大阪地方裁判所 昭和26年(行)25号 判決
原告 紀太俊彦
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
一、原告の申立並に陳述
原告訴訟代理人は「訴外東亜冷凍株式会社に対する国税滞納処分のため昭和二十四年六月十六日西淀川税務署長のなした別紙第一物件目録記載の物件に対する差押処分及び右差押処分に基いて同二十五年十一月二十四日右税務署長のなした右物件の公売処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。
訴外東亜冷凍株式会社(以下東亜冷凍と略称する)は別紙第一物件目録記載の各土地建物を所有し、右土地建物にて製氷機械等の製造工場を経営していたものであるが、原告は東亜冷凍と昭和二十四年五月九日右第一物件目録記載の不動産(以下第一物件と略称する)及び第二物件目録記載の動産(以下第二物件と略称する)に対して工場抵当法第二条に基く債権限度額七十万円、取引期間契約の日より三ケ月間、利息年一割の割合、利息支払期日毎月末日、特約遅滞損害金百円に付日歩十銭なる旨の根抵当権を設定して東亜冷凍に対して四十五万円を貸与し同月十一日第一物件についてこれが登記を了し、その後更に五万円を貸与したものである。ところで、工場に属する土地又は建物に附加してこれと一体をなしたる物及びその土地又は建物に備付けたる機械器具その他工場の用に供する物は土地又は建物に対する抵当権の設定によつて、その土地と有機的に結合して、一個の企業として把握せられその交換価値の中に包摂せられることとなる。斯くすることによつて動産の占有を移転せずして一個の企業としての高度の担保化の途が開かれ、個々の物に解体して処分することによつて生ずる損失と企業の破壊とが防止せられることになる。従つて同法第二条の規定により抵当権の目的となる物は土地又は建物と共にする場合でなければ強制執行の目的とすることができないことは同法第七条により明定せられているのである。然るに西淀川税務署長が東亜冷凍に対する国税滞納処分により同二十四年六月十六日第二物件を除いて第一物件のみについて差押処分をなし(同月二十八日登記)次で、同二十五年十一月二十四日同物件のみを公売処分に付し訴外株式会社柴山鉄工所が右物件を代金二十七万円に競落したものであるが、右差押及び公売処分は同法によつて企図せられた企業の有機的一体性を蹂躙したものであつて右僅かな金額にて競落されている事実によつてもこのことが明らかであり同法第二条第七条に反する違法な処分と云わなければならぬ。右の如く右差押並に競売は重大な違法のある無効の処分であるから、本訴を以てこれが無効確認の趣旨で形式上存在する本件処分の取消を求めるものである。なお被告の主張に対したとえ原告の抵当権によつて担保された債権が国税徴収法第三条による国税に優先する権利ではないとしても第一、二物件が一括処分されることにより滞納税額以上の対価が得られ、原告もこれが利益に浴することができるから右税務署長の該処分により原告の右債権が侵害されたことになるので、同法によつては工場抵当法によつて保護せられた権利が否定されるものではない。東亜冷凍の代表者山城興善は訴外向井集治より同人が第二物件中の機械器具の殆どである被告主張の段車旋盤等五十六点を競落した旨告知せられたので右向井と該物件を買受ける契約を締結し、右代金の中一部を現金で、残部を手形にて同人に交付し、右契約と同時にその所有権を取得し又右向井が競落した前後を通じて引続いてこれが占有をなしていたものであるからその占有権も簡易の引渡によつて同人より譲渡されたものである。従つて仮りに向井集治が訴外柴山圭弘外一名に該物件を譲渡したとしても無権利者の処分行為であり且その対抗要件である占有が同人へ移転されていないから東亜冷凍の右物件に対する所有権に何等の消長をきたすものではない。
二、被告の申立並に陳述
被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告主張の事実中東亜冷凍は原告主張の工場にて製氷機械等の製造その他附帯事業を経営していたこと、原告と東亜冷凍間に原告主張の日時に原告主張の物件について工場抵当法第二条による根抵当権が設定せられ、同二十四年五月十一日原告主張の通りその登記を経由していること、西淀川税務署長が東亜冷凍に対する国税滞納処分により原告主張の日時に第一物件に対して差押及び公売各処分に付し、株式会社柴山鉄工所が右物件を代金二十七万円にて競落したことは認めるが他は争う。
