大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)2667号 判決

原告 価格調整公団

被告 国

一、主  文

西宮市今津真砂町十二番地訴外東洋製鋼株式会社より原告に対する昭和二十五年四月分鉄鋼価格調整補給金債権のうち金九十六万千九百八十七円及び同年五月分同右債権金二百八十八万八千十三円の存在しないことを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は昭和二十二年法律第六十二号価格調整公団法に基いて設立された法人であつて、経済安定本部総務長官の定める方策に基く価格等の調整のための資金の受入または交付、経済安定本部総務長官の定める方策に基く価格等の調整のための買取及び売戻、並びに以上の業務に附帯する業務を目的とするものであるところ、原告はこれが業務として、多数の品目の物品について価格調整を行つていたのであるが、鉄鋼及びカーバイトも取扱品目に属し、鉄鋼関係については、価格調整のため各製造業者より一定価格をもつて製品鉄鋼全部を買取り、更に一定価格をもつて各業者に売戻すとともに、経済安定本部総務長官の定めるところに従い、業者に価格調整補給金を交付して来たのであるが、鉄鋼の買取、売戻と補給金の交付の業務は昭和二十五年六月末日限り廃止になり、また、カーバイト関係については買取と売戻を行つて来たのであるが、この業務は同年三月末日限り廃止になつた。

西宮市今津真砂町十二番地訴外東洋製鋼株式会社は棒鋼の製造とこれに附帯してカーバイトの製造を目的とする商事会社であつて、大阪市東区今橋三丁目原告公団大阪支所の所管に属し、同支所において同訴外会社に対する価格調整業務を施行して来たのであるが、同訴外会社は原告に対し鉄鋼価格調整補給金として、昭和二十五年四月分金二百五十二万七千二百九円および同年五月分金二百八十八万八千十三円の交付金を受けるべき債権を有するに対し、原告は同訴外会社にカーバイト売戻代金三百八十五万円の債権を有し、右各債権は昭和二十五年六月十二日にはいずれもすでに履行期が到来していた。ところが、西宮税務署長は各訴外会社の納付すべき戦時補償特別税金千二百五十四万五百四十五円、督促手数料、延滞金および滞納処分費金十円徴収のため、昭和二十五年六月十二日右訴外会社の原告に対する前記鉄鋼価格調整補給金債権を差押える旨、原告に通知したのであるが、原告は右訴外会社に対し、同月十六日到達の書面により、原告の右訴外会社に対する前記カーバイト売戻代金債権をもつて右訴外会社の原告に対する五月分鉄鋼価格調整補給金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をし、更に同月二十七日到達の書面により右カーバイト売戻残債権をもつて右訴外会社の原告に対する四月分鉄鋼価格調整補給金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をし、併せて同月二十九日この旨を西宮税務署長に通知した。よつて、被告により差押えられた右訴外会社の原告に対する前記鉄鋼価格調整補給金債権は五月分はその全額、四月分は内金九十六万千九百八十七円が原告のした前記相殺により消滅したわけである。しかるに被告は右債権の消滅を争うのでその不存在の確認を求めるため本訴に及んだ次第である。」と述べ、

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として

「原告主張の事実はすべてこれを認めるが、原告主張の債権が相殺により消滅することは争う。およそ国税徴収法による国税滞納処分として、納税者の第三者に対する債権が差押えられたときは、第三債務者は、この差押通知以後は相殺をもつて国に対抗することはできないものであるから、原告の本訴請求は失当である。」と述べた。

なお、双方の本件争点に関する法律上の見解は末尾添附の別紙の通りである。

三、理  由

本件において事実関係については、すべて当事者間に争はなく、被告より国税徴収法による滞納処分として差押を受けた訴外東洋製鋼株式会社の原告に対する原告主張の鉄鋼価格調整補給金債権が、原告において右差押前から同訴外会社に対して有していたカーバイト売戻債権を反対自働債権として、原告が右差押の後にした相殺の意思表示によつて消滅したものと解すべきかが唯一の争点であり、問題は国税徴収法第二条の「国税の徴収はすべての他の公課および債権に先だつものとす」との規定の適用について、同法による滞納処分として差押を受けた債権(被差押債権)に対する反対債権による相殺の効力をいかに解するかの法律解釈の問題に帰着する。

