大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)1453号 判決
原告 細井靖一郎
被告 三共株式会社
一、主 文
被告は原告に対して金十五万九千六百三十三円及びこれに対する昭和二十五年五月十九日以降支払済に至るまで年六分の割合の金員を支払わねばならない。
原告その余の請求は棄却する。
訴訟費用は四分してその一を原告の負担とし、その三を被告の負担とする。
本判決第一項は原告において金五万円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対して金二十万七千二百七十七円及びそのうち金十九万七千百五十四円に対しては昭和二十五年五月十九日から、金一万百二十三円に対しては昭和二十六年五月二十二日からいずれも支払い済みに至るまで年六分の割合の金員を支払わねばならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、
その請求原因として、
訴外第一硝子工業株式会社は被告会社に注射薬用アンプルを販売していたが、予てから原告に債務があつて、その支払いに困つて居たので、昭和二十五年一月十六日右債務の支払いに代えて同訴外会社が被告会社の注文によつて既に同会社に売渡したアンプルの代金及び将来売渡すことになつているアンプルの代金合計三十万円の売掛代金債権を原告に譲渡し、同月三十日被告会社に対して内容証明郵便をもつて債権譲渡の通知を発し、右通知は翌三十一日被告に到達した。しかしながら右訴外会社が被告会社に売渡したアンプルの実際の数量及び代金額は昭和二十四年十二月十九日から昭和二十五年一月三十日までの間に二十ccアンプル合計八万五千二十本その容器の石油箱八十八箱でそのうちアンプル九千六百本が返品になつたので結局アンプル合計七万五千四百二十本単価二円七十銭代金合計二十万三千六百三十四円石油箱四十七箱単価四十円代金合計千八百八十円石油箱四十一箱単価四十三円代金合計千七百六十三円総計二十万七千二百七十七円であつたので同訴外会社から原告に対する前記金三十万円の債権譲渡は同訴外会社の被告会社に対する売掛代金債権の実在する右金二十万七千二百七十七円の限度において発効し原告は被告会社に対し同額の債権を取得した。しかるに被告会社は原告に対して右債務を支払わないので右譲受債権額及びそのうち請求の趣旨記載の各金額に対する請求の日の翌日である請求の趣旨記載の各日附以降いずれも完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだと述べ、
被告の抗弁に対し、被告主張事実中訴外印南覚蔵が巴アンプル製作所を経営していた当時、同人個人として被告会社に対し被告主張の額の債務を負つていたことは認めるが、同人が訴外第一硝子工業株式会社の代表取締役の資格で、被告会社との間に右個人の債務を同会社が引受ける旨の契約を締結した点は否認する。被告から右訴外会社宛に債権譲渡に対する異議の申出があつたか否かは知らない。仮りに訴外印南が右訴外会社の代表取締役の資格で印南個人の債務を会社が引受ける旨の契約をしても商法第二百六十五条の取締役が自己又は第三者の為めに会社と取引する場合に該当し監査役の承認を要するところ本件の場合監査役の承認がないから無効であつて被告の抗弁は理由がないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、
答弁として、
原告の主張事実のうち、被告会社が訴外第一硝子工業株式会社から原告主張のようなアンプル及びその容器である石油箱を原告主張の単価で買受けたことは認めるが、その数量及び代金の額は否認する。被告会社は右訴外会社から原告主張のようにアンプル八万五千二十本石油箱八十八箱の送付を受けたが、昭和二十五年一月二十日アンプル九千九百本代金二万六千七百三十円石油箱十五箱代金六百四十五円を、同年二月二十四日アンプル一万七千五百二十本代金四万七千三百四円石油箱二十八箱代金千二百四円を返品したから結局差引十五万九千四百六十四円の商品代金となる。前記訴外会社から原告主張の債権譲渡の通知のあつたことは認めるが真実債権譲渡のあつたことは否認すると述べ、
抗弁として訴外第一硝子工業株式会社代表取締役印南覚蔵はもと巴アンプル製作所と称する商号でアンプルの製造業に従事し、被告会社と取引関係があつたが、その当時被告会社は右訴外印南覚蔵に対してアンプル代金の重複支払及び返品した分に対する支払等の過払金六万一千八百六円四十銭、同訴外人依頼により同訴外人の為めに被告会社が汐谷工業株式会社に立替支払つた硝子生地代五万二千八百円浪速硬質硝子株式会社に立替支払つた硝子生地代四万八千五百七円合計十六万三千百十三円四十銭の債権があつた。その後右訴外印南は右事業を株式会社組織に更め、引続き被告会社との取引継続を申入れたが、被告会社から個人経営時代の債務未払のままでは新設の会社と取引し難い旨を告げられ、被告会社との取引継続の必要上、前記印南の個人経営時代被告会社に対する債務を新設の会社において引受ける旨を被告会社に約束した。