大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)1615号 判決

原告 山上勇

被告 新日本窒素肥料株式会社 外一名

一、主  文

被告中谷保三は原告に対し金六万八千四百円及びこれに対する昭和二十七年五月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払わねばならない。

被告新日本窒素肥料株式会社に対する原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用のうち原告と被告中谷保三間に生じた部分は被告中谷保三の負担として原告と被告新日本窒素肥料株式会社との間に生じた部分は原告の負担とする。

本判決のうち主文第一項及び第三項の前段は原告において金二万円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告等は連帯して原告に対し金六万八千四百円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合の金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は被告新日本窒素肥料株式会社(以下被告会社と略称する)の株式八百株の株主で、うち二百株は株主名簿及び株券(百株券二通)共に原告名義となつて居り、六百株については株主名簿及び株券(百株券六通)の名義は原告の仮設名義である大倉米の名義になつていたところ、昭和二十五年六月六日訴外山上九三郎が他から金融を受けるについてその担保として使用する為めに、右株券八通の貸与を求めたので、原告はこれに応じて株券にはいずれも名宛人白地の裏書をなしこれに株主名義書換の為めの白紙委任状を添えて右百株券八通を同訴外人に交付した。同訴外人は被告中谷保三から借用した金員の担保として右株券八通と白紙委任状を同被告に交付したが、その後右訴外人から同被告に右借金全額の返済があり同訴外人と同被告の間に右株券等の返還期限を昭和二十五年十一月中と約定が為された。然るに同被告は右期限に株券を返還しないのみか、同年十二月五日前記株券八通及び白紙委任状を訴外今西楳太郎に譲渡した。

原告は右譲渡の事実を知るや株主名義の変更を阻止する為めに昭和二十六年一月三十日被告会社に対して改印届をなし、被告会社は右届出を受理した。元来被告会社の定款には株主は会社に対して印鑑届をして置かねばならない旨の規定があつて、右規定は株式名義の書換の際にはその請求書類の印鑑と予て届出られている印鑑とを対照して、その相違ないことを確かめた上で右名義の書換をする趣旨である。右のように被告会社はその定款の規定によつて同会社の株主が不知の間に株主権を喪失することがないように保証しているから、株主名義の書換の際には届出られている印影と右書換に要する書類の印影を対照してその一致した場合でなければ名義書換をしてはならない義務がある。本件の場合には、被告会社は原告の改印届を受理したのであるから、右改印届の後においては株券の裏書及び名義書換委任状等の印影が改印届の印影に一致するのを確かめた上で株主名義の書換えを為すべきであつて、右改印届出前の届出印影によつて右書換をしてはならない義務がある。然るに被告会社は右改印届出後である同年二月二日訴外今西から前記の改印届出前の届出印影のある株券の裏書及び委任状によつて前記八百株の株主名義書換の要求を受けるや、右改印届のあつたことを無視して慢然と株主名簿及び株券の名義を同訴外人名義に書換え、被告会社の株式についての原告の株主権を喪失させた。

原告がこのように被告会社株式八百株の株主権を喪失したのは右に述べた被告中谷の横領行為及び被告会社が原告の改印届を無視した義務違反行為によるのであつて、原告は右株主権の喪失により、株券の時価一株金七十三円百株券八通合計五万八千四百円及び昭和二十六年三月並びに同年九月の会社の配当金合計一万円の損害を受けたので、被告等に対しその共同不法行為を理由として右損害金額及び本訴状送達の日以後の右金額の遅延損害金の支払を求めると述べた。<立証省略>

被告中谷保三は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち、本件の株式の株主が原告であることは否認する。右株式の株主は訴外山上九三郎であるから、原告から本訴請求を受ける理由はない。被告中谷が右訴外山上九三郎に本件の株券八通を担保として金を貸し、その後右貸金全額の返済を受けたことは認めると述べた。<立証省略>

被告会社訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中被告会社の株主名簿に原告は二百株の株主として、大倉米は六百株の株主として記載せられていたこと、昭和二十六年一月三十日被告会社に対し原告及び大倉米から改印届の提出あつたこと、同年二月二日右各名義の株券八通の裏書及び各株券に添付せられた各株主の白紙委任状に基いて被告会社が右八百株について訴外今西楳太郎を取得者として譲渡による株主名義書換手続を完了したことは認めるが、大倉米が原告の仮設名義であること、原告と訴外山上九三郎及び被告中谷保三間の関係は知らない。

