大阪地方裁判所 昭和27年(タ)72号 判決
原告 奥田武義
被告 奥田恵美子(いずれも仮名)
一、主 文
昭和二十六年十月十五日豊中市長に対する届出によつてなされた原告と被告との婚姻は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として「原告は戸籍上昭和二十六年十月十五日豊中市長に対する届出によつて被告と婚姻をした旨の記載がなされているが、該婚姻は原告に婚姻をする意思がなくしてなされた無効のものである。すなわち、原告は昭和十六年九月当時大阪市内某酒場で働いていた被告を同酒場で初めて知り被告が二十才の処女であり、昼間は大阪音楽学校に通学し、夜間は学資を稼ぐため同酒場に働いているという身の上話を聞いて同情し、その後も時々同酒場に通ううち遂に被告と肉体関係を結ぶに至り、爾来被告及びその母に生活費を送り被告をいわゆる二号として十年間情交関係を続け、種々の経済的な援助をして来たが、その間昭和十九年八月被告が原告の子武雄を生むに及んで原告は早速これを認知して原告戸籍に入籍した。しかるに原告の妻ゆきが同二十六年六月以来心臓病のため養生中であつたが同年八月九日死亡するに至つたところ、被告は右ゆきの葬式後二日目から仏参名義で原告宅を訪れ原告に同居及び被告の入籍を迫り、返事がなければ帰らぬと狂態を演ずる有様であつたが原告は亡妻を思慕する情切なるものがあつたので被告の入籍を拒絶した。しかるに被告は原告が前記武雄の幼稚園入園手続の際に被告に預けておいた原告の印鑑を使用し、被告の兄近藤仁知人栗山寛治の両名を証人として原告と被告との婚姻届をしていることが判明した。原告としては被告をいわゆる二号として情交関係を継続するは兎も角、被告と婚姻する意思は全然ないのに拘らず右の如く被告は独断で原告の名義を冒用して婚姻届をしたのであるから右婚姻は無効というべきである。仍てこれが無効確認を求めるため本訴に及ぶ。」と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「被告は昭和十六年八月大阪音楽学校の夏休中原告主張の酒場でアルバイトとして料理の運搬をしている内原告を知るに至り、原告は被告に対し外で食事をしたいから同行するよう再三再四勧誘し、被告はその都度これを拒絶して来たが、原告は昭和化工株式会社、共和織物株式会社及び大阪電機株式会社の社長で多額の資産と収入があり又右酒場の得意先でもあり、店主からの勧めもあつて止むなく昼間ならば安全と思いこれに応じたところ、原告は暴力を以て被告の抵抗を排して肉体関係を結んだが、その際原告は被告に対し原告が現に独身であり、未だ妻も愛人もないので被告を将来原告の妻にすると偽り、爾来十三年間原被告は情交関係を継続して今日に及んだのである。その間原被告間に子供が生れてからは原告の被告を愛すること妻以上のものがあり、原告は予てから被告を正式に妻にすることができないのが残念であると語つていた。然る処、昭和二十六年八月九日原告の妻ゆきが死亡したが、それから間のない同月二十日頃原告は被告に対し、『死んだ者は仕方ない、生きている者が幸福になるように考えよう、亡妻の四十九日の法要が済んだら婚姻届を出し親子水入らずで暮そう。』と述べその後原告は被告に対し同年十月三日は大安吉日であるから代書人に依頼して婚姻届を提出するよう命じたので、被告はその命に従い右同日行政書士栗山寛治に婚姻届に関する手続一切を依頼し同年十月十五日右届出を完了したもので原告と被告の婚姻は当事者の意思に出でたる有効のものである。原告主張事実中、敍上被告主張事実以外の部分はすべてこれを否認する。」と陳述した。<立証省略>
三、理 由
