大阪地方裁判所 昭和26年(行)16号 判決
原告 勝本勝忠
被告 淀川税務署長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
一、原告の主張
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年九月二十九日訴外三興工業株式会社に対する国税滞納処分として別紙目録記載の物件についてした差押処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因及び被告の答弁に対する主張として述べたところは次のとおりである。
(一)、請求の原因
被告は、訴外三興工業株式会社(以下訴外会社とよぶ)に対する国税滞納処分として昭和二十五年九月二十九日別紙目録記載の土地及び建物(以下本件不動産とよぶ)の差押をして、大阪法務局受付同年十月二十四日第一五、一七六号を以てその登記をした。
しかしながら、本件不動産は原告が訴外会社に対する貸金三十五万円のいわゆる譲渡担保として、昭和二十四年四月二十七日同会社よりその所有権の譲渡を受けて、原告の所有となつているものである。故に訴外会社の滞納税金のために原告所有の物件を被告から差押を受ける理由がないから、その差押の取消を求めるため本訴に及んだ。
(二)、被告の本案前の答弁に対する主張
本訴は滞納処分としてなされた差押の取消を求めるものであるが、その処分が当然無効であることを理由にしてその取消を求めるものであるから、被告が主張するようないわゆる訴願前置主義の適用はない。
仮に訴願の手続を経なければならないとしても、原告はその手続をしている。すなわち、本件差押処分の基本である訴外会社に対する源泉所得税等の調査は、大阪国税局の職員によりなされたものであるから、淀川税務署長名でなされた本件差押処分について異議がある場合には、直接大阪国税局長に対し審査の請求ができるものであり、原告は昭和二十五年十一月二十九日付異議の申立と題する書面を以て大阪国税局長に対し、審査の請求をし、同書面は同年十二月二日同国税局長に到達している。したがつて本訴は適法である。
仮に右の事実を以て審査の請求をしたものと認められないとしても、本件差押処分の通知は訴外会社に対しなされていないため、原告は原告への所有権移転登記手続を代書人に依頼した際差押権利者大蔵省なる差押登記のあることを始めて知つたものである。それで大阪国税局長に対し異議の申立をすれば十分であると考えて、同局長宛右書面を送達したものである。全然異議の申立がなされていないならともかく、右書面が受理されているのであるから、これをもつて再調査の請求とみなすのが相当である。したがつて本訴は何等不適法ではない。
(三)、被告の本案の答弁に対する主張
被告は、原告が訴外会社より本件不動産の所有権を取得して真実の所有者となつたが未だ登記しない間に、登記簿上の所有名義にもとずいて、これを差押えたものである。民法第百七十七条にいわゆる第三者とは、登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する者、すなわち不動産に関して有効なる取引関係に立つ者を指すのであるから、この規定は一般私法関係にのみ適用されるものであつて、本件のように公法上の権利関係にもとずいて国が差押する場合には、その適用がないものである。したがつて真実の所有者である原告は、被告に対し本件不動産の所有権を対抗し得るものである。
二、被告の主張
被告指定代理人は次の通り述べた。
(一)、原告は本訴においてまず当初は大阪国税局長を被告として本件不動産が原告の所有であることの確認と右物件につき大阪法務局昭和二十五年十月二十四日受付第一五、一七六号を以てせられた同年九月二十九日差押による差押登記の抹消登記手続を求め、後昭和二十六年六月二十二日の口頭弁論において、請求の趣旨を右昭和二十五年九月二十九日の差押処分の取消請求に変更し、その後昭和二十七年十月十日附の訴状訂正申立書を以て被告を淀川税務署長に変更したものである。
(イ) しかしまず右当初の請求は一般民事訴訟としての請求であり、これを差押処分の取消を求める行政訴訟に変更することは請求の基礎を全く変更するものであつて許されないものと解する。
(ロ) 仮に右変更が許されるとしても、若し右変更せられた請求が差押処分の無効を理由としてその無効宣言の意味においての取消を求めるものとすれば、行政事件訴訟特例法第七条は同法第二条の行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴にのみ適用があるのであり、右のような無効訴訟には適用がないものと解すべきであるから被告を大阪国税局長から淀川税務署長とした当事者の変更は許されない。
(二)、若し右変更せられた訴が右特例法第二条の訴であるとすれば被告の変更は許されようが、右訴は差押処分の取消を求める訴であるから、まず当該処分をした税務署長に対し再調査の請求をなし、その決定に対し不服あるときはさらに国税局長に対し審査の請求をなし、それに対する決定を経た後でなければ原則として訴を提起することができないものであるが、原告は右再調査の請求も、審査の請求もしていない。もとよりこれらの決定もないのであるから、本訴は不適法として却下を免れない。
