大阪地方裁判所 昭和25年(行)7号 判決
原告 株式会社寿屋
被告 東税務署長
被告 国
一、主 文
原告の請求は何れも之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告東税務署長が昭和二十四年七月三十一日附を以てした原告に対する昭和二十三年度分(昭和二十二年十二月一日より昭和二十三年十一月三十日まで)法人税中法人税法第四十三条による追徴税金百三十七万円及同金三百三十三万七千五百円の決定は之を取消す。被告国は原告に対し金三百三十万三千四百五十円及び之に対する昭和二十四年九月一日から昭和二十五年三月三十一日迄は金百円に付一日金十銭、同年四月一日から右還付済迄は金百円に付一日金四銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
原告は毎年十一月末日を決算期とする株式会社であるが、昭和二十二年十二月一日より昭和二十三年十一月末日迄の事業年度即ち昭和二十三年度分の法人所得として、昭和二十四年三月十日所轄庁である東税務署へ所得額金五百五十六万千六十五円その税額金二百十一万五千九百十円の申告をして、同日右税額を納付した。
然るに大阪国税局は、同年七月原告会社の昭和二十三年度の法人所得を金二千九百十二万千八百六十四円、その税額を金千五百三十二万九千七百十円と査定し、法人税金千三百二十一万三千八百円を逋脱したとの理由で、原告会社及びその申告事務責任者であつた原告会社の総務部長大川信雄の両名を法人税法違反として大阪地方検察庁に告発し、同検察庁は同月二十五日告発事実通り右両名を大阪地方裁判所に起訴したので同裁判所は同年八月二十七日起訴事実全部を有罪と認定し、原告会社を罰金三千万円に大川信雄を懲役八月(三年間執行猶予)に処する旨の判決を言渡し、右判決は同年九月十日確定した。
所が之より前に、被告東税務署長は大阪国税局の査察に基き、昭和二十四年七月三十一日附通知書で原告会社に対し、法人税法(昭和二十五年法律第七十二号による改正前のもの。以下単に法という)第二十九条により昭和二十三年度分の所得額の更正をなし、法第四十三条による追徴税として事業年度の内中間分金百三十七万円、確定分金三百三十三万七千五百円を課するとの決定をなし、右通知書は同年八月十六日原告会社に送達されたので、原告会社は昭和二十三年度分の法人税、同加算税の外右追徴税合計金四百七十万七千五百円を同年八月三十一日所轄税務署へ納付した。その内金三百三十万三千四百五十円が前記刑事確定判決によつて認定された脱税額に対応する追徴税額である。
然し収税官吏が納税義務者に法人税逋脱の嫌疑があるとして告発した場合には法第四十八条第三項によつてのみその課税標準の更正又は決定をなすべく、法第二十九条乃至第三十一条による更正又は決定をなし之に基いて追徴税を課することは出来ない。若し過つて追徴税を課した場合には裁判による刑の確定と共にその追徴税の賦課決定は当然取消すべきものであることは次に述べる通りであるから、被告東税務署長のなした前記決定は違法として取消さるべきものである。
先づ刑の確定後追徴税を課し得ないことは法人税法の解釈上疑問の余地がない。
そもそも法第四十三条によれば、法第二十六条第二項の規定による法人税の納付があつた場合、又は法第三十三条の規定による追徴税額に相当する法人税を徴収することになつた場合に限り、追徴税を課し得るのであるが、逋脱犯として刑が確定した場合には、法第四十八条第三項により、税務当局はその判決の命ずる所に従つて課税標準を更正又は決定し、その税金を徴収する義務を課せられているのであるから、法第四十三条による追徴税を課し得ないことは明白である。之は法第四十八条第三項に法第四十三条を準用すべき規定がなく、又法第四十三条に法第四十八条第三項の場合を掲記していない点から見ても左様に解釈しなければならない。
