大阪地方裁判所 平成9年(ワ)9271号 判決 1999年10月28日
大阪市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
大深忠延
同
斎藤英樹
東京都中央区<以下省略>
被告
フジフューチャーズ株式会社(以下「被告会社」という。)
右代表者代表取締役
A
大阪府茨木市<以下省略>
被告
Y1(以下「被告Y1」という。)
大阪市<以下省略>
被告
Y2(以下「被告Y2」という。)
右二名訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三﨑恒夫
主文
一 被告Y1及び被告会社は、原告に対し、各自一〇七一万一四五九円及びこれに対する平成九年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告、被告Y1及び被告会社に生じた費用を五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告Y1及び被告会社の負担とし、被告Y2に生じた費用は、原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自二六九〇万八四一八円及びこれに対する平成九年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告Y2や被告Y1などの被告会社の従業員が、年金生活者であり商品先物取引に不適格であった原告に対し、適切な説明をせず断定的な判断を提供するなどの違法な勧誘を行って商品先物取引を行わせるとともに、過当な取引を勧誘するなどして取引を拡大継続したとして、原告が、被告らに対して民法七一九条に基づく損害賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実
1(一) 被告会社は、商品先物取引につき、一般委託者等からの受託を業とする商品取引員である。
(二) 原告が被告会社と商品先物取引を行った当時、被告Y1は、被告会社大阪第一支店の支店長であり、被告Y2は、被告会社大阪支店の支店長代理であった。
2 商品先物取引に関する取締法規
(一) 商品先物取引は、将来の一定期日(納会日)に商品を受け渡すことを約束してその値段を現時点で定める取引(将来において買う約束をすることを「買付け」といい、売る約束をすることを「売付け」という。)をいい、価格変動によるリスクの回避や値上がり・値下がりによる価格差を利用した投機を目的として行われる。
(二) 商品先物取引は、総取引額の五パーセントから一〇パーセント程度の少額の資金(委託証拠金)を担保として取引を行うことができるため、容易に高額の取引を行うことができる反面、商品の値段は、一般に商品の需要と供給の動向だけでなく、国際的な政治、経済及び社会情勢、天候等の自然現象、世界各国における市場の状況並びに投機家の思惑等々が複雑に影響し、かつ短期間に激しい値動きをすることもあり、当該取引に参加した者に予期せぬ巨額の損失を被らしめる危険が存在する。
そこで、商品先物取引の受託業者である商品取引員の勧誘業務及び受託業務について次のような取締法規が設けられている。
(1) 勧誘行為における取締法規
ア 説明義務・断定的判断の提供の禁止(商品取引所法九四条一項、受託契約準則二三条(1)(2)、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項1(3))
商品取引員は、顧客に商品先物取引を勧誘するに当たっては、「商品先物取引委託のガイド」及び「受託契約準則」等のパンフレットを交付するだけではなく、それらを用いるなどしてその仕組みと危険性を当該顧客が理解できるまで説明しなければならない。
また、商品取引員は、「必ず値上がりする。」等の断定的判断を提供して顧客の投資リスクに対する理解を妨げてはならない。
イ 適合性原則(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項1(1))
商品取引員は、先物取引を勧誘する場合、顧客の属性、資力及び投下資金の性質等に照らし、不適格者とされる者への勧誘をしてはならない。
(2) 受託業務における取締法規
ア 商品先物取引新規参加者に対する保護義務(受託業務適正化推進協定二号、三号、商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にかかる取扱要領)
商品先物取引の経験のない新たな委託者から取引の受託を行うにあたっては、委託者の保護とその育成を図るため、当該委託者の資質、資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲において行うこととされ、原則として三か月間は習熟期間として、建玉の枚数を二〇枚に制限し、商品取引員もそれ以上受託してはいけない。ただし、例外的に、委託者から二〇枚を越える建玉の申出があり、商品取引員が審査を行い適切と判断した場合にのみその受託が許される。
イ 無敷・薄敷(商品取引所法九七条一項、受託契約準則九条)
受託契約準則九条は、売買取引額に応じた一定額を売買取引委託の担保として供しなければならないとして、委託証拠金の額に応じた取引しか認めていない。すなわち、必要とされている委託証拠金を預からないまま商品取引員が取引の委託を受けたり、必要とされる委託証拠金額に満たない証拠金で取引の委託を受けることは、無敷・薄敷として禁止されている。
3 原告は、平成八年五月七日、被告会社の外務員であるB(以下「外務員B」という。)及び同C(以下「外務員C」といい、外務員Bと併せて以下「外務員両名」という。)の勧誘により、被告会社との間で商品先物取引委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結し、以後平成九年四月三日までの間、被告会社に対し、別紙取引一覧表(一)から(三)までに記載のとおり商品先物取引の委託を行った(以下右取引を「本件各取引」という。)。
4 原告は、平成九年四月四日、被告に対し、全ての建玉の手仕舞いを指示したが、一連の商品先物取引によって二四四五万八四一八円の損害を被った。
第三主要な争点
一 本件各取引の勧誘・受託における被告会社の注意義務の内容
