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大阪地方裁判所 昭和23年(行)83号 判決 1955年12月24日

原告 大谷幸左衛門

被告 松原市南地区農業委員会・国

主文

一、被告松原市南地区農業委員会との間において、大阪府中河内郡松原町農地委員会が、別紙物件表記載の土地中二ないし六の土地五筆について定めた農地買収計画を取消し、その買収計画について原告の異議の申立を却下した決定の無効であることを確認する。

二、被告国との間において、大阪府農地委員会が、前項の土地五筆につき、前項の買収計画についての原告の訴願を棄却した裁決および大阪府知事が、前項の土地五筆についてした買収処分はいずれも無効であることを確認する。

三、本訴のうち、被告松原市南地区農業委員会に対し、政府の買収の取消をもとめる部分、政府の買収、買収計画、公告、裁決、承認、買収令書の発行がそれぞれ無効であることの確認をもとめる部分、被告国に対し、政府の買収、買収計画、公告、異議を却下した決定、承認がそれぞれ無効であることの確認をもとめる部分は、いずれも却下する。

四、原告の請求のうち、別紙物件表記載の土地のうちの一の土地一筆について、被告松原市南地区農業委員会に対し、大阪府中河内郡松原町農地委員会の定めた農地買収計画の取消および同委員会がその買収計画に対する原告の異議の申立を却下した決定が無効であることの確認をもとめる部分、被告国に対し、大阪府農地委員会が右買収計画につき原告の訴願を棄却した裁決および大阪府知事が右の土地一筆についてした買収処分がいずれも無効であることの確認をもとめる部分はいずれも棄却する。

五、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「松原町農地委員会が、別紙物件表記載の土地について定めた買収計画および右買収計画に基く政府の買収を取消す。各被告は、前項の買収の無効なること、および前項の買収計画、これに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書発行の無効なることを確認すべし。訴訟費用は各被告の負担とする」との趣旨の判決をもとめ、その請求原因として、つぎの通り述べた。

「松原町農地委員会(被告委員会)は、昭和二二年九月二二日、原告所有の別紙物件表記載の土地(本件土地)について、自作農創設特別措置法(自作法)にもとずき、農地買収計画を定め、原告がこれについて異議を申立てたのに対し、その異議を却下する旨の決定をしたので、原告は大阪府農地委員会に訴願をしたが、同委員会はその訴願を棄却する旨の裁決をし、その裁決書は昭和二三年四月一日原告に送達された。大阪府農地委員会は、右買収計画を承認し、大阪府知事は、右買収計画にもとずいて、買収令書を発行し、原告は昭和二四年五月二四日その買収令書を受領した。

一、しかし、右買収計画は、まず、つぎの点で違法である。

本件土地は、近畿日本鉄道河内松原駅前にあつて、住宅地に囲まれ、原告が附近の地主と共同して、幅二間の道路を開設し、家屋を切取り、橋をかけなど、住宅街建設のための諸設備を施して、何時でも住宅の建設ができるようになつていた。

原告が、本件土地の存する松原町に居住せず、また本件土地が小作地であることは争わないが、強いて作物を植付けるから農地となるだけのことであつて、右の通り宅地の形態をそなえた本件土地を農地としてまた農地の価格をもつて買収せんとするのは違法である。農地だとしても、近く宅地とするのを相当として、買収から除外すべきである。

二、つぎに、右買収計画、その公告、異議却下決定、裁決、承認、政府の買収および買収令書の発行には、次の点の違法がある。

(一)  買収計画

(1)  右買収計画を定めた昭和二二年九月二二日の被告委員会は、議事録(乙第一号証)によれば、買収計画について「地主より保有地と取替申出の分は修正のこと」即ち地主が保有地取替の申出をすれば、買収すべき土地を変更する旨の決議をしている。かかる不確定な買収計画は無効である。

(2)  本件買収計画は被告委員会作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかし、被告委員会に備付けてある議事録によれば、右の買収計画書と一致する決議のあつたことが明認し難く、また、右買収計画書には決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画書は被告委員会の決議に基き、かつ法定の内容を具備する適式の買収計画と認めるに足りない。

(3)  買収計画書は委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書自体に、委員会の特定具体的決議に基いた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることを、その有効条件とするが、本件買収計画書には右の記載および署名がない。

(4)  買収計画書に買収の時期、公告の日、縦覧時期の記載がなく、被告委員会の印も押してなく、作成日付もない。そしてその左上部に鉛筆書きで、増加を除く修正権付なる文字が記載してある。

(二)  公告 農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。その公告は買収計画という農地委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。公告によつて買収計画に対外的効力を生じ、適法な公告があつてはじめて政府と買収利害関係人との間に買収手続という公法上の法律関係が成立するものである。

(1)  ところで、本件買収計画の公告は、被告委員会の決議に基いていない。

(2)  また、被告委員会の公告ではなくて、その会長の単独行為であり、その専断に出たものである。

(3)  公告の内容は買収計画の告知公表たるを要するにかかわらず、現実になされた公告には単にその縦覧期間を表示するにとどまる。かかる内容の公告には自作法第六条に定める公告としての要件を欠くものである。

(4)  さらに、公告に縦覧の場所の記載がなく、町役場の掲示板に掲示しなかつた。

(三)  異議却下決定 (1)原告に送致された異議却下決定は、被告委員会がこれと一致する決議をした証跡がない。また被告委員会の議事録に、これを証明するに足る記載がない。

(2)その決定書は会長単独の行為または決定の通知とは認められるが、被告委員会の審判書とみとむべき外形を備えていない。

(四)  裁決 (1)大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実はみとめるが、その議決は裁決の主文についてのみ行われ、その主文を維持する理由に関しては審議を欠く。裁決書中理由の部分は会長たる知事の作文であつて、右委員会の意思決定を証明する文書ではない。

(2)裁決書は会長たる知事の名義で作成されているが、会長が右委員会の訴願の審査および裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。故に右の裁決書は同委員会の裁決に関する意思を表示する文書ではない。

(3)裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。

(五)  承認 買収計画につき、市町村農地委員会は自作法第八条に従つて、都道府県農地委員会にその承認を申請し、都道府県農地委員会は、その買収計画に関する法律上事実上の事務処理について違法または不当の点がないか厳密に審査し、その承認を行うものである。すなわち買収計画の承認は、承認の申請に基き買収計画に関し検認許容を行う行政上の認許で、明らかに行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有することは疑の余地がない。

