大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)724号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事實)
原告は昭和二十二年五月二十一日本件家屋を被告に賃貸したが、二十五年十二月四日原告は被告の養子訴外細川惠愛のため傷害を受け同人を告発したため同人は被疑者として留置された。そして被害者たる原告の告訴取下がない限り同人の刑事処分は免れないような状況にあつたので、被告は昭和二十五年十二月六日原告に対し本件家屋を原状に復し三月以内に明渡す旨の契約書を作成交付し、原告はこれを承諾して告訴を取下げた。然るに三月以上を経過しても被告は明渡をしない。
かくして原告は所有権に基き不法占有を理由に明渡を求め、仮に所有権に基く請求が認められないならば前記明渡契約による義務の履行として明渡を求めた。
被告は原告の所有権及び賃貸人たるの地位を爭う。即ち本件家屋につき昭和二十三年六月二日原告より訴外皆本靜子に所有権移転登記が為されているから本件家屋に右靜子の所有であり、その後昭和二十六年十月二十三日再び原告に移転登記せられたがこれは仮装の贈与であり所有権は靜子にあるから、原告は所有権に基いて明渡請求をすることができず、又賃貸人たる地位は家屋の所有権と共に移転するから原告はもはや賃貸人でなく、從つて契約終了を理由として明渡を求める権限もない。更は明渡契約締結当時原告は所有者でも賃貸人でもなく家屋の賃貸借契約には何の関係もないのであるから、明渡契約には要素の錯誤があり契約は無効である。被告はこのように主張する。(双方のその他の主張及びこれに対する判斷は省略する。)
(判斷)
原告勝訴
判決はまず原告の所有者ないし賃貸人としての地位について、原告は昭和二十三年六月二日原告の生存中收益を取得する条件で娘の訴外靜子に本件家屋を贈与したが、本訴を有効に進行させる都合上昭和二十六年十月二十三日更に靜子から原告に本件家屋を贈与したものであるから、原告は名実共に所有者であり且つ賃貸人であると断定し、仮装の贈与なりとの被告主張を排斥し、右のようなことは贈与の当事者の合意で自由に為し得るもので贈与物件の賃借人にすぎない被告は右贈与が被告に不利益を与える目的で為されたとしても之を阻止し又は之に異議を述べ得るものではないとした。
次に明渡契約の点に関し次のように判示して被告の主張を排斥し原告の請求を認容した。
「被告は右契約の当時原告が本件家屋の所有者であると信じていたので右契約をしたところ、当時原告は右家屋の所有者でなかつたので被告の意思表示には要素の錯誤があり右契約は当然無効であると主張し、また当時本件家屋は己に訴外皆本靜子の所有に属し原告の所有に属しなかつたこと前認定の通りであるけれども、前認定のように原告から右訴外靜子に対する本件家屋の贈与には原告の存命中は右家屋の收益は原告の所得とする旨の条件がついていた事実に徴して原告の右家屋の賃貸人としての地位は訴外靜子によつて承継されることなく依然として原告に残されていたと認むべきであるから被告は賃貸人に対して家屋の明渡契約をしたこととなり要素の錯誤がないのみならず(賃貸借の目的物件の所有權の移轉があれば通常は賃貸人としての地位は新所有者に承繼されるけれども、右賃貸人の地位を舊所有者に保有させるか否かは当事者の自由に爲し得るところであつて被告主張のように必然的に新所有者がこれを承繼し、舊所有者はこれを失うものではない。)家屋の賃借人は家屋所有者でも賃貸人でもない全くの第三者に対してその者の為めに家屋明渡契約をしても差支えないものであるから、家屋明渡契約の相手方が契約当時明渡すべき家屋の所有者であることは必ずしも家屋明渡契約の要素であると云うことはできない。しかして本件の家屋明渡契約は前記のように訴外細川惠愛を加害者とする原告の告訴を取下げさせる為めに締結されたものであるから原告が(中略)その告訴を取下げさえすれば契約をした目的は達せられるのであつて、……」