二 被告会社の注意義務違反の有無
1 本件委託契約締結時における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断の提供の有無
(二) 適合性原則違反の有無
2 個々の受託行為における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断の提供の有無
(二) 個々の受託行為の態様
三 過失相殺の成否
第四当事者の主張
一 本件各取引の勧誘・受託における被告会社の注意義務の内容
(原告の主張)
商品先物取引を実行するためには、商品の市場価格の変動を的確に予測する必要があり、そのためには、右市場価格を決定する経済的、政治的、社会的諸要因を調査把握することが不可欠である。しかし、様々な情報を収集し、これを十分に活用する能力において、商品先物取引の知識経験が乏しい一般の投資家と専門家である商品取引員との間には格段の差があるから、新たに商品先物取引を行う者にとっては、その専門家である商品取引員ないし外務員の持つ商品先物取引に関する知識、情報及び判断に大部分依拠せざるを得ない状況にある。
かかる観点から、商品先物取引を行う一般投資家を保護するために種々の取締法規が設けられていることに照らすと、商品取引員は、顧客の属性、資力及び投下資金の性質等に照らし、不適格者とされる者への勧誘をしてはならず、商品先物取引について知識及び経験が乏しく、かつ投機取引に対する関心の低い顧客に対してその取引を勧誘する場合には、その財産状態を調査し、商品先物取引が投機取引であることを十分に周知徹底させ、商品先物取引の仕組み、市場価格の決定要因等について十分な説明をし、最初の段階での建玉は小さいものにするよう指導すべき義務があり、そして、商品先物取引委託契約を締結した後には、右委託契約の本旨に従い、当該顧客の商品先物取引についての知識、経験の有無、程度、資力の多寡、性格、商品先物取引の委託を行うに至った経緯及び事情等を十分にふまえた上で、当該顧客が、商品先物取引について自主的、合理的な意思決定ができるよう必要な情報を提供するとともに、専門家としての経験、判断力をもって、当該取引状況下において最も適切と認められる助言、指導を行い、当該顧客が自主的、合理的な決定を行うことができる状況、条件を確保した上で、当該顧客の真意に基づく具体的な建玉の指示に従い、忠実に注文を実施しなければならず、自らの手数料収入の獲得を優先させたり、顧客に過大な危険を負担させるなどしてはならない義務を負う。
(被告らの主張)
商品先物取引は、必ずしも一般人にその仕組みを理解することが困難な取引であるということはできず、個別の委託者(投資者)における理解の程度が問題となるにすぎないから、被告会社は、必ずしも原告主張の各義務を負うとは限らない。
二 被告会社の注意義務違反の有無
1 本件委託契約締結時における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断の提供の有無
(原告の主張)
(1) 外務員Bは、平成八年四月中旬ころ、原告宅を訪問し、原告に対して金の先物取引の勧誘を行ったが、その際、銀行の金利は低下しているが、金の値上がりは確実で、金投資が有望であることを強調し、商品先物取引の仕組みや危険性の具体的な説明を行わずに勧誘した。
(2) 外務員両名は、同年五月八日、再び原告宅を訪問し、金の先物取引の勧誘を行ったが、その際、外務員両名は、「金の値上がりは間違いない。」「株式投資の経験があるなら、これから少しずつ勉強していただいたらよい。」などと申し向け、右同日の本件委託契約締結に際し、商品先物取引の具体的な仕組みや危険性について十分な説明を行わず、単に「読んでおいてほしい。」などと言っていくつかの書類を渡しただけであった。
(被告会社の主張)
(1) 外務員Bは、平成七年七月中旬ころから、原告に電話をかけ、商品先物取引の勧誘を開始した。
(2) 外務員Bは、同月二六日、事前に電話で約束を取った上原告と面談し、金の先物取引の説明と勧誘をした。その際、外務員Bは、約一時間にわたって商品先物取引の仕組み、委託証拠金及び手数料等について便せんに書きながら説明を行った。この時、原告は、商品先物取引は初めてなのでしばらく勉強してみたいと話したことから、外務員Bは、資料を定期的に送るので値段を見ていて下さいといって原告と別れた。なお、外務員Bは、別れ際に、被告会社を紹介したパンフレットを原告に渡した。
(3) その後、外務員Bは、二か月に一度くらい、金の情報、商品先物取引を紹介した日本経済新聞記事、新聞の切り抜き等を原告に送ったり、原告に電話をかけたりするなどして金の先物取引を勧誘した。
(4) 外務員Bは、平成八年五月初旬ころ、原告に対し、電話で「金の値段もだいぶ下がってきて底値が近いと思う、一四〇〇円くらいまで上がるのではないか、そろそろ取引してはどうか。」と話したところ、原告はやってもよいが、契約書等の作成は週明けにしてほしいということであった。
(5) 外務員両名は、平成八年五月七日、原告宅を訪問し、原告に対して金の値段のグラフ等を示しながら、金の値段状況や需給の状況などから、これからも上がるだろうという説明をし、下がったときには、追加証拠金を提供したり、難平、両建等の取引を行うことがある旨説明を行った。なお、この他、外務員両名は、原告に対し、先物取引は精算取引であって、商品の相場変動を予測して行う投機取引であることはもちろん、売買注文の方法、売買による差損益の計算方法、取引単位と約定値段、委託手数料の額及び取引の担保として必要な委託証拠金の額及び商品先物取引委託のガイドの表紙見開き頁「商品先物取引の危険性について」と題する部分の内容についても説明をした。
(二) 適合性原則違反の有無
(原告の主張)
(1) 原告は、昭和四年○月○日生まれの男性(本件委託契約当時六六歳)である。原告は、錨・鎖・歯車・乾燥機などの各製造会社の技術畑を転々とし、平成六年五月に勤務していた会社が倒産して以降、無職の年金生活者であった。また、本件各取引から約三五年ほど前に、株式取引を行ったことがあるにすぎず、老後の資金を銀行及び郵便局の預貯金に預けていたほかには証券会社の投資信託を購入していた程度であった。
