大判例

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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)2734号 判決

原告 平井善栄

被告 吉田耕典

一、主  文

被告は、原告に対し金十万円の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、金三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) 原告は、昭和二十七年三月七日被告との間にその所有に係る大阪市天王寺区大道一丁目百一番地及び百二番地宅地三百四十五坪のうち北側二百坪を代金四十六万円、内金十万円は手付金として同日交付し残金三十六万円は同年五月八日所有権移転登記を受けると同時に支払うこと、被告が債務不履行の場合には原告の解約により、被告は原告に対し手付金を返還するほか同額の違約金を支払うこと等の定で買受ける旨の契約をし、同日被告に対し手付金十万円を交付した。

(二) 約定の履行期である同年五月八日被告から売買土地の分筆登記をするために一ケ月履行の猶予を求められたので、原告はこれを承諾し、同年六月八日残代金支払の準備を整えて被告に対し右宅地の所有権移転登記手続を求めたが、被告はそれを履行せず、同月二十四日手付金十万円を原告に返還した上で、その後右土地を訴外小島純宏に売却してしまつた。

(三) そこで、原告は特約に基き、同月二十七日到達の書面で、被告に対し右契約を解除するとともに約定の違約金十万円の支払を請求したが、被告はこれに応じないので、その支払を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

「原告主張の(一)の事実は認めるが、その他は争う。

被告が約定の履行期たる昭和二十七年五月八日に所有権移転登記手続ができなかつたのは、本件土地が都市計画による区劃整理中の二筆の土地の各一部であつて、換地手続が完了するまで分筆登記手続を法務局が許さなかつたためであるから、被告には履行遅滞の責がなく、分筆登記が可能となつた時期に移転登記手続を履行すれば足りることになつたわけであるが、原告はあくまで事実上不能な即時の移転登記を求めるので、被告は、同年六月二十四日原告の代理人若林茂夫に対し前記売買契約解約の申出をして手付金十万円にこれに対する銀行利子相当額金三千円を加えた金員を提供したところ、同人はこれを承諾して右金員を受領し、ここに右売買契約は合意解除され、同時に約定損害金の点についても示談解決ずみである。そこで、被告は同年七月三十日に至り前記二筆の土地全部を訴外小島に譲渡した次第で、原告の請求は失当というべきである。

仮に前記若林に右契約解除及び示談について代理権限がなかつたとしても、それまで原告を代理人として本件売買の衝に当つてきた同人に右権限があると信ずるについて被告は正当の事由があり、然らずとするも原告は前記金十万三千円を若林から受領したまま被告に返還しないことによつて、右若林の無権代理行為を暗黙に追認したものである。以上いずれも理由がないとしても、上記のような事情のもとに契約が解除された場合には、手付倍戻の義務はない。」

と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の(一)の事実については、当事者間に争がない。そして被告が原告主張の土地二百坪を分筆して原告に対し所有権移転登記をすることなく、これを訴外小島某に売却したことも、被告の認めて争わないところである。

右の事実によると、被告は原告に対し売主としての契約上の義務を履行しなかつたことは明らかであるから、その不履行を正当化するに足る特別の事由の認むべきものがない限り、原告から解約の意思を表示して違約金(契約の解消を前提として原告の信頼利益を填補する意味の損害賠償予定額と推定される。)の請求があつたときは、被告においてその支払義務を免れないものというべきである。

ところで被告は、約定の期限に所有権移転登記ができなかつたのは、右土地につき区劃整理による換地手続が進行中のためその完了するまで分筆登記手続を差し止められていたからであつてその履行遅滞の責任を被告に帰せしめらるべきものでないばかりでなく、右売買契約はその後原告の代理人若林茂夫との間に合意解除し、その際同人に金十万三千円を交付してすべて清算解決したのであるから、違約金支払の義務はない、と抗争するので、その点について考察する。

