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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)7653号 判決 1998年2月26日

原告

新井美子こと権美子

ほか四名

被告

平尾康浩

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告権美子に対し、各自七〇八万七六三九円及びこれに対する平成八年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告朴元壽、原告朴邦壽、原告朴孝壽、原告朴明日香のそれぞれに対し、各自四七二万五〇九二円及びこれに対する平成八年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、新井一生こと朴正出(以下「一生」という。)が、自動車のパンク修理のため道路路肩にこれを停止させて車外にいたところ、被告南恒夫(以下「被告南」という。)の運転する自動車に衝突されて転倒し、更に、後続の被告平尾康浩(以下「被告平尾」という。)の運転する自動車に轢過されて死亡した事故に関し、一生の相続人である原告らが、被告らに対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下のうち、1、2、5は関係当事者間で争いがない。3は被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす。4は甲第四号証の一、二、第五、第六号証、第一二号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。

1  被告南は、平成八年五月一八日午前〇時四五分ころ、普通乗用自動車(滋賀五八は三二〇三、以下「南車両」という。)を運転して大阪府東大阪市荒本西四丁目五〇番地先道路(以下「本件道路」という。)を走行中、同所で自動車を停止させてパンク修理のため車外に出ていた一生に南車両を衝突させて、一生を跳ね上げ車道上に転倒させ、そのまま逃走した。

2  被告平尾は、前記日時ころ、普通乗用自動車(なにわ五七み七四八二、以下「平尾車両」という。)を運転して前記場所を走行中、南車両に衝突され同所に転倒していた一生を平尾車両で轢過し、そのまま数十メートルにわたり引きずり一生を死亡させた。

3  本件事故当時、被告南は南車両を、被告平尾は平尾車両をそれぞれ所有し、いずれも自己のために運行の用に供していた。

4  一生死亡当時、原告権美子(以下「原告美子」という。)はその妻であり、原告朴元壽(以下「原告元寿」という。)、原告朴邦壽(以下「原告邦寿」という。)、原告朴孝壽(以下「原告孝寿」という。)、原告朴明日香(以下「原告明日香」という。)は、いずれも一生と一生の前妻である南春子との間に生まれた子であった。一生及び原告らはいずれも韓国籍であり、原告らの相続分は、原告美子が一一分の三、その余の原告は各一一分の二である。

5  原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から合計四一〇三万三二〇〇円の支払を受けた。

二  争点

被告平尾が、被告平尾には自賠法三条但書の免責事由があると主張するほか、被告らは、原告らの損害ことに一生の逸失利益について争い、また、本件事故の発生には一生にも過失があるから、過失相殺がされるべきであると主張する。

第三当裁判所の判断

一  被告平尾の責任及び過失相殺について

1  甲第一ないし第三号証、乙第一ないし第九号証、第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件道路は、南北に通ずる片側各四車線の幹線道路で、中央分離帯が設けられているほか、南行車線は各二車線の本線と側道からなっており、本件事故現場付近は国道三〇八号線から本件道路に合流するための側道が更に左側に設置されこの部分だけが片側三車線となり、白色ペイントの破線で車線区分されている。本件道路の最高速度は本線は時速六〇キロメートル、側道は時速五〇キロメートルとされているほか、本件道路は終日駐車禁止となっている。本件事故現場付近の前方の見通しは良く、水銀灯が設置されている。本件道路の両側には街路樹で仕切られた幅員約四・五メートルの歩道が設置されており、自転車、歩行者の通行が可能であるが、通行は多くない。また、中央分離帯にはガードレールが設置され、分離帯内は自転車、歩行者等の通行及び横断が物理的に不可能となっている。

(二) 被告南は、本件事故当日の午後八時半ころから午後一一時半過ぎまでの間に生ビール中ジョッキ二杯くらい、日本酒の冷酒をグラスに二杯くらい飲んだ後、本件事故当時南車両を運転して、前照灯を下向きにして時速約七〇キロメートルで本件道路の南行本線追越車線を走行していたが、助手席の同乗者に気を奪われ、本件事故現場の約一七・二メートル手前に至って前方に黒い丸い大きな物を認め、危険を感じてブレーキをかけ更に右にハンドルを切ったが、間に合わず南車両をこれに衝突させた。被告南は、衝突直前にこれが人間であることに気がついていたが、当時飲酒していたことから発覚を恐れそのまま逃走した。

(三) 被告平尾は、本件事故当時、平尾車両を運転して本件道路の南行本線走行車線を走行していたが、本件事故現場の約五五・四メートル手前で路上に障害物を発見し、本件事故現場の約二一・八メートル手前に至ってそれが路上に横臥している人間であることに気づき、危険を感じて急ブレーキをかけたが間に合わず平尾車両をこれに衝突させた。

(四) 一生は、本件事故前に自車を運転して本件事故現場の北方約二〇〇メートルの荒本交差点を西から南へ右折しようとした際、左前輪タイヤを歩道縁石に衝突させてパンクさせた後、本件事故当時は、本件事故現場の側道に車を止めてパンクしている左前輪のタイヤ交換の作業途中であり、救援を要請しようとしていたのか否かは不明であるものの、本線車道を横断歩行中に追越車線上に右足を前に出した佇立の状態で右臀部ないし右大腿付近を南車両の左前部に衝突され、南車両のボンネット上に跳ね上げられた後、路上に転落転倒した。その直後、一生は、右事故により路上に横臥している状態で後続の平尾車両に頭部を轢過され、頭蓋骨折による脳挫傷により死亡した。なお、解剖結果により、一生の体内からハルシオン及び覚せい剤が検出され、その使用が認められた。