買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、その存在を外部に対抗し得るにいたるが、さらにこれに対する適法有効な承認があつてはじめて、その効力が完成し、ここに確定力を生じ、政府の内外に対し執行力が生ずるものである。反言すれば、買収計画という行政処分は、適法な承認のあつた時に法律上の効力の完成をみるもので、このときに買収計画は確定的客観的に存在をみるものである。

ところで(1)本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会は、今次の農地改革における各買収計画に対し法定の承認決議をした外形があるが、あるいは市町村農地委員会の適法な申請に基かないものがあり、あるいは承認の決議が訴願に対する裁決の効力発生前になされたものがあつて概して承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。

(2)本件の買収計画に対して承認の決議はあつたが、この決議に一致する大阪府農地委員会の承認書が同委員会によつて作成されていない。また被告委員会に送達告知されていない。すなわち買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠く。故に承認なる行政処分は存在しない。かりに右の決議をもつて承認があつたものとするも、かかる決議は法定の承認たる効力がない。

(六)  政府の買収および買収令書発行 (1)自作法による政府の買収という行政処分は、府県知事の買収令書の発行という、国の行政機関の文書をもつてする意思表示により具現し、その交付すなわち告知によりその対外的効力を生ずる。すなわち、政府の買収なる処分の効力は、買収令書の発行の適法なるや否やにかかる。

(2)自作法第九条によれば、買収令書の発行は、同法第八条の承認のあつたことを前提とする。故に適法な承認行為が実在し、しかも承認が効力を生じた上でなければ買収令書の発行は違法であつて無効であり、従つて政府の買収もまた無効である。

(3)政府は買収計画の定めるところにより買収を実行する。買収計画の定める買収要件と一致しない買収令書の発行は無効である。従つて政府の買収も当然無効である。

(4)本件土地についての買収令書の発行には、右の各無効原因があつて無効であり、従つて、政府の買収もまた無効である。

従つて、本件土地についての政府の買収は無効であり、また買収計画、その公告、異議却下の決定、訴願棄却の裁決、買収計画の承認、買収令書の発行は、すべて無効である。」

また、出訴期間について、つぎの通り述べた。

「買収および買収手続上の各個の行政処分が、公権私権を棄損する場合には、被害者にその処分に対する異議権(広義の取消権)が生じ、この異議権を行使するために訴権が与えられる。行政訴訟の訴訟物はこの異議権であつて、買収土地の所有権でもなければ、行政処分そのものでもない。そして出訴期間の起算点は、訴権の行使が可能となつた時である。訴権は右の異議権成立後その権利が保護の必要を生じた時から活動する。この時が訴権行使の始期であり、従つて出訴期間の起算点とすべきである。

買収計画は承認によつて完成し執行力を生ずる。故に買収計画に対する異議権は承認の時に発生する。買収計画に対する不服の訴の出訴期間は、承認なる行政処分が適法に成立した上、異議権利者がこれを知つた時をもつてその起算点とすべきである。

また、政府の買収なる行政処分は、買収令書の発行という外形事実によつてその客観性を具現する。買収令書発行の形式のもとにその表示を見、ここに成立するものであるから、政府の買収に対する不服の訴は、買収令書の発行を知つた時から、その出訴期間を起算すべきであり、普通は買収令書に発行の日を明示するので、買収令書の交付または公告の日から起算すべきものである。

本訴が出訴期間内に提起した適法な訴であることは、右によつて明らかである。」

被告等訴訟代理人は、まず被告松原市南地区農業委員会として、「原告の訴のうち買収計画の取消を求める部分を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をもとめ、つぎに本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決をもとめ、答弁として、つぎの通り述べた。

「一、被告委員会は、昭和二二年九月二二日、原告所有の本件土地を自作法第三条第一項第一号にかかげる不在地主所有の小作地たる農地として、同法による農地買収計画を定め、同日その旨を公告するとともに、翌二三日から十日間買収計画書を縦覧に供した。原告はこれについて、同年一〇月一日異議の申立をしたので、被告委員会は同月四日異議申立を却下する決定をし、原告はさらに同月二二日訴願をしたが、同年一一月二一日大阪府農地委員会はその訴願を却下する旨の裁決をし、その裁決書の謄本は昭和二三年三月三〇日原告に送達した。そして、大阪府農地委員会は、昭和二二年一二月一日右買収計画を承認し、大阪府知事は、右買収計画にもとずいて、原告に買収令書を交付した。ただ右の買収令書は、それに定めた買収の時期たる昭和二二年一二月二日より遅れて交付された。

二、出訴期間 原告が右買収計画に対し異議の申立をしたのは、昭和二二年一〇月一日であり、その時には買収計画の定められたことを知つていたのであるから、右買収計画の取消を求める原告の訴は、自作法を改正した昭和二二年法律第二四一号附則第七条第一項によつて、右法律施行の日たる昭和二二年一二月二六日から一箇月内に提起しなければならなかつたわけであり、また右附則第七条第二項によつて、買収計画を知ると否とにかかわらず、右法律施行の日から二箇月内に提起しなければならなかつたわけである。そのいずれをも過ぎ、昭和二三年四月三〇日に提起された原告の右買収計画取消の訴は、不適法として却下すべきである。

三、対価 買収計画に定めた買収の対価に不当な点があつても、その点は買収計画の効力には直接関係はない。のみならず、本件土地については、自作法第六条第三項に定める最高額を対価として定めているのであり、不当な点はない。

四、農地 本件土地の現状は、買収計画当時から、立派な農地であつて、宅地の形態などそなえてはいない。

五、自作法第五条第五号の指定

本件土地については、自作法第五条第五号に定める指定はない。その指定は買収計画とは別個独立の行政行為で、これと一個不可分の関連性はない。そして、その指定がなかつたのであるから、指定がないとして定めた右の買収計画には、それ自体に違法はない。

原告は、右買収計画の前に、被告委員会に対し、右の指定を申請したが、被告委員会は、指定すべき理由がないので、その申請を却下し、その指定をしなかつた。右の指定をするには、所有者がその農地の使用目的を近く宅地なり工場敷地などに変更する意思をもちそのための準備行為を相当に進めており、他方、土地そのものも、周囲の状況からみて、右使用目的の変更を適当とし、農地として小作人に解放するのが、かえつて非常識な状態にある場合でなければならないのであるが、本件土地についてはそのような事情がなかつたからである。

