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大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)18号 判決

原告 心王院大壤

被告 西村徳文

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二万五千円と引換に大阪市住吉区粉浜本町一丁目九番の一地上、家屋番号同町第十九番の二、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪十二坪五合二階坪八坪五合の家屋の所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「原告は昭和二十年四月二十四日以来被告よりその所有に係る請求の趣旨記載の家屋を賃借していたものであるが、昭和二十四年七月十日右家屋を買受けることとし、原告の代理人心王院春一と被告の代理人斎見幸助と話し合つた結果、原、被告間に右家屋を代金六万円とし、同年九月末日までに代金を完済すると同時に所有権移転登記手続をする旨の定めで売買契約が成立し、即日斎見に右内金として金三万五千円を交付したものであるが、同年九月中旬頃原告は残金の調達に奔走していたところ、被告の代理人斎見が残金の調達に困られるようならいま無理をして支払わなくともよい、右家屋を空家にして第三者に売れば相当高く売れるから、転売して得た代金で残金を支払つてくれればよいと厚意ある話をしてくれたので、同人に対し残金支払の猶予を求めるとともに、適当な買主があれば知らせてもらいたいと依頼しておいたところ、その後斎見から何等の知らせもないので、ひとまず残金を支払つて右家屋の所有権の移転登記を受けようとして、被告にその旨申し出たが、被告は言を左右にしてこれに応じないので、ここに被告に対し昭和二十四年七月十日原被告間に成立して右家屋の売買契約の履行として、残金二万五千円と引換にその所有権移転登記手続を求めるため本訴請求に及んだ。

また被告の答弁に対し、

被告が天野俟三及び斎見幸助に右家屋の売買契約締結の代理権を授与していたことは、当初原告の代理人心王院春一が売買交渉のため被告方を訪問したところ被告の母西村ツタへは借家の売買は天野に一切委せてあるから天野に話してくれとて天野方に案内したこと、並に天野が不在であつたので更に斎見方に案内して同人に引合せ、この人と話をしてくれとて斎見に売買の折衝を一任して帰つた事実に照し明らかなところであつて既に右両名に右家屋の売買契約の締結を委任した以上特別の理由がない限り右契約における代金受領の権限をも与えていたものといわねばならないから、斎見等が内金を受領したことはすなわち被告においてこれを受取つたことになるものである。

右売買契約は心王院春一の承諾を得て解消したという被告の主張事実は否認する。

仮に被告より春一に対し被告の主張するような右売買契約解消の申し入れがあつたとしても、春一が天野等に右内金の返還を求めても、同人等は面目上これに応ずるはずはないし春一も既に成立した契約を解消し天野等より右内金を取戻してまで契約をあらためて締結し直すということは考えられないことである。

また原告は右家屋を三井勲に売渡しその所有権を有しないという被告の主張事実も否認する。

すなわち春一が終始原告の代理人であることは認めるが、心王院忠三郎は原告と親子関係はあるが血縁はなく、殊に性行不良のため勘当同様にしており、原告が福井県下に疎開した後春一に右家屋の管理をさせていたところ、忠三郎が帰つてきたので、右家屋に同居させていたがそのうちに同人の妻の親兄弟を同居させ右家屋を占拠したので、立退料金三万円を忠三郎等に支払つて退去させ、再び春一に管理させていたものであつて、原告は忠三郎に右家屋の売買を委任したことはないから、忠三郎が被告より右家屋を買受けてこれを三井に売渡したとしても原告には何等の関係をも生じない。

仮に原告は右家屋を第三者に売渡したとしても、原、被告間に成立した売買契約に基く所有権移転登記請求権を失うものではない。」

被告訴訟代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、答弁として述べたところは、次のとおりである。

「原告の主張事実中被告が、原告主張の家屋を所有しその主張の頃より原告に賃貸していたものであることは認めるが、右家屋の売買につき天野俊三や斎見幸助に代理権を与えていないから、原告の主張するような売買契約は原被告間に成立していない。

仮に原告の主張するように被告が右家屋の売買契約締結につき天野や斎見に代理権を与えていたとしても、同人等に売買代金の受領権限は与えていないから、原告の代理人春一が斎見に金三万五千円を交付したことは、被告において内金として受取つたことにはならない。

むしろ右金三万五千円は春一が右家屋の修理を天野に請負わせたが、その代金の支払をしないので、天野においてその支払に当てたものである。

仮に原告の主張するように、原被告間に右家屋の売買契約が成立したとしても、被告は原告より天野等にその内金の支払がされていることを他から聞いたので、春一に対し右家屋の売買について天野と交渉することを断り、右内金は天野から取戻してもらいたい、また右売買は被告と直接しなければ効力を生じない旨申し入れ、春一よりその承諾を得たから、右売買契約は解消したものである。