方式並にその趣旨により真正に成立したと認められる甲第一、三号証(いずれも戸籍謄本)同第六号証(婚姻届)並に証人河野伝吉の証言原告被告各本人尋問の結果を綜合して考察すると、原告と被告は昭和十六年八月頃当時被告の働いていた大阪市南区宗右衛門町の某酒場で相知るようになり、被告主張のような経緯からその頃原告と肉体関係を結ぶに至り、その後原告は被告に対して毎月生活費を交付して被告をいわゆる二号となし爾来十四年間情交関係を継続してきたこと、被告が昭和十九年八月一日原告の子武雄を分娩するや、原告は同年十一月五日これを認知し更に同二十三年四月六日同人を原告戸籍に入籍したこと、被告が同二十五年頃肩書現住地に家屋を求める際、原告はこれに相当の出資する等の関係が続けられていたこと、原告の妻ゆきが同二十六年八月九日心臓病のため死亡したこと、並に同年十月十五日付で原被告の所在地大阪府豊中市長に対し原告主張の如き婚姻届がなされ同月二十日原告の戸籍にその旨記載せられたことが認められる。
原告は被告と婚姻をする意思がなく、右届は被告が原告に無断で原告名義を冒用してなしたものであると主張するので按ずるに前記甲第一、三、六号証被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二、五乃至八号証並に被告本人尋問の結果によると原告が昭和二十六年八月二十日被告宅に赴き被告に対し亡妻四十九日法要後の大安吉日である同年十月三日に原被告の婚姻届出をするよう依頼し、被告が右依頼に基き右十月三日行政書士栗山寛治に作成せしめた豊中市長に対する婚姻届書の原告名下に被告が原告から婚姻届出用に託された奥田なる印章を押捺して該届書を完成した上同人にこれを右市役所に提出することを依頼しておいた処、戸籍謄本等書類に不備があつたため右婚姻届が豊中市長に受理せられたのは同月十五日であり、これが原告の本籍地戸籍吏に送付されたのが同月二十日であることを認定することができる。証人河野伝吉の証言並に原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はこれを措信しない。
しかるところ、原告本人尋問の結果と、これにより真正に成立したことが認められる甲第四、五号証によると、原告が右婚約後被告の身許を調査したところが、被告は原告に対し年齢学歴等を偽つていたことが判明したので、原告は被告と婚姻する意思も二号関係を継続する意思もなくなり、右婚姻届の受理前である昭和二十六年十月九日付書面を以て肩書住所の被告宛に、原告と被告とは性格的にも年齢的にも夫婦として不適当であるし、原告の亡妻の葬式後同女が生前原告の老母をいぢめ殺した等の嘘を出まかせに放言するなど、被告の当時の態度行動から従来の二号としての関係も継続できなくなつたから、原告は「被告との現在迄の諸行為を全部解消する」考となるに至つた旨を通告していることが認められる、右通告は被告に対し婚姻意思がないことを表明すると共に婚姻届の依頼を撤回する意思表示をしたものと解するのを相当とする。現在の郵便物配達の状況より判断するときは右書面はおそくとも同月十二、三日頃迄に被告に配達せられたものと認むべきところ、被告本人尋問の結果によると被告は同月七日に上京して同月二十九日迄右住所を不在にしていて右書面を前記婚姻届が受理される前に知ることができなかつたことが認められるが、右書面が被告の住所に配達せられている以上そのときに婚姻届依頼の撤回の意思表示は有効に到達したものと解すべく、従つてその後に提出して受理せられた前記婚姻届は、原告の意思に基かない届出であつて結局民法第七百四十二条第二号所定の婚姻無効原因たる当事者が婚姻の届出をしない場合に該当するといわねばならない加うるに婚姻はその届出当時当事者間に婚姻をする意思がないときは無効なることは同条第一号の明定するところであるところ、原告は右認定の如く前記婚姻届がなされて受理せられた同年十月十五日当時婚姻の意思がなかつたことは明瞭である。
仍て本件婚姻の無効確認を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担に付て民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 乾久治 前田覚郎 白須賀佳男)