大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)30号 判決 1997年11月25日
大阪市住吉区我孫子四丁目一三番四五号
原告
北野良作
大阪市住吉区住吉二丁目一七番三七号
被告
住吉税務署長 嶋津敏幸
右指定代理人
恒川由理子
同
西浦康文
同
伊藤実
同
山口玲香
同
森川泰宏
同
松谷幸三
主文
一 本件訴えのうち延滞税に関する部分を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
第一請求
被告が、原告に対し、平成八年七月五日付けでした賦課決定処分のうち、平成六年分の所得税に係る過少申告加算税額二万五〇〇〇円を超える部分及び平成七年分の所得税に係る過少申告加算税額一万九五〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
被告が、原告に対し、平成八年七月二九日付けでした賦課決定処分(延滞税のお知らせ)のうち、平成六年分の所得税に係る延滞税額一万八三五〇円を超える部分及び平成七年分の所得税に係る延滞税額四〇〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告のした所得税の確定申告について、被告において誤りがあることを早期に指摘してくれたなら、その後の申告において誤りをすることなく適正な申告ができたのに、被告が右指摘を怠ったため、過少申告加算税及び延滞税を支払うこととなったなどとして、その賦課決定処分の一部(税額の二分の一)の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、平成四年三月一六日付けで、同人らが平成三年中に譲渡した事業用資産(宅地)の買換資産として平成四年一二月に賃貸マンションを取得する予定である旨を記載した買換え承認申請書及び租税特別措置法(以下「措置法」という。)三七条を適用する旨記載した平成三年分の所得税の確定申告書を、被告に提出した。原告は、平成五年三月二九日に右申請に係る賃貸マンション(大阪市住吉区我孫子三丁目二一番四所在。以下「本件資産」という。)を取得した。
したがって、原告は、措置法三七条の適用を受けるのであるから、買換資産に係る減価償却費の額の計算は措置法三七条の三に基づいて行わなければならなかった。
2 原告は、本件資産の取得価額を本件資産の減価償却の計算の基礎となる取得価額とし、減価償却額を計算の上、平成五年分、平成六年分及び平成七年分(以下「本件各年分」という。)の所得税の確定申告をいずれも法定納期限までにした(平成六年分については、平成七年三月一六日に、総所得金額八七〇四万五〇〇〇円、申告納税額二二三三万四三〇〇円。平成七年分については、平成八年三月一五日に、総所得金額一一八四万八〇〇〇円、申告納税額六八万四八〇〇円)。
3 被告が、平成八年六月に、減価償却の本件各年分の所得税の調査をした結果、右各年分の不動産所得金額の計算上必要経費に算入すべき減価償却費の額について、その計算の基礎とする買換資産の取得価額を措置法三七条の三の規定に従って計算していなかったために、当該所得の金額、総所得金額及び納付すべき税額にそれぞれ誤りがあることが判明した。そこで、被告は、原告に対し、その旨説明した上、修正申告することを勧めた。
4 その結果、原告は、平成八年六月二五日に、本件各年の所得税について措置法三七条の三の規定に従って減価償却費の額を計算した各修正申告をした(平成六年分については、総所得金額八八四六万三一五六円、申告納税額二二八四万二〇〇〇円。平成七年分については、総所得金額一三一五万〇〇五〇円、申告納税額一〇七万五四〇〇円。以下、右二年分の各修正申告を「本件各修正申告」という。)。
5 被告は、原告に対し、平成八年七月五日に、原告の所得税に係る過少申告加算税を、平成六年分については五万円、平成七年分については三万九〇〇〇円とする各賦課決定処分をした(以下「本件各賦課決定処分」という。」。
6 被告は、原告に対し、平成八年七月二九日付けで本件修正申告に係る各延滞税を、平成六年分については三万六七〇〇円、平成七年分については八〇〇〇円と記載したお知らせ(以下「本件各通知)という。」を送付した。
7 原告は、被告に対し、平成八年七月二六日に、本件各賦課決定処分及び本件各通知について異議申立をし、被告は、原告に対し、同年一〇月二四日に、本件各賦課決定処分については棄却、本件各通知については却下する旨の異議決定をした。
8 原告は、国税不服審判所長に対し、同年一一月一二日に、本件各賦課決定処分及び本件各通知について審査請求をし、国税不服審判所長は、原告に対し、平成九年三月二六日に、本件各賦課決定処分については棄却、本件各通知については却下する旨の裁決をした。
