大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)2165号 判決
原告 日本時計硝子工業株式会社
被告 岡山直申 外三名
一、主 文
被告等は連帯して原告に対し金三十六万円及び之に対する昭和二十三年十二月十六日以降完済迄年五分の割合による金員を支払うこと。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の連帯負担とする。
この判決は原告に於て各被告に対し夫々金五万円の担保を供するときは、勝訴部分に限り、夫々仮に執行することができる。
二、事 実
原告会社訴訟代理人は「被告等は連帯して原告に対し金三十六万円及び之に対する昭和二十三年十二月十六日以降完済迄年六分の割合による金員を支払へ、訴訟費用は被告等の連帯負担とする」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として「原告会社は被告等四名及び訴外安達太一、西尾清、森田博太の計七名の発起により、他に株主二名を募集して、昭和二十三年十二月十六日設立されたところの資本金百万円、株式総数一万株一株の金額百円の株式会社で而して設立当初、代表取締役は被告岡山、取締役は被告北側孝信及び右訴外森田、西尾、安達、監査役は被告北側栄太郎及び被告宮田であつた。而して右設立に際し、右訴外森田は四千六百株、西尾は千三百株、安達は千百株、被告岡山及び北側孝信は各千株宛、被告北側栄太郎及び宮田は各三百株宛、他の募集株主二名で計四百株を引受けたが、被告等その他の株式引受人の払込を仮装するため、右訴外西尾は被告北側孝信の指示により設立登記完了迄の所謂見せ金として、訴外堺市東百舌鳥農業協同組合より発起人組合名義で金百万円を期限一週間の定で借受け、被告等その他の引受人から株式払込があつた如く装い、之を大阪銀行片江支店に預金し、同支店よりその旨の保管証を受取り法定の手続を進めて前記載の日に設立登記を了したのであるが同月十八日頃被告北側孝信は当時の代表取締役であつた被告岡山振出、支払人前記大阪銀行片江支店、額面百万円の小切手を以て前記組合に対する債務の弁済をなし、前記預金を全額引出したのである。以上の如く被告等その他の引受人はいづれも各引受株式の払込をしないで単に払込の仮装をしたに過ぎず、その後被告岡山は金五千円及右訴外安達は千五百円、西尾は十万円、森田は十三万円を払込んだ丈で、その他の株式払込は未済である。仍て商法第百九十二条第二項によつて発起人である被告等は右払込未済の株式に付て遅くとも原告会社成立の昭和二十三年十二月十六日以降は連帯してその払込をなす義務があるのであるから、茲に被告等に対し連帯して右払込未済の株式全額の内金三十六万円及び之に対する昭和二十三年十二月十六日以降完済迄商法所定の年六分の割合の遅延損害金の支払を求める。
仮に右主張が理由がなく、右訴外組合からの借入金百万円を訴外銀行へ預入れたことによつて発行株式全部の払込があつたと解すべきであるとしても、その後間もなく原告会社主張の如く右借入金百万円を返済して原告会社の資本欠除をもたらし、原告会社に同額の損害を被らしめたのは発起人たる被告等の原告会社設立に関する任務懈怠によるものであるから被告等は商法第百九十三条に基き、原告会社に対し連帯して右損害金の賠償義務がある。仍て被告等に対し連帯して商法第百九十三条による発起人としての損害賠償債務金の内三十六万円及び之に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十五年七月三十一日以降完済迄商法所定の年六分の割合の遅延損害金の支払を予備的に請求する。と述べ尚仮に被告等主張の如く原告会社の設立が無効であるとしても、その無効は商法第四百二十八条により原告会社設立の日より二年内に訴を以てのみ主張することが出来るのであるから被告等の主張は採るに足りないと述べた。<立証省略>
被告北側孝信及北側栄太郎両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として「原告の主張事実中、原告会社の資本金、株式総数、一株の金額発起人及び株式引受人その株式引受数及び設立当初の役員が原告主張の通りであること、原告主張の借用金を訴外銀行に預金しその旨の保管証をうけ、手続を進めてその主張の日時設立登記がなされていることは認めるがその他は争う被告等両名は引受株式を発起人の一人である訴外西尾清に交付して株式払込方を一任し同訴外人が原告会社主張の組合より金員を借用して現実に右株式の払込に充て被告等の株式払込義務は之により履行済であつて右は原告会社主張の如き所謂見せ金ではない。もしも原告会社主張の通り所謂見せ金とするならば資本充実の原則から原告会社の設立自体無効で原告会社の本訴請求は不適法となる訳であるが原告会社がその設立を有効として本訴請求をする以上、被告等の引受株式の払込があつたことを自認するものといわねばならない。
仮に被告等に原告が第一次的に主張するところの連帯債務があるとしても、それは原告会社の設立登記完了迄にその履行の請求をなすことが必要であるのに原告会社はその請求をしなかつたから原告の第一次的請求は失当である。又原告主張の予備的請求原因事実に付原告会社の設立登記後、被告北側孝信が原告会社主張の如く訴外西尾に指示して訴外組合に借受金の返済をしたことはない。仮に右借受金の返済があつたとしても原告会社設立後の取締役の責任であつて発起人としての被告等がその責任を負担すべきいわれはない。」と述べた。<立証省略>