したがつて被告会社は本件アンプルの取引に先立つて訴外第一硝子工業株式会社に対し右十六万三千百十三円の債権を持つていたから、被告会社が右訴外会社に支払うべき前記商品代金額十五万九千四百六十四円を差引いてもなお被告会社は右訴外会社に対し金三千六百四十九円四十銭の債権を持つている計算となるのであつて、被告会社から右訴外会社に支払うべき債務は嘗つて発生したことがない。しかして被告会社は右訴外会社から同会社が原告に被告会社に対する売掛代金債権金三十万円を譲渡した旨の通知に接するや、その翌日の昭和二十五年二月一日原告及び訴外会社に対して右譲渡債権の実在しないことを理由とする異議の通知を発し、債権譲渡に承諾を与えなかつたから、被告会社は譲受人である原告に対して右譲渡通知の到達前に譲渡人である訴外会社に対して生じた事由をもつて対抗することができる。したがつて仮りに原告がその主張のように右訴外会社から債権譲渡を受けたことが真実であつたとしても、訴外会社の被告会社に対する売掛代金債権は実在していなかつたから、右債権譲渡によつて原告は被告会社に対して何等の請求権も取得していない。なお右訴外会社の債務引受は同会社の代表取締役印南覚蔵が右訴外会社の代表である資格で被告会社との間に締結した契約であつて、訴外会社と訴外印南との間には何等の取引行為もされていないから、商法第二百六十五条に規定する会社の取締役と会社との間に取引行為がされた場合に該当しない。したがつて右債務引受行為は訴外会社と被告会社との間の取引として有効であつて、原告の本件の請求は総て失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
当事者間に争のない訴外第一硝子工業株式会社から被告会社宛に債権譲渡通知のあつた事実、成立に争のない甲第二号証、証人印南覚蔵の証言及び同証言によつて真正に成立したと認める甲第一号証によれば、昭和二十五年一月十六日右訴外会社と原告との間に、訴外会社の被告会社に対する既存の商品売掛代金債権及び将来生ずる見込みの売掛代金債権合計三十万円を訴外会社から原告に譲渡する旨の契約が成立し、同月三十日右訴外会社から被告会社宛にその旨の債権譲渡の通知が発送せられ、翌三十一日その被告会社に到達したことを認めるに十分である。また成立に争のない乙第一号証、同第二号証によれば、右債権譲渡の通知に対して、右通知の被告会社に到達した日の翌日である同年二月一日被告会社は譲渡人である訴外会社及び譲受人である原告に対して債権譲渡に対する異議の通知を発したこと明らかであつて、被告会社は前記債権譲渡に承諾を与えていなかつたことを認めることができる。したがつて、仮りに訴外会社が被告会社に対して右債権譲渡の通知を送達した当時、訴外会社の被告会社に対する債権が実在したとすれば、右債権は金三十万円と右債権額のうち少ない方を限度として原告に移転し、原告は被告会社に対して右の額の債権を取得し、これに対して被告会社は右通知が被告会社に到達する以前に右債権に関して譲渡人である訴外会社との間に生じた事由をもつて譲受人である原告に対抗することができる関係にあつたわけである。
よつて、右訴外会社が被告会社に対して右債権譲渡の被告会社に到達した当時幾許の債権を持つていたかについて按ずるに、訴外会社が被告会社との売買契約に基いて、昭和二十四年十二月十九日から昭和二十五年一月三十日までの間に被告会社に二十CCアンプル単価二円七十銭八万五千二十本及び単価四十円の石油箱四十七箱並びに単価四十三円の石油箱九十一箱、以上代価の総計二十三万五千三百四十七円相当の商品を納めたことは被告の認めるところである。しかしながら、債権債務の額についての被告の主張は要するに右商品は訴外会社と被告会社の右取引以前から訴外会社が被告会社に負担していた金十六万三千百十三円の支払いの為めに被告会社に送られたものであつて、且右商品のうち昭和二十五年一月二十日にアンプル九百九十本及び単価四十三円の石油箱十五箱が、また同年二月二十四日にアンプル一万七千五百二十本及び単価四十三円の石油箱二十八箱がいずれも不良品として訴外会社に返品になつているから売掛代金債権は存在しないと云うのであるのに対して原告は右被告の主張事実のうち昭和二十五年一月二十日アンプル九百六十本が返品となつていることを認める外、原告の他の主張を全部否認している。よつて右被告の三項目の主張について順次、次のように判断する。
1. 被告会社が本件アンプルの取引以前から訴外会社に対して持つていたと称する債権について、