二 争点
1 本案前―本件各通知の処分性
(被告)
延滞税の納税義務は、国税通則法六〇条一項所定の要件を充足することによって法律上当然に成立するものであって、同条二項等及び同法一五条三項八号により右義務の成立と同時に特別の手続を要することなく税額が確定し、被告が何らかの処分を行う余地はない。したがって、被告の行政処分が存在することを前提としてその取消しを求める訴えは不適法である。
2 本案―原告に国税通則法六五条四項の「正当な理由」があるか。
(原告)
(一) 原告の平成五年分の所得税の確定申告には、「買換えの特例」を適用して取得した本件資産の減価償却費の計算間違いがあったが、被告が右間違いについて平成八年六月まで指摘しなかったため、原告は平成六年分及び平成七年分の所得税の確定申告についても右同様の間違いをすることとなり、過少申告加算税及び延滞税を支払うこととなった。
被告は、<1>平成五年六月には、措置法三七条の引継価額等を記載したメモを作成所持していたこと、<2>また、過去に原告の家族の所得税の確定申告についても右同様の計算間違いを指摘したことがあり、原告が誤ることを予想できたこと、<3>さらに、「買換えの特例」の適用を受ける者は少なかったことから、平成六年分の申告までに、原告に対し、右計算間違いを指摘することが容易にできたはずであり、また、右指摘が遅れると、原告において過少申告加算税及び延滞税の支払を余儀なくされることを予見できたのであるから、右指摘を早期にしなかったことについて責任がある。
(二) また、原告は、措置法三七条の三の規定が複雑困難であることにより減価償却費の額の計算を誤ったのであるから、右計算間違いを原告のみの責任とすべきではない。
(三) したがって、本件各賦課決定処分及び本件各通知の二分の一の額を越える部分の取消しを求める。
(被告)
(一) 過少申告加算税とは、申告納税方式により納付が確定する国税について、期限内申告の提出があった場合等において、修正申告又は更正があり、それによって納付すべき税額があるときに、その税額の一〇パーセント相当額を賦課決定するものである(国税通則法六五条)。右過少申告加算税は、納付すべき税額が納付者のする申告により確定することを原則とする申告納税方式をとる国税につき、正確な申告を確保することを目的として規定されているものである。
国税通則法六五条四項の「正当な理由」とは、申告当時適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となるなど、当該申告が真にやむを得ない場合をいうべきであって、単に納税者の税法の不知、もしくは、誤解に基づく場合には、正当な理由があるとは認められない。
(二) 原告は、被告が早期に申告内容の誤りを指摘しなかったことが「正当な事由」に該当する旨主張するかのようであるが、確定申告とは納税者自らの判断と責任においてその納税額を自ら確定させる行為であり、また、過少申告加算税は、正確な申告を確保することを目的として規定されたものであるから、期限内申告書に記載されるべき課税標準及び税額はいずれも納税者自身によって正確に記載されなければならず、また、記載された内容の誤りについては、納税者自身がその責任を負わなければならない。
(三) なお、国税通則法六五条五項の「更正を予知しないでした修正申告」とは、税務署員が申告に係る国税についての調査に着手し、その申告が不適正であることを発見するに足りるか又はその端緒となる資料を発見し、これによりその後調査が進行して先の申告が不適正で申告漏れの存することが発覚し更正に至るであろうことが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した後に、納税者がやがて更正に至るべきことを認識した上で修正申告を決意して修正申告書を提出したものではないことをいうものと解される。
(四) 本件各修正申告は、原告の単なる税法の不知ないし計算間違いに基づくものであって、「正当な理由」に該当せず、また、原告は被告の調査に基づく勧めに応じて本件各修正申告をしたものであって更正があることを予知してなされたものというべきであるから、「更正があるべきことを予知してされたものではないとき」に該当しないというべきである。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件各通知の処分性)について
被告が主張するとおり、延滞税の納税義務は、国税通則法六〇条一項所定の要件を充足することによって法律上当然に成立し、同時に納税義務者の申告又は課税権者の賦課決定等の特別の手続を要しないで、同条二項、同法六一条等により納付すべき税額が確定するものであり(同法一五条三項八号)、その後になされる延滞税のお知らせは、既に成立確定した延滞税とその税額を知らせるものにすぎないものと解される。
