大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)4449号 判決
原告 日綿実業株式会社
被告 ゆたか株式会社 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、原告に対し昭和二十七年六月二十日被告会社両名間に成立した大阪市東区唐物町二丁目二十三番地の一宅地(二十坪)、同二十二番地の二宅地(二十坪二合五勺)地上にある家屋番号同町第四七番木造瓦葺二階建店舗建坪三十坪九合一勺、二階坪三十坪九合一勺の中二階全部につき賃貸人被告ゆたか株式会社賃借人被告新田綿業株式会社賃料一ケ年金十五万円、賃貸期間昭和三十七年五月末日までとする賃貸借は対抗できないことを確認する。若し右が容れられなければ、右賃貸借契約はこれを解除する。訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、原告会社は、被告ゆたか株式会社に対して従来から商品を売渡して来たが、商品代金の支払確保のため、昭和二十七年六月二日現在並びに将来債権の担保として債権の極度額を金五百万円、存続期間を定めず原告会社は何時でも之を終了せしめ得る約定の下に同被告会社所有にかかる請求の趣旨記載の宅地及び建物に対して根抵当権の設定契約をなし、同月十九日、前記宅地二筆について根抵当権設定登記をすると同時に、前記建物については二階の増築に伴う建物の表示変更の登記がなされていなかつたため当時の登記の表示に従い大阪市東区唐物町二丁目二十二番地上家屋番号同町第四七番木造瓦葺平家建店舗建坪三十坪九合一勺について根抵当権設定登記をなし、次いで原告会社は代位により同年十二月三十日前記建物の表示変更(木造瓦葺二階建店舗建坪三十坪九合一勺、二階坪三十坪九合一勺)の登記をなし、更に昭和二十八年八月十二日前記建物の所在場所について誤謬があつたので錯誤を原因としてその所在場所を大阪市東区唐物町二丁目二十二番地の一、同二十二番地の二に訂正し請求の趣旨記載通りにこれが更正登記手続をした。そして原告会社は、同被告会社に対して合計五百十六万八千五百十一円の手形債権を有する至つたが同被告会社の営業不振のため前記手形は全部不渡となつたので原告会社は已むなく右根抵当権設定契約の存続期間を終了せしめた上、該抵当権に基き大阪地方裁判所に之が競売の申立をなし昭和二十七年九月十六日競売開始決定を得た。しかるところ、同被告会社は、前記のように原告会社と昭和二十七年六月二日根抵当権設定契約をしておきながら、その直後である同月十一日、被告新田綿業株式会社に対して本件建物の二階を始期を故意に遡らせて同月一日とし、終期を同二十九年五月末日までとし賃料一ケ年金七十五万円、二ケ年分金百五十万円前払済みとして賃貸し、同日その引渡をなし原告会社が同二十七年六月十九日前記根抵当権設定の登記をするや、更に被告両名は、同月二十日右賃貸借契約について賃貸借期間を同月一日より昭和三十七年五月末日までとし、賃料一ケ年金十五万円、十ケ年分の前払済みに更改した。(更改の性質上更改された賃貸借契約による建物の引渡は簡易の引渡により更改契約の日である昭和二十七年六月二十日になされたものとみるべきである。)これは明らかに抵当権者を害する目的でなされたものであり、斯る長期の賃貸借の存在によつて抵当権の価値を減少せしめる結果となつている。もとより、前記のように被告会社両名が原告会社の抵当権設定登記後の契約により従来の短期賃貸借を改めて長期のそれとなした場合には、たとえその始期を右登記前に遡及させ、且つ既にこのとき右短期賃貸借契約による賃貸物件の引渡があつたとしても、右長期の賃貸借契約は右抵当権設定登記以前に成立し該建物の引渡を完了したものとはいいえず従つてこれをもつて原告に対抗できないものであるから本件被告会社両名間の右長期賃貸借は原告に対抗できないことの確認を求め、仮に若し右長期賃貸借が原告に対抗できるものとしても、該賃貸借は前記の如く賃料を全賃貸期間にわたつて前払しているものであつて抵当権者たる原告会社に損害を及ぼすものであることが明白であるから民法第三百九十五条但書により該賃貸借の解除を求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告両名訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として原告会社と被告ゆたか株式会社間に、目的建物の範囲の点を除き原告主張の日にその主張通りの内容を有する根抵当権設定契約を締結し、原告主張の日にそれぞれその主張通りの抵当権設定登記及び更正登記手続を了したこと、その後被告ゆたか株式会社は原告会社に対して合計五百十六万八千五百十一円の手形を不渡にしたので、原告会社は右根抵当権設定契約を終了さした上で競売の申立をなし、原告主張の日に競売開始決定があつたことは認めるが、爾余の原告主張事実はこれを否認する。