(2) 原告が、前記のとおり、無職の年金生活者であるのに、平成六年度高額納税者名簿に登載されていたのは、平成六年に長期保有の不動産を処分したためであった。また、原告は、外務員Bによる商品先物取引の勧誘を受けた際、高齢の母の入院費用をも負担しなければならない状況にあった。
(被告会社の主張)
(1) 外務員Bは、平成七年七月中旬ころから、原告に対する勧誘を開始し、同月以降、定期的に商品先物取引に関する資料を原告に送付していた。また、平成八年五月七日、本件委託契約を締結するため、外務員両名が、原告宅を訪問した際、原告に対し、商品の値段が下がると追加証拠金が必要となること、商品先物取引は精算取引であって、商品市場に上場されている商品の相場変動を予測して行う投機取引であること及び商品先物取引委託のガイドの表紙見開き頁「商品先物取引の危険性について」と題する部分の内容についても説明をした。
それゆえ、本件委託契約を締結した時点においては、原告は、相当程度商品先物取引に関する知識を有していた。
(2) 原告は、高額納税者名簿にその名前が登載されているのであるから、商品先物取引に投資する余裕資金を有していたことは明らかである。
2 個々の受託行為における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断の提供の有無
(原告の主張)
(1) 被告Y2は、平成八年五月一五日、原告宅を訪問し、原告に対し、「金よりもとうもろこしの方が値動きが大きい。とうもろこしは必ず儲かる。」「信用して下さい。」などと述べ、とうもろこしの取引を勧誘した。また、被告Y2は、同人の自宅は原告宅に近く、いつでも役立てるなどと説明した。
(2) 被告Y2は、同年六月二七日、「とうもろこしがこれからさらに値上がりする。」と述べ、とうもろこしの買玉三〇枚を建てさせた。
(3) 被告Y1は、同年七月一七日ころ、原告に対し、とうもろこし相場の下落を説明するとともに、「損失をくい止めるためには両建しかない。」「このままであれば、預かった証拠金は戻らないばかりか、さらに足が出ることもある。」「一時的なことだから、何とか資金を準備してほしい。」「お金はすぐでなくてもよい。」「一生懸命挽回する。」などと述べた。
(4) 被告Y1は、同年一〇月はじめころ、原告に対し、「輸入大豆の方がとうもろこしより値動きがある。」「絶対に自信がある。」「情勢を挽回するために、資金を準備してほしい。」「迷惑はかけない。」などと述べて輸入大豆の取引を勧誘した。
(5) 被告Y1は、平成九年二月初めころ、原告に対し、「定時増証拠金が必要になったので一〇〇〇万円用意してほしい。」との連絡をした。原告は、そのような話は聞いていないと反論したが、被告Y1は、「全員にお願いしている。」「入金されないと取引できない。」「挽回策を取るために必要。必ず元にして返します。」などと懇願した。
(6) 被告Y1は、平成九年三月中旬、原告に対し、「今とうもろこしより白金の方が値動きが大きい。」「とうもろこしの余力を白金に向けて利益をとり、とうもろこしの損失を少なくしたい。」「コンピューターで白金の動向を把握している。」「今回は間違いがない。必ず成功させますから。」と説明した。
(被告らの主張)
本件各取引においては、被告会社従業員が電話又は面接により、その都度原告の注文内容及び取引に必要な委託証拠金の額等を原告との間で確認して受注し、成立した売買については担当者から電話で報告するとともに、被告会社から原告に対し、「委託売付・買付報告書及び計算書」を送付して確認を求めているほか、被告会社から毎月一回定期的に「残高照合通知書」を送付して原告に確認を求めながら取引を継続していた。
(二) 個々の受託行為の態様
(原告の主張)
(1) 本来、原告のような商品先物取引の知識、経験の乏しい者に対しては、少なくとも相当の習熟期間が必要であったのに、被告会社は、新規委託者である原告に対し、最初から金二〇枚もの買玉を建てさせ、平行してとうもろこしの取引を勧誘し、しかも取引開始から二か月あまりの平成八年七月一五日の時点で,金の買玉二〇枚、とうもろこしの買玉一五五枚の合計一七五枚も建てさせ、取引開始から三か月足らずの同年七月二五日時点では、金の買玉二〇枚、とうもろこしの売玉三一〇枚、買玉三一〇枚の合計六四〇枚も建てさせた。
(2)ア 被告Y2及び被告Y1は、とうもろこし及び輸入大豆の取引において、その決済により生じた利益金の大半を委託証拠金に振り替え、取引枚数を一方的に拡大させたり、相場変動により追加証拠金が必要となる度に両建取引を勧誘して委託証拠金の入金を迫り、一旦両建が外れて委託証拠金を返還できる状態となった後も、これを返還せずに新たな取引に対する委託証拠金として使用するなどして取引を継続拡大せしめ、過大な建玉の勧誘を行った。
イ 被告会社は、原告に対し、商品取引員による手数料の稼ぎの手段として行われることが多いとされる直し、両建、途転、日計り及び手数料不抜けなどの取引(いわゆる特定売買)を頻繁に行い(特定売買一覧表(一)から(五)まで)、過大な手数料を取得した。
(ア) 直し
直しには、売玉を仕切りながら同日再び売玉を建てる売直し、買玉を仕切りながら同日再び買玉を建てる買直しがあり、これらは、値洗い損益が帳尻損益に替わっただけで、その日のうちのごく小さな損益が発生し、委託手数料を業者に支払う以外に、直しにより顧客の損益の発生する状況は全く変わらない。
(イ) 両建
両建とは、既存建玉に対応させて、反対建玉を行っているものをいい、両建は、委託証拠金が二倍必要になること、委託手数料が二倍必要になることという不利益がある以外、委託者にとって全く無意味な取引である。
(ウ) 途転
途転には、買玉を仕切った後、ほとんど休む間もなく今度は新規に売玉を建てること(途転売)、又は、売っていた注文を買って仕切った後、ほとんど休む間もなく買い注文を新規に出すこと(途転買)をいう。右取引は、仕切った際に小さな利益しかなければ委託手数料に食われてしまうとともに、委託証拠金の相当部分を使って途転を繰り返すと数回のうちには追加証拠金が必要となり、利益分も含め元も子もなくすことになる。
(エ) 日計り
日計りとは、建玉をした当日に当該建玉を手仕舞うことをいい、これらは、わずかの利益のために手数料負担のみがかかる売買であって新規委託者が利益を確保するために行いうる取引ではない。
(オ) 手数料不抜け