六、原告のその他の主張について

(一)  買収計画 自作法第六条によつて、買収計画においては(1)買収すべき農地、(2)買収の時期、(3)買収の対価の三つの事項を定めることが規定されている。そして、買収すべき農地については、買収要件を規定した同法第三条の関係などから、所有者の氏名および住所、農地の所在、地番、地目および面積を明確にしなければならない。

被告委員会は、本件土地の買収計画において、(1)買収すべき各個の農地につき現況と買収要件を調査し、その結果を公簿面の記載と対照した上、すべて公簿面の記載に基いて、地目、地番、面積等を定め、(2)買収の時期を昭和二二年一二月二日と定め、(3)対価について、各個の農地につき、自作法第六条第三項本文の規定に従い、土地台帳法による賃貸価格に、田にあつては四〇倍、畑にあつては四八倍の倍率を乗じた最高の額を対価として定めた。この買収計画は、被告委員会の議決によつて定められたものでその内容は買収計画書という文書によつて具体的に明確になつており、議事の経過は議事録によつて明らかになつている。

また、買収計画書には被告委員会名を記載してあり、これにより何人も被告委員会の定めた買収計画であることを認識し得る。委員会の決議に基いた旨の記載とか、その決議に関与した各委員の署名などは、必要ではない。

(二)  公告 公告は買収計画に対外的に効力を生ぜしめる行為で行政処分ではない。従つて行政訴訟の目的とはならない。

被告委員会は、自作法第六条第五項により、買収計画を定めた「旨」を公告し、同条所定の書類(買収計画書)を縦覧に供したのであつて、公告の文書は委員会代表者会長名義でした。原告が、本件買収計画の公告を無効と主張する理由は何等法令の根拠がない。

(三)  異議却下決定 被告委員会は、原告等の異議申立について委員会を開き審議の結果、異議はその理由がないので却下の決定をした。この決定は委員会の議事録によつて明らかになつている。決定書は委員会代表者会長名義で作成しているが、これは農地調整法施行令第十六条第一項によつたものである。

(四)  裁決 大阪府農地委員会は、原告等の訴願について裁決するに当り、その訴願の理由のすべてについて審議しており、従つてまた訴願を棄却した理由はすべて審議している。その議事録の記載方式については、別段法令で方式を定めていないので、議事の要旨が記載されておつて、具体的に議決された事項がわかる程度の記載があれば足りる。議決の内容として、単にその訴願を棄却する趣旨もしくは理由なしという記載をしまたはその点を別紙一覧表記載の通りという方式で記載した場合でも、議事録としては、その程度範囲の記載で何等欠くるところはない。裁決書は、委員会の議決に基いて同委員会代表者会長名義で作成した。農地調整法第一五条の一〇、同法施行令第三一条第一六条によつたものである。主文を維持する理由に関しては審議をしていないという原告の主張は誤解によるものであり、そのほか右裁決を非難して原告の主張するところは全く法令に根拠がない。

(五)  承認 府農地委員会が自作法第八条によつて行う買収計画の承認は、買収農地の所有者に対してする行政処分ではなく、買収計画を定めた市町村農地委員会に対してする行政庁相互間の内部的行為で、対外的関係における処分行為に属しない。すなわち、買収計画の承認は、行政処分ではないから、それ自体は行政訴訟の目的とはならない。

大阪府農地委員会は、本件の買収計画について、自作法第八条により、被告委員会に対し、適法有効に承認をし承認書という書面を委員会代表者会長名義で作成して承認の相手方である被告委員会に交付している。

右の承認は、自作法第八条にいう裁決をした後に行つている。同条にいう裁決は裁決たる議決の趣旨であり、裁決なる行政処分が訴願人に対して効力を生ずるのは裁決書の謄本を訴願人に送付した時であるが、裁決の相手方(訴願人)と承認の相手方(市町村農地委員会)とはまつたく異るので、承認の前提としては、裁決たる議決のあつたことをもつて居り、その議決さえあれば、裁決書の謄本を訴願人に送付する手続のいかんにかかわらず、承認を行うことができるというのが、右第八条の規定の趣旨である。

原告は、承認が裁決の効力発生前になされているから無効であるというが、自作法第八条に規定する承認と裁決との関係について解釈を誤つているものである。

(証拠省略)

理由

一、自作法による農地の買収は、市町村農地委員会、都道府県農地委員会、都道府県知事の三つの行政庁によつてなされる一連の行為すなわち手続によつて行われるもので、まず市町村農地委員会が買収計画を定め、その旨を公告するとともに買収計画書を作成して縦覧に供し、所有者から異議の申立があるとこれに対する決定をし、その決定に対し訴願があると都道府県農地委員会はこれに対する裁決をし、その後市町村農地委員会からの申請によつて買収計画の承認をし、承認のあつた買収計画にもとずいて都道府県知事は買収令書を所有者に交付し、場合によつてはこれにかえてその内容を公告する。その買収令書の交付またはそれにかわる公告(以下単に買収令書の交付という)があると、その農地について国が所有権を取得し従来の所有者の所有権が消滅する等買収の法律効果が発生することになるわけである。買収令書の交付があると右の法律効果が発生し、その交付のないうちはその法律効果は発生しない。そこで右の法律効果は買収令書の交付によつて発生するといつてもよい。(それで、以下買収令書の交付を適当に買収処分という。)ところで、右の法律効果が発生するためには、右の一連の行為がすべて法律のこれについての規定に適合して、すなわち適法になされていなければならない。いずれかの行為が違法であれば買収処分があつても右の法律効果が発生しない。法律効果が発生しないという意味で買収処分の違法ということをいうならば、それまでの各行為の違法はすべて買収処分を違法にする。すなわち、前の行為の違法をすべて買収処分が承継するということができるが買収令書の交付だけで独立して法律効果を発生させるものでないことの表現である。

さて、通常の民事訴訟において訴訟の目的が直接に現在の権利または法律関係の存否でなければならないのに対して、行政処分の取消をもとめまたはその無効の確定をもとめる訴訟においては行政処分の効力の存否が訴訟の目的となつているのであるが、しかし、実質的には結局その行政処分によつて発生消滅または変動する一定の権利または法律関係の確定がもとめられているものと考えてよい。この点からいつて、訴訟の目的たりうる行政処分はその効力の確定が、一定の権利または法律関係を直接確定するに適したものでなければならない。

