件用)」(以下「本件約款」という。)に従う。

5 本件建物は、平成七年二月一五日午前四時三〇分ころ、その一階北側スナック「戊田」付近から出火し、約四〇平方メートルが焼損した(以下、右火災を「前回火災」という。)。

その結果、原告は、被告から、火災保険金として三四七三万八九八九円を受領した。

6 原告は、平成七年四月二一日、被告との間で、右火災保険契約のうち、本件建物分の保険金額を一億五〇〇〇万円に増額する旨の契約を締結した。

7 本件建物は、同年一〇月一六日午前三時五一分、一階北側所在の甲田薬局西側の廊下付近及び一階南側所在の天ぷら店付近から出火し(本件火災)、一階の四八六平方メートルを焼損したほか、一階の五三二平方メートル及び二階二五九平方メートルを水で汚損した。

8 本件約款第二条には、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害については、被告は保険金を支払わないとの規定がある。

三  争点

1 本件火災は、原告代表者又はその関係者が故意に放火したことによって発生したものか否か

2 原告に生じた損害の額

四  争点に関する原告の主張

1 争点1(自放火か否か)について

(一) 原告代表者は、本件火災が発生した時刻、自宅で寝ていた(いわゆるアリバイ)。

(二) 原告代表者及びその家族は、本件火災に関し、捜査機関から呼出しや取調べを受けたことは一度もない。

(三) 原告は、本件土地について借地権を有しており、本件建物が焼失すれば、借地権を喪失するなど重大な悪影響を受ける立場にある。

また、原告は、本件建物を第三者に賃貸したり、売却したりすることもできたのであり、事実、本件火災当時も、本件建物の賃貸についての照会が五件ほどあった。

したがって、原告は、本件建物が焼失すれば、借地権を失ったり第三者に賃貸できなくなるという重大な不利益を被るべき立場にあったのであり、本件建物に放火する動機が存在しない。

(四) 原告代表者と本件建物内のテナントの経営者らは、平成元年五月の開店以来、訴訟や暴力沙汰に発展したほか、感情的に対立していた。

したがって、本件建物に放火する可能性があったのは、原告代表者に対して感情的な恨みを抱いていたテナントの経営者らの方である。

(五) 本件火災当時、原告代表者以外にも、<1>甲田薬局の者が本件建物の一階北側シャッターの鍵及び内部のガラス戸の鍵を、<2>商品納入業者(二業者)が一階南側扉の合鍵を、<3>八百屋及び魚屋が一階西側の出入口シャッターの合鍵をそれぞれ所有しており、また、本件火災時には、一階西側のクリーニング店の扉が施錠されていなかった。

さらに、原告代表者は、本件火災前、本件建物の出入口の鍵穴にボンドを詰めて出入りできないようにしたが、テナントの関係者らは、本件建物内に自由に出入りしていた。

以上によれば、原告代表者以外の者であっても、本件建物に侵入することができたことは明らかである。

2 争点2(損害額)について

(一) 本件建物の焼失による損害 八一八〇万五九〇六円

(二) オープンショーケース・冷蔵庫等の焼失 一七八五万六四九二円

(三) セルフPOS・ストコン・ソフトウェアの焼失 一三七九万三〇〇〇円

(四) 弁護士費用 九一八万円

(五) 合計 一億二二六三万五三九八円

五  争点1(自放火か否か)に関する被告の主張

1 本件火災の出火場所は、本件建物の内部二か所であるところ、本件建物は、完全に密封された密室であり、第三者が出入りできない状況であったこと、出火点が距離の離れた二か所であり、その間に炎や煙痕の連続がないこと、いずれの出火点でも灯油が検出されているが、両地点とも灯油を必要とする暖房器具等は存在しなかったこと、消防署の火災調査報告書にも火災原因が放火である旨の記載があること等によれば、本件火災の原因は放火であることは明らかである。

2 原告代表者は、本件火災当時、本件建物の出入口を全て施錠し、鍵穴にボンドを詰めるなどして、他の者が本件建物に入れないようにしていたのであり、このことは、原告代表者尋問においても繰り返し明確に供述されている。

