大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)3601号 判決
原告 辻スヱ 外二名
被告 辻政太郎
一、主 文
被告は原告等に対し別紙目録<省略>記載の不動産に付昭和十五年五月日時不詳贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として、
被告は訴外辻由太郎とその先妻ミネとの間に生まれたのであるが、その幼少の頃右ミネが死亡したので、原告スヱは、右由太郎の後妻となり、その間に原告秀雄及同実の二人をもうけた。ところが昭和十三年八月二日右由太郎が死亡したため、長男である被告は相続により被告現住家屋及その敷地五十坪五合別紙目録記載の不動産(以下本件物件と略称す)、その隣地百六十五坪二合等を取得した。その後当分の間原被告は従来通り被告の住居に於て同居していたが、昭和十四年になつてから、被告はその妻を迎えたところ、原告等と被告夫妻との折合が悪く、事毎に家庭内の平穏を害し、到底同居に耐え得なくなつた。そこで昭和十五年五月頃原被告はいづれも近親者である訴外辻房次郎、村田亀之助、服部光義の三人の立会を得て相互に協議を遂げた結果次のような話合ができた。
一 被告は訴外由太郎より相続した財産中、本件物件を原告等に贈与すること。
一 被告は本件物件につき自己の負担で原告等に所有権移転登記をなすこと。
一 その代り、原告等は被告夫婦と別居すること。
原告等は右契約の履行として同年六月二十一日被告と別居した。而してこれと前後して被告より本件物件の引渡を受け、爾来原告等においてこれを使用収益し来つた(尚昭和十九年頃より本件家屋の一戸に原告等自身居住するようになつた。)。
然るに被告は右契約に基く登記手続を為さないので、原告等は再三これが履行を請求したが、被告は言を左右に託してこれに応じない。然も訴外辻房次郎が右協議の履行として被告に白紙委任状を手渡し、以てその協力義務を果したのに拘らず、被告は昭和二十二年一月二十二日却つて本件敷地及家屋につき自己名義に所有権取得乃至所有権保存の登記手続を行つた。そこで原告等はこれが解決を求めるべく三回に亘つて調停の申立をなし、被告と協議したが何れも不調に帰した。のみならず却つて被告は右調停中、本件物件が自己名義になつているのを奇貨とし、原告等に無断で本件物件の管理収益を企て、昭和二十五年四月頃より遂に自ら賃借人からその賃料を取立てるに至つたので止を得ず本訴に及んだものであると陳述し、被告の答弁に対し、
被告現住家屋及その敷地は今より約四十七、八年前原告スヱが亡由太郎に入嫁する際本家(由太郎の父政吉時代)から由太郎に贈与され従つて由太郎の所有に属していたものであるが、登記未了のままになつていたものであり、又本件敷地及その隣地は本家(由太郎の兄徳三郎時代)から由太郎が贈与を受けた土地であつて登記未了のままとなつていたもので訴外辻房次郎は単にこれが移転登記義務を相続し履行したものに過ぎないと反駁し、被告の抗弁に対し、
被告主張の如く、本件贈与契約は書面によらない贈与であるがそれは既に履行済であるからその取消を為すことはできない。即ち右契約成立後間もなく原告等は被告より本件物件の引渡を受けこれを他に賃貸して使用収益し来つたのであるから、既に履行済であることは疑う余地はなく、被告に於てこれを有効に取消すことができない筈である。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、
被告は原告等主張の如く、原告等と異母兄弟の間柄であつて、父由太郎の死亡により本件物件中二棟七戸の家屋を相続したこと被告の妻と原告等との折合が悪く、協議した結果原告等は被告夫婦と別居するに至つたこと、本件物件はいづれも被告名義に登記されていること、昭和二十五年四月頃より被告が本件物件の中原告等居住の家屋を除き、その管理収益を為して来たこと及本件物件に関し原告等は三回に亘つて調停の申立をなしたがすべて不調に終つたことは何れもこれを認めるが、その余の主張事実はすべてこれを争う。即ち本件物件中敷地及その隣地並に被告居住家屋及その敷地は昭和二十二年一月二十二日従兄なる訴外辻房次郎より被告が贈与を受けたものである。元来被告は父由太郎の財産を相続してから、原告等の生活を考えて、特に本件物件は原告等の管理に委す代りに、この収益をもつて原告等の生活費に充当するように取はかつたのである。ところがその後原告等はその居住家屋については固より他の本件物件についてもその税金等の諸支払をなさなくなつたため、税務署等より被告に苦情が殺到して来たので、被告は止むなく原告等と話合をなし、その結果昭和二十五年四月より、被告に於て右物件を管理収益することにしたものである。従つて被告は原告等主張の如き贈与契約をなしたことはないと述べ、抗弁として、
仮りに原告等主張の如き贈与契約をなしたものとしても、それは書面によらない贈与であるから本訴(昭和二十七年六月十七日の口頭弁論期日)においてこれを取消す。と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告は原告等主張の如く、原告等と異母兄弟の間柄であつて、父由太郎の死亡により本件物件中二棟七戸の家屋を相続したこと、被告の妻と原告等との折合が悪かつたので、原告等主張の日時頃相互に協議した結果、原告等は被告夫婦と別居するに至つたこと、本件物件につき昭和二十二年一月二十二日付で被告名義に所有権取得乃至所有権保存登記をしたこと、昭和二十五年四月頃より被告が原告等居住家屋を除くその余の本件家屋の家賃を取立てていること及び本件物件に関し原告等は三回に亘つて調停を申立てたが、すべて不調に終つたことは何れも当事者間に争がない。
