大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)1461号 判決
原告 関谷九二彦
被告 天野元次郎 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告両名は原告に対し豊中市岡町北四丁目五六番地木造瓦葺二階建居宅一戸を明渡し且つ連帯して昭和二十六年五月一日より右明渡に至るまで一箇月金千百七十九円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告は昭和二十年七月一日其の所有に係る請求趣旨記載の家屋を被告元次郎に対し、賃料一箇月金七十九円五十銭、毎月末日持参支払うこと、原告の承諾を得なければ家屋の改築、増築、構造変更、造作、加工等をしてはならないこと等の約で賃貸し、其の後賃料は昭和二十五年八月一日以降一箇月金千百七十九円に増額された。然るに被告元次郎は昭和二十六年五月原告に無断で前記家屋の北側西寄り勝手許の出入口西側の壁を取毀ち上り框を取除け、之に接続して間口二間奥行二間の木造トタン葺平家の建物を増築したので、原告は同年同月十二日書面を以て被告元次郎に対し増築中の工事を取止め且つ同書面到達の日より十日以内に既に施した工作物を撤去し原状に回復すべきことを請求し、右期間内に履行をなさないときは賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示をなし、右書面は即日同被告に到達した。然るに同被告は右期間内に右履行をなさなかつたので原告と同被告間の前記賃貸借契約は昭和二十六年五月二十二日適法に解除せられた。而して被告儀次は何等の権原なくして本件家屋に居住しこれを不法に占拠しているものである。よつて被告元次郎に対しては賃貸借契約解除に基き、被告儀次に対しては所有権に基きそれぞれ前記家屋の明渡を求めると共に、被告元次郎に対しては昭和二十六年五月一日より賃貸借の解除せられた同年同月二十二日までの右家屋の延滞賃料並びにその翌日より右明渡に至るまでの前記賃料相当の損害金、被告儀次に対しては同年五月一日より右明渡まで右賃料相当の損害金の支払を求める。」と述べ、被告の抗弁事実を否認し、被告が昭和二十六年五月分より昭和二十七年四月分までの賃料を弁済供託していることは認めるが、右賃料が現実に提供せられたことはないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として「原告主張の事実中被告元次郎が原告主張の日原告よりその所有にかかるその主張の家屋をその主張の如き約で賃借したこと、その後賃料は昭和二十五年八月一日以降一箇月金千百七十九円に増額せられたこと、昭和二十六年五月十二日原告よりその主張の如き書面が到達したことは認めるが其の余の事実は争う。(一)本件賃貸借契約の当初本件家屋は若干破損個所や炊事場設備に不備な点があつたので、被告元次郎はこれらの個所の造作手入方を原告に相談的に申入れたところ、原告は家賃は安く資材は入手難であり手間賃も高い状態であるから同被告において適宜必要な造作手入を為すよう承諾を与えた。そこで被告元次郎は後記の如く本件家屋の軒下に露天式炊事場を応急的に設備したが、これを昭和二十五年十二月頃アルミ板葺の仮設炊事場に改めた。而してこれは一日で撤去できる程度のもので原告の主張する様な建物の増築ではなく単なる造作に過ぎないから、原告の承諾があつた範囲内のものである。(二)仮に右は原告主張の如く増築であるとしても、本件家屋の炊事場は前述の如く本件契約当初より不備な点があり、殊に該炊事場は本来瓦斯設備になつていて極めて狭く、その上瓦斯は殆んど供給されず使用不能の状態にあつたが、最近漸く供給されるようになつたけれども尚現在に於ても一般家庭の炊事時間には出量乏しく、被告方のような十人の大家族の炊事をまかなうことは不能であつて、薪炭炊事の設備は賃借当初以来絶対必要であつた。従つて被告元次郎は応急的造作を施して北向炊事場の軒下に半露天式の薪炭炊事場を造り不便な生活を続けて来たが丁度昭和二十五年九月ジヱン颱風による本件家屋の被害個所を同被告において応急修理を施した後同年十二月頃右修繕材料の余材をもつて前記の如きアルミ板葺の仮設炊事場にこれを改めたのであつて、同被告においてはその生活を営むに必要な最少限度の造作を為したに過ぎないのであるから、原告の要求は被告一家の生活権を脅かすものであり、これに基く賃貸借契約解除は権利の濫用である。従つて以上何れよりするも原告の前記賃貸借契約解除の意思表示は無効である。次に被告儀次は被告元次郎の子であつて同居の家族に過ぎないから何等本件家屋を不法占拠する者ではない。また被告元次郎は昭和二十五年五月家賃金を原告方に持参提供したがその受領を拒まれたので爾後供託しているから原告の本訴請求は全部失当である。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十年七月一日その所有に係る本件家屋を被告元次郎に対し賃料一箇月金七十九円五十銭毎月末日持参支払うこと、及び原告の承諾を得なければ右家屋の改築、増築、構造変更、造作、加工等をしてはならない等の約定で賃貸したこと、その後右賃料は昭和二十五年八月一日以降一箇月金千百七十九円に増額せられたこと、原告が同被告に対し昭和二十六年五月十二日書面をもつてその主張の如き条件附契約解除の意思表示を為したことはいずれも当事者間に争がない。