原告は昭和二十五年十一月二十九日付大阪国税局長宛異議の申立と題する書面を同局長に提出したことを以て訴願前置の要件を充したものと主張する。そして右のような書面が同年十二月二日同局長に到達したことはこれを認めるが、再調査の請求をせずに直に審査の請求ができるのは、税務署長名でなされた処分であつても処分の通知書にその処分のための調査が国税庁若は国税局の職員によりなされた旨の記載がある場合、または当該処分が税務署以外の行政機関の長若はその職員によりなされた場合に限るのであるが、大阪国税局の職員が訴外会社に対する昭和二十五年度源泉所得税の脱税摘発を行い賦課処分に関する調査をしたことはあるが、本件差押処分に関する調査はしていないし、勿論本件差押処分の通知書に国税局の職員によつてなされた旨の記載もないから、原告が右書面を以てした大阪国税局長に対する異議の申立を以て適法な審査の請求と解することはできない。また再調査の請求は当該処分をした税務署長に対してなすことを要するから、大阪国税局長に対する異議の申立をもつて再調査の請求と解することもできない。
(三)、次に本案について、主文と同趣旨の判決を求め、原告の主張事実中被告が訴外会社に対する滞納処分としてその主張の日本件物件の差押をしてその主張の登記をしたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
原告は、本件不動産の所有権移転登記手続をしていないし、他方訴外会社は、昭和二十三年八月一日より翌二十四年七月三十一日までの事業年度間の営業報告書において、昭和二十四年七月三十一日現在の貸借対照表資産之部に本件不動産を「土地建物設備金五十九万九千八百八十六円八十銭」としてその中に計上し、またその後の昭和二十四年八月一日より翌二十五年一月三十一日までの仮決算時の営業報告書においても、昭和二十五年一月三十一日現在の貸借対照表資産之部に右同様本件不動産を同会社の所有として計上しているから、本件不動産の所有権は原告に移転していないこと明かである。
仮に原告が訴外会社より本件不動産の所有権を取得したとしても、本件のような税金の滞納処分による差押には、一般私法関係と同様民法第百七十七条の適用があるから、不動産登記法の定めるところにしたがつて、登記をしなければ不動産物権の変動を第三者に対抗することができない。原告は前記のとおり本件不動産の移転登記をしていないのであるから、その所有権を取得したことをもつて被告に対抗することができない。
また仮に原告が訴外会社に対する貸金三十五万円の譲渡担保として、昭和二十四年四月二十七日本件不動産の所有権を取得したとしても、訴外会社は、法人税課税に関し、昭和二十五年十月所轄淀川税務署が実地調査した結果、昭和二十一年八月十一日より昭和二十五年七月三十一日までの四事業年度分法人税申告を虚偽の決算にもとどいてしていたことを発見され、前掲昭和二十四年七月三十一日現在の貸借対照表にも脱漏があつたため、右貸借対照表につき追加申告をしたものであるが、その追加申告貸借対照表の資産之部に「本勘定貸付金(借入金)」として金六十万円を計上し、この金額は同日現在の同会社元帳「借入金勘定」の残額金六十万円と符合し、原告よりの借入金は昭和二十四年四月二十一日金三十五万円として右「借入金勘定」貸方に計上し、これに対する返済として、同年七月十一日金十万円、同月十五日金十五万円、同年八月十五日金五万円、同年九月三日金二万円及び同月五日金三万円として同勘定借方に計上しているから、訴外会社は原告に対する金三十五万円の債務を昭和二十四年九月五日完済したものである。そして右金三十五万円に対する譲渡担保契約において債務者たる訴外会社がその債務を完済したときは、債権者たる原告は直に本件不動産の所有権を訴外会社に移転する旨約定しているから、本件不動産の所有権は昭和二十四年九月五日訴外会社に帰属したことになる。
したがつて、いずれの点よりするも原告は昭和二十五年九月二十九日には本件不動産の所有者ではないのであるから、被告が同日訴外会社に対する滞納税金のために本件不動産を差押えたことにつき、原告の主張するような違法はない。
三、証拠<省略>
三、理 由
(一)、まず請求及び当事者の変更の適否につき考えてみる。
(イ)、原告が本訴において当初は大阪国税局長を被告として、本件不動産が原告の所有であることの確認と右物件についてせられた差押登記の抹消登記手続とを訴求し後昭和二十六年六月二十二日の口頭弁論において請求の趣旨を差押処分の取消請求に訂正したことは本件記録に徴し明かである。しかし右いずれの請求も訴外会社に対する国税滞納処分として原告所有の本件不動産につき差押処分のせられたことを基礎とするものであつて、何等その基礎に変更があるものとは解することはできないので、右請求の変更はこれを許さるべきものである。
