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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8704号 判決

原告

甲田一郎

(以下「原告一郎」という。)

原告

甲田次郎

(以下「原告次郎」という。)

右両名法定代理人親権者父

甲田三郎

右両名法定代理人親権者母

甲田花子

原告

甲田三郎

(以下「原告三郎」という。)

原告

甲田花子

(以下「原告花子」という。)

右四名訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

池田直樹

被告

大阪市

右代表者市長

磯村隆文

右訴訟代理人弁護士

江里口龍輔

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告三郎及び原告花子に対し、別紙一記載の謝罪文書を同二記載の方法で一回掲載せよ。

二  被告は、原告一郎及び原告次郎に対し、各三二五万円及びこれに対する平成九年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告三郎及び原告花子に対し、各一二五万円及びこれに対する平成九年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、知的障害を有する原告一郎及び原告次郎の両名(以下「原告児童ら」という。)が、S小学校長及び大阪市教育委員会による教育環境の整備が不十分であったためにいわゆる不登校の状態になるとともに、右不登校に対処するために原告三郎及び同花子の両名(以下「原告両親」という。)が、S小学校長及び現場教諭らと交渉を行った際、誹謗中傷されたとして、原告らが、被告に対し、原告児童らに対する学習権侵害並びに原告両親に対する教育権及び名誉権の侵害を理由にそれぞれ国家賠償法一条に基づく損害賠償を求めるとともに、原告両親が、被告に対し、それぞれ民法七二三条に基づく名誉回復措置を求めた事案である。

二  前提となる事実

1(一)  原告児童らは、平成八年四月から平成九年三月までの間、S小学校に在籍していた児童であり、原告両親は、原告児童らの実父母であり、共同親権者である(争いがない。)。

(二)  被告は、地方自治法一八〇条の五第一項一号及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二条に基づいて教育委員会を設置するとともに、教育基本法(以下「教基法」という。)六条一項、学校教育法(以下「学教法」という。)二条一項、三条、二九条等に基づき、大阪市住吉区S<番地略>に大阪市立S小学校を設置し、大阪市教育委員会が、地教行法三三条一項に基づき、これを管理している。なお、S小学校長は、平成三年四月から平成七年三月まで、乙山四郎(以下「乙山前校長」という。)がその職にあり、平成七年四月から平成九年三月まで、丙村五郎(以下「丙村校長」という。)がその職にあった(争いがない。)。

2(一)  原告一郎(昭和五九年九月二八日生)は、昭和六二年ころ、三歳児健診の際に自閉的傾向があるとの理由で、大阪市中央児童相談所から、知的障害中度(B1)の認定を受け、その後、平成九年三月のS小学校卒業時まで右認定は維持された(<証拠略>)。

(二)  原告花子は、平成二年一〇月一九日ころ、乙山前校長との間で、原告一郎のS小学校入学に向けて打合わせをした際、乙山前校長から、養護学級での受入れを前提とする説明を受けた。なお、右養護学級は、学教法七五条の予定する特殊学級に該当し、S小学校の設置管理者である大阪市教育委員会が、地教行法二三条、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律四条等に基づいて設置したものである(<証拠略>)。

(三)  原告両親は、平成三年一月二九日ころ、原告一郎を養護学級に在籍させようとする乙山前校長に対して、原告一郎について普通学級において障害を有する児童に理解のある教員を配置した上で教育をするよう申し入れたところ、乙山前校長は、他の児童に対する教育との関係上養護学級に在籍してもらうが、他の児童の教育に支障がない範囲において、普通学級で原告一郎の教育を行うことを約束した(<証拠略>)。

(四)  原告一郎は、平成三年四月、S小学校に入学した(争いがない。)。

(五)  乙山前校長及び丙村校長は、左記のとおり、原告一郎が所属していた普通学級及び養護学級の担当教員を決定した(争いがない。)。

(1) 第一学年(平成三年四月から平成四年三月まで)

普通学級担任 A教諭(以下「A教諭」という。)

養護学級担任 B教諭(以下「B教諭」という。)

(2) 第二学年(平成四年四月から平成五年三月まで)

普通学級担任 C教諭

養護学級担任 D教諭

(3) 第三学年(平成五年四月から平成六年三月まで)

普通学級担任 E教諭

養護学級担任 F教諭

(4) 第四学年(平成六年四月から平成七年三月まで)

普通学級担任 G教諭(以下「G教諭」という。)

養護学級担任 F教諭

(5) 第五学年(平成七年四月から平成八年三月まで)

普通学級担任 G教諭

養護学級担任 H教諭(以下「H教諭」という。)

(六)  原告両親は、原告一郎の入学後である平成三年四月一一日、乙山前校長、A教諭、B教諭らとS小学校の校長室で面談を行い、原告一郎の教育については、言葉と他の児童との関わりを中心に行ってほしい旨申し入れた。これに対し、乙山前校長は、S小学校には他の児童も在籍しており、これらの児童の教育内容の低下や授業進行の遅滞を招くこともできないことから限界はあるが、精一杯の努力をすると答えた(<証拠略>)。

(七)  原告一郎は、入学直後の平成三年四月一五日ころから同月二四日ころまでの間及び同年六月一二日ころから同月一五日ころまでの間、登校を嫌がり、学校を休んだことがあった。しかし、A教諭は、児童四、五名とともに原告らの自宅を訪問して学校に来るよう誘ったり、B教諭が、一日に二、三時間ほど訪問指導を行ったりするなど、原告一郎に対して積極的な働きかけを行ったため、原告一郎の不登校は長期には至らなかった(<証拠略>)。

(八)  原告一郎は、平成六年四月、第四学年に進級したが、普通学級担任のG教諭は、原告一郎に対する指導のために、原告花子との間に連絡ノートを作成し、学校での原告一郎の様子を克明に原告花子に伝えた。なお、G教諭は、原告一郎が第六学年に進級した後、不登校に至る直前まで、原告花子との連絡ノートを続けた(<証拠略>)。

(九)  原告一郎は、平成八年四月、第六学年に進級したが、普通学級担任は、G教諭であり、養護学級担任は、H教諭であった(争いがない。)。

3(一)  原告次郎(昭和六一年七月一一日生)は、平成元年ころ、三歳児健診の際に萎縮の傾向があり精神発達遅滞が認められるとして、大阪市中央児童相談所から、知的障害中度(B1)の認定を受け、その後、平成六年八月に、知的障害重度(A)の認定に変更され、平成九年三月まで右認定は維持された(<証拠略>)。

(二)  原告両親は、平成五年三月九日ころ、原告次郎の入学に先立ち、当時S小学校の教頭であったIに対し、原告一郎の時と同様に普通学級での教育を申し入れるとともに、原告次郎には、三歳のころに一年間母親と離れて指導を受けた経験から少し情緒不安定なところがあるので、その点を配慮してほしいと申し向けた(<証拠略>)。

(三)  原告両親は、同年四月五日ころ、原告次郎の担任につく予定であったJ学年主任(なお、J学年主任は、平成六年四月、教務主任となった。以下「J教務主任」という。)に対し、入学式は特別な雰囲気なので、少し情緒不安定なところのある原告次郎が拒否反応を起こさないよう留意してほしい旨申し入れたところ、J教務主任は、これを了承し、何かあれば遠慮なく申し出てほしい旨回答した(<証拠略>)。

(四)  乙山前校長及び丙村校長は、左記のとおり、原告次郎が所属していた普通学級担任及び原告次郎専任の養護担当を配慮した(争いがない。)。

(1) 第一学年(平成五年四月から平成六年三月まで)

