大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)692号・昭24年(ワ)159号 判決
原告 大阪農具製造株式会社
被告 田所農機株式会社 外一名
一、主 文
被告等は原告に対し夫々別紙記載の謝罪広告を「田所式製縄機」の各文字及び原被告の氏名商号は五号活字其の余は六号活字を以て朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、西日本新聞、高知新聞に一回宛掲載することを命ずる。
謝罪広告に関する原告の其の余の請求は孰れも之を棄却する。
被告会社は原告に対し「株式会社大阪農具商会」と同一若くは類似の商号及び「田所式」「元祖田所式」「本家元祖田所式」と同一若くは類似の商標を其の製造販売する製縄機、其の営業用看板、広告、型録、其の他印刷物に使用してはならない。
訴訟費用は被告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し夫々別紙記載の謝罪広告を主文第一項記載の各新聞に四号活字を以て一回宛掲載することを命ずる。」及び主文第三、四項同旨の判決を求め、其の請求の原因として「原告会社は被告田所清次及び其の長男田所稲実が昭和十三年迄個人営業組織で大阪市北区茶屋町三十八番地の二に於て経営していた大阪農具商会の営業を根幹とし、同年五月二十四日農機具の製造販売を目的として資本金三十万円で設立されたものであつて、当時同人等の個人所有であつた工場並に営業所に使用の土地建物及び機械工具営業用材料商品特許権実用新案権商標権等の営業財産全部を現物出資の形式を以て原告会社に譲渡し、之に対する代償として金五十円払込済の株式合計四千七百三十株を取得して同人等は従来の個人営業を廃し田所清次は原告会社の社長、田所稲実は専務取締役に就任した。而して原告会社は其の創立以来鋭意品質の改良と販売宣伝に努力した結果其の製造に係る田所式製縄機の優秀なことは業界に於て広く認められ其の工場は商工、農林両省の指定工場に選定を受け其の生産高は全国同業者中の首位を占め、販路も全国一円に及ぶ盛況にある。而して「田所式」の名称は前示個人営業当時よりの商標を其の儘継承して使用しているのであるが、多年の使用と宣伝努力の結果品質の優秀と相俟つて名声を博し商工農林両省其の他の官公庁農業会及び各需要家の間に著名の名称となり、「田所式」と謂えば直ちに原告会社の製品と認識される実情にあり、昭和二十一年十二月三十一日其の登録出願を為し、昭和二十三年十一月二日特許局に於て原告の商標として登録された。一方被告田所清次及び訴外田所稲実は終戦前其の所有の株式を他に譲渡して原告会社の重役の地位を退いたが、被告田所清次は昭和二十二年九月頃から郷里である肩書自宅に於て再び製縄機の製造を始め、又田所稲実は昭和二十三年二月被告会社(当初の商号株式会社大阪農具商会)を設立して其の代表取締役となつて之亦同種の営業を始めるに際し、孰れも原告会社の前記著名商標を不正に利用する目的を以て「元祖田所式」又は「本家元祖田所式」等の文字を製縄機に使用して販売し原告会社に多大の迷惑をかけた為原告会社は被告等に対し、右商標使用の差止めの仮処分及び本案訴訟を提起した為被告等は「田所式」の商標を「田所清次式」に変更して使用することとなつたが、其の変更に際し被告田所清次は昭和二十三年八月二十九日附朝日新聞紙上に掲載の広告中に「拙者が我国最初に製縄機を発明してより爾来五十年田所式と銘し好評赫々たり。戦後各地に模造偽造機出現して需要者を惑しむ。依りて拙者製品は上記の銘柄を巻取太鼓に記す。乞う、田所清次の四字に御注意を」との記載を為し、故意に原告会社の製品が模造偽造機であるような印象を一般取引者需要者に与える広告を掲載し、原告会社の製品の名声を著しく傷けた。之と相俟つて被告会社も亦「今まで永年田所式の銘柄の下に販売致し居り候処戦後田所式と称する成績余りかんばしからざる製縄機が諸所に出現致し居り候今後田所清次式と改称仕り数ケ所を改良致し成績著しく向上致居候以て今後改称銘柄にて御販売願度候。因みに田所式製縄機発明創始者田所清次及其一族と大阪農具製造株式会社とは技術的資本的にも一切関係無之候間御諒承願上候」との文言の記載ある印刷文書を日本全国の原告会社販売店代理店等へ発送したが、此の文言中「田所式と称する成績余りかんばしからざる製縄機」とは原告会社の製品を指すことは右の末尾の「因みに」云々の文言と対照して容易に推測し得るところであるばかりでなく、当時製縄機に「田所式」の名称を使つていたのは被告等を除き原告会社の外に無かつたのであるから、之により原告の製品の名声を著しく傷けたものである。