被告会社にその株主から改印届のあつた後、右改印届出前の届出印影のある株主名義書換の為めの書類によつて、被告会社に対して右書換の請求があつた場合、被告会社は右書換手続をしてはならない義務がある旨の主張は否認する。記名株式の株主が、白紙裏書のある株券に株主名義書換の為めの白紙委任状を添付してこれを任意に他人に交付した場合は自ら右株券を流通し得る状態に置いたのであつて、右株券及び委任状が善意の第三者に渡つた後に至つて右裏書及び委任を撤回しても右第三者が株式を取得して株主となることを阻止出来ないものである。株主が右のような白紙委任状付の株券を任意に他人に交付した後に、会社に対して改印届を提出するのは右の裏書及び委任の撤回であつて、右株券及び委任状を取得した善意の第三者は直ちに株式を取得するから、会社が右正当な株式取得者の要求によつて同人に株主名義書換手続をするのは、前株主から改印届出後であつても適法な行為であつて、前株主に対して不法行為とならない。殊に本件においては、原告の主張によれば訴外今西楳太郎が本件の株券及び委任状の譲渡を受けたのは原告が被告会社に改印届をした昭和二十六年一月三十日より以前の昭和二十五年十二月五日であるから、右原告の改印届の当時は右訴外人は株式を取得しているので、改印届は株式の権利の帰属に何等の消長を及ぼさないものである。従つて被告会社が右訴外人の請求によつて、原告の改印届出後に株主名義の書換手続をしても、右手続は原告の権利の消長に関係なく、原告に対する不法行為とならない。

元来株券及び株主名簿の株主名義は株式の得喪とは別であつて、株式の取得者でない者が株券及び株主名簿上の名義人になつても、その者がその株式の株主となることなく、実質的に株主である者は株式の取得後未だ右名義書換手続を経ていなくても、またかつて自己の名義になつていた名義が他人名義に書換えられていてもその株主である地位を失うものでないから、本件の場合訴外今西が善意無過失に株式を取得していないとすれば、原告は現在本件株式の株主であつて、株主権に基いて右訴外人に対し株券の返還株主名義書換手続及び不当利得による配当額の返還を求める請求権があり、被告会社の株主名義書換手続によつて少しも損失を受けていない。また訴外今西が善意無過失に株式を取得しているとすれば、それは被告会社が同訴外人に株主名義を書換えたからではなく、被告中谷の株券及び白紙委任状交付行為及び同訴外人が右交付を受けた際の事情によるのであるから、此の場合も原告は被告会社の名義書換手続によつて少しも損失を受けていない。いずれにせよ被告会社の名義書換手続は原告に対する不法行為とならないと述べた。<立証省略>

三、理  由

先ず被告中谷に対する原告の請求について判断するに、同被告の争わない原告主張の事実と成立に争のない甲第一号証及び証人山上九三郎の証言を綜合すれば、原告は本件の株式八百株の株主であつて、右株式について株主名簿並びに株券に表示された株主の名義は原告の主張の通りであつたこと、及び、原告主張の日に、原告は訴外山上九三郎に対して、同訴外人が他から金融を受けるための担保として、右株式の株券八通を貸与することになり、いずれも白地裏書をした上でそれぞれ名義書換の白紙委任状を添付して右訴外人に交付したところ、右訴外人は右株券並びに白紙委任状を被告中谷に担保として差入れ、同被告から金融を受けたが、その後、右訴外人から被告中谷に右借金全額の完済があつたので、同被告は右訴外人に対して右株券並びに白紙委任状を速かに返還しなければならない関係にあつたにかかわらず、これを同訴外人に返還しないで、却つて訴外今西楳太郎に譲渡した為めに、同訴外人は右株券並びに白紙委任状を用いて被告会社において同訴外人名義に本件株式八百株の株主名義書換手続を終つたことを認めることができる。右事実関係において、被告中谷は株券及び白紙委任状を訴外山上九三郎に返還すべき義務があるにかかわらず、これを擅に訴外今西に譲渡横領し、右横領行為によつて株式所有者である原告の権利を侵害したものであつて、同被告が右株式所有者が原告であることを知つていたと否とにかかわらず、同被告の前記譲渡行為は原告に対する不法行為となること明瞭であつて、原告は被告中谷に対して同被告の右不法行為によつて原告の蒙つた損害の賠償を請求することができる。

