大阪地方裁判所 昭和24年(タ)46号 判決
原告 山田政子
被告 山田益男
一、主 文
原告と被告とを離婚する。
原被告間の長男憲二郎の親権行使者を被告と定める。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、三項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和十六年七月二十一日被告と婚姻しその間に長男憲二郎(昭和十六年五月二十七日生)を挙げた。ところが被告は昭和十九年十月十五日歩兵第三十七聯隊に應召入隊し同月二十三日満洲に出征し(満洲二六三五部隊い隊所属)入隊後被告から二回通信があつたのみで昭和二十年三月八日到着の郵便葉書を最後とし、その後音信が絶え百方手を盡してその消息を探ねたが全然手懸りがなく、生死不明のまま既に三年以上を経過した。よつて原告は被告に対し民法第七百七十條第一項第三号により被告との離婚を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、なお長男憲二郎は被告実兄山田虎夫の許で養育されているので原告はその親権行使者となることを希望しない。又戸籍簿上の二男肇(昭和二十二年十月二十二日生)は原告と被告との間に出生した子ではなく、原告と訴外青山基治との間に出生した子であると附述した。<立証省略>
被告は本件口頭弁論期日に出頭せず答弁書その他の準備書面をも提出しない。
当裁判所は職権を以つて証人山田虎夫を訊問した。
三、理 由
甲第一号証(戸籍謄本)及び山田虎夫の証言によると原被告は昭和十六年七月二十一日婚姻しその間に長男憲二郎(昭和十六年五月二十七日生)を挙げたことが認められる。次に眞正に成立したと認める甲第二乃至六号証によると被告は昭和十九年十月十五日臨時召集のため第十八野戰兵器廠要員として歩兵第三十七聯隊補充隊に入隊し、同月十七日轉属のため渡満し同月二十三日元満洲国黒河省孫呉縣孫呉に到着し満洲第二六三五部隊い隊に所属していたこと、その後の被告の動静については確実な資料を欠くけれども被告は終戰後武装解除を受けて入ソし、その時期は不明であるが(少くとも昭和二十二年六、七月以前)病気のためソ連病院に入院していたらしいとの情報、或いは昭和二十一年一月十四日満洲延吉病院で戰病死したのではないかと推測される情報があるのに反し、被告が生存しているとの資料は今のところ全然なく、死亡の公算が大であることを認めることができる。そして終戰当時満洲にいた日本人の消息は特殊な国際情勢に妨げられて眞相を把握することが困難であり、從つてその生死不明を認定するについても特段の考慮を要することは勿論であるが、前記認定の諸事情を綜合すると、被告は現在死亡した公算が大であるが、少くとも昭和二十二年六、七月以降は全然生死不明であることを認めることができるから、その後既に三年以上も経過している現在においては民法第七百七十條第一項第三号の離婚原因があるものと認めなければならぬ。
よつてこれを理由として被告に対し離婚を請求する原告の本訴請求は正当として認容すべきである。
以上に説明したように被告の生死が三年以上不明であることを認定して原被告間の離婚を認容するのであるから離婚後における長男憲二郎の親権行使者は母である原告に定めるのが順当であるけれども、証人山田虎夫の証言によると、原告は昭和二十年三月十三日罹災後は右長男等と共に被告の実兄山田虎夫方に同居していたが品行が修まらず不義の子を姙娠し、子供を残したまま昭和二十一年四月十八日家出して帰宅せず、実兄虎夫において引続き右憲二郎を養育している事実が認められ、原告自身も憲二郎の親権行使者となることを希望しない意思を表示しているので、こういう事情を考慮して憲二郎の親権行使は父である被告と定め、被告の親権行使が事実上できないことによつて生ずる障害については爾後の処置に委せる方が適当である。又前示甲第一号証によると原被告間に二男肇(昭和二十二年十月二十二日)が出生している旨の戸籍簿の記載があるけれども、これは原告と被告との間に出生した子ではなく、原告と訴外青山基治との間に出生した子であることは口頭弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、もとより原被告の親権に服しているものではなく、從つて原被告の離婚によりその親権行使者を定むべき場合ではない。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、親権行使者の指定について民法第八百十九條第二項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)