大阪地方裁判所 昭和13年(ワ)1249号 判決
原告 長樂寺
被告 堀井澄雄
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の土地を明渡し、且金五十三円二十銭と昭和十一年四月一日より右明渡ずみに至るまで一ケ月金百三十一円六十五銭の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因としてつぎのように述べた。
「原告は昭和九年十月三十一日被告に原告所有の別紙目録記載の土地を建物所有のため期間を定めず賃料は新めて実測の上その坪数に應じて一ケ月一坪につき金十二銭五厘の割合とし、同日より昭和十年七月三十一日までの賃料はこれを免除するとの約旨で賃貸した。そこで原告が訴外山上九三郎に右土地を測量さした結果によると右土地の坪数は千百九坪四合四勺であるが、被告が訴外藤岡京一、細谷清作及び堀口治作に轉貸した坪数は合計千五十三坪二合二勺であるので賃料計算の基礎をこれにとると右土地の賃料は一ケ月金百三十一円六十五銭となる。被告は前拂賃料として金一千円を原告に支拂つたのでこれを賃料に充当すると昭和十年八月一日より昭和十一年二月末日までの賃料と翌三月分の内金七十八円四十五銭を弁済したことゝなる。ところが、被告がその後の賃料の支拂をしないので、原告は昭和十三年六月二十三日到達の書面で被告に対し昭和十一年三月分の賃料残金五十三円二十銭と同年四月一日より昭和十三年五月末日までの賃料合計金三千四百七十六円十銭を三日内に支拂うように催告したが、被告は右の期間内に支拂をしなかつたので、原告は同月二十九日被告に到達の書面で賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたから、これによつて本件賃貸借契約は昭和十三年六月二十九日に解除された。
よつて原告は被告に対し別紙目録記載の土地の明渡と、昭和十一年三月分の賃料残金五十三円二十銭と昭和十一年四月一日より昭和十三年六月二十九日まで一ケ月金百三十一円六十五銭の割合による賃料と賃貸借契約解除の日の翌日である昭和十三年六月三十日より右土地の明渡ずみまで一ケ月金百三十一円六十五銭の割合による賃料相当の損害金の支拂を求める。
仮りに右の主張が理由がないとしても、本件賃貸借は昭和十四年六月二十五日解約によつて終了したものである。即ち、別紙目録記載の土地は原告寺院の所有であるから、明治六年太政官布告第二四九号、明治九年教部省達第三号、民法第六〇二條により、これを処分するとか若しくはこれについて五年を越える長期の賃貸借契約をするには主務官廳の許可と檀徒総代の同意を必要とするものであるところ、本件賃貸借契約は原告代表者である住職がこのような許可も同意も得ずにしたものであるから、その賃貸借の期間は五年を越えないものといわねばならない。そして寺院所有地には借地法の適用はなく、本件賃貸借には期間の定めがないのであるから何時でも一ケ年の告知期間を置いて解約の申入をし得るのである。よつて原告は昭和十三年六月二十四日到達の書面で被告に対し解約の申入をしたので右書面到達の日の翌日である同年六月二十五日より起算して一ケ年を経過した昭和十四年六月二十四日限り本件賃貸借は解約により終了した。よつて、原告は被告に対し別紙目録記載の土地の明渡と、昭和十一年三月分の賃料残金五十三円二十銭と昭和十一年四月一日より昭和十四年六月二十四日まで一ケ月金百三十一円六十五銭の割合の賃料と同月二十五日より右土地の明渡ずみまで右と同割合による賃料相当損害金の支拂を求める。
仮に以上の主張がいずれも理由がないとしても、本件賃貸借は昭和十四年十月三十一日限り期間の満了によつて終了した。本件賃貸借契約は前記のように処分の権限のないものがしたのであるから期間は五年といわねばならないから賃貸した日である昭和九年十月三十一日より五年を経過した昭和十四年十月三十一日限り、本件賃貸借は期間満了により終了した。よつて原告は被告に対して別紙目録記載の土地の明渡と、昭和十一年三月分の賃料残金五十三円二十銭及び昭和十一年四月一日より昭和十四年十月三十一日まで一ケ月金百三十一円六十五銭の割合の賃料、同年十一月一日より右土地の明渡ずみまで右と同割合による賃料相当損害金の支拂を求める。」と述べ、