普通学級担任 J教務主任

(2) 第二学年(平成六年四月から平成七年三月まで)

普通学級担任 K教諭(以下「K教諭」という。)

(3) 第三学年(平成七年四月から平成八年三月まで)

普通学級担任 K教諭

原告次郎専任 L教諭(以下「L教諭」という。)

(五)  原告次郎は、平成六年四月、第二学年に進級すると、知的障害の程度が進行したこともあり、一年間で約二〇回近く登校拒否を繰り返し、原告両親は、J教務主任の関与を希望したが、乙山前校長は、これに応じなかった。また、原告次郎の登校拒否に対しては、J教務主任又はK教諭が、それぞれ迎えに行くなどして対応し、また、平成七年二月一三日から同年三月六日までの長期の不登校の際には、同年二月二二日ころからK教諭が訪問教育を行うなどして対応した(<証拠略>)。

(六)  原告次郎は、平成七年四月、第三学年に進級したが、同年七月一日から九月三〇日までの間、不登校となった。しかし、右不登校の間、J教務主任が原告次郎を迎えに来てS小学校のプールで遊ばせたり、学級担任のK教諭とL教諭による訪問教育が行われたりした(<証拠略>)。

(七)  原告次郎は、平成七年一〇月一日、J教務主任に連れられて、S小学校の運動会に参加し、これを契機に、再び登校するようになったが、主として職員室に登校するようになり、普通学級で授業を受けることは少なかった。また、原告次郎専任の養護担当教諭であるL教諭がほぼ専属的に原告次郎の指導を行った(<証拠略>)。

(八)  原告次郎は、平成八年四月、第四学年に進級し、学級担任は、L教諭となり、原告次郎専任の養護担当は、M教諭(以下「M教諭」という。)となった(争いがない。)。

4  原告一郎は、平成八年六月一八日以降、七月に四回登校したのみで、その他は一度も登校できず、卒業式にも出席できない状態で平成八年三月にS小学校を卒業した。

原告次郎は、平成八年五月三一日から平成九年三月までの間、S小学校に一度も登校できない状態が続いた。(争いがない。)

第三  主たる争点

一  S小学校長による教育環境整備義務違反の有無(子の学習権侵害及び親の教育権侵害の有無)

二  大阪市教育委員会による指導義務違反

三  S小学校教諭らによる名誉毀損等の有無

四  損害額の算定

第四  当事者の主張

一  S小学校長による教育環境整備義務違反の有無(子の学習権侵害及び親の教育権侵害の有無)

(原告らの主張)

1 S小学校長は、原告らに対し、次のとおり教育環境を整備すべき義務(以下「本件教育環境整備義務」という。)を負っていた。

(一) 普通学級で授業を受けさせる義務

(1) 原告児童らが、障害のない児童と机を並べ、同じ授業を受けること自体により、ふとした視線や声かけなどから有形無形の人的環境をはぐくむことが可能となる。それゆえ、知的障害を有する児童に対して普通学級で授業を受けさせる義務は、憲法一三条や教基法前文で明記されている個人の尊厳の尊重あるいは憲法一四条、二六条、教基法三条一項の等しくその能力に応ずる教育を受ける機会の保障から当然に導き出せるというべきである。

(2) 原告両親は、原告児童らのS小学校入学に際し、原告児童らに対して養護学級で授業を受けさせることに反対し、その障害をもつ児童の教育に関する知見を踏まえて普通学級で授業を受けさせるよう求めたところ、乙山前校長は、これに理解を示し、原告児童らについて、普通学級に机を配置することを了承した。なお、普通学級に机を配置することは、当然に普通学級で授業を受けることを意味するものである。

(3) したがって、丙村校長は、原告児童らに対し、普通学級で授業を受けさせる義務を負っていた。

(二) 具体的な教育計画を策定する義務

(1) 知的障害を有している児童に対しては、その児童の対人関係での特徴、得手不得手や関心傾向などの特性を十分把握した上で、その児童の状況を絶えず踏まえながら相互の信頼関係を基礎に、その児童の成長にあわせて具体的な教育計画を策定することが必要である。それゆえ、障害を有する児童のために具体的な教育計画を策定する義務は、前記(一)(1)の個人の尊厳の尊重及び等しくその能力に応ずる教育を受ける機会の保障並びに学教法施行規則二六条で「児童が心身の状況によって履修困難な各教科は、その児童の状況に適合するように課さなければならない」と規定していることから当然に導き出せる義務であるというべきである。さらに児童の権利に関する条約二三条二項では「障害を有する児童が特別の養護についての権利を有すること」や「当該児童の状況及び父母……の事情に適した援助」をすることなどが規定されている。

(2) 原告両親は、原告児童らのS小学校入学に際し、乙山前校長に対して具体的な原告児童らの教育計画を策定するよう要求し、乙山前校長もこれを了承していた。

(3) したがって、丙村校長は、原告児童らに対し、具体的な教育計画を策定すべき義務を負っていた。

(三) 適正な教員を配置する義務

(1) 原告児童らを担当する教員は、普通学級に原告児童らの机を配置することの意味を十分理解する必要があり、また原告児童らに対する具体的な教育計画を実施するためにその計画の目標などを理解していなければならないのであり、丙村校長は当初からそのことを認識していたはずである。

かかる点にかんがみれば、障害を有する児童のために適正な教員を配置する義務は、前記(一)(1)の個人の尊厳の尊重及び等しくその能力に応ずる教育を受ける機会の保障から当然に導かれる義務であるというべきである。

(2) また、原告両親は、原告児童らのS小学校入学に際し、同人らが普通学級で十分な教育をうけることができるよう障害児に対する原学級保障の重要性について理解のある教員を適宜配置するよう要求し、乙山前校長もこれを了承していた。

(3) したがって、丙村校長は、原告児童らに対し、適正な教員を配置すべき義務を負っていた。

(四) 学校から児童に対して働きかける義務

(1) 原告両親は、原告児童らのS小学校入学に際し、原告児童らが普通学級で十分な教育を受けることができるように原告児童らに対して担当教員から適宜呼びかけをするなどの働きかけを要求し、乙山前校長もこれを了承していた。

かかる点にかんがみれば、担当教員から児童に対し働きかけをする義務は、前記(一)(1)の個人の尊厳の尊重及び等しくその能力に応じた教育を受ける機会の保障から当然に導かれる義務であるというべきである。また、被告が初任者研修における指導(教育公務員特例法二二条の二)の一つとして作成している手引において、子どもや保護者の信頼に応える教員、障害児教育の基本的理解などの項目を挙げており、また、児童の権利に関する条約二三条二項には、障害を有する児童が特別の養護について権利を有することが認められている。

(2) したがって、丙山校長は、原告児童らに対し、普通学級で十分な教育を受けることができるように、担当教員を通じて働きかける義務を負っていたというべきである。

2(一) しかるに、丙山校長は、平成八年四月以降、原告児童らに対し、次のような措置をとるなどして本件教育環境整備義務をけ怠した。

(1) 原告花子は、平成八年四月一一日、J教務主任と面談した際、同主任から、原告次郎の不安定さなどを理由に、「L先生はクラスに入らないといけないし、私はしばらくガタガタして次郎を見られない。体制が整うまで無理やね。」と言われ、原告次郎の自宅待機を指示された。