この点の解釈について当裁判所は、国税徴収法第二条は被差押債権の債務者が反対債権をもつてする相殺の効力を特に制限する趣旨を含むものではないと考えるが、その理由はつぎの通りである。

まず、相殺という制度の本質なり作用においてつぎの二つの点に特に着目せねばならない。すなわち(一)同一当事者間に相殺に適する二つの債権が相対立する場合、相殺の意思表示があるまでは一応その二つの債権はそれぞれ別個に併存するのであるが、当事者としては、相殺の意思表示前からすでに対当額において決済されて消滅したと同様に考え、債権の取立にも債務の履行にもほとんど関心を失つているのが通常であり、事実としては、債権の対立は有名無実の状態にあるものということができる。法律はこのような事実上の関係に法的意味を与えているのであつて、たとえば民法が第五百八条で時効にかかつた債権でも、時効の完成前相殺の適状にあつたものはこれを相殺に供することをみとめ、また、第五百六条で相殺の効力を債権が相殺に適したはじめにさかのぼらせているのは、右の点を十分に考慮した結果であり、逆に第五百十一条で、支払の差止後に取得した債権による相殺をみとめないのは、その場合は、当事者が、上にのべたような考えなり、態度なりにいたるべき関係になく、第五百六条を第五百八条の規定に予定された場合を逸脱しており、この場合もはや前述のような考慮の必要はないとする見地に立つた規定と解することができる。そして(二)相殺は一面たしかに債権(相殺自働債権)の効力であるが、とくにまた相殺受働債権に対する債務免脱の一方法である。民法が相殺を債権の消滅原因としてとらえ、「債務者は相殺によつてその債務を免れることができる」(第五百五条)という表現をしているのも、単に表現の形式にすぎないというべきではなく、やはり一般当事者の気持が相殺を債務免脱の点に重きをおいて考えている事実に対応するものと考えなくてはならない。端的にいうと、相殺権は、本来債務者の権利である。この点破産法は相殺権の規定において、相殺をその自働債権の効力としてとらえた規定のしかたをしているが、破産の場合はその自働債権もとにかく一つの破産債権として、他の破産債権との関係を決する必要もあり、その特異な立場からそのような規定の形を便宜としたものと考えられる。しかし破産法も相殺権を、債権の効力の形で規定しながらもやはり、他の債権に優先して保護しているのであり、その保護の根拠としては相殺権が本質的には、債務者の権利である点をひとしく考慮しているわけである。

以上の点を考慮して国税徴収法に接すると同法は第二条で、国税徴収権が単に債権に先だつことを規定するにとどまり、被差押債権の債務者の立場についてはまつたくふれるところがないのであり、債権の効力たる一面をもちながらも、その核心は債務者の抗弁権たる点に存すること前述のごとき相殺権については、法律上も単純に通常の債権の効力と一律にとりあつかわれるに適しない性格をもつのであるから、同法がこの相殺権をその特質を無視して単純に、いわば形式的な債権の効力の側面でとらえ、単に「債権に先だつ」の一語をもつてその効力を全く否定し去つたものだと考えるのはきわめて困難である。なるほど、破産法にもその例をみるように、相殺権を債権の効力としてとらえて規定することは可能である。しかしそのような、相殺権の本質にかんがみて異常なとらえ方をしたとするには相殺権のそのようなとらえ方をしたことがとくに明確に示されること破産法のごとくであるか、少くとも法全体の趣旨からそのことが決定的にみとめられなければならないが、国税徴収法が相殺については条文上まつたく沈黙していること前述のごとくであるし、同法全体を通じて相殺権について、第二条がこれを債権の効力としてとらえている趣旨と解せねばならない必然性のみとむべきものがない。