被告の抗弁に対し「本件土地を被告に賃貸する際土地の一部の轉貸を許容したこと及び原告が被告に対しその主張のような訴を提起しこれに敗訴したことは認めるが道路敷になる部分の土地の賃料を免除する旨を約したとの点は否認する。その余の事実は知らぬ。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として「原告の主張事実中、被告が原告より原告主張の日に原告所有の原告主張の土地を賃料一ケ月一坪につき金十二銭五厘で賃借したこと、賃料の前拂として金千円を支拂つたことは認めるがその余の事実は否認する。」と述べ、
抗弁としてつぎのように述べた。「被告が右の土地を賃借する際原告は私設道路敷は勿論府道敷となる部分の土地についても賃料はとらない。被告が右の土地を建物所有のため他人に轉貸するも異議を述べぬと約束した。そこで被告が右の土地を実測したところその面積は道路敷を除いて合計九百五十二坪一合六勺であつたから賃料は約旨の坪当り金十二銭五厘の割合で計算して一ケ月につき金百十九円二銭である。」
被告は右土地を借受けると直ちに多額の費用を投じて地上げをし、昭和十年一月二十五日右土地の内三百坪を訴外藤岡京一に賃料一ケ月一坪につき金十八銭、ついで同年二月十二日、四百五十一坪九合を訴外堀口治作、細谷清作の両名に一ケ月一坪につき金十五銭五厘の約定で孰れも建物敷地として轉貸した。ところが、訴外藤岡が轉借地上に建物の建築をはじめたところ、原告は昭和十年三月五日同訴外人に対し轉借地上の建築工事を差止めその土地の占有を解き執行吏に保管をさす旨の仮処分を執行し、同月二十日被告に対し書面で本件賃貸借契約は被告の詐欺に基くものであるから取消すとの意思表示をし、ついで同年四月二日不法にも大阪地方裁判所に被告と同訴外人を共同被告として、被告に対しては詐欺による契約取消を原因とする右土地の明渡、同訴外人に対しては建物收去を求める訴を提起し、(この訴訟において原告は第一、二審とも敗訴の本案判決を受け昭和十三年六月三日上告棄却の判決の言渡により確定した)訴外細谷、堀口に対しても、被告に右の訴を提起した旨を告知し、同訴外人等の家屋建築認可申請に敷地所有者としての承諾を拒み、轉借地上の建築を不能にするなど被告が轉貸による右訴外人等に対する義務の履行を妨害して被告に対する賃貸人としての義務を履行しないのであるから被告は原告に対し賃料支拂の義務がない。從つて、賃料不拂を原因とする原告の賃貸借解除の意思表示は無効である。よつて、解除を前提とする原告の土地明渡を求める本訴請求は失当である。
一歩をゆづつて、仮に被告に賃料支拂の義務があるとしても(一)前記のような原告の妨害がなければ、被告は訴外藤岡京一より昭和十年二月一日より昭和十三年六月四日に至る間轉貸地三百坪に対する一ケ月一坪金十八銭の割合による賃料合計金二千百六十円を、訴外細谷清作、堀口治作の両名より昭和十年二月十二日より昭和十三年六月四日に至る間轉貸地四百五十一坪九合に対する一ケ月一坪金十五銭五厘の割合により賃料合計金二千七百八十二円九十六銭をそれぞれ受け得たのであるが、原告の妨害によつてこれ等を得ることができなくなつたから、原告は被告のこうむつた右の損害を賠償する義務がある。(二)被告は本件賃借地に金一千八百四十二円五十銭を支出して平均一尺五寸の盛土をしたので水田は変じて立派な宅地となり支出額以上に地價は増加し、その利益は現存するから、原告は被告に対し被告の右支出額を不当利得として返還する義務がある。それで被告は昭和十年三月末日原告にこれが返還を請求した。(三)被告は前述の原告が昭和十年四月二日に提起した不法な訴に應じ、第一審で勝訴してより昭和十三年六月三日原告の上告棄却の判決を受けるまで満三年の間多大の費用を支出したばかりでなくその間にこうむつた心神の苦痛は甚大であるから、原告は被告の苦痛を慰藉するに足りる金員を支拂う義務がある。而して慰藉料の額は、被告が右の訴訟のために弁護士の報酬その他、訴訟費用として対手方より弁済を受け得ない雜費等合計金二千五百円を要したことを参酌して金参千円を相当とする。
以上の(一)乃至(三)の合計金九千七百八十五円四十六銭は原告に請求し得る金額であるから、被告は昭和十三年六月二十五日書面で原告に対し右の金額と原告請求の賃料とをその対当額で相殺する旨の意思表示をした。よつてこの点よりするも被告に賃料支拂の義務はないから、相殺の意思表示をした日以後にした賃料不拂を原因とする原告の賃貸借解除の意思表示は無効である。