而して証人掛谷武夫、同天野かねの各証言並びに被告儀次本人尋問及び検証の各結果を綜合すれば、被告元次郎は昭和二十五年十二月頃本件家屋の階下三畳の居間の東側に接続する叩き場の一部を板の間に改造し、それに伴い右の居間と叩き場との境にあつた敷居を右板の間と叩き場の境のところに移し、元叩き場の北側にあつた流し場と水道栓をそれより少し東に移し、右叩き場の東側に本件家屋と接続して約二間四方の物置き小屋をやや大きくしたような板張りトタン葺平家バラツク様建物を建増し、元叩き場の東側にあつた勝手口を右建増建物の北側東寄りに移し、元勝手口両側の板壁を取毀つたことを認めることができる。
(一) 被告元次郎は右改造及び建増しは造作に過ぎず而して同被告に於て適宜必要な造作をすることについては既に本件家屋賃借当初原告の承諾を受けていたから、これを無断したことを理由とする原告の本件賃貸借解除の意思表示はその効力がないと主張するけれども、右改造建増しが造作であるか、増築であるかはさておき被告元次郎が原告より同被告主張の様な承諾を受けたことを認めるに足る証拠は何もない。尤も証人天野かねの証言によれば本件家屋賃借の当初その修理について原告の承諾があつたことは認めるに難くないが、前記改造建増しの如きは修理の範囲を超えるものであることは明らかである。従つて其の余の判断をまつまでもなく被告の右主張はその理由がない。
(二) 被告は原告の本件賃貸借契約解除は権利の濫用であると主張するので按ずるに、証人掛谷武夫、同天野かね並びに被告儀次本人尋問の結果を綜合すれば、被告元次郎が前段認定の如き改造建増をするに至つたのは、本件家屋の炊事場は本来瓦斯設備になつていたが戦時中より瓦斯の出量が乏しく現在もなお午前六時から七時頃まで、午後は五時頃から六時頃までの間丁度炊事時間に相当するときの出量が悪く、而も被告方は十三人家族で内四人は毎朝八時頃出勤しなければならないので、どうしても瓦斯だけでは間に合わず、初めは本件家屋の裏側に簡単な雨覆いを設けて炊事をしていた。ところが昭和二十五年九月ジヱン颱風のため、右雨覆いが飛んでしまい爾来雨天には傘をさして炊事をしなければならない状態であつたうえ、風の日には火の粉が飛散して火の要心が悪かつたのでその対策を考えていたとき丁度疎開の古材料が被告の手許にあつたのでこれで炊事小屋を建増しすることとし、それに伴い本来の炊事場附近の不備な点を修理改良するため叙上認定の如き改造及び建増しをしたのであること、被告元次郎は原告に右改造建増の承諾を得に行つたならば、かえつて原告にこれを要求する様で迷惑をかけることになると思い、特に承諾を受けに行かなかつたものであることが認められ且つ前記各証拠に検証の結果を合せ考えると、右本件建増部分は物置き小屋をやや大きくしたような板張りトタン葺平家バラツク様建物で天井はなく、建増をするについて本屋を著しく毀損した跡は見受けられず、又改築部分もさきに認定した程度で本来の家屋の構造に著しい変化を来すものではなく、その撤去、原状回復も容易に為し得るものであることが認められる。以上認定を妨ぐるに足る証拠はない。そこで右認定事実につき考えるに、被告元次郎のなした前述建増及び改造は同被告一家がその文化的最低限度の生活を営むために必要なものであつて、而も、本件家屋の使用目的に反するものではなく、又本件家屋の経済的価値を毀損するものとも考えられないので、右は未だ賃貸借契約に於ける賃貸人と賃借人相互の信頼関係を破る程のものとは到底認め難い。従つて右被告一家の事情を考慮せず本件程度の改造建増しを理由として右賃貸借契約を解除するのは、正に権利の濫用に該るものと断ぜざるを得ない。そうしてみると原告の被告元次郎に対する右契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由なく、従つて、その有効なることを前提とする原告の同被告に対する本件家屋明渡の請求及び契約解除後の損害金の請求はいずれも失当であるといわなければならない。
次に原告は被告儀次は本件家屋を不法に占拠すると主張するけれども証人天野かね及び被告儀次本人尋問の結果に徴すれば、被告儀次は被告元次郎の子であつて同居の家族であることが明らかであるから不法占拠を為す者と云うことはできない。よつて同被告に対し不法占拠を理由として所有権に基き右明渡及び損害金の支払を求める原告の請求は失当たるを免れない。
又原告の被告元次郎に対する昭和二十六年五月一日以降本件賃貸借の解除せられたと主張する同月二十二日までの賃料支払の請求について考えるに、同被告が本件家屋の同年五月分の賃料を弁済供託していることは当事者間に争いがない。而して被告儀次本人の供述によれば、被告元次郎は同月右賃料を原告方に持参したが、原告が右受領を拒絶したのでこれを供託したことが認められる。右認定に反する証拠はない。然らば同被告の右弁済供託は適法に為されたものというべきであるから、原告の右請求はこれを認容するに由ない。
以上の次第につき原告の被告両名に対する本訴請求は全部失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 畑健次)