この点国税の徴収は国家財政上絶対に確保しなければならないこと国税は他の債権に優先する公法上の請求権であり、その徴収を目的とする債権の差押は一つの行政処分であつて、これに対して、私法上の権利関係に適用さるべき民法の規定は適用または類推すべきでないことを強調する被告の主張をかえりみなければならないが、これについては国税徴収法による滞納処分として債権の差押がなされた場合、被差押債権の債務者としては、いかなる立場に立つことになるかを明らかにしておくことが必要であるしそれにより、ことはおのずから明らかになつてくるものと考えるので、つぎにその点の解明をこころみよう。

被差押債権の債務者は、差押によつて自身国税を徴収されることになるわけではなく、ただ、国によつて被差押債権者に代位して被差押債権を取立てられるにすぎない。(国税徴収法第二十三条の一)また、差押は行政処分であるが、行政処分の触れるところ、すべてが公法関係に転化するというものではない。国は差押によつて被差押債権の取立権を取得し、被差押債権者と債務者との間の債権関係に取立権者として割り込む。そこまでが行政処分たる差押の効力であり、国は差押によつて、被差押債権とは別に、新しい公法上の権利を債務者に対して取得するわけではない。従つて、国がこの取立権によつて取立てるべきものは、債権すなわち従来のままの被差押債権であり、取立権者たる国との関係においても、この債権が私法上の債権たる性質を変ずることはない。つまり、国は差押によつて、国税滞納者に対しては権力関係に立つて公法上の国税徴収権を、被差押債権の債務者に対しては私法上の債権者の立場に立つて債権を行使する関係に立つべきものというべきである。そしてこれを被差押債権の債務者の側からいうと、債務者としては差押によつて、履行の相手方として被差押債権者を排除して新たに国が取立権者として前面に立ち現われたというだけのことであつて、履行すべき債務の性質態容に変化をこうむるにいたるものではない。だから、債務者の立場は本来の立場のまま十分尊重されるのが当然であるといわねばならない。

国税徴収法上被差押債権の債務者の立場は右のごときものである。同法第二条が相殺権を債権の効力としてとらえてこれを否定しているものと解し難い所以はこれからも明らかになるものと思う。

国税の徴収は確保されなければならない。しかしまた、他の法秩序とくに私法秩序とも適当に調和を保つて遂行されねばならぬとするのが国税徴収法の立場であるはずであり、その立場から同法は滞納処分として国税の徴収を強行するについても第三者たる被差押債権の債務者に対しては、国が国税滞納者に代つて債権者の立場に立つことで満足し、その債務者にまで前述のごとき特質を有する相殺権の行使を制限してまでその犠牲をもとめるほど権力的な立場に立とうとしているものではないと解するのが相当であると考える。

従つて被差押債権の債務者は、差押前に取得した債権をもつてならば、差押後も被差押債権に対して相殺をすることができ、相殺の限度で国に対し被差押債権の消滅を主張してその支払を拒むことができるといわねばならない。

被告はこの結論について、国税徴収法第三条が「納税人の財産上に質権または抵当権を有する者その質権または抵当権の設定が国税の納期限より一箇年前にあることを公正証書をもつて証明したるときは該物件の価額を限とし、その債権に対して国税を先取せざるものとす」と規定し、国税の徴収に対し質権及び抵当権に制限を加えているのと均衡を失するというが、前述の相殺の本質から考えて相殺権を質権抵当権よりも尊重する合理的根拠は十分にあり、かえつて、逆に質権抵当権が尊重されて相殺権がまつたく無視される結果となることこそいかにも不合理であると考えなければならない。