原告主張の予備的請求原因事実中、本件賃貸借の目的である土地が寺院の所有地であることは認めるが、契約締結の際原告代表者たる住職は監督官廳の許可及び檀徒総代の同意を得たものである。原告主張の日に解約の意思表示があつたことは否認する。
仮に監督官廳の許可又は檀徒総代の同意がなかつたとしても本件賃貸借は五年毎に賃料を改定して更新する約旨であつて、かかる契約は有効であつて賃貸人の任意の解約の意思表示によつて消滅するものではない。また仮に右のような約旨でも明治六年太政官布告第二四九号明治九年教部省達第三号に所謂処分行爲に包含せられる長期賃貸借であるとしても、監督官廳の許可があれば有効なのであるから自ら契約を締結した賃貸期間内であるから原告は官廳の許可を得るに必要な手続をする義務があるわけであつて、自らこの義務の履行を怠つている原告には解約権はないものといわなければならない。これを要するに原告の本訴請求はいずれの点からしても失当である。」と述べた。<立証省略>
当裁判所は職権を以て原告代表者宮田乘愼本人(第二回)及び被告本人(第二回)を訊問した。
三、理 由
原告が昭和九年十月三十一日原告所有の別紙目録記載の土地を建物所有のため期間を定めず賃料は新めて実測の上その坪数に應じて一ケ月一坪につき金十二銭五厘と定め、同日より昭和十年七月三十一日までの賃料はこれを免除する約旨で被告に賃貸し、被告から前拂賃料として金千円を受取つたことは当事者間に爭がない。乙第四号証、証人東條義一の証言及び被告本人(第一回)訊問の結果によると被告は從來他人の所有地を賃借し、これを他に分割轉貸することを業としてきた者であつて原告が本件土地を一括して賃貸する意思があることを聞き同様の目的で賃借方を申出たもので被告が借受けたらこれを他に轉貸することは当初から原告において了解していたものであることが認められる。この点に関する原告本人(第二回)訊問の結果は信用できない。從つて本件賃貸借においては当初から原告は暗黙に轉貸につき承諾していたものであると認めるを相当とする。
よつて原告主張の契約解除の適否について判断しよう。成立に爭のない甲第一、二号証によれば原告が被告に対しその主張のような賃料催告及び契約解除の意思表示をしたことはこれを認めることができる。しかし、成立に爭のない甲第六号乃至第八号証、乙第五号証と被告本人(第一、二回)訊問の結果を考えあわせると被告は昭和十年一月二十五日訴外藤岡京一に本件賃借地の内三百坪を賃料一ケ月一坪につき金十八銭で、ついで同年二月十二日訴外堀口治作、細谷清作の両名に残りの全部七百五十三坪二合二勺を一ケ月一坪につき金十五銭五厘で賃貸し、訴外藤岡が右轉借地上に工場建物三棟を建築したところ、原告は同訴外人を被申請人として大阪地方裁判所に右土地及び建物に対する仮処分を申請し、同年三月五日被申請人の右土地に対する占有を解き申請人の委任する執行吏にこれを保管せしめる。執行吏は右工場三棟の建物の保存に必要な工事施行のためにのみ右土地を使用せしめることができる旨の仮処分決定を得、ついで同年同月頃大阪地方裁判所に被告と同訴外人とを共同被告として被告に対しては原告は本件土地を被告が自ら借家を建築し工場は建設しないこと、正確な坪数は直ちに測量の上確定し公正証書を作成する約旨で被告に賃貸したのに、被告は坪数が不足していると言つて公正証書を作らず自らは一軒の借家も建築せず右土地の全部を他に轉貸し訴外藤岡をして右地上に工場を建築さしたばかりでなく、後になつて原告に賃料の減額を承認せしめようとしたことがあるが、これは被告の詐欺であると主張し詐欺による賃貸借契約取消を原因とする本件土地全部の明渡を、同訴外人に対しては建物收去を求める訴訟を提起したので同訴外人は右土地及び建物を使用する必要上余義なく同年七月一日右訴訟において原告と同訴外人は轉借地上に建築した建物及び附属物一切を原告に贈與し、原告はこれを同日より五年間賃料一ケ月金三十六円で同訴外人に賃貸し、五年間に原告が右建物につき支拂つた家屋税その他の税金を同訴外人が原告に支拂えば原告は右建物の附属物一切を同訴外人に贈與する旨の裁判上の和解をし、また訴外細谷、堀口は轉借地の内四百五十一坪九合の土地に建物を建築しようとしたが、原告が建築認可申請に土地所有者としての承諾を拒んだため目的を達せず、ためにやむを得ず残りの轉借地三百一坪三合二勺についてはこれに建物を建築する必要上昭和十年五月二十四日直接原告と賃貸借契約をむすばざるを得なかつたことが認められる。