先づ原告等主張の本件物件につきその主張の如き贈与契約が原被告間に成立したか否かを判断してみる。その成立につき争のない甲第十七号証に証人辻房次郎(一、二回共)、同村田亀之助(一、二回共)の各証言及原告等各本人訊問の結果、被告本人訊問の結果の一部並びに原告スヱの亡夫由太郎の実印なることに付当事者間に争のない検甲第一号証を綜合すると、次のような事実が認められる。即ち昭和十三年八月二日原告スヱの亡夫でその余の原告等及被告の父であつた由太郎が死亡し、被告はその現住家屋及びその敷地、本件物件及びその隣地百六十坪余を相続により取得したのであるが、その後六ケ月程経過した頃、被告はその妻を迎えたところ、その妻と原告等との折合が旨く行かず、その為家庭の平穏が不当に害せられるようになり、昭和十五年五月頃遂に原被告間に別居の話がおこつたので、被告の現住居に於て原告等と被告は親族である訴外辻房次郎、村田亀之助、服部光義の三人の立会の許に種々協議を遂げたところ、被告は父由太郎より相続により取得した前記財産中、本件物件を原告等に贈与し、而してその負担に於て右所有権移転登記手続を済ませるが、その代り、原告等はその身辺の品、原告スヱは特にその嫁入道具を持出し、直ちに被告夫婦と別居すること、本件敷地は由太郎の生前本家より贈与を受けたものであるが、登記未了のまま当時本家の訴外辻房次郎所有名義になつていたところ、同訴外人は被告が右契約に従つて登記手続を為すに協力すること等の内容を有する協議が成立しその際被告は原告スヱに対し、亡由太郎の形見としてその実印を手渡したのである。この協議の内容を検討すると、被告はこれにより、本件物件を原告等に贈与する意思を表示し、これに対し原告等はこれを承諾する旨の意思表示をなした事実、従つてここに原被告間に贈与契約の成立したことを認めるに充分である。而して被告が本件物件につき前記の如く昭和二十二年一月二十二日付で自己名義に所有権取得乃至所有権保存登記をなしていることは右認定を妨げるものではなく、又右認定に反する証人服部光義の証言及被告の供述はにわかに措信し難くこの認定を覆すに足る資料は他にこれを発見し得ない。
かく原告主張の本件贈与契約はその成立を認め得るが、これは原告等の自認する如く書面によらない贈与であるから被告に於て何時でもこれを取消し得べきであるとも考えられる。然しこの点について、原告等は本件贈与契約は既に履行済であるから、最早取消し得ないと主張するので、次にこの点を按ずることにする。我が民法が不動産物件の変動についても意思主義を採用した結果、その移転は当事者の意思表示のみによつてこれを為し得ることにしているが、その登記を為さない限り、取得者は第三者に対抗し得ないのであるから、結局所有権移転契約が完全に履行されたというがためには、その登記手続をも完全に済ませることを要すると考えざるを得ない。けれども書面によらない贈与契約を取消し得ない事由としての債務の履行は必ずしも右の履行と同義に解し得ない。蓋し、法が書面によらない贈与を何時でも取消し得るとするのは、一方が他方に恩恵を与えるに過ぎない単純な贈与に於ては口頭又は黙示の如き極めて簡易な方法によつて意思表示を為すときは或は軽率に為したとして、後日これを後悔するに至るやも知れないのみならず、贈与者の真意を明確に残す資料が残らない為後日の紛争を惹起することを免れようとする点にあるのだから、苛くも契約の履行と見るべき行為があればこれによつて贈与者の意思が確然となるべく、従つてこれにより最早書面によらない贈与と雖も取消し得なくなる。と解すべきだからである。ひるがえつて本件を見るに、本件は一方が他方に恩恵を与えるに過ぎない単純な贈与と異り、多年労苦を共にして来た同居親子の別居に際して当事者及近親者の協議を経て行はれた、いうなれば財産分与契約である許りでなく、成立に争のない甲第一乃至第十号証、同第十五号証及び証人辻房次郎(第二回)の証言によつてその成立を認める甲第二十乃至第二十六号証、同第三十乃至第三十五号証の各記載、証人辻房次郎(第二回)の証言及び原告等の供述を綜合すると、原告等は本件贈与契約が成立して、被告と別居するや、本件物件の引渡を受けて、その地租家屋税等の負担をなし、且つ本件家屋を原告名義で他人に賃貸して使用収益し来つたこと(内一戸には昭和十九年頃より自ら居住)を認定できる。そうすると本件贈与契約は既に被告の贈与するの意思を十分に証明するに足る程度に履行されたものというべく、被告は最早これを任意に取消すことを得ない筋合である。尤も被告はその後前記の如く本件物件に付自己名義に所有権取得乃至所有権保存登記を為し、又昭和二十五年四月頃より原告等居住部分を除くその余の本件家屋の賃借人より家賃を取立てているが、これを以て右事実を打消すことはできない。従つて被告の為したる本件贈与契約の取消の意思表示は無効である。仍て被告に対し本件物件について昭和十五年五月日時不詳の贈与契約により所有権移転登記を求める原告等の請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 庄田秀麿)