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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)4812号 判決 1956年11月30日

原告 見浪定太郎

被告 森川泰蔵 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「別紙<省略>目録記載の浚渫船が原告の所有であることを確認する。被告等は原告に対し右浚渫船を引渡せ。若し引渡が不能のときは被告等は連帯して原告に対し金五〇〇、〇〇〇円と昭和二八年一月一四日以降右支払済に至るまで一ケ月金二四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決と引渡並びに金員支払部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

別紙目録記載の浚渫船(以下本件物件と称する。)は原告の所有であるが、昭和二六年一二月一日有限会社藤井組(昭和二七年二月組織変更により藤井工業建設株式会社と改称した。以下藤井組と称する。)に本件物件を次のような条件で売渡すことを約し、これを引渡した。

(一)  売買代金を五〇〇、〇〇〇円とすること、

(二)  代金支払期日を昭和二七年二月末日限りとする。但し原告の承諾により右期日を延長をすることができること、

(三)  所有権は代金完済と同時に移転し、代金と引替に所有権移転登録の手続をすること、

(四)  代金完済まで藤井組は原告に対し一ケ月金二四、〇〇〇円の割合による傭船料を支払うこと、

(五)  代金の支払又は右傭船料の支払を一回でも遅滞したときは契約は解除されること、解除の場合においては係留地において本船を返還すること、

ところが、藤井組は代金支払期日が到来してもその支払をしないで延期を懇請したので、原告はこれを承諾したが、藤井組は昭和二七年一〇月以降傭船料の支払をしなかつたので、原告は同年一一月一一日藤井組に対し右傭船料の延滞を理由に前記売買契約を解除する旨通告した。そこで、原告は藤井組に対して本件物件の返還を求めたところ、被告等(被告海山町は昭和二九年七月三一日まで引本町と称していた。)は本件物件が原告の所有に属することを知りながら共謀の上、被告海山町において昭和二七年一〇月二三日藤井組からその占有を奪いその頃同被告において何等正当の権限なしにこれを占有していることが明かになつたので、原告は被告等に対し本件物件が原告の所有に属することの確認と、その引渡及び本件訴状送達の日の翌日である昭和二八年一月一日以降引渡済に至るまで傭船料相当額である一ケ月金二四、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求め、若し引渡不能の場合には本件物件の価額相当である金五〇〇、〇〇〇円と本件訴状送達の日の翌日である昭和二八年一月一四日以降右支払済に至るまで傭船料相当額である一ケ月金二四、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める為本訴に及んだと述べ、

被告等の答弁に対し、藤井組が被告海山町から被告等主張のような工事を請負い、株式会社森川組(以下森川組と称する。)に下請させていたこと、藤井組が昭和二七年八月二七日被告森川に対し金一、五〇〇、〇〇〇円の債務を負担することを承認し、これを同年一一月末日までに被告海山町から受取る請負代金で弁済することを約したこと、藤井組と被告森川との間に藤井組が右債務支払の担保として本件物件を被告森川に譲渡し、藤井組において前記請負契約に基く工事を中止したときは、期限の利益を失い、被告森川において本件物件を自由に処分し得ることを約した旨を記載した公正証書が作成されていること、藤井組が前記請負工事を中止したこと、昭和二七年一〇月二日被告海山町から右工事中止を事由に前記請負契約を解除する旨の通知が藤井組にあつたこと、本件物件が動産であることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。前記公正証書は被告森川が、森川組の為に藤井組の工事施工権を奪うことを企て、被告海山町の有力者と謀り藤井組の使用人を欺罔し代表者藤井一三の印鑑証明書、委任状を詐取し、これを使用してほしいままに作成した無効の証書で藤井一三の関知しないものであるし、藤井組が請負工事を中止したのは被告等の妨害があつたからである。仮に藤井組と被告森川との間の本件物件についての前記譲渡担保契約が有効であり、被告森川が被告等主張のように本件物件を被告海山町に譲渡したとしても、被告森川は藤井組に対し金五〇〇、〇〇〇円を交付しただけで残金一、〇〇〇、〇〇〇円を交付していないから、藤井組は被告森川に対し金一、五〇〇、〇〇〇円の債務を負担するわけがない。従つて被告森川は藤井組が右金一、五〇〇、〇〇〇円の債務を履行しないことを理由に譲渡担保権を実行できないから、被告等はいずれも本件物件の所有権を取得するいわれがない。被告等は本件物件の所有権を民法一九二条により即時取得したと主張するが、被告森川は前記譲渡担保契約を締結した際本件物件が原告の所有であることを熟知していたし、そうでないとしても、本件物件は固定資産課税台帳に原告の所有として登載されていたし、且つ原告は本件物件について船艦札(大阪市第一〇六号)を得ていた。従つて、被告等がそれぞれ本件物件の譲渡を受けその占有を取得した際、少しく注意を払えば本件物件が原告の所有であることを知り得た筈であるから、本件物件が原告の所有であることを知らなかつたことについて過失がある。仮にそうでないとしても、本件物件は藤井組が原告を欺罔してその譲渡を受け或はその占有する原告所有のものを横領した賍物であるから、原告は民法一九三条に則り所有権に基き被告等に対しその返還を求め得るものであると述べた。<証拠省略>