2  右によると、本件事故は、被告南が、飲酒のうえ制限速度を時速約一〇キロメートル上回る速度で南車両を運転し、前方車道を横断中の一生を南車両前部で跳ね飛ばしたうえ、救護並びに危険防止等の措置をとらず放置したまま逃走したため、後続の平尾車両をして轢過させて死亡させたというものであると認められるが、被告平尾も、本件事故現場の約五五・四メートル手前で路上に障害物を発見していたのに、減速する等適切な措置をとることなく漫然と走行を続けた過失により、一生の発見が遅れこれを轢過したものであり、本件事故の発生について自賠法三条による責任を免れることはできない、というべきである。

しかし、一生にも、片側四車線で歩行者の横断が予想されない幹線道路を無謀にも横断しようとした過失があり、しかも、本件事故当時、ハルシナン及び覚せい剤を使用しており、そのために右のような異常な行動をしたものと推認され、右の諸事情に照らすと、本件事故の発生には一生にも四割を下らない過失があるというべきである。

二  原告らの損害について

原告らは、以下の1、2について一生が被告らに対して有する損害賠償請求権を相続分に応じて相続したものと認められる。また、弁論の全趣旨によれば、原告らは、3の費用を相続分に応じて負担したものと認められる。

1  逸失利益 三〇五九万九九一六円(請求三八二四万九八五九円)

(一) 甲第一、第二号証、第五、第六号証、第八、第九号証、第一二号証及び原告美子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 一生は、一九三七年二月七日生まれの男性で、死亡時五九歳であった。

(2) 一生は、昭和五五年ころから原告美子と内縁関係となり、当初は原告美子のほか原告美子の子二名と同居してこれを扶養し、右子らが独立した後は本件事故当時まで原告美子と二人暮らしであった。なお、一生には、昭和五五年当時は南春子と婚姻していたが別居状態であり、平成元年四月二〇日に南春子と離婚した後、平成八年五月二日、原告美子と婚姻した。

(3) 一生は、昭和五五年当時、原告美子の現住所の建物一階で「第一商事」の屋号で金融業を営んでおり、昭和五九年には、兵庫県阪神県民局長より有効期限を昭和五九年二月八日から昭和六二年二月七日までとする貸金業の規制等に関する法律三条一項の規定による登録を受けていたが、本件事故当時は、右登録を受けていなかった。また、一生は、本件事故当時、確定申告をしていなかった。

(4) 一生は、交通事故を起こし六か月程度の間服役したことがあり、本件事故の約一年前に出所した。原告美子は、一生の服役中は実弟の喫茶店からの家賃収入で暮らしていた。また、原告美子には現在収入がない。

(二) 原告美子は、本件事故当時、一生は、生活費として毎月四〇万円を渡してくれており、他に家賃、光熱費、交際費等を支出していたほか、原告美子の子の生活費の援助として毎月一〇万円を出してくれていたので、少なくとも一か月当たり六〇ないし七〇万円の収入があったことは間違いないと供述し、甲第一二号証にもこれにそう記載がある。しかし、右を裏付ける客観的な資料は見当たらないばかりか、一生が登録を受けることなく金融業を営んでいたこと、本件事故の約一年前までは服役していたこと、本件事故当時は覚せい剤を使用していたこと等に照らすと、右はただちには信用できず、前記(一)の諸事情に照らすと、一生の逸失利益は、平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・五五ないし五九歳の男子労働者の平均年収である六三六万一二〇〇円の八割を基礎に算定するのが相当である。そして、右収入より一生の生活費として三割を控除し、就労可能と認められる七〇歳までの一一年間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、一生の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり三〇五九万九九一六円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 6,361,200×0.8×(1-0.3)×8.59=30,599,916

2  慰藉料 二六〇〇万円(請求どおり)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、一生が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには二六〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

3  葬儀費用 一二〇万円(請求二七七万一三五一円)

甲第七号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、一生の葬儀を行い、そのための費用として株式会社大西に二七七万一三五一円を支払ったことが認められるところ、右のうち一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

三  結論

以上によれば、原告らの損害は合計五七七九万九九一六円となり、これを相続分に応じて区別すると、原告美子につき一五七六万三六一三円、その余の原告につき各一〇五〇万九〇七五円となるところ、前記一のとおり本件事故の発生には一生にも四割の過失があるので、右より過失相殺として各四割を控除すると、原告美子につき九四五万八一六七円、その余の原告につき各六三〇万五四四五円となる。ところで、原告らが自賠責保険から合計四一〇三万三二〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、原告らは右を相続分に従い各自の損害のてん補に充てたものと認められるから、右てん補額は原告美子は一一一九万〇八七二円、その余の原告は七四六万〇五八一円となる。そうすると、原告らは、既に損害の全額についててん補を受けたこととなるから、もはや被告らに対して損害の賠償を求めることはできないというべきである。

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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