証人若林茂夫の証言に被告本人尋問の結果を綜合すれば、移転登記及び代金支払の履行期は当初昭和二十七年五月八日の定であつたが、被告から区劃整理中のため分筆登記ができないからという理由のもとに原告の代理人若林茂夫に一ケ月の延期を求めたので原告もこれを承諾し、若林は約束通り同年六月八日残代金三十六万円を持参して被告に対し引換に移転登記に要する書類の交付を求めたところ、被告は前と同様の理由によつてこれに応じなかつた事実が認められる。原告が買い受けた土地は天王寺区大道一丁目百一番地及び百二番地宅地三百四十五坪のうち二百坪であることは当事者間に争がなく、右土地については当時都市計画による土地区劃整理手続が進行中で同年六月二十八日右二筆の土地に対する換地予定地の指定がなされたことは証人森健三郎の証言によつて認められるけれども、終局の換地処分が確定するまでは(換地予定地指定の前後を問わず)従前の土地につき分筆登記又は所有権移転登記をすることは一般に可能であつて、これを許さないとする法令上の根拠はなく、また事実上本件土地の分筆登記ないし所有権移転登記を所管庁たる大阪法務局の登記官吏が具体的にこれを拒んだと認められる証拠も存在しない。森証人は大阪市土地区劃整理担当部課及び大阪法務局登記所の事務処理として土地区劃整理の対象となつている土地については換地予定地指定の処分があるまで土地台帳及び登記簿上の分筆を許さなかつた旨証言し、被告本人も本件売買契約後まもなく大阪市役所の当該担当課に本件土地の分筆の証明書を請求をしたところ同趣旨の回答があつた旨供述しているけれども、法令の根拠なしに官公庁が私人の権利行使を制限するようなことは通常考えられないから、右供述内容にはにわかに信を措き難いばかりでなく、仮に被告が大阪市役所から前記のような回答を得たとしても、そもそも土地周旋業者たる被告としては、本件売買契約の事前にあらかじめかような事情については調査して買主に不測の迷惑をかけないように配慮すべきであり、さらに市役所の回答をうのみにしないでさらに本来の登記事務官庁である法務局にこの点を照会する努力を怠らなかつたならば、恐らく本件土地の分筆登記、従つて原告に対する所有権移転登記に支障のないことが明らかになつたことと思われる。かように見てくると、約定の六月八日に所有権移転登記手続を履行しなかつたことについて、被告は遅滞の責任を免れないというべく、原告から右履行遅滞を理由に解約して違約金の請求を受けたときは、その支払義務があるというべきである。

しかしながら、被告はさらに、本件売買契約は原告の代理人である前記若林との間に解約の合意が成立し同人に金十万三千円を交付して示談解決したから違約金支払義務は消滅した、と主張するので審べてみるのに、若林の証言及び被告本人尋問の結果により全部真正に成立したと認められる乙第一号証(但し同号証末尾の「本契約解約済」との記載部分は被告が作成したと認められる。)成立に争ない甲第二号証の一、二、及び乙第二号証に右若林の証言及び双方本人尋問の結果(但し被告についてはその一部)を綜合すれば、同年六月二十四日被告は若林に対し手付金十万円に利息の意味で金三千円を付加して返還することにより本件売買契約の解約を申し出たので若林はその諾否を留保し一応右金員を預つて原告にその旨告げたところ、原告は解約の点には異議がないが約定通り違約金十万円の支払を固執して金十万円しか受け取らなかつたので、若林は直ちに右原告の意思を被告に伝え約定通りの違約金の支払も請求したが被告はこれに応ぜず、同月二十六日付原告の書面による請求に対しても、すでに示談解決ずみと称してその支払に応じない事実を認めることができ、本件土地は前述のように被告が訴外小島某に売却し現に他人名義に所有権移転登記がなされていることは、成立に争ない甲第三号証の一ないし三によつて明らかである。右認定に反する被告本人の供述部分は、信用できない。以上認定の事実関係によると若林との間の示談解約の合意の成立ないし表見代理又は原告の追認を主張する被告の抗弁を採用できないことは、いうまでもない。他に原告の違約金請求を不当とする特段の事情も認められない。

そうだとすれば、本件売買契約は被告の責に帰すべき登記義務の不履行により解約され被告は原告に対し約定の違約金十万円を支払う義務があるものというべく(被告より示談解決のため若林に交付した前記利息相当金三千円は、原告において示談不承諾により受領を拒絶しているのであつて、違約金の一部弁済の効力を有しないことはもちろんである。)原告の請求は正当であるから、これを認容し、民事訴訟法第八十九条第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 橘喬)

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