大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和24年(レ)25号 判決

原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、原判決をつぎの通り変更する。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決をもとめ、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、「控訴人は本件賃借家屋を家族五名の住居に供するほかその生業なる海上火災保険代理店営業に供するものであるから、仮りに被控訴人主張のような事実があるとしても、到底賃貸借契約解約の正当事由にはならない」と述べたほか原判決における事実の記載と同一であるからこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人が昭和二十年五月控訴人に対し大阪市東住吉区北田辺町百六十二番地の二にある被控訴人所有の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二十九坪五合(本件家屋)を、賃料を一月金百円毎月末日払と定めて賃貸したこと、被控訴人が昭和二十二年一月末頃控訴人に対し右賃貸借の解約の申入をしたことは当事者間に争がない。そこで、被控訴人の右解約の申入に正当の事由があるかどうかを判断する。まず、成立に争のない甲第三号証、原審証人森本政信の証言および原審における被控訴人本人の供述を総合すると、

(一)  被控訴人がいま住んでいる家の間取は、階下が二畳(玄関)、四畳(台所)および六畳の計三室、二階が六畳および四畳半の計二室であること、

(二)  被控訴人は右の家に、妻キヌ、二男道三郎、三男治(昭和六年生)、四男憲治(昭和九年生)、五男七五郎(昭和十二年生)、四女貴美子(昭和四年生)および五女恭子(昭和十六年生)とともに八人暮しで住んでいたが、右の二男道三郎が昭和二十二年二月訴外林伊三郎の長女正美と結婚し、家がないため夫婦で被控訴人方に同居しているうち、昭和二十三年三月三日その間に長女夕起子が生れたので、現在十人の家族が一緒に住んでおり、家族数にくらべて家がせまく、寝室に困るほか食事や洗面や便所の使用にも不便を感じていること、

(三)  被控訴人としてはなお、右道三郎の結婚の際上記林伊三郎に対し、新夫婦には別に新居を与えると約束しており、右のような窮屈な居住状態に加えて、被控訴人の妻キヌが道三郎の実母でないところから、とかくその間に円満を欠き、右林伊三郎の方からもそのため約束の通り早く道三郎夫婦に新居を与えてほしいといわれているので、本件家屋を道三郎夫婦の住居に当てたいと考え、すでに道三郎に対しては本件家屋を財産分けとして与える約束をしていること、

(四)  被控訴人は控訴人に本件家屋の明渡をもとめるに当つて、被控訴人の親類が所有する平家建三室(玄関、台所および八畳一室)の借家を控訴人の転居先として世話したけれども、控訴人はこれに移ることを断つたこと、

右の各事実をみとめることができ、原審証人中野タカヱの証言および原審における控訴人本人の供述のうち右の認定に副わない部分は前記各証拠に照して信用することができないし、ほかに右の認定を動かすに足る証拠はない。

つぎに、成立に争のない乙第一ないし第三号証ならびに原審証人中野タカヱ・富田勧治の各証言および原審における控訴人本人の供述を総合すると、

(一)  本件家屋の間取は、玄関(二畳)台所(四畳半)および四畳半・八畳・六畳・三畳の各室ならびに応接室(六畳)の計七室であること、

(二)  控訴人は本件家屋に、妻、長女(昭和二十三年生)、母および妻の母とともに五人家族で住んでおり、近く亡兄の子を引取ることになつていること、

(三)  控訴人は本件家屋を住居に使用するほか、ここを事務所として東京海上火災保険株式会社の代理店を営み、応接室をその事務室にあてており、営業上の来客も多いこと、

(四)  上記認定のとおり控訴人がその転居先として被控訴人から提供された借家に移るのを断つたのは控訴人が住むにはその家が狭すぎるほか右保険代理店の事務所として取引先との連絡が不便となり営業上不利な場所にあつたためであること、

右の各事実をみとめることができ、原審証人森本政信の証言および原審における被控訴人本人の供述のうち右の認定に副わない部分は上記各証拠に照して信用することができないし、ほかに右の認定を動かすに足る証拠はない。

そこで被控訴人としては、本件家屋の明渡をうけて、これを同居中の二男道三郎夫婦の住居に当て、これによつて被控訴人およびその二男等の住居の安定を得、ひいて家庭の平和をはかりたいというのであり、控訴人としては、本件家屋によつて安定している住居と営業とを維持するためには賃貸借を継続する必要があるというわけである。