すなわち、被告ゆたか株式会社所有にかかる原告主張の家屋はもと平屋建(木造瓦葺平家建店舗建坪三十九坪九合一勺)であつたが、昭和二十六年十二月末頃増築して総二階となし、(木造瓦葺二階建店舗建坪三十九坪九合一勺、二階坪三十九坪九合一勺)、その二階のみは昭和二十七年四月中旬から、当時設立中の被告新田綿業株式会社の発起人代表者新田巖との間の賃貸借予約契約に基き、同被告会社成立後同被告会社と本契約を締結することと約定して引渡し爾来創立事務所として使用させていた都合上、本件根抵当権設定契約においては原告会社の了解を得て特に右二階のみをその目的物件から除外した。そして被告新田綿業株式会社は同年五月一日設立を完了したので、右予約契約により、同年六月十一日、被告会社両名間に右二階全部を同月一日から起算して十年間の賃貸借契約を結んだものである。尤も右賃貸借契約に関する公正証書は同月二十日の作成になつているが、これは契約当時被告ゆたか株式会社の代表取締役大道直蔵が病気で入院しており面会禁止中であつたので、その委任状を求めることができなかつたため右同日まで作成を延期するの已むなきに立至つたがためである。
以上の如く、右二階全部は本件抵当権の目的から除外されているから、これに対して抵当権の効力は及ばず、また被告会社両名間の右賃貸借契約及びこれに基く該二階の引渡は、本件抵当権設定登記前になされているからこれをもつて原告に対抗し得るものであり、且つ右賃貸借は本件抵当権者に対して何等の損害を与えるものではないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告会社と被告ゆたか株式会社間に目的建物の範囲の点を除き原告主張の日にその主張通りの内容を有する根抵当権設定契約を締結し、原告主張の日にそれぞれ右抵当権設定登記及び更正登記手続を了したことは当事者間に争がなく、被告ゆたか株式会社代表者倉田直一本人の訊問の結果によつて認められる右根抵当権設定契約当時既に本件建物の二階の増築が完成していた事実、同一所有者に属する一戸の日本家屋は階上階下を含めて一箇不可分の不動産として抵当権の目的物件とせられている我が国の不動産取引の常態、(公知の事実)、及び証人木下清の証言に鑑みるときは本件根抵当権の目的物件は階上をも含めた原告主張の家屋であると解するのが、該抵当権設定契約当事者の意思に合致するものと考えられ、被告ゆたか株式会社代表者本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信できず、その他これを覆すに足る証拠はない。
次に右家屋の階上につき被告会社両名が、原告主張通りの十年間を期間とする長期の賃貸借契約を締結し、被告新田綿業株式会社がこれを占有使用していることは当事者間に争がないところ、原告は右賃貸借契約の成立日、及びこれに基く建物の引渡日は本件抵当権設定登記完了直後である昭和二十七年六月二十日であるから、被告等は右長期賃貸借をもつて原告に対抗できないと主張してその確認を求めるに反し、被告会社両名は右賃貸借契約の成立日は同月十一日であり、引渡日はそれ以前であるから、被告会社両名はこれをもつて原告に対抗し得るから原告の請求は失当と主張する。しかしながら、右被告会社両名間の賃貸借の成立、及び建物の引渡が本件根抵当権設定登記後に行われたか否か、従つて該賃貸借が右抵当権に対抗できないかどうかを判断する前に先ず論定しなければならない事項がある。その一つは抵当権者たる原告会社が抵当権設定者兼賃貸人たる被告ゆたか株式会社に対して前示原告の主張するような確認訴訟を提起できる利益を有するかということと、他の一は前示抵当権の設定登記の効力如何の問題である。