(2) 同年五月一六日、六年一組において、学級担任のN教諭による体罰事件が起き、原告次郎の学級担任であるL教諭は一〇日ほど欠席した。また原告一郎の学級担任であるG教諭は、原告花子に対し、「N担任の六年一組の問題で学校全体がガタガタして落ち着かず、浮き足だって、周りの子どもたちの変化でかわいそうなことをしました。言葉が十分でない一郎君に影響が出てきた証拠、申し訳ないことをしました。気をつけます。」とわびた。

(3) 原告花子が、同月二七日、J教務主任に原告次郎に対する指導計画を要求したところ、同月二九日、原告花子は、同主任から、先生たちの名前が週刊予定表に細切れに記載されている計画とは名ばかりの表を受け取った。

(4) 原告次郎が長期の登校拒否をした同月三〇日以降、G教諭やJ教務主任は、突然原告両親との話合いを拒否するようになり、丙村校長も六月一三日の対談以降、原告両親に電話一つしてこなくなった。

(二) 丙村校長は、原告児童らが、不登校になった後も前記各教育環境整備義務をけ怠し続けたため、原告一郎は、一度もS小学校に登校しないまま同校を卒業し、原告次郎は、平成九年三月まで不登校状態が続いた。

(被告の主張)

1(一) 教育を受ける権利は、子どもの学習する権利を中心に考えなければならないとしても、これを有効、適切に実現していくためには、当然教育施設、設備等の物的側面及び専門的知識、経験を有する教育、教育専門家、介護員等といった人的側面の双方が必要不可欠であって、このような物的、人的双方にわたる国又は地方公共団体の施策を具体化する立法や措置が講じられて初めて請求権が具体化するといった社会権の性質を有する。

したがって、教育を受ける権利から直ちに国又は地方公共団体に対し、自らの希望する教育環境の整備を要求する具体的請求権が発生するものではなく、また、憲法二六条一項の社会権的性格を考慮すれば、同条が、人格の未熟を前提にその完成を目指すために教育を受ける子どもに対し、自己に施されるべき教育の環境、教育内容を、当該子ども自らが決定する権能まで付与したものであるとの解釈を到底導き出すことはできない。

(二) また、親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの将来に対して最も深い関心を持ち、かつ、配慮すべき立場にある者として、子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち子どもに対する教育の自由を有するものと認められるが、右教育を受ける権利の性質並びに憲法二六条二項、教基法四条、学教法二二条に定められた親の子どもに対する教育を受けさせる義務に照らせば、右教育の自由は家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由に限られ、それ以外の公教育の領域においては、親が子女に施す教育の内容を決定し、これを実現するため、国や地方公共団体に対して自らの希望する教育環境の整備を要求する具体的請求権を有しているとは到底解することはできない。

2 以上によれば、障害を有する子どもに対する教育については、特に物的、人的両面にわたる受入れ態勢、指導体制等の制約が存する中で、障害の実体に即したきめの細かい教育内容及び指導方法の工夫、充実を図る必要があるのであるから、右のような制約の中で具体的にどのような教育環境を整備し、教育内容を決定するかは、国や地方公共団体の権限に属するのであり、障害を有する児童及びその親に属するものではないというべきである。

3 したがって、被告及び丙村校長が、原告らに対し、本件教育環境整備義務を負っていたということはできない。

二  大阪市教育委員会による指導義務違反

(原告らの主張)

大阪市教育委員会は、原告両親が、原告児童らの不登校に至る原因究明及び早期復学への教育環境の整備に向けた適切なる教育指導を要求し続けたにもかかわらず、話合いが進展するよう助言を続けていると回答するのみで、丙村校長の本件教育環境整備義務違反に対して適切な教育指導を行わなかった。

(被告の主張)

丙村校長が、本件教育環境整備義務を負っているということができない以上、大阪市教育委員会についても丙村校長を指導すべき法的義務を認めることはできない。

三  S小学校教諭らによる名誉毀損等の有無

(原告両親の主張)

1(一) J教務主任は、Oに対し、平成八年七月九日及び同年九月一九日の二回にわたり、原告両親が、原告次郎の担任を非難する文書を地域に配布していると発言した。なお、一度目の同年七月九日の際には、P氏もたまたま同席していた。

(二) J教務主任の右各発言は、明らかに原告両親の社会的評価を下落させる内容のものであって、不特定の父兄の間で伝播することを容認した発言であり、公然性が認められる。

2 大阪市教育委員会のQ主任指導主事は、平成八年一二月一二日、原告三郎の事務所において、原告両親に対し、「訪れた子どもたちが、甲田から担任の悪口を言われるので、子どもたちがショックを受け、嫌気がさしていかなくなったのだ。」と発言したが、右発言は、実子の不登校に心を痛める親の心を虚偽の事実をもって踏みにじるものであり、原告両親を誹謗するものというべきである。

(被告の主張)

1(一) S小学校側は、平成八年九月一五日以降に元PTA役員より聞いて初めて原告両親による非難文書配布の事実を知ったのである。それゆえ、そもそも同年七月九日にJ教務主任が、原告両親による非難文書の配布について発言することはあり得ない。

そして、現実に原告両親は、右非難文書を配布しているのであるから、右配布の事実について発言したとしても、原告両親の社会的評価を下落させるものではない。

(二) 民法七二三条の名誉回復措置を請求するのは、社会的名誉の毀損があったことが必要であるところ、原告両親について、その品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について、社会から受けている客観的評価としてどのような評価が具体的に存在し、かつそれが原状回復措置を講ずることによって救済しなければならない程度にまで低下していたのかといった要件事実について、原告両親は何ら主張、立証していないのであるから、謝罪文書の掲載の請求はその前提を欠き、失当である。

2 Q主任指導主事の発言は、G教諭が他の児童を巧妙に誘導して原告一郎を無視するようにし向けたとする原告両親の事実無根の発言に対してなされたものであって、原告児童らの登校に向けて胸襟を開いた保護者との話合いの過程でなされたこの発言は、原告両親を誹謗するものでも、金銭による賠償をもって慰謝しなければならないほどの精神的苦痛を与えるようなものでもなく、そもそも同主事に、原告両親を誹謗しようとする故意、過失が存しないことは明らかである。

四  損害額の算定

(原告らの主張)

1 原告児童らは、前記丙村校長の教育環境整備義務違反及び大阪市教育委員会による指導義務違反により、前提となる事実4のとおり不登校の状態が長期間継続し、その結果教育を受ける権利、学習権を侵害され、学校教育における発達の機会を奪われた。これによって、原告児童らの発達が阻害され、同時に同人らは著しい精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛は、それぞれ三〇〇万円をもって慰謝されるべきである。

2 原告両親は、丙村校長の教育環境整備義務違反及び大阪市教育委員会による指導義務違反により、子どもに対する教育の自由を侵害されるとともに、S小学校教諭及び大阪市教育委員会の指導主事による誹謗行為により、名誉回復措置を行わなければその社会的評価の回復を図ることのできないほどの名誉権の侵害を受け、筆舌につくし難い精神的苦痛を被った。右損害は、それぞれ一〇〇万円をもって慰謝されるべきである。

3 また、原告らは、本件訴訟を提起するに当たり、原告ら代理人に報酬としてそれぞれ二五万円ずつ支払うことを約した。

第五  争点に対する判断

一  事実経過等

証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる。

1  原告次郎は、平成八年四月一〇日、登校するのを嫌がり、登校しなかったため、原告花子が、J教務主任、L教諭及びH教諭に対し、原告次郎が安心して登校できる状態にしてほしいと申し入れた。なお、原告次郎は、同年五月七日から登校を再開した(<証拠略>)。