以上結論したところを本件についてこれを見れば、被告が訴外東洋製鋼株式会社に対する国税等について国税徴収法による滞納処分として、同訴外会社の原告に対する鉄鋼価格調整補給金債権のうち昭和二十五年四月分である金二百五十二万七千二百九円、同年五月分である金二百八十八万八千十三円につき、同年六月十二日これが差押通知を原告に送達し、これに対し原告がそれ以前既に有し、且つ同日において既に弁済期の到来していた右訴外会社に対するカーバイト売戻債権金三百八十五万円を反対自働債権として同年六月十六日右訴外会社に対し、その原告に対する前記同年五月分鉄鋼価格調整補給金債権金二百八十八万八千十三円とを対当額において相殺する旨の意思表示をし、ついで右反対債権の残額をもつて同月二十七日右訴外会社に対しその原告に対する前記同年四月分鉄鋼価格調整補給金債権金二百五十二万七千二百九円とを対当額において相殺する旨の意思表示をし、同月二十九日その旨被告に通知したことは当事者間に争がないところであるから、原告のしたこの相殺は差押債権者である被告に対しても対抗することができるものと解され、従つてこれにより右差押に係る右訴外会社の原告に対する前記債権は右にあげた昭和二十五年五月分についてはその全額即ち金二百八十八万八千十三円、同年四月分については、前記反対債権の残額である金九十六万千九百八十七円の限度において消滅したものといわなければならない。よつてこれが不存在の確定を求める原告の本訴請求を正当と認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)

被告の法律上の見解

滞納処分による債権の差押があつたときは、政府は督促手数料、滞納処分費及び税金額を限度として、債権者に代位し、第三債務者より給付を受けた通貨は、これを優先的に右の税金等に充てることができるのであるから(国税徴収法第二条、第二三条ノ一、第二八条)、この関係は民事訴訟法第六〇二条第一項後段の所謂差押額制限の場合に近似する。後者の場合に民法第五一一条の規定によつて相殺が認められる以上、前者の場合にも相殺を禁ずべき理由はないように思われるが、国税の本質と滞納処分の性格を吟味すれば、結論は自ら異つてくるように思われる。その理由次の通り。

滞納処分により債権を差押えるときは、収税官吏は、その旨を第三債務者に通知する。この債権差押通知書には債権を差押えたこと、一定の期日までに収税官吏に債権の支払をなすべきこと、通知を受けた後に債権者に支払をしても、その支払は無効であることが記載されている。(国税徴収法第二条ノ一、同法施行細則第一〇条)滞納処分による債権の差押があつたときは、すでに述べたように、その債権は専ら滞納国税(国税並びにその督促手数料及び滞納処分費を一括して便宜滞納国税と略称することにする。)の徴収に充てられるのであつて、いわば差押は、特定の債権を滞納国税の引当にするための処分なのである。ところで滞納国税は、地方公共団体の徴収金を除きすべての公課及び債権に優先して徴収することになつている。(国税徴収法第二条)これは、いうまでもなく、滞納国税の徴収が国家財政上の必要から絶対に確保さるべきものであるという公法上乃至公益上の理由に基くものである。従つてこの趣旨をたどれば、債権の差押があつた以上は、第三債務者は滞納者に対する弁済(相殺その他弁済と同視すべきものを含む。)を禁ぜられ、この禁止に違反してなした弁済は無効であるとみるのが妥当である。差押通知書に債権者に対する通知後の支払が無効であると記載されているのは、こうした理由によるものと思われる。蓋し、国税の徴収を確保するためには、滞納国税の引当に供された債権について、第三債務者が弁済や相殺等の方法によつてこれを消滅させる行為を絶対的に禁止する必要があるからである。被告は、国税が最優先順位の請求権であること、而もそれは私法上の請求権でなく、国家財政の必要から最優先順位を認められた公法上の請求権である点に鑑みて、たとえ第三債務者の反対債権が差押の通知前に取得されたものであつても、なお相殺を許さないものと解するのが国税徴収の特殊性からいつて妥当ではあるまいかと思うのである。