西淀川税務署長は第一物件を差押えた当時原告と東亜冷凍間の右根抵当権設定契約が締結されていたことは知らなかつたし、第二物件の中什器を除き工場に於ける機械器具の殆どである段車旋盤等五十六点は同二十三年十一月十日東亜冷凍の国税滞納により当時の所轄此花税務署長が公売処分に付し、訴外向井集治が右物件を競落し引続きその所有権を有していたが、同二十四年六月十八日同人が柴山圭弘外一名に右物件を売却したので、其後は右柴山等がこれを所有していたものであるから、右物件は原告の根抵当権設定当時既に東亜冷凍の所有に属せず該物件に関する限り右設定契約は無効である。従つて其余の僅かな動産(主として什器類)が第一物件内に残存していたとしても最早工場としての機能を失い単なる土地又は建物と化し、工場抵当法に所謂工場というを得ないし、土地又は建物とこれが附設の機械器具什器等の有機的結合を認め、工場抵当法により把握せられた企業の一体性により価値を破壊する虞れもないから、その土地又は建物の上に設定した根抵当権は残余の什器類に及ばないものと解すべきである。殊に右残存物件も本件差押又は公売処分当時は地方税の滞納による公売処分等により東亜冷凍が所有も占有もしていなかつたものであるから、右各処分は何等違法或は不当なことはない。仮りに原告の右根抵当権設定当時第二物件の所有権が東亜冷凍に属していたとしても、原告主張の根抵当権による債権は国税徴収法第三条所定の国税に優先する権利でもなく又第一物件についてなした本件差押競売の効力は工場抵当法第七条第一項の規定により第二物件に及ぶものであるから右処分は何等違法のかどはない。更に同法第二条による抵当権の設定の場合にはその抵当権の及ぶ範囲内の物の個別的な公売を禁止していないのであるから、第一物件についての本件公売も違法とならないこと明かである。
三、立証<省略>
三、理 由
東亜冷凍が原告主張通り同社所有の第一物件土地建物所在地に於て工場をもち製氷機械等の製造その他附帯事業をなしていたこと、原告と東亜冷凍とが昭和二十四年五年九日に原告主張の第一、二物件について原告主張通りの工場抵当法第二条による根抵当権の設定契約をし、同月十一日その登記を了したこと、西淀川税務署長が東亜冷凍に対する国税滞納処分により同年六月十六日第一物件について差押をなし、同月二十八日右登記を経由し、次で同二十五年十一月二十四日これが公売処分に付し、訴外株式会社柴山鉄工所が代金二十七万円にて右物件を競落したことは当事者間に争いがない。
そこで、先ず右根抵当権設定当時第二物件機械器具の殆どである別紙第三物件目録記載の段車旋盤等五十六点(以下第三物件と略称する)が東亜冷凍の所有に属していたか否かについて判断するに、当時の所轄此花税務署長が東亜冷凍の租税滞納により同社所有の右物件を公売処分に付し同二十三年十一月十日訴外向井集治が代金二十七万円にてこれを競落し、その所有権を取得したことは当事者間に争いがないのに、その後原告主張の如く東亜冷凍が右所有権を取得し右根抵当権を設定した同二十四年五月九日当時これを有していたことを認めるに足る証拠がない。却つて、その方式により真正に成立したと認められる乙第二号証確定日付の部分については争いなく、その他の部分については証人向井集治の証言によつて真正に成立したと認められる同第四号証の一、成立に争いのない同号証の二、同証言により真正に成立したものと認められる同号証の三、同証人及び証人柴山圭弘の証言を合せて考えると向井集治は競売により右物件の所有権を取得したが、東亜冷凍にとつては、これが喪失は事業経営上致命傷であつたので同社代表者山城興善の懇望によつて、競落直後東亜冷凍に右物件を譲渡する契約を締結し、その代金の一部を受領したが、その際工場の主要機械が公売されるような同社の経理状態であつたから、右代金が完済されるまでその所有権の移転を留保する旨の約束をなしていたところ、東亜冷凍はその後残代金の支払ができなかつたので、同社にこれが所有権を移転することなく、同二十四年六月十八日右山城興善も了解の上で訴外柴山圭弘に対し代金五十万円にて右物件を譲渡したことが認定でき、証人渡口直好の証言及び原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は前記の各証拠と対比して信用できない。次に第二物件中右競売に係る機械器具五十六点を除いた物件については右根抵当権設定当時東亜冷凍の所有に属していたことは当事者間に争いがないのであるが、そのうち更に別紙第四物件目録記載の応接用丸机一点、机椅子各七点事務用机四点(以下第四物件と略称する)については成立に争いのない乙第六号証によると、西淀川区役所が東亜冷凍の地方税滞納のため公売処分に付し訴外堀内数三が同二十四年五月二十八日これを競落していることが認められ、右競落日時よりして右根抵当権が設定せられた同月九日以前にその差押があつたことが容易に推認できるので、右第四物件と前記第三物件とは右根抵当権の目的物より除外すべきであるから第二物件よりこれらを除いた残余の物件について右根抵当権の効力が及ぶこととなる。
そこで、本件差押処分が違法であるか否かについて考えてみることとする。