更に被告会社は昭和二十四年一月十四日附農業タイムズ紙上広告にも「最近単に田所式と称する類似品あり、清次なる商標に乞御注意」との記載をして居り此の「単に田所式と称する類似品」なる語句も原告の製造販売する「田所式」製縄機を指している事は明で、恰も原告の製造販売に係る「田所式」製縄機が被告会社の製品の偽物であるかのような印象を一般需要者に与え原告会社の信用と製品の名声を著しく傷けた。尚原告会社の商号は原告自ら及び取引先共に之を「大阪農具」と略称して取引先及び需要者に広く認識され、商号の主要な構成部分を為しているのであるが、田所稲実は右の事実を熟知し乍ら被告会社の最初の商号に前示の如く「株式会社大阪農具商会」の名称を用い昭和二十二年十一月中被告会社肩書地に於て「元祖田所式製縄機製造元株式会社大阪農具商会」の看板を掲げ、日本全国の原告会社の取引先に対しても、戦前迄製造していた田所式製縄機を右肩書地の工場に於て製造再開する旨の挨拶状を発送した為各取引先に於て原告会社と混同誤認された事が頻々と発生し、中には原告会社の営業所が新設された如く錯覚して被告会社に注文したものもある状態の為原告より仮処分申請を為した結果、昭和二十三年八月三日被告会社は現商号に変更の手続を為したが、右の如き状況にては将来被告会社が再び商号を変更する虞れもあり、又同会社が「田所式」の商標と同一又は類似の商標を使用することも禁止する必要がある。
以上の次第であるから、茲に被告等に対し各別紙記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、西日本新聞、高知新聞に四号活字を以て掲載することを求めると共に被告会社に対し「株式会社大阪農具商会」と同一若くは類似の商号の使用禁止並に「田所式」「元祖田所式」「本家元祖田所式」と同一若くは類似の商標を其の製造販売する製縄機、及び其の営業用看板広告、型録、其の他の印刷物に使用することの禁止の判決を求めると陳述し、被告等主張事実を否認した。<立証省略>
被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実中被告田所清次及び長男稲実が昭和十三年迄個人営業組織の下に大阪市北区茶屋町に於て経営していた大阪農具商会の営業を根幹として原告会社を設立し、右両名が夫々会社重役の地位に就いたこと、原告が田所式の商標に付特許局で登録を受けたこと、被告清次及び田所稲実が戦争中原告会社の株式を他に譲渡して重役の地位を退いたこと、被告清次及び昭和二十三年二月設立された被告会社が終戦後同種の営業を始め原告主張の商標を使用したこと、同会社の最初の代表取締役が右稲実であつたこと及び其の商号変更の事実並に被告等が夫々原告主張の広告、若くは挨拶状を掲載発送した事実は認めるが其の余は否認する。
原告会社の設立当時被告田所清次の所有した特許権実用新案権は八十余種類に及び、原告会社に譲渡したものは其の内僅かに九種類にすぎないのであつて田所式なる名称を附した左記の特許権及び実用新案権は孰れも自己に保有して置いたものである。
(甲) 特許権
特許番号 特許年月日 特許名称
(イ) 第一四六五七号 明治四十一年七月二日 田所式改良製縄機
(ロ) 第二〇一二〇号 明治四十四年六月十日 田所式自動藁給製縄機
(ハ) 第二一三三二号 明治四十四年十二月二十二日 第二田所式自動藁給製縄機
(乙) 実用新案権
登録番号 登録年月日 登録名称
(ニ) 第八七八一号 明治四十一年四月二十九日 田所式製縄機
(ホ) 第九九七五号 明治四十一年八月五日 田所式改良製縄機
(ヘ) 第九九七六号 同日 田所式最新式製縄機
而して被告清次及び田所稲実は原告会社設立当時香川県其の他にも工場を所有し、全国各地に特約店を持つて製造販売を為しつつあつたもので、個人営業を廃した如き事実は毛頭なく、唯大阪市内茶屋町の営業所及び之に附随する工場の財産のみを出資したに過ぎず、原告会社が田所式又は元祖田所式の標章を使用することは事実上之を許容したのみであつて、会社設立の際被告等が此の標章を自ら使用することを廃止する旨の約定を為した事実も無かつた。被告清次等は原告会社設立後も引続き製縄機の改良考案を重ね、既に数種の実用新案権の登録を受け現在に於ても登録出願中のものも四種を数える位であつて、田所式なる名称の使用権を放棄した如き事実は無い。