被告岡山及び宮田両名の訴訟代理人は「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として「原告会社の主張事実中原告会社の資本金株式総数一株の金額発起人及び株式引受人その株式引受数及び設立当初の役員が原告主張の通りであること原告主張の借用金を訴外銀行に預金しその旨の保管証をうけ、手続を進めてその主張の日時に設立登記がなされていることは認めるが、その他は之を争う。被告等両名はその引受株式の払込方を訴外西尾清及び安達太一に一任し同人等に於て被告等のため株式の払込をなしたものである。もしも原告会社主張の如き事情で株式払込がないものと解すべきものであるならば、資本充実の原則から原告会社の設立無効で本訴請求は不適法と言わなければならない筋合である。又原告会社の第一次的請求原因は商法第百九十二条第二項に基く発起人の払込義務履行を請求するものであり、予備的請求原因は同法第百九十三条第一項に基く発起人の損害賠償請求であるから、両者は請求の基礎を異にするから予備的請求は不適法である。のみならず予備的請求原因中原告会社主張の如く訴外組合にその借受金返済の事実があつたとしてもそれは原告会社設立後の取締役の責任に帰すべきで被告等の関知するところではないからいずれにしても原告の本訴請求は失当である」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告会社の主張事実中原告会社の資本金株式総数一株の金額発起人及び株式引受人、その株式引受数が原告主張の通りであること原告主張の借用金百万円をその主張の銀行に預金しその旨の保管証をうけ発行株式全部の払込があつたものとして手続を進めてその主張の日時に設立登記がなされていることは当事者に争のないところで、証人西尾清、武川伊兵衛の各証言によれば、右設立登記後一週間余にして、原告主張の如く右預金百万円はその主張の銀行から引出されて返済されていることが認められる。
そこで第一の争点であるところの右百万円の預金をしたことを以て引受株式全部の払込があつたと解されるかどうかに付て考察するに前記証人西尾、武川の各証言によれば、右百万円の預金は単に設立手続の形式をととのえるため、当初より極く短期間預け入れ設立登記手続完了後間もなく之を引出しその借受先に返済する意図のもとに預け入れられたことが認められ、而して亦右意図の通り、設立登記後僅か一週間程で右預金百万円が引出され返済されていること前段認定の通りである点及び設立当初の役員がすべて発起人で占められている点から考えると、これは法の期待する資本充実の原則に反し原告主張の通り株式の払込を仮装したものと断じない訳にはいかない。従つて原告主張の如く株式の払込がないものと言わなければならない。
被告等は株式の払込がないものとすれば原告会社の設立は無効で原告会社は法人格がないことになるから本訴請求は不適法として却下さるべきであると主張するが、会社設立の無効はその成立の日より二年内に訴を以てのみ之を主張することができることは、商法第四百二十八条の明記するところで、会社設立無効の判決が確定する以前に於ては会社は事実上有効に成立したのと同一視され、尚人格を有するものである。従つて従令前段認定の通り株式の払込は仮装で資本の欠缺は著しいものがあるため、原告会社の設立は実質的には無効であると言うべきではあるとしても原告会社の設立無効の判決が確定したとの主張立証はないのであるから被告等の右主張は採るに足りない。
そこで被告等は発起人として払込未済の株式に付ては連帯してその払込をなすべき義務があると言わなければならないが、本件の如く発行株式全部の払込がないという場合にも被告等にその払込義務があるといえるかどうかは商法第百九十二条第二項の解釈上問題がない訳ではないが、原告会社が本訴に於て払込を請求する金額三十六万円は資本金総額の約三分の一にあたるとはいえ、いずれも被告等及び取下前の被告安達太一が前記の如く夫々引受けた株式の払込金額の合計に該当し被告等に於て夫々本来その各自引受けた株式の払込義務があるものでありしかも被告等及び安達はいずれも発起人であるから、未払込の右金三十六万円の支払を被告等に連帯して負担させても前記法条の法意に反しないものと解する。
被告北側両名訴訟代理人は右払込請求は設立登記手続完了迄になさるべきに、その請求がないから本訴請求は失当であると主張するが、この様に解さなければならぬ根拠はないから右主張は採用できない。
原告会社は右払込金に付年六分の遅延損害金の支払を請求するが株式払込は商行為に因りて生じた債務に該当しないし他に年六分の割合による旨の特別規定も特約もないから民法所定の年五分の割合によるべきで、而して被告等は遅くとも原告会社創立総会招集時迄には右払込をなすべきであるから少くとも原告会社設立登記のなされた昭和二十三年十二月十六日以降右の割合による遅延損害金の支払義務がある。
仍て爾余の判断をする迄もなく、被告等に対し金三十六万円及び之に対する昭和二十三年十二月十六日以降完済迄年五分の割合の遅延損害金の支払を求める範囲内で原告会社の本訴請求は正当として之を認容し、その余の請求は之を棄却し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条、仮執行の宣言に付同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 井上三郎)