そこで、これを自作法による農地買収の手続についてみると、その手続は農地の所有権の得喪とこれに附随した一連の権利の得喪という一定の法律効果に向けられた手続であつて、その手続の効力を争うことは結局実質的には右の一定の法律効果を争うことにほかならない。これを訴をもつて争う場合右の手続のうちのどの行為を行政処分としてとらえて、その効力について争うのが適当したがつて適法かといえば、買収令書の交付がこれに当ることは前にのべたところによつて明らかである。その効力が否定されることは、すなわち全手続による法律効果が否定されることであるし、そのためには手続上の各行為の適否はすべて判断を受けることになること前にのべた通りである。

買収処分のある前に、その前段階の各行為をいちいち訴訟の目的とすることは、その手続による法律効果がまだ発生する段階にいたつていないのに先走つて小きざみに、法律効果としてこれから発生すると考えられる権利の変動を争うことになり、訴訟の実質的な目的である権利ないし法律関係がまだ可能の状態にあつて現実化していないことからいつても、また、それらの各行為の効力が(たとえば有効と)確定されても、直ちに買収の法律効果が(たとえば有効と)確定されるものでもないことから考えても、前に民事訴訟の原則と対比して述べたところからいつて、一般に適当でなく、いまだ訴の目的とするに熟していないものといわねばならない。また、買収処分のあつた後は、買収処分の効力を争えば足り、各行為の効力を独立して確定する必要がないし、確定したところで、直ちに買収の効果を確定するに足りないこと右にのべた通りである。

ただ、買収計画は右の点で例外的な地位をもつ。上記の民事訴訟の原則は、裁判制度が社会の法律生活の必要に対し一定の限度で利用に応ずるその対応の仕方を形式化したもので、裁判制度を利用するに足る必要の程度を限定した形式である。その形式からもれても、必要としてはその形式に適合した場合と異らない場合もでてくるわけであつて、法律は各個にそれらをひろいあげて訴の目的とすることができる規定をおいてこれに対処しているが(たとえば文書真否確認の訴訟)法律の特別の規定のない場合にも理論的に測定して訴の目的とする必要のある場合にこれをみとめることが、制度の趣旨に合うものといわねばならない。これを買収計画についていうと、農地買収手続においては、買収計画がその中核をなし、その後の行為はその実現の過程である点から、自作法はとくにこれに対してその段階で異議の申立および訴願をすることをみとめており(かえつて買収処分に対しては異議の申立および訴願をみとめていない)、買収計画はその公告によつて、農地の権利者に現状維持の義務を生じさせるという附随的ではあるが独立した法律効果をもつている点を別にしても、買収手続の基本をなすところから考えて独立して訴の目的とすることをゆるすのが法の趣旨に合致するものということができる。そして、買収計画に対する異議の申立に対する決定および訴願に対する裁決は、買収手続におけるいわば副次的な過程で、買収計画そのものに附随した行政的救済の手続である。したがつて買収計画が訴の目的とすることができる以上、いわばその延長として、これらの処分も訴の目的とすることができるといわねばならない。

二、原告が本訴で請求の趣旨として、取消なり無効の確認なりをもとめているものを数えると、本件土地についての「政府の買収」と「買収計画」とその「公告」と、買収計画に対する「異議の申立を却下した決定」と「訴願を棄却した裁決」と「承認」と、「買収令書の発行」とである。

そのうち、訴の目的として、「買収計画」と「異議の申立を却下した決定」と「訴願を棄却した裁決」とが一応適法なこと、「公告」と「承認」とが不適法なことは上に述べたところから明らかである。「買収令書の発行」について、原告はこれを買収令書の交付とは別に考えているようでもあり、買収処分は買収令書を作成しそしてこれを交付するわけであるが、意思表示たる行政処分として買収処分(買収令書の交付)は、買収令書の作成とその交付を含む一の行政処分で、作成の部分だけきりはなして別個の行政処分と考えるべきではない。原告は買収処分のうち買収令書の作成の点に重きをおいたため、これを切りはなして「買収令書の発行」としたものであるが、その趣旨は結局買収処分の効力を訴の目的としたものと考えられる。そして、買収処分の効力が訴の目的として適法なことは上に述べた通りである。

「政府の買収」については、原告が、これをもつて何を指称するか、まつたく解釈に苦しむ。最初に述べた農地買収手続のうち、右にあげた各行政行為のほかに、「政府の買収」というような行政行為があるようには考えられない。自作法第三条が、「左に掲げる農地は、政府がこれを買収する。」といつているのに由来するらしいが、同条は、国が行政機関の処分行為によつて「左に掲げる農地」の所有権を取得すべきことを規定しただけであり、そこに政府とは国のことであり、買収するとは、所有権を取得すること、そして、その所有権取得は(法律上当然にではなく)それに向けられた行政機関の処分行為によつて行われることをいう。いかなる行政機関の、いかなる行為によつて行うかは、同法第六条以下に明らかにされており、第九条は、「第三条の規定による買収は」「知事が」「所有者に対し買収令書を交付して、これをしなければならない」と規定している。だから、右第九条の買収処分(前述)を「政府の買収」とよぶというのならば、それはそれでもよい。しかし、原告がそういうのでないことは、「買収令書の発行」と別個にならべているところからも明らかである。第六条以下に定められた買収手続を組成する各行政機関の行為のほかには、第三条に定める「買収」に当る「行為」はない。原告は、なにか、誤解しているのだと思われる。とにかく、原告のいうような「政府の買収」という行政行為はない。少くとも、いかなる行政行為を指称するか、わからないというほかはなく、その効力の有無を判断するよしがない。従つて、「政府の買収」を目的とする原告の請求は不適法として却下するほかはない。

三、なお、原告は、右の「訴願を棄却した裁決」と「買収令書の発行」とについて、被告松原市南地区農業委員会との間においても、その無効の確認を請求するが、それらが被告委員会のした処分でないことは明らかであるから、被告農業委員会はこれについて被告たる適格はなく、同被告に対する関係においては、右の請求部分は不適法として却下すべきである。