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中有限会社藤井組が昭和二七年二月以降藤井工業建設株式会社と改称したこと、被告海山町が昭和二九年七月三一日まで引本町と称していたことは認めるが、原告は藤井組と本件物件につきその主張のような売買契約を締結したこと、右契約がその主張のような理由で解除されたことは知らない。その余の事実は否認する。すなわち、昭和二七年二月頃被告海山町は埋立工事を藤井組に請負わせていたところ、藤井組は約旨に基く工事を履行しなかつたので、下請工事を担当していた森川組に対し藤井組と共同して工事を完成させることとし、改めて同年八月一〇日被告海山町は藤井組及び森川組とその旨の請負契約をした。しかるに藤井組はその後も自分の分担工事を履行しなかつたので、被告海山町は同年一〇月二日藤井組の右債務不履行を理由として前記請負契約を解除し、同年一〇月六日以降森川組をして残工事を施工させることにした。ところで右解除当時被告海山町は藤井組に対し前渡金二、八九五、五九八円の過払があつたが、これより先被告森川において藤井組が被告海山町に返還すべき過払前渡金の債務の中金一、五〇〇、〇〇〇円を支払うことを引受けた結果その代償として藤井組は被告森川に対し右同額の債務を負担することを承認し、これを昭和二七年一一月末日限り完済すること、若し藤井組において前記請負工事を中止したときは期限の利益を失い即時右債務を支払うこと、右債務の担保の趣旨で藤井組の所有し且つ占有する本件物件を被告森川組に譲渡すること、若し藤井組において右債務を遅滞したときは被告森川は本件物件を自由に処分しうること等を約し、右当事者において同年八月二七日その旨の公正証書を作成していたが、藤井組は前記の通り工事を中止したのに被告森川に対して債務の履行をしなかつたから、被告森川は約旨により完全に本件物件の所有権を取得し、更にこれを被告海山町に売渡したものである。従つて原告において本件物件の所有権を有するわけがない。

仮に本件物件が藤井組の所有ではなく原告の所有であつたとしても、本件物件は動産であり、被告等がいずれも本件物件を譲受け引渡を受けた際、譲渡人の所有であると信じていたし、そう信じたことについて過失はなく且つその占有を暴力で奪つたのではないから、平穏、公然善意、無過失にその占有を始めたものとして、民法一九二条により即時その所有権を取得したものである。従つて原告の本訴請求は理由がないと述べた。<証拠省略>

理由

有限会社藤井組が昭和二七年二月組織変更により藤井工業建設株式会社と改称されたこと、被告海山町が昭和二九年七月三一日まで引本町と称していたことはいずれも当事者間に争がない。

証人岡村節子の証言により成立を認め得る甲第二号証、同証言によると、本件物件は原告の所有でこれを藤井組に賃貸中であつたところ、昭和二六年一二月一日原告はこれをその主張のような約で藤井組に売渡した。ところが藤井組は代金支払期日である昭和二七年二月末日に代金の支払をしなかつた結果その後右契約は解除されたので、藤井組はその後は単にこれを賃借していただけで結局本件物件の所有権を取得しなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると藤井組から順次本件物件の所有権を承継取得したとの被告等の主張は失当である。

被告等は、被告森川は藤井組より、被告海山町は被告森川よりそれぞれ本件物件を譲渡を受けたもので、引渡は平穏公然に行われたのみならず、被告等はそれぞれ本件物件が譲渡人の所有に属したものと信じ、且つそう信じたにつき過失がなかつたから、本件物件が原告の所有に属していても、民法一九二条の規定により被告等において即時に本件物件の所有権を取得した旨主張するからこの点について考えよう。

