大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)874号 判決
原告 鹿島勝一
被告 滋賀県経済農業協同組合連合会
一、主 文
被告は原告に対して金二十五万円及びこれに対する昭和二十六年三月二十五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わねばならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は原告において金八万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十六年二月十四日被告連合会特産課主事である千代正直との間に被告連合会を売主、原告を買主として蚕豆一叭六十瓩入二百俵代金合計九十四万一千六百円売買目的物の受渡期限三日内代金支払方法は内入金三十五万円を契約成立と同時に支払い残代金は右目的物受渡しと同時に支払う旨の契約を締結し、即日被告連合会の代理人である千代正直に金三十五万円を手渡した。しかるに被告連合会は約定の三日の期限を経過しても約定の蚕豆の引渡しをなさず、同年三月十九日原告が被告連合会に赴いてその特産課主任の関根幸男、及び同課主事千代正直に対して現品引渡方を交渉したところ、被告連合会には右商品の手持ちがない旨の回答であつたので、原告は同人等と交渉の結果前記売買契約を解除し、被告連合会に対して前記内入金三十五万円の返還を請求した。しかるに被告連合会は即日金十万円を支払つたのみで、残金二十五万円は同年三月二十四日に支払う旨を約したので、原告は右約定期日の翌日である三月二十五日に被告連合会に赴いて残金二十五万円の請求をしたが被告連合会は右金員を支払わない。仮りに被告連合会の主事である前記千代正直が被告連合会を代理して原告との間に本件の売買契約を締結する権限がなかつたとするも同人は被告連合会の代理人である旨を表示したので原告は同人が被告連合会を代理して本件契約を締結する権限があると信じて居たのであつて、同人はそれまでに被告連合会を代理して原告との間に数回蚕豆の取引をしたことがあり、その取引によつて得た利益金は被告組合に入金になつているので原告は同人がこのような、代理権を持つていたと信ずるについて正当な事由がある場合にあたる。したがつて被告連合会は右千代正直が原告との間に締結した前記売買契約及びこれに基く同人の内入金三十五万円の受領行為に付いて責任を負い、原告に対して右金員を返還する義務がある。
よつて、被告に対して、内入金三十五万円から既に支払済の金十万円を控除した残金額二十五万円及びその支払期日の翌日である昭和二十六年三月二十五日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訴費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告の主張事実中訴外千代正直が被告組合に在職していたことは認めるが、原告のその余の主張事実は全部否認する。被告連合会は原告に対して金十万円を支払つたことも残金二十五万円の支払を約束したこともない。また訴外千代正直は訴外滋賀県販売農業協同組合連合会を代理して原告と取引する旨を表示して、原告との間に原告主張の売買契約を締結したのであつて、被告連合会のために取引する旨を表示したのではない。しかして右訴外滋賀県販売農業協同組合連合会、訴外滋賀県購買農業協同組合連合会及び訴外滋賀県運輸農業協同組合連合会の三者は昭和二十五年十二月五日の各総会において合併することを決議し同年十二月七日此の旨新聞に公告し、異議ある利害関係人に対して一ケ月内に異議の申出方を催告し、昭和二十六年一月三十一日解散登記をなして右訴外各連合会は消滅した。被告滋賀県経済農業協同組合連合会は右三者の合併によつて昭和二十六年二月一日設立せられ、同日その旨の登記をしたものであつて、右訴外滋賀県販売農業協同組合連合会とは別個の法人である。従つて、訴外千代正直が被告連合会とは別個の法人の為めにする旨を表示してした本件の売買契約やその代金の内入金の受領について被告連合会が責任を負う理由はない。仮りに原告が右訴外連合会の為めにする旨の千代の表示を被告連合会の為めにするものと誤解していたとしても、両者が別個の法人であることは前記の登記、公告、及び被告事務所に掲げる看板によつて何人もたやすくこれを知ることができるのであるから、全く原告の過失による誤解であつて、これが為めに被告連合会は右千代が原告から受領した内入金返還の義務を負う理由はない。
仮りに訴外千代正直が被告連合会の為めにする旨を表示して原告と本件の取引をなし、内入金三十五万円を受領したとするも、同人は昭和二十四年九月訴外滋賀県販売農業協同組合の技手として採用せられ青果物を扱う特産課の末席として勤務し、青果物の生産指導及びその販売斡旋の事務に従事し、昭和二十六年一月同訴外連合会の解散と共に解職せられ、昭和二十六年二月一日被告連合会設立と共に改めて技手として採用せられ特産課において野菜類のみの生産指導販売斡旋事務のみに従事し、同年三月五日免職せられた者であつて、被告連合会を代理して本件の売買契約を締結したりその内入金を受領する権限を持たなかつたものである。即ち被告連合会の特産課においては野菜青果物等を主管し、蚕豆雑穀類を取扱わず、雑穀は食糧課の主管に属するところ、訴外千代正直は食糧課に勤務せず、被告連合会は右訴外千代に対して雑穀類の売買等の代理権を附与したことも、原告その他に対して代理権を附与した旨の表示をしたことも、また訴外千代に雑穀取引執行に関する事実行為を為させた事もない。且つ被告連合会においては組合員の生産物資の販売斡旋等の法律行為は課長においてこれを為し部長の決裁を得て取行い金銭の授受は経理課においてこれを取行うものである。右の次第であるから訴外千代は被告連合会の代理人でないばかりでなく、被告連合会を代理して本件売買契約を締結する権限も、原告主張の内入金を受領する権限もなく、且つ右権限のないことは原告において容易に知ることのできる筈であつたから、原告が同訴外人に右権限があつたと信ずべき正当な事由のある場合にもあたらない。従つて、被告連合会は訴外千代の本件の内入金受領行為に対して表見代理の規定による責任を負う理由はない。