そして法第三十三条による課税標準の更正又は決定は法第二十九条乃至第三十一条に基くもので法第四十八条第三項によるそれとは全然その本質を異にしているからこの点からも法第二十九条以下の更正決定に対する追徴税の徴収が法第四十八条第三項の場合に適用せらるべき筈はない。即ち法第二十九条乃至第三十一条による更正又は決定は、更正又は決定に関する普通の手続で、税務当局が何者にもき束されることなく、その真実と認定する所に従つて課税標準額及び税額を更正又は決定することが出来るところの行政庁のなす行政処分で之に対しては法第三十六条以下の規定による不服申立が出来るのに反し、法第四十八条第三項によるそれは、犯則の場合にのみ適用される特別手続で、この場合徴税庁は刑事裁判所の判決にき束され、刑事裁判所の決定した課税標準額、逋脱税額に従つて単に形式的に自己の名に於て更正又は決定を行い税金を機械的に徴収する手続である。之は裁判所が徴税機関でない関係から裁判所で決定された逋脱税額の徴収を徴税庁に執行させねばならない必要上規定せられたもので、之に対しては法第三十六条以下による不服申立は勿論許されない。法第四十八条第三項の更正又は決定に対し法第三十六条以下の不服申立を許すと、之に対してなされる民事裁判所の判決が刑事裁判所の判決と納税義務の有無又は金額に於て異ることもあり得るから、同一事案に対し民刑両裁判所の判決が対立するという重大な結果になる。もし法第四十八条第三項による課税標準の更正又は決定が法第三十三条によるそれと本質を同じくするものならば法第四十八条第三項は、「第一項の場合に於ては政府は直ちに第二十九条以下によりその課税標準を更正又は決定して云々」との趣旨の規定をする筈である。
又法第四十三条の追徴税は名目は税金となつているが、その実質は納税義務違反に対する刑罰と解すべきである。そうだとすれば刑罰規定に類推解釈は許されず、疑わしきは国民の利益に解釈すべきものであり、法第四十八条第三項には明文による規定がないから、同条同項の場合には追徴税の徴収が否定されねばならないことは当然である。もし逋脱犯について刑事の確定判決があるのに拘らず、之に右追徴税を課したならば、之は憲法第三十九条の一事不再理の原則に反するのみならず、税法運用上の見地からも、徒に税法の苛酷感と不条理感とを国民に与え、その反感を助長するに止るものとして非難されるであろう。
以上の如く刑の確定した後の更正又は決定は法第四十八条第三項によるべきものでこの場合法第四十三条による追徴税を課し得ないことは明白であるが、この理をおし進めると逋脱があるとして告発した以上収税官吏は、判決確定前といえども法第二十九条乃至第三十一条に基いて更正決定をなし、更に之に基いて法第四十三条の追徴税を課することも出来ない。判決確定の前後によつて一は適法となり、一は違法となるという筋合のものではない。従つてもし過つて追徴税を課した場合には裁判による刑の確定と共に追徴税の決定は当然取消すべきものである。
然るに本件追徴税は被告東税務署長が原告会社に法人税の逋脱があるとして告発しておき乍ら、其の後に法第二十九条乃至第三十一条の規定により課税標準を更正し、之を前提として課せられたものであることは前述の通りであるから、被告東税務署長のなした前記追徴税を課する決定は違法として取消さるべきものである。それで原告は昭和二十四年九月十六日所轄税務署を経由して、大阪国税局長に対し右追徴税徴収決定を不服として審査の請求をしたが、同局長は六ケ月経過しても決定をしないので、被告東税務署長に対し前記決定の取消を求めると共に、被告国に対し前記納付金中刑事の確定判決によつて認定された脱税額に対応する追徴税額である過誤納金三百三十万三千四百五十円及び之に対する納付の日の翌日である昭和二十四年九月一日から昭和二十五年三月末日迄は金百円に付一日金十銭、同年四月一日より右還付済迄は金百円に付一日金四銭の割合による昭和二十五年法律第六十九号国税徴収法の一部を改正する法律附則第九項所定の還付加算金の支払を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、
被告の主張に対し行政処分に対する紛争が原則として民事裁判所によつて終局的に解決されるということは現行法がそうなつているだけで本質的なものではない。このことは最近迄行政処分が行政裁判所の判決に服した歴史に徴し明かである。法第四十八条第一項の訴追があつた場合には、脱税の有無及びその金額は刑事裁判所の判決により最終的に決定されるのが現行法の建前である。又加算税は脱税額に対し日歩何銭という軽微な負担に過ぎないが、法第四十八条第一項の逋脱に対しては三年以下の体刑又は脱税額の五倍以下の罰金に処し若しくは両者を併科するのであるから、優遇だとして後者を選ぶ者はないと陳述した。(立証省略)
被告等代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、