2  原告花子は、平成八年四月一一日、原告次郎の登校についてS小学校に相談に行ったが、これに対応したJ教務主任から学校内がバタバタしており、原告次郎のために特別な体制を取りうる状況ではないとの説明を受け、原告花子は、J教務主任が落ち着くまで原告次郎を自宅待機させると申し向けた(<証拠略>)。

この点、原告らは、J教務主任から原告次郎につき自宅待機を指示されたと主張し、原告両親もこれにそう供述をする(<証拠略>)が、S小学校側から在籍児童に対し学校に登校しないよう指示するということはおよそ考えられず(<証拠略>)、右原告両親の供述を信用することはできない。

3  原告一郎は、平成八年五月一〇日ころ、六年三組の男子四人を驚かそうとしたところ、そのうちの一人が怒って体当りをしたことから泣いて帰宅した(<証拠略>)。

4  平成八年五月一六日、S小学校六年一組において、学級担任のN教諭による体罰事件が発生し、N教諭が以後欠勤したため、J教務主任は、六年一組の問題に取り組まざるを得なくなり、同人が原告次郎と接する機会は、著しく減少した(<証拠略>)。

5  原告花子は、平成八年五月二二日、第六学年に在籍する児童の修学旅行に向けた事前説明会の後、J教務主任に対し、修学旅行に行かないでほしい旨申し入れた。これを受けた、丙村校長は、J教務主任と話し合い、同人が修学旅行の引率をすることを決めるとともに、今後原告両親との交渉は、S小学校の最高責任者である丙村校長を窓口として職員全体で話し合いながら行うこととした。なお、このことは、しばらくの間、J教務主任と丙村校長以外の職員は知らなかった(<証拠略>)。

6  原告三郎は、平成八年五月二三日、丙村校長に対し、本件体罰事件を早期に解決して原告次郎の教育環境を整備してほしいと申し入れると、丙村校長は、できるだけ早く何らかの対処をしたいと答えた(<証拠略>)。

7  原告花子は、平成八年五月二七日、J教務主任に対し、原告次郎に対する教育計画を見せてほしいと申し入れ、同月二九日、L教諭からその教育計画が記載された書面を受け取った。しかし、右書面は、簡単な時間割と担当教諭の名前が記載されているごく簡単なものであった(<証拠略>)。

8  原告次郎は、平成八年五月三〇日午後に早退し、以後不登校の状態となり、平成九年三月三一日までにこれを解消することはできなかった。なお、同日、L教諭及びM教諭は、原告らの自宅を訪問したが、原告三郎は、原告次郎の入学までの経過、J教務主任の行動及びJ教務主任と原告次郎との特別な感情的関係などを説明した上で、L教諭及びM教諭のみで原告次郎の教育を担当するのではなく、J教務主任との連携が必要である旨強調し、原告児童らの教育を直接担当している各学級担任、養護担当教諭、J教務主任等の現場教員(以下「現場教員」という。)と話し合うことが必要であると主張した(<証拠略>)。

9  原告一郎は、平成八年六月四日及び同月五日、修学旅行に参加したが、この時には、特段の問題は発生しなかった(<証拠略>)。

10  L教諭は、平成八年六月四日及び同月六日など数回にわたり、原告らの自宅に電話をかけ、原告次郎の様子を聞き、登校を再開するよう働きかけたが、原告両親は、現場教員との話合いの機会を設けるよう要求するなどして、登校の再開には至らなかった(<証拠略>)。

11  原告花子は、平成八年六月一三日、J教務主任に対し、原告次郎の不登校のことで話合いを申し入れたが、J教務主任は重大な問題であるので、丙村校長を含め関係する現場教員全員で意見を出し合って行くべきであるとしてその申入れを断った。これを聞いた原告三郎は、同日、丙村校長に対し、原告次郎の不登校を改善するために、現場教員と話合いの機会を設けてほしいと申し入れたが、丙村校長は、自分が原告両親との交渉の窓口となり、各現場教員が、個別に原告両親と話合いの機会を設けることは考えていないとの理由でこれを拒絶した。なお、このとき、丙村校長は、現場教員との話合いを拒絶する理由を原告三郎には説明しなかった。また、G教諭は、このころ、丙村校長と原告両親との交渉に悪影響があってはいけないと考えて原告花子との連絡ノートの記載を止めることとした(<証拠略>)。

12  原告一郎は、平成八年六月一八日、登校を嫌がり、不登校の状態となった(<証拠略>)。

13  原告三郎は、平成八年六月二〇日、大阪市教育委員会養護教育課のU指導主事に電話をかけて相談をしたところ、同月二八日に面談することとなった(<証拠略>)。

14  原告三郎は、平成八年六月二四日、丙村校長に電話をかけ、同月二八日にU指導主事と面談することになっていることを説明し、同主事に原告児童らの過去の経歴及び不登校に至る経緯等についての説明資料を提出する予定であることを告げたところ、丙村校長は、大阪市教育委員会養護教育課及び同委員会初等教育課から適切に対応するよう指示を受けていたことから、説明資料を見せてほしい旨申し出た。そこで、原告三郎は、同月二七日に丙村校長と面談することとした(<証拠略>)。

15  原告三郎は、平成八年六月二七日、丙村校長に対し、現場教員も含めた関係者全員との話合いを求め、同月二八日にU指導主事と面談する際に提出する予定の説明資料の写しを手渡したが、丙村校長からは、現場教員を含めた関係者全員との話合いについて同意を得ることはできなかった(<証拠略>)。

16  原告三郎は、同月二八日、U指導主事と面談し、S小学校の現場教員と話合いをする機会の設定を依頼するとともに、これまでの経緯をまとめた説明資料を手渡すと、U指導主事は、原告三郎に対し、現場教員と原告両親とが話合う機会を設定するよう丙村校長に指導することを約束した(<証拠略>)。

17  原告花子は、原告一郎の不登校以来、原告一郎の同級生が原告らの自宅に遊びに来てくれなくなっていたので、平成八年七月三日、原告一郎の同級生の父兄に対して原告らの自宅に遊びに来てくれるよう働きかけると、同級生の児童らが、同月四日登校時に、原告らの自宅まで原告一郎を誘いに来てくれたため、原告一郎は、同級生の児童らとともに登校した。しかしG教諭は、これに同行した原告花子に対し、原告一郎の不登校について何の説明もせず、またこの日の連絡ノートにも何も記載しなかった。原告一郎は、その翌日も登校したが、その後同月六日から一〇日まで欠席し、同月一一日、一二日には再び登校したものの、同月一三日以降不登校となり、右不登校は、原告一郎がS小学校を卒業するまでに解消することはなかった。なお、原告花子は、同月五日にも、登校した原告一郎の後からS小学校に行き、G教諭と話し合おうとしたが、G教諭は、原告両親との交渉は、丙村校長を窓口として行っていることを理由に、右話合いを拒否するとともに、以後連絡ノートの記載もしない旨説明した(<証拠略>)。

18  丙村校長は、平成八年七月一八日、原告両親に対し、原告児童らの通知票を交付するため、原告らの自宅を訪問したところ、原告花子から、なぜ現場教員が来ないのかとなじられ、どのようにして話合いの機会を設けるかなどの原告児童らの不登校の解消に向けた話をすることができなかった(<証拠略>)。