もっとも、消防記録には、本件火災後、本件建物一階西側のクリーニング店の扉が開いていた旨の記載があるが、右扉は、原告代表者が内側から施錠していたのであり、煤による汚損状況などからしても、消防署員が消火活動の過程で解錠したうえ内側から開放したものと考えられる。

また、原告代表者は、本件火災の三日後に行われた消防署員の質問に対して、本件建物の鍵をテナントの関係者や商品納入業者が所持していた旨供述しているが、テナントの関係者らが所持していた本件建物一階西側のシャッターのカードキーは、右シャッターが電子ロックシステムになっていたため、平成七年五月に電源を切られてから使用不能となり、他の出入口も、原告代表者が鍵屋と相談して鍵穴にボンドを詰めるなどしたため出入り不能な状態であったから、原告代表者の右供述は、虚偽ないし不正確なものである。

以上のような施錠状況に鑑みれば、原告代表者以外の者が本件建物内に侵入するためには、鍵や扉をこじ開ける以外に方法がないが、本件建物においてそのような形跡は一切ない。

したがって、本件火災時、本件建物内に入ることができたのは、その合鍵を所持していた原告代表者又はその指示を受けた協力者以外にあり得ない。

3 次の各事実に照らせば、原告代表者には放火の動機がある。

(一) 原告は、近隣に競合するスーパーマーケットが開業したことによる丙川の経営不振などのために多額の負債を抱えており、地主に対する賃料も長期間滞納し、退店したテナントの経営者らに対する保証金の返還もままならない状態だった。

(二) 原告は、本件建物や什器・機械等について、総額一億九〇〇〇万円の火災保険をかけていた。

(三) 原告は、テナントの経営者らに対し、総額一億三七一五万円もの保証金返還義務を負っていたが、原告の責に期さない事由によって丙川の売場の大部分が滅失・毀損した場合、右経営者らとの賃貸借契約は終了し、保証金の返還義務も免れる取り決めになっていた(売場委託契約書一六条)。

(四) さらに、原告代表者は、日ごろから不穏・粗暴な言動が目立ち、平成四年一二月三〇日には、丁原の腰部を出刃包丁で刺して傷害を負わせ、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反により有罪判決を受けるなど、直情的な性格であった。

4 これに対し、テナントの経営者らは、本件建物が焼失すれば、借家権のみならず保証金返還請求権も失うのであり、本件建物に放火することによっては何の利益も得られない。

5 以上の事実に鑑みれば、本件火災は、原告代表者あるいはその指示を受けた協力者が故意に放火したものであることは明らかである。

第三  当裁判所の判断

一  争点(自放火か否か)について

1 出火場所について

第二の二7のとおり、本件火災は、本件建物一階北側所在の甲田薬局の西側廊下付近及び一階南側所在の天ぷら店付近(以下合わせて「火元二地点」という。)から出火したことが認められる。

2 出火原因について

第二の二7の事実は、《証拠略》を合わせると、<1>本件建物は平成七年五月末ころから電気及びガスの供給が止まっていたこと、<2>火元二地点にはいずれも煙草火による火災特有の燻焼痕が存在しないこと、<3>火元二地点からはいずれも灯油が検出されたが、その付近には石油ストーブ等の暖房器具や灯油のポリ容器等が存在していなかったこと、<4>火元二地点の間に炎や煙痕の連続がないこと、<5>本件建物は前回火災後まもなく施錠・閉鎖されており、本件火災当時出入り不能の状態だったこと、<6>本件火災が深夜三時五一分ころに発生していることがそれぞれ認められ、これらの事実を総合すると、本件火災は、漏電、ガス漏れ、煙草の不始末等による失火ではなく、何者かが本件建物内に侵入して火元二地点に灯油を撒いて点火した放火であると認められる。