その後昭和二十四年十二月中旬頃、心王院忠三郎及び春一は原告の代理、として、右家屋を訴外小林雋春の周旋により訴外三井勲に周旋手数料金二万円を含めて代金十四万五千円で売渡すことになり、あらためて被告に右家屋を金六万円で買受けたい旨申し込んだので被告はこれを承諾し、間もなく、三井は春一に右内金として金四万円、さらに数日後忠三郎に残金八万五千円をそれぞれ支払い。忠三郎は被告に右家屋の買受代金として金六万円を支払つたので、被告は右家屋の所有権移転登記手続に要する書類一切を忠三郎に交付し、忠三郎はこれを三井に交付した。したがつて右家屋の所有権は被告より原告へ、原告より三井へ移転したものであつて、原告はその所有権を有しないものである。

原告は忠三郎に代理権を与えていないと主張するが、原告は右家屋に昭和二十年以来約一年間春一とともに居住していたが、その後原告は福井縣下に疎開し、春一も他に転居したので、以後数年間忠三郎が居住し、家賃を支払つていたものであるから、忠三郎は原告の代理人であり、且被告において忠三郎に右家屋の売買につき代理権限があると信ずる正当の理由があるものである。」

<立証省略>

三、理  由

原告主張の家屋がもと被告の所有であり、これを原告が昭和二十年四月以降被告から賃借していたことは当事者間に争いがない。

そして証人斎見幸助の証言により成立を認める甲第三、四号証に証人斎見幸助、天野俊三、心王院春一(第一回)の各証言、原告本人の供述、証人西村ツタへの第一、二回証言の一部を総合すれば、原告は昭和二十四年七月十日被告の代理人である斎見幸助から右家屋を代金を六万円とし、同日内金三万五千円を支払い、残金は同年九月末日までに所有権移転登記と引換に支払う約で買受けた事実を認めることができる。

被告は斎見幸助に代理権を与えた事実はないと抗争し、証人西村ツタへまたその第一、二回証言において極力右被告の主張に副う供述をするのであるが、前示証人心王院春一(第一回)の証言、原告本人の供述及び右証人西村ツタへの第一、二回証言の一部によれば、当初右家屋の売買につき原告の代理人である心王院春一が被告方を訪れた際、被告の母でありまた代理人である西村ツタへは売買の話なら天野俊三にまかせてあるからとて、まず春一を天野方に同道し、同人の不在なるを知るや更に斎見幸助が天野の代理であり天野と同様な関係の人であるとて斎見方に春一を同道の上、右家屋売買については斎見と話してくれとて斎見に話を一任して帰宅した事実を認めるに足るのであつて、右事実に証人斎見幸助、天野俊三の各証言を対照すれば天野及び斎見に代理権を与えた事実なしとする西村ツタへの証言は真実に反するものであり、前認定の通り斎見等に被告の代理権があつたものと認めるのが相当である。

しかしまた証人西村ツタへ(第一、二回)証言の一部、同小林雋春(第一、二回)三井勲の各証言、同心王院忠三郎、心王院春一(第二回)の各証言の一部を総合すれば、原告は右認定の如くにして被告の代理人である斎見幸助と右家屋買受の契約を結び内金三万五千円を同人に支払つたものであるが、斎見は右内金を天野に交付し、天野はこれを被告に交付しなかつた為、その後原告の代理人である心王院春一(同人が右家屋売買につき終始原告の代理人であつたことは原告の認めるところである。)は一方において被告の母西村ツタへより内金を直接交付しなかつたことの不服を訴えられ、爾後の取引は一切天野や斎見を経由せず直接にせられたい旨の申入を受けると共に、他方右春一は右家屋買受後これを修理して他に転売せんとし、その修理を斎見に依頼し天野の手によつてその修理を行つたものであるが、その修理代金は支払未了のままとなつており、またこれを転売せんとすれば所有権移転登記等被告の協力を要することは明かであつたので、その後同年十二月中旬頃小林雋春等の仲介によりこれを他に転売の機運となるや、被告の代理人である西村ツタへに代金六万円全額を改めて支払う旨を伝えて転売の了解を求め同人の承諾を得て右小林の仲介により三井勲と手取代金十二万五千円(外に小林の周旋料二万円三井負担)の約で転売契約を締結しその内金四万円を受領したが、残金取引の当日である同月二十日頃には右四万円を持参して福井県下の原告方に行つてこれに立会わず、当日は三井への転売については小林を春一に紹介し常に右売買に関係していた原告の養子であり春一の義弟に当る心王院忠三郎がこれに立会い、同人において三井よりの残代金を受取りその内金六万円を西村ツタへに支払い同人より所有権移転登記に要する書類の交付を受けてこれを三井に交付しその取引を完了した事実を認めることができる。