19  原告三郎が、平成八年七月一九日、丙村校長に対し、話合いの日程を調整するよう申し入れると、丙村校長は、話合いの機会を設けること自体については同意したものの、話合いに参加する原告両親側のメンバーについて、原告両親以外の第三者の立会いを断ったため、具体的な話合いの日程を詰めるには至らなかった(<証拠略>)。

20  原告三郎は、平成八年七月二二日、大阪市教育委員会養護教育課のU指導主事に対し、S小学校の現場教員との話合いの機会を設定してくれるよう求めると、U指導主事は、初等教育課と連携して対応することを約束した(<証拠略>)。

21  原告三郎は、平成八年八月八日、U指導主事及び大阪市教育委員会初等教育課のQ主任指導主事及びV主査らに対し、原告児童らの不登校問題について、現場教員との話合いの機会を設定してほしいと申し入れたところ、Q主任指導主事は、早急に話合いの機会を設定することができるよう対処することを約束した(<証拠略>)。

22  丙村校長は、大阪市教育委員会からの指導などもあり、平成八年八月二四日、原告三郎に連絡をし、同月二六日、原告らの自宅を訪問して原告三郎との間で、現場教員と話し合う必要性について確認したが、原告三郎の海外出張の予定などにより、現場教員も含めた具体的な話合いの日程を調整することができなかった(<証拠略>)。

23  原告三郎は、平成八年九月一二日ころ、事態を改善するために第四学年のPTA学年委員及び原告次郎のクラスのPTA学級委員に対し、これまでの学校との交渉経過等をまとめた資料(以下「本件資料」という。)を渡すなどとして学校に対する働きかけを依頼したが、協力を得ることはできなかった(<証拠略>)。

24  S小学校六年一組に在籍していたRの保護者であるOが、平成八年九月一九日、S小学校において、J教務主任と原告児童らの不登校問題について面談したところ、J教務主任が、原告両親が、地域に担任を非難するビラをまいていると発言(以下「本件発言(一))という。)した(<証拠略>)。

25  原告三郎は、現場教育との話合いの機会を持つことができなかったため、平成八年一〇月一四日、大阪市教育委員会に対し、原告一郎の指導要録の開示請求をした。なお、後日全面開示を受けたが、指導要録には、何も記載されていなかった(<証拠略>)。

26  丙山校長は、平成八年一〇月一六日、原告らの自宅に電話をかけ、原告三郎と交渉しようとしたが、来客中であるとの理由で断られた(<証拠略>)。

27  原告三郎は、平成八年一一月五日、指導要録開示請求の件(前記25)で大阪市教育委員会のW係長、Q主任指導主事ら三、四名と話合いをした際、W係長は、原告児童らの再登校が緊急の課題であるから、順調に登校していた時の状況に復元させることに重点を絞って話合いをしたいと申し出たが、原告三郎は、ここまで事態が悪化した経過の方が重要であるとして、現場教員との話合いを再度求めた(<証拠略>)。

28  W係長は、平成八年一一月一九日、原告らの自宅に電話をかけ、原告三郎に対し、丙村校長からの要望により現場教員との話合いはもう少し待ってほしいと申し入れるとともに、原告児童らの登校再開に向けた話に絞って話をしてはどうかと申し入れたが、原告三郎はこれに応じず、現場教員との話合いにこだわった(<証拠略>)。

29  Q主任指導主事は、同年一二月一二日、原告両親に対し、原告児童らが不登校に至る経緯について、丙村校長らS小学校関係者から聞き取った内容をもとに、次のとおり説明を行った。まず、丙村校長が、原告児童らの不登校後、現場教員との話合いに応じなかった点については、原告両親と話し合うと障害児教育全般の問題やS小学校の教員配置等組織の問題に話が及び、また長時間にわたるため、現場教員で対応できる範囲を超えているからであると説明をし、また、毎日遊びに来ていた原告一郎の同級生が平成八年六月一八日以降、原告らの自宅に全く遊びに来なくなった点については、遊びに来た子どもたちが、原告両親からS小学校の現場教員の悪口を言われ、ショックを受けて嫌気がさしたのではないかと説明をした(以下「本件発言(二)」という。)(<証拠略>)。

30  大阪市教育委員会のX指導主事は、平成八年一二月二〇日、原告三郎と面談し、同月一二日のQ主任指導主事の説明のうち、毎日遊びに来ていた原告一郎の友達が原告らの自宅に全く遊びに来なくなった理由について、現場教員が関与としているわけではないので、その理由は分からないと訂正した上で、原告両親と丙村校長との問題について、いつの時期からか子どもたちが、先生と親がもめていると言い出したが、これに対する対応として、親とのもめ事だから、あなた達には関係がないし、学校全体のことだから校長先生が話しているので心配いらないと説明している旨釈明した。また、原告両親と現場教員との話合いの機会については、できるだけ早急に実現できるよう検討中であると回答した(<証拠略>)。

31  丙村校長は、大阪市教育委員会を入れずに直接話をしたいと原告三郎に申し入れ、平成八年一二月二六日、原告三郎と面談をした上で、現場教員に原告両親と話合いをする意思がないと説明した(<証拠略>)。

32  原告三郎は、平成八年一二月二七日、丙村校長及び大阪市教育委員会の担当者と面談し、平成九年一月一〇日をめどに現場教員を含めた話合いをすることで合意した(<証拠略>)。

33  原告三郎は、平成九年一月六日、同月九日及び同月一八日、丙村校長との間で話合いの日程調整を行ったが、原告三郎が再度原告両親以外の第三者の立会いを求めたため、原告両親側メンバーについて合意に達することができず、同年一月二八日まで、丙村校長をはじめとする現場教員との話合いをすることができなかった(<証拠略>)。

34  丙村校長は、平成九年一月二三日、原告両親側のメンバーについて、原告両親の希望を容れることとし、同月二八日午後六時から、原告両親と丙村校長、T教頭(以下「T教頭」という。)、現場教員及び大阪市教育委員会の関係者との間で話合いをすることとした(<証拠略>)。

35  原告両親は、平成九年一月二八日、丙村校長、T教頭、J教務主任、G教諭、L教論及びH教諭ら現場教員と会談をし、丙村校長以下は、原告児童らの不登校という結果について謝罪をしたが、不登校の原因について明確な説明をしなかった。なおこの時、原告両親は、J教務主任に対して原告次郎の自宅待機を指示した旨指摘したが、J教務主任はこれを認めなかった(<証拠略>)。

36  原告両親は、その後も、数回にわたり、丙村校長、T教頭、J教務主任、G教諭らと話合いを行った(なお、右各話合いに列記のS小学校関係者すべてが参加していたものではない。)が、不登校の解消に向けた建設的な話合いにはならず、不登校の原因及び原告両親との話合いの機会を設けることが遅れた理由について議論するにとどまった。なお、これらの話合いを通じて、丙村校長以下S小学校関係者は、原告児童らの不登校の原因について、平成八年五、六月ころ、現場教員及び他の児童らに特別変わった様子はなかったので特に理由が思い当たらず、その原因を特定することはできないとの説明をし、また、話合いの機会を設けることが遅れた理由については、丙村校長が原告両親との交渉の窓口となる旨の決定をし、単独で交渉をしていたからであるとの説明をした(<証拠略>)。

37  原告両親は、平成九年三月一二日、原告児童らの不登校について、丙村校長及び大阪市教育委員会委員長Yに対し、これまでの働きかけの内容についての説明及び原告一郎が卒業式を迎える同月一九日までに丙村校長及び大阪市教育委員会が何らかの改善措置をとることを求めた(<証拠略>)。

