大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)676号 判決
原告 株式会社薫風莊
被告 乾政男
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し別紙物件表<省略>記載の建物を明渡すことを命ずる。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「別紙物件表記載の建物は原告の所有であつて、昭和二十年四月初旬原告から被告に対し、空襲の危險を避けさせるために、右危險の解消するまで、との約で無償貸與したものであるが、昭和二十年八月終戰となつて右危險が解消し、前記被告に対する使用貸借はその期間の満了及び使用目的の達成により終了した。仮に右使用貸借が期間及び使用目的の定のなかつたものであるとしても、原告は被告に対し昭和二十三年十月十六日附同月十九日附書面をもつてその返還を求めたからこれによつて右使用貸借は終了した。よつて原告は被告に対し右使用貸借の終了を理由として前記建物の明渡を求める。」と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、「別紙物件表記載の建物が原告の所有であること、被告がこれに居住していることはいずれもこれを認めるけれども、その余の原告主張の事実は全部これを否認する。」と陳述した。<立証省略>
三、理 由
別紙物件表記載の建物が原告の所有であること及び被告がこれに居住していることは、いずれも当事者間に爭のないところであり、証人小寺正久の証言及び原告代表者本人訊問の結果によると、被告はもと大阪市住吉区天下茶屋天神森に居住していたが昭和二十年四月頃今次戰爭による空襲の危險を避けるために無償で原告から右建物の貸與を受けてこれに居住するに至つたものであることが認められ、この事実によると原被告間の右建物使用の法律関係は使用貸借(但し右の「空襲の危險を避ける。」ということが法的拘束力をもつものとしての使用目的又は期間の定といいうるかどうかについては暫くこれを措く。)であると認定すべく、これについて被告本人は賃貸借であると供述するけれども、そのいうところ支離滅裂であつて到底措信することができず他に右認定を動かすに足りる資料はない。そうして昭和二十年八月十五日終戰とともに右空襲の危險の去つたことは公知の事実であり、また原告が被告に対し昭和二十三年十月十六日附同月十九日着内容証明郵便をもつて右建物の返還を求めたことは成立に爭のない甲第一号証の一、二によつてこれを認めることができる。
然しながら建物は今次戰爭の結果多数滅失して極度の逼迫状態にあり、一たびその住宅を失うときはこれを他に求めることが極めて困難な現況にある。從て建物の使用貸借における貸主が、その建物の明渡を受けることを必要とする特段の事由がないのに、その使用貸借を解約し、又は期間の満了若くは使用目的達成を主張してその建物の明渡を求めることは、その建物の借主が他に住宅となしうる家屋を有しその建物を明渡すことが容易であるというような特別の事情のある場合を除き、その権利行使の正当な範囲を逸脱し濫用となるものと解すべきである。(もとより法は使用貸借の解約については、賃貸借のそれにおけるような正当事由の存在を必要とする旨の明文を置いていないから、右特段の事由というのは賃貸借における正当事由とは異りかゝる高度の必要性をいうのではないけれども、また貸主の恣意に基く必要性で足りるというのでもなく、結局その限界は前記権利濫用の観念に照し健全な社会通念によつてこれを決しなければならない。)今これを本件について見ると原告がこの建物の明渡を受けることを必要とする事由は原告の何等主張しないところであり、また証人小寺正久の証言及び原告代表者本人訊問の結果によると原告会社は、(一)その目的たる事業の一としてこの建物を他に賃貸して相当の收益を上げなければならないこと及び(二)被告は本件建物に居住以來これを毀損したこと、の二つの理由によるものであることが認められる。然しながら後者についてはその毀損の程度は通常居住に伴うそれの程度を出でないものであることが被告本人訊問の結果によつて認められ、又前者については、被告が本件建物に無償で居住することによつて原告はこれを他に賃貸して相当の賃料を收得することができず、この意味において原告会社がその目的たる事業の遂行に若干の支障を受けていることは肯けないではないが、このことは被告と交渉して相当の賃料(その賃料額は、少くとも現在においては、建物及び敷地の賃貸價格により容易に算出することが出來る。)を徴することと定めることもできるのみならず、成立及び原本の存在に爭のない甲第二、第三号証(原告会社の定款及び亡乾吉治郎の遺言書各写)に証人小寺正久の証言及び原告代表者本人訊問の結果を参酌すると、原告会社は主として亡乾吉治郎(原告代表者及び被告の父)がその所有の土地建物を現物出資し、その妻子及び一族の者を発起人(原告代表者、その夫たる訴外小寺正久ならびに被告もその一人である。)として、右吉治郎一家及びその同族の財産の維持増殖のため(定款第一條)設立せられ、その株式は株主間を除き株主総会の同意のない限り讓渡することができず(同第十條)純益金のうち百分の三十は「株主各家維持支拂準備」のため積立てられる(同第二十三條)ことになつていて、要するに同族のために福利増進を図るのを目的とするものであることが認められ、他方被告本人訊問の結果によると被告は現在他に住宅となしうべき家屋を有せず(その從前居住していた大阪市所在の家屋は終戰前から引続き他に貸與しその者が居住中である。)本件建物を明渡すときは忽ちその住宅に窮するものであることが認められ、以上認定の各事実を総合檢討すると、住宅拂底の現在右の状況にある被告をして強いて本件建物を明渡させこれを他に賃貸するが如きは却つて同族の福利増進を図るとの前示原告会社の目的に背反するものとさえ考えられ、以上を要するに本訴明渡請求は、本件使用貸借について使用目的及び期間の定が法律上有効になされていたかどうかを論ずるまでもなく、その権利行使の正当な範囲を逸脱しその濫用であるとして失当たるを免れない。
なおこれに関連して、被告が若し前示原告会社の目的を曲解して、本件建物がその父吉治郎の出資に係る物件であることの故に、自己に永久の居住権があると言い張るようなことがあつては、それは事実上原告会社の所有権を否認するに異らず信義に反すること勿論であり、却つて前示原告会社の目的に副わず同族の利益を害する結果となる(尤も成立に爭のない甲第四号証((被告から原告宛の内容証明郵便物))によると被告に右の事実ありやを疑わしめるものがないでもないが、これはその日附からみても明らかなように原告のなした内容証明郵便による本件使用貸借の解約通知((甲第一号証の一、二))に対應し右解約が前説明のとおり権利の濫用であることを強調したものと解するのが相当であつて、未だ被告が確定的に前記永久居住権を主張したものとは解し難く、これあるの故に原告の本件明渡請求を正当化するものとは認め難い。)のであるから、被告としてもこの点をよく弁えて常識ある行動に出ることが必要である。
以上説明のとおり原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内貞次)