四、また、原告は、買収計画について、被告農業委員会に対してその取消をもとめるほか、さらに同被告および被告国の両者に対して、その無効の確認をもとめ、異議却下決定については、被告両名に対して、その無効の確認をもとめる。しかし、買収計画の取消をもとめる請求について、買収計画の適否はすべて判断されるわけであるから、かさねて同委員会に、その無効の確認をもとめるのは重複たるをまぬがれないし、この種の訴は、処分庁を被告とするのが本則であり、それに対する判決は、国をも拘束するのであるから、処分庁たる被告農業委員会を被告として取消の訴を提起した以上、かさねて国を被告として無効確認の訴をおこす利益も必要もない。被告国に対し異議却下決定の無効確認をもとめる請求がその利益も必要もないことも、また同様である。従つて、原告の訴のうち、被告農業委員会に対し、買収計画の無効確認をもとめる部分および被告国に対し、買収計画と異議却下決定の無効確認をもとめる部分は、いずれも不適法として却下せざるを得ない。

五、被告委員会は、昭和二二年九月二二日、原告所有の本件土地を、自作法第三条第一項第一号にかかげる不在地主所有の小作地たる農地として、同法による農地買収計画を定め、同日その旨を公告するとともに、買収計画書を縦覧に供した。原告はこれに対し、同年一〇月一日異議の申立をし、被告委員会は同月四日その異議の申立を却下する決定をし、原告はさらに同月二二日訴願をしたが、大阪府農地委員会は同年一一月二一日その訴願を却下する旨の裁決をし、その裁決書の謄本を原告に送達した。そして、大阪府農地委員会は、同年一二月一日右買収計画を承認し、大阪府知事は右買収計画にもとすいて、原告に買収令書を交付した。以上の事実はすべて当事者間に争がない。

被告農業委員会は、原告の訴のうち、買収計画の取消をもとめる部分を、その出訴期間経過後に提起された不適法な訴であると主張し、その出訴期間を、原告が買収計画を知つた時から起算するのであるが、行政事件訴訟特例法の施行前にあつても、買収計画の取消をもとめる訴の出訴期間は、その買収計画について適法な訴願がなされた場合、その訴願に対する裁決について裁定書謄本の送達のあるまでは進行しないと解すべきである。そして、原告は本件訴願の裁決書謄本が原告に送達された日を、昭和二三年四月一日と主張し、被告等は同年三月三〇日と主張するが、そのいずれにせよ、本訴は、同年四月三〇日に提起され、それまでに一箇月は経過していないので、この点出訴期間内に提起された適法な訴といわねばならない。

六、そこで、以下、本件土地についての、前記買収計画、異議却下決定、訴願棄却の裁決および買収処分の適否を検討しよう。

(一)  原告に、本件土地は農地とみとむべきでないとする趣旨の主張がある。

しかし、昭和二八年五月一四日の検証の結果によれば、検証当時、本件土地の現状は、普通に耕作されている農地であつて、そのうち、一二九番地の土地には、宅地化のあとなど片影もみとめられないし、他の五筆は地続きのほぼ一団の土地であり、二間幅一本、一間半幅二本と三本の道路がひらかれているが、それとても、それだけで土地を宅地化したというほどのものではなく、ほかに宅地の形態としてみとむべきところはない。そして、右の状態は、買収計画当時以前においても大差のなかつたことは、原告の主張からも十分うかがうことができるから、本件土地はすべて買収計画当時、まぎれもなく農地であつたといわねばならない。

(二)  本件土地が、買収計画当時小作地であり、その所在地たる松原町に所有者たる原告の住所がなかつたことは、当事者間に争がない。

自作法第五条第五号に定める、近く使用目的を変更するのが相当な土地であつたかどうかをみよう。

近畿日本鉄道(近鉄)南大阪線の電車は、起点たる大阪市南部の阿倍野橋駅を発してから、約二〇分で同線の河内松原駅に達する。松原町はその河内松原駅を中心とする大阪市南方の衛星都市であり、最近松原市となつた小都市である。

検証の結果によれば、右河内松原駅は、そのあたり東西に走る電車線路の北側にあり、駅の西は、そこで右の線路と直角に交わつて南北に通じている府道平野富田林線にむかつてひらいている。駅から右の府道を北へ約二百米行つたところで、右の府道は、東西に走る府道長尾街道と直角に交わる。そのあたり、右府道平野富田林線は、両側に商店等の人家がたち並び、その東側の家並の真裏にあたり、右長尾街道に接して、本件土地のうちの四六八番地の土地があり、その南につずき、右家並の裏にそつて四六七番地の土地、これにつずいて東に、四〇九番地四一〇番地の土地、さらにその東につずいて四〇五番地の土地がある。そして右五筆の土地の南方は、河内松原駅にいたるまで、ほぼ一面に人家がたてこんでいる。つまり、右五筆の土地は、近鉄線、府道平野富田林線、府道長尾街道という三つの主要交通路線によつて約二百米幅のコの字形にかぎられた区域の中にあり、松原町(市)の中心に当る街路のすぐ裏、また河内松原駅からほぼ二百米内外のいわば駅裏の地点にあたり、駅から、また右街路から、その土地にいたるまで、家並がたてこんできているわけである。

検証の結果によれば、以上の状況がみとめられるほか、右土地のうち四六七番地と四六八番地との西側にそつて約二間幅の道路、四〇九番地および四一〇番地と四〇五番地との間に約一間半の幅の道路、さらに右四〇五番地の中程をつらぬいて約一間半の幅の道路が、それぞれ平行して南北にひらかれており、その幅や配置などからみて、原告が示した宅地化の意図実現の過程とみとめることができる。

以上の状況をもとにして、大阪市の衛星都市、松原町(市)における市街の発展を考えると、右五筆の土地は日ならずして人家をもつておおわるべき勢にある土地であり、やや極端にいえば、市街地の一角にとりのこされた農地ということができる。そして、原告の宅地化の意図も、上記の道路開設のほかには、現地に形をのこしていないけれども、とにかく、その程度に現実化されているわけであり、かれこれ考え合せて、右五筆の土地は、近く宅地に変更するのを相当とする土地といわねばならない。

従つて、右五筆の土地は、自作法第五条第五号による被告委員会の指定により、農地買収より除外すべき土地であつたもので、これについて右の指定をせず、農地買収計画を定めたのは違法といわねばならない。被告委員会の右五筆の土地についての買収計画はこの点で違法として取消をまぬがれない。