38  丙村校長及び大阪市教育委員会初等教育課長Zは、平成九年三月一七日、原告両親の申入れに対し、それぞれ「甲田次郎君、一郎君の不登校に関して」と題する書面及び「S小学校甲田一郎君、次郎君の不登校に対する教育委員会の働きかけ」と題する書面にて原告児童らの不登校に対する働きかけの内容について回答した(<証拠略>)。

39  原告一郎は、平成九年三月一九日、S小学校を卒業した(争いがない。)。

40  原告両親は、平成九年三月三一日、丙村校長及び大阪市教育委員会初等教育課長からの前記回答に対する反論を内容とする書面をS小学校及び大阪市教育委員会に送付した(<証拠略>)。

二  争点一(S小学校長による教育環境整備義務違反の有無)について

1  小学校長の負う教育環境整備義務の内容

(一) 憲法上の根拠規定(憲法一三条、一四条、二六条)について

憲法は、個人の尊厳の尊重を最高の価値原理とするものであることを宣言して幸福追求権及び法の下の平等を保障し(憲法一三条、一四条)、右幸福追求権及び平等権を具体化するために、教育を受ける権利を保障している(憲法二六条)。この規定は、福祉国家の理念に基づき、国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに、子どもに対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性にかんがみ、親に対し、その子女に普通教育を受けさせる義務を課し、かつ、その費用を国において負担すべきことを宣言したものであり、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に自ら学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有することを保障したものである。すなわち、憲法二六条は、子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足をはかりうる立場にある者、すなわち子どもの教育の結果に利害と関心を有する親、教師及び国の責務であることを認めたものであると解するのが相当である。

それゆえ、具体的には、まず親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの将来に対して最も深い関心をもち、かつ、配慮をすべき立場にある者として、子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち教育の自由を有すると認められるが、このような親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由に現れるものと考えられるし、また、私学教育における自由や教師の教授の自由も、それぞれ一定の範囲においてこれを肯定するのが相当であるけれども、それ以外の領域においては、一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国が、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、子ども自身の利益を擁護し、かつ子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容を決定し、それを実現する機能を有するものと解される(最高裁昭和五一年五月二一日判決、刑集三〇巻一五号六一五頁)。

そして、現代社会における経済的、技術的、文化的発展と社会の複雑化に伴う教育要求の質的拡大及び量的増大に伴い、公共の施設を通じて組織的かつ計画的に行ういわゆる公教育制度の整備を通じて右国の責務が果されていることに照らすと、憲法二六条が保障する子どもの学習権とは、国家に対し、合理的な教育制度と施設を通じて適切な教育の場を提供することを要求する権利であると解するのが相当であり、右学習権は、公共の教育施設の整備状況や経済的、技術的、文化的発展に伴う社会の変化等により自ずと変化すべき相対的な内容を有するものであって、その内容は立法府の裁量に相当程度委ねられているというべきである。したがって、憲法二六条に基づく国の責務から、当然に、小学校長に対する本件教育環境整備義務を認めることはできず、小学校長が負う教育環境整備義務の内容は、憲法規範を具体化した関係諸法令によって定めるというべきである。

(二) 関係諸法令上の各根拠規定

前項の子どもの学習権の内容を具体化するために国は、現行の教育関連法令を通じて、次のとおり(1)小学校へ就学制度、(2)小学校における具体的な教育計画の策定手続、(3)小学校における教員配置の決定手続、(4)小学校における訪問教育制度などを設け、その権能の一部を小学校長に授権している。

(1) 小学校への就学制度

ア 学教法二二条は、保護者(子女に対して親権を行う者、親権を行う者のないときは、後見人をいう。)に対し、子女が満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、原則として満一二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校又は盲学校、聾学校もしくは養護学校の小学部(以下これらをあわせて「養護学校等」という。)に就学させる義務を課し、市町村の教育委員会は、毎年一〇月一日現在で一〇月末日までに当該市町村に住所を有する者で当該年度中に満六歳に達する就学予定児童について予め学齢簿を作成し(学教法施行令一条、二条、学教法施行規則三一条)、保護者に対し就学予定児童の就学等に関する指導を適切に行うため、就学予定児童に対して予め就学前の健康診断を行い(学校保健法四条、五条、学校保健法施行令一条)、心身の故障が学教法施行令二二条の二(学教法七一条の二所定の政令に該当する。)の程度に至らない就学予定児童につき、市町村の教育委員会は、保護者に対し、その入学期日を通知し、当該市町村の設置する小学校が二校以上ある場合には、右通知において当該就学予定児童の就学すべき小学校を指定しなければならない(学教法施行令五条)。

イ また、学教法七五条は、小学校は、就学予定児童が心身の故障等を理由に教育上特別な取扱いを必要とする場合には、特殊学級をおくことができるとしているが、同条の予定する心身の故障等については、同法七一条が養護学校等の対象者として「盲者(強度の弱視者を含む。)、聾者(強度の難聴者を含む。)」などと定めているのに対し、「弱視者」「難聴者」などと規定の文言上区別していること、同法七一条、七一条の二では、養護学校等において教育する者の心身の故障の程度は政令で定めるとされているのに対し、同法七五条は、心身の故障の程度につき具体的に定めていないことなどに照らすと、養護学校等の対象者よりは、軽度なものを予定していると解すべきである。

なお、かかる特殊学級への入級処分に関する権限については、学教法及び関係法令において特に規定を設けていないが、市町村の教育委員会の就学校指定により当該小学校に入学することが決定した児童をどの学級に入級させるかの決定は、校務に関する事項であると解されるから、校務をつかさどり所属職員を監督することを小学校長の権限であるとした学教法二八条三項の規定によれば、右特殊学級への入級処分は、小学校長の権限であると解すべきである。したがって、前記のとおりに市町村の教育委員会から就学すべき小学校を指定された児童は、当該小学校長の処分により、いずれの学級に所属すべきか(特殊学級に所属するのか、普通学級に所属するのかの判断のみならず、普通学級に所属するとして、具体的にどの学級に所属するのかの判断も含む。)が決定されることとなる。

(2) 小学校における具体的な教育計画の策定手続

学級法二〇条は、小学校の教科に関する事項は、小学校の目的(学教法一七条)及び小学校教育の目標(学教法一八条)に照らし、監督庁がこれを定めるものと規定し、同法一〇六条によれば、右監督庁とは、文部大臣を指し、また、文部大臣は、政令により他の監督庁に委任することができるとされている。

そして、小学校の教育課程については、文部大臣の定めた文部省令である学教法施行規則に国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭及び体育の各教科、道徳並びに特別活動によって編成するものとされ(学教法施行規則二四条一項)、具体的な教科の内容としては、学教法施行規則の定め及び文部大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものと定められ(学教法施行規則二五条)、小学校学習指導要領によると、学校においては、法令及びこの章以下に示すところに従い、児童の人間として調和のとれた育成を目指し、地域や学校の実体及び児童の心身の発達段階と特性を十分考慮して、適切な教育課程を編成するものとされ、学校の責任者である校長に具体的な教育課程編成の責任と権限があるとされている。なお、特殊学級の教育課程については、普通学級における教育課程が妥当するが、必要がある場合には、特別の教育課程によることができるとされている(学教法施行規則七三条の一九)。

