大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)3077号 判決

原告 関口ハナ 外一名

被告 井上奈良蔵

一、主  文

原告両者の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

二、事  実

原告両名訴訟代理人は、被告は原告両名に対し大阪市西成区山王町一丁目十四番地上所在木造瓦葺二階建家屋南向五戸建一棟の内西端より二戸目の一戸を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として原告両名は昭和二十二年十一月四日被告に対し、原告両名の共有にかかる請求の趣旨記載の家屋一戸を三等郵便局兼住宅用として賃料一ケ月につき金百三十七円五十銭を毎日末日持参支払うこと、賃借人は賃貸人の書面による承諾を得なければ賃借物件を転貸すること名義の如何を問わず事実上において他人に使用せしめることができない旨の契約を締結して賃貸した。賃料は其の後一ケ月金千五百九十五円に増額せられた。しかるに被告は右家屋の二階を昭和二十五年春頃から昭和二十六年春頃まで訴外八木繁勝に其の直後から昭和二十七年七月頃まで訴外金江某に右金江の退去後は訴外高橋時衛(訴の取下まで共同被告)にいづれも原告両名の承諾を得ないで転貸したことが判明した。原告両名は同年八月二十五日附書面を以て被告に対し、右無断転貸借を理由として右家屋賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右書面は翌二十六日被告に到達したから右賃貸借契約は同日限り解除せられた。仮りに原告等の右主張が理由ないとするも、被告は昭和二十三年頃から本件建物の階下全部を大阪郵政局に対し無断転貸していることが判明したので、原告両名は本訴において被告に対し右家屋賃貸借契約を解除する。

従つて、いづれにするも被告は右賃貸借終了による右家屋明渡の義務あるから本訴において原告両名は被告に対し右家屋の明渡を求めると陳述し、立証として甲第一号証を提出し証人関口愛子、同吉松務の各証言及び原告本人関口フジ尋問の結果並びに大阪郵政局長に対する調査嘱託の結果を援用すると述べた。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として被告が原告両名の共有にかかる原告等主張の家屋一戸を郵便局に使用する目的を以て賃料は原告等主張の約定で賃借したこと及び被告が原告等主張の解除の通知を受領したことは認めるけれども、原告等主張の無断転貸借の各事実を否認する。被告は戦時中昭和二十年五月十七日原告両名より本件家屋を山王郵便局に使用する目的で賃借したのであるが、右賃貸借に当り国家の公益事務である性質上、夜間留守番を置いて重要書類保管等の職務遂行に支障なからしめる必要あることを告げて、原告等より被告が本件家屋に留守番を住わせることにつき、予め承諾を得たものである。従つて被告は右家屋賃借後事務員を或る時は信用ある第三者を選んで留守番に交替させて来たものであつて、この事は近隣に居住する原告等において十分に承知し、曾て被告に対し異議を挟まなかつたのに今回に限り被告が昭和二十七年七月訴外高橋時衛姉妹を本件家屋に留守番として住わせたことを捉えて無断転借と呼ばるのは真実に副わない主張である。被告は大阪市難波新地郵便局長橋本憲次の紹介により他日欠員生じたとき、局員に採用する予定で訴外高橋時衛を昭和二十七年十月二十日頃まで留守番として置いたのであつて転貸借ではない。又被告は本件建物を三等郵便局に使用することを契約の内容として原告等より賃借したもので、後に三等郵便局が特定郵便局と改称せられ、これに伴つて若干制度が改正せられたことは事実であるけれども、当初の賃貸借契約の趣旨に従つて本件家屋を国家の郵便事務取扱のために使用するということに前後何等の変更を見ないのである。従つて仮りに右制度改正の結果転貸借関係が発生したとしても原告に何等不利益を及ぼすものではないから原告等は解除を取得することができない。又原告等においてこれを理由として被告に対し本件家屋の明渡を請求することは権利の濫用であると陳述し、立証として証人橋本憲次の証言、被告本人高橋時衛、同井上奈良蔵各尋問の結果を援用し甲第一号証は成立を認め利益に援用すると述べた。