本件土地のうち残りの一筆、一二九番地の農地は、検証の結果によつても、上記五筆の土地とははなれた別のところにあり、人家が近くないわけではないけれども、一帯にひろがる農地の一端、用水池のはたにあつて、周囲の状況からも、土地自体からも、別に近く現状が変るような情勢は見あたらないし、ほかにも近く使用目的を変更するのが相当とみとめられるような資料はない。従つて、この一筆の土地について、被告委員会が自作法第五条第五号による指定をせず、農地買収計画を定めたのは、その点に何等違法はないといわねばならない。

(三)  原告に、買収計画に定められた対価の額を不当とする趣旨の主張があるが、自作法は、その第一四条で、別に対価増額の訴について規定し、買収計画なり買収処分のその他の点と区別し、対価の額の不当は、買収計画なり買収処分のその他の点の効力に影響を及ぼさないものとしている趣旨が明らかであるから、対価の額の不当を理由に、買収計画なり買収処分について、対価以外の点の効力の取消なり無効確認をもとめるのは、理由がないとしなければならない。

七、そこで、つずいては、右一二九番地の関係で、買収手続の適否を各個の行為について、判断していこう。

(一)  市町村農地委員会(町委員会)が農地買収計画を定めるには、買収すべき農地と買収の時期と対価とを定めなければならない。そして、買収計画を定めたときは、遅滞なく、買収計画を定めたことを市役所または町村役場の掲示場に掲示して公告し、また、(1)買収すべき農地の所有者の氏名または名称および住所、(2)買収すべき農地の所在、地番、地目および面積、(3)対価、(4)買収の時期を記載した書類(買収計画書)を作つて、右の公告の日から十日間、市役所または町村役場でこれを縦覧に供しなければならない(自作法第六条同法施行令第三七条)

ところで、買収計画書の右記載事項はいずれも、委員会が買収計画として、買収すべき農地と買収の時期と対価と(買収計画事項)を定めたならば、当然すでに明らかになつているべきところを記載するだけのことである。買収計画書記載事項のうち、所有者関係の事項が自作法第六条に買収計画事項としてあげられていないのは、買収計画事項の方は、委員会の決定の結果たる事項をあげているだけで、そのほかに、決定にいたる判断過程で当然経過すべき決定の理由とか事実認定の点まではとくにあらためて同条に規定するまでもないこととしているのであり、所有者が何人でその住所がどこにあるかというような事実認定は、買収要件をあてはめ買収すべき農地を決定する過程で当然明らかにされていなければならない事項である。だから買収計画記載事項の中には、買収計画事項の決定をするほかに、別に委員会が議決しておかねばならないような事項はない。買収計画書に上記記載事項について記載があり、委員会が買収計画を定めたことが明らかになれば、委員会は買収計画書に記載された事項を決定し、明らかにしたものと、まず、みるべきである。

また、右の買収計画書には自作法によつて上記(1)ないし(4)の事項を記載することが要求されているだけで委員会が買収計画を定めるについて行つたその他の判断事項や委員会の何時の会議で決定されたかなどを記載したり、委員が署名したりすることは必要とされていないし、なお、右の意味の買収計画書以外に、町委員会が買収計画の内容を記載した書類を作成することは法律上少しも必要ではない。

つぎに上記の公告は、農地買収計画を定めたということが明らかになる文言を掲示すれば足り、(例えば、場合によつて、買収計画書の縦覧の期間と場所とだけを掲示したような場合でも、これによつて買収計画を定めたことが明らかにみとめられるかぎり、右の公告としてはそれで足りるということができる)買収計画の内容は、買収計画書の縦覧によつてわかるようになつているから、公告には以上のほか、買収計画の内容にわたつた掲示をすることは自作法の要求するところではない。

また公告は、買収計画書を作成して、縦覧に供する行為とともに、委員会の決定(買収計画)を外部に表示する行為で、買収計画を定めたならばその事後の処理として法律上当然行わなければならない行為でもあつて、この種の事務は、委員会を代表し会務を総理する会長の行つてよいことであり、あらためてそのために、委員会の議決などを必要とするものではない。公告の体裁も、委員会の公告であることがわかれば足りこの場合、委員会の名でしてもよく、会長の名でしてもよい。

なお、農地委員会の会議については、会長が議事録を作つて縦覧に供しなければならない(農地調整法第一五条の一一第四項)。議事録は議事の経過を証明するための文書であるが、議事の経過なり内容なりは、議事録によつてのみ証明されなければならないものではなく、議事録に議決の結果のみ記載されていて、内容の詳細や議決の理由、審議の内容などの記載がないとしても、直ちにその点の審議なり議決がなかつたとしなければならないものではない。

そこで、成立に争のない乙第一号証(議事録)第三号証(買収計画書)を総合すれば、被告委員会が本件土地について、上記の買収計画事項を決定して農地買収計画を定め、これに従つて前記必要記載事項を記載した買収計画書を作成したことをみとめることができる。もつとも、右乙第一号証の議事録によれば、「地主より保有地と取替申出の分は修正のこと」として第四回買収計画が決定されたことがみとめられるが、不在地主たる原告には保有地の問題はないのであるから、本件土地の買収計画には関係のないことが明らかである。その他、買収計画書に、公告の日、縦覧時期の記載がないことは、むしろ当然であり、作成日付なり被告委員会の押印などは、買収計画書の適否に直接関係がないし、表紙に「増加を除く修正権付」と鉛筆書きの記入があつても、それで買収計画書を不適法とする理由もない。

また、成立に争のない乙第二号証(公示の控)に、成立に争のない乙第一号証第五号証(ともに議事録)を参照すれば、被告委員会が、「公示」と題し、昭和二二年九月二二日同委員会が決定した第四回農地買収計画を、同月二三日から翌一〇月二日まで縦覧に供する旨を記載した、「大阪府中河内郡松原町農地委員会会長小谷廓然」名義の文書を、松原町役場の掲示場に掲示して、買収計画を定めたことを公告し、公告の後十日間右の買収計画書を右役場において縦覧に供したことをみとめることができる。右の「公示」には縦覧の場所の記載がないが、右乙第一号証第五号証によれば、被告委員会の事務所は松原町役場内にあることがわかる。そうすれば、別段の事情もみとめられないのであるから、公告も同町役場の掲示場に掲示したと考えるほかないし、それで、縦覧の場所も同町役場内であることは、公告をみた者におのずからわかるわけであるし、事実また同町役場内で縦覧に供したものとみとめてよい。