つまり、被控訴人の方としては、いま一軒の家に住んでいる家族が二軒に分れて住む必要がおき、その必要をみたすためには何も特に本件家屋でなければならないというわけではないが、しかしとにかく別に家が一軒必要となつたわけであり、控訴人としては特に必ずしも本件家屋にいまのまま住まねばならないわけではないが、これを明渡すとなれば別に他に適当な代りの家が一軒必要なわけであり、結局のところ、被控訴人のいまの住宅と本件家屋のほかにもう一軒家が足りない勘定である。どちらかがその一軒をさがしてそこへ越さねばならない。

現在非常な住宅難の折からでもあり、その一軒をさがすのは、借りるにせよ買うにせよ建てるにせよ、きわめて大きな負担であるが、しかしその負担は負うべきものが負わねばならない。いま、本件家屋の所有権、賃貸借の関係を一応除外して考えれば、その別の一軒が直接必要なのは被控訴人の方の事情にあるのだから被控訴人の方でその一軒をさがさねばならないのは当然である。ところでその被控訴人が、本件家屋の所有者であり、その賃貸人であるというところから、その所有権・賃貸借関係を通じて、この負担を賃貸人たる控訴人に転嫁することができるか。ある場合にはできる、と法律はいう。

すなわち、借家法は、正当な事由がある場合には、賃貸借の解約ができるという。そしてここに正当な事由がある場合というのは、解約によつて賃借人が現実にこうむる不利益を考慮に入れてもなお賃借人にその犠牲をもとめるに足るほどの事情、いいかえると、賃借人のその点の利益を圧倒するほどの解約の必要が賃貸人の方にある場合をいうわけであつて、双方の事情を比較した上で相対的に定まるものではあるが、賃借人の解約による不利益に対して賃貸人の解約の必要がかなりの程度に圧倒的でなければならない。

さてそこで、それでは前に認定したような事情のもとで控訴人被控訴人双方の利害を比較して考えた場合、被控訴人に本件賃貸借を解約する正当の事由があるといえるであろうか。当裁判所は、この程度では賃貸借解約のための正当の事由がある場合に当らぬと考えるのであるが、その理由はつぎの通りである。

すなわち、被控訴人の現住居における居住状況をみると、その間取と家族数からみて、相当窮屈な状態で、ことに二男道三郎夫婦との同居が、日常生活において何かと不便苦痛をともなうことは推察に難くないところであり、同夫婦を別居させる必要がかなりの深刻さをもつてせまつていることはうなずくことができる。そして、これに比較すると控訴人の本件家屋における居住状況は、かなり余裕があるということができるが、さればといつて、その余裕も本件家屋に住んでの余裕であつて、本件家屋を明渡すということになると問題は別で、その点余裕があるというわけではない。そこで、前に述べたように別の一軒をどちらの負担で手に入れなければならないか、という点の決定に直面することになるが、ここで、前に認定した被控訴人が控訴人の転居先として提供した一軒の借家があつたことに注意しなければならない。とにかく、さしあたり必要な別の一軒の家はあるのである。控訴人がこれに移り住んで本件家屋を明渡すか、被控訴人の方で二男夫婦をこれに移すかすれば、一応問題は解決するわけである。しかも双方ともその方途をえらぶことをせずに、本件家屋を争つているのである。そうすると、これについての双方の利害というものを計算すると、被控訴人の方では二男夫婦を右提供家屋に移すよりも本件家屋に移す方が利益だとするそれだけの利益、控訴人の方では本件家屋に住む方が右提供家屋に移るより利益だとするそれだけの利益がさし引き当面の比較の対象となるわけである。ところで、控訴人としては、本件家屋にすでに住みついて、これを中心とした生活がいとなまれ、その営業の事務所としても本件家屋を維持する必要があり、妻と一子および母と妻の母という家族の構成および数から考えても、玄関と台所を除いては八畳の一室だけの右提供家屋にうつるのは日常生活の面からも営業の面からもかなりの打撃だと考えられるのに反して、被控訴人の方としては、その二男夫婦はどのみち別な家に移らねばならないのだし、夫婦と幼い子が一人だけであるのだから右提供家屋に住めば一応落つくことができるわけで、何も、ことさら、控訴人を本件家屋からおい出してこれに住まねばならないというとりたてて強い理由があるようには思えない。被控訴人は二男夫婦を別居させるについて、一応その必要をみたすに足る家を一軒手に入れたわけであつて控訴人などに迷惑をかけないで、自分の方だけで事を処理する目安はついたのに、さらにいわば蜀を望んで控訴人居住の本件家屋の明渡をもとめている勘定になるのであつて、二男夫婦の別居の必要は客観的には相当に緊迫したものとみとめられること前述の通りであるが、右提供家屋の点を考慮に入れると、右別居の必要の大きさをもつて直ちに本件家屋を使用する必要の大きさとみとめるわけにはいかないといわねばならない。かえつて、被控訴人の方に、右別居の必要を前にしてもなお気持の上ではかなりの余裕があるのではないかとさえ考えられる。このことは、つぎに示す家屋の写真であることに争のない検乙第一号証の一ないし三および証人田原サキ、川崎長蔵の各証言によつて、本件家屋の裏手に被控訴人所有の家屋がありその家屋一戸が現在空家になつたままであることがみとめられ、証人川崎長蔵の証言によれば、右家屋はもと訴外清水某が賃借していたが訴外川崎長蔵がその賃借権を所有者たる被控訴人の承諾を得ずに譲受けてこれに住んでいたのを、昭和二十四年初頃被控訴人が、本件訴訟において控訴人から右家屋を権利金をとつて右川崎に賃貸したと主張されるのをおそれて本件訴訟の終るまで右家屋を明けてくれといつて右川崎を退去させ空家にしたというのであり、その辺の被控訴人の思わくにはなおよく納得できないところがあるものの、とにかく、このように一軒の家屋を空家にしておくことができるというところからも、ある程度の余裕はうかがうことができると考えられる。