なお、右の結論を支持する条文上の根拠は、国税徴収法第三条である。同条は「納税人ノ財産上ニ質権又ハ抵当権ヲ有スル者ソノ質権又ハ抵当権ノ設定ガ国税ノ納期限ヨリ一ケ年前ニ在ルコトヲ公正証書ヲ以テ証明シタルトキハ該物件ノ価格ヲ限トシ其ノ債権ニ対シテ国税ヲ先取セサルモノトス」と規定している。もし第三債務者は、差押通知前に取得した反対債権を以て相殺することができるものとするならば、彼は納期限より一箇年以内に取得した反対債権によつても相殺することができるのであるから、反対債権の所謂担保的効力は過当に強化され、質権又は抵当権と均衡を失し、国税徴収法第三条の法意に反する結果になろう。こうしたことが許される筈がない。

右のような被告の見解に従えば、民法第五一一条は滞納処分による債権差押の場合には全く適用がないということになる。本来、民法第五一一条は、私法上の請求権を差押債権として差押命令が発せられた場合における差押債権者と第三債務者との間における私法上の権利関係を調整することを目的として設けられた規定である。従つてその適用範囲は、あくまでも私法上の権利関係に限らるべきものであつて、差押債権が右に述べたような特殊の性質をもつ国税請求権である場合にまで適用乃至類推せらるべき性質のものではあるまい。滞納処分による債権の差押は、国税徴収のためにする純然たる行政処分なのである。被告は、本件の場合に民法第五一一条の適用乃至は類推を排除すべき十分な根拠があるものと考える。 以上

原告の法律上の見解

(一) 本訴の問題については原告の信ずるところでは国税徴収法による債権差押の第三債務者に対する効力と被差押債権の効力を常に明確に区別して混同することなく前者の限界を意識することが肝心である。国税徴収法による債権差押の第三債務者に対する効力は国税徴収法第二十三条ノ一に「前項ノ通知ヲ為シタルトキハ政府ハ……債権者ニ代位ス」と規定する如く納税人である債権者に代位することに尽きそれ以外一歩も出るものでない。即ち国が滞納処分の結果取得するものは納税人の有した私法上の債権そのものであつて、しかもその取得は原始取得ではないから、納税人の有した権利より内容的に大きなものでなければ、これより小さなものでもなく全く同一内容のものであるに止まる。国が滞納処分によつて第三債務者に対して公法上の特殊の債権とか特殊の地位とかを取得するものでないことは言うまでもない。このことは、国税徴収法が債権の差押に関して第二十三条ノ一以下何等規定するところがない点から疑の余地がない。それ故滞納処分によつて国の取得した債権は前主の有した瑕疵、前主に対する抗弁が附着した儘のものでありまた不履行の場合その履行の強制は民事訴訟法による以外途のないものである。(債権差押によつて第三債務者は納税者となるものではなく滞納処分による差押は納税者の財産に対して為されるものであることは国税徴収法第十条によつて明白である。)債務者は債権者が甲から乙に交替したことにより不利益を受くべき筋合ではないからこれは詢に当然であると謂わねばならない。結局国税徴収法による債権差押の第三債務者に対する効力の本然の姿相は「支払の差止め」ということにありまたこれに尽きることとその取得行使する権利が私法上の債権にすぎないことは銘記するを要する。

(二) 民事訴訟法における債権差押では債権者は選択に従い取立命令又は転付命令を申受けることができるがこれも一種の債権の代位であつてこれについては民法五百十一条(反面解釈上)に規定があり相殺適状が附き纏うものであることを明にしている。これは疑を避ける用意に出たものであつて法律上当然の原理の一顕現と見るべきである。従つて被告が

民法第五百十一条は私法上の請求権を差押債権として差押命令が発せられた場合における差押債権者と第三債務者との間における私法上の権利関係を調整することを目的として設けられた規定である。従つてその適用範囲はあくまでも私法上の権利関係に限らるべきものであつて差押債権が特殊の性質をもつ国税請求権である場合にまで適用乃至類推せらるべき性質のものではあるまい。云々