(3) 小学校における教員配置の決定手続

学教法二八条三項は、小学校長が、教職員の配置等に関すること、施設設備の利用方法等に関すること、児童生徒に関すること及び教育活動に関することなど学校の運営に必要な一切の事務を掌理し、処理するとともに、勤務職員全てに対して監視、許可・承認、命令等を行うことができるとしている。

それゆえ、小学校長は、当該小学校に勤務する教職員の配置を決定することができる。

(4) 小学校における訪問教育制度

学教法七五条は、疾病により療養中の児童に対して、教員を派遣して訪問教育を行うことができると規定しているが、右以外の理由により不登校に至った児童について個別に訪問教育等を行う制度は、現行法令上設けられていない。

(三) また、原告らは、本件教育環境整備義務を基礎づける根拠として、さらに児童の権利に関する条約二三条二項、教基法前文、三条一項、教育公務員特例法二二条の二及びこれに基づいて大阪市が作成している手引き、学教法施行規則二六条の各規定を指摘するが、これらの規定は、いずれもその規定の体裁から明らかなように具体的な小学校長の法的義務を規定したものであると解することはできず、右原告らの主張を採用することはできない。

(四) 前記(一)の子どもの学習権及び親の教育の自由の内容並びに子どもの学習権を具体化するための国の責務等に関する前記(二)の関係諸法令の内容を前提とすると、原告らの主張する本件教育環境整備義務については次のとおり解するのが相当である。

(1) 普通学級で授業を受けさせる義務

前記(二)(1)において判示したとおり、市町村の教育委員会から児童の就学予定校として指定を受けた場合、小学校長は、就学予定児童が心身の故障等から教育上特別な取扱いを要する児童か否かを判断し、当該児童を特殊学級に入級させるか否かを決定すべき権限を有するとされている(学教法二八条三項)ことに照らすと、法は、障害を有する児童について普通学級で授業を受けさせないことも認めているというべきであるから、障害を有する児童について常に普通学級で授業を受けさせるべき義務を認めることはできない。しかし、右小学校長の権限は、子どもの学習権を具体化するための国の権能を授権されたものであるところ、前記(一)のとおり、憲法二六条が、国に与えている教育内容の決定権限は、子どもの成長の利益及びこれに対する社会公共の利益と関心にこたえるため必要かつ相当な範囲にとどまるものであることに照らすと、右小学校長の権限も全くの自由裁量であると解することはできず、小学校長は、科学的、教育的、心理学的、医学的見地から諸般の事情を考慮して総合的に評価した上で、当該障害を有する児童を特殊学級に入級させるか否か決定すべき義務(以下「教育環境整備義務(一)」という。)を負っていると解すべきである。なお、親の教育の自由については、主として家庭教育にとどまり、学校等の選択に関する自由を有するにとどまるものであるところ、特殊学級に入級させるか否かの判断は、右のとおり、科学的、教育的、心理学的、医学的見地からの専門的判断を要するから、親には、子どもを特殊学級に入級させるか否かを選択する自由まではないと解するのが相当であり、小学校長が、この教育環境整備義務(一)をけ怠した場合、子どもの教育を受ける権利を侵害することはあっても、親の教育の自由を侵害することはないと解される。

(2) 具体的な教育計画を策定する義務

前記(二)(2)において判示したとおり、小学校に設置された特殊学級の教育課程については、普通学級の教育課程に準じるものとし、特に教育課程を設けることができるとはされているものの、これを設ける義務を課してはいけない。これは、特殊学級に所属する障害を有する児童は、その障害の程度に応じて特別の配慮が必要とされるが、その程度は障害の程度に応じて千差万別であり、一定の教育課程を定めることが著しく困難であることにかんがみたものと思われる。また、個々の児童の教育の在り方については、前記(一)の子どもの学習権の性格上、子どもの個性に応じたより弾力的な対応が要請され、教師の自由な創意と工夫がより強く必要とされることとなる。

右のような点からすると、小学校長が、特殊学級に所属する個々の児童につき具体的な教育計画を策定する義務を当然に負っていると解するのは相当ではない。なお、付言するに、学級担任等個々の児童の教育を直接担当する教諭は、前記(一)において判示した教師の教育の自由に照らすと、小学校学習指導要領及び当該小学校で定めた教育課程に定められた範囲内においてその教育内容を個別具体的に決定することが許されるというべきであるが、右教育内容は、個々の児童に対する個別的指導をも含むものであるから、個々の場面において個別具体的に決せられる性質のものであって予め事前にその内容を明らかにし得る性質のものではない。それゆえ、個々の教諭に対してかかる具体的な教育計画を策定する義務を課することはできないというべきである。

(3) 適正な教員を配置する義務

前記(二)(3)において判示したとおり、校務分掌権を有する小学校長が校内における教職員の配置を決定する権限を有するが、直接児童の教育を担当する教員の配置は、子どもの教育内容に大きな影響を及ぼすものであるから、前記のとおり、憲法二六条が、国に与えている教育内容の決定権限は、子どもの成長の利益及びこれに対する社会的公共の利益と関心にこたえるため必要かつ相当な範囲にとどまるものであることに照らすと、右小学校長の決定権限を全くの自由裁量であると解すべきではなく、小学校長は、校内全体の人事配置の均衡を図りながら、教育的見地から諸般の事情を総合的に判断した上で、その配置を決定すべき義務(以下「教育環境整備義務(二)」という。)を負っていると解すべきである。

(4) 学校から児童に対して働きかける義務

前記(二)(4)において判示したとおり、学教法七五条は、疾病により療養中の児童に対して、教員を派遣して訪問教育を行うことができると規定しているが、右以外の理由により不登校に至った児童について個別に訪問教育を行う制度は、現行法令上設けられていないのであるから、前記(一)に判示したとおり、子どもの学習権が立法による具体化を待たなければ実現できない性格のものであることに照らすと、原則として、小学校長が、不登校となった児童に対し登校に向けて働きかける義務は認められないというべきである。しかし、前記(一)に判示したところによれば、現代社会においては、子どもの教育を受ける権利の実現において公教育制度が極めて大きな役割を果しているのであるから、当該児童が、その在籍する小学校の教職員による違法な作為ないし不作為によって登校を拒絶するに至った場合等特段の事情が存する場合には、小学校長は、当該児童が再度登校をすることができるよう何らかの措置を講じるべき義務(以下「教育環境整備義務(三)」という。)を負うと解するのが相当である。

2(一)  本件教育環境整備義務(一)違反の有無

小学校長が、教育の専門家であることに照らすと特殊学級への入級処分に関する小学校長の決定はできる限り尊重されるべきであるから、右決定が社会通念上明らかに不合理であると認められない限り、違憲違法であるとの評価を受ける余地はないと解すべきである。

本件においては、原告児童らは、いずれも知的障害を有し(前提となる事実2(一)、3(一))、学習能力の点において障害を有しない児童とは相当程度の差があったことは否定できないこと(<証拠略>)、特に原告次郎については、情緒不安定な面があり、担当教諭を引っ掻くなどの行動をとることもしばしばであったことがうかがわれること(<証拠略>)などに照らすと、原告児童らを特殊学級へ入級させた乙山前校長及び乙山前校長の処分を維持した丙村校長の処分(なお、右処分がなされたことについては争いがない。)は相当であったと認められる。

したがって、特殊学級への入級処分は、適法になされたものであるから、原告児童らについて普通学級において授業を受けさせなかったことが違法であるとはいえない。なお、乙山前校長及び丙村校長が、原告両親の要望に応じ、原告児童らについてはできる限り普通学級において授業を受けさせるなどの措置をとっていた(<証拠略>)事実があっても、かかる措置は、原告児童らに対する教育的配慮から特別にとった措置にすぎず、これによって原告児童らに普通学級において授業を受けさせるべき義務が生じたとは解されない。