以上のように考えてきて、この程度の事情では、被控訴人に本件家屋の賃貸借を解約する正当の事由がある場合とはいえないと考えるわけである。

なお、本件において、被控訴人としては、自己所有の家屋があるのに、これを他人に賃貸しておいて、自らは他人所有の家屋を賃借して住むことを不自然とし、所有者は自己所有の家に住むのが当然だとする考えが強く動いていることが看取され、そういう考え方はなお一般に相当根強く行われていると思われるし、あながち排斥すべきものとも考えないが、しかしそのように、家を賃貸借にもとずいて使用することを、所有権にもとずいて使用する場合に対して、いちずに変則ないし例外的なものと考えることは、家屋の賃貸借が一般化し、賃借権が強化されてきている現状においては、必ずしも適当ではないと考えられるので、この点を本件についての上記正当事由の判断の上で強くし前述の利益衡量を左右するほどに強く考慮に入れなければならないとは考えることができない。

なお最後に、被控訴人の解約が本件家屋全部については右の通り正当の事由がないとしても、その適当な一部について正当な事由がないかどうかの問題を考えなければならない。原判決は本件家屋のうち応接室六畳一室を除くその他の部分の明渡と、これに相応する損害金について被控訴人の請求を認容しており、原判決のこの部分に対する控訴人の控訴により、被控訴人の本件家屋全部に対する明渡とその明渡義務不履行にもとずく損害金の請求のうち原判決によつて認容された上記の部分の当否が当審の審理の対象となつているわけである。

ところで、本件家屋のような日本家屋の内部を二つに分けて、二世帶の家族が共に住むということは、両者が十分納得ずくではじめた場合でも日がたつにつれて何かといざこざがおきてなかなか円満にはいかないものであるのに、一方の意思に反して、行われた場合にその共同生活が円滑に行われるとはとうてい想像することができない。まして、所有者にその一部を明渡して共同生活に入ることは、賃借人にとつてはいわば賃借権の外壕を埋めたことになり、日ならずして全部を明渡して他に移転することを事実上強制される結果になることは見やすい道理である。卒直にいえば、一部の明渡を命ずることは結果的にはある程度の猶予期間をおいて全部の明渡を命ずるのにひとしいといつてもあながち過言ではないというのが一般の実情だと考える。当裁判所は家屋の一部についての賃貸借の解約の可能を理論的に否定するまでの考えはないが、しかし一部の解約がみとめられるのはよくよくの場合でなければならないと考えるのである。そして本件において、双方の事情を前述のように理解した結果から考えて、控訴人に対し、早晩全部の明渡をしなければならないようになる可能性が十分にあり、しかも日常生活に重大な犠牲を要求しなければならないような本件家屋の一部明渡とその結果の共同生活とをもとめなければならないほど、さように抜きさしならぬ事情があるものとは考えることができない。被控訴人の解約は本件家屋の一部についても正当の事由がないというほかはない。

従つて被控訴人の控訴人に対する本件家屋賃貸借の解約申入は無効でその賃貸借は本件家屋全部につきなお存続し被控訴人は控訴人に対し本件家屋の全部ないし一部について明渡請求権もなく、控訴人の占有に対し損害賠償請求権もないわけである。

そこで原判決中、右と異る見解のもとに控訴人に対し本件家屋のうち応接室六畳一室を除いたその他の部分の明渡とその部分の占有による損害金の支払を命じた控訴人敗訴の部分は失当というべきであるからこれを取消し、その部分の被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十六条を適用し、その趣旨で主文の通り判決する。

(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 坂井芳雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!