売買取引により利益が発生したものの、当該利益が委託手数料より少なく差引損となっているものをいう。手数料不抜けは、売買によって利益が発生しても、委託手数料負担によって、結果、差引損を発生させるのみであるから、委託者にとっては全く無益有害な取引である。
(3) 本件各取引においては、少なくとも平成八年一一月以降、原告の預託した委託証拠金は、追加証拠金を含む必要証拠金額を満たしておらず、常に不足の状態にあって、その間の取引は無敷・薄敷の取引である。
しかも、同年七月二五日以降は、原告の建玉には、三〇〇万円以上の値洗い損が発生しており、原告はこの損失を回復するため、被告会社担当者の言いなりに取引を継続していたにすぎない。また、同年一一月一九日以降は、追加証拠金が常に発生した状態であるのに、被告会社はこれを放置していた。
(4) 原告は、平成八年七月一〇日、被告Y2に対し、約一〇〇万円の利益金が計上されていることから、建玉全部の手仕舞いを申し入れたにもかかわらず、被告Y2は、「まだまだ値上がりする。」「ここで止めては惜しい。」「もう少し待って下さい。」と執拗に勧誘し、原告に対し、手仕舞いを思いとどまらせた。
(被告らの主張)
特定売買とされている取引手法は、左記のとおりいずれも先物取引の相場方法として有益なものである。また、本件各取引における委託手数料は、約三八〇〇万円余であり、総損失額において占める割合も大きいが、原告の指示に基づいてなされた合理的な取引によって手数料が多くかかったにすぎないのであるから、手数料が多くかかったことをもって、商品取引員たる被告会社が手数料稼ぎで本件各取引を行ったということはできない。
記
(1) 直し
直しは、利益額の多少にかかわらず、利益を確保して買直し又は売直しをする場合が多く、このような売買が委託者にとって利益を考慮しない取引に当たらないことは明白である。すなわち、一旦一定時点で現実の利益を確保した上で、さらなる値上がり(値下がり)を期待する相場仕法である。
(2) 途転
途転は、既存の建玉を仕切り、それと反対の売玉又は買玉を建てる売買形態であり、相場の変動が従来と反対になると予測される場合に行われるものであって昔からある重要な相場仕法である。
(3) 日計り
商品相場の値動きは一日のうちに気配が急変することは珍しいことではないから、当日の相場の値動きや相場情報等からして、損失の拡大の防止ないしは利益の確保のために急きょその日のうちに仕切ることも必要となるのであり、必要かつ有意義な相場仕法である。
(4) 両建
両建は、取引を行う者が、損計算となった建玉を仕切って現実に差損金と委託手数料の額を確定させ、その時点において右債務を支払う義務を負担するのを避け、両建をすることによりあくまでその時点における計算上の差損金額を固定させながら、その後の相場動向を見ながらなるべくよい条件で仕切ろうとする際に用いられる通常の相場仕法である。
(5) 手数料不抜け
商品相場の変動予測との関係で、売買差金がマイナスに転じて増大するよりはよいと考えて、手数料に満たない値幅で決済をすることも度々行われるのであってこれも有効な相場仕法である。
三 過失相殺の成否
(被告らの主張)
本件各取引は、いずれも原告の意思と判断に基づいて行われたものであって、原告が取引の拡大を指示せず、また早期に手仕舞いを指示するなどすれば、本件各取引による損害の拡大を防止することができたのであって、原告に重大な過失のあることは明らかである。
第五争点に対する判断
一 事実経過等
証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和二八年三月にa大学工学部を卒業後、b株式会社、c株式会社、d工業株式会社、e株式会社及びf工業株式会社において技術者として勤務したが、平成六年五月にf工業株式会社が倒産した後は、年金生活を送るようになった。なお、その間の原告の投資経験は、昭和三四年ころに一時的に株式取引を行ったにすぎなかった。
(甲二四・1・2頁・原告本人1~5・12頁)
2 原告は、平成六年ころ、長期間所有していた不動産を処分したことに伴い、多額の譲渡所得を得、所得税として約二五〇〇万円、住民税として約八〇〇万円をそれぞれ納税し、平成六年度の高額納税者名簿に登載された。なお、右納税額及び妻の共有持分に対する配当等を控除すると右処分によって得た原告の所得は、約三〇〇〇万円にとどまった。
(甲一三、二四・2頁)
3 外務員Bは、高額納税者名簿に原告の名前が掲載されていたことから、原告をかなりの資産家であると考え、平成七年七月二六日、原告宅を訪問し、原告に対し、商品先物取引の勧誘を行った。その際、外務員Bは、会社のパンフレットや金の価格の推移を示したチャート等を持参し、原告に対し、建玉の仕組みやその単位、証拠金の差し入れ等商品先物取引の概要について説明するとともに、金の値動きの要因や現在の価格動静等について簡単な説明を行い、今後も資料等を送付するので商品先物取引について検討してほしい旨申し向けた。
(乙二〇・2枚目、証人B2~4・6~10・34・35・41~45・47頁・原告本人65頁)
この点、原告は、外務員Bが始めて原告宅を訪問したのは、平成八年四月二四日であって、右の訪問については記憶にない旨供述する(原告本人5~9頁)。しかし、外務員両名が、平成八年四月二四日から同年五月七日までの間に、原告に対して送付した資料の中に「7月に1g=11〇〇円でご紹介させて頂きました。」との記載があること(甲一五)や外務員Bの業務日誌に右同日の訪問が記載されており(乙二〇)、これらの記載が虚偽の記載であることをうかがわせる証拠がないことなどに照らすと、右原告の供述を信用することはできない。
4 外務員Bは、原告宅訪問後、原告に対してダイレクトメールを送付するなどして原告に対する勧誘を継続した。
(証人B15・49~51頁)
5 外務員Bは、平成八年四月二四日、原告宅に電話をかけ、平成七年七月に原告宅を訪問した時点から金の値段は上がっているが、アメリカのファンド系が金を買っているため更に上がるので買ってはどうかと勧誘すると、原告から連休明けに時間を作るからもう一度連絡をしてほしいとの返事があった。そこで、外務員Bは、原告に商品先物取引の委託契約を締結してもらえるのではないかと考え、金の先物取引について金の価格動向に関する資料等を原告宅に送付するとともに、原告について顧客カードの一部を作成した。