原告は一方において訴外今西は本件の株券及び白紙委任状の悪意の取得者又は重過失ある取得者であるから株式を取得せず、従つて原告は現在も右株式の株主たる地位を喪失していないと主張しながら、他方において被告中谷に対して株主たる地位を失つた場合と同様に株式価額全額及び配当金相当の損害の賠償を請求しているので、株式の所有関係が原告主張の通りである場合に原告の右損害賠償請求が果して許されるかどうか一応判断を要する。(この点は被告中谷は争うていないが、被告会社はこのような株式所有関係の際は原告の損害は未だ発生していないから、このような未発生の損害の賠償を請求することはできないとして強く争つている。)一般に動産の不法領得行為はその占有者から占有を奪い又はその占有を有する権限のある者が占有を回復するのを困難にするに止り、その行為自体によつてその所有権者の所有権を喪失させる効果をもつものでないから、観念的には所有権の侵害行為ではあるけれども所有権の剥奪行為ではない。しかしながら、右不法領得者がその占有を他に譲渡する等自らその占有を保持していない状態に至つたときは、動産の占有とその所有権の性質から(例えば民法第百八十六条、第百八十八条、第百九十六条、第百九十四条)所有権者は既にその権利を喪失しているか又はその権利を喪失する著しい危険に直面しているのであつて、実質的には所有権を喪失したも同様である。法律的には不法領得品の占有者は無過失取得の立証責任があるので厳格な意味で所有権者の推定を受けるものではないが、不法領得者がその不法領得行為とその不法領得品の処分行為によつて、所有権者の所有権を喪失させたと推定することは前記の実質的な法律状態に適合するばかりでなく、動産に関する法律の規定の趣旨に添うものである。換言すれば不法領得行為の被害者は被害品の占有を現実に回復するまでは、不法領得者の領得行為と処分行為によつて被害品の所有権を喪失したと推定されるから、不法領得者は被害者がその占有を現実に回復していることを立証しない限り、被害者が法律上占有を回復する権限のあることを理由として、被害者がその所有権を失つたものとして損害賠償請求するのを拒むことはできない。即ち被害者は被害品の現占有者に対して所有権に基く占有引渡の請求ができる場合においても不法領得行為者に対して所有権喪失による損害賠償請求権は矛盾することなく同時に行使することができる。ただ所有者が現実に被害品の占有を回復した場合には損害賠償請求額を減額し又は受領した賠償額のうちから不当利得額を返還しなければならない関係にあるにすぎない。以上の動産に関する法則は動産に準じた取扱を受ける白紙委任状の株券についてもそのまま適用される。本件においては現在本件株式の株主名義が訴外今西となつていることは前認定の通りであるから、原告が右訴外人は株式所有者でなく現在においても自己が株式所有者であると主張していても、その主張は原告が被告中谷に対して同被告の不法行為によつて株式を喪失した場合の損害を受けたとしてその賠償を請求することを妨げるものではない。(このことは原告が自己の訴外山上九三郎に対する株券返還請求権に基いて同訴外人の被告中谷に対する株券返還請求権を代位行使し、同被告が返還不能である場合に同被告に対して右返還にかえて株式喪失の場合の損害賠償請求をした場合と比較すれば、不法行為を理由とする損害賠償請求であるからと云つて契約上の義務不履行による損害賠償請求より不利益な取扱を受ける筈がないことからも容易に理解できる。)