3 本件建物の施錠状況について

(一) 本件建物の開口部の施錠状況について

《証拠略》によれば、本件建物一階部分には、合計一〇か所ほどの出入口があったが、いずれもシャッターや扉などで閉鎖されていたこと及び本件建物二階部分にも一〇カ所ほどの窓があったが、いずれも窓ガラスやベニヤ板で塞がれていたことが認められる。

(二) 一階西側南端のクリーニング店の扉(以下「クリーニング店の扉」という。)以外の開口部の施錠状況について

《証拠略》によれば、消防士長森本吉則(以下「森本」という。)が本件火災鎮火直後に本件建物の施錠状況を確認したところ、クリーニング店の扉以外の開口部は、一、二階とも全て施錠されていたことが認められる。

(三) クリーニング店の扉の施錠状況について

原告は、森本が本件火災鎮火直後に本件建物の施錠状況を確認した際、クリーニング店の扉が開放状態だったことを理由に、本件火災当時、クリーニング店の扉は施錠されていなかった旨主張する。

しかし、《証拠略》の結果によれば、次の各事実が認められる。

(1) クリーニング店の扉は内側から施錠する仕組みになっていた。

(2) 原告代表者は、前回火災後、丁原らテナントの者との対立が激化したことから、本件火災までの間に、テナントの者を本件建物から閉め出すためにクリーニング店の扉を含む全ての出入口を施錠したうえ、専門の鍵屋に相談して鍵穴にボンドを詰めて封鎖したうえ、電子ロックシステムになっている西側シャッターについては、電気を止めて解錠できないようにし、更に月に二回以上は施錠状況を確認するなどして、本件建物の施錠・封鎖を徹底していた。

(3) クリーニング店の店主乙野梅夫は、前回火災後、本件建物から全ての荷物を引き上げて退店しており、本件火災前には、本件建物に出入りしていなかった。

(4) 本件火災の際にクリーニング店の扉が開放されていたのであれば、その扉の外側や建物の外壁にも煤が付着するはずであるが、扉の内側には多量の煤が付着していたにもかかわらず、扉の外側や外壁にはほとんど付着していなかった。

(5) 原告代表者は、本件火災の三日後に行われた消防署員の質問に対し、クリーニング店の奥のドアの鍵が間違いなく掛かっていたと明確に供述していた。

以上の事実によれば、クリーニング店の扉は、本件火災当時、内部から施錠されていたと認められ、本件火災鎮火直後にクリーニング店の扉が開いていたのは、消防署員が消火活動をする際に内側から解錠して開放したためであると考えられる。

(四) 以上によれば、本件建物は、本件火災時、全ての開口部が施錠されていたと認められるから、放火犯人が本件建物に侵入するためには、合鍵を使用して解錠するか、あるいは入口をこじ開けるなどして強引に侵入するほかない。

しかし、《証拠略》によれば、本件建物の開口部は、消防署員が、消火活動のため、北側シャッターを二カ所、南側シャッターを一か所、南側窓ガラスを二カ所、それぞれエンジンカッターで切断するなどした以外には、こじ開けられたり壊されたりした形跡は一切なかった。

したがって、本件火災の放火犯人は、合鍵を使用して本件建物内に侵入したものと認められる。

4 本件建物の合鍵の所持者について

《証拠略》によれば、本件火災前、本件建物の合鍵は、原告代表者のほか、テナントの経営者数人及び出入りの商品納入業者(二業者)が所持していたことが認められる。

5 テナントの関係者が侵入した可能性について

(一) 《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告代表者は、平成七年七月ころ、本件建物の全ての出入口を施錠したうえ、外のシャッターを下ろし、テナントの者が合鍵を持っている出入口については、専門の鍵屋に相談して全て内側から鍵をかけたうえ鍵穴にボンドを詰めて封鎖し、また、電子ロックシステムになっている西側シャッターについては、解錠できないように電源を切り、更に月に二回以上は施錠状況を確認するなどしていた。

(2) この結果、テナントの関係者が本件建物内に入るためには、原告代表者に依頼し、原告代表者又はその補助者であった丙山(以下「丙山」という。)の立会いを得て、同人らに解錠してもらう以外に方法がなかった。