いずれにせよ原告の被告連合会に対する本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
証人千代正直の証言及び同証言によつてその成立の経過を知ることのできる甲第一、二号証によれば、昭和二十六年二月十四日被告連合会事務所で当時被告連合会の技手であつた訴外千代正直が原告との間に原告主張の数量の蚕豆を原告主張の価格で売渡す旨の契約を結んで原告から金三十五万円を受取つたこと及び同訴外人は右契約を自身のために締結するのでない旨の表示をしていて原告もその意思であつたこと明瞭である。右訴外人が右契約当時これを何人の為めにすると表示したかに関して、原告は同訴外人が被告連合会の為めに契約する旨を表示したと主張するに反して、被告は同訴外人が被告連合会の前身であつて当時既に解散消滅していた滋賀県販売農業協同組合連合会(以下県販連と略称する)の為めに契約する旨を表示したと主張する。この点について判断するに、成立に争のない乙第三号証によれば蚕豆の売買が被告連合会の目的である事業の範囲内に属すること極めて明瞭である。右認定事実と先に認定した事実から、前記の契約は被告連合会の職員である千代正直が被告連合会の事務所で右訴外人自身のためにするのでないことを明示又は黙示して被告連合会の目的の範囲内に属する取引をした場合にあたる。右の場合訴外千代が自分の代理しようとする本人を明らかに表示しなかつた場合それが被告連合会の為めに取引することを黙示していることになるのは言うまでもない。また同訴外人が自分の代理しようとする本人を被告の名称以外の名称で呼んだ場合においても、それが原告にとつて被告連合会を指すものと思われ、且つ原告がそう思うが当然の名称である限り、同訴外人は被告連合会の為めに契約する旨を表示したと解するのが条理にかなつている。換言すれば、前認定の事情の下に契約を結べば右訴外人は右契約の場所で右内容の契約をする行為自体によつて当然にその契約は当時同訴外人の勤務していた被告連合会の為めに締結することを表示していることになる筋合である。仮りに同訴外人が当時既に解散して消滅していた被告の前身である県販連の名称を用いたとしても前記の特別の表示や暗黙の了解がない限りその実質においてその名称通り実在しない法人の為めに契約する旨の表示をしたことになる道理がない。なるほど甲第一、二号証には本人として県販連の名称が表示されているが、仮りに証人田口和雄の証言にあるように、訴外千代が右各書証に被告の名称を表示しなかつたのは同訴外人が本件の前渡金を領得する意思であつて、その為めには右契約書及び領収証を上司にかくれて作成しなければならないが、被告連合会を表示した用紙及び印章は入手し難いのに反して県販連のそれは容易であつたからであると仮定しても、訴外千代正直の証言その他弁論の全趣旨に徴し原告が右千代の不正行為に加担したと認める余地は全然ないから右書証は訴外千代から原告に対して被告連合会の為めに契約するものでない旨特別の表示やその旨の黙示の了解が成立したことを意味するものではない。また紛れ易い両名称の類似から前認定の本件契約の結ばれた事情の下では原告は右名称をもつて被告連合会を指すものと信じ、且つそう信じるのは当然である。従つて甲第一、二号証に県販連の表示があることは先に示した条理による結論を覆すものではない。その外被告の全立証によるも右条理に基く結論を覆すに足る特別な事情は見出されない。
よつて被告連合会に本件の前渡金返還の義務があるかどうかについて按ずるに訴外千代正直は被告連合会特産課の技手であること当事者間に争がないし且つ証人田口和雄、同千代正直、同藤田治正及び同高木小一の証言によれば同課の職員は外部との交渉がある事務に関係していること明白であるから、右訴外千代はその職務権限の範囲で被告組合の代理人である。しかして右訴外人に本件の取引をする権限がなかつたとしても原告が蚕豆が蔬菜、果実の一種として特産課の所管に入ると考えたことは雑穀と蔬菜果実の区別の明瞭でないことに徴して当然のことであるばかりでなく証人千代正直の証言によれば同訴外人は被告連合会の前身である県販連の代理人として県販連の為めに原告との間に蚕豆の取引をして、その代金を受領したことがあり且つ被告連合会は右県販連の事業を受継いでその職員も殆ど移動がないと言うのであるから原告が同訴外人に被告連合会を代理して本件の契約をしその前渡金を受取る権限があると信じたことには正当な理由がある。被告は右訴外人は被告連合会の代理人でないと主張するが、他人との間に法律行為をする使用人はその都度使用主や監督者の指示に従つて行動しなければならない者であつても、その指示された範囲ではその使用主の代理人であつて、乙第四号証、証人田口和雄、同高木小一の証言によつて明らかな訴外千代が売買契約を締結するには上司の事前又は事後の承認を受けねばならない事実は同訴外人が被告連合会の代理人でないことを意味するものではない。また、右のように被告連合会の規則によれば同訴外人の権限に制限があつても、被告連合会と取引する者は総て右規則に精通していなければならない道理はないから、右規則の存在は原告が同訴外人に本件の契約を締結して前渡金を受領する権限があると信じたことに正当の理由がある旨の前認定を左右する資料にはならない。従つて被告連合会は原告に対して本件契約及び右契約による前渡金の受領に付いて責任を負わねばならない。しかして証人千代正直の証言によれば本件売買契約が既に解除になつていること明瞭であつて、且つ右前渡金のうち金十万円は既に原告に返還済であることは原告の自認するところであるから、被告は原告に対して前渡金残額金二十五万円及び之に対するその支払期限以後の損害金を支払う義務がある。よつて原告の請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 長瀬清澄)