右のような理由で、被告中谷は原告が本件株式の所有権を喪失したことによつて受けた全損害を賠償する義務があるところ、右損害の数額は同被告に本件の株券及び白紙委任状を訴外山上九三郎に返還しなければならない義務が生じた時から現在に至るまでの間に、原告が右株式八百株を他に売却して得ることのできた筈であつた株式代金額と右義務発生の時から右売却の時までの間に原告が受取ることのできる筈であつた株式の配当金額に相当すること明らかであつて原告は右売却することのできた筈であつた時を前示義務発生の時から現在までの間の相当な時に指定できる理である。しかして原告が損害賠償請求額に対して本訴状送達の翌日から遅延損害金を請求している趣旨に徴すれば、原告は右売却することができた筈の時を本訴提起当時に選定したと認められるところ、当時本件株式の価格が一株金七十三円であつて、前記返還義務発生の時から当時までの間に右株式八百株に対して二回に亘り金一万円の配当があつたことは被告中谷の争わないところであるから(このことは新聞紙所載の株式価格によつても明瞭である。)被告中谷に対し右一株金七十三円の割合による八百株の代金に相当する金五万八千四百円と配当金一万円の合計金六万八千四百円の損害の賠償と、右金額に対する本訴状送達の日の翌日である昭和二十七年五月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は全部相当である。

次に被告会社に対する原告の請求について判断するに原告の主張事実のうち被告会社の争わない事実と前掲の甲第一号証及び証人山上九三郎の証言を綜合すれば先に被告中谷に対する請求についての判断中において認定した通りの本件株式の株主名義並びに株式所有関係及び右株式の株券八通並びにこれに添付された白紙委任状が訴外今西楳太郎の占有に帰するまでの経過を認定することができる。しかして原告主張の日に原告並びに右認定によれば原告の仮設名義である大倉米から被告会社に改印届のあつたこと及び右改印届のあつた後原告主張の日に前記訴外今西から前認定の白地裏書のある株券と白紙委任状に基いて被告会社に対して右各株式の株主名義書換の請求があり、右各白地裏書及び白紙委任状には、いずれも前記の改印届前に被告会社に届出られた株式名義人の印影と同一の印影があつて、改印せられた印影と異るものであつたけれども、被告会社は右訴外人の請求に応じて右訴外人名義に前記各株式の株主名義書換手続を終つたことは当事者間に争がない。一般に株主名義の書換は旧株主名義人が株主としての権利を行使することを不可能にし、且つその株式の所有権を喪失したことを一応推定させるものであるから、不法に株主名義の書換をする行為は株式名義人に対する不法行為であつて、株式名義人のこれによつて受ける損害は一応株式喪失の場合の損害と推定せられることは先に被告中谷に対する請求の判断中で説明した白紙委任状附株券の不法領得者に対する損害賠償請求権の範囲と同様である。即ち旧株式名義人が右名義書換前に既に株式所有権を喪失しているときは名義書換は本来旧株式名義人に対する不法行為にならないけれども、旧株式名義人が未だ株式を所有しているにかかわらず、不法に右名義の書換をした場合には、旧株式名義人が名義の書戻及び株券の占有の回復又は新株券の失権手続等によつて株主としての権利を完全に回復することのできる権限があり且つそれが可能であつても、現実に右回復をすることができるまでは不法書換に加担した者に株式喪失の場合の損害を請求できるのである。従つて被告会社の主張するように旧株主名義人は株主名義の書換によつて株主たる地位を喪失するものでなく、なお株式所有者であれば名義の書戻、株券の占有の回復不当利得の返還その他の請求権を行使すれば損害を受ける筈がないから、不法名義書換を理由とする損害賠償請求は、名義書換が不法であるか否かを判断するまでもなく、損害がなかつた場合として常に失当である旨の説は採用できない。