そしてまた原告は右忠三郎の代理権を争い、忠三郎に右家屋につき被告よりの買受及び三井への転売について原告を代理する権限があつた事実はこれを認めるに足る証拠はないのであるが、証人西村ツタへの第二回証言により成立を認める乙第二、三号証に同証人(第一、二回)心王院忠三郎の各証言の一部及び原告本人の供述を総合すれば原告と心王院忠三郎との続柄は前認定の通りであつて、原告は本件家屋を被告より賃借した当初の約四ケ月間はその妻、心王院春一の妻子等家族と共に自ら右家屋に居住していたが、昭和二十年八月以降は春一のみを残して他は福井縣下に疎開し春一に右家屋の管理をさせており、翌二十一年夏頃忠三郎が復員の後は春一と共に忠三郎を右家屋に同居させ、その後は前記昭和二十四年七月の売買契約の頃に至るまで被告に対する賃料も概ね忠三郎に支払わせていたものであつて、前認定の最後の売買及び転売の取引に当つても被告の代理人である西村ツタへは原告と忠三郎との関係が前記の通りであつたので忠三郎を原告の代理人と信じてその取引に応じたものであることを認めることができる。

証人心王院忠三郎の証言中認定に反する部分は他の証拠に対比し自己の原告に対する立場を考慮しての虚偽の証言と解せられ採用することはできないところであり、また証人心王院春一はその第一、二回証言で原告と三井との売買契約は成立したものでない旨証言し、また第二回証言では春一が小林より受取つた四万円は片岡某に対する転売を有利にする為の見せ金に過ぎず、三井との売買契約代金の内金ではないと証言するのであつて、片岡某に対する転売を有利にすべく、原告と小林間に石倉金八を買主とする代金十八万円の虚偽の売買契約証が作成せられた事実があり、また春一より石倉に対する四万円の内金領収証が作成せられる等諸種のからくりの為された事実は証人心王院春一、小林雋春(各第二回)の証言及び同証言により成立を認める甲第五、六号証によりこれを認めるに足るのであるが、春一は右金四万円を小林より受取る以前既に三井名義の小切手により金十一万円(小林はこれを九万円と証言するのであるが、いずれにせよ代金総額よりは少額で後に受領の四万円よりは多額の金)を小林より受領したが、十二万五千円全額ではなかつたので残金を呉れねば困ると思い一応小林に返還した旨証言し、また小林より受領の四万円は若し春一の云う如く片岡への見せ金に過ぎないものとすればこれをその見せ金の用に供しないならば当然小林に返還すべきものであるのに、これを持参して福井縣下の原告方におもむいたものであること、また同人自身の証言するところである。さらに証人西村ツタへ(第一、二回)の証言によると、上記昭和二十四年十二月二十日頃代金および登記申請書類の授受をした際その場へ原告代理人心王院春一の妻が春一の使として春一の不在を理由にその取引延期の希望を申出てきているのであり、このことは春一がその日に右代金等の授受をすることを被告や三井勲に約束していたことを物語る彼此総合として小林雋春、西村ツタへ(各第一、二回)の証言と対比すれば春一が原告の代理人として三井との転売契約を成立せしめたものでなく、また前記金四万円はその転売代金の内金として受取つたものではないとする春一の証言はこれを信用することはできない。

そこで右事実関係の下において果して被告に原告主張のような所有権移転登記の義務があるかどうかについて考えてみるのに、原告主張の当初の売買契約が原被告間に成立したことは前認定の通りであるが、右売買契約についてはその後昭和二十四年十二月中旬頃原告の代理人である心王院春一より被告の代理人西村ツタへに改めて代金六万円全額を支払う旨を伝えて転売の了解を求め同人の承諾を得たことまた前認定の通りである。そして右後の了解により当初の契約が如何に変更せられたものと解すべきか聊か疑問がないでもない。或はこれを以て当初の売買契約は一応当事者間の合意を以て解除せられ、これと同時に改めて前と同一金額の代金による売買契約が締結せられたものと解することもできよう。また或いはこれを契約そのものは当初の契約の継続であり、ただ代金を従前支払の三万五千円は原告と天野等との関係に残してその二重払を承認したに過ぎないものと解すべきであるかも知れない。しかし若し前者と解すべしとすれば原告主張の当初の売買契約は最早合意解除せられて存在しないのであるから今更被告にその契約上の義務履行を求めることはできないこと明かであるし、またこれを後者と解するとしても被告の原告に対する右売買契約上の売主としての義務は、その後被告の代理人である西村ツタへにおいて原告の代理人たることを信ずべき正当の事由があるものと解せられる心王院忠三郎を経て転得者である三井勲に対し中間省略登記の為の所要の書類を交付することによりその履行を終つたものと解すべきであるから、右いずれであるにせよ、被告に対し売買契約上の義務履行として所有権移転登記手続を求める原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて右理由により原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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