従つて、右によつて、本件土地に対する農地買収計画は適法な方法で決定され適法にその旨の公告がなされ、適法に買収計画書が縦覧に供せられたものといわねばならない。

これらを違法とする原告の主張が理由のないことは上に述べたところによつて明らかである。

(二)  町委員会が買収計画についての異議の申立について決定をしたときは、遅滞なく決定書をつくり、その謄本を申立人に送付しなければならない(自作法施行規則第四条第一項)。

また、都道府県農地委員会(府委員会)は、買収計画についての訴願に対し裁決したときは、遅滞なく裁定書をつくりその謄本を訴願人に送付しなければならない(同条第二項)。

右決定書、裁定書の作成およびその謄本の作成送付は、前に買収計画の公告についてのべたところと同様委員会の会長が会の代表者会務の総理者として行つてよいことであつて、決定書、裁決書には、委員会で議決された決定裁決の主文と理由が、委員会の議決したものとして記載してあれば、委員会名義で作成されていても、会長名義で作成されていても、作成名義の点については、とくに法令に特別の規定もなく、どちらでもさしつかえはない。また決定書、裁定書を会長が作成するのは、その議決のあつた会議の議長として作成するのではないから、会長が会議に欠席して議決に関与しなかつた場合でも、会長がその議決に従つて決定書裁定書を作成すべき関係はかわらないし、その時の議長なり立会の書記なりの報告に基いて作成すれば事実上、作成できないということもない。

被告委員会が、原告の異議の申立に対し、昭和二二年一〇月四日の会議において、これを却下する決定をし、同月一〇日付「大阪府中河内郡松原町農地委員会会長小谷廓然」名義で、被告委員会が原告の異議を却下する旨とその理由を記載した決定書をつくつたことは、前記乙第五号証および成立に争のない乙第六号証(決定書)によつてみとめることができ、その決定書の謄本が原告に送付されたことは、原告のみとめるところである。

また、大阪府農地委員会が、原告の訴願を棄却した裁決について、大阪府農地委員会長大阪府知事赤間文三名義で、その裁決の主文と理由を記載した裁定書をつくつたことは、成立に争のない乙第一〇号証(議事録)乙第八号証(裁決書)によつてみとめることができ、その謄本が原告に送付されたことは、原告のみとめるところである。

右決定書、裁定書を会長が作成し、また、会長名義で作成したことを違法とする原告の主張の当らないことは上に述べた通りであり、各委員会の決定書裁定書として欠けるところがない。

原告はまた、右の裁定書に記載した理由は、会長の作文であつて、委員会が審議し議決したところでない旨主張するが、委員会の裁決の結果を表明するものとして裁定書が適法な権限にもとずいて作成されておれば、反対の事実がみとめられないかぎり、その裁決の理由として記載されているところは、委員会が裁決の理由としたところを記載したものとみとむべきであつて、本件においては、とくにこれに反する事実があつたとみとむべき証拠はない。議事録に裁決の結論(主文)のみ記録されていて、その理由の記載がないとしても、議事録の記載としては、むしろ通常のことというべきであつて、それによつて、裁決の理由についての審議がなかつたということはできない。

従つて、被告委員会および大阪府農地委員会の上記決定および裁決は、いずれも適法に行われたとみとめるほかはない。

(三)  町委員会の定めた農地買収計画に対し、府委員会の行う承認は農地買収手続の過程において、買収計画にもとずいて知事が行う買収処分に先行すべき行為であつて、右の承認があつても、町委員会としてはもはや別に何もすることはない。ただ、買収計画を定める町委員会と、その承認を行う府委員会と、買収処分を行う知事とは、それぞれ別な行政庁であり、買収手続が買収計画、承認、買収処分と進展するためには、右の三つの行政庁の間でその間の連絡が事実上必要であるが、それは行政庁が適宜に処理すべき相互の連絡の問題であつて、適当に連絡さえ行われれば、どのように行われてもかまわないわけである。

自作法第八条は、農地買収計画について訴願の提起があつた場合に、「裁決があつたときは、市町村農地委員会は遅滞なく当該農地買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けなければならない」と規定しているので、承認は町委員会の申請によつて行われるということになるが、たとえば自作法第五条第五号によつて町委員会が農地買収から除外する土地の指定を行う場合に、府委員会の承認を得て行わなければならないという場合のように、町委員会がその承認によつて権限づけられ、その承認をまつて行為を行うという場合とちがい、農地買収手続の順序からいつて、農地買収計画についての承認は、町委員会を権限づけるのではなくて、買収処分を行う知事を権限づける行為である。従つて、承認を町委員会が「受ける」といつても眼目は、府委員会に対し承認の対象たる買収計画を明らかにしその承認を促す点にあるわけであつて、承認があると買収手続は府委員会の手から、知事の手にうつることになつて、その間町委員会としては、上記連絡事務を別にして、ほかにすることはない。府委員会が承認の対象とするのは、町委員会の買収計画のうち異議に対する決定および訴願の裁決等によつて取消されなかつた部分であるから、町委員会は承認の対象たるべきそのような買収計画が府委員会にわかるようにしてその承認を促せばよいわけで、そのために適当な連絡をすれば、時期方法は問う必要がない。自作法第八条は、裁決のあつたときは遅滞なく承認を受けなければならないといつているが、そこで真に裁決の後でなければ行つてならないのは承認である。裁決を必ず承認の前に行うことは、裁決が自由な公正な立場で行われることを確保しようとする、訴願人の権利に関係する実質的な意味があるが、裁決と承認との右の前後関係が守られるかぎり、町委員会の承認の申請の時期までも、裁決の後でなければならないとする規定の趣旨とは考えられない。その申請を裁決の後にすれば簡明であろうが、前にのべた通り、その申請は行政庁の間の連絡の問題にすぎないので、どうしても裁決の後でなければならないとする必要はない。その申請の方法についても、法令に別段の定めはないので、自由に適当な方法によつてよいし、またその申請について町委員会の議決も必要ではなく、会長が適宜に処理すればよい。