(ロ)、つぎにまた、原告は本訴において当初は被告を大阪国税局長とし、後これを淀川税務署長に変更したものであり、しかも原告は本訴を以て差押処分の当然無効を主張し、その無効宣言の意味での取消を求めるものと主張する。そして若し本件物件が原告主張のように滞納者の所有に属せずして原告の所有に属するものとすれば、右物件に対する滞納処分は当然無効であり、その無効を主張して取消を求める訴にあつてはいわゆる訴願前置及び出訴期間についての制限は存しないものと解するのであるが、かような事件において行政事件訴訟特例法第七条による被告の変更を許すべきか否か。思うに、右法律第七条の規定の効果として、被告を誤つたため出訴期間を徒過するに至つた不利益から原告を救う点をその重要なものとすることについては異論のないところであるが、あわせてまた、従前の訴訟を利用することによつて、あらためて新訴を起す手間と費用をはぶく利益をも与えている点を見逃すべきではない。それは、元来、行政法規が複雑であるため一般国民にとつてどの行政庁を被告とすべきかを明確に知り難く、これにその選択の危険を負わせるのが酷である場合が少くないのと、一方被告たるべき行政庁は通常国の機関であり、その場合いわば実質的には国が被告であつて行政庁相互の関係はいわばその内部の関係にすぎないものであり、その間に十分統一と連絡が保たれうることからいつて、被告たる行政庁を変更した場合にも通常の訴訟における被告の変更とちがつて被告の受ける不利益は著しく軽微であることを考慮したものと考える。そしてこの利害関係の衡量は、出訴期間の点に救済の必要がない場合についてもなお、上にあげたその余の効果のため右第七条の適用を維持するに足るものと考える。そこで、本件のような無効宣言の意味での取消を求める訴においても、右の見地から、右第七条によつて被告を変更し得るものと解するのが相当である。
なお本件のような行政処分の当然無効を理由としてその取消を求める訴と行政事件訴訟特例法第三条との関係については、同条が処分をした行政庁を被告としなければならないと規定した理由が、行政処分をした行政庁がその行政処分について資料なり事務担当職員なりの点からいつて最もよくその間の事情を知つており、これに訴訟を追行させるのを便宜とするという点にあり、この関係は本件のように行政処分の当然無効を主張する訴訟についても少しも異ならないのであるから、同条により行政処分をした行政庁すなわち本件では淀川税務署長を被告とすることの許されるのは当然といわねばならない。
(二)、次に被告の訴願前置に関する主張であるが本件のような無効訴訟においては訴願前置の制限の存しないものと解すべきこと前記の通りであるから原告が審査の請求或いは再調査の申立をしたか否かの点を考えるまでもなく、被告の抗弁は理由がない。
(三)、そこで進んで本案につき考えてみるに、被告が訴外会社に対する税金の滞納処分として、昭和二十五年九月二十九日本件不動産の差押をして同年十月二十四日大阪法務局受付第一五、一七六号を以てその登記をしたこと、また右不動産につき原告主張の訴外会社より原告への所有権移転についてその登記のないことは当事者間に争がない。
そこでまず本件のような税金の滞納処分による差押に民法第百七十七条の適用があるかどうかについて考える。
一般に私債権にもとずきその強制執行として特定の財産に対し差押手続に出でた債権者が右第百七十七条にいう第三者に当ることについては異論のないところであるが、すでに課税処分によつて具体的に確定した国税債権にもとずきその滞納処分として登記簿上納税人の所有名義となつている不動産に対し差押をした国の立場は、その段階においては、もはやその納税人に対する一般の債権者と差異のない関係にあるものとみてよく、法に特に規定する点を除いて、そのほか異別に扱わねばならない理由があるとは思われない。
原告は国税滞納処分としての差押は公法関係であつて、私法関係についての規範たる民法第百七十七条の適用はないと主張するが、公法関係と私法関係とを峻別する論理の当否はしばらくとして、同一性質の社会関係には同一規範の適用あるべきことは、統一ある法秩序の要求するところであると考えられるので、特に右第百七十七条の適用を排除する必要が、国税滞納処分について、そのいわゆる公法的性質から導き出されないかぎり、単に公法関係にもとずくというだけのことで、これを一般の私債権に比して特異に扱う理由とはなし得ない。右の関係において、国税滞納処分は、国税債権の強制執行の方法であつて、一般私債権の強制執行に比し、いつてみれば債権者が自ら執行としての公権力の行使に当るという形式をとる点に差異があるとしても、一の債権がその執行の段階に入り、特定の財産を差押えることによつてその財産について具体的な利害関係に立つにいたつたという点については、その関係は同一であつて、執行すべき債権の成立原因が異るだけのことである。そしてその債権の成立原因が公権力の行使によることだけから右法規の適用につき一般の私債権とその取扱を異にすべき根拠はこれを見出すことはできない。
国税徴収法第十四条は差押財産が、第三者の所有に属する場合についての救済を規定するが、右は第三者がその所有権を以て差押債権者たる国に対抗し得る場合についての規定と解すべきものであつて、右規定の存在により前記の解釈を左右すべきものとは考えられない。
従つて滞納処分として差押処分をした国は、その差押財産については、民法第百七十七条にいう第三者に当るものと解すべきであり、本件不動産の取得につき登記のない原告は、仮に右不動産を取得した事実があつたとしても、その取得を以て被告に対抗することができないのであるから、右取得その他の点についての判断をするまでもなく原告の本訴請求は失当である。
よつて原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)
(別紙目録省略)