此の点に関連して、訴外印南覚蔵が被告会社に対して同訴外人が巴アンプル製作所を経営していた頃総計十六万三千百十三円の債務を負担していたこと及び同訴外人が右製作所の経営をやめて前記訴外会社が設立され、同様アンプルの製造販売をしていたことは当事者間に争がない。しかして証人三上七郎の証言(第一回及び第二回)及び同印南覚蔵の証言によれば右訴外会社が被告会社と取引を開始するに際して、被告会社から註文を受けたい為めに右訴外会社の代表取締役印南覚蔵が会社の代表取締役の資格で被告会社の購買課長三上七郎との間に右訴外会社が印南個人の被告会社に対する前記の債務を引受ける旨の契約を結んだことを認めることができるけれども、他面において右証人印南の証言によれば訴外印南は訴外会社の右債務引受けの契約を結ぶについて同会社の監査役の承認を受けていないことも明白である。したがつて訴外印南の右債務引受は、商法第二百六十五条の規定に違反して無効であつて右引受行為によつて訴外会社が被告会社に右引受債務を負担する結果は発生しない。被告は此の点について債務引受行為は債権者と引受人間の契約であつて旧債務者はこれに関与する必要がない。本件の場合も債務引受は訴外会社と被告間の取引であつて訴外印南と訴外会社間の取引でないから商法第二百六十五条所定の場合に該当しないと主張する。しかし商法の右法条は会社自体、株主、会社債権者等を取締役の権限の濫用から保護する目的の規定であつて、取締役が自己の権限を濫用して、会社の不利益において自己又は第三者の利益を計るおそれのある事項については取締役は監査役の承諾を得なければ会社を代表する権限のない趣旨である。したがつて、取締役の取引行為の直接の相手方が会社でなく、第三者である場合でも結果において会社と取締役個人の権利義務が相関連して発生、消滅又は変更し、会社の不利益において取締役個人の利益がもたらされる危険のある場合は右の第三者を相手方とする取引も同条の禁止に触れると解するが相当である。故に右債務引受行為は同条の禁止する場合に該当し無効であつて、訴外会社の売掛代金債権即ち原告の譲受債権からこれを控除することはできない。
2. 昭和二十五年一月二十日の返品について、
証人三上七郎の証言によれば乙第三号証は被告会社の購買課長三上七郎が会社の商業帳簿に基いて本訴訟の為めに作成したものであると認められるが、その納品に関する記載内容を真正に成立したと認める甲第五号証及び第六号証の各一、二、三と対照して比較すると互にほぼ一致して居り、アンプルの数量とその容器である石油箱の数量の関連を明らかにしている点で右甲号各証より明確且合理的であることに徴して、その記載内容は返品の点に付いても比較的真実に近いものと認める。よつて、当日の返品について右乙第三号証と甲第五号証の一、第六号証の一、二とを対照して裁判所はアンプル九千九百本、石油箱十五箱と認定する。原告は石油箱の返品を認めていないが、アンプルの返品に石油箱の返品の伴わない事態は考えることができない。また原告は当日のアンプルの返品の数は九百六十本と主張するが、前記各書証によつて認められる当日以前に訴外会社が納品したアンプルの数と箱数との関係から、当日の返品は昭和二十四年十二月二十日の納品がそのまま返品されたものと認めるが合理的であつて、原告主張のように九百六十本になるようにするためには石油箱からアンプルを一部取り出して返品したことになり不合理である。しかしながら右石油箱の単価を四十三円と主張する被告の主張は誤りであつて、後記返品の性質上当然前記納品当時の評価の四十円とすべきものである。従つて当日の返品の価額は合計二万七千三百三十円となる。
3. 昭和二十五年二月十四日の返品について、
原告は当日の返品を否定するが証人印南覚蔵の証言によれば、当日幾許かの返品があつたこと明瞭であつて、証人三上七郎の証言及び前記乙第三号証及び甲第五号証の一によつて裁判所はその数量をアンプル一万七千五百二十本石油箱二十七箱即ち昭和二十四年十二月二十九日納品されたアンプル九千四百二十本石油箱十三箱と同年十二月十九日納品されたもののうち、六百個入り十三箱と三百個入り一箱と認める。ただ、右返品は訴外会社から被告会社宛の債権譲渡通知が被告会社に到達した昭和二十五年一月三十一日以後にされたものであるから民法第四百六十八条第二項によつて債務者が譲受人に対抗することのできる事由に含まれるか否かが問題となるが、元来返品は買受人が売渡人の債務の本旨に添わない提供に対して受領を拒絶する行為であつて、売買目的物の瑕疵等のために引渡の効力を生じない場合であるから、返品による売買代金債務の不存在の主張は右提供の時に生じた事由を主張するものである。しかして本件の場合訴外会社から被告会社への提供はいずれも債権譲渡通知が被告会社に到達する以前であつたこと明白であるから、被告会社は右昭和二十五年二月二十四日の返品を債権譲渡通知到達前に発生した事由として原告に対抗することができる。よつて当日の返品は価格において金四万八千六百三十三円である。
以上訴外会社が被告会社に納品したアンプル及び石油箱の代金合計二十三万五千三百四十七円から右2.及び3.の返品の価額二万七千三百三十円及び四万八千三百八十四円を差引き十五万九千六百三十三円が訴外会社の被告会社に対する売掛代金債権の額であつて、同額が原告に有効に譲渡せられ、被告会社は原告に対してこれを支払う義務がある。
よつて右金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十五年五月十九日以降支払済に至るまで年六分の割合の損害金の支払を求める限度において原告の請求を正当として認容し、原告その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 長瀬清澄)