大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)2815号 判決
原告 吉岡弘二
被告 加藤勝次郎
一、主 文
被告は原告に対し金四五、〇〇〇円及び之に対する昭和二六年一〇月二一日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
此の判決は原告が金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、
「原告は、被告が所有し、且つ、経営している大阪市此花区四貫島元宮町五番地の通称四貫島市場の第二二号店舗を賃借して昆布商を経営した。昭和二五年一二月初原告は被告の要求するままに権利金として金四五、〇〇〇円、家賃として一日金五〇円一カ月一、五〇〇円を支払つた。右店舗は間口一間半奥行一間半の狭隘な店舗であるから、地代家賃統制令は厳に適用されている。従つて右家賃金は勿論法外の闇家賃であつたが原告は之を承認して渡していたのであるから、不問に附する。原告は到底採算がとれなくなり、昭和二六年八月四日限り被告と合意の上右賃貸借契約を解除し、右店舗を被告に返還し、曩に渡してある権利金の返還を求めたところ、被告は之を承諾しながら返還しない。原告が権利金を被告に支払つた当時、被告の要求するままに支払つていたもので、それがどんな性質のものであるか、適法なものか、不適法なものか一切知らずに渡したものである。後日地代家賃統制令を調べて見ると、その第一二条の二には明らかに「貸主は如何なる名義であつても借主から借家権利金を受領することはできない」と規定されて居り、被告は原告の無智に乗じて不当に利得したものであるから、当然返還義務がある。そこで原告は被告に対し金四五、〇〇〇円及び之に対する訴状送達の日の翌日である昭和二六年一〇月二一日以降完済に至る迄年五分の割合に依る遅延損害金の支払を求める。」と陳述した。<立証省略>
被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、
「被告が四貫島市場を経営して居ること、その第二二号店舗を原告に権利金四五、〇〇〇円を受領し、賃料一日金五〇円一カ月金一、五〇〇円の約定で賃貸したこと、原告は同所で昆布商を営んで居たこと、右店舗は間口一間半、奥行一間半の狭隘な店舗であること、昭和二六年八月四日原被告間に於いて右店舗の賃貸借契約を解除し、被告が原告から右店舗の返還を受けたことは何れも認める。右店舗は二階建であり、原告からは平家建の分の権利金及び賃料を受領していたに過ぎないが、被告は二階の使用を認めて居り、原告は二階をも使用して居た。右店舗の賃貸に際し、被告は原告と、満一カ年賃借の後、同店舗を賃借する後継者を入居せしめることができたら権利金を全額、賃借期間が満一カ年に欠けるときは、権利金を当事者合議の上半額を夫々返還することを約しておいたところ、原告は昭和二五年一二月一三日開店し、昭和二六年八月四日店舗を返還したから、約旨に従つて被告が受領している権利金の半額を返還すれば足るのである。しかるに、原告は他に店を構えて営業する為の資金として必要だから内金二〇、〇〇〇円を返還して貰えばよいと申出たので、被告は金二〇、〇〇〇円について返還を承認した。しかし、被告が経営する四貫島市場は、全部で五〇戸ある店舗の内で現在開店営業中のものは二六戸に過ぎず、営業不振の上、原告が退去した跡の店舗が空いたままでは困るので、漬物屋を無理に入れて使用せしめて居り、その漬物屋から権利金を徴収することができないから、原告の請求に応じられない。」と述べた。
三、理 由
被告が原告主張の四貫島市場を経営し、昭和二五年一二月頃原告に対しその第二二号店舗を権利金四五、〇〇〇円を原告から受領し、賃料一日金五〇円一カ月金一、五〇〇円の約束で賃貸し、原告が同所で昆布商を営んでいたこと、右店舗は間口一間半奥行一間半の狭隘な店舗であること、昭和二六年八月四日原被告双方合意の上右賃貸借契約を解除し、原告は被告に対し、右店舗を返還したことは、何れも当事者間に争いがない。そして原告が返還を求める金四五、〇〇〇円中金二〇、〇〇〇円の返還義務があることは、被告の認めているところである。原告本人尋問の結果に依ると、原告は右四貫島市場の右店舗で約六カ月間程昆布商を営んでいたが、右市場自体が不振であり、従つて原告の右営業も不振の為、廃業し、被告に右店舗を明渡し、権利金の返還を求めたところ、被告は之を返還するが一寸待つて呉れと云つて返還しなかつた事実を認めることができる。被告はその主張のような返還についての特約があつたと主張するが、かかる特約の存在を認めるに足る証拠はない。元来本件の如き権利金を貸主が借主から受領することは、地代家賃統制令第一二条の二の規定に依り禁止されているのであつて、該規定は強行法規であることは論なきところであるから、かかる権利金の授受は、無効であることは勿論であり、被告は法律上の原因なく利得したこととなるのである。しかし他方強行法規に反するのであるから右は不法原因給付となると一応認むべきである。しかし、原告本人尋問の結果に依ると、原告が被告に権利金を渡すことが適法かどうかを知らなかつたが、権利金を出さなければ、本件店舗を借受けることができなかつたので已むを得ず、本件権利金を被告に交付したことを認めることができる。そうすると、原告が本件権利金を被告に交付したことについては已むを得ざるに出でたものであり、その行為に責むべきものがないと認むべきである。他方被告をしてかかる利得を、不法原因給付の名の下に、前記の如き短期間で賃貸借が合意解除されたのに保有せしめると共に賃貸した店舗の明渡をも受け得させることは公平の観念からしても、極めて不当であつて、前記の如き原告側の事情の下に交付された本件権利金の授受は不法原因給付とはなるが、不法の原因が貸主である被告の一方にのみ在るものと解し、その受けた利得を返還せしめるを相当と解する。そうすると被告は原告に対し、金四五、〇〇〇円及び之に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明白である昭和二六年一〇月二一日以降完済に至る迄年五分の割合に依る遅延損害金の支払義務があるものと謂うべく、その支払を求める原告の本件請求は正当であるから之を認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡野幸之助)