そこで先ず、原告の被告ゆたか株式会社に対する前示請求は訴の利益を有するや否やについて考えてみるに、元来、抵当権は目的物の交換価値を把握する権利でその用益関係には干渉がないから抵当権設定者は自由に用益関係を維持、創設できるものであり、従つて抵当権者又は競落人が賃貸借の存在乃至はその効力を争う本旨は、抵当権が実行せられて、担保価値のみの把握から一歩前進し、目的物の用益関係を覆滅して抵当権設定当時における状態、すなわち賃貸借の存在しない前の状態で目的物を全面的に取得せんとするもの、換言すれば賃借人による目的物に対する使用占有を排除するにある。しかるに賃貸人たる抵当権設定者は直接目的物の用益を行うものではなく、また、賃貸人たるの地位は原則として抵当権に対抗し得る賃貸借においては競売によつて当然競落人に承継せられ、また、抵当権に対抗できない賃貸借においては競売によつて覆滅せられるものであるから、事実上の競売価格の増減は別として、法律上抵当権を何等侵害し得る性質のものでないから、該賃借人を相手として賃借権の存否、乃至はその効力又はその対抗力の有無を争えば充分であつて、賃貸人を相手としてこれを争う法律上の実益はない。従つて、前示被告会社間の賃貸借が原告会社に対抗し得べきものであるか否かを判断するまでもなく、原告の被告ゆたか株式会社に対する右賃貸借の対抗力不存在の確認の本訴請求は確認の利益がない。
次に、本件抵当権設定登記の効力について考えるに、前示の如く被告ゆたか株式会社所有にかかる本件建物は、元、木造瓦葺平家建店舗建坪三十坪九合一勺であり、且つかかる表示の保存登記がなされていたのであるが、その後同被告は階下と同坪数の二階を増築したが、これが変更登記又は二階部分のみの保存登記手続未済中に本件抵当権設定登記をなし、次いで原告会社は本件建物の二階についての賃貸借成立及びその引渡後に同被告に代位して建物の表示変更の更正登記手続をなし階下及び二階を含む一戸の建物としての表示に訂正したものであることは当事者間に争のないところであつて、このように二階を増築して総二階にしたような場合には、大体として、(1) 従来の建物は消減し全く新な建物となる場合、(2) 従来の建物はそのまま存在し、別に二階なる独立の建造物が建設される場合、及び(3) 二階は従来の建物の一構成部分となり家屋の同一性を失わないとみられる場合が想定せられ、従つて、従来の平屋建を表示した登記は、(1) の場合は抹消さるべきで、これを基礎とする抵当権設定登記も無効というべく、(2) の場合はそのまま階下建物の表示としてのみ有効で二階については別にこれのみの保存登記をなし得ることが考えられるので抵当権設定の登記は階下建物についてのみ有効であり、また(3) の場合は、そのまま二階をも包摂した一戸の建物の表示として有効で、これを基本とする抵当権設定登記もこれと同様なるものと解せられる。しからば本件の場合は如何にというに、前示の如く階上は階下と同坪数であること(総二階)、被告ゆたか株式会社代表者本人の訊問の結果によると階下を通らずに階上に通ずる階段があつて建物の構造上各別個独立の存在であること、これら諸般の事情からすれば、少くとも建物の同一性を保持している(3) の場合に該当しないものと認められるから、本件抵当権の効力は本件建物の階上階下に及んでいることは前段認定の通りであるとしても本件建物の階下に対する原告会社の抵当権設定登記は前記(1) により無効であり、従つて本件抵当権は前記建物の階上階下何れについても対抗要件を具備しないことゝなり、さもなくば、前記(2) により階上にはその効力を及ぼさず従つて本件抵当権は前記建物の階上について対抗要件を具備しないことになり、何れの場合にあつても原告は本件建物の階上についての抵当権を以つてその登記の欠缺を主張する利益を有する第三者である被告両名に対抗し得ないことが明白であり、且つ本件賃貸借は本件抵当権に基く競売開始決定がなされた昭和二十七年九月十六日以前に成立しその二階の引渡もそれまでに了していることが当事者間に争いがないから、右賃貸借が抵当権の設定登記の後に行われたか否かを判断するまでもなく、本件抵当権は右賃貸借に対抗し得ないものと解する。尤も原告は冒頭認定のように原告主張のように前示建物表示の更正登記をなしているのであるが、右更正登記の効力はその登記の時に発生し本件抵当権設定登記の時に遡及させることができないことは不動産登記の本質上当然であるから以上の判断には何等影響がないと解すべきである。
次に原告は、本件賃貸借が原告に対抗できるとしても、賃料を全期間にわたつて前払しており原告に損害を及ぼすものであるから民法第三百九十五条によつて該賃貸借の解除を求めると主張するが、右規定は同法第六百二条の期間を超えない賃借権についてのみ適用があり、本件の如き長期の賃貸借には適用がないから本主張も亦採用できない。
よつて原告の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 相賀照之 中島孝信 小畑実)