大阪地方裁判所 昭和26年(行)12号 判決
原告 玄幡マツ
被告 大阪国税局長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が訴外三興工業株式会社に対し昭和二十五年八月八日なした別紙目録記載の物件に対する差押を解除せよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
「被告は訴外三興工業株式会社(以下訴外会社と称する)において昭和二十四年度取引高税、源泉所得税、法人税計金百三十九万六十二円の滞納税金を負担するものとして、昭和二十五年八月八日大阪市東淀川区野中北町二丁目三十五番地の訴外会社において、別紙目録記載の物件(以下本件物件と称する)及びその他の物件に対し差押をした。
しかし、本件物件は、原告が昭和二十四年四月二十三日右訴外会社に対する貸金三十万円の譲渡担保としてその所有権を取得したものであり、しかも右会社は右貸金三十万円をその返済期日たる同年七月二日返済しなかつたものであつて、本件物件は原告の所有であるから、訴外会社の滞納税金のためこれを差押えてもその差押処分は無効であるから、右差押の解除を求める。」
また原告は被告の答弁に対し次のように述べた。
「本訴は差押処分の無効を原因としてその確認を求める意味において、差押処分の解除を求めるものであるから、行政事件訴訟特例法第二条の適用はなく、訴願手続を経ないで出訴できるものである。
仮に訴願手続を経なければ出訴できないとしても、原告は昭和二十五年十一月七日本件物件を競売に付し、これを競落してその所有権を取得した後、更にこれを訴外松元哲一に売却したところ、同訴外人は同年十二月二十三日淀川税務署に対して本件差押の解除を求める旨異議の申立をした。そして原告はその後松元哲一との右売買契約を解除して再び本件物件の所有権を取得したから、右松元哲一の異議申立人たる地位を承継し、昭和二十五年十二月二十三日審査の請求をしたことになるから本訴は適法である。
また訴外会社の代表取締役であつた巴勇が原告の長女吉子の夫であることは認めるが、原告は昭和十七年頃から呉服並に金細工の仲買をしており、終戦前多少の衣類並に金製品を保有し、これを昭和二十三年頃処分しその売得金を訴外会社に貸したものである。」
被告指定代理人は、本案前の答弁として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
「本訴は行政庁たる大阪国税局長を被告として差押処分の取消を求めているのであるから、行政事件訴訟特例法第二条のいわゆる行政庁の違法な処分の取消を求める訴と解すべきであり、従つて国税徴収法第三十一条の二、同条の三、同条の四により審査の請求をして、それに対する決定を経た後でなければ出訴できないものであるのに、審査の請求をせずに提起した本訴は不適法である。
もし本訴が差押処分の無効確認を求める訴であるとしても、行政処分により生ずる効果は国について生ずるのであり、行政庁は国の行政機関として行政処分を行うのにすぎないものであるから本訴は国を被告としなければならないのに行政庁たる大阪国税局長を被告としているから本訴は不適法である。
原告主張の訴外松元哲一がその主張の日淀川税務署に対して、差押処分の解除を求めたことは認めるが、それだからといつて原告が被告に対し審査の請求をしたことにはならない。」
また本案につき被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
「原告の主張事実中、被告主張の原因によりその主張の日、本件物件の差押処分をしたことは、これを認めるがその余の事実は否認する。
原告は訴外会社の代表取締役であつた巴勇の義母であり、同人に扶養せられているような関係にあるので、この原告と訴外会社間に原告主張のような貸借並に譲渡担保の契約がせられることはあり得ないことと考えられるが、仮に原告主張の貸借並に譲渡担保の事実があつたとしても、原告と訴外会社間に取交わされている譲渡担保契約書においては債務者たる訴外会社がその債務を完了したときは、債権者たる原告は、本件物件の所有権を訴外会社に移転する旨の約定がせられているのであるが、その後訴外会社は昭和二十四年七月十一日金十万円、同月十五日金二十万円、合計金三十万円を原告に返済して、右債務を完済しているようであるから、同年七月十五日本件物件の所有権は再び訴外会社に移転したものというべきである。したがつてその後である昭和二十五年八月八日被告が訴外会社の滞納税金のため本件物件に対してなした差押処分は何等の違法もない。」(証拠省略)。
三、理 由
まず、本訴の適否について考える。
(1)、被告は本訴は、差押処分の取消を求める訴であるから、国税徴収法による審査の請求をせずに提起したのは、行政事件訴訟特例法第二条に定める訴願前置の規定に反し不適法であると主張するが、原告は本訴において、訴外会社に対する国税滞納処分として原告所有の物件についてなした本件差押処分は当然無効であり、その無効の確認を求める趣旨において差押の解除を求めるというのであり、本件物件が原告の所有であるならば、右の差押処分は無効であるといわねばならない。訴外会社に対する国税滞納処分は同会社の財産を処分換価すべき行政処分であつて、これによつて第三者たる原告の財産を処分することはできないし、また処分しようとするものでもないのであるから、第三者たる原告の所有物について滞納処分としての差押がなされても、原告の所有権を動かす効果に達し得ないという意味で効力がない(無効)処分ということになる。このような無効原因にもとずいてその差押処分の取消なり無効の確認なりを求める訴が、訴訟の種類として行政事件特例法にいう違法な処分の取消を求める訴にあたるとしても、同法第二条の訴願前置の規定によつてその訴を遮断してしまつたところで、その行政処分の結果と原告の所有権との矛盾はそのまま残つて、訴の遮断は同条の予期する効果がないわけで、このような場合には同条本文の規定にかかわらず訴願の裁決を経ずに訴が提起できるものと解するのを相当と考える。従つて、原告が本件差押処分について国税徴収法による審査の請求(訴願)をしたかどうかにかかわらず、本訴はこの点適法といわねばならない。