当裁判所は職権を以て原告本人関口フジ及び被告本人を再尋問した。

三、理  由

原告等主張の家屋一戸が原告両名の共有であること、原告両名が共同賃貸人として被告に対し右家屋を賃料につき原告等主張の約定で賃貸したことは本件当事者間に争がなく、成立に争ない甲第一号証及び原告本人関口フジ及び被告本人の各第二回供述に依れば、被告は戦時中昭和二十年五月二十日頃原告両名より本件家屋特定郵便局兼住宅として賃借し、以来特定郵便局長として山王郵便局を経営し、昭和二十二年十一月四日原被告双方間に右賃貸借契約を公正証書に改め賃借人が賃貸人の書面による承諾を得なければ賃借家屋を転貸することができない旨約したことが認定できる。しかしながら転貸借に対する賃貸人の承諾を特に書面による要式行為とする旨の原被告間の右特約は財産法上の法律行為はすべて法律に別段の規定ない限り、不要式であることの原則的法規に抵触するにつき双方側において納得すべき事由存しないからこれを無効すべきものと解する。原告両名は被告が原告等に無断で右家屋の二階を訴外高橋時衛に対し転貸した旨主張し、原告等がこれを理由として被告に対し原告等主張の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは被告の認めるところである。よつて右解除が有効であるか否かにつき按ずるに、被告が昭和二十七年八月本件家屋の二階に訴外高橋時衛を居住させたことは被告の争わないところであるけれども、被告が同訴外人より賃料の支払を受けて同訴外人に転貸した旨の証人関口愛子及び原告本人関口フジの各供述は、いづれもにわかに信用し難い。証人橋本憲次の証言被告本人高橋時衛の供述及び被告本人井上奈良蔵の第一、二回尋問の結果に依れば、被告は原告両名より本件家屋を賃借し、家族と共にこれに居住したが一、二年後大阪市阿倍野区文の里二丁目の実家における父母が相次で死亡したため、実家より本件郵便局舎に通勤する必要に迫られて原告関口ハナの承諾を得て夜間局員を留守番に居住させることの承諾を得て、郵便局事務員又は其の家族をして順次本件家屋の二階に居住させて来たが、昭和二十七年七月事務員金江某が他に転居したため、原告等の承諾を得ないで特定郵便局長訴外橋本憲次の紹介で訴外高橋時衛、姉妹を本件家屋の二階に居住させたこと及び同訴外人が大阪三品取引所に勤務するものであることが認められる。従つて被告が原告等の承諾なしに本件郵便局に勤務する事務員若くは其の家族でない訴外高橋時衛を本件家屋の二階に居住させることは、賃借家屋一部の無断転貸借であることは明かであるけれども、被告が右紹介人橋本憲次と協議の上、被告の意思により何時でも訴外高橋時衛を他に転居させることのでき得る事情の下に、留守番として右建物一部の使用を許したものであることが証人橋本憲次の証言、被告本人高橋時衛の供述により推認できるから、右無断転貸借はいまたこれにより被告が本件郵便局舎の賃貸人原告両名に対する信頼関係を甚しく破壊するものとは断ずることができないから、原告両名は被告に対し解除権を取得することのできないことは疑なく、原告等の前記解除の意思表示は無効といわねばならない。次に原告等は被告が昭和二十三年本件階下全部を大阪郵政局に対し、無断転貸したから本訴において被告に対し本件賃貸借契約を解除する旨主張するから、按ずるに大阪郵政局長に対する調査嘱託の結果及び被告本人第一、二回尋問の結果に依れば昭和二十三年二月、昭和十三年八月逓信省公達第九八五号特定郵便局長服務規程第二条三等郵便局長は別に定める所により其の局に要する土地建物を提供し、且別に支給する経費を以て其の局に関する一切の経費を支弁し局務執行の責に任ずる旨の規定が廃止せられ、旧会計法による渡切経費による経営制度と切手類売渡による手数料制度が廃されて国が直接特定郵便局舎の施設を管理すると共に、特定郵便局長の身分待遇につき同年七月国家公務員法の適用を受けることとなつた結果、国が従前名目上の局舎料を支給して特定郵便局長から提供を受けていた局舎の土地建物につき国と従前の局舎提供者である特定郵便局長との間に賃貸借契約が締結せられ、従つて特定郵便局長が本件におけるように郵便局の建物につき賃借権を有するに過ぎない場合、転貸借関係成立したこと及び本件山王郵便局につき大阪郵政局長より昭和二十三年四月以降同郵便局長である被告に対し、局舎料月額金六百十七円支払われたことが認められるけれども、右は本件建物の賃借人である被告個人の自由意思による選択を容れることの余地ない制度改革によるものであつて、右改革の前後において本件建物の使用収益状態につき何等の変更がなく、且つ賃貸人被告の信用資力につき別段の差異を生じたことのないことは本件口頭弁論の全趣旨において原告の明かに争わないところであつて、本件建物が原告等において三等郵便局長に賃貸するために建築したものであることは原告本人関口フジの第一回供述に依り明かで、従前三等郵便局長が国に対し無償で局舎を提供する義務を負担するものであることは前段認定の通りであるから、賃借人被告の監督下に本件建物により従前と変りなく、国の郵便業務が行われている以上、本件山王郵便局を所管する大阪郵政局長が原告等の承諾なしに本件建物につき改造を加え若しくは郵政大臣の定める規程に従い、第三者を山王郵便局長に任用するような別段な事情発生しない限り、たとい被告が右制度改革の結果を原告等に告知して予め其の諒解を求めなかつたとしても、前示認定の転貸借関係は本件建物賃借人である被告の著しい背信行為ということができないから、原告等は民法第六百十二条に依り被告に対し本件家屋賃貸借契約を解除することができないものと解する。果してそうであるならば、本件家屋賃貸借契約が有効に解除せられたことを前提とする原告の本訴請求は、其の余の点につき判断するまでもなく失当であることが明かであるから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 南新一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!