と述べられるのは国の取得行使する権利が私法上の権利であることと民法第五百十一条が法律上の原理の一の現われであることに鑑み正当でないと考える。

(三) 被告は「滞納処分により債権を差押えるときは収税官吏はその旨を第三債務者に通知する。この債権差押通知書には債権を差押えたこと、一定の期日までに収税官吏に債権の支払をなすべきこと、通知を受けた後に債権者に支払をしてもその支払は無効であることが記載されている」ことから被告の態度の正当性を誘い出そうと試みていられる。然し

(1) 一定の期日までに収税官吏に債権の支払をなすべきことの意思表示は収税官吏の代位した債権の履行を求める性質上私法上の意思表示であつて公法上のそれでないから問題とならない。

(2) 債権を差押える通知と通知を受けた後に債権者に支払をしてもその支払は無効であることの記載は恰も民事訴訟法第五百九十八条における「金銭ノ債権ヲ差押フ可キトキハ裁判所ハ第三債務者ニ対シ債務者ニ支払ヲ為スコトヲ禁シ」と謂うに該当し債権を差押えること(民法に所謂「支払ノ差止」)を意味する以外の何物でもなく決して被告の述べられるように「差押通知書に債権者に対する通知後の支払が無効であると記載されているのは国税の徴収を確保するため滞納国税の引当に供された債権について第三債務者が弁済や相殺等の方法によつてこれを消滅させる行為を絶対的に禁止する必要があるからである。」というような格段の使命を帯はしめるために用意した文言ではない。被告の言は牽強附会の評を免れないようである。

(四) 被告は

国税が最優先順位の請求権であること、而もそれは私法上の請求権でなく、国家財政の必要から最優先順位を認められた公法上の請求権である点に鑑みて、たとえ第三者の反対債権が差押通知前に取得されたものであつても、なお相殺を許さないものと解するのが国税徴収の特殊性からいつて妥当であるまいかと思うのである。

と述べられる。然し第三債務者は納税者ではないのだからたとえ差押債権が強力な公法上の請求権者であつても私法上の債務者として負担する以上の義務を強要せられるものではないことが当然であるのみならず被告のこの見解は一面相殺が債権の満足を目的とする債権取立行為でない(たとえ結果として債権の消滅を来しても)から弁済の類と同一に論ずることが不当であるに加え、更に他面相殺という制度の本質に対する認識が充分でないことに由来するものであつて賛成し難いものと思料する。

(1) いまこれを破産法に窺うと破産財団に属する財産に対し国税徴収法又は国税徴収の例に依る滞納処分をなした場合には破産宣告はその処分の続行を妨げない(破産法第七十一条第一項)のであるが、破産宣告後にあつては滞納処分を許されず国税は財団債権として破産手続上の債権等と同等に扱われ(破産法第四十七条、国税徴収法第四条ノ二第一項)破産手続に依らずして破産財団より先ずこれが弁済を受ける(破産法第四十九条及第五十条)のであるが破産財団が財団債権の総額を弁済するのに不足なときは法令の定める優先権に拘らず債権額の割合に応じて弁済する(破産法第五十一条)こととなつている。破産宣告後においても国税の徴収については国税徴収法第二条及び第三条は適用があることは勿論である。だから特別の先取特権、質権、又は抵当権を有する債権者が別除権を行使して破産手続外で競売手続によつて債権の満足を得る場合には収税官庁は配当に参加して別除権者に先だつて国税を徴収することができる、そしてそれは満足を求める債権が重畳する場合に国税徴収法第二条及び第三条が適用せられることの当然の結果である。然るに破産債権者が相殺権を行使してその有する反対債権をもつて破産財団に属する債権と相殺をなす場合は右の場合と全く趣を異にし収税官庁はこれを放置して傍観する外致し方がない。何故なれば受働債権は破産財団に属するものであるから破産宣告後は収税官庁は滞納処分として受働債権を差押えることができないのみならず相殺は債権満足のためにする破産、競売等の手続に依らないものであるから収税官庁はその配分に参加する機会を与えられないからである。この結果が国税徴収法第二条に反し不都合だとあくまで主張するならば相殺は財団債権者の一人である収税官庁に対する関係では無効であるが他の財団債権者に対する関係では有効だという法律論としても最も好ましくない相対的無効の理論を是認せなければならないことになり不都合なばかりでなくこのことは破産法第五十一条が財団債権者間の平等な比例的分配を要求することと衝突する。つまり相殺は債権の満足を目的とするものではないから他の満足を求める債権と競合するものでなく両者の間優劣の区別とか比較とかが許されるものでないことを洞察することによつて了解ができるところである。