(甲一四から一六まで、証人B10~13・15・45~47頁、原告本人9~13・45頁)
この点、原告は、右同日に、外務員Bの訪問を受けたと供述し、原告の手帳には、これにそう記載がある(甲二五・2枚目)。しかし、右原告の手帳の記載は、原告が私的に記載しているものにすぎないから、外務員Bがその業務の過程において適宜作成している業務日誌(乙二〇)の信用性を失わせるには不十分であると言わざるを得ず、右原告本人の供述を信用することはできない。
6 外務員Bが、原告に電話をかけ、平成八年五月七日に原告宅を訪問することについて承諾を得ると、外務員両名は、同日、原告宅を訪問し、「商品先物取引委託のガイド」と題するパンフレット(乙四)を示し、メモに一口六〇万円で取引した場合の具体例を記載しながら、金の価格が値上がりした場合の利益計算の例を示した上で、商品取引所で取引される商品先物取引においては、預託した委託証拠金以上の損失を被る可能性があること、相場の変動に応じ委託証拠金が不足すると追加証拠金が必要となることなどその投資の危険性についても説明をした上で、金の先物取引の勧誘を行ったところ、原告から、二〇枚の取引を行う旨の承諾を得た。そこで、外務員両名は、約諾書、通知書、お客様アンケート用紙及び商品先物取引の内容を説明したパンフレット(受託契約準則、商品先物取引委託のガイド)を原告に交付し、現金の授受の際に約諾書、通知書、お客様アンケート、委託のガイド受領書、委託本証拠金の預託に関する申出書及び準備金による委託証拠金充当同意書の各書面に必要事項を記載の上、署名押印をして提出してもらうこととした。
なお、右勧誘の際に、外務員両名は、原告から、その資産の運用状況について、自宅以外の不動産を所有していること、三〇〇〇万円の投資信託の口座を一つ有しており、他にも投資信託の口座や定期預金の口座を有しているとの説明を受けた。
(甲一二の1、2、一七、二〇の2から12まで、二四・3頁、乙一から七まで、二〇・1枚目、二一、証人B12~23・44・45・47~49・52・53・62・63頁、原告本人13~18・46~48・55・59頁)
7 外務員Bは、同日、原告から聞いた資産の内容をもとに原告の資産を推測し、預貯金六〇〇〇万円くらい、有価証券七〇〇〇万円くらい及び不動産一億円くらいと記載し、原告から商品先物取引を受託するに当たり被告会社内部で必要とされていた審査において、一〇〇枚までの取引を行うことについて承諾を得た。外務員Cは、同日、原告に対して、委託証拠金として一二〇万円が必要である旨を連絡し、再度原告宅を訪問して二〇枚分の委託証拠金一二〇万円を受領するとともに、原告から必要事項を記入済みの約諾書、通知書、お客様アンケート、委託のガイド受領書、委託本証拠金の預託に関する申出書及び準備金による委託証拠金充当同意書の各書面を受け取った。なお、原告が、この時外務員Cに交付したお客様カードには、原告の署名しかなく、アンケート等に対する回答はなかった。また、原告から一〇〇枚の商品取引を申し出たことはなかったにもかかわらず、右受託開始における被告会社の内部審査において、外務員Bは、原告から一〇〇枚の商品取引をしたいとの希望があったと記載した書類(受託状況調書)を提出した。
(甲二七の1、乙一、二、六、七、一九の1、証人B17~28・40・41・62~66頁、原告本人19・21・23~28頁、被告Y1本人23~30頁)
この点、証人Bは、顧客カード(乙一八)の資産欄の記載は、原告から提出されたお客様カード(乙七)の記載を見ながら記載したものであると証言する(証人B23・24・57頁)が、同証人は、原告の有する資産の具体的な額については、原告の説明をもとに推測したものであることを認めていること(証人B25頁)、後日原告が被告会社に提出した書類(約諾書、通知書、お客様アンケート、委託のガイド受領書、委託本証拠金の預託に関する申出書及び準備金による委託証拠金充当同意書)の写しを外務員Bに求めた際、外務員Bはこれに応じている(甲二〇の1、2、4から7まで、9から12まで、証人B58~61頁、原告本人55~58頁)が、この時に原告に送付されたお客様カードの写しには、原告の署名があるのみで具体的な記載がなされておらず、原告から被告会社に対してお客様カードが差し入れられた際には資産欄の具体的な記載はなされていなかったとうかがわれることなどに照らすと、右証人Bの証言を信用することはできない。
8 原告は、平成八年五月七日、被告会社との間で商品先物取引を開始すると、その翌日から機会があると被告会社大阪支店を訪問し、一週間に一回程度は、支店長の被告Y1や原告の担当者である被告Y2らから、被告会社のことや商品先物取引のこと、原告の取引の状況について説明を受けた。なお、被告Y1は、同年五月八日に被告会社大阪支店で原告と話をした際に、賃貸している不動産をいくつか所有していることや証券会社で投資信託を行っていることなどに話題が及んだ。
(甲一二の3、二四・3・4頁、原告本人28・53・54頁、被告Y1本人2~7・17~23頁)
9 被告Y2は、平成八年五月一五日、とうもろこしのチャートと新聞記事を持って原告宅を訪問し、原告に対し、金には動きがほとんどないが、とうもろこしの方は値動きが大きい、とうもろこしは天候相場と言って夏に値上がりすることが多いので利益がとりやすいなどと説明して、とうもろこしの取引を勧誘した。原告は、この被告Y2の勧誘に応じて郵便局に対する預金三〇〇万円を引き出してこれを委託証拠金に当て、同月一六日、とうもろこしの買玉を三〇枚建てた。
(甲一二の4、二四・3頁、二七の2、原告本人29・30頁、被告Y2本人2~5・27~29頁)
10 被告Y2は、平成八年五月二〇日以降、とうもろこしの値段が下落し始めたことから、同月二一日、原告に電話で連絡をし、これ以上下がると委託証拠金を追加しなければならなくなること、今回の値段の下落は短期的なもので長期的には値上がりが期待できるから両建をして委託証拠金を負担しても一時的なものであることなどを説明し、両建を勧めたところ、原告は、これに応じ、三〇〇万円の委託証拠金を追加して三〇枚の売玉を建て、両建とした。
(甲二七の3、原告本人30~33頁、被告Y2本人5~8・39~41・45・46頁)