(二) 以上のとおり、テナントの関係者は、本件建物の合鍵を使用できず、原告代表者の協力なしに本件建物に入ることは不可能だったのであり、このことは、原告代表者自身、原告代表者尋問において繰り返し自認しているところでもある。

(三) ところで、原告は、本件口頭弁論終結の日である第一〇回口頭弁論期日において、本件建物の出入口の鍵穴にボンドを詰めて出入りができないようにした後もテナント関係者らが勝手に本件建物内に出入りしていた旨主張し、それに沿う証拠として甲第一三号証(原告代表者の陳述書)を提出する。

しかし、本件建物の出入口を前記のように厳重に施錠・封鎖したにもかかわらず、その後テナントの関係者らが本件建物に自由に出入りできたとは考えにくいうえ、原告は本件口頭弁論終結の日まで右のような主張をしていなかったこと、原告代表者も、消防署員による質問や原告代表者尋問の際、右のような供述は一切しておらず、かえって、本件建物を封鎖してテナントの者達が中に入れないようにしたことを繰り返し供述していることにも鑑みれば、原告の右主張は到底採用できない。

6 出入りの商品納入業者が侵入した可能性について

(一) 《証拠略》によれば、商品納入業者は、本件建物一階南側において原告の直営する天ぷら店の出入口の合鍵を所持しており、かつ、右出入口の鍵穴にはボンドが詰められていなかったことが認められる。

(二) しかし、《証拠略》によれば、<1>右商品納入業者は、原告が平成七年三月三一日限りで丙川を閉店したため、遅くともそれ以後、本件建物内に出入りしていないこと、<2>右業者は、本件火災までの間、原告と紛争を起こしたことはなく、本件建物に放火する動機は一切ないことが認められ、また、原告代表者は、本件火災の放火犯として丁原らテナントの者三名を名指ししているが、右業者が放火犯であるとは一度も指摘していないことも併せ考慮すると、商品納入業者が放火犯であるとは到底考えられない。

7 原告代表者が放火した可能性について

(一) 本件建物への立入りの可能性について

原告代表者が、本件火災時、その所持する合鍵を使用して本件建物内に自由に出入りできたことは、当事者間に争いがない。

(二) 動機について

(1) 原告の負債及び経営状況

《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

ア 丙川の売上げは、開店当初は好調であったが、その後、競合店の出現や原告とテナントの経営者らとの間の対立が激化したことから低迷を続け、原告は、丙川を閉店した平成七年三月三一日の段階において、合計二億二四九五万九四九五円の債務(そのうちテナントの経営者らに対する保証金返還債務が合計一億三七一五万円)を負っており、また、原告代表者に対する六〇〇〇万円を超す不良債権を有していた。

イ 原告は、経営不振のため、平成七年三月三一日の段階で、本件土地の地代を一八か月に渡って滞納していた(なお、原告は、本件火災後の平成八年一一月二一日、本件土地の貸主から、賃料不払を理由に本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求める訴えを提起され、敗訴判決を受けた。)。

ウ 原告は、前回火災後、被告から受け取った火災保険金を本件建物の補修費用には充てないで他の用途に費消し、平成七年三月三一日限りで丙川を閉店したため、本件火災時、再開の目途はなく、また、丙川での営業収入を得られない状態であった。

(2) 火災保険契約

前記のとおり、原告は、平成七年一月二四日、被告との間で、総額一億六〇〇〇万円の火災保険契約を締結するとともに、同年四月二一日、被告との間で、右保険金額を総額一億九〇〇〇万円に増額しており、本件建物が焼損すれば、最高で一億九〇〇〇万円もの火災保険金を受給できるはずであった。