したがって、本件訴えのうち、延滞税を賦課する旨の決定であるとして本件各通知の取消しを求める部分は、国民の権利義務に具体的影響のない、すなわち処分性のない単なる事実行為を対象とするものであって不適法であり、いずれも却下を免れない。
二 争点2(国税通則法六五条四項の「正当な理由」の存否)について
1 過少申告加算税の意義及び目的は、前記第二の二2で被告が主張するとおりであるところ、国税通則法六五条四項は、加算税の計算の基礎となった事実のうちに、その修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由」があると認められる場合には、納付すべき加算税額からその正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額が控除される旨規定している。
右「正当な理由」がある場合とは、右過少申告加算税の趣旨に照らせば、申告当時適法とみられた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意過失に基づかずして過少申告となるなど、当該申告が真にやむを得ない場合をいうのであって、単に納税者の税法の不知、もしくは、誤解に基づく場合には、「正当な理由」がある場合には該当しないと解すべきである。
2 これを、本件についてみると、前記第二の一記載の争いのない事実等及び証拠「甲二の1、2、乙一」によれば、<1>原告は、平成六年及び平成七年分の各申告において、措置法三七条の三の理解が不十分なため、減価償却費の額の計算を誤ったものであることが認められるところ、<2>原告の家族が過去に本件と同様の譲渡資産の買換えの特例を受けた際、減価償却費の計算誤りを指摘されたため、原告において二回にわたり修正申告手続をしたことがあったことも認められるから、これに措置法の規定が複雑困難であることをも併せ考えると、原告において平成六年分及び平成七年分の申告に際し、減価償却費の計算について誤ることを予測して、被告あるいは税理士等に相談するなどして、誤りがないように対応することは十分可能であったというべきである。
したがって、平成六年分及び平成七年分の各申告の誤りは、原告の相当な過失による税法の不知に基づくものであり、とうてい「正当な理由」がある場合に該当するということはできない。なお、措置法の規定が複雑困難であるとの一事をもって、右「正当な理由」とすることもできない。
3 原告は、平成六年分及び平成七年分の各確定申告までに、被告が減価償却費の計算間違いを指摘することは容易であるのにこれを怠った点に責任があると主張するけれども、確定申告とは納税者自らの判断と責任においてその納税額を自ら確定させる行為であり、期限内申告書に記載されるべき課税標準及び税額はいずれも納税者自身によって正確に記載されなければならないものであるから、被告から早期に指摘を受けなかったことをもって、右「正当な理由」とすることはできない。
4 なお、被告が指摘するとおり、国税通則法六五条四項は、過少申告がされた場合であっても、その後提出された修正申告書がその申告に係る国税についての調査があったことにより、当該国税について更正があるべきことを予知して提出されたものでないときは、過少申告加算税を賦課しない旨規定しているところ、右「更正を予知しないでした修正申告」とは、同項の申告納税制度の普及を図るため、自発的な修正申告を奨励するとの趣旨からすれば、税務署員が調査に着手して、その申告が不適正であることを発見するに足りるかあるいはその端緒となる資料を発見し、これによりその後調査が進行し先の申告が不適正で申告漏れの存することが発覚し更正に至るであろうことが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した後に、納税者がやがて更正に至るべきことを認識した上で修正申告を決意して修正申告書を提出したものではないこと、すなわち右事実を認識する以前に自ら進んで修正申告を確定的に決意して修正申告書を提出することが必要であると解される。
しかるに、本件においては、前記第二の一記載の事実経過に照らすと、減価償却は、被告の調査に基づく勧めに応じて本件各修正申告をしたものであって、本件各修正申告は、更正があることを予知してなされたものと推認することができる。
三 結論
よって、本件訴えのうち延滞税に関する部分は不適法であるからこれを却下し、本件各賦課決定処分の取消しを求める部分は理由がないので棄却する。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 戸田彰子 裁判官 出口尚子)