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張事実中被告田所清次及び其の長男である訴外田所稲実が昭和十三年迄大阪市北区茶屋町に於て、大阪農具商会の商号の下に製縄機の製造販売業を営んで来たが、同年五月二十四日右営業を根幹として原告会社が設立され被告清次は其の取締役社長、田所稲実は専務取締役に就任したことは当事者間に争が無く、成立に争の無い甲第十二乃至第十四号証の各一、二第十五号証の四及び証人岸本啓之亮の証言を綜合すれば、被告田所清次及び訴外田所稲実は夫々其の所有に係る特許権実用新案権其の他営業用動産不動産を出資して株式の割当を受け、従前同人等が個人営業当時使用していた「田所式」の標章は、未登録の儘原告会社に引継がれ同会社に於て其の使用を継続した事実を認定することが出来る。而して原告会社設立に際し、被告田所清次は取締役社長、訴外稲実は専務取締役に就任したが終戦以前に其の所有株式を他に譲渡して、孰れも其の地位を退いた事実並に原告が昭和二十一年十二月三十一日「田所式」の文字より成る商標に付て登録出願を為し、昭和二十三年十一月二日登録手続が完了したこと、被告田所清次が昭和二十二年以降肩書住所に於て「田所式」の商標を使用して農機具の製造販売業を営み、又被告会社が右稲実等により昭和二十三年二月設立され当初は株式会社大阪農具商会なる商号の下に同種の営業を開始し同年八月三日現商号に変更したことは孰れも当事者間に争が無い。
次に被告田所清次が昭和二十三年八月二十九日附朝日新聞紙上に「拙者が我国最初に云々」との原告主張通りの文言の広告を掲載し、又被告会社が其の頃「今まで永年田所式の銘柄の下に云々」との原告主張の印刷文書を各地の原告会社販売店代理店に発送すると共に昭和二十四年一月十四日附農業タイムズ紙上にも「最近単に田所式云々」との原告主張の広告を掲載した事実は総て被告等の認めるところである。而して原告は右の各広告及び挨拶状は孰れも原告の製品の名声を故意に傷けるものであると主張するのに対し、被告等は原告会社の設立当時被告田所清次等の所有した特許権実用新案権は原告会社に譲渡したもの以外に数十種類を数え、右設立以後に於ても香川県其の他に工場を所有して営業を継続したのであつて、個人営業を廃止し若くは「田所式」の名称の使用権を放棄した訳ではないと主張するのであるが、成立に争の無い乙第六、七号証を綜合すると、右田所稲実の実弟立実が原告会社の設立後高知県香美郡に於て被告田所清次及び右稲実の援助の下に、田所式の商標を使用して約二年間同種の営業を為した後、之を中止した事実は認められるが、他に被告清次等が終戦迄の間全国いずれの土地に於ても原告会社と無関係に此の営業を為した事実は之を認めるに足る何等の証拠も無い。又右乙第六号証中には証人田村寅幸の証言として被告田所清次は其の所有の特許権を同人等が会社に関係を有する期間のみ使用を許容する旨を述べて発起人間にも諒解済であつたと供述するが、之は到底信用出来ず、要するに右設立の際は被告清次等は従来の個人営業を挙げて其の儘会社組織に移し自ら其の重要な地位についたのであつて、田所立実が高知県に於て同種の営業を為すことも其の当時の状況の下に於ては何等問題とならず、又被告清次等に於ても特に個人として商標の使用を廃止する意思表示を為したわけでもなかつたが、将来同人等が原告会社と関係を断つ如きことは全く考慮しなかつたため、斯様な場合に付ては何等の約定を為さなかつたものであり、其の後終戦に近い頃被告等が原告会社より、退いた当時は平和産業は極度に衰微していたときとて之亦商標の使用の問題に付ては何等の約定も無かつたものと認めるのが相当である。即ち被告清次等が自己の個人営業を一切会社組織に移した後右会社を退社するに当つては何等商標使用の権利を自己に保留する手続をとらなかつたのであるから、被告会社は勿論被告清次も原告会社の田所式製縄機の製造販売の営業を妨害することは許されないものと謂う外は無く、又被告主張に係る(甲)(乙)の各権利に付ては商標権の更新登録の手続があつたことの主張立証が無いので、孰れもすでに存続期間の満了により消滅したものと認めるのが相当であるばかりでなく、被告等が他に特許権実用新案権を有したとの一事は何等叙上の認定を左右するに足るものと認め難い。一方成立に争の無い甲第二号証第五号証の一乃至五、当裁判所が真正に成立したと認める甲第三、四号証を綜合すれば、原告会社は其の設立以来田所式製縄機の製造販売に従事して業界に知られ終戦後も引続き営業を継続して、昭和二十一年五月より十一月迄兵庫徳島佐賀岡山島根の各県の全国農機具共進会農機具展示実演会に於て賞状褒賞を受領して居り、関係官庁業界需要者に於て弘く認識されていた事実が認められるから、元原告会社の重役の地位にあつた被告田所清次及び訴外田所稲実も昭和二十二年に高知県に於て、個人営業を再開するに当つては右の事実を知つていたものと認定するのが相当であり、被告会社の設立当初の代表取締役が右田所稲実であつた事実は当事者間に争が無い。所が被告田所清次の掲載に係る前記朝日新聞紙上の広告記事は先に認定した通り、同被告が最初に製縄機を発明して以来五十年間田所式と銘して好評を博している旨恰も自己が引続き個人営業を続けて来たかの如き記載を為しているのであつて、同被告の個人営業を其の儘会社組織に改め、而も此の会社とも関係を断つて、昭和十三年以来個人としては全く営業を営んでいなかつた前段認定の事実関係を不当に歪曲するものであり、之に続いて戦後各地に模造偽造機が出現して需要者を惑しめている旨の記載を為したことは本件当事者双方以外に田所式製縄機を製作するもののなかつたこと口頭弁論の全趣旨により明白である以上、原告会社の製品を模造偽造機と呼称したものと謂うの外は無い。