(2) 次に相殺権は破産法における取戻権などとともに感情的正義に法律上の保護を与える趣旨の下に認められたものであるから理性的立場から観るとき割り切れぬものがあるのであるがこれは相殺などの特異な性格に基くものであるから奇異をもつて目すべきではない。人間の精神の三態様 知、情、意、中意慾が最も広大な作用の場所を占める関係から私法の規定も主として法律行為一般及び具体的法律行為について意慾における正義――分配の衡平ともろもろの生活価値の序列を規整するものであるが知的分野における真(観念通知の一類等)並に感情分野における正(例えば親族法上の宥恕の類)――所謂準法律行為も決して等閑に附している訳ではなく社会生活上規整を必要と認められるものについては法的現象として採り上げ規定が設けられている。しかし最後のものに至つては感情的満足を目的とするものであるから往々にして理性的是認と背馳するものがあり得るのは已むを得ないところであつて、これはこの場合立法者において理性的なものより感情的なものの優位を認めるを相当と考えたによると説明する以外説明の仕方がないのである。破産法上の相殺権について見ても反対債権を有する破産債権者が何故他の通常の破産債権者に比較して特に保護されなければならないかは単なる理性的判断では到底了解できないものであつて、それはこの場合反対債権を有する破産債権者に対して破産財団から回収ができるかできないかは別として汝の債務はあくまで履行せよということが如何にも人情に反し可哀そうだという感情が切実であつてこの感情は通常人ならば懐くところであろうと立法者が察知し分配上の衡平という理性的要求を犠牲に供してもこの感情は尊重してやらねばならぬと考えたからである。則ち分配の公正とか分配の序列とかいう考えは視角の相違の故に凡そ相殺の場合には縁遠いものであるから、相殺権行使の場合にもなお国税徴収法第二条の適用があるとする被告の見解は相殺に特有な性格を無視するに帰着し、原告の賛同し得ないところである。

(五) 被告はその立場を支持する根拠として国税徴収法第三条を援用し、

「もし第三債務者は差押の通知前に取得した反対債権を以て相殺することができるものとするならば、彼は納期限より一箇年以内に取得した反対債権によつても相殺することができるのであるから、反対債権の所謂担保力は過当に強化され、質権又は抵当権と均衡を失し、国税徴収法第三条の法意に反する結果になろう。こうしたことが許される筈がない。」と述べられる。しかし

(1) 反対債権の担保力というがこの考えは妥当ではない。

(2) 相殺権の特質が右に述べた通りである以上国税の納期限より一カ年以内に取得した反対債権によつても相殺できることは当然であつて毫も奇とすべきではなく、その反対債権の取得にして第三債務者が滞納者と通謀し、滞納処分による差押を免がれるため故意になされ前主もその情を知つているものであるならば、法律上保護の必要がないから国税徴収法第十五条を拡張解釈しおそらく収税官庁はその取消を求めることができるであろう。

(3) 質権及び抵当権は債権の満足に関するものであり相殺権の問題について対比の資料となすべきでないこと上述するところで明白であると信ずる。

(4) 即ち相殺に供せられる反対債権は相殺当時相殺適状にあれば足りるものであつてその取得が何時なるか国税の納期前一箇年以内なるかどうかなど一切問題とならないのは国税対担保物権の問題と国税対相殺権の問題が全く別殊のものであつて少しも干渉するところがないことの当然の結果である。 以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!