11 被告Y2は、平成八年六月六日ころ、とうもろこしは値上がりに転じると判断して原告に対して、両建を解消することを勧め、原告は、同日、両建を解消して、売却利益を委託保証金として三〇枚の買玉を建て、さらに、同月二七日にも、同じく被告Y2の勧めで、三〇枚の買玉を建て増した。このとき、売玉の手仕舞いによって約三〇二万八〇〇〇円の利益が出たが、従前の三〇枚の建玉については、約六〇〇万円の値洗い損を出していた。
(被告Y2本人8・9・49・50頁、弁論の全趣旨)
12 被告Y2は、平成八年六月二六日ころ、原告から取引額を増大したい旨の申入れがなかったにもかかわらず、原告からの申入れがあったとして、二〇〇枚の範囲内で商品取引を行うことができるよう被告会社内部の審査を申し入れ、その旨の許可を得た。
(乙一九の2、被告Y2本人51~55頁)
13 原告は、平成八年七月一〇日ころ、被告会社大阪支店を訪問し、被告Y2から、この段階でとうもろこしの買玉を手仕舞いすれば約一三一万円の利益を得ることができるとの説明を受けたことから、被告Y2に対し、このあたりで一度とうもろこしの買玉を決済した方がいいのかどうか尋ねたところ、被告Y2は、とうもろこしは、少なくとも二万円台はいくとの判断を示し、逆にとうもろこしの買玉を一旦決済した上で、その利益分を委託証拠金として、さらに買玉を建て増してはどうかとの勧誘をした。原告は、結局被告Y2の右勧誘に応じ、同月一五日、六〇枚の買玉を決済した上で、一二五枚の買玉を建てた。
(甲二四・4・5頁、被告Y2本人9~11・50・51・55~65・70・71頁)
この点、原告は、被告会社を訪問した際に、もう取引を止めたいとの申入れをした旨供述する(原告本人36・37頁)が、この段階では、とうもろこしの値段は上がっており、原告に評価損はなかったこと及びその直後の同月二三日にさらに買い増ししていることなどに照らすと、右原告本人の供述を信用することはできない。
また、被告Y2は、原告からとうもろこしを決済してはどうかとの相談を受けたことはなかった旨供述する(被告Y2本人9・10・63~65頁)が、原告は、外務員両名の商品先物取引を勧誘した際の説明(前記6)などから商品先物取引の投資リスクについては、ほぼ正確に理解していたと認めることができること及び原告は、商品先物取引を開始した際には、約一二〇万円の取引をしてしばらく様子を見たいと考えていた(甲二四・2・3頁)にもかかわらず、被告Y2の勧誘により、当初の意に反して当時委託証拠金だけで七二〇万円を支出するという規模の取引に至っていたこと(甲二四・2・3頁)などに照らすと、原告とすれば少しでも利益が上がれば一度手仕舞いをして利益を確保しようと考えるのが自然であって右被告Y2本人の供述を信用することはできない。
14 その後、被告Y2は、原告の出資額が相当額になっていることに照らし、原告の取引は、被告Y1に委ねた方がいいのではないかと考え、被告Y1と担当を代わることとし、被告Y1が、原告の取引を担当するようになった。
(被告Y2本人11・12・66~69頁、被告Y1本人3頁)
15 被告Y1は、平成八年七月一七日、原告の担当を被告Y2から引き継ぐと、原告に連絡を取り、これから支店長である自分が原告の担当となる旨を説明するとともに、とうもろこしの値段が急落していることを述べ、このままでは追加の証拠金が必要となるので、一度両建をして損失を一時的にくい止めてみてはどうかと申し向け、そのためには一五五〇万円の委託証拠金が必要となるが、前回と同様一時的なことであるから、何とか資金を準備してもらえないかなどと勧誘をした。原告は、これまで支出した委託証拠金七二〇万円を少しでも無駄にしないためには、新規の委託証拠金もやむを得ないと考え、これに応じることとした。なお、この時点においては、とうもろこしの値段の下落はそれほど大きなものではなく、値洗い損も八四万円しかなかった(甲一〇、二一の2、二四・5頁、二七の4、原告本人37~39頁、被告Y1本人8~11・34~36頁)。
この点、原告本人は、委託証拠金を出さなければ、これまでの投資額が無駄になると考えて右両建を承諾した旨供述する(原告本人38・40・50・52頁)。しかし、右取引当時の値洗い損は、八四万円であって、当時手仕舞いをしたとしても、従前の委託証拠金がゼロにならないことは明らかであるところ、原告は、被告会社からの取引通知書を精査し、その内容に不明な点があれば随時被告会社大阪支店を訪問してその内容の説明を受けていたのである(原告本人53~55頁)から、当時手仕舞いしたときの値洗い損についても十分理解していたはずであり、右原告本人の供述を信用することはできない。
16 被告Y1は、平成八年七月二三日ころ、原告に対して、同年八月になればとうもろこしの値段は上がると説明し、一五五枚の買玉を建てるよう勧誘したことから、原告は、同日、被告Y1に言われるままに一五五枚の売玉を手仕舞いし、同月二三日、一五五枚の買玉を建てた(甲二四・5・6頁)。
17 被告Y1は、平成八年七月二五日、原告に対し、とうもろこしの相場が下落したことから、挽回のために両建が必要であるとして両建のための委託証拠金一四五四万円を請求した。原告は、頭が真っ白になったが、ここまで大金を投資した以上は、被告Y1の言葉を信用するほかないと判断し、これに応じ、同年八月六日、一四五四万円を入金した。
また、これ以降、被告Y1は、とうもろこしについては、最終的にすべてを手仕舞いするまでほぼ常時両建の状態を招くような取引を勧誘し、原告は、一度も異議を唱えることなく取引を継続し、別紙取引一覧表(一)(二)のとおりの取引を行った(甲二四・6頁、二七の5、被告Y1本人11・12頁)。
18 被告Y1は、同年一〇月二日ころ、輸入大豆の値段がかなり安いと判断し、原告に対し、輸入大豆の方がとうもろこしよりも値動きがある、情勢を挽回するために、資金を準備してほしいなどと述べて輸入大豆の取引を勧誘した。原告は、これで挽回できるのであればと考え、同月三日、輸入大豆の買玉を七〇枚建て、同日と翌四日に、委託証拠金として計八〇〇万円を入金し、その後も被告Y1の勧めに従い、別紙取引一覧表(三)のとおりに取引を行った(甲二四・6頁、原告本人41頁)。
19 被告Y1は、平成九年二月はじめ、原告に対し、定時増証拠金が必要となったので一〇〇〇万円用意してほしいとの説明をした。原告は、そのような話は聞いていないと反論したが、さらに被告Y1は、全員にお願いしている、入金されないと取引できない、挽回策を取るために必要であるなどと述べたことから、結局原告はこれに応じ、同月一〇日ころ、一〇〇〇万円を入金した(甲二四・6頁、原告本人41・42頁)。