原告主張事実中、原告に対する昭和二十三年度法人税の課税標準及び税額の点並びに原告主張の追徴税の徴収が違法であるとの点を除くその他の事実は全部之を認めるが、右追徴税の徴収には少しも違法な点はない。原告は昭和二十二年十二月一日より昭和二十三年十一月末日迄の法定事業年度の法人所得として昭和二十四年三月十日その主張の様な課税標準を被告東税務署長に申告し、之に対する所定額の法人税を納付したが、その後大阪国税局で調査した結果、原告の同事業年度の課税標準は中間事業年度分金千五十八万九千十一円、法定事業年度分金三千九百三十三万四千二十円であることが判明したので、被告東税務署長は法第二十九条により右金額に従つて原告の中間事業年度並に法定事業年度の課税標準を更正し、法第三十三条によりその不足税額を徴収すべきことになつたが、右申告課税標準が政府の調査に係る課税標準と異ることについて、己むを得ない事由があると認められなかつたので、法第四十三条第一項により右不足税額の百分の二十五に相当する税額の法人税を追徴したのである。そして前記課税標準の中には逋脱犯の成立しない分としての申告洩の部分が含まれているので右追徴税中金三百三十万三千四百五十円(刑事判決認定脱税額千三百二十一万三千八百円に百分の二十五を乗じた額)が刑事判決脱税額に対応する追徴税額である。
法人税法第四十八条第三項の更正又は決定は、特殊の更正又は決定ではなく、法第二十九条乃至第三十一条のそれを指すものに外ならないが、ただ通常の場合は法第三十三条によつて更正又は決定による不足税額(法は之も追徴税と称しているがここでは紛らわしさを避けるため単に不足税額という)の徴収に一ケ月の納期限が与えられているのに反し、法第四十八条第一項の場合即ち納税者に於て詐欺その他不正の手段によつて税額を逋脱した事実のある場合には、この期限の猶予を剥奪して直ちに之を徴収するに過ぎない。もし之を特殊のものと解するならば、一事業年度の所得について逋脱に係る分に対する更正又は決定と、その余の分に対する申告、更正又は決定との両者が併存し、所得を分割しなければならないが、之は法人税が人税で、その課税客体は一事業年度の所得全部につき之を一体として把握しなければならないのに、それができなくなると共にこの場合逋脱に係る分について申告のないことは勿論で之に対する更正は全く考えられないのに拘らず、法第四十八条第三項は決定の外に更正すべきことも規定しているが之は全然無意味となる。法第四十八条第三項の更正又は決定に不服申立に関する規定及び追徴税に関する規定がないのは、右更正又は決定が法第二十九条乃至第三十一条のそれと別個のものでないからである。従つて之に対し行政訴訟の提起は勿論許される。更正決定その他の行政処分に関する紛争は民事訴訟手続によつてのみ終局的に決定され得るもので、刑事訴訟手続の介入によつて之が閉されることはあり得ない。その結果民事判決と刑事判決との間にそごが生じたとしても止むを得ないことである。もし法第四十八条第三項の更正又は決定が通常の更正又は決定と異るものと解すると前者については遅延損害金の性質を有する法第四十二条の加算税さえ徴収し得ないことになるが、之は逋脱者を通常の無申告者又は過少申告者以上に優遇する結果になる。
又法第四十三条の追徴税は、納税義務者が法の規定に従つて適時適正な申告納税をなすべき義務を怠つたことに対し、行政上の制裁として課せられる行政上の秩序罰で、本質に於て過料と同一のものである。之に反し法第四十八条第一項の刑罰は詐欺その他不正の手段によつて国の徴税権を侵害する行為があつた場合に科せられる、行政刑罰である。そして憲法第三十九条は同一の犯罪に対して重ねて刑事上の責任を問われないとするにとどまり、刑罰と秩序罰との併科を禁止する趣旨のものではないから、右追徴税と刑罰の併科は違法ではない。もしこの間に一事不再理が適用されるならば、既に追徴税を課せられた事件についてはもはや刑罰を課し得ないことになるであろう。