更に被告会社の発送したものであること当事者間に争の無い「今まで永年云々」の文言も、其の冒頭の永年田所式の銘柄の下に販売していたとの部分は終戦後に始めて設立された被告会社としては事実に合致しないこと勿論であるばかりでなく、之に続いて戦後田所式と称する成績余りかんばしからざる製縄機が諸所に出現しているとの記載は其の末尾に原告会社の商号を明示して之と技術的資本的に一切無関係である旨を記載した部分迄を通読するときは、原告会社の製品の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布したものと認めなければならない。被告会社が昭和二十四年一月十四日附農業タイムズ紙上に掲載したこと当事者間に争の無い「最近単に田所式と称する類似品」がある旨の記事も亦同様の理由により前記虚偽の事実の流布と認定する。而して叙上の各事実関係の下に於ては被告田所清次及び被告会社には共に不正競争防止法第一条第一項に所謂不正競争の目的があつたものと認定するのが相当であるから、被告等は同法第一条第一項第四号第二項により原告会社の営業上の信用を回復するに必要な処置として新聞紙上に謝罪広告を掲載する義務があるものと謂わねばならない。
而して其の掲載すべき広告記事としては原告の求める通り夫々別紙記載の文案が相当であり、之を掲載すべき新聞としては、原告会社の取引先が前に認定した通り、全国各地に亘つていること及び被告田所清次の住所が高知県であることより、原告の請求通りの五種の新聞を選定する。但し広告の活字の大きさの点に付ては現下の各新聞紙の発行頁数より考察して原告の四号活字による掲載請求は過大に失し、「田所式製縄機」の文字及び原被告の各氏名商号は五号活字其の余は六号活字によるを相当と認め、原告の本件謝罪広告の請求は右の限度に於て正当として認容し、其の余は失当として之を棄却する。
進んで被告会社に対する商号及び商標使用禁止の請求に付て考えると、「田所式製縄機」なる商標が昭和二十三年十一月二日特許局に於て原告の為登録されたことは先に認定した通りであるから原告が其の専用権を有すること勿論であり、又被告会社の当初の商号たる「株式会社大阪農具商会」なる商号は原告のそれと「大阪農具」なる主要部分が同一で彼此混同し易く、而して被告会社が此の商号を選定したことに付ては、右に不正競争防止法の適用に付て考察したと同一の理由により商法第二十条第一項に所謂不正の競争の目的を以て類似の商号を使用する場合に該当するものと認むべきであるから、原告は其の使用の差止請求権を有するものである。従て原告より被告会社に対する本件商号及び商標使用禁止の請求の部分はすべて正当として認容すべきである。
仍て訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 沢井種雄)
謝罪広告
「田所式」製縄機の銘柄は貴社の登録商標であり貴社創立以来多年の間使用せられ貴社の商標として業界並びに需要者間に著名であることを知り乍ら私共に於いて印刷物及び新聞広告に貴社の「田所式」製縄機が恰も粗悪品であるような印象を与える宣伝をして貴社の商品の名声を傷け且つ貴社の信用を毀損したことは誠に申訳ありません今後は絶対に斯様な不徳義な事は致しませんことを誓います。
昭和 年 月 日
大阪市天王寺区小橋東之町五十三番地
田所農機株式会社
代表取締役 綛谷正一
大阪府豊能郡庄内町牛立
大阪農具製造株式会社 御中
謝罪広告
「田所式」製縄機の銘柄は貴社の登録商標であり貴社創立以来多年の間使用せられ貴社の商標として業界並びに需要者間に著名であることを知り乍ら私共に於て新聞広告等に於いて貴社の田所式製縄機が恰も粗悪な偽造品であるような印象を与える宣伝をして貴社の商品の名声を傷け且つ貴社の信用を毀損したことは誠に申訳ありません今後は絶対に斯様な不徳義な事は致しませんことを誓います。
昭和 年 月 日
高知県後免町
田所農機製造所
田所清次
大阪府豊能郡庄内町牛立
大阪農具製造株式会社 御中