(3) テナントの経営者らに対する保証金返還義務の免除

《証拠略》によれば、原告は、テナントの経営者らとの間で、天災、地震、人災その他原告の責に帰さない事由によって丙川の売場の大部分が滅失又は毀損したときは、右経営者らとの賃貸借契約は終了し、保証金の返還義務も消滅する旨の特約を結んでいたことが認められ、火災によって本件建物の大部分が焼損すれば、総額一億三七一五万円もの保証金返還義務を免れることができる地位にあった(なお、《証拠略》によれば、原告は、テナントの経営者らとの間で、賃貸借契約が終了しても保証金の返還を一〇年間猶予する旨の特約を締結していたが、本件火災の直前である平成七年七月二六日、大阪高等裁判所において、右特約は公序良俗に反し無効であるとして、元テナントの者に対し、合計一七六〇万円の保証金を直ちに返還するよう命ずる判決を受けていた。)。

(4) 前回火災後の本件建物の状況

前記第二の二5のとおり、原告は、被告から、前回火災の際、三四七三万八九八九円の火災保険金を受給したものの、本件建物は修復されないままであった。

(三) 以上のとおり、原告代表者は、本件火災の当時、本件建物内に容易に立ち入ることができ、かつ、本件建物に放火するに十分な動機を有していたことが認められる。

もっとも、原告は、本件建物が焼失すれば、原告は本件土地の借地権を喪失するなど重大な悪影響を受けることになり、また、金員の調達については、本件建物を第三者に売却・賃貸するなどによって可能であったとして、原告代表者に放火の動機が存在しない旨主張する。

しかし、借地法上は、借地上の建物が焼失しても、借地権が消滅したり制限されたりすることはない。

また、テナントの経営者らとの対立が前記のとおり激化していたこと、総額一億三七一五万五〇〇〇円もの保証金返還債務を負っていたこと、本件建物は前回火災の際、一部焼損したまま補修されていなかったこと等に鑑みれば、原告が本件建物を第三者に売却・賃貸して金員を調達することは事実上困難であったというべきであり、原告の右主張は採用できない。

8 原告代表者のいわゆるアリバイの主張について

(一) 原告は、本件火災が発生した時刻、原告代表者は自宅で寝ていたとしてそのアリバイを主張し、原告代表者も、これに沿う供述をしている。

(二) しかし、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件建物は、原告の自宅から車で二、三分のところにある。

(2) 本件火災は、平成七年一〇月一六日午前三時五一分ころ出火し、午前四時四五分ころ鎮火した。

(3) 松原警察署の担当者は、午前四時過ぎころ、原告方に本件火災の発生を知らせる電話をかけたところ、原告代表者の妻が電話に応対した。

(4) 丁原が火災現場に到着したときは、本件火災は既に鎮火されており、消防署員がホースを片付けていた。

(5) 原告代表者は、丁原の到着後約一〇分が経過してから、本件建物に到着した。

(三) 右(二)認定の事実を前提に、いわゆる原告代表者のアリバイについて検討すると、本件火災が発生した直後に松原警察署から通報を受けたのは原告代表者の妻であり、原告代表者が当時在宅していたことは、証拠上必ずしも明らかではない。

また、松原警察署から午前四時過ぎに本件火災を知らせる電話があり、原告の自宅から本件建物までの距離は車で二、三分ほどしかないのに、実際に原告代表者が火災現場に到着したのは本件火災が完全に鎮火した後で、どんなに早くても午前四時五五分以降であった。原告代表者が午前四時過ぎに在宅していたとすると、原告代表者は、右通報後直ちに本件建物に駆けつけなかったことになるが、これは、本件建物の所有者の行動としていささか奇妙であるといわざるを得ない。

(四) 以上によれば、原告代表者の本件火災発生当時の所在ないし行動は必ずしも明らかではなく、原告代表者のいわゆるアリバイを認めることはできない。

9 結論

右1ないし7の各事実に、原告代表者の本件火災発生当時の所在ないし行動が必ずしも明らかではないことを合わせ考慮すると、本件火災は、原告代表者又はその指示を受けた者が、本件建物内に合鍵を用いて立ち入り、火元二地点に灯油を撒いたうえ、放火したことによって生じたものであると推認される。

そうすると、被告は、本件約款二条により、火災保険金の支払義務を負わないから、被告の抗弁は理由がある。

二  結語

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下 寛 裁判官 亀井宏寿 裁判官 神野泰一)

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