(二)  本件教育環境整備義務(二)違反の有無

丙山校長は、平成八年四月から平成九年三月までの間、原告児童らの指導を普通学級担任及び養護学級担任双方に担当され、また障害の程度の高い原告次郎については、とりわけ専任的に指導する養護担当教諭を配置することとし、原告一郎の普通学級担任に教職歴一八年を数え、平成六年度から原告一郎の所属する普通学級の担任であったG教諭を引き続き配置し、養護学級担任にも前年度原告一郎の養護学級担任であったH教諭を引き続き配置した(<証拠略>)。また、原告次郎については、普通学級担任に、養護学級担任の経験があり、前年度原告次郎専任の養護担任であったL教諭を配置し、専任の養護担任には、前任校で養護学級担任の経験のあるM教諭を配置した(<証拠略>)。このように、原告児童らの指導のために配置された教員は、いずれも養護学級担任の経験を有しており(<証拠略>)、また、前提となる事実2・3によると、過去に原告児童らの指導に携わったことのある教員を普通学級又は養護学級担任のいずれかに残しておく教員配置を行っていた事実を認めることができるのであって、右教員配置が不合理であることをうかがわせる事実はない。

したがって、本件教育環境整備義務(二)違反を理由とする原告らの主張は理由がない。

(三)  本件教育環境整備義務(三)違反の有無

前記一事実経過等2認定のとおり、J教務主任が、原告次郎の自宅待機を指示した事実は認められないのであり、原告児童らが不登校に至った原因については確定し難いのであるが、原告一郎が、不登校に至る直前の学校での様子を見ると、確かに、他の児童から体当たりされて泣いて帰ってきたり(事実経過等3)、他の同級生が遊びにきてくれなかったり(事実経過等17)したことなどから、一定程度情緒不安定になっていたことがうかがわれるが、他の児童から継続的に暴行を受けていたり、いじめに遭っていたことをうかがわせる証拠は存しないのである。また、原告花子が、同級生の父兄に電話をすると翌日から同級生が原告一郎を迎えにきたこと(事実経過等17)などに照らすと、前記各事実についてS小学校の教職員が関与していた事実をうかがうことはできず、右各点について教職員及び教職員を監督すべき丙村校長の過失を認めることはできない。なお、N教諭による体罰事件の発生によりJ教務主任の原告次郎に対する関わりが減少したことは認められる(事実経過等4)ものの、平成七年度も原告次郎の関わりはL教諭を中心に行っていた(前提となる事実3(七))のであって、職員室での指導等原告次郎に対する指導におけるJ教務主任の役割はそれほど大きなものではなかったというべきであり、これが原告次郎の不登校の直接の契機になったということができるかどうか疑わしいし、また、N教諭の体罰事件の発生について丙村校長に過失があったと認めるに足りる事情は存しない。

この点、原告らは、原告児童らが不登校に至る直前に教育環境が悪化した旨主張するが、右に検討した事情の他、具体的事情を主張立証しようとしない。

以上検討したところによれば、原告児童らの不登校は、教職員の違法行為により生じたものということはできないから、丙村校長ないし現場教員が原告児童らに対し、登校を再開するよう働きかけるべき法的義務を負っていたものと認めることはできない。確かに、丙村校長が、原告両親との交渉窓口となることを決めながら、原告両親が大阪市教育委員会を通じて働きかける原告両親に対して電話、訪問等の働きかけを行うにとどまり、積極的に原告両親に対して原告児童らの不登校の解消に向けた働きかけをした様子がうかがわれない(事実経過等の各事実)ことについて、不相当な対応であったと評価する余地はあるが、これをもって違憲違法であるとまでは評価できない。

3 よって、本件各教育環境整備義務を認めることはできるものの、本件において丙村校長には右教育環境整備義務違反の事実を認めることはできないから、原告の教育環境整備義務違反の主張はいずれも理由がない。

三  争点二(大阪市教育委員会による指導義務違反)について

前記二(争点一・S小学校長による教育環境整備義務違反の有無)において検討したところによれば、丙村校長の平成八年四月から平成九年三月までの処置について、本件各教育環境整備義務に違反したところは存しないのであるから、大阪市教育委員会に丙村校長に対する指導義務を認める余地はない。

四  争点三(S小学校教諭らによる名誉毀損等の有無)について

1  原告両親に対する名誉権侵害を理由とする不法行為及びこれに対する原告両親の回復措置請求が認められるためには、少なくともその社会的評価が低下したことが必要であり、右社会的評価の低下の有無は、行為者がなした表示の内容、手段ないし方法及び右表示がなされた時期、場所並びに関係当事者、ことに被害者の職業、年齢、社会的地位等諸般の具体的事情を総合的に考察して、当該表示が被害者に対する社会的評価を低下させるかどうかを判断して決定されることとなる。

(一) J教務主任による本件発言(一)は、あたかも原告両親が、何の理由もなくS小学校を誹謗する文書を配布しているかのような印象を与えるものであるところ、原告両親は、原告三郎の自営業で生計を営み、通常の市民生活を送ってきた者である(弁論の全趣旨)から、原告両親の社会的評価を下落させる恐れがないわけではない。しかし、本件発言(一)は、J教務主任が、Oに対してS小学校内において行ったものにすぎず(事実経過等24)、かかる発言が公にされる可能性は極めて低く、また、Oは、原告児童らの不登校問題について、原告両親を支援していた者である(弁論の全趣旨)から、本件発言(一)によって原告両親に対する社会的評価が現実に低下させる恐れは極めて低い。

したがって、本件発言(一)によって原告両親の名誉権が侵害されたとはいえない。なお、原告両親は、さらにJ教務主任が、平成八年七月九日にもO及びPに対して同様の発言をしたと主張するが、この点については、証人Oが、P氏から聞いたことがあると証言するにすぎず(証人O8頁)、その他かかる発言をうかがわせる事実は存しないから、かかるJ教務主任の発言があったと認めるには足りない。

(二) また、Q主任指導主事による本件発言(二)は、原告両親が、原告一郎の同級生の児童らに学級担任の悪口を言ったとの印象を与えるものであり、また、本件発言(一)と同様に、原告両親の社会的評価を下落させる恐れがないわけではないが、右発言は、Q主任指導主事ら大阪市教育委員会の関係者と原告両親との間の話合いにおいてなされたものにすぎない上、その席に立ち会っていたのは、原告児童らの不登校問題について、原告両親を支援していた者と大阪市教育委員会の関係者だけである(弁論の全趣旨)から、かかる発言が公にされる可能性は極めて低く、原告両親に対する社会的評価を低下させる恐れは極めて低い。

したがって、本件発言(二)によって原告両親の名誉権が侵害されたとはいえない。

2  なお、本件各発言は、原告両親の社会的評価を低下させるものではなく、単なる名誉感情を害するものであったとしても、その内容が極めて不当で、しかも執拗に繰り返されるなどして、その名誉感情を著しく害したなどの特段の事情が存する場合には、受忍限度を超える人格的利益の侵害として不法行為を構成することがあり得るが、前記1において検討したところによれば、右特段の事情を認めることはできない。

第六  結論

よって、原告らの各請求は、争点四について判断するまでもなく、いずれも理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森實将人 裁判官武智克典)

別紙一、二<省略>

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