藤井組が昭和二七年二月頃被告海山町から埋立工事を請負い、森川組に下請させていたことは当事者間に争がなく成立に争のない乙第一号証、同第五号証、被告町の元代表者浜田定市の署名押印部分の成立については当事者間に争がなくその他の部分は弁論の全趣旨により成立を認め得る同第二号証、被告森川本人尋問の結果により成立を認め得る同第四号証(但し被告町の元代表者浜田定市の署名押印部分の成立については当事者間に争がない)証人丹羽陸太郎、山形忠男の証言及び右本人の供述を総合すると、藤井組は前記請負工事に着手後同年八月頃被告海山町に対し当時の工事の出来高による請負代金の支払を要求したところ、被告海山町から当時既に出来高を上廻つた金一、〇〇〇、〇〇〇円の前渡金を支払つていることを理由に拒絶されたが、藤井組が請負代金の支払を受けられないと森川組でも下請代金の支払を藤井組から受けられないことになるので、森川組の代表者被告森川は被告海山町に懇請し、藤井組が被告海山町に対し前記過払前渡金の返還をしなかつた場合は被告森川個人において支払を引受けることを条件に被告海山町から森川組の下請工事の出来高に相当する金五〇〇、〇〇〇円の工事代金の支払を受け、これを藤井組に貸与した。その際藤井組の代表者藤井一三は被告森川個人に対し前記貸金五〇〇、〇〇〇円と前記引受の代償として金一、〇〇〇、〇〇〇円合計金一、五〇〇、〇〇〇円の債務支払義務を認め、これを昭和二七年一一月末日限り完済すること、若し藤井組において前記請負工事を中止又は放棄したときは期限の利益を失い即時右債務を支払うことを約し、(藤井組が被告森川に対し金一、五〇〇、〇〇〇円の債務を負担することを承認し、これを昭和二七年一一月末日限り完済することを約したことは当事者間に争がない。)且つ右債務の担保として本件物件の所有権を内外共に被告森川に移転すること、藤井組において債務を遅滞したときは被告森川において本件物件を自由に処分し得る旨(譲渡担保)を約し、被告森川に対し自己の印鑑証明書と委任状を交付し公正証書作成の為の代理人の選任を依頼したので、被告森川は昭和二八年八月二七日藤井組の代理人として水本幸雄を選任の上乙第一号証の公正証書を作成したこと、ところが藤井組はその後請負契約の履行を遅滞したので被告海山町はこれを理由に昭和二七年一〇月二日藤井組との請負契約を解除したこと(藤井組が請負工事を中止し、被告海山町がこれを理由に昭和二七年一〇月二日請負契約を解除する旨藤井組に通知したことは当事者間に争がない。)、そこで被告森川は藤井組との前記譲渡担保契約の約旨に基き昭和二七年一〇月二日本件物件の所有権を完全に取得したものとして同月二三日これを被告海山町に対する金一、〇〇〇、〇〇〇円の前渡金返還債務の弁済に代えて譲渡し、同年一二月初頃藤井組の使用人に事情を告げて、その了解を得て本件物件の引渡を受けその頃これを被告海山町に引渡を了したこと、被告森川は藤井組が本件物件の所有権を有するかどうかを藤井一三に確かめ、それが藤井一三の所有であることを信じて本件物件の譲渡及び引渡を受けたものであり、又本件物件に所有者を表示する船鑑札等の標示がなかつたことが認められる。当裁判所が真正に成立したと認める甲第四号証中右認定に反する部分は信を置けず、他に右認定に反する証拠はない。そして本件物件は商法に所謂船舶ではないこと勿論であるから動産と解すべきところ、前記認定事実からすると、被告森川は本件物件を平穏且つ公然と引渡を受け、本件物件が藤井組の所有に属するものと信じ、そう信じたことにつき過失がなかつたものと認めるのを相当とするから、民法一九二条の規定により即時に本件物件の所有権を取得し、更に被告海山町は被告森川よりこれを承継取得したものというべきである。もつとも、成立に争のない甲第一号証によると当時大阪市都島区役所の償却資産課税台帳には本件物件が原告の所有物として登載されていたことが認められる。(二〇トン以上の浚渫船については船鑑札の制度はなかつた。)従つて、被告森川において償即資産課税台帳を調査したならば、本件物件が原告の所有であることが解つたかも知れないが、動産である船舶の取引について前記のような調査をした上取引することが一般に行われているものとは到底考えられないから、被告森川においてこれを調査しなかつたとしても過失があつたとなすことができないこというまでもない。

原告は本件物件は藤井組が横領乃至詐欺により取得した賍物であるから、被告等は本件物件の所有権を即時に取得することはない旨主張するが、民法一九三条の盗品とは強盗窃盗等の賍物をいうものであつて詐欺横領による賍物等を包含しないこと民法一九二条の即時取得の立法趣旨に照して明白であるから、この点の原告の主張は理由がない。

そうだとすると原告の被告等に対する本訴請求は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

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