大阪地方裁判所 昭和26年(ヲ)58号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事実)
債權者は昭和二十六年二月二十二日大阪市東区博労町四丁目四十五番地所在の債務者等先代所有にかかる店舖につき、債務者等先代に対し事務室の占有妨害排除、賃貸權の確認及び賃借權に基いて賃貸人に対し賃借物件の使用許与等の本案提起を準備中、如何なる暴力を用いて賃借物件の使用を不能にされるかも計り難いという理由で、現状維持の仮処分命令を得、同月二十六日その執行を了した。その後被告人等先代は死亡し、被告人等がその地位を承継したが、同人等は先ず債權者の被保全權利が昭和二十三年二月頃の解約と占有返還によつて消滅していることを異議事由として主張し、仮りに右の異議事由が認められないとしても、債務者先代は腦病を患い特許事務を執ることができなくなつたので家族の生計を維持するため出資者を得て共同で商売を開始することとし階下の西半分について店舖向に改造しようとしたところ本件仮処分命令の執行を受けこれがため営業を開始することができず、しかも仮処分執行前に存していた出入口を閉鎖され階下の利用も不能となり債務者先代死亡後一家の死活問題になつているから以上の事実は民事訴訟法第七百五十九条の特別事情があるものとして仮処分命令を取消すべきであると主張する。
(判斷)
債権者勝訴。判決は先ず債権者に被保全權利と保全の必要があることを認め、次に、特別事情の存否についてつぎのとおり判示した。
「本件仮処分はいわゆる現状維持の仮処分であつて仮処分命令当時の債權者及び債務者の占有状態に何等の変更をも加えることなくそのままの状態を保全することを命じたものであるから仮処分命令の執行前に存していた出入口を閉鎖するような事態は全然生じ得る余地がない。次に財産權上の請求に関する仮処分においては被保全權利が終局において金銭的補償により満足し得る場合には民事訴訟法第七百五十九条の特別の事情がある場合に該当すること勿論であるけれどもそれは被保全權利が金銭賠償債権に転化し得ることをいうのでは全然なく仮処分債権者が金銭的補償を以つて満足することが仮処分債権者と仮処分債務者との保全訴訟法手続における保証の公平の見地からみて妥当である場合でなければならないから被保全権利が終局において金銭的補償により満足し得る場合に該当するか否かは、その被保全権利が特定給付として実現を要求する緊要性の程度、当該仮処分の目的、内容その他諸般の情況を考慮し、社会通念に従つて合理的に判断しなければならないのであつて、今これを本件について考えてみるに、債権者が賃借している本件家屋は心斉橋筋に面した店舖でありこのような大阪の都心の繁華街に在る店舖の賃借権は往々にしてその所有権の価格を凌駕することのあるのは顯著な事実であり従つて賃借人がその賃借権に対して有する関心、賃借権の実現を要求する緊要性の度合に一般の場合に比較して遙かに強烈であり、仮りに金銭的補償をするとしても通常その額は巨額でありかつ正確にその額を確定することは困難であり、後日債権者が本案訴訟で勝訴し、仮処分取消の保証金によつて補償を得ようとしても必ずしも常に完全な金銭的補償も得るものとは断じ難い。しかも本件仮処分命令は……現状維持の仮処分であつて債務者にとつても最も損害の少ない性質のものであり、営業をするにしても本案判決確定に至る迄の間は現状のままこれを使用するのが妥当な措置というべきであつてこのような弱い程度の仮処分が継続したからといつて通常の場合以上の異常な損害が発生するとはいい難い。以上の事実を綜合すると本件被保全権利は金銭的補償を以つては債権者に十分な満足を与えない場合に該当するものと解すべきであるから民事訴訟法第七百五十九条の特別事情があるものとする債務者の主張も亦これを採用することができない。」