(2)、つぎに被告は、本訴が差押処分の無効確認を求める訴であるならば行政処分により生ずる効果の帰属する国を被告としなければならないと主張するが、原告が「差押を解除せよ」との判決をもとめているのも、その趣旨とするところは差押処分を取消す判決を求めているものと解すべきであるし、それが無効確認を求める趣旨だというのは、処分が上記の理由によつて無効であることを確認する趣旨でその取消を求めるという主張であるわけである。そしてこの種の訴が行政事件訴訟特例法第三条によつて、その処分をなした行政庁を被告として提起できることについては多く異論のないところと考える。そして、この種の訴と別に、行政処分の無効確認の訴を、その処分の効果の帰属する国を被告として提起できるかどうかは、また別個の問題である。従つて、本件差押処分をなした大阪国税局長を被告とする本訴はこの点においても適法である。
そこで本案前の争点について、被告の抗弁は理由がなく、本訴は適法であるといわねばならない。
そこで進んで本案について考えてみよう。
被告が訴外会社に対する昭和二十四年度取引高税、源泉所得税、法人税合計金百万三千九百六十二円の国税の滞納処分として、昭和二十五年八月八日右会社において本件物件の差押をしたことは当事者間に争がない。
そして原告と訴外会社間に昭和二十四年四月二十三日、訴外会社は原告より金三十万円を借受け、その担保として本件物件等右会社の工場備付の機械設備一切を原告に譲渡する旨の公正証書が作成せられていることは成立に争のない甲第二号証により明かであり、また証人巴勇及び原告本人は口をそろえて右貸金三十万円は昭和二十三年十二月二十日頃から翌二十四年四月初め頃までの間三、四回に貸与せられたもので、右公正証書通りの譲渡担保契約が締結せられたに相違ない旨供述し、証人永山敏郎の証言また大体右に符合している。
しかし証人宮野智精、米田鶴松、永山敏郎、巴勇の各証言を総合すれば訴外会社の営業は昭和二十三年夏頃までは不振であつたが、その後搾油機の製造を始めてから立直り、翌二十四年中は相当に好況で十三方面では最も成績のよい会社であり、その代表取締役であつた巴勇の私生活の如きも相当贅沢であつた事実を認めるに足るのであつて、右巴勇の義母である(この事実は当事者に争がない)原告から訴外会社において、右繁栄の途上にあつた昭和二十三年暮頃からその最盛期ともいうべき昭和二十四年四月頃にかけて金三十万円を借受けるが如きは特別の事情のない限りあり得ないことであり、まして右貸金の担保として工場備付の全機械(この価格を会社の財産目録では金百四十余万円と計上していること証人巴勇、米田鶴松の各証言により成立を認める乙第十号証の四及び同第十一号証の二により明か)の所有権を移転するが如きは通常考えられないところである。
そして証人巴勇の証言、原告本人の供述その他本件全証拠を以てしても原告主張の貸借及び担保契約の存在を首肯せしめるに足る特別の事情はこれを認めることができないだけでなく、却つて証人松元哲一の証言によれば巴勇は昭和二十五年秋頃右松元哲一に依頼し同人の名義を借りて訴外会社の機械類につき原告からこれを右松元に売却する旨の事実に反する公正証書を作成しただけでなく、右機械類につき本件被告からの差押を解除せられたい旨松元名義淀川税務署長宛の文書(甲第四号証)を偽造し、これを同税務署に提出した事実を認めるに足るのであつて、以上各事実に前示乙第十号証の四及び同第十一号証の二によつて認められる訴外会社の昭和二十三年八月一日から昭和二十四年七月三十一日まで及び同年八月一日から昭和二十五年一月三十一日までの各営業報告書には本件物件は依然同会社所有の物件としてその財産目録に登載せられている事実を総合して考えれば、原告主張の貸借及び譲渡担保の事実があつたとする前示証人巴勇、永山敏郎の各証言及び原告本人の供述は到底信用することはできないし、甲第二号証の公正証書また真実に合致するものと認めることはできない。
ただ証人は米田鶴松の証言により成立を認める乙第十四号証(訴外会社の借入金勘定原簿)には昭和二十四年四月十三日の欄に原告よりの借入金三十万円の記載があり、また同年七月十一日及び同月十五日の欄には原告への借入金の返金として金十万円及び金二十万円計三十万円の記載があることはこれを認めるに足るのであるが、証人米田鶴松の証言によれば右記帖は米田において訴外会社の代表取締役である巴勇の言のままにしたというのであり、証人巴勇の証言によれば右原告への返金の記載は原告への返金ではなく巴への仮払を間違つて記載したというのであり、右記載の全体に亘つて真実に合致するか否か相当疑わしいものであつて、右原告よりの借入金の記載も甲第二号証と同様巴において何等かの意図があつて真実とは相違する記載をせしめたものと認めるのを相当とするので右記載もまた原告主張事実を認める資料とすることはできない。
結局本件全証拠によつても原告主張の貸借及び譲渡担保の事実はこれを認めることはできないので、右事実を前提とし、本件物件が原告の所有であることを主張して差押処分の解除を求める原告の本訴請求は他の争点の判断をするまでもなく、失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)
(別紙目録省略)