ところが原告は被告に対する前記訴訟において第一、二、三審とも敗訴し、この判決が昭和十三年六月三日上告審判決の言渡により確定したことは当事者間に爭がない。されば、原告は賃貸人として賃借人たる被告をして賃借地につき契約の趣旨に副つた使用收益を爲さしめる義務があるに拘らず、被告が賃貸借契約の趣旨に從つて選んだ轉貸の方法による被告の使用收益を以上認定の通り昭和十年三月五日以降終始手段をつくして全面的に妨害し去つているのであるから被告はその間土地使用の対價たる賃料支拂の義務はないものといわねばならない。從つて原告より被告に対する前認定の右の期間に亘る契約解除の意思表示もまた効力発生の余地がないのであるから、この契約解除を前提とする本訴請求は失当である。
つぎに予備的請求について判断しよう。本件賃貸借の目的たる土地が寺院である原告所有のいわゆる境外地であることは当事者間に爭がない。そして本件契約当時において寺院所有の土地については国家が後見的にその財産を保護せんとして、後記の太政官布告等古くからその処分に一定の制限を加えた保護法規があつたけれども、それらの保護法規の趣旨から考えても、それらの制限に服することと借地法の適用を受けることとは少しも矛盾するところはない。寺院所有地についても当然借地法の適用があるからこそ、建物所有を目的とする寺院所有土地の賃貸借についてはこれを前提として明治六年太政官布告第二四九号などを解釈する必要があるに至つた結果、かかる賃貸借は当然「処分」と同視され、土地処分の制限規定に服するものと解せざるを得なくなつたのである。すなわち、借地法のもとにおいては建物所有を目的としながら民法第六〇二條に定めるような五年未満の期間を定めた土地の賃貸借というものが認められなくなつたため右太政官布告の定める寺院財産処分のための手続を経ずには寺院所有の土地を建物所有の目的で賃貸借する余地がなくなつたわけである。そのほかに寺院をその所有土地の賃貸人となつた後においても、寺院以外の土地所有者たる賃貸人にくらべて特権的に保護し借地権者保護のための借地法の適用を免れしめるような趣旨は太政官布告など寺院財産の保護法規のどこにも見出すことはできない。
本件についてこれを見れば、賃貸借の目的たる土地が借地法施行区域内の土地であることは明らかであり、本件賃貸借契約に期間の定めがないことは前に認定したところであり、建物の種類と構造を定めたことはこれを認めるに足る証拠は何もないので堅固な建物以外の建物の所有を目的としたものとみなすべく、從つてその存続期間は三十年を限度として建物の朽廃するまでであるといわねばならない。(ただ本件賃貸借と右にあげた太政官布告などとの関係はどうであろうか。右に論定したように建物所有のための寺院所有土地の賃貸借には、明治六年太政官布告第二四九号、明治九年教部省達第三号により監督官廳の許可と檀徒総代の同意を要し、これがなければ契約は無効であるといわなければならないのであるところ、本件賃貸借についてこれを得たことはこれを認めるに足る証拠がない。しかしながら、原告は前に詐欺による取消を主張して被告に対し土地の明渡を求める訴を提起し、この訴訟において敗訴の本案判決を受け昭和十三年六月三日上告棄却の判決の言渡しにより確定したことは認定の通りであるから、原告は前訴判決の既判力の関係上この無効を主張することは法律上できないわけである。)從つて本件賃貸借に借地法の適用のないことを前提とし期間の定めのない賃貸借として民法による解約を原因とし、また賃貸借の期間を五年としての期間の満了を原因とする原告の予備的請求がすべてとるに足らないことは以上の説明で明かであろう。
以上に判示した通り本件賃貸借は今なお有効に存続するのであるから、原告の土地明渡及び損害金の請求は失当であるのみならず賃料請求部分についても冐頭に判示したように原告は賃貸人としての義務を自ら履行していないのであるからこれが対價たる賃料の請求はこれまた失当であるといわなければならない。
よつて原告の本訴請求はいずれもこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)