20 被告Y1は、平成九年三月中旬ころ、原告に対し、今とうもろこしより白金の方が値動きが大きい、とうもろこしの余力を白金に向けて利益をとり、とうもろこしの損失を少なくしたい、コンピューターで白金の動向を把握している、今回は間違いがない、必ず成功させますからと説明した。原告は、これで取り戻せるのであればと考え、同月二一日に白金の買玉を三〇〇枚建て、その後も被告Y1の勧めに従い、別紙取引一覧表(三)のとおりに取引をした(甲二四・7頁、原告本人41頁)。
二 争点一(被告会社の注意義務の内容)について
先物として取引される商品の値段は、商品の需要と供給の動向だけでなく、国際的な政治、経済及び社会情勢、天候等の自然現象、世界各国における市場の状況並びに投機家の思惑等々が複雑に影響して形成されるため、その動向を正確に予測することが困難であり、かつ短期間に激しい値動きをすることがあるにもかかわらず、総取引額の五パーセントから一〇パーセント程度の資金を委託証拠金として提供するだけで取引を行うことができるため、取引に参加した者は、その予想に反して多額の損失を被る危険性がある。
そして、その取引の受託業務を行う商品取引員と一般の顧客との間では、その情報の収集能力、分析能力において格段の差があることにかんがみ、商品取引員の勧誘業務及び受託業務に関して種々の取締法規が設けられていることに照らすと、商品取引員が、顧客に対して、商品先物取引を勧誘する際には、顧客に対して断定的判断を提供するなどしてその投資リスクに対する正確な理解を阻害することなく、取引の仕組み及び投資リスクについて十分な説明をしなければならず、当該顧客が、右説明義務を尽くしても商品先物取引の仕組み及びその投資リスクについて正確に理解することができない場合や当該顧客に原資となるべき余剰資金がない場合には、商品先物取引の勧誘をしてはならない義務を負うと解するのが相当であり、また、商品先物取引の受託契約を締結した後も、顧客に対して個々の取引の投資リスクについて十分に説明をし、断定的判断の提供をするなどして顧客の投資リスクに対する認識を誤らせてはならず、また、当該顧客の投資知識、経験、判断能力及び投資可能資金の額に応じて個々の取引状況下において最も適切であると判断される取引を勧め、これを受託すべきであって、自己の委託手数料の獲得を優先させるような取引の受託を行ってはならない義務を負うと解するのが相当である。
三 争点二(被告会社の注意義務違反の有無)について
1 本件委託契約締結の際における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断提供の有無
前記二において判示したとおり、商品取引員の外務員が、顧客に対して商品先物取引を勧誘する場合、当該顧客がその投資リスクに対する理解を誤り、予期せぬ損害を被ることがないよう断定的判断を提供することなくその取引の仕組み及び投資リスクについて十分な説明をすべき義務を負い、当該外務員が、これを怠り、顧客に投資リスクに対する認識を誤らせ、予期せぬ損害を与えた場合には、その勧誘行為は、不法行為を構成すると解するのが相当である。
そうすると、外務員両名は、平成八年五月七日、原告宅を訪問した際に、「商品先物取引委託のガイド」を用いてそこに記載されている商品先物取引の仕組みの概略及び投資リスクの内容について説明を補充し、さらに、商品の値段が値下がりした場合には、委託証拠金を追加する必要があることなどについてメモに図を書くなどして説明している(事実経過等6)ところ、原告の学歴や職歴(事実経過等1)に照らせば、原告は、前記外務員両名による説明によってその取引の仕組みや投資リスクについてほぼ正確に理解することができたと推認することができる。
したがって、外務員両名の勧誘行為を捉えて不法行為を構成すると解することはできない。
(二) 適合性原則違反の有無
前記二において判示したとおり、商品取引員の外務員が、顧客に対して商品先物取引を勧誘する場合、当該顧客が、前記二に判示した説明義務を尽くしても商品先物取引の仕組み及びその投資リスクについて正確に理解することができない場合や当該顧客に商品先物取引に投資すべき余剰資金がない場合には商品先物取引の勧誘をしてはならない(適合性原則)義務を負い、右義務に反して顧客に予期せぬ損害を与えた場合には、その勧誘行為は、不法行為を構成すると解するのが相当である。
そうすると、原告は、平成八年五月七日の外務員両名による勧誘において、商品先物取引の内容及びその投資リスクについて十分な説明を受け(事実経過等6)、商品先物取引の投資リスクについてほぼ正確に理解したということができ、また、原告は、年金のみならず、その所有する不動産からの賃料等の収入を得ており、さらに、証券会社との間で約三〇〇〇万円の投資信託取引を行うなど相当額の余剰資産を有していると考えられること(事実経過等6・8)などに照らせば、本件委託契約を締結した際に委託証拠金として被告会社に預託した一二〇万円については、原告の余剰資金によるものであると認めることができる。
したがって、外務員両名による勧誘行為は、適合性原則違反の点においても、不法行為を構成するものと解することはできない。
2 個々の受託行為における被告会社の注意義務違反の有無
(一) 説明義務違反・断定的判断の提供の有無
前記二において判示したとおり、商品取引員が、顧客との間で商品先物取引の委託契約を締結した後も、個々の先物取引を受託するに当たっては、断定的判断の提供をすることなく、その取引の投資リスクについて十分な説明をすべき義務を負い、当該外務員が、これを怠り、顧客に投資リスクに対する認識を誤らせ、予期せぬ損害を与えた場合には、その勧誘行為は、不法行為を構成すると解するのが相当である。