尚法第四十八条第三項の「第一項の場合においては」とは刑事事件の判決確定の時と解すべきものではない。犯罪事実を認定する権限が刑事裁判所に専属するというのは、刑罰権発動の要件として犯罪事実の認定をする場合のことである。刑罰権発動の要件としてではなく、他の国家権力発動の要件として犯罪構成要件該当事実と同一の事実を認定する権限が刑事裁判所以外の国家機関に賦与されることを否定する理由はない。従つて税務署長が或納税者に逋脱行為があると認定した場合にこの規定に従つて逋脱税額を直ちに徴収することは何等差支えのない所である。この認定が誤つた場合にこの措置が違法とされることは当然であるが、この認定が正しいか否かを判断するのは民事訴訟手続によるべきで刑事判決によるべきではない。逋脱行為が検事の刑事政策上の裁量で不起訴になつた場合を考えればこのことは明白である。この規定の趣旨は逋脱行為のあつた納税者から納期限の利益を剥奪することに存するのであるから、刑事の確定判決をまつてこの規定の処分を発動すべきものと解するに於ては逋脱者が一般の無申告者又は過少申告者より却つて有利に扱われる結果となる。前記法人税法と同時に施行されていた当時の所得税法第六十九条第四項は「第一項又は第二項の場合においては政府は直ちにその免れた税金又は徴収しなかつた税金若しくは納付しなかつた税金を徴収する。」と規定し被告の右見解を一層明かにしていた。その後昭和二十五年法律第七十二号で法人税法の明文を所得税法と同様に改正したが之は用語の整理に過ぎない、と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告主張の事実は、原告に対する昭和二十三年度分(昭和二十二年十二月一日より昭和二十三年十一月三十日まで)法人税の課税標準及びその税額の点を除き全部被告の認める所であり、成立に争のない乙第一号証によると右課税標準及び税額は被告主張の通りであることが認められるが、原告はその主張の様な刑事の確定判決があつたから、右判決に於て認定された脱税額に対応する追徴税額の徴収は違法であると主張し、被告は之を適法であると争うのでこの点について判断をしよう。
そもそも法人税法(昭和二十五年法律第七十二号による改正前のもの。以下単に法という。)第四十八条第三項は詐偽その他不正の行為により法人税を免れたとして刑事の確定判決によつて刑罰が科せられた場合に、右判決によつて逋脱と認定せられた範囲の全部又は一部が未だ課税標準内に入つていないときは、政府は直ちにその課税標準を更正又は決定してその税金を徴収する手続を開始すべく、もし課税標準内に入つているが未だその徴収が行われていないときは、政府は直ちにその徴収手続を開始しなければならないことを定めたに過ぎず、右更正又は決定は法第二十九条以下の規定に従つてなすべきものと解すべきである。従つて収税官吏は納税義務者に法人税逋脱の嫌疑があるとして告発した場合と雖も、法第二十九条以下による更正又は決定をなし、之に基いて法第四十三条の追徴税額を決定することはもとより適法である。このことは昭和二十五年法律第七十二号による改正後の法人税法が、その第四十三条の二に於て事実を隠ぺい又は仮装する等の行為があつた場合に、その第四十三条の過少申告又は無申告の場合の過少申告加算税又は無申告加算税より重い重加算税を徴収することを定めていることに徴しても看取するに難くない所である。そしてその後に刑事の確定判決があつても、その判決で逋脱部分と認定せられた部分が既に徴収ずみであるときは、法第四十八条第三項による更正又は決定は何等之をなす必要のないこと前記説示の通りである。
前記課税標準の更正又は決定及び追徴税額決定に対し法第三十六条以下不服を申立て、その結果行政訴訟の提起となり、仮に民事裁判所の判決と刑事裁判所の判決がそごを来す様なことが起きたとしても、一は行政処分が違法か否かを他は犯罪事実の認否をなす制度で、その目的を異にする以上止むを得ないことである。
又法第四十三条の追徴税は、納税義務者が法の規定に従つて適時適正な申告納税をなすべきことを怠つたことに対し徴税庁により租税法上の手続によつて賦課徴収せられる行政上の秩序罰で法第四十八条第一項の刑罰とその性質目的を異にするから、これと併科しても憲法第三十九条に違反するものでもない。
そうだとすればその余の点について判断する迄もなく被告東税務署長が原告に対してなした本件追徴税額決定には何等違法の点がなく、右決定が違法であることを前提とする原告の被告国に対する請求も理由がない。よつて本訴請求は全部失当として之を棄却し、訴訟費用の負担に付、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 乾久治 中村三郎 岡部重信)