工場抵当法第七条によると第一項に「工場抵当の目的たる土地又は建物の差押仮差押又は仮処分は第二条の規定により抵当権の目的たるものに及ぶ」ことを規定し、第二項に「第二条の規定によりて抵当権の目的たる物(附加して一体を成したる物及び備附け機械器具)は土地又は建物と共にするに非ざれば差押、仮差押又は仮処分の目的となすことができない」旨を規定している。ここに差押とは滞納処分による差押をも含むものと解すべきところ、右規定によると、工場抵当の目的たる物件を差押するには常に不動産に関する手続により土地又は建物になすべくこれにより右土地又は建物に附加して一体を成したる物及び備附け機械器具にも差押の効力が及ぶ結果機械器具類につき別に動産に関する手続により差押をする必要のないこと明かであつて、従つて第一物件の土地建物についてなされた本件差押の効力は右規定によつて第二物件中の本件根抵当権の目的となる機械什器類に及ぶこととなるので、この場合右物件につき動産に関する規定により別個の差押をすることは必要でなく本件差押は同規定よりして違法とならないことを知ることができる。次に本件公売処分の適否について判断する。
工場に属する土地又は建物と工場抵当法第二条所定のこれ等に附加して一体を成す物及び備附けられたる機械器具其の他工場の用に供する物とは一体となつて始めて企業施設としての特殊の価値を発揮するものであるから、工場抵当はこの特殊の価値を把握して担保化せんとするものである。従つて工場抵当の目的とされた物を個々に分離して処分することを許容するに於ては債権担保の一部とされるこの特殊の価値が滅却せられて抵当権者の利益が保護せられず工場抵当の制度を設けた趣旨に反することになる。そこで同法第二条は工場の土地又は建物とこれら機械器具供用物件とが一体として把握せられ個々別々に処分することによつて生ずる損失と企業の解体を防止し一体として高度の担保化を企図しているものである。このことは競売によつて処分される場合に於ても同様であつて、同法第七条は競売に際しても工場抵当の目的たる物が一体として処分されることを企図し、これを個々に分離して処分することを禁じているものと解すべきである。しかるに競売当時抵当の目的たる機械器具の殆どが脱落し既に企業そのものが破壊せられ、工場としての機能を喪失している場合に於ては、土地又は建物と機械器具類との結びつきによつて生ずる企業施設としての特殊の価値は存在しなくなつているので、これを一体として競売する何等の利益はなく個々に分離して処分するも抵当権者の利益を害することはないから、これを一括して競売するか分離して競売するかは競売権者の自由に任せられ、同法もこれを禁じていないものと解するを相当とする。
そこで本件公売の際の本件工場の状態はどんなであつたかを考えてみると、第二物件中の主要な機械器具である第三物件は前記認定のとおり向井集治に競落せられた後も同人との契約により引続き本件工場内に備附けられた儘になつていたが、本件根抵当権はその状態の下に設定せられたものであるところ、その後東亜冷凍の代金不支払のため、向井はこれを柴山圭弘に譲渡したので、東亜冷凍は同人に資金の都合がつけば買戻したいから第三物件の引揚を二ケ月間猶予せられたい旨を頼んで同人の承諾を得た結果昭和二十四年八月十八日頃迄その儘になつていたが、その後第三物件は同人の占有するところとなつており、又前記認定のとおり第二物件中の第四物件机椅子十九点は同年五月二十八日堀内数三が競落しており、更に本件公売当時に於ては第二物件中の第三、四物件を除いた残余の物件は勿論その他使用に堪える機械器具は東亜冷凍の所有を離れていて本件工場に存在していなく既に企業は破壊せられて工場としての機能を営んでいなかつたことは前記乙第二号証及び成立に争いのない乙第六、七号証と証人柴山圭弘並に向井集治の各証言により明らかである。果してしからば本件工場抵当はも早工場抵当法によつて保護すべき目的が失われており、殊に本件第一物件の差押が第三、四物件を除いた第二物件についてもその効力が及ぶものとはいえ、直接右物件を差押えたものではなく又公売当時右物件を東亜冷凍が所有し占有していなかつたことは前記認定の通りであり従つてその第三取得者も直ちに確定し得ない場合も生じ得ることでもあるから、西淀川税務署長が差当り直接差押えた第一物件のみについて公売処分に付したとしても原告に何等の損害を及ぼさないので、本件公売処分は違法とならないものと解するを相当とする。他に本件差押及び公売処分が無効であると断ずるに足る重大且明白な違法があることについては何等の主張立証がないから原告の本訴請求は総てその理由がなく失当であるのでこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 前田覚郎 久米川正和 福井秀夫)
(別紙目録省略)