よつて本件の場合は株式会社に対してその会社の株式の株主名義人から改印届のあつた場合、右改印届後に会社が右改印届前に会社に届出てあつた株主名義人の印影と同一の印影のある株券の裏書及び名義書換の委任状によつて名義書換をする行為が、右旧株主名義人に対し不法行為となるかどうかが問題となる。此の点については概念的な表現を用うれば、株式会社はその株主の名義書換事務を処理するについて善良な管理者の注意義務を負担している。この注意義務に違反して名義書換事務を処理すれば、不法行為又は注意義務違反行為として損害賠償義務を負担する。即ち右注意義務に違反して名義書換をすれば旧株主名義人に対する不法な権利侵害行為となり、また右注意義務に違反して名義書換を拒絶すれば株式の新取得者に対する不法な権利侵害の責に任じなければならない。具体的に云えば、株式の実質上の権利者はその株式の発行会社に対して株主名簿及び株券上の株主名義を自己の名義に書換えることを請求する権利があるのであるから、株式会社としては株式の実質上の権利者と信ずるに足る者から株主名義書換の請求があつた場合にはこれに応じなければならない義務があり、実質上の株式取得者と信ずるに足りない者から名義書換の請求があつたときはこれを拒絶しなければならない義務がある。そして株式の実質上の取得者と信ずるに足りるか否かは株式会社の株主名義書換の際における株式所有関係についての調査能力の限度に徴し株式会社としては書類の形式と商法の規定上から判断すれば十分であつて、これによつて名義書換事務の処理について善良な管理者の注意義務を完全に履行したことになり、名義書換に必要な書類上に表明せられない株式取得に要する要件について調査する義務はない。

即ち株式会社に対して裏書のある株券と名義書換の委任状を提出して株主名義書換を請求する者があつたときは会社は右裏書及び委任状の印鑑が会社に予め届出られた株主名義人の印影と一致するかどうか確かめた上で一致したときは名義書換をなし、一致しなければこれを拒絶すればよいのであつて右書換請求者が右株券及び委任状の善意無過失の取得者であるかどうかを調査する必要はない。本件のように改印届のあつた場合について考えるに、元来、白地裏書のある株券に名義書換の白紙委任状を添えて他人に交付した者が右裏書及び委任を取消しても、かかる取消は、右株券及び委任状を善意無過失に取得した者及び右取得者から譲渡を受けた者に対しては、右取得の時期が取消の前であると後であるとを問わず、その者が株式を取得するのを阻止する効力はない。株主が白地裏書をした株券に白紙委任状を添えて他に交付した後に、その株式の発行会社に改印届をして株式所有権の移転の阻止を企てるのは、右に述べた裏書及び委任を取消す場合と全く同一であつて白紙委任状付の株券の譲渡を受けるものは一々株券発行会社に赴いて改印届の有無を調査する義務等勿論ないから善意無過失の株券取得者が株式を取得するのを阻止する効果を生むものではない。そして株券発行会社は先に述べたように株主名義書換に際して書換請求者が株券等の善意無過失の取得者であるか否かを調査すべきものではないから、会社に改印届のあつた後、右届前の旧印鑑による株券の裏書及び白紙委任状に基いて株主名義書換の請求があつたときは、右請求者は通常の事情では株式の実質的取得者であるから会社は名義書換手続を履行するのが前述の会社の義務に忠実な所以であつて改印届の故にこれを拒絶する権利はない。なるほど株式会社の定款には殆ど例外なく株主の印鑑届出義務を規定している。しかしこれは当初に届出た印鑑に右のような重大な効力を認むる根拠とこそなれ、改印届によつて新に届出られた印鑑に旧印鑑による取引阻止の効力を認むる根拠になるものではない。改印届に対して旧印鑑による株式取引を阻止する効力を認めよとの原告の主張は改印届に株券の失権手続にも増す効力を与えようとするものであつて取引の一般的安全を無視して自分の都合ばかりを考えた採るに足りない主張である。本件の場合訴外今西楳太郎が株主名義書換を請求するに当つて被告会社に提出した株券の裏書及び名義書換の委任状には、原告が改印届をする前に会社に届出られていた株式名義人の印影と一致する印影のあつたことは原告の自ら主張するところであるから、被告会社が右訴外人を株式の実質的な取得者と信ずるに足る要件が十分具わつていたのであつて、被告会社が右名義書換の請求に応じてその手続をしたことは被告会社が当然果さなければならない義務を履行したまでであつて、原告に対して前述の注意義務違反その他故意過失による権利侵害行為となるものではない。故に被告会社の右名義書換行為がかかる義務違反又は故意過失によるものであることを前提とする原告の被告会社に対する請求は全部失当である。

よつて被告中谷に対する原告の請求を全部認容し、被告会社に対する原告の請求を全部棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!