府委員会の行う買収計画の承認は、その買収計画についての訴願に対する裁決のあつた後でなければならないことは右にのべた。しかし、法が両者を前後の関係においた実質的な意味は右にのべた通り、裁決の公正を期するところにあり、それは、二個の判断について判断の前後の関係を規定しているものであつて、裁決の議決が承認の議決の前に完了していることを要求しているにすぎない。裁決の効力が訴願人について発生するのは裁定書の謄本を送付したときであるが、その効力が発生することを承認の前提としなければならない論理的な必要も実質的な必要もない。承認は裁決の議決があれば、直ちに行つてよい。

府委員会が買収計画について承認の議決をした場合、承認書というような、書類を作成することはとくに要求されていない。前にのべた通り、その承認は町委員会について別に効力を生ずるというものではないので、町委員会に対する意思表示というような性質の行為ではない。府委員会の承認という議決が、議決として買収手続の中の一環たる意味をもつているのであつて、議決の後、承認のあつた買収計画を整理して、これにもとずいて知事が買収処分を行えるようにし、知事の買収処分を促す行為が必要であるが、それが行政庁の連絡の問題であることは上に述べた。そういう整理連絡のために、町委員会に対し承認の議決のあつたことが通知されるであろうが、その通知は意思表示における表示行為のように、承認の効力に関係のある行為ではない。知事は農地買収計画について府委員会で承認の議決があつて、これを知つたならば、その買収計画にもとずいて直ちに買収処分を行うことができる。場合によつては、承認の議決が町委員会に通知される前であつても、買収処分を行うことが事実上できれば、これを行つても少しも違法ではない。

本件買収地の買収計画について、大阪府農地委員会が承認の議決をしたことは当事者間に争のないところであり、成立に争のない乙第一〇、一一号証(議事録)により、その承認の議決は、原告の訴願に対し同委員会が裁決の議決をした後に行われたことが明らかである。原告がその承認を違法と主張するところがすべて理由のないことは以上にのべたところで明らかであり、右買収計画の承認は、適法に行われたものといわねばならない。

(四)  本件土地について大阪府知事が被告委員会の上記買収計画により原告に買収令書を交付して、買収処分を行つたことは当事者間に争がなく、その買収令書(本件買収令書)に自作法第九条第一項に掲げた事項の記載があつたことは、原告も別に争わない。

原告が右の本件買収処分を違法とする理由のうち買収令書の発行が買収計画の定める買収要件と一致しないという点についてはその買収計画との不一致の点の具体的な主張がなく、その立証もない。買収令書は原告に交付されたものであるから、原告こそ、それらの点を具体的に指摘し立証することが容易な立場にありながら、ながい間口頭弁論をつずけてきたけれども、その間その主張も立証もなかつたこと、および、上記原告の主張が、謄写版ずりの準備書面にもとずいて陳述され、本件のほかに当裁判所に原告訴訟代理人を代理人として繋属する実に多くの農地買収処分不服の訴訟において、原告訴訟代理人が右と全く同一内容の準備書面を提出していること(当裁判所に顕著である)、弁論の全趣旨にあらわれたこれらの事情から判断して、本件買収令書には、実は原告の論述しているような右の欠点はなかつたものとみとめるのが相当であると考える。

本件買収令書の交付が、買収計画についての大阪府農地委員会の承認の議決があつた後になされたことは、当事者間に争がない。原告は買収計画の承認は承認書が町委員会に到達したとき効力を発生し、その効力発生前になされた買収処分は無効であるとの趣旨の主張をし、大阪府農地委員会が、右の承認について承認書という文書をつくつて被告委員会に送付したことは成立に争のない乙第九号証により明らかであるが、これは、承認の通知の意味をもつにすぎないこと、またその時期が、買収の時期の後であろうが、買収処分の後であろうが、これによつて買収処分の効力には少しも影響のないことは前にのべた。

また、本件買収処分が、買収計画に定められ従つて買収令書に記載された買収の時期の後になされたことは、被告等のみとめるところである。買収計画は買収の効果が発生する時期として買収の時期を定めており、買収の効果は買収処分がなければ発生しないが、買収処分が、買収の時期の後になされても、その効果を処分前の買収の時期まで遡つて発生させることは可能であり、とくにこれを禁じた趣旨の規定もなく、これによつて処分の効果を受ける者の権利を不当に侵害しないかぎり、違法ではない。買収計画は一般に公告され、これによつて買収処分の行われることが、予告されているのであるから、買収処分が買収の時期から多少おくれて行われたとしても、処分の効果を受ける者の権利を不当に侵害するとは考えられない。従つて買収の時期の後に行われた本件買収処分もその点を違法ということはできない。

原告が本件買収処分についてその違法を主張するところはすべて理由なく、本件買収処分は適法に行われたといわねばならない。

八、以上により、本件土地のうち、一二九番地の土地に対する被告委員会の買収計画、その公告、異議申立を却下した決定、大阪府農地委員会の訴願を棄却した裁決および買収計画の承認、大阪府知事の買収処分はすべて適法に行われたとみとむべきこと明らかであつて、右一筆の土地について、被告委員会に対し買収計画の取消と異議却下決定の無効確認をもとめる請求、被告国に対し、右大阪府農地委員会の訴願棄却の裁決および大阪府知事の買収処分の無効確認をもとめる原告の請求は、いずれも理由がなく、失当として棄却すべきである。

しかし、他の五筆の土地についての被告委員会の買収計画は、前述の通り違法であるからこれを取消すべきものとした。そして、その買収計画が取消された以上、これについての被告委員会の異議却下決定、大阪府農地委員会の訴願棄却裁決および大阪府知事の買収処分も、当然無効となるほかはないわけであるから、右買収計画を取消すと同時に、右の意味で、右異議却下決定、裁決および買収処分の無効を確認することとした。

原告の訴のうち、その余の部分すなわち、被告委員会に対し政府の買収の取消をもとめる部分、政府の買収、買収計画、公告、裁決、承認、買収令書発行の無効確認をもとめる部分、被告国に対し、政府の買収、買収計画、公告、異議却下決定、承認の無効確認をもとめる部分は、すべて不適法であること、すでに述べた通りであるから、これを却下することとした。

九、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条第九二条に従い全部被告等の負担とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

(別紙省略)

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