そうすると、被告Y2及び被告Y1は、平成八年五月二〇日以降、とうもろこしの値段が下落し始めると、追加証拠金を拠出するか、両建をするしかないかのような説明を繰り返し(事実経過等10・15・17)、また、被告Y1は、同年七月二三日以降、値洗い損が三〇〇〇万円から七〇〇〇万円の範囲で推移するようになる(乙二四の3から11まで、弁論の全趣旨)と、この値洗い損を回復するために必要である、また、当該取引を行えば値洗い損を回復することができるなどと断定的判断の提供を行って原告に商品の取引額を増大させ、原告に予期せぬ多額の損害を被らせたのであるから、同年五月二〇日以降の一連の被告Y2及び被告Y1による個々の取引の受託に向けた勧誘行為は、不法行為を構成すると解するのが相当である。
(二) 個々の受託行為の態様
(1) 前記二において判示したとおり、商品取引員が、顧客との間で商品先物取引の委託契約を締結した後も、個々の先物取引を受託するに当たっては、当該顧客の投資知識、経験、判断能力及び投資可能資金の額に応じて個々の取引状況下において最も適切であると判断される取引を勧め、これを受託すべきであって、自己の委託手数料の獲得を優先させるような取引の受託を行ってはならない義務を負い、これに反した場合には、その受託行為は、不法行為を構成すると解するのが相当である。
この点、原告は、両建、途転、日計り及び手数料不抜けなどのいわゆる特定売買といわれる各取引について、あたかもこれらを受託すること自体が不法行為を構成するかのような主張をするが、被告らの指摘するとおり、右特定売買についても相場手法としての合理性が存することは否定できないのであって、右に判示したとおり、商品取引員が、過大な委託手数料を取得する目的で右特定売買に該当する取引を受託した場合など特段の事情がない限り不法行為を構成する余地はないというべきである。
(2) そうすると、被告Y1は、手仕舞いをしても八四万円ほどしか損失がなく、必ずしも両建を行う必要がない場面においても両建取引を勧誘し(事実経過等15)、平成八年七月一七日以降の取引については、いずれも両建と途転を繰り返した上、両建の状態を一貫して継続しており(別紙取引一覧表(一)から(三)まで、弁論の全趣旨)、右取引の経緯をみると、これらの取引をもって損失を固定させ、反転を待つために一時的に行われたものと認めることはできない。また、直し売買は、いずれも委託証拠金なしに増建玉をするために行われたものであるところ、帳尻益金の殆ど全てを委託証拠金に振り替え、その取引規模を拡大しているのであって、原告の値洗い損を解消するための取引であると認めることはできない。しかも、かかる両建、直し及び途転といった取引は、本件各取引の中で相当数の割合を占めていた(別紙特定売買一覧表(一)から(五)まで、弁論の全趣旨)ばかりか、平成八年一〇月以降の各取引については、いずれも薄敷、無敷の状態のもとで行われたものであって(別紙特定売買一覧表(一)から(五)まで、弁論の全趣旨)、被告Y1が、原告の負担している投資リスクについて配慮している様子をうかがうことはできない。
これら一連の被告Y2及び被告Y1の受託態様にかんがみると、本件各取引のうち、平成八年五月一六日以降に受託した各取引は、いずれも被告会社の委託手数料の取得を優先させた取引であるということができ、右被告Y2及び被告Y1の各受託行為は、不法行為を構成するものと解さざるを得ない。
3 以上検討したところによれば、外務員両名による勧誘行為を違法であると評価することはできないが、被告Y2及び被告Y1の平成八年五月一六日以降の各取引の受託行為及び同月二〇日以降の取引の受託に向けた勧誘行為は、いずれも不法行為を構成するから、被告Y1及び被告会社は、同月一六日以降の各取引によって生じた原告の損害二四三五万三六四八円(本件各取引による損害から金の取引による損害を除く分)につき原告に対して不法行為責任を負う。
もっとも、被告Y2は、違法な受託行為を行ったということができるが、被告Y2の関与した受託業務は、平成八年七月一五日までのとうもろこしの各取引であり(事実経過等14)、また、被告Y2が被告Y1と原告の担当を交代した時点における値洗い損は、八四万円しかなかったのである(事実経過等15)から、その後の値洗い損が三〇〇〇万円から七〇〇〇万円位の間を推移するようになってから行われた輸入大豆及び白金の各取引と右被告Y2が受託したとうもろこしの各取引との間に相当因果関係を認めることはできない。それゆえ、原告が、最終的にとうもろこしの取引で損失を出さなかったことに照らすと、被告Y2による前記とうもろこしの各取引の受託によって損害が発生したと解することはできないから、被告Y2が、原告に対して不法行為責任を負うことはない。
四 争点三(過失相殺の成否)について
この点、原告は、外務員両名から、商品先物取引の委託を勧誘された際、商品先物取引は、値動きの幅が大きいいわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であり、委託証拠金以上の損失を被る可能性があることについても説明を受け、商品先物取引委託のガイド等のパンフレットを受け取っていた(事実経過等6・8)のであり、委託証拠金の追加による取引の拡大を拒否したり、早い段階で手仕舞いを指示したりすることによって、損失の拡大を阻止することは十分可能であったものと認めることができる。
それゆえ、本件各取引によって原告に損害が発生したことについては、原告にも過失があったというべきであり、しかも、原告が取引の都度被告会社から送付される売買報告書を検討する機会があったこと(乙一四の1~92まで、原告本人53頁)や頻繁に被告会社大阪支店を訪問し、取引の内容について被告Y1から逐一説明を受けていたこと(原告本人53~55頁)などを考慮すると、原告が右の点について注意を払うことは容易であったと認めることができる。
したがって、前記認定の被告Y1の違法行為の内容・程度を勘案しても、過失相殺の法理により、前記原告の被った損害額のうち、被告会社及び被告Y1が、原告に賠償すべき額は、九七四万一四五九円(原告に発生した損害の四〇パーセント、円未満切捨)と認めるのが相当である。
なお、本件事案の内容等一切の事情を考慮すると、被告会社及び被告Y1に負担させるべき弁護士費用は九七万円をもって相当と認める。
第六結論
よって、原告の請求は、被告Y1及び被告会社に対して、各自一〇七一万一四五九円及びこれに対する平成九年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるので、これを認容し、その余の請求を棄却する。
(裁判長裁判官 竹中邦夫